1
何もかもが灰と化したブラウニーの村。はつみとテトが暮らした小さな小屋も同じく、過ごした思い出の欠片も思い出せないほどに跡形も無かった。
そっとテトの亡骸を小屋に置くはつみ。
「待っててね。すぐに生き返らせてあげるからね」
はつみはテトの亡骸に別れを告げた。その時、背後から聞き覚えのある重量感をもった足音が響き渡る。それも複数だった。はつみを囲う巨大な影。オーク達だ。
「兄貴、このメスは、」
その中の1匹のオークははつみを指差して、彼の言う兄貴と呼ばれる少し周りのオーク達よりも派手な装束を纏ったオークに言った。
「これはこれはこれは、奇遇ですなぁ。あの時、○○損ねていたか。まさかあの○○を食らってまだ生きているとは俺様もトコトン運の薄い男に成り下がっちまったねぇ…」
少し元気なさげに言うオーク達のボス、クロイツだった。そして彼のその言葉の後にはオーク達のクロスボウの照準ははつみを一斉に向いた。
「まぁ待て。これもまた何かのチャンスかもしれねーだろ。こりゃこのメスを捕らえて取り逃がした残りのカスどもを誘き寄せるとかさ〜」
「おぉ…流石ですね、兄貴」
「だろ?今日は冴えてるだろ?これで俺様は二つのカードを手に入れたわけだ。一つはアルタザールとの交渉が出来る白魔道士のカード、一つはなんだかよくワカンネぇ小さなメスのカードだ」
クロイツの話を黙って聞いていたはつみは、その話の中にあったキーワードを聞き逃さなかった。それは今はつみが一番必要としているものだ。
「白魔道士!」
突然叫んだはつみにあっけらかんとした表情で返すオーク達。
「私、白魔道士を探していたんです。お願いです。その人を解放して」
時が止まったかのような間を少し置いて、周囲のオーク達は大笑いを始めた。
「おいおいおいおい、お嬢ちゃん、空気を読めよ。どうやったらそういう展開になるんだ?え?お前は単なるカードで、カードには選択肢も○○○もねーんだよ。黙って白魔道士の女と同じ豚箱に放り込まれるだけだ。連れて行け!」
暴れるはつみを軽々と持ち上げるクロイツの部下のオーク。
「やめて!放して!私はテトを生き返らせるんだから!」
「生き返らせるだと?お前頭でも打ったんじゃねーのか?」とクロイツの部下のオーク。
「栄養が足りてねーんだよ。主食は木の実と野草だろうな。そんなんだから豆粒みたいな小さな身体になるんだぜ」とクロイツ。
オーク達は暴れるはつみを軽々しく抱えたまま、彼等のアジトへと進んだ。
2
はつみが覚えているのは崖下の滝の裏にある洞窟への道だ。いつも木の実を取りに往復していた山道のほんの少し外れた所にオーク達のアジトへと向かう道があったのだ。その洞窟を潜り抜けると少し開けた場所に出る。周りは森や鬱蒼とした林で囲まれていて滝下の洞窟を抜ける以外には簡単にそこへ辿り着けないのだろう。アジトとしてはうってつけの地形だった。
アジトに到着してから直ぐにはつみは彼らの言う豚箱に放り込まれた。洞窟にある動物の骨や木で作られた牢だった。既に先客がおり、さきほどオーク達の話していた白魔道士の事だった。そしてそれを察したはつみは、牢屋に放り込まれるなりすぐさま白魔道士と思われる服装の女性に土下座して哀願した。
「どうか…どうか私の友達を蘇生してください」
突然土下座をされ、困惑する白魔道士と思わしき女性。
「ちょ、ちょっと。話が見えませんわ。最初から話してくださる?」
はつみは今までの全てを話した。テトに助けられた事、自分の記憶が無かった事、ナツメグに会った事、3人で見たティリスの花火、そしてオークの襲撃に会って焼き払われたブラウニーの集落、殺されたテト。涙を流しながら話すはつみの様子を薄暗い牢の中で白魔道士の真っ赤な目が見つめていた。
「話はわかりましたわ。貴女お名前は?」
「ティナです…でもこの名前はテトが付けてくれたの。私の本当の名前は知りません」
「わたしくはキサラ。貴女、幸運ですわね。わたくし、蘇生魔法が使う事は出来てよ。でもね、まずこの牢屋から出ないとなんとも出来ませんわ…」
それを聞くなり牢屋に体当たりをするはつみ。頑丈に作られた牢はビクともしない。はつみの小さな身体が牢にぶつかる痛々しい音だけが暗い地下に響き渡るだけだった。
「おうおうおう、元気に暴れとるな、チビ助」
そう言って現れたクロイツとその部下達。はつみが暴れているのを見つけて牢へと来たわけではないようだ。その証拠にクロイツが連れた部下は牢のカギを持っている。
「お前にチャンスをやろう。この俺様に素手で勝てたら白魔道士のお嬢さんを解放してやるよ。友達を生き返らせるとか言っていたよな?もちろん受けて立つよな?」
それは明らかなはつみへの虐め予告だった。人間の男でもオークと素手でやりあう事は難しいのだ。それを人間のまだ子供で、しかも女に対して言うのだ。黙っていることが出来なかったキサラがたまらず言う。
「ふざけてますの?勝てるわけないでしょう?ティナ、貴女、あのような挑発に乗ることはありませんわ。殺されてしまいますわ!」
「私、友達を助けたいから…だから頑張る」
「無理ですわ!お酒の余興に貴女を弄るだけですのよ。解らないの?」
キサラの叫びもはつみの心には届かなかった。黙って牢を出るはつみ。そして彼女はクロイツに宴の席へと連れられて行った。
3
そこは闘技場の様な場所だった。
普段はオーク達の集会場として使われているのだろうか、自然に出来たくぼみを中心にして周囲は集合したオーク達をすべて見回せるような構造になっている。現在は中央の円を囲むように木板で縁取られており、そこがはつみとクロイツが戦う場所である事が解る。
既に会場のオーク達は酒が廻っておりクロイツとその対戦相手の登場を今かと待ち望んでいた所だ。そしてクロイツの登場で歓声があがり、突き飛ばされるように中央のリングへと登場したはつみには笑いがあがった。
「ギャハ!クロイツの兄貴!そんなチビ相手に戦うんですかい?!」
その中の一匹が笑い転げついでに問う。
「まぁ待て、こいつは友達を助ける為に一人勇猛に俺様に挑もうとしてるんだぜ。俺様も男だ。そういう輩は、女子供だろうと、キチンと、念入に、叩き潰さないとな!」
そして笑いと歓声。その渦の中心ではつみは今までに味わったことの無い嫌悪感を感じていた。クロイツと戦う事への恐怖でもない、友達を助ける事が出来ないかもしれないという心配からでもない。心の深い闇の中から嫌悪感が引き摺り出されてくるのだ。それが一体何なのかはつみ自身解らなかった。
「さぁて、始めようか」
その次の瞬間、クロイツは巨体に似合わない俊敏な動きであっという間にはつみとの間合いを縮め、はつみの頬を引っ叩いた。後方に飛び転げるはつみ。
「おっとっと。手加減したつもりなんだがなぁ」
そう言ってクロイツは人差し指を立てた。
「今はこの指しか使ってないんだぜ?」
はつみは口から血を吐き出し、クロイツの立てた人差し指を見ようとするが頭がぐらついて正確に見る事が出来ない。何本にも見えるクロイツの人差し指、そして滲む視界。
「どうしたんだよ?全然やる気が感じられないなぁ?『私、友達を助けたいから…だから頑張る!』んじゃなかったのかよ?え?」
はつみのマネをして笑いをとるクロイツ。会場はオーク達の笑いに包まれていた。
はつみは負けじとクロイツに殴りかかった。蚊も落とせないだろうというような弱々しい拳と鈍間な動き、容易にクロイツに避けられた。だが諦める事無く攻撃を続け、ついにはクロイツが先程、人差し指を立てた腕にしがみ付いた。
「ギャハハハハハ!」
まるで喧嘩も知らない子供が大人に戦いを挑むような動きに会場は笑いで満たされた。はつみが腕にしがみ付く間にもクロイツはどのようにオチを持っていくか悩みながらニヤける。だが次の瞬間、彼の表情は一変した。
はつみがクロイツの立てた人差し指に噛み付いたのだ。
「痛ってーッ!!」
会場は先程よりもさらに激しい笑いの渦に包まれる。だがクロイツにとっては笑いが取れた一方で真面目に痛かった。人間の女子供と言えど、アゴの筋肉は他の動物と同じく最も強い部分だ。それが手加減無しに人差し指に噛み付いているのだ。
「放せこの○○○が!格闘技の世界じゃ噛み付きと目潰しはご法度なんだぜ!」
クロイツは開いている片方の手ではつみの髪を掴むとリングの囲い木に彼女の頭を押し付ける。苦しく呻き、ようやくはつみはクロイツの指から口を離した。その指にははつみの小さな歯型がくっきりと残っており、次第にその歯型から血が滲み出してきた。
「お、おい、血だ。血が出てる!俺様の"美しい指"から血が溢れ出して来てるゥ!どうしよう?バイ菌が入ってきたらどうしよう??どうすりゃいいんだぁぁ!」
クロイツが派手に血相を変えて叫ぶので更に会場のオーク達は笑い転げた。中には笑いすぎて声も出なくなり身体を痙攣させるオークも居る。
「おい小娘!お前ちゃんと狂犬病の予防接種はしてるんだろうな?え?!お前のッ、せいでッ、俺様のッ、指がッ、使えなッく、なったらッ、どうしてッ、くッ、れッ、るッ、んッ、だッ」
言葉の節々を言うのに合わせるようにはつみの髪を掴んだまま、リングの囲い木に彼女の頭を叩きつける。痛々しい音が辺りに響き渡り、木板にははつみの頭から出血したと思われる血がついた。
頭の外からも中からも苦痛に襲われるはつみ。クロイツに髪を掴まれたまま、人形のように成すがままに壁に叩き付けられ、頭にはその衝撃の音が響き渡る。だが次第に音は遠くに聞こえるようになり、目の前も先程までぐらついていたものが真っ白な風景へと変わり、背中にびっしょりと汗を掻いた。そして完全に音が閉ざされて無音の世界になる。目の前は真っ白に、何も見えなくなった。
4
はつみの髪を掴んだその手はそのまま彼女の頭をロッカーに叩きつけた。
ロッカーは少し凹んだ。休み時間の終了を告げるチャイムが鳴るまで何度も何度もはつみの頭をロッカーに叩きつけていった。最後にフラフラになった彼女の身体を突き飛ばしてから、他の女生徒達は教室に戻っていった。凹んだはつみのロッカーの名札も同じく凹んだ。まるでそこにその名前が存在してはならないように。
教室に戻った彼女を誰も待つわけでもなく、淡々と行われる授業。
席に付いたはつみはボロボロになった教科書を机に広げた。机の上には「売女、馬鹿、死ね、ゴミ蟲」など考えられる様々な罵倒文句がマジックで書き殴ってある。消されまいと彫刻刀などで彫ってあるものもある。側を通った教師は、まるではつみのいる空間がぽっかりと空いて、そこに何も存在していないように目を他へと逸らして通り過ぎた。
頭の痛みも十分にはつみを苦しめていた。だが何より苦しかったのは周囲の人間の彼女を見る目だった。怒りの目、軽蔑の目、そして無関心の目。身体の底から湧き上がる嫌悪感はいつまで経っても慣れる事などない。頭で考えようとしても身体が拒否するのだ。ここから逃げ出したいと、ここには自分の居場所など無いと。
そして気がつけば湯船にペーパーナイフを持ち込んでいた。
(もう疲れたよ…)
湯船に浸かると全身の緊張が解けた。
(楽になってもいいんだよね?)
恐怖もなく、怒りも込み上げない。
(明日がまた来るのなら、もう終わらせたいの)
そしてそっとナイフに力を入れて、手首を切る。
(この世界の私を、終わらせたいの)
気がつけばはつみは病院のベッドにいた。
側には彼女の父親が居た。昨日、母親は発狂でもしたかのように学校へと向かったと聞かされた。はつみは父親の話を聞きながらそっと自らの手首に触れた。痛みが走った。
(私はまだ生きてるんだ)
(ずっと昔…だと思う)
(私、一人ぼっちだった)
(風雅さんや豊吉さんと出会って、ナジャやミーシャと出会って)
(ロイドさんとマハさんも仲間に加わって…)
(テトとナツメグにも出会った)
(私が一人ぼっちじゃないって気付けたの)
走馬灯の様にはつみの心には今での出来事が映し出されていた。
最後に映し出されたのはテトの笑顔だった。
(もう私、一人ぼっちになりたくない)
5
次第に目の前の色が戻る。割れんばかりの笑い声も聞こえてくる。リングの囲い木が額に触れる感触が蘇ってくる。はつみの髪を掴むクロイツの手の感触も蘇って来る。
「私は…」
はつみの声に反応するクロイツ。
「あ?なんだって?」
「私は、口寄せ師のはつみ!」
「あ?お前の名前なんざ聞いちゃいねーんだよ!」
はつみは印を結んだ。これまで彼女が結んだ印よりも遥かに複雑で長い印だ。
そして手を地面に添える。
一瞬、周囲が真っ暗になったかのように思えた。確かに夜ではあったが月明かりでクロイツとはつみが戦っていたリングが照らされていた筈だった。その答えはリングを見れば解った。囲い木で囲まれたリングは真っ黒になっていた。その黒は次第に人の様な形になり、クロイツの真後ろに立った。
「口寄せ…ツクヨミ」
はつみが冷たく言い放った次の瞬間、ツクヨミと呼ばれた真っ黒い物体は腕らしきものをクロイツへと伸ばすとそのまま彼の身体を宙に持ち上げた。会場からは笑いが消え、一瞬何が起きたのか解らないという沈黙が漂う。宙に持ち上げたのはクロイツの身体のようで、そうではなかった。
まるで魂だけを身体から引き剥がして宙へと持ち上げたかのように、クロイツの身体は抜け殻のように力なくリングへと転がった。そしてその魂だけのようなクロイツは倒れる自らの身体を見た。
「なッなんじゃこりゃぁぁぁぁ!!」
それがクロイツの最期の言葉だった。
ガスを吸い込むかのようにクロイツの魂を自らの体内へと取り込むツクヨミ。その光景を目の当たりにしたオーク達は始めて自分達のボスが殺された事を悟った。弓を構えるよりも先に一斉に吠える。オークの吠え声は自らの体内の筋肉を大幅に上げる効果がある。それは戦闘開始の合図だった。
ツクヨミもそれに対抗するように、力いっぱいに周囲の空気を吸い込むと吠えた。だが吠え声はオーク達のそれとは全く異なり、まるで女が叫ぶような甲高い声だ。たまらず耳を塞ぐオーク達。はつみは遅れて耳を塞いだが間に合わなかった片方の耳から血が溢れた。その甲高い声が囲い木と共鳴して粉々に吹き飛ばした。
オーク達はある者はナイフを持ち、あるものはクロスボウの狙いを定め、一斉に攻撃を開始した。ツクヨミの背後からナイフを切り付けるオーク。手応えは確かにあるが、その傷口は一瞬にして塞がった。見れば、ツクヨミは一方の手で捕まえたオークの魂を吸い込んでいた。魂を吸い込むと同時に傷口は塞がっているのだ。だが、それだけではない。魂を吸い込んだ分だけ身体が以前よりも大きくなっている。
動きも俊敏になっていった。辺りはオーク達の死体でいっぱいになる。生命の危機を感じたオーク達は逃げようとするが力を吸い取って手を更に長くするツクヨミの射程から逃れる事が出来ない。次第に自重に耐えられなくなったのかツクヨミは四つん這いになると、背中から更に数本の手を生やした。その数本の手で矢を弾き飛ばす。的は大きくなったが一向に仕留める事が難しくなっていた。
「撤退だ!撤退す」
言葉が終わる前にそのオークは魂を抜き取られ、抜け殻の身体を会場に転がせた。ツクヨミは周りの動く者、言葉を発する者を次から次へと魂を抜き取っていった。
6
薄暗い地下牢へ向かって走るはつみ。
背中に常に気配を感じていた。ツクヨミだ。全てのオークを殺したのだろうか、ツクヨミは生き残りであるはつみと白魔道士のキサラを次なる標的にしたようだ。
牢屋に辿り着くとキサラは目を丸くしてはつみの帰還を驚いた。
「貴女!無事だったの?」
「うん、私、全部思い出したの。口寄せ士のはつみです」
「そう、よかったですわね…それよりさっきの変な声はなんですの?」
「ツクヨミ(月読命)です。私が口寄せしたの。今助けますね」
はつみは印を結ぶと地面に手を添えた。
「口寄せ、キムンカムイ」
裂け目が現れてそこから熊の姿をした式神が現れた。
「熊吉、牢を壊して!」
式神は骨や木で作られた確固な牢をその鋭利な爪で切り裂いた。すぐさま呼び出した式神を元の世界へと戻すと、また更に印を結び式神を口寄せした。
「口寄せ、マカミ」
巨大な山犬の式神が裂け目から現れる。はつみはそれに飛び乗るとキサラに手を差し出した。山犬の式神の背に乗りながらキサラは言う。
「ご存知だと思いますけど、死んだ者は1日経ってしまうと蘇生が出来ませんの。貴女のお友達は大丈夫ですの?」
「まだ大丈夫…まだ諦めないよ。私、助けるって約束したんだもん」
「そう…」
マカミこと、犬吉ははつみとキサラを背に乗せ、オークの居なくなったオークのアジトから飛び出した。先程まで晴れ渡っていた空は黒雲に覆われ、月の光も殆ど届かなくなっている。だが代わりに朝日が昇り始めていた。
はつみの背には彼女が口寄せしたツクヨミがオーク達の魂を吸い巨大化していた。犬吉と共に逃げ去るはつみを見つけてそれを追い掛けようとするが、空に日が昇り始めると身体が次第に透明になり、やがて消えていった。はつみの背にしがみ付きながら後ろを振り返り、その様子を見るキサラ。
次第にポツリポツリと雨が降り始める空。その雨は土砂降りへと変わったが、はつみは速度を緩めることはしなかった。ただ一点を見つめて走り続けた。そんな様子を後ろから見つめるキサラの真っ赤な目。はつみの目には不安や恐怖が一片も無い事を知った。
(本当に大切なものを守る人の目は、こんなにも強く見えますのね…わたくし、貴女の生き様を見たい。この鷹の目に焼き付けたいですわ)
7
程なくしてはつみとキサラの二人はブラウニーの集落へと辿り着いた。
土砂降りの雨の中、はつみはテトを残してきた小屋を探す。そしてそれを見つけるとテトの亡骸を抱きかかえてキサラの前に置いた。
キサラは既に詠唱を始めていた。光の粒がテトの身体にいくつも吸い込まれていく。次第にテトの身体は宙に浮き、ピクリと動く。
「テト!」
やがてテトは大きく息を吸い込んで吐き出した。
「…ティナ…オイラ…」
「テト!テト!良かった…ほんとに良かった…」
今まで堪えていた感情が一気に噴き出し大粒の涙が絶え間なく流れ落ちる。
「オイラ…夢の中でティナに会ったよ。ティナが教会でお祈りしているんだ。一人ぼっちで寂しいって、辛くて死にたいって…言ってた。だから、オイラ、ティナの力になりたいって思ったんだ。オイラもティナの気持ち解るから…。ずっと一人ぼっちだったから…」
はつみはテトを強く抱きしめていた。
先程までは冷たく、硬くなっていたテトの身体は、温かく鼓動がはつみの身体にも伝わってくる。テトが生きている、また笑いかけてくれる、それがはつみの心で確信となった時、また大粒の涙を頬に伝わらせた。
8
小雨の降り注ぐブラウニーの集落。はつみとキサラ、テトの3人はずぶ濡れになった身体が乾く事もなく、殺された他のブラウニー達の蘇生を試みていた。
「駄目ですわね…もう時間が経ちすぎてますわ」
結局、テト以外の殺されたブラウニー達は1匹も蘇生する事が出来なかった。
「これからどうしよう…」とテト。
「テト、一緒に旅をしよう?私、旅の途中だったの」
「思い出したの?」
「うん。私の名前ははつみ。口寄せ士のはつみだよ」
「はつみ!いい名前だね。よろしくね、はつみ」
「よろしくね」
「…旅かぁ。オイラがついて行ってもいいのかな?」
「もちろんだよ!」
その二人を見つめていたキサラ。間に口を挟むように言う。
「その旅、わたくしも同行させてくださらない?」
「え?」
「貴女、蘇生させた分は高くついてよ?わたくしを旅に同行させてくれるなら、それをチャラにしてさしあげようって言っているのよ。悪くない話ですことよ?」
「う、うん。私は全然構わないよ。でもどうして?」
「色々と見てみたいものがあるだけですわ。それで、その旅というのは、次の目的地は決まっていて?こんな所に3人突っ立っていたら風邪を引いてしまいますわ」
「ジェノバっていう港町に行くって言ってたよ」
「言ってた、って、連れが居ますの?」
「うん」
「そう。じゃあジェノバで待ち合わせをする事になっていますの?」
「えと…ジェノバに行く途中に逸れちゃって。私、崖から落ちて、その後、河でテトに助けられたの。だから今も私の事を探してるかも知れない」
「では貴女が落ちたその崖の場所に行ってみるのが先決ですわね。もし探していらっしゃるのでしたら、貴女が落ちた崖とその下の河沿いで出会えるかも知れませんわ」
はつみとキサラ、テトの3人は小雨の振るブラウニーの集落を後にした。
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