メッサーシュミット社

1

ジェノバにある小さな工場は昨日までは倒産したかのような静けさだったが、今朝からまるで操業を再開したかのように騒がしくなっていた。

出勤途中の人々が気になって工場を覗くと中では若い男が数人働いており、工場の横にある敷地では1台の飛行艇にブラシをかけたり水をかけたりする女性が数人。女性のうち、どこかの魔法学校の学生服を着た女性は一人ブツブツと文句を何か言っているがここからは聞き取ることが出来ない。工場から飛行艇に続く小道を見れば、荷物を運び入れる作業をしている熊と少女、ブラウニーがいる。それぞれが自分の身体で持てる限りの大きさの荷物を運び入れている。

工場の作業員ではなさそうな人々が働いている、その工場は昨日までは廃墟も同然だったのだ。一体なんていう名前の会社なのか?と疑問に思った通行人達は工場にある看板を見る。「メッサーシュミット社」とある。通行人達は首を傾げた。「こんな会社ここにあったっけ?」という者もいる。

「なにみてんだ?見物料取るぞ!」

どこからか声が聞こえる。声の主がいる場所を探すが、少なくとも上と正面には居ない。だとすると、と下を向く前にまた声の主が怒鳴る。

「ここだ馬鹿!」

通行人達が下を向くとそこには自分達の足の膝にも満たない背の低さのコロボックルがいる。しかもその背の低さに反比例するような態度の大きさで。

「シッシッ!見世物じゃねーぞ!」

見物人を追い払うとジッタはまた工場の中に戻っていった。

工場へ戻ったジッタはまず手を二回叩き、全員に聞こえるような大きな声を張り上げる。

「おーっし、お前等。休憩だ!食事にするぞ〜」

それを聞いた風雅達も、工場の外の砂浜にいたマハ達もノロノロと工場内へと歩き出す。が、一人だけ納得がいかないが故にいきおいよくジッタへと歩み寄る男がいた。ロイドだ。彼はその勢いのままジッタの襟首を掴んでまるで人形を持ち上げるがの如く宙高くジッタの身体を持ち上げるとそのまま宙でブンブンと揺らしながら叫ぶ。

「いつからだ?いつから俺達はお前の工場の作業員になったんだ?え?」

苦しそうにじたばたと暴れながらジッタが言う。

「しょうがないだろう、俺様の飛行艇があれほどまでに内部まで駄目になってるとは思わなかったんだから。それに古いタイプの奴で今の燃料だとそのまま使えないんだよ!」

それを聞いて豊吉は工場で先ほどまで作業していた機械などを指しながら言う。

「えと、さっきから私達が作ってるのは飛行艇のエンジン部分などですか?てっきり部品の幾つかが交換が必要なのかと思ってたのですが、まるまる中身を取り替えるような事になってるのですね」

「んんあぁ、そうだよ。なかなか感が鋭いね、アンタ」

とジッタは宙に持ち上げられたまま答える。がそのまま地に降りれるわけでもなく、さらに力を込められてブンブンと上下左右へと揺らされる。ロイドの怒鳴り声を直に浴びる。

「感がいいねぇ…じゃねーだろうが!俺達は旅の途中なの、ここで飛行艇作ってる暇なんてないんだよ!おい、風雅も何とか言ってやってくれよ、他の飛行艇会社に頼むって手もないわけじゃないんだろ?」

風雅は汗をタオルで拭いながら答える。

「勿論他の飛行艇会社も当たってはみたさ。昨日の旅行会社の男のつても頼ってね。そもそもピリヤニス諸島へと向かう便自体がないし、だからこんな感じで貸切が大丈夫なところって条件を絞ると…ジェノバには無いらしい。今の所は。ジッタ社長の運営するメッサーシュミット社を除いては」

「ま、そういう事だからさ…」と苦笑いをするジッタ。だがまだ怒りが収まらないのかロイドはそのまま襟首を離そうとせず宙に浮いた小さな身体を更にブンブンと振り回す。

「飛行艇に乗せてくれって頼んだら造るとこからやらされるなんて思いもしねーよ!」

「とにかく落ち着けって、飯でも食ってな」

半分目が廻りながらようやくジッタはロイドから解放された。そして工場の隅に用意されているテーブルへとよろよろと歩み寄って中央にどっかりと座る。テーブルには先ほどからはつみが用意していた料理が並ぶ。そしてテーブルへ一同が着席した事を確認して、ジッタは食事が始める前に軽く挨拶をしたのだ。

「まぁなんていうか、こうやってみんなでテーブルを囲んで食事をするのも楽しくていいじゃないか。労働をした後の食事なんて特にな」

だがジッタ本人の軽い気持ちとは裏腹にほぼ全員からの殺気立った視線を集中的に浴びた。労働という言葉に全員が違和感があったようだ。

2

深夜。工場は昼間とは打って変って静けさを取り戻していた。2階の1室を除いて。

「まだ起きているのか?」

部屋に入ってきたのは風雅だった。部屋ではジッタが飛行艇のエンジン部分の設計図を広げて考え込んでいた。設計図以外にも錬金術の式やら練成陣等も書かれている。

「ん、あぁ…ちょっと設計が行き詰ってなぁ」

「なにもエンジンを1から造らなくても、他から取り寄せればいいじゃないか」

「それだけは金詰まれても出来ネェ相談だなぁ。俺様の飛行艇には俺様が一番信頼できるエンジンが詰まれてなければお客様にも信頼を提供できねぇ。それに、まぁ1から造ってるわけじゃねぇよ。これは俺様のじいさまの台からあるエンジンの設計図なんだ。それを今の燃料にあわせて変えてるだけさ」

「でもな…前にも話したが、俺達は急いでるんだ。なるべく早くピリヤニスに行きたい」

「わーってる、わーってるって。ピリヤニス諸島だけじゃないんだろ、まだそっから他の所へも行くんなら、足が居るのは目に見えてる。俺様がその足になってやろうってんだ。ただ、その為にはタフな足が必要だ。タフな足を持ってるのは我がメッサーシュミット社の誇る飛行艇、メッサーシュミットだけだ!」

「わかったよ…まかせるよ」

風雅が部屋を後にしたあとも、明け方までジッタは設計をしていた。

3

翌朝。はつみとナジャ、ミーシャが朝食の支度をしていると工場の玄関から誰かの声がする。はつみが窓から覗くと女性一人と男性が二人いる。

「誰かきたみたい」

「あの制服…銀行の人みたいだね」

「そうなんだ」

「うん。ティリスにも銀行があるけど、そこと同じ制服だ」

ナジャ曰く銀行員らしき女性一人と男性二人。女性を先頭として男性二人は後ろに付き添っている事からすると、彼女をリーダーとして残りは部下という事だろう。

「言ってくるね」とはつみ。

はつみが玄関の扉を開こうとすると強い力で引っ張る感覚がある。手を離すはつみ。銀行員とおぼしき女性は強引に扉を開いて玄関へと侵入してきた。

「ジッタ社長はいらっしゃいますか?」

「あ、えと、います。寝てます」

「起こしてきてもらえます?」

「あ、はい」

銀行員の女性は以前この工場に足を踏み入れた事があるのだろうか、客間がどこなのか知っている風でズカズカと強引に足を踏み入れて案内もされていないのに客間のソファーに座る。両脇の男性2名はソファーには腰を下ろさずに女性の背に立った。田舎の村の出の少女に接客のマナーなどわかるはずもなく、また銀行員の女性もそれに何かしらの期待もすることも無かった。彼女は冷静な顔でただソファーに腰を落ち着かせている。

数刻の後、はつみがジッタを連れて客間へと現れるとすぐさま彼ははつみや部屋で客人の様子を伺っていたミーシャなどを部屋から追い出すと扉を閉めた。そしてジッタがようやくソファーに腰を下ろした後に銀行員の女性は落ち着いた調子で話始めた。

「ジッタ社長、私また変な噂を耳にしたのですが…」

「いやぁ…俺様も色々と噂の多い男になったんだなぁ」

「…他の銀行員をつてにお金を借りたそうじゃないですか」

「あら、もう情報がいってるのか」

「『あら』じゃないですよ。採算はあるんでしょうね?もう最初の分の…」

「あ〜〜〜〜〜ッわかってるよ!わかってるって」

「私もこれでもきっちり仕事をこなしてきた実績もありますから。ここでジッタ社長に泥を塗られるわけにはいかないところもあります。わかっていますよね?女だからって甘く見てもらっては困ります。本当は取り立ても荒っぽくはしたくないんですけど、それなりのお客様にはそれなりの取り立てをお願いしていますので。覚悟しておいて貰いますからね」

「それは俺様が返さなかったらの話だろう?」

「そうです」

「今からそんな話をしちゃあ駄目だな。それは後ろ向きな考えだぜ」

「既に借金があるのにまた借金をされるというのは、どう考えても尋常ではないのですよ。私の経験からすると。こちらとしても注意深くなってしまいます」

「大丈夫だって、期日には返すからさ」

「解りました。期日には当銀行にお越しください。来られない場合は。わかりますよね?」

銀行員の女性は最初から長居をする予定ではないようだった。言いたい事だけを言い終わるとすっと立ち上がり、客間を後にした。ジッタは送り迎えなどはせずにずっとソファーに座ったままだ。

そして玄関から例の銀行員が立ち去ったのを音で確認してからジッタは深いため息をついてソファーに背を伸ばした。

「どうすっかなぁ〜…」

4

砂浜ではエンジンから発せられる轟音と突風が沖に向かって小さな波を起こしていた。

今朝エンジンの組み立てが終わったばかりだった。そのまま動作テストをし、設計者以外素人達が作ったのにも関わらず何も問題なく動き続けている。

その様子を見ていた風雅や豊吉に向かってジッタが何か言っているが轟音の中では聞き取る事が出来ない。多分「いい出来だな」だとかそのような事を言っているのであろう。彼がパネルの電源を切るとエンジンはゆっくりと停止しプロペラも惰性で回るだけとなった。

「午後にでも取り付けてしまおう。もう明日にでも飛べるか」

とジッタは言う。隣でプロペラが止まる様子を見ていた風雅がそれに返す。

「ああ、こっちの準備はいいんだが、ジッタ、アンタのほうの支度はいいのか?」

「俺様はいつでも準備OKさ」

「客人が何度か来たみたいだが、しばらくこの工場を空ける事になるんだろう?言っておかなくていいのか?」

「いいのさ」

それからジッタはまるでその話を続けたくないというような素振りで急ぎ足で工場へと戻っていった。その様子を見て顔を見合わせる風雅と豊吉。そして豊吉は何かを思い出したように懐をまさぐると封筒を取り出した。

「人の手紙を勝手に読むのはどうかと躊躇してたんですが、ジッタさんの様子もおかしいのでちょっと拝借してみました。差出人を見てください」と風雅に封筒を手渡した。

「…アルタザール銀行。そういえば数日前までは頻繁に銀行員が来ていましたね」

「中身は借入明細です。ジッタ社長本人の名義で借り入れてるんですけどね、他にもありまして、そちらは彼のおじいさんらしき人の名義で既にかなりの額の借入がありました。返済はまだされていないようなんです。にも関わらず、つい最近にジッタ社長本人がさらに別窓口から借り入れたみたいなんです」

「これは…どういうつもりなんですかね」

風雅は封筒の中身を一通りみた後に即座に中にしまった。

5

風雅達がジッタ社長の工場で働きだしてから数日が立っていたその日の夕方、いつものようにテーブルを囲んでの夕食だった。テーブルの上にははつみとナジャとミーシャが作った料理が並び、さらに台所から完成した料理が追加されていく。

部屋に遅れて入ってきた風雅と豊吉はいつもとは様子が違った。分厚い封筒を幾つか持ちそれをテーブルの上に置いて言う。

「ジッタ社長、ちょっと話があるんだが」

「なんだよ」

ジッタは風雅が何をいわんとしているのかは一瞬で解ったような素振りだ。

「失礼とは知りつつ気になったので社長宛の郵便物を拝借した。銀行からの借入明細だったよ。つい先日まで工場によく来ていた銀行員もこれと関係あるんだよな?」

「ああ、あるさ。だがお前達には関係ない事だ」

「関係あるさ。関係あると思ったからちょっと調べてみたんだ」

そういって風雅が並べたのは二つの借入明細、一つはジッタ本人の、もう一つは彼の祖父にあたる名義だ。

「一つは随分前から請求が来てるやつだ。ジッタ社長の祖父の名義で借りられてる。もう一つはジッタ社長、あなたの名義で借りられてるんだ。つい先日にね。俺達がこの工場で働きだした頃だ」

「それがどう関係あるってんだ?」

「飛行艇のエンジンだとかの材料を買うためにお金が必要だったんだろ?確かに俺達はお客として飛行艇に乗せてほしいとは言ったが、まさか1から作るとは思っていなかった。作らされるとも思ってなかった。俺達が来たから飛行艇を作ったなんて馬鹿な話はないよな?飛行艇を買い取るだけのお金は流石に持ってないぞ」

「誰も買い取ってくれなんていってないよ。金の事も会社の経営の事も俺様が面倒みてんのさ。お前達はなーんにも気にしなくてもいいんだよ」

だが今度は豊吉が借入明細を見ながらジッタに言う。

「素人の私が見てもこれは明らかに破綻してるんですよ…借金がある上にさらに借金をして、返済の期限も過ぎてる。私達が押し掛けてきたから飛行艇を修理しようと思ったのですか…?。飛べないのなら言ってくれればよかったんですが…飛行艇を1から作ってまで私達を送って欲しいなんて言ってないんですよ」

俯いて押し黙って聞いていたジッタは突然叫んだ。

「嬉しかったんだよ!お前等が工場で働いてる姿見てたらな、昔社員がいっぱい居た頃の事を思い出しちまってよ。また最初からやり直せるんじゃねーかって、本気でそんな事考えちまったよ…馬鹿だな俺様はよ」

その後、一同は押し黙った。手をつけられていないテーブルの料理が冷めていく。その沈黙をなんとかして破ろうと普段よりもぎこちない口調でロイドが口を開いた。

「ま、まぁ、そのなんだ、借金なんて働いて少しずつでも返せばいい話じゃねーか。簡単な事だろ」とフォローするが、ジッタは顔の表情をそのまま変えなかった。豊吉が彼が言いたいであろう事を代弁する。

「さっきも言いましたが、借金のうち一つは返済期限が過ぎてるんです」

「うん?と、つまりはどういう事になるんだ?」

「普通に考えれば、借金の取り立てが来ますね。それから、返せない事が解れば資産は凍結。この家というか、工場なども差し押さえとなりまして質に出されるとか、それでも返せない場合は…すいません、アルタザールでの法律は知りませんので借金が返せない場合は最終的にはどうなるのか解りません」

キサラが話しの間に入る。

「お金を貸した人間が借りた人間の自由を束縛出来ますわ。借金が何らかの形で返済されたと認められるまで。命の保障は法の上でされると言われていますけど、本当のところはどうなのか解りませんわ」

ジッタがその話を聞いてさらに深く沈む。目に見えてその様子が一同に伝わると、普段からジッタを苛めていたロイドでさえ彼をフォローしたくなっていた。

「こんな時に命の保障がなんだとか言うんじゃねーよ。キサラのとこは金持ちなんだろ?払ってやれよ、無担保の出世払いでさ」

ロイドのその話を聞いてジッタの目に少しだけ輝きが出てきた。その目の向き先はこのテーブルを囲む一同の中で一番裕福な格好をしているキサラに向けられている。

「わ、わたくしは貴族の娘ですけど、お金を自由に出来る身分ではありませんわ!会社を立て直すだけのお金をくださいなんてに言わせるのですの?それに貴族だからってそんなにお金があるとは思えませんわ」

その回答を聞いてジッタはまた落ち込んでしまった。それ以上のフォローは出来ないと思ったか風雅はとりあえず聞いておきたかった事柄を質問した。

「借金を増やして飛行艇を作ったのはいいが、それから先のプランは何か考えてあるんじゃないのか?ピリヤニスへ送ってもらった後に、別の場所へも送ってくれるのは解るんだが、その後はどうするんだ?」

「いや、特に考えてない」

「…」

一同はしばらく呼吸を止めたかのように沈黙したあと、ため息をついた。

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