ユグドラシル

1

テトの案内ではつみとキサラ、テトの3人ははつみを見つけた河原に来ていた。

はつみが見つかった時の河原の面影が無いのはつい先程まで降り続いていた豪雨の影響である。水かさが増し茶色の勢いの強い水流が3人の行く手を阻んだ。

「川沿いに伝えば貴女を探してる人達と出会えるでしょうね。でもちょっと今日は無理ですわね。こんな急な流れになっているのですから」

「うん…でも、私が崖から落ちてから結構時間が経ってるんだよね。もしかしたら、私を探すことを諦めてジェノバに行ってるかもしれない…」

「そう。少しこの辺りを探していらっしゃらなかったらジェノバへ向かいましょう。でもわたくし、ジェノバへ向かうにはどう行くのか解りませんの。貴女はご存知なの?」

はつみは首を横に振った。テトが言う。

「オイラは前、ナツメグに道を教えてもらったことがあるよ。ナツメグはジェノバから来たって行ってたから。ナツメグ、無事ならジェノバに逃げ切ってるだろうね」

その話を聞いてはつみはナツメグの事を思い出した。テトを助ける事に必死だったはつみは、ナツメグを一人置いてオーク達のアジトへと向かったのだ。あの後、ナツメグがどうなったのか解らない。

「ナツメグならきっと大丈夫だよね…」

テトは不安そうな顔をしていたはつみに気付いた。

「どうしたの?」

「テトを助けに行く前にナツメグに会ったの。私、ナツメグを一人置いて来ちゃったの」

「だ、大丈夫だよ!ナツメグは強いから。それにはつみがオークも奴等のアジトも壊滅させちゃったんでしょ?もうこの辺りにオークは居ないと思うよ」

二人の話を隣で聞いていたキサラは仕切りなおすように言う。

「じゃあ、手分けして探しましょう。河が増水してるからはつみさんを探してるのなら崖沿いに探せば出会えるかも知れませんわ。駄目ならジェノバへ向かいましょう。ナツメグさんともそこで会えそうですわね」

「待って」と突然はつみが言う。

「どうしたの?」

「3人で探そうよ。またオークに見つかって、キサラさんもテトも殺されちゃうなんて嫌だよ。私が居たら、絶対に守るから!」

「そ、そう。じゃあ3人で探しましょう」

2

まずははつみが見つかった河原から上流へ向かう3人。そこにはほんの数日前の記憶に残る吊り橋の残骸が見えてきた。オークに追われて橋を焼き落としたのだ。近付くにつれてはつみの記憶も鮮明に蘇ってきた。

「オーク達に追われてこの橋まで逃げてきたの。この橋を渡り切った時オーク達が渡れない様に焼き落としたの。この時、私、矢で射抜かれて崖下に落ちたの」

テトが崖下を覗き見る。おそらく下には河が流れているのだろうが、それが想像できないほどに漆黒の闇に覆われていた。深すぎて日の光が届かないのだ。テトは身震いした。

「はつみ、ここから落ちてよく無事だったね…」

「う、うん…」

二人が崖下を覗き見ていると、同じ様に崖下を覗き見る人影がある事にキサラが気付く。橋を渡ろうとここまで来た旅の者だろうか、あるべきものがあるべき場所に無いため、困っているようにも見える。

「人がいますわ」

キサラが見た方向をはつみとテトも見る。

それをみたはつみは驚きの声を上げて、その人の名を呼んだ。

「アリシアさん!」

大きく手を振るはつみに気付いたアリシアは彼女に反応するように同じく手を振った。崖を挟んで向こう側に立つアリシア。そして何かの呪文を詠唱し始めた。その詠唱が終わると崖の岩が次第にその形を変え始め、まるで橋のようにはつみ達の居る場所まで伸びて確固な石橋となった。その橋を悠々と渡りきるアリシア。彼女が渡り終えると橋はボロボロと砂のように崩れて暗い谷底へと消えていった。

「はつみ、無事だったのね」

「アリシアさんこそ、あの時逃げ切れたの?」

「ええ、お陰様でね」

そんな二人の様子を見てテトが言う。

「よかったね、はつみ。仲間に出会えて」

「あ、えとね、違うの。アリシアさんとはロメナスで会って、その場で逸れてしまったの。一緒に旅をしていた人とは違うよ」

「あら、そうなんだ」

キサラが言う。

「ロメナス奪還の作戦に参加した勇猛な一般人の方ですわね。元老院がお礼をしたいと探していましたけど消息不明だったので、あの作戦の最中に亡くなられたのではないかという話でしたわ」

「そう、私も有名になったものね。お礼が貰えるなら貰っておけばよかった。それと、はつみ、これ、あなたのものでしょ?」とアリシアが懐から抜き出したのは短刀だ。はつみが故郷の村から出発する時に持たされた少し価値がありそうな餞別だ。

「あ、ありがとう。そっか、私、ロメナスで落としちゃったのかも…」

「もう少し立ち話もしたいところだけど、ごめんなさい、私、ジェノバへ向かう途中だから」

そう言って足早に立ち去ろうとするアリシアをはつみが止める。

「あの、もしよかったら私達と一緒にいかない?私達も、仲間と出会えなかったらジェノバに向かおうとしてるの」

「あら、そうなの。じゃあご一緒させて貰おうかな」

急いでいる様なので断られると思っていたが、意外な返事が返ってきた事に喜ぶはつみ。正直な気持ちでは自分一人だとテトやキサラを守り切る事が出来ないのではないかという不安があったのだった。

その後、4人ではつみの仲間を探す事にも賛同してくれたアリシアと共に、夕方まで川沿いを探したが風雅達と出会うことは出来なかった。キサラの意見ではつみと風雅達が離れ離れになった吊り橋のあった場所に紙で書置きをする事になった。はつみを探してくれている風雅達へと、「はつみが無事である事」そして「ジェノバへ向かうという事」を書き、それを見つけてくれる事に期待して。

3

オスナサイルの険しい道を進む4人。次第に空は晴れて遠くの山々を見渡すことが出来るようになると、前方に天をも貫くような巨大な山が現れている事に気付く。

アリシアは一旦足を止めて地図を懐から出して山を指差す。

「あれがユグドラシル山。あの山を越えた先が港町ジェノバよ」

テトが小さな背で雄大に聳え立つ山々と中心の大きなユグドラシル山を見あげた。雲に覆われた山の頂上には雪がまだ大量に残っているようだ。そして全身から疲れを噴出させるようにアリシアに言う。

「あの山を越えるの…?」

「ユグドラシル山を越えるルートもあるんだけど、商人が利用するのは坑道を利用するルートね。山越えは大変でしょうから、私達も坑道を通ろうと思うんだけど…」

「何か問題があるんですの?」とキサラ。

「坑道は落盤事故の後に地下から魔物が湧き出していて危険なのよ」

「でも商人はいつも利用してるのでしょう?」

「商人は、ね。私やあなた、多分だけどはつみも、魔法を使う人間があの場所を通ると魔物を呼び寄せる可能性があるのよ。魔法を使ったら寄ってくるのか、それとも魔法を使う人間だから寄ってくるのか、それは私には解らないけど」

はつみは心配そうに言う。

「オークもいるの?」

「居ないわ」

「そっかぁ、じゃあ大丈夫だよ、きっと。魔物ってオークみたいに賢くないし、しつこく追いかけて来たりしないだろうから」

「だといいわね」

それから再び4人は歩き出した。

4

ユグドラシルの山の麓には小さな滝があり、そこがオスナサイルに流れる河の一つの源流となっているように思われた。小さな滝の上には水が湧き出ているのであろう。それよりも上には河がある形跡が無い。

そして滝の脇には坑道へと続く入り口がある。はつみ達がここへ向かうまでの間は手付かずの自然だけだったが唯一その入り口が人間の手で作られたものである事が解る。

「あったわ。あれが入り口よ。本当はただの通風孔の一つなんだけどね」

そう言ってアリシアが滝の横に小さく存在感を誇張している坑道への入り口を指差す。

ただの通風孔である証拠に人が一人分だけ通過できる程度の小さな通路だ。テト以外の3人は腰を屈めて小さな通路に入っていく。入り口はまるで呼吸でもするかのように外気を吸い込んでいる為、まるで背中を押されるような感覚で暗闇へと導かれていくはつみ達。そして何故か暖かいはずの外気が薄暗い坑道へと流れ込むと途端に冷たい空気へと変わっていく。坑道の外と中では気味が悪くなる程の温度差がある。

先頭を進んでいたアリシアが突然足を止め、ナイフを取り出すと壁に向かって削るように打ちつけ始めた。

「まいったわ、こんな所まで木の根が」

「木の根?」

はつみは注意深く薄暗い坑道内を見て回すと、壁から細い木の根が飛び出していた。アリシアが削っている手前の通路にはその細い木の根がびっしりと行く手を阻んでいるのだ。木の根の量に不釣合いなほどに小さなナイフでそれらを削り取っていく。

「ここがこうなってるって事は、はつみの仲間はまだここを通ってないって事ね」

「そっか…まだ私の事探してくれているのかな。伝言読んでくれてるといいな」

「駄目ね、全然」というと持っていたナイフをしまうアリシア。そして少し下がるように手で合図をする。はつみとその後方の二人はそれに合わせて今来た道を下がっていく。

それを確認してからアリシアは呪文の詠唱を始めた。

先程まで坑道に吹き込んでいた風が一瞬止む。そして彼女が詠唱を終えるとマナの粒子が空気の流れへと変わり、やがて疾風となって小さな木の根を削り落としていく。疾風はまるで意思を持った生き物のように木の根を削りながら坑道の奥へと消えていった。

それを冷めた目で見ていたキサラが言う。

「貴女、先程御自分で魔法を使ってはいけないって言われてましたわ」

「…まだ入り口なんだから大丈夫よ」

とアリシアが言って直ぐ、坑道のはるか深くから唸るような声が響いてきた。

「色々と起こしたみたいね」とアリシアは白々しく言った。

5

4人は更に奥深くへと坑道を降りていった。

真っ暗闇だった坑道を照らしているのはアリシアの持っている魔法が宿った鉱石だ。坑道の地面には風の魔法により削り取られた小さな木の根が散らばっている。随分と奥深くまで進んだのに関わらず、依然として木の根が張り巡らされているようだった。

「こんなところまで木の根が延びるものなの?」とはつみはアリシアに問う。

「このユグドラシルの山は元々はユグドラシルと呼ばれる一本の木だと言われているわ。その証拠に、山を掘ればいたるところからその木の根が生えてくるの。ユグドラシルの木になぜ枝や幹や葉が無いのかは判らない。地下から魔物が現れた事とも関係するのかもしれないわね」

話し終えると更に先へ進もうとするアリシア。それをみたテトはぺたりとその場に座り込んだ。息を荒くして突かれきった表情をしていた。

「テト?大丈夫?」

それをみたはつみはテトの側に近寄って背中をさすった。それに少し安心したのかテトは声は出さずに微笑んだ。だが顔からは疲れは消えなかった。

「随分と衰弱してるわね」アリシアもそれに気付いて足を止める。そしてテトに近付いてまるで医者の様にテトの瞳孔の色を伺ったりしている。はつみの方に振り向いて言う。「ねぇ、もしかしてこの子、さっきまで死んでいたんじゃないの?」

見ていたように的確に捉えるのではつみは吃驚して聞き返した。

「どうして解ったの?…テト、さっきまで死んでて蘇生の魔法で生き返ったの」

「蘇生の魔法を使った後はこんな風に衰弱するのよ、あなたが?」

「ううん、キサラさん」

アリシアはキサラの方に振り向いて言う。

「人間でこの魔法を扱えるなんて、凄いわね」

そう言いながらもアリシアはキサラの顔をまじまじと見つめた。キサラが"ある物"をもって居る事を探っているようだった。真っ赤な目、鷹の目の事だ。

「この鷹の目の事ですの?白魔術の研究にゴブリン達の村に向かった時、授かったものですの。彼らは真実を見透かす目だと言われてますけれども」

「真実を見透かす者に継承されるべき目よ。その目自体には蘇生の魔法を唱える権利しかないわ…でもまさか人間が継承するなんて」

「貴女、随分と詳しいですわね。では真実を見透かすついでで、貴女に対して疑問に思っている事を言わせて貰いますわ。さっきから気になってしょうがないのですもの」

「そう。なに?」

「商人達はここを使うって先程言われていましたけれども、びっしりと生えたユグドラシルの木の根、これはここを長い間誰も通っていない事ではなくて?本当は皆さん山越えをしてジェノバへ向かうのでしょう?確かに坑道を通れば近道のような気がしますけれども、危険過ぎて誰も通らないんだと思えて仕方ありませんの。貴女、最初は山越えをしようと考えていらっしゃったけれども、わたくし達と出会って、頭数が揃うなら危険でも近道の坑道を通るほうがいいと思われたのでしょう?」

「人聞きが悪いから訂正させてもらうけど、頭数とは思ってないわ。はつみの召喚魔法のスキルが高いから頼りにしてたのよ。確かに商人達は余程の事が無い限りはこの坑道は利用しないわ。利用するときは護衛付よ。危険だけど、山越えをするよりかは短時間でジェノバに着くわ。私の言っている意味解るわよね?」

「山越えするような装備も持たないわたくし達は、ここを通る以外手段はないという事でしょう。貴女も同じく、だからわたくし達を利用した、という事ですわね」

「利用したんじゃなくて、お互い協力しようと思っただけよ」

二人の雰囲気に耐え切れなくなったはつみは話しに割り込む。

「待って!待ってよ二人とも。こんなところで喧嘩したって何も始まらないよ」

その言葉の後は3人とも黙った。辺りは風の通る音と、テトの荒い息だけが聞こえる。

「キサラさん、テトに回復魔法をお願い」キサラに頼むはつみ。

「え、ええ。わかりましたわ」

突然の沈黙を破るはつみの声に少し戸惑いながら、キサラはテトに対して回復魔法を詠唱し始めた。周囲のマナの粒子が集まってテトの身体が光り輝き始める。そして魔法は完了してテトは先程よりも少し顔色がよくなっているが、それでもまだ完全には元には戻っていなかった。

「回復魔法が効いていないのかな?」

「傷は回復できても体力は回復出来ないものなのよ」とアリシアが言う。そして彼女は懐をゴソゴソとまさぐってから木の実や干し肉が包まれた麻袋を取り出した。

「ほら、これを食べさせて」

アリシアに貰った木の実をテトの口に運ぶはつみ。テトは身体の力を精一杯口に集中させて、食べ物を頬張った。そんな弱々しいテトを見つめていたはつみは、またいつかの様にポロポロと涙をこぼして泣いた。

「ごめんね…私のせいで、テトをこんな辛い目に会わせてしまって」

「大丈夫だよ、はつみ、オイラなら大丈夫だから…」

テトはそう言って力なく微笑んだ。

 

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