要介護認定二次判定の変更事例集について

 8月31日の新聞報道によると「厚生省は介護保険要介護認定2次判定の変更事例集をまとめ、市区町村などに配布した」そうです。
 また「厚生省は「要介護度変更の際は事例集を参考にしてほしい」と言っている。 4月から始まった介護保険で約280万人が認定申請(6月末現在)。コンピューターによる1次判定結果(要支援から要介護5までの要介護度)のうち、2次の介護認定審査会で22%が変更され、うち16.3%の要介護度が1ランク以上アップした。5.6%はランクが下がった。
 事例集は、厚生省が都道府県を通じて集めた264人のうち40人(女性29、男性11)を抜粋し、認定審査会での検討過程を要約・整理した。判定が難しいと言われる痴ほうの症状の人が26人おり、全体では33人の要介護度が上昇している。」と書いてありました。

 そして、この事例集の一部がWAMNETに公開されました。

 また、この事例集を使った合議体委員長・審査会委員の研修会も予定されており、研修内容はある県では1)県内情勢-20分、2)審査会の手順-20分、3)事例検討会-90分、となっているとのことです。
 そこで、事例の内容を理解するためこのホームページからダウンロードしてみました。
 通知・事務連絡「要介護認定二次判定変更事例集の配布について」でPDFファイルです。

 40例の事例集とされていましたが、その中から公開された事例は6例でした。
 例1  88歳 女性 非該当を要支援  最も類似する状態像 支-4
 例6  75歳 男性 要支援を要介護1  最も類似する状態像 1-3
 例17  90歳 女性 要介護1を要介護2 最も類似する状態像 2-5
 例19  75歳 女性 要介護2を要介護3 最も類似する状態像 3-6
 例24  88歳 女性 要介護4を要介護3 最も類似する状態像 3-1
 例33  89歳 女性 要介護3を要介護4 最も類似する状態像 4-1
この6例を詳しく見ると、今の厚生省の決めた要介護認定の方法そのものを否定するような判定もあり、今後問題点をもっと明らかにすべきだと思いますが、その一部は土肥先生のホームページにも取り上げられていますので、私はこの中で「事例6」の「元気な痴呆・問題行動例」の事例で、問題点を述べてみたいと思います。

まず全体の感想を述べます。
 最初は、要介護認定制度の一次判定の矛盾や欠陥を改善するために作られた事例集だと思っていましたので、例の「要支援状態及び要介護状態区分別状態像の例=状態像」をもっとたくさん示すのかと思っていましたが、これは違ったようで、今回は単に「二次判定で考慮し一次判定結果の介護度を変更した事例集」と言う提示になっています。
 しかしこの事例集を使った審査員の研修会で何を学べというのでしょう。この6例のどこにも、要介護度を変更したきちんとした説明や二次判定の基準はありません。敢えて探せば、この提示された全例で、最も近いとされた「状態像」と同じ「二次判定結果」になっている事でしょうか。
 そうすると厚生省は「一次判定」より「状態像」に近い判定をしなさい、と言うことでしょう。でも事例19での最も近い状態像は「要介護3-6」ではなく「要介護4-10」ですし、どうも参考資料にはならない気もします。
 「状態像」を現在の60例より増やして、二次判定は「それに近い介護度を選べ」と言うなら、今の一次判定ソフト優先の判定方法を根本から変えるのですが、それはそれで意味はあります。もっと「状態像」が増えてもレーダーチャートで何とか比べられます。
 しかし今回のように参考資料として多くの事例を提示するだけなら、審査員はこんなに多くの事例を全て覚えて審査会に出ろと言うのでしょうか。厚生省は「要介護度変更の際は事例集を参考にしてほしい」と言っているようですが、1回30例も審査するとき、こんな事例をいちいち覚えられるものではありませんし、全く同じ事例なんてありません。
 この事例集を全体的に見ても、各審査会ですでに工夫しながら行っている方法もあり、改めて参考事例として説明するほどの事はない事例もあります。勉強している審査会はもっと賢くなっています。
 むしろこの事例によって判定が縛られる前例となってはいけない例もありそうです。そして、こんな認定方法を厚生省が認めて勧めたとするならば、要介護認定の方法の基本を問われるような事例もたくさんあるように思います。厚生省の担当者の混乱ぶりが分かるようです。

さて、ここで問題を述べたいのは「事例6」75歳男性 一次判定は要支援の元気な痴呆・問題行動例です。

 「事例6」は介護環境は居宅で、要介護度は一次判定「要支援」から二次判定は「要介護1」と変更され、変更理由は「聴覚障害があるため他者との意志疎通が比較的困難な事例。身の回り、意志疎通、問題行動に関する特記事項の内容について検討し、「意志疎通に相当な時間を要し、暴言暴行や性的迷惑行為など周囲に与える影響が大きいのではないか」と言う意見が出され、総合的に勘案した結果要介護1に変更した。」と説明され、最も近い状態像は「1-3」となっています。
 調査書では下記の表のに示していますが、「寝たきり度J2 痴呆度IIIa」。居室の掃除・薬の内服・金銭管理などに介助を必要とし、意志疎通が難しく第6群 第5の痴呆項目ア、イ、ウ、オ、カ、が「できない」。問題行動は「暴言暴行・介護に抵抗・大声・徘徊」など10項目がチェックされています。二次判定はこの事例を上記の変更理由で「1ランクアップ-要介護1」としています。

 果たしてこれが典型例で参考にして良いのでしょうか。いままで全国どの審査会もこんな「痴呆・問題行動例」での二次判定に困ったはずです。そしてこのような例は普通の審査会なら「要介護1」以上のアップはしてきたはずです。こんな方は介護の現場では介護者にとっても1ランクアップ以上の介護度が必要だから全国的に問題となっているのです。それなのに今回のこんな事例紹介なら、「痴呆・問題行動例はひどくても1ランクアップしかさせない」のが厚生省基準とするのでしょうか。これでは全く役に立ちませんし、むしろ新たな取り組みを行おうとしている審査会にも逆効果になります。やはりランクアップさせたなら、その基準を示さなければ全国一律の基準とはなりません。この変更理由では何も分かりません。

 それともう一つこの事例で気になったのは調査書と医師の意見書との不一致です。事例6の説明ではこれに全く触れていません。

 今回の事例集の留意点のなかでも「基本調査の調査項目のチェック内容と、特記事項又は主治医意見書の内容とが一致しない場合については、調査員又は主治医からの聞き取りを行うなど、基本調査の調査項目等について十分に確認する必要がある。」と記載してありながら、「事例6で」は触れていません。

 主治医意見書では病名「難聴」でこれは先天性で、そのため言語障害ありと記載され。「寝たきり度 J1・ 痴呆度 I」、 問題行動は「なし」となっています。
 一方調査書では寝たきり度 J2・痴呆度 IIIa 、問題行動は「10項目」とは明らかに違います。
 この差は普通なら再調査・再確認を必要とするはずですが、厚生省のお薦め事例では、この違いは無視して、二次判定して良いと言うことなのでしょうか。
 通常の審査会でも調査書と意見書の不一致はときどき経験します、その時は調査員にも問い合わせたり、主治医にも確認をとることがあります。特に痴呆度・問題行動の有無はお互いに初めての調査や診察で申請者を良く知らない場合は不一致となることがあります。その時この事例のように、確認せずに判定して良いと言うのでしょうか。

 もっと考えていたら、この事例はもっと複雑な状態も考えられます。
 調査書と主治医意見書の不一致を単なる認識の違いで、主治医意見書の記載が乏しいだけだと、はじめは思っていましたが、調査書・意見書を良く読んでみると「痴呆」の捉え方の差によるものであるとも考えられます。
 すなわち調査員はこの事例の「意志疎通が出来ないこと・多くの問題行動」を「痴呆」による変化だと考えチェックし、事実痴呆度は「IIIa」としています、特記事項でも詳細に記載されています。しかし良く読むと、一部意志疎通が全く出来ないものにしては、明らかに分かっていて感情的な反抗的な行動もあり、それを「痴呆」と認定すべきかどうかむしろ迷う記述もあります。

 一方主治医意見書では、病名も「難聴」だけで、先天性の高度難聴のため意志疎通が出来ないと判断していますが、問題行動は「ない」とされています。記載の内容が乏しくこれ以上判断できにくいのですが、主治医はこの状態は「痴呆」ではなく難聴と言語障害で意志疎通が難しく、問題行動は申請者のわがままや性格的なものととらえているようです。そのため痴呆度は「I」となっているのではないでしょうか。

 となると、この事例を単なる「元気な痴呆・問題行動例」ととらえることにも問題があります。「生まれながらの難聴のため意志疎通が出来ず、人間不信・性格変調・わがまま・頑固になった例」とすれば介護の考え方も変わると思います。しかし現状としてこんな申請者には介護は必要であると思いますが、「痴呆でない」とするならば、こんな先天性の疾患による、意志疎通の出来ない介護状態をどのように認定して良いのか、もしこの例が65歳以下(第2号被保険者)の時には、どんな審査をするのかと疑問になります。
 主治医の意見書で難聴だけでは特定疾患に当てはまらず、認定審査は審査不適当となるかも知れません。一方これにアルツハイマー痴呆とでも書いてあれば、特定疾患として審査されます。病名の付け方だけで審査されたりされなかったりするのです。
 このように、この事例6を正しく認定するためには本来は「痴呆の正確な診断」にまで及んできます。
 でも、この例は65歳以上ですから申請者や介護家族にとっては診断名はどうでも良いのです。現実の介護をいかに行うか、そのために必要なサービスを受けられる要介護度が必要なのです。

 このように事例6は「元気な痴呆・問題行動例」の典型例として示されたはずですが、多くの問題を含んでおりこれらの問題を研修会では正しく説明し質問に答えてくれるのでしょうか。

 この事例は、「元気な痴呆・問題行動例」と考えた時、我々の医師会の補正基準では「要介護3」となりました。事例集のように「要介護1」には収まりませんでした。インターネットの掲示板で他の審査会でもこの例は「要介護3」以上であるとの報告もあります。
 そして、我々の判定結果は5合議体のどの審査会でも同じ結果となります。この厚生省事例では合議体によってどんな結果になるのか、多分判定結果はばらばらで調整のしようはないでしょう。

もう一つこの例での問題を見つけました。続々問題が出てきます。

 やはりこの例でも逆転現象がありました。下記の表でご紹介します。
 左が事例6の調査項目です。
 左から2番目の逆転の欄では、第6群の5の項目、第7群の問題行動を入力する前に、すでに介護時間は33分で「要介護1」です。これに第6群の5の項目、を入力したら「入力途中」27分と減って「要支援」となります。その後第7群の問題行を入たら29分と増えますが最終的には一次判定は「要支援」となるのです。
 ちなみに第6群の5、毎日の日課・生年月日・短期記憶・場所の理解の4項目だけ「できない」場合「ラッキー」の欄も、基準時間は30分で「要介護1」なのです。ちなみにここで「今の季節の理解」を出来ないとすれば24分で「自立」です。全く訳が分からないソフトです。
 逆転・ラッキーの別々の項目で「要介護1」となりながら、痴呆・問題行動の第6・7群まで加わったら介護時間が減ってしまうのです。どんな説明もできません。
 これなら事例の補正は痴呆・問題行動を外したら「要介護1」と同じで、1ランクアップさせたのではなく、逆転を戻しただけです。

 「要支援」から「要介護1」にした、根本からおかしいのです。何のことはありません、分かっていない方が見つけた事例だったようですね。

事例6
逆転
入力途中
ラッキー
第3群

2.片足での立位

支えが必要
支えが必要
支えが必要

第5群

3.居室の掃除

一部介助
一部介助
一部介助

(身の回り)

4.薬の内服

全介助
全介助
全介助

5.金銭の管理

全介助
全介助
全介助

6.ひどい物忘れ

7.周囲への無関心

ある
ある
ある

第6群

2.聴力

ほとんど聞こえない
ほとんど聞こえない
ほとんど聞こえない

(意志疎通)

3.意思の伝達

ほとんどできない
ほとんどできない
ほとんどできない

4.指示への反応

時々通じる
時々通じる
時々通じる

5.ア.毎日の日課理解

できない

できない
できない

イ.生年月日をいう

できない

できない
できない

ウ.短期記憶

できない

できない
できない

エ.自分の名前をいう

オ.今の季節を理解

できない

できない

カ.場所の理解

できない

できない
できない
第7群

ア.被害的

ある

(問題行動)

イ.作話

ある

エ.感情が不安定

ある

カ.暴言暴行

ある

キ.同じ話をする

ある

ク.大声をだす

ある

ケ.介護に抵抗

ある

コ.常時の徘徊

ときどき

タ.物や衣類を壊す

ときどき

テ.性的迷惑行為

ときどき

要介護認定基準時間
29分
33分
27分
30分

一次判定
要支援
要介護1
要支援
要介護1

 事例6だけでもこんなに多くの問題がありますし、事例6を参考に「痴呆・問題行動例」を判定することは出来ないのではないかと思います。こんなひどい事例集で、厚生省は今後の更新認定審査を乗り切れると思っているのでしょうか。
 要介護認定制度は、どうしようもない泥沼状況になってゆきますね。

 最後に我々の自治体でも10月中旬に審査委員の研修会が行われるようです。この委員全員に、「要介護認定二次判定の変更事例集」が配布されるのでしょう。1例5-7ページでしたから40例なら約250ページくらいのコピーか印刷物です。全国の審査員と自治体担当者に配られるのです。コピーなら担当者も大変でしょうし、紙の消費は自然保護団体からクレーム付けられるかも。

                         平成12年9月5日   吉岡春紀


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