診療所と病院の外来医療費

 「同じ診察や検査を受けて、全く同じ薬をもらったのに、あの病院は安くてこの診療所は高い(医療機関によって値段が違う)。」これまで、このような経験でとまどわれたことはないでしょうか?

 このホームページでも過去に診療報酬制度の変わるたびに指摘はしてきましたが、最近ますますその格差がひどくなり、患者さんの不信感や病診連携の障害となっている事態も報告されています。

 同じ診療行為や処方を受けても、医療機関によって値段が違う制度自体は、在宅医療や包括払い(定額、いわゆるまるめ)制度、医薬分業の推進など、何らかの政策的な誘導を目的としたものが多く存在しました。

すなわち、医療政策的に誘導したい方向へ、診療報酬を重点的に配分する(要するに配点を高くする)しくみです。点数をより高く設定することで、それを採用した医療機関の収入が増えることになりますから、医療機関側にとっては、診療報酬が高く設定された診療行為へは積極的に取り組む動機になり、又、安い方への取り組みは消極的もしくは縮小傾向になることがありえます。このように、医療機関に対する経済的インセンティブによって、目的の誘導を果たそうとするわけです。

 ところが、今のような情報公開の時代となって、経済的誘導に矛盾が生じ、なかなか意図通りに運ばなくなりました。診療報酬を高く設定した場合、患者さんの自己負担も増えますから、サービスを受ける側の患者さんにとっては、安い方、すなわち、診療報酬を設定した側が期待していない方向を選ぶということが当然あり得ます。つまり、意図とは逆行した受療行動が起きることになります。

 先日もある診療所の先生からこんな悩みのメールを頂きました。「最近大学病院から私どもの診療所に紹介された患者さんは、口々に同じ検査しかしていないのに何故ここでは、大学より医療費が高いのかと言われます」。患者さんから見れば、専門医の外来の大学病院の方が、一般の診療所より医療費が安いことは理解し難いようですし、つい不満を言われることはよくあります。

 その金額も大きな差ですので、せっかく大病院から診療所に紹介されても患者さんが、少々の待ち時間などの不自由はあっても、また大病院に戻ってゆくこともあります。

 今年4月の診療報酬改定では、診療所と病院の外来報酬の差を減らすということで大病院の再診料が増えましたが、逆に検査や処置の包括が増えたため、病院の再診全体では報酬が減り、むしろ格差が拡がっているようです。

 外来医療費に差があることは、当然患者さんの支払い一部負担金にも差がつくわけですし、この医療費の差が大きければ不満や不信となり、診療所と病院の病診連携を崩してゆくきっかけにもなっているようです。

 一方、逆に大病院はこんな低い点数では外来はやってられないという発想で、病院の「外来分離」の傾向が拡がっています。私立の大病院も、大学病院・国立病院も法人化などで独立採算となれば、背に腹はかえられないと、外来分離に進んでゆくのでしょうか。

 外来分離とは病院から外来部門を分離して、隣接地にクリニックだけを併設することです。なぜ外来分離するのかというと、外来診療だけに関していえば、診療所の方が診療報酬が断然高いからです。

 大病院が、外来診療をその病院からはずして別の場所やるとは厚労省も思っていなかったのかも知れません。しかし、こんな報酬制度なら、経営者なら考えることです。

 勿論、外来分離には批判もあります。日本医師会も「外来分離は診療報酬の悪用」として「診療報酬を悪用して、いいとこ取りのモラルハザードが生じている」「医療計画のすき間を狙ったもので、大きな問題と認識している」と強い問題意識を示しています。

 診療所と病院で、これだけゆがんだ診療報酬制度をそのままにして、大病院だけを批判しても解決にはならないでしょう。しかし、これが普及すれば最終的には総医療費は上がります。

 やはり、診療所・病院の報酬の格差を無くすようにしなければならないと思います。

 16年4月の診療報酬改定では、外来診療料(200ベッド以上の病院の再診料)を引き上げて、診療所の再診料との格差を縮めるという事でしたが、代わりに、包括する尿検査、糞便検査、血液形態・機能検査を増やしました。この包括検査がくせもので一般検査以外にも、例えば糖尿病の管理に欠かせないHbA1cなども包括されたため、200床以上の大病院では、糖尿病の診療にかなりの減算になっていると思われます。

 外来診療料は72点ですが、その外来診療料中に、HbA1cの60点の検査が、包括されていますので、糖尿病の管理を行う診療科では再診料は無いと行っても良いような状態です。

 外来診療料に包括される検査・処置とは
 検査:尿中一般物質定性半定量検査・尿沈渣顕微鏡検査
    糞便検査(潜血反応検査)
    血液形態・機能検査 
     赤沈 10、網状赤血球 15
     末梢血液一般検査(赤血球・白血球・HB・Ht 血小板) 27
     末梢血液像 22
     HbA1C 60
     LE現象検査 70

 処置:創傷処置(手もしくは指または足もしくは指にわたる範囲のもの、半肢の大部または頭部、
        頸部および顔面の大部にわたる範囲のもの)
    術後創傷処置(手もしくは指または足もしくは指にわたる範囲のもの、半肢の大部または
        頭部、頸部および顔面の大部にわたる範囲のもの)
    皮膚科軟膏処置(半肢の大部または頭部、頸部および顔面の大部にわたる範囲のもの)
    膀胱洗浄・膣洗浄・眼処置・睫毛抜去・耳処置・耳管処置・鼻処置・口腔・咽頭処置・
     喉頭処置・ネブライザー・超音波ネブライザー・消炎鎮痛等処置 
 など、多くの検査や処置が包括化されています。

 このうち16年改定で、糖尿病の管理に必要なHbA1c検査も含まれてしまったのです。
 HbA1c検査が算定できなければ、算定可能なグリコアルブミン測定などに切り替えるところもあると聞いています。またこの外来診療料には、HbA1cは算定できなくても、血液学的検査判断料は算定できることになっていますので、訳がわからなくなります。

 外来診療料は再診料とほぼ同じ取り扱いとなりますが、再診料との違いとしては、電話等による再診料が算定できないこと、及び外来管理加算や継続管理加算が算定できないことです。


ここで、糖尿病の例を元に診療所と病院で、再診にどれだけの差があるのか検証してみます。

 糖尿病の再診患者さんで、月1回再診し、診察と検査は検尿・血糖・HbA1cを検査したとします。投薬は省略。事務に確認していないので計算方法に間違いあるかも知れません。ご了承ください。間違いあれば訂正します。血糖検査は包括されていないと思います。

診療所
病院

診療項目

一般
生活習慣
100床未満
100-200床
200床以上

再診料

73

73

58

58

-

外来管理加算

52

52

52

52

0

継続管理加算

5

5

5

5

0

外来診療料

-

-
-

72

生活習慣病指導管理料

1200

尿一般検査

28

28

28

包括

血糖検査

12

12

12

12

採血料

12

12

12

12

生化学検査(I)判断料

155

155

155

155

HbA1c検査

60

60

60

包括

血液学的検査判断料

135

135

135

135

特定疾患療養指導料

225

147

87

0

合計

757

1330

664

604

386

この表のように、糖尿病の患者さんを診察し、指導する再診に、診療所と病院、病院ではその病院のベット数によってこんなに点数が異なるのです。
また、14年10月から糖尿病・高血圧・高脂血症の患者さんには「生活習慣病指導管理料」なる診療料が設定されました。この「生活習慣病指導管理料」の問題点は私のページにも掲載しておりますので、ご覧下さい。

この「生活習慣病指導管理料」算定の医療機関を入れますと、病院も200床未満の病院には適応されますので、表では省略しましたが、同じ疾患の患者さんを診察して、同じ検査をして、説明したとき、外来の診療費は合計6種類の診療報酬の違いがあることになります。

 診察だけでなく処方が加われば、院外処方と院内処方で、これ以上の点数差になります。誰がその全てを理解して、その差を説明できるのでしょうか。

 日本の医療制度では「一物二価」を否定しています。しかし実際には二価ならず六価にも十二価にもなることがある制度なのです。 


 現在の診療報酬制度は、もはや多くのところで指摘されているように、つぎはぎだらけの、複雑なものになってしまっています。中には、医療費削減の帳尻あわせのためとしか思えない、理屈でも感覚でも説明不能な計算方法もあります。処方される薬の数が減ったのに、窓口での支払いは、かわらないばかりかかえって高くなるケースなど、これまでにもさまざまな矛盾が指摘されてきました。70歳以上の高齢者の慢性疾患における外来通院での包括(定額)制のように、制度や計算方法が突然変えられてしまったり、できたりなくなったり、ということも珍しくなく、現場を混乱させてきました。

 さらに、その複雑な制度の説明を、本来誰がすべきかということも、あいまいにされてきました。かつて、薬剤の一部負担制度が導入された時、病院によっては、その説明のために専用カウンターを作って人員を割いて対応したところもありました。一種の公定価格自体の説明を、現場が全てしなければならない、というのは、やはりおかしいのではないでしょうか。

 このような矛盾や問題を内包したまま、社会の情報開示の流れに沿って、明細付きの領収書が一般化しレセプト開示も行われるようになったことで、かえって、医療や医療機関に対する不信感を増してしまっているように感じらるのは、とても皮肉で悲しいことです。実際、医療機関によって値段が変わったり、同じ医療機関でも前回と異なったり、ある日を境に、自己負担額が大きく異なっていることで、医療機関が計算違いや不正行為をしているのではないか、という疑いを患者さんに持たれた話は、良く耳にするところです。又、指導料や判断料の設定やその点数などで、一般的な感覚に馴染まず、説明しにくい、理解されにくいものも少なくありません。さらに、あまりに複雑な体系のため完全に把握しきれず、医療機関が請求するときに迷うこともあります。そのようにして生じた、請求上の不具合を全て、「儲け目的の意図的な不正請求」のように報道されることも、私達を悩ませています。実際には、請求できることを請求できていない「請求漏れ」もかなりあるのに、です。

 結局のところ、現在の診療報酬制度は、これからの時代に不可欠な重要なポイント、「透明性」と「アカウンタビリティー(説明責任)」に対応できていないのです。「基本設計が古い」と言わざるを得ません。これからは、透明性が高く、説明責任の分担が明確で、感覚と大きく乖離していない説明可能なシステムを作っていくことが、強く求められています。このような新しい仕組みを、サービス提供側と利用者の合意の上で作っていくために、いわば診療報酬体系のメジャーバージョンアップのために、何をすべきか、何から始めるべきか、是非いっしょに考えたいものです。

 最後に。私達現場の医療関係者は、これまで述べたような、複雑で計算が煩雑、その上説明困難でしかも度々大きく変わり、それでも自分たちで説明しなければならない、その挙げ句に医療不信の種にすらなっている、まさに踏んだり蹴ったりの現行の診療報酬制度に振り回されることに、疲れ果てているのが正直なところです。

  平成16年9月


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