1
ユグドラシル鉱山の坑道の中にずっと居たためか昼と夜の感覚がなくなっていたはつみ達は、坑道から出た後しばらくして今が夕方である事を知った。夕闇が訪れる中で少し先は空がぼんやりと明るくなっているのが解る。ジェノバの街の明かりだった。
大陸の端に位置するその街は空の玄関として日々多くの飛行艇が離着陸を繰り返している。ほんの数年前は小高い丘にある果樹園と漁港だけの小さな村だった。大戦中に多くの民が流入してその名残で人と物の流れが出来上がっていた。
伝説によれば、高度な技術を誇った空の民が移民して造ったのがジェノバであると言われている。その証拠に、戦後、ジェノバの民は伝説に勝るとも劣らぬ革新的な技術を用いて飛行艇を開発した。ただしジェノバの民と言っても幾多もの民族が同じ街で暮らすのでどれが本当に空の民なのかは解らない。自らの技術を誇らしげに語るとき、まるで絵本の話を子供にするように伝説の空の民という例えをするのかもしれない。
4人が街に入る頃には辺りは街灯無しでは歩けないほどに暗闇に包まれていた。
「ここでお別れね」
先頭を歩いていたアリシアは足を止めて振り返り言う。
色々と大変な目にはあったがそれでもアリシアは真剣に旅を共にしてくれたのだ、はつみやキサラはジェノバで彼女と別れることは承知してはいたが名残惜しそうにしていた。
「ありがとう、アリシア、またどこかで…」
「ここまでこれたのも貴女のお陰ですわ」
二人が別れを告げるとアリシアは街の明かりの中に消えていった。
「さて、これからどうしますの?」
「風雅さん達と合流しなきゃ…」
「でもこの街で待ち合わせ場所も決めずに会いたい人とたまたま会うというのも凄いですわね。これだけ沢山人がいますのに」
通り過ぎる人々は様々な国の衣服を身にまとった旅行者が多い。人間だけでなくゴブリンなど人間と関係が深い種族も通り過ぎる人々に混じっていた。二人が話しているその時、お腹がなるような小さな音が聞こえた。テトのお腹が鳴る音だった。
「オイラお腹が空いちゃったよ」
「…まずどこかで食事を取りましょう。それからホテルを探しますわ。お金の事は心配しないで。わたくしが全部払いますわ。はつみはあまりお金持っていないのでしょう?」
「あぁ、あ、うん…」
はつみはその時初めて風雅が宿を取ったときもはつみの分までお金を払っていた事に気付いた。麻袋に入っているのは僅かな食べ物と野宿に必要な物だけだ。旅に出る時に必要になればお金は稼ごうと心に決めていたのだが色々と物事が起きるなかで忘れてしまっていた様だった。
キサラが先頭を切って歩き出した次の瞬間、物陰から急ぎ足で突き進んでいた男がキサラの懐にぶつかった。両者とも前を見て歩いていなかったのが悪かったのだろう、キサラも男も驚いてお互いが謝った。はつみの目には男が謝りながらもキサラに見とれているようにも見えた。キサラのほうも、男の顔がまんざらでもないようで同様に見とれていた。
「キサラさん、今の人、かっこよかったんですか?」
「さ、さぁ。知りませんわ。普通の顔だったかしら」
4人はまず食事を取るために街の明かりに消えていった。
2
異国の文化が交わる場所でもあるジェノバで、おそらく食事をする場所であろう店を見つけてそこへ入ろうとする4人。はつみとテトが何かしらの良い匂いを察知したのが理由だ。だが入り口で番人に様に立っていたウェイターの男がはつみとテトが入ろうとするのを手で制した。何かと思いはつみがウェイターの顔を見ると、彼は一言、
「ペットの持ち込みは禁止です」と言う。
「ペットじゃないよ!テトだよ」
「ブラウニーでしょう?他のお客様が嫌われますので…」
しぶしぶ立ち下がるはつみとテト。それを見かねたキサラがウェイターに言う。
「テイクアウト出来ませんの?」
「可能ですが、お代金は先に頂きます」
「構いませんわ」
キサラは財布を懐から出そうとした。いくら財布に入っているのかを見てから料理を選ぼうとしたのだ。だが彼女が出そうとしたものがあるはずの所に無い。
「あら…?」
「お客様?如何なされました?」
「お財布がありませんわ…あッ!あの時!」
キサラの脳裏に浮かんだのは先ほどぶつかってきた男だ。ワザとらしくぶつかってきたのではない、まるで偶然でお互いがぶつかったようにも思えたが、そう思わせておいて財布をスラれたのだった。あまりの巧みなテクニックに一瞬関心すらしてしまったキサラだが、考えれば考えるほどに頭に血が集中していく。怒りと恥ずかしさで顔を赤くしたキサラは無言で店を後にした。それをはつみとテトは寂しく追っていった。
店の前で4人はぺたりと座り込んだ。はつみは麻袋から先ほどユグドラシル鉱山の内部で手に入れたクッキーなどの食べ物を出してテトと二人で食べていた。元気なく塞ぎこんでいたキサラにも勧めたが案の定断られた。
「お腹は減っていますけれど、食欲がありませんの」
「お腹が減ってる時は食べないと死んでしまうよ」
「今のわたくしは精神的に死んでしまいそうですわ。街はこれだから嫌い…」
そう言って体育座りのキサラは頭を両足の間に埋もれてしまうほどに挟んだ。
「今日はここで野宿かなぁ…」
「オイラははつみと一緒ならどこでも寝れるよ」
テトだけは元気だった。ブラウニーのサイズで人間用のクッキーは2枚程度でお腹いっぱいになる。お腹を満たしたテトは眠くなったのか彼女の膝の上で寝息を立て始めた。だがはつみのキサラは寝れるような状況ではなかった。先ほどの事もあるが、街は夜になれば夜で騒がしかった。静まることは無いのだろう。
人ごみをぼぅっと眺めていると、一際目立つ巨大な人影がノシノシと歩いている。それははつみとキサラを見てこちらに動きて来た。一瞬街灯が暗くなるほどに巨大な人影ははつみとキサラを指差しながら言う。
「オマエラ新入りか?」
なんの事か解らず顔を見合わせるはつみとキサラ。
「なんでこんなとこ座ってる?」
「…お金がなくて、泊まるところもなくて、ここにいるの」
はつみが元気なくその問いに答える。なんとなくだが助けてくれそうにも思える巨体だ。
「そうか、オマエラ新入りか。嬢ちゃん包帯貸してやるよ。新入りには優しくしてやってくれって言われてるもんな」
なんの事か解らずにいるはつみに巨体は背中に担いだ大きなカバンから汚らしい包帯を取り出すとそれを手渡した。それを黙って受け取るはつみ。だが一体に何に使うのかはまったく解らない。
「それを手足に巻き付けて、ほら」
「こう?」
はつみは包帯を腕に巻き、足に巻いた。
「それでここにコップを置くんだ」
巨体は同じ様に先ほどのカバンから汚いコップを取り出すとはつみの前に置いた。巨体がはつみに変な事を吹き込んでいるように見えるので、キサラは黙っていられず問う。
「さっきから何をなさっているの?」
「こうやっていると、お金、コップに入ってくる」
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ。そんな乞食みたいな真似させないでくださる?!」
巨体は驚いた。「一体何を言い出すのだ?」とでも言いたげに。
「オマエラ、お金ないんだろ、乞食の真似じゃなくて乞食じゃないか」
言い方もあるが確かにお金は無かった。怒る気力すらなくしたキサラはそのままレストランの建物を背に座って、ただはつみの前にあるコップにお金が入る様子を眺めていた。その後、巨体は去る間際にキサラにもコップと包帯を勧めたが真っ赤な目で睨まれた為驚いて去っていった。去るときも来た時と同じ様にノシノシとスピードは変わらずに。
3
はつみとキサラは通り過ぎる人々がコップにお金を放り込むのをぼんやりと眺めていた。異国の格好をした少女とスカートが千切れた魔法学校の学生、はたからみれば異国から来た少女が行き場をなくして、そこへたまたま家出していた魔法学校の学生と意気投合し、共に生活費を恵んでもらっているという感じだ。
コップにほどほどにお金がたまり始めた頃、はつみは俯く自分の顔を覗きこむ人物がいる事に気付いた。なにかと思い顔を上げてみるはつみ。
「はつみ?…はつみじゃないか!こんなところで何をしているんだ?」
顔を覗きこんでいたのはロイドだった。
「あ、ロイドさん…!」
はつみは迷子の子供が親に出会えた時の様に瞳から涙が溢れ出し、そして泣き出した。となりにいたキサラも二人のやりとりに気付いていた。
「あら、ロイド…どうして貴方ここに?」
「ん?あぁ?お前、モンスール卿の孫っ子のキサラじゃないか?お前こそ、こんなところで何やってんだ?学校は?家出してきたのか?」
「わ、わたくしは、旅をしているだけですわ」
「旅っていうか、乞食をしてるように見えたけどな…まぁいい、はつみ、皆待ってるぞ」
それを聞いてキサラが驚いてた。
「え?はつみ、貴女、共に旅をしている方というのは、ロイドですの?」
泣きながら黙って頷くはつみ。
「なんだよ、俺が一緒に旅をしてちゃマズいのか?」
「わたくし、はつみと旅をご一緒してるのですけれど、まさかわたくしの知り合いがいるとは知りませんでしたわ。だから吃驚しただけですわ」
「いや、だから旅じゃなくて単に家出してきただけだろ…ばあさん心配してるぞ、きっと。お前はこれからちゃんと家に帰るんだぞ」
「か、帰りませんわ!わたしくははつみと旅をご一緒すると決めましたわ!」
「まぁいいか。ここで立ち話しててもしょうがない。皆が待ってるとこにいこうか」
ロイドが指差した先は先ほどお金がなくてはつみ達が追い出されたレストランだ。
4
レストランに入ろうとするはつみは一旦立ち止まった。
「どうした?」とロイド。
「ここってペットは連れて入ったら駄目なんだって言われたの」
「お前ペットいるのか?」
「私の友達のテトがいるよ」
はつみが抱き抱えているのはブラウニーのテトだ。
「あぁ、袋の中に入れとけ」
「えッ?」と驚いたはつみだが、それは名案だと感じたのか麻袋の中にテトを入れた。
先ほどと同じくウェイターらしき男が立ち塞がっていたが彼にロイドは「ツレだ」と一言言うとすんなりとその場所をどいて通らせた。
店内は薄暗く、客にしても活気溢れる街ではあるので少しは馬鹿騒ぎでもするものだが怪しげな風貌の者が多い。入る店を間違えたのではないかと思うほど予想外な店だ。そして一番奥に行くとはつみが待ち望んでいた仲間達が待っていた。
「はつみ!」とナジャとミーシャが同時に叫んだ。
「生きていたか、本当によかった…本当に」と風雅が言った。
「はつみさん、怪我をしてるのですか?見せてください、直しますよ」
はつみの手足にある包帯を見て豊吉が言う。
「あ、これは違うよ。大丈夫、私、怪我してないよ」
マハははつみとの再開を喜ぶ一方で隣にいる人物に驚いた。ロイドがそうしたように。
「あなた…モンスール卿の孫娘さん?どうしてここにいるの?」
「家出して来たんだってよ」とロイド。
「家出じゃありませんわ!はつみと旅をご一緒してるの。ただそれだけですわ!」
「本当だよ、キサラさんには色々助けて貰ったの。だからそのお礼に一緒に旅する事にしたんだよ。私の友達のテトも生き返らせてもらったんだ…」
そういってはつみは麻袋からテトを取り出した。一同がテトの姿を覗き込んだ。
「ブラウニーかぁ、可愛いなぁ」とミーシャ。
テトは周囲の変化に気付いたのか眠そうに目を擦りながら目覚めた。自分を覗き混むはつみと他の人々を見て驚くテト。
「テト、私、仲間に再会する事が出来たんだよ。紹介するよ、風雅さん、豊吉さん、ナジャ、ミーシャ、ロイドさん、マハさん」と順に紹介していくはつみ。そして今度はテトの番である。テトは少し緊張しながらも自己紹介をした。
「あ、オイラ、ブラウニーのテトです…よろしく」
風雅と豊吉以外は時が止まったように驚いていた。
「しゃ、しゃべった…」とナジャ。
「ブラウニーが人語を理解してるわ…」とマハ。
「さすがははつみのペットだな…一味違うぜ」とロイド。
それからテトは自らが話せるようになっているキッカケを話し、そしてはつみは自分があの後、渓谷に落ちた後の事を話し、キサラはどうしてオークに捕らわれていたのか、どうして家を出たのかなどは一切話さなかった。ロイドはしきりに彼女が見合いなどの話を断る為に家出をしたのだと、どこかの誰かが言っていたような事と同じ事でからかっていたが、彼女はそれにはがんとして反応しなかった。
5
話しにはなが咲く中、いつのまにやらか風雅達の少し離れた位置でいつ話しに割り込もうかとタイミングを伺う男がいる。再開の喜びを分かち合うはつみ達とは正反対でどことなく不安げな顔をして本人も場違いである事は重々承知の上で、それでもなんとか言わなければならない、という感じだ。
それに気付いた豊吉はおどおどとする男を席に招いた。
男は申し訳なさそうに席に付くと彼が申し訳なさそうにしている理由を話し始めた。
「実はお客様とご契約をされていた飛行艇会社様からのキャンセル通達がありまして」
「キャンセル…ってどういう事だ?」と顔を険しくしたのは風雅だ。
「あまり詳しい事は解らないのですが、別のお客様より飛行艇の要請がありまして、その〜…なんといいましょうか、つまり…そちらのほうが条件が」
「そっちの客の方が俺達よりも沢山お金を払ってくれるから乗り換えたって事だろ」
そう言っておどおどとした男の肩をがっしりと掴んだのはロイドだ。笑顔は崩さぬままだが肩に入る力は笑顔に反比例して男に与える不安を大きくする。
「わたくしどもと致しましても、一旦契約したお客様から一方的にこちらから破棄する事はなんとしても避けたい次第でありまして、そこで少しサービスは落としてでもお客様のご要望は叶えて差し上げたいと思う次第でありまして…」
「飛行艇に乗れるのなら特に問題は無いが」
と、これまでの話を聞いて納得している風雅。だがロイドは男の額に常に流れている冷や汗を見逃してはいない。どこか後ろめたい事がある時に流れる汗である事を知っている。そして彼は更に男のか細い肩に力を入れて、
「サービスを落とすってのなら、料金も落としてくれるのがスジってもんだよな?」
「は、は、はい。もももちろんですよ。その辺りは勉強させていただいております」
「じゃあさ、その飛行艇会社の奴等が裏切らないようにさ、今すぐにでも紹介してもらえるかな?俺達も荷物とか運び込まなくちゃいけないしさ」
「ききき、今日ですか?今日はちょっと…遅いのではないですかね?」
「いやいや、全然遅くはないさ。こうやって俺達がお酒飲んでる間にも他のお客に乗り換える奴だっているわけだからさ、それを考えたらまだまだ営業時間だぜ?」
断りきれないと観念したのか強張って力んでいた男は脱力させて言う。
「わかりました…ご案内します」
6
はつみ達一向は繁華街の裏通りへと進んでいた。
途中までの経緯を知らないはつみはナジャに聞いていた。その話はこうだ。
情報屋の話では異世界とコンタクトが出来るとされた秘宝の所在がジェノバから少し海を挟んだピリヤニス諸島であるとの事。ただ、そこへ向かうには飛行艇を使う事が必須である。途中の海流に邪魔をされて船では近付く事が出来ない島々なのだ。情報屋の紹介で飛行艇旅行会社にかのか細い男がきたわけだが、最初の飛行艇会社は乗車拒否をしたのがこれまでのいきさつである。
はつみがナジャにその話を聞いている間にも一向は裏通りにある貧相なバーへと入っていた。表通りとは異なり、中流階級から貧困層というなりの市民が多く出入りする場所であるようで、先ほどのレストランとはまた異なる怪しさが感じられる店だ。
店に入ると旅行会社の男は一人の小さな、人間とは思えないほどに小さな小人を指差した。背丈は大人の腰の部分に届くか届かないかというサイズのその小人は、似合わずとも酒ビンを何本か開けており随分と泥酔している風であった。そして旅行会社の男は小さな小人の男の肩を揺らした。
「社長!お客さんを連れてきましたよ。社長が逃げるといけないからって、お客さん今日にでも荷物も身なりも飛行艇に乗っけたいそうで…」旅行会社の男は小人を社長と呼んだが実際に彼の会社の社長ではないようだ。だがそう呼ばれたその小人は、その愛称に相応しい態度で返してきた。
「俺様はぁ…逃げも…隠れもしねぇぞ!」
酒瓶を振り上げて床にばら撒きそうになる。割られては困るとバーテンダーも旅行会社の男も焦って小人から酒瓶を取り上げる。小人は他の酒瓶も持って暴れようとするので、彼の周りにある危険なものを全て退けて様子を見る。
「なんだこの豆粒みたいな奴は」と言ったのはロイドだ。
初対面であるに関わらず失礼な態度を取るロイドを肘でこつくマハ。ロイドも聞こえるか聞こえないかの声で言ったのでまさか聞こえているとは思いもしていなかった。社長と呼ばれる小人はロイドにフラフラと近付くと軽く足を蹴った。
「なんだと〜うらぁ〜ウドの大木がぁ〜デカけりゃいいってもんじゃねーぞ、うらぁ…」
ロイドの膝にも満たない小さな背丈の小人は酔っていなくとも痛くないであろう蹴りで何発かロイドの膝に打つ。蚊に刺された程度の痛みがロイドの足に走る。
「しゃ社長〜…」と情けない声を上げる旅行会社の男。二人が喧嘩になってはならないと止めに入ろうとする。だが仮に喧嘩になったとしても一方的にやられてしまいそうなのも目に見えている。何故明日まで待つ必要があるのか、一同はここで始めて解った。
ロイドは小人の足を片手で持ち上げると逆さに吊るし上げた。
「な、あぅ、何をするんだ!うらぁ!放せ!放しやがれ!」
「お、お客様、放してあげてください!」
「いいからさっさと飛行艇に案内すりゃいいんだよ!」
「ちょっ、ロイド止めなさいよ!」と止めに入るマハ。彼女は吊るし上げられている小人を降ろしてあげようとロイドの腕を引っ張り揺らすが、その度に宙に吊るされている小人はふらふらと揺れた。「だってこいつがよぉ〜」と放す気配の無いロイド。
そうこうしているうちに小人の顔は次第に青くなり、泥酔した小人をを逆さに吊るし上げたら陥るであろう結果の一つが起きた。
「う…うぇぉ…っブ」
胃から何かが逆流するような音が小人の口から発せられ、予想通りのものを周囲に撒き散らした。周囲の人々も吊るし上げていたロイド自身も、その声で何が起きるのか一瞬前に想像出来たのか、小人の口から吐き出されたものは見事に避けきった。
7
小人は名前をジッタと言った。ジェノバに住む種族の一つ、コロボックルである。
コロボックルは空の民の第一候補とも呼ばれるほどに知性に富んだ種族である。高度な錬金技術や魔法技術、そして蒸気や火薬などの技術にも長けている。だが一方でその小柄な外見のため肉弾戦はまったく駄目で他の種族に遠慮しながらジェノバで暮らしているのが現状だ。争い事は好まず日々陽気に過ごしている。
ジッタは父から引き継いだ工場を引き継いでおり、工場では主に飛行艇の開発を行っている…が、現在は工場は運休中である。そして合間をぬって飛行艇による乗客は貨物の運搬も引き受けていると言った。
はつみ達がジッタの所有する工場を訪れたときには既に深夜。街の明かりに照らされた工場はとても運休している程度のものではないほどに長い間使われておらず、倒産して工場が閉鎖されたと言ったほうがいいほどの荒れであった。
「社長って言われてたが社員はどこだ?」
寂れた工場をみて風雅が言う。
「工場の作業員の事か?」
「いや、飛行艇会社もやってるんだろう、そこの社員さ」
「みんな辞めちまったよ。残っているのは俺様だけさ」
まだ酔いがさめていない顔が真っ赤なジッタは工場の裏へと続く鉄格子の扉のカギを開けた。それは工場と同じく随分と長い間使われていないようだ。半分錆びたカギに同じく錆びたカギを突っ込みガシャガシャと乱暴に回して開錠する。そして一同を鉄格子の向こうにある砂浜に案内した。
砂浜には一台の飛行艇がある。はつみ達が全員乗り込む分には十分な広さはあるようだが少し古い型で、しかも何年もその砂浜から動いた形跡が無い。その証拠に普通なら綺麗に掃除しておかなければならない飛行艇のエンジン部分にはフジツボが、砂浜に敷かれたレールにはびっしりとワカメが群生していたのである。
「おいおい…まさかこれじゃないだろうな?」
流石に素人のロイドでも心配になりその風化しかけた飛行艇を指差して言った。
「お前の目ん玉はどこについてるんだよ!この砂浜に他に飛行艇っぽい乗り物があるのかよ!ったくこれだからウドの大木は…」とジッタが言い終わる前にロイドは彼をまた逆さに吊るし上げた。
「放せ!うらぁ!お前!俺様が飛行艇運転するんだからな!こんな仕打ちしたらお前等はピリヤニスまで泳いで行くしかないんだからな!解ってんのか…う、うえっぷ」
仕方なさそうにロイドはジッタを砂浜に下ろした。
「運転するのはいいんだが、飛行艇の整備やらはどうするんだ?この状態じゃ飛べないだろうし、燃料だってまだ入ってなさそうだし。社員は他には居ないって言っていたが…」
ロイドとジッタのやりとりは真に受けず冷静に風雅が言う。
「いや…だからさ…お前らが、その…やるしかないんじゃないの?」
その言葉の後、数秒間はまるで時が止まったかのように静寂に包まれた。そして誰もが言いたい一言をまず最初にキサラが言った。
「飛行艇の整備を客にさせるなんて聞いた事がありませんわ」
続け様に豊吉が旅行会社の男に小声で言う。
「これで流石に通常料金はありませんよね…」
「え、えぇ、勿論です!勉強させて頂いております。更にお安くいたします…」
彼の言う勉強とは、おそらくは面倒なこの客や飛行艇会社との関わりを今後一切絶つべきであるという事だけだろう。
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