1
夕飯を食べ終えるとロイドはジェノバの街のどこかへと消え、ジッタ社長と風雅、豊吉の3人は何かの打ち合わせをする為に工場の設けられた小さな打ち合わせルームへと篭った。ナジャ・ミーシャ・はつみ・キサラとマハは寝室で話に華を咲かせる。
最初に寝るのははつみ、そしてナジャとミーシャもおやすみの挨拶をしてから眠りにつく。次にマハも眠り、その日も最後まで起きているのはキサラだった。
夜風がカーテンを揺らしている。夜景を眺めていたキサラの背後で布団が擦れる音がした。はつみが数日前の夜の時と同じく眠たそうな眼を擦りながら起き上がっていた。
「ごめんなさい、寒かった?」
「うん?大丈夫だよ。キサラさん、また眠れないの?」
「うん…」
それを聞いた後に欠伸をして再び布団を被って眠りにつこうとするはつみ。だが何かに気付いて廊下の方を見つめた。
「どうしたの?」
「ロイドさんかな?」
「よくわかりますわね…わたくしそんな小さな音は聞こえませんわ」
ほんの数日前もロイドが深夜に酔っ払ってふらつく足を地面に適当に這わせながら階段を上っていた事を思い出す二人。その時は最後まで上りきる事は出来たが何故か上りきった後で転んだ。ロイドにその時の事を聞けば、階段を上っていつ2階まで上がりきったのか解らなかったそうだ。本人曰く、「酔うと指の本数が数えられなくなる事と同じ原理」だそうだが…。
はつみは廊下を見続けていた。キサラははつみがいつもと様子が違う事に気付いた。
「…ロイドさんじゃない…」
「え?」
はつみは布団を退けると印を結ぶ準備をした。ロイドではない誰か。はつみの行動が意味するのは自分達の仲間とは違う何者かが近寄っている事であった。そして音が寝室の手前で止まる。明らかに突入を前に一呼吸置く行動だ。そして同時にはつみも印を結ぶ。
「あれ?」とはつみは拍子抜けする声を出した。
「どうしたの?」
「口寄せ術が発動しない…」
次の瞬間。廊下から爆風でも発生したかのような勢いでドアが部屋の中へ吹き飛んできた。その凄まじい音にナジャ・ミーシャそしてマハが飛び起きる。埃の中から飛び込んで来たのは15、16ほどの若い男、カイであった。部屋に入るなり大声で叫ぶ。
「やいやい!ジッタ社長って奴は誰だ!」
しばらく状況が掴めず沈黙する一同。カイは女性達を一人一人見つめた。そしてその中の一人を睨んで指差しまた五月蝿く叫ぶ。
「お前がジッタ社長だな!?」
カイの指差す先に居たのはキサラだ。
「ち、ちがいますわ」
「あら?何となく金持ちそうなんだけどな」
そして次に指差したのはマハだ。
「お前だろ?」
「ちがうわよ。ジッタ社長ならまだ起きてるわよ。ここは寝室よ」
「あら、そうなのか。一番年増だから社長かと思ったんだけどな」
マハは詠唱を始めた。侵入者が居たからでもなく、眠っているところを爆音で起こされたからでもない。詠唱を始めた最大の理由は"一番年増"という言葉が起因だ。
「…レディに対するマナーってのは身体で覚えさせるしかないわね」
詠唱が終わり魔法が発動するかと思われた。だがマハの魔法がまるで空気と同化するかのように拡散して消滅した。
「え…魔法が使えない?」
2
同じ頃、打ち合わせルームでは風雅と豊吉とジッタが遅くまで旅の予定に関しての話をしている所だった。3人は部屋にいる時に爆風を聞いたのだ。
「工場の機械が爆発したんじゃないのか?」
「いや、あの音はたぶん寝室からだろう。俺様の工場には爆発するような機械は置いてないからな。あのお嬢さん達が枕投げ大会でもしてるんじゃないのか?…それか」
「借金取りか?」
「ん…まぁ、そのどっちかだな」
「…どう考えても枕投げ大会で出せる音じゃないだろう…どうするつもりなんだ?」
ジッタは唸りながら頭をぼりぼりと掻いた。
「逃げる!」
「だろうと思ったよ…俺はどうすればいい?」
「今すぐお嬢様方と酔っ払いを飛行艇に詰め込んでくれ。荷物の方はもう積んであるよな?お嬢様方を借金取りどもから守るのも忘れずにな。俺様は飛行艇の支度をする」
部屋を出る際に豊吉がぼそっと言葉を零した。
「これじゃどっちがサービス受けてるのか解りませんね…」
その言葉を聞き逃さなかったジッタは言い返す。
「そう言うなよ。"パートナー"って奴だよ。最近流行ってるよな、そういう関係」
「パートナー…ねぇ」
3
寝室。マハが何度か魔法を詠唱するが発動しない。はつみの口寄せ術も同様だった。
「マルの結界は特別強いぜ!この工場の中では魔法は発動しない」
マハは振り向いてはつみ達に向かって叫ぶ。
「みんな、ベランダに非常階段があるからそこから逃げるのよ!」
「お〜っと。逃がしやしねーぜ」
「アンタ、ジッタ社長が目当てなんでしょ?こんなところで油売っててもいいの?」
「お?そうだった、忘れるところだったぜ」
「レディに失礼な発言した事も忘れないでね。忘れないようにさせてあげるから」
だがマハのその言葉に耳を傾けるわけでもなくカイは廊下へと飛び出していった。マハもベランダから工場の外へと降りる非常階段を駆け下りる。そして彼女は振り返ると詠唱を始めた。工場の敷地内では発動しなかった魔法が今度は先ほどとは比べ物にならない勢いで大気中のマナを変換していく。
先ほどはつみ達がいた部屋の中心に光の粒が現れ、粒に一斉に大気中のマナの粒子が集まっていく。そして巨大になった炎の玉のようなものはあるタイミングでまた小さな粒へと凝縮され、その次の瞬間、大爆発が起きた。
爆風は部屋を含め工場の2階を丸ごと吹き飛ばした。瓦礫が炎のまみれながら周囲に吹き飛ぶ中で人ほどの大きさの"何か"も炎に包まれて空へと吹き飛んでいった。人の身長ほどもある大剣を持っている、つまりそれがカイだった。彼はそのまま海へと落ちた。
飛行艇の調整をしていたジッタにも工場が吹き飛ぶ様子が見えた。彼はしばらくあんぐりと口を開けた後に精一杯叫んだ。瞳には涙を浮かべながら。
「ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛!!俺様の工場がァァァァ!!」
一方、騒ぎに集まってきた野次馬達に混じって真っ赤な顔の男がいる。
「綺麗な花火だなぁ〜」
酔っ払いこと、ロイドの帰宅だった。工場の2階が燃え上がるのを花火と勘違いしている。同じ様にその光景を横で楽しむ者がいる。カイの仲間であるマルだ。仮面を被ったその小さなゴブリンは小さく肩を揺らしながら「キシシ」と笑っていた。
ロイドがほうけて花火を眺めていると後頭部をペシッとマハが叩いた。
「どこに行ってたのよ?襲撃にあったんだからね、そういう時は早く帰ってきてよ」
「あの花火は?」
「私の怒りの証」
4
「みなさん、無事でしたか」
人混みを掻き分けて現れた豊吉は炎上する工場の2階を呆然と眺めていたはつみ達一同に向かって言う。
「さっき変な奴が寝室に現れたのよ」とマハ。
「ええ、私のところにも図体の大きな奴が現れて何とか風雅さんが囮になって時間稼ぎをしてくれているんです」
「応戦するわ」
「いえ、いいんです。とにかく今は飛行艇で脱出する事になりまして。というのも、今回のはジッタ社長の借金がらみで銀行の関係者がきたっぽいんですよ」
「…もう、やっぱりあの豆粒社長なのね」
「えぇ、…それでも2階を吹き飛ばすなんて、借金取りの連中も目的の為なら手段を選ばずということですか…」
「…そ、そうね。とにかく飛行艇に急ぎましょ。他の追っ手が現れるかも知れないし」
豊吉の声が他のメンバーに聞こえていないことを確認してマハが扇動して一同は飛行艇のある砂浜に向かって駆け出した。酔っ払いのロイドだけはまだ酔いが醒めない身体をゆっくりと動かして後を追う。
5
砂浜にはつみ達が辿り着く頃には既に飛行艇のエンジンは始動しており、いつぞやのエンジンテストの時と同じ様に轟音が辺りに響き渡っていた。飛行艇の入り口にはジッタが小さな身体をぴょんぴょんと跳ねさせて大手を振っている。
遠くからは轟音の為何と叫んでいるのか解らなかったが近付くと、
「さっさと乗り込め馬鹿ども!」
と叫んでいたのが解る。
はつみがテトを腕に抱えて乗り込もうとするのをジッタが制止する。
「こら!ペットは持ち込み禁止だ!」
「ペットじゃないよ!テトだよ!」
そのやりとりを横で見ていたキサラが口を挟む。
「いいじゃないですの!彼ははつみの大事な友達ですのよ?」
「あ〜ッ!クソ!いいか、小便とかクソとか船内でさせるんじゃねーぞ!…ウッ」
と呻くジッタ。はつみの後に船に乗り込もうとしていた船員から鼻を背けたのだ。
「酒クセーッ!」
「悪ぃ悪ぃ。さっきまで飲んでたのよ」
酒が身体から全然抜けていないロイドだった。
「船内でゲロ吐くんじゃねーぞ!吐いたらゲロごと船外へ射出してやるからな!」
その声に無言で両手を上げて反応するロイド。
最後に搭乗したのは風雅だった。
「どうです?うまく撒けました?」と豊吉は風雅へ問う。
「いえ…なかなかタフな奴でして、着いてきているかも知れない。ジッタ社長、ということだから急いで脱出したほうがいい。飛行艇に乗り込まれる事はないと思うが…」
ジッタは飛行艇の出力レバーを一気に最大にする。エンジンは轟音を発し、後方に砂埃を撒き散らす。砂浜に植えられていたヤシなどは今にも折れそうな程の風圧を受ける。
「行くぜ!舌噛まないように気をつけな!」
操縦管を握り船はゆっくりと前進していくが、しばらくするとジッタは疑問の表情を浮かべて首をかしげた。出力レバーを再び確認したりメーターを見てみたりを繰り返す。
「どうしたんだ?」
「ん?いや…変だな船が進まない」
「まさか…」
風雅が飛行艇の窓から顔を覗かせて後方を見る。そこには先ほどまで風雅を追い回していた見なれた人影がある。黒いローブで身体を覆った大男のモウだ。モウはどこから持ってきたのか、それとも最初からついていたのか飛行艇から伸びた太いロープを身体に巻きつけて飛行艇が飛び立とうとするのを制している。普通の人間ならそんな馬鹿らしいことはしないが余程の自身があるのか現に船が飛び立とうとするのを留めているのだ。
「まずいな、例の図体のでかい奴が船を掴んでいる。追い払ってくる」
「いや。いい」とジッタ。
「いいって、あの馬鹿力は実際船を止めてるぞ」
「俺様の船と力比べしようってマヌケには、ちょっと痛い目見てもらわんとな」
ジッタは操作パネルに厳重に"押さない様に"と工夫されているボタンの上にあるカバーを引っぺがした。それを脇で見ていた豊吉が心配そうに言う。
「なんですか…それは。まさか自爆スイッチとかじゃないですよね?」
「自爆?なんで俺様が大切な愛機を自爆させなきゃならんのだ。これはアフターバーナーといってマナを変換かけてる中に燃料をぶち込んで更に出力を上げる装置だ。あんま連発すると船が耐え切れなくてエンジンが溶けるからカバーつけてるのさ。いいか!ケツから火を吹かすぜ!これでも食・ら・え!」
とジッタは掛け声と同時にボタンを押した。更に凄まじい轟音と同時に船は重石が取れたように直ぐに速度をつけて水面を跳ねながら次第に宙へと飛び立っていく。空中で旋回して工場のあった場所を窓に位置するように船を傾ける。
その光景を横目で見るジッタ。その頬を一筋の涙が零れた。夜景の中で一際煌びやかに輝くジッタの工場。マハが魔法で吹き飛ばした工場の2階であったが、まるでジッタの飛行艇の旅立ちを応援するかのように勢いよく炎が燃えさかっていた。
「さらば…俺様の愛しの工場よ」
ジッタは工場に向かって敬礼した。
6
夜が明けてのジッタ所有の工場の横の砂浜。
チリチリの髪の毛になったカイ、モウが正座していた。横では背が低く立っているにも係わらず正座したモウよりも小さなマルが「キシシ」と小さく笑い声を上げながら立っている。そして3人の前にはカイとモウを正座させたであろう張本人、ニーナが込み上げる怒りを引き攣った笑みで必死に堪えている。
「状況を説明して!」
3人はお互い3人の中の誰かが説明するであろうと譲り合っていたが、どう考えても説明するのはリーダーであるカイであった。それを悟ったカイが舌打ちをした後になんと説明しようかをようやく考え始め、これは時間が掛かるなと思ったのかニーナが追い討ちをかけるように怒鳴る。
「私が知りたいのはどうしてジッタ社長の工場が瓦礫の山に変わってて、あなた達のうち2名が"アフロ"になっているのかよ!」
「俺達は命令通りに」
「命令通り?ジッタ社長の工場を瓦礫の山にしろって命令した覚えは無いわ。ついでに言うとアフロになってくれって頼んだ覚えもないわ!」
「いや、ジッタ社長を捕まえろって。んで襲撃したら邪魔が入って…」
「捕まえる予定はあったけど、すぐにじゃないわ。待機しておけって言ったわよね?」
「(小声でごにょごにょと)」
「どうして命令した事をそのまま実行しようとしないのよ!それとも命令がキチンと理解出来ていなかったの?なんとなくそんな感じね。あなたのオツムは筋肉で出来てるの?」
「筋肉じゃ出来てないけど、少しは筋肉が入ってるんじゃね?」
「…」
ニーナは驚いた。そして呆れた。
「筋肉で出来てないわ!オツムには脳味噌が入ってるのよ!普通はね!」
7
ジッタ工場の爆発が起きた後も通常通りにニーナは銀行へ出勤した。
それまでも定期的な打ち合わせはしていた例のレストランへと集まった時はニーナは銀行員としての格好そのままで登場した。今回集合をかけたのはニーナではなくエルドで、仕事で忙しい合間を縫ってニーナが足を運んだかたちとなったからだ。だがいつもと格好が違うのはニーナだけではなく、カイとモウもアフロヘアーに半強制的に変わっていた。
朝の事を引き摺っていたニーナは二人のアフロヘアーを見ると不機嫌度が更にあがった。同じ様に二人のアフロもニーナを見ると顔をプイと背けた。何となく事情は察していたエルドが両者の関係を補足しつつも本題を話し始める。
「とりあえず昨日の夜の事は脇に置いておこう。ジッタ社長の飛行艇が向かった先なんだが、やっぱりピリヤニス諸島みたいだ。んで、思い出したんだが…ピリヤニスに教会があるって話は実は他の奴にも同じ事を聞かれたんだった」
「誰に?」
「ん〜言いにくいんだが、実はオークに」
「ねぇ…アナタ、聞かれたんじゃなくてその情報を売ってるだけじゃないの?」
「ん〜…まぁそんなとこだ。俺は情報屋だからさ…」
「ジッタ社長の雇い主も、そのオークも…両方ともピリヤニス諸島の農村にある教会ってところで引っ掛かってるみたいね。やっぱり何かあるのかしら?」
「俺も何かあるのかと行った事はあるんだが、金目の物は無かったんだよな」
「とりあえずピリヤニス諸島へ行ってみましょう。カイ、今度は行動を一緒にするのよ。勝手に行く事は許さないからね。それとホントに命令が伝わってるか後で復唱させるからね」
カイは詰まらなさそうに箸を口で咥えて空に字を書いていたが突然イラだつ話を振られてその箸をプッとテーブルに吐くと、
「伝わってるって、はいはいはいはい、わかりました〜」
とあからさまに反抗的な態度を取った。
「この…」とカイに殴りかかろうとするニーナを制しながらエルドが言う。
「と、ここで問題があるわけだ」
「問題?」
「ピリヤニスに向かう船が無い。飛行艇で行くしかないんだが、少なくとも俺の知る範囲ではピリヤニスに行けるような飛行艇はチャーター出来なかった」
「この際だからお金には糸目つけないわ。何とかしてチャーターして」
「ん〜それが出来たら先に言ってるんだな、これが。なんていうか、飛行艇自体無い。どうも軍事演習で飛行艇を使うらしくて全部出払ってるっぽい」
「船は?」
「船であそこに向かうのは危険だ。って事で誰も船を出したがらないな。実際海流が激しくてその事を知らない他国の船とかがよくあそこで沈没してるし、その積荷やら人間やらを狙って海の魔物も出るという話しもある」
「じゃあ打つ手なしって事?」
「ジッタ社長がピリヤニスに永住するって話じゃないなら、島を出るまではそうかな」
「まぁいいわ。もし情報が入ったら私に伝えて」
「了解」
「カイ、そしてその部下さん達も。今の話の通りよ。間違ってもピリヤニスに向かわないでね。まぁ向かってもいいけどその時は海の藻屑となるでしょうから」
「フンッ」とカイはそれぐらいなら俺でも解ると言いたげにソッポを向いた。
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