ジェノバへ

1

はつみ達一行がオスナサイルの辺境の村「ウィル」を出発してから半日ほど過ぎようとしている。だがまだ次の目的地であるジェノバに到着する兆しはない。

そんな中ではつみは気分が上向いていた。はつみと風雅、豊吉の3人で始めた旅ももう既に7人に仲間を増やし、旅の本当の目的はどうあれ、最初はたった一人だった彼女にとって、これほど沢山の人々と巡り合って共に旅をする事は何よりも楽しい日々なのだ。

ふとはつみは邪馬に留学していた時の事を思い出す。異国の人として少し距離を置いての付き合いをしていた彼女はどこかしら寂しさを抱えたままに卒業していった。勉強に没頭したのもそんな寂しさを紛らわす為だったのかも知れない。

だが今は違う。運命のような巡り合せで出会った仲間達。命を掛けて共に戦ったのだ、彼女にとってその一人一人が大切な人だ。そんな人々に囲まれて、共に旅をする、彼女にとって、今のその1瞬1瞬が大切な時間だった。

風雅とロイドの話だと、険しい渓谷がこの先にあり、そこを過ぎて山を越えれば港町ジェノバに到着する。ジェノバでは豊吉と既に連絡を取り合っている知人がいるらしく、その知人を通して次の目的地を決めるとの事だった。

「ジェノバってどういう所なんですか?」はつみは豊吉にに質問した。

「この世界に来て間もないものですからあまり詳しくはないのですが、知人の話だと海と空の玄関、だとか。アルタザールではティリスに次ぐ大きな街だと聞いています」

その話を横で聞いていたロイドが口を挟む。

「海へと出向していく船、空に羽ばたく飛行艇。海からは潮風がこうパアッと街に吹いててさ、丘にあるアマスタオレンジの木々を優しく撫で回すんだよ。美しい街さ」

「ロイドさんはジェノバに行った事はあるの?」

「あるさ。ジェノバは結構金持ちな奴等が住んでる街でさ、よくあそこのカジノに襲撃…」

そこまで話してマハがワザとらしく咳き込んでロイドの話を中断させた。

「ま、まぁ、あの街は色々と人の出入りも激しい所さ」

その話を聞いていたナジャも加わる。

「エスパダとの戦争ではアッっというまに占領されちゃった街だよ。防御はほぼ皆無、というよりオスナサイルを越さないといけないから飛空挺が無い時代は兵も物資もジェノバまで届ける事が難しかった。長い間エスパダに占領されてたから、ジェノバは色々な国の文化が継承されたね」

「まぁ、実際、今も色々な人種がいるしな」

ロイドの言う色々な人種に気を引かれるはつみ。犬の耳と尻尾を持ったナジャやミーシャのような人々が街をうろついている光景が彼女の脳裏に浮かぶ。だが色々というからにはもっと異なる姿の人々がいるのだろう。

「例えば、どんな人がいるんです?」

「ん〜、大きいのやら小さいのやら、犬みたいな奴とか猫みたいな奴とか、背中に羽の生えたのもいるし、そうだな、女も多いなぁ。あそこには色々と楽しいお店があって」

そこまで話してまたマハはワザとらしく咳き込んで話を中断させた。ただワクワクしながら話を聞いているはつみ。

「お店で思い出したけど、魚と山菜以外の食べ物があるはずさ。色んな国から食べ物を売りに来てるからね。ボクも正直、魚と山菜は飽きてきてたんだ〜…」とミーシャ。

はつみはその話には一番目を輝かせながら聞いていた。

2

「もうそろそろ渓谷があるはずだ」

先頭を歩いていた風雅が言う。その時、一番後方で少し離れて着いてきていたミーシャが顔色を変えて駆け寄ってきた。

「まずいよ、つけられてる!」

「つけられてる?誰がつけてきてるんだ?」

「獣の匂いに混じってオークの匂いがしたんだ。多分オークだよ」

ミーシャのその話に、マハが神妙な顔で言う。

「獣の匂いで誤魔化して追尾するのはオークの狩人部隊がやる事ね…まずいわ…ウィルを襲ったクロイツの軍団の残党よ」

そして風雅が叫んだ。

「みんな!渓谷を一気に抜けるぞ!オークが俺達の後を付けている!」

オスナサイルの険しい地形を猛スピードで突き進むはつみ達。だが今の今まで長い道のりを歩いて来た彼女達は疲れもほぼピークに達していた。その身体に鞭打つ様に走って渓谷まで駆け抜けるのだ。スタミナの無い順に次第に放されていく。

「まずいですね…オーク達がこちらが疲れているのを見計らって襲撃のチャンスとしたのなら大したものですよ。渓谷を抜けて橋を落としてしまえば追いつかれる事は無い。だから私達が渓谷まで駆け抜けるだろうと踏んで、今の今まで少し距離を置いて追尾してたんですからね…」と豊吉。

「という事は、おそらくですがこちらの戦力も把握済みなのでしょうね、応戦したら確実に負けるような大人数で追い立ててるでしょう」と風雅が答えた。だがそんな二人の距離もどんどん離れていく。豊吉は僧なので体力に自身があるわけでもない。それに年齢ももっとも上とあってか、最後尾にまで遅れる。

「ちっくしょう!ここで応戦するしかないか!」ロイドが叫んだ。

「俺とロイドが時間稼ぎをする!他は先を急いでくれ!」と風雅が叫んだ。次の瞬間、草むらから猛スピードで獣のような姿の何かが突進してきた。風雅がとっさに放った手裏剣が命中し、その巨体が地面に沈んだ。それは獣の皮を被ったオークだ。

それを合図にボルト矢が次から次へと木々の間から飛んでくる。

「土遁、土壁!」

風雅が印を結び地面に手を添えると土が盛り上りそのまま空たかく聳え立つ巨大な壁となった。オーク達の放ったボルト矢をその壁に塞がれた。だがその場しのぎの土壁だ、時間が経てば元の土へと戻る。

「急いで!」

2人を残して逃げる事に戸惑うはつみ達を風雅が促す。

「行きましょう、ここは風雅さんに任せて」息を切らしながら豊吉は言う。そして風雅とロイドを置いて渓谷に向かった。その姿を見守る風雅。そうしている間にもオーク達の放つ矢は風雅の造り出した土壁に突き刺さってくる。

「クロイツの奴、生きていやがったな…ったくシツコイ野郎だぜ!」

土壁で身を隠しているロイドが言った。

「メンツを潰されたからな、俺達だけでも殺して上を納得させようとでも思ってるんだろう」

「そうは問屋が卸さねぇっての!、ほらどうした!遠くから矢ばっかり撃ってないで男らしく正面でぶつかり合おうじゃねーか!ビビってんのか!」

ロイドはオーク達を挑発した。それに反応する声がある。どこか聞き覚えのある声、まさしくあのクロイツだった。

「おいおいおい、誰かさんと同じような事言うじゃねーか!クソ○○野郎が!俺様のビッグ○○○にドス一本で挑んできたがな、ハリネズミにしてやったぜ!ハリネズミは針が外に向かってるから、逆ハリネズミだッ!イェッハー!今時な、近接武器なんざ時代遅れなんだよ!そんなものは丸めて尻の穴にでも詰めとけッ」

「テメェ!ラダを殺りやがったのか!ぶっ殺してやる!」

ロイドが怒りで土壁から飛び出そうとするのを風雅が止める。

「落ち着けロイド、馬鹿の挑発に乗るな。友達だったのか、ラダってのは」

「あぁ、元同業者さ。今時珍しく仁義を重んじてるオークだった…」

「オークがオークを殺すのか、どうりでクロイツは他からも嫌われてると思ったよ」

「なんだ、アンタ、オーク事情に詳しいみたいだな」

「あぁ、ナブって言う旅団の首領と長い付き合いでね。友達じゃなくて腐れ縁だが」

「なるほど」

そうしてるうちに土壁はどんどん薄く崩れていく。

「そろそろ崩れるぞ。敵を引き付けてくれ」

ロイドが頷く。そして土壁から離れて駆け出した。矢の雨を盾で塞ぎながら逃げるロイド。風雅が狙ったようにロイドに矢が集中していく。そして何処から矢を放っているのかも見出していた。風雅が印を結び狙いを定めて術を構えた。

「火遁!火炎連弾!」

風雅が息を深く吸い込んでそれを吐き出す代わりに炎の玉を次から次へとオーク達がいるであろう場所へ吹き付ける。辺り一面は火の海になり、燃え易い獣の毛皮を着ていたオーク達は転げながら草むらから飛び出してきた。

「何自然破壊しやがるんだ!クソ○○○が!」

炎の隙間からボルト矢を放つクロイツ。どこから矢を放ったのか解らないはずなのに風雅はその矢を片手で弾き飛ばした。

「ロイド!どのオークがクロイツだ?」その風雅の問いに、少し離れた場所で木を背に隠れていたロイドが答えた。「一番ビビってるオークが居たらそいつがクロイツだ」

「なんだとコラッ、もういっぺん言ってみろ!このチン○○野郎!」反射的にロイドの言葉に反応してクロイツは隠れていた木から少し身体をはみ出させた。

「そこか!」風雅が叫ぶ。と同時に印を結んだ。

「火遁!昇竜陣炎!」

風雅が狙いを定めた場所、クロイツが隠れていた木の地面から溶岩が沸き立ち続いて火柱が上がる。クロイツは運よく身体を木から離していた為、完全に炎に包まれる事はなかったがそれでも腕が炎に包まれた。

「ヌォォゥ!」

炎に包まれた右腕を背中の獣皮のマントで覆い火を消したクロイツ。そうしている間にも風雅とロイドは森の置く、渓谷へと逃げ逃れていた。

「クソッ○○○!」

クロイツは部下に"ついてこい"の指示をまだ使える左手で出した。

3

「思ったより引き離してないな」

風雅のその言葉通り、彼の直ぐ後にオーク達が追いついて来ていた。

「あぁ、でももう直ぐ吊り橋だ。一気に向こう側に渡り切ったら、ケツを出してオークどもに向かって叩いてやろうぜ」とニヤリと笑い、ロイドが言う。

「それは遠慮しておく」と風雅。

二人が吊り橋に差し掛かった時には、その向こう側にははつみ達が既に渡り切っていた。それを見て安心する風雅とロイド。そして一気に渡り切る。そうしている間にもボルト矢は次から次へと引っ切り無しに飛んで来る。矢の雨の中、ロイドは盾で防ぎ、風雅はクナイで弾き飛ばして防いでいる。

「どこ狙ってんだばーか!」とロイドは再び挑発の言葉を放った。オーク達の放つボルト矢はどこか明後日を狙うわけでもなく確実にロイドを狙っていたが、彼は身体の半分以上の大きさがある盾を軽々しく扱ってそれらを防いでいたのだ。

「チッ」舌打ちするクロイツの部下のオーク。

その後ろに片腕を負傷したクロイツが現れた。

「何やってんだ」

「兄貴、奴は手強いですぜ」

「馬鹿かテメーは。あの2匹の人間に執着するのは止めろ。逃げ惑う人間を仕留める時にはな、動きがトロい女子供から先に殺るんだよ」

そう言うとクロイツは持っていたボウガンの狙いを風雅やロイドではなく、渓谷の向こうがわで待機していたはつみ達に向けた。そしてその中の一人に狙いを定めて放つ。

普通よりも大きな発射音。それは遠距離の的を狙う時に放つボウガンの音だった。それにロイドや風雅が気付いた時は既に遅く、二人の横をかすったボルト矢は真っ直ぐに谷の向こう側へ飛んでいった。

ドンッ。そのボルト矢が標的に命中する音が当たりに響き渡った。

「はつみ!」風雅が叫ぶ。

ボルト矢ははつみの胸辺りに突き刺さって、その小さな身体が衝撃でひるがえった。そのままバランスを崩して谷へ真っ逆さまに落ちるはつみ。

「イエェェェェハァァァァ!大当たり〜!」

狂喜の叫びを上げるクロイツ。

「クソーッ!よくもはつみを!」

ロイドは既に吊り橋を渡り切っていたが、振り返ってオーク達のいる側へと戻ろうとする。

「止めろロイド!狙い撃ちにされるぞ!」

それを必死に止める風雅。そのままロイドを引き摺るように吊り橋から戻す。そうしてる間にも谷の対岸には次から次へとオーク達が集まり始め飛んでくるボルト矢も防ぎ切れる量を超すのは時間の問題だった。そして一部のオークは吊り橋を渡ろうとしてくる。

ナジャとミーシャは吊り橋を渡ろうとするオーク達に狙いを定めて矢を放つ。それらは容赦なく頭を狙って確実に仕留めていた。バラバラと谷へ落ちるオーク達。

「マハ!吊り橋を焼き落としてくれ!」

風雅がそう叫び、マハは黙って頷いた。

「はつみはどうするんだ!?まだ今なら助けに行ける!」

ロイドは風雅の襟首を掴んで怒鳴るように言う。

「ダメだ!」

「どうしてだ?仲間だろ?」

「今行けばオークのいい的になるだけだ。まず吊り橋を落として連中食い止めるのが先決だ。探しに行くのはそれからだ!」

二人がそうやりとりをしている間もマハは詠唱していた。その長い詠唱の間にオーク達は吊り橋の終盤あたりまで差し掛かっている。だがそれは詠唱が間に合わないのではなく、"十分引き付ける為"と言えるだろう。

詠唱が終わって魔法が発動する。マナの粒子が空に向かって集まったと思うと、それらは巨大な火の玉に変わり、まるで隕石が落下するように真っ直ぐに吊り橋を直撃した。炎に包まれる吊り橋と、その上でバーベキューになるオーク達。そして脆くなった吊り橋はバーベキュー肉の重さに耐え切れずに千切れて谷へと落ちていった。

「はつみを探しに行こう。大丈夫だ。はつみは俺達が思っている以上に強い奴だ」

風雅がそう皆を勇気付ける様に言う。だがボルト矢がはつみに命中した時、当たり所が悪ければ即死していると誰もがその不安を抱えていたのだ。

皆は動揺しながら風雅の言葉に頷いた。

4

はつみが気付いた時は深い水の中だった。それも激流の中だ。

体中が痺れて動かない。恐らく谷をそのまま落下してその下の河に落ちたのだろう。身体に深く突き刺さっていたと思われたクロイツの放った凶弾はその強い流れのなかで抜け落ちたようだ。深い谷は空から光も届かないのだろうか真っ暗闇で、その流れの中では上も下も解らず、ただ流れに任せていた。

(私、このまま死ぬのかな)

そう考えると急に寂しい気持ちになっていく。真っ暗闇の激流の中で彼女は涙を流してもそれは見えないが、自分が泣いているのは解っていた。走馬灯の様に一緒に旅をしていた仲間達の顔が浮かぶ。

(もうみんなに会えないのかな…)

上も下も解らない強い流れの中だが、はつみは自分の身体が確実に暗闇の強いほうへと引き込まれていくのを感じていた。そしてそこから抜け出すことが出来ないことも。

5

河原に少女の身体がうつ伏せになって打ち揚げられている。時折まるで動いている様にも見えるがそれは河の流れに沿って身体が動いているだけだった。

「こっちだよ」

その声の主は人語を話してはいたが人ではなかった。小さな山リスの様な姿をしていた。白い身体に背中には灰色の縞模様がある。

「どざえもんじゃないか…あたしは死体を運びたくはないよ」

もう一人の声の主は人語を話してそして姿も人であった。どこか異国の地からやってきた武道家の様な格好をしている。そして武道家らしく山で修行でもしていたかのように、服は汚れてボロボロだった。ただ世に名を聞く武道家の大半が男なのに対して、その人間は女である事が少し他と異なる所だ。

「でも、ほら、動いてるよ。まだ生きてるんだよ」

「河の流れで動いてる様に見えるんだよ」

一人と1匹はそのどざえもんのように見える少女の身体に慎重に近付いた。そしてうつ伏せになっていた少女の身体を側に落ちていた棒切れを使って仰向けに起こす。その少女ははつみだった。青ざめた顔でまるで死んでいるようにも見えたが、かすかに胸を動かして呼吸していたのが一人と1匹に解った。

「ほらね、生きてるでしょ?」

その山リスのような姿の生き物が言う。

「よし、じゃあこの子をアンタの家まで運べばいいんだね」

「うん。後はボクが看病するよ」

「悪いね、あたしの家でもいいんだけどさ、不衛生で食べ物もロクにないからさ」

「それに運んだって看病できるかどうか解んないしね」

「悪かったわね。どうせあたしは不器用よ」

そう言うと、その女は軽々とはつみの身体を背負った。そして山リスのような生き物と共に森へと消えた。

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