落日

1

その日もいつものようにテトとはつみの二人は森で木の実を集めて帰る途中、ナツメグの住処に立ち寄った。食べ物を分けてもらうためだ。ナツメグの住処である洞窟の周辺にはいつもの様に動物の骨が転がっているが、どことなく様子がおかしい事に気付いたのははつみだった。

突然足を止めて周囲を見渡す。

「どうしたのティナ?」

「あれ…」

はつみが指差した先には動物の死骸の様なものが転がっている。ナツメグが仕留めた獣ではないだろうかと、二人は最初そう思っていた。だが近付くに連れてそれが森に住む動物では無い事が解った。ナイフやクロスボウで重装備したオークだ。

洞窟の周辺にはいたるところにオークの死骸が転がっていた。

「ナツメグ!」

はつみは叫んだ。はつみもテトも、心に立ち昇る不安の黒雲を払い除けようと急いでナツメグの住処である洞窟へと走り出す。だが洞窟に入っても彼女の姿は見当たらず、荒らされた形跡だけが残っていた。一先ずは不安が少しだけ晴れた。だがたちまち不安が立ち上るのだ。

「ブラウニーの集落…」

二人は顔を見合わせて、二人の小屋のある集落へと猛スピードで戻った。

2

森の中を突き進む二人。ブラウニーの集落まではもう少しだが、どんどん不安が強くなっていく。遠くの方から煙が立ち昇っているのが見える。普段から煙は何本か立ち昇ってはいたが、まるで山火事にでもなっているかの様な勢いなのだ。

森が開けて集落へと辿り着いたとき、心にあった不安は的中していた。

のどかなブラウニーに集落などどこにもなく、そこにあったのは略奪され、荒れ果てた村だった。集落のいたるところにブラウニーの死体が転がっている。逃げ惑う彼等をクロスボウの標的にしていた形跡があった。死体には数本のボルト矢が突き刺さっていたのだ。

はつみとテトの家も略奪されて炎に包まれていた。だが二人は自給自足の生活をしていたのだ。蓄えなどあるはずもない。小さな小屋から一体何を取ろうというのだろうか、同じ様に略奪されたブラウニーの小さな家々を見て周る二人。呆然とただ歩き周った。

だが生き残りなどいるはずも無かった。

何か物を奪う為に来たのではない。ブラウニーを狩る為に来ただけだったのだ。

二人は集落を周って、最後に自分達の住んでいた小屋にまた戻ってきた。その頃には二人の住んでいた小さな小屋は燃えかすになっていた。テトは何か使えそうなものは無いかと小屋の中を探す。

そんな二人の背後からこの集落では有り得ないほどの重量感のある足音が聞こえてきた。煙の中から巨体が現れる。オークだった。オークはクロスボウにボルトをセットすると構えて放った。

ボルトははつみの横をかすめた。

まるでスローモーションの様に、テトがボルト矢に射抜かれる様が映った。

「テトーッ!」

テトの小さな身体はボルト矢を受けて反動でそのまま宙に浮いて遠くへと飛んで転がった。はつみは泣きながらその後を追った。テトの身体を抱きかかえるはつみ。まだ暖かかったが既に息はしていなかった。

悲しんでいる間もなくクロスボウの次の標的となったはつみは、テトの亡骸を抱えたまま集落を逃げ回った。オークはニヤつきながら足の遅い標的が逃げ惑う様子を楽しんでいた。そして飽きたのか、狙いをはつみの頭部へと定めて一撃で仕留める準備をする。

トリガに指を掛けたその時、背後から目に見えるほどの強烈な衝撃波が飛び出た。自らの心臓付近を中心に空へと上がった衝撃波を見届けてからオークは力尽きた。オークの巨体が倒れた後、背後に立っていたのはナツメグだった。

「チッ…遅かったわね」

ナツメグが現れた事を察したはつみは力無くその場にしゃがみこんだ。そこに駆け寄るナツメグ。

「テトが…テトが…」

はつみは大粒の涙で頬を濡らしながらテトの亡骸を抱きかかえていた。テトの身体はどんどん冷たくなっていくのが解った。

「ここは危ない。逃げるよ!」

ぐったりとしたはつみの身体を引っ張って起こすとナツメグは林の奥に向かって駆け出す。はつみもそれに必死についていくが思うように身体が動かなかった。もう既に身体を動かす気力もないのだ。

3

林の中を突き進むナツメグとはつみ。

はつみは大事そうにテトの亡骸を抱きかかえたまま、ただ力なくナツメグについてくるだけだ。さすがにはつみの手を引っ張るのに疲れたのかナツメグは手を放り出すとはつみの方に振り返って言う。

「ティナ!こんな所で死にたいのかい?まだオークが近くにいるって言うのに」

「…」

「そうかい、死にたきゃ死ねばいいさ。あたしはこんなところで死ぬのはゴメンだね。テトだって、アンタがこんな所で自分と同じ様にオークに殺されるのを望んじゃいないよ」

「…私、テトがいなくなったら…生きてる意味がないもん…」

流石にその一言には脱力したのかナツメグは「やれやれ…」と言わんばかりの疲れた表情をしてその場にしゃがみこんだ。そして周囲を見渡しオークが近くにいないことを確認してから一言、

「テトは死んだんだ。死んだものは生き返らないよ。伝説の白魔道士でもいなきゃね」

はつみはナツメグの最後の言葉を聞き逃さなかった。

「伝説の白魔道士?!その人ならテトを生き返らせる事が出来るの?」

「ごめん、そんなのはいないよ。昔は死んだものを生き返らせる魔法があったっていう言い伝えだよ。白魔道士はその魔法を使ってたって話さ。昔の話。昔のね」

自分のふいに出してしまった一言ではつみが元気になった事は予想外で少し安心したナツメグだったが、思った以上に変な方向に意気込んでいるはつみをどう制止しようかと迷い始めた。目を輝かせてナツメグから話を聞きだそうとするはつみ。

「その伝説の白魔道士さんはどこにいるの?」

「だから…伝説の白魔道士なんてどこにも居ないんだって。ただの白魔道士ならそこら中にいるけどさ。ついこの前も、ティリスから連れ去られた白魔道士の学生がオークに捕まってるって、ゴタゴタしてたのは聞いたけど」

と、ここまで話して、ナツメグはまた「しまった」と思う事になる。

はつみはテトの亡骸を抱きかかえたまま、ブラウニーの集落へと戻ろうとしているのだ。

「ちょっと、ティナ、アンタどこに行く気なんだよ?」

「テトの身体をあの小屋に置いてから、オークについていくの。オークに捕らわれてる白魔道士さんを助けて、テトを生き返らせてもらうの」

「な、何馬鹿な事いってんのよ。そんなの死にに行くようなものでしょ?」

ナツメグは早々と出発しようとするはつみの腕を掴んで引きとめようとする。

「放して!テトが居なくなったら、私、生きててもしょうがないもの!」

「ティナ!アンタが一人頑張ったって、どうにかなることじゃないでしょ?そんな事は解ってるはずでしょ?私だって何とかできるならしてあげたいけど、多勢に無勢なんだから」

そこまで話すと、ナツメグは静かにはつみの手を放した。はつみがまた泣き出したのだ。

「テトは私の大切な友達だから、だから、助けたいだけ。助けたいって思ってるだけだから…出来るとか出来ないとか、そんな事も考えられない。考えてるのは、テトとまた会ってお話する事だけなの」

ナツメグは何も言えなくなり、ただはつみの背中を見つめるだけだった。その背中はだんだん離れていき、今やってきた草むらへと消えていった。

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