真実を見つめる者

1

キサラが気がついたときは村の広場に居た。

隣には酷い火傷を負って虫の息のステファンが居る。

「ステファン!」

彼女は反射的にステファンに白魔法を詠唱し始めた。まだ息があるのなら助かる見込みはあるのだ。だが深い火傷を負ったステファンを完全に回復させるにはまだ時間が掛かる様だった。応急処置の魔法は掛け終え、彼女はもう一人の連れのアルキオを探した。

アルキオは先程爆発があった場所から他の負傷者を運び出している最中だった。それを見て、キサラやステファンを広場まで運んでくれたのがアルキオである事に気付く。

「アルキオ!」キサラはアルキオに駆け寄る。

「…お嬢様、お目覚めになられましたか」

瓦礫を退ける手を止めるアルキオ。彼も怪我をしていた形跡はあったが恐らく他のゴブリン達によって治療されたのであろう。ステファンが治療されていないのを事からゴブリン達の白魔法ではあまり深い傷を負った者は治療できない様だ。

「一体何が起きたのですの?」

「解りません…何かが爆発して…ゴブリン達はジュッカの仕業だって、」

「村長は?」

「あちらの家で治療を受けています」

そう言ってアルキオは入り口に沢山のゴブリン達が居る家を指差す。

「アルキオ、ステファンには治療を施しましたわ。後は貴方が面倒を見なさい」

「お嬢様はどちらへ?」

「村長を助けに行きますわ。あの方に死なれては禁術も何もかもが闇に葬られてしまいますもの…」そう言うとキサラはズカズカと村長の治療が行われている民家に突き進んでいく。何が起きたのかと周りのゴブリン達はキサラの行く手を阻もうとするがそれを強引にも払い除けて進んだ。

その先では数人のゴブリン達によって治療を受けている村長が居たが、もう既に息絶える手前だった。キサラの様な白魔術を極めんとするスキルの持ち主であっても、回復の見込みは無い程の致命傷である事は見て取れた。今、言うしかない、と確信したキサラは村長に向かい怒鳴るように言う。

「今すぐわたくしに禁術を伝授なさい!貴方を救えるかも知れませんのよ!ほら、貴方達からも説得してくださる?こんな理不尽な理由で死に行く事を許すのかしら?」

彼らゴブリンの掟では蘇生の白魔法を使う事は禁止されているのであろうが、実際に使うか使わざるべきかの事態に直面すると、掟と言っても必ずしも正とは言えない様だった。ゴブリン達は顔を見合わせて困惑していた。そんな様子を感じ取ったのか虫の息の村長は最後の力を振り絞るように声を出す。

「…ならぬ…死に行く者の運命を変える事は…ならぬのだ」

震える声でそう言うと、深く息を吸い込んでそれを吐き出し、村長は息絶えた。

2

「ジュッカは裏切り者だ!奴を処刑しよう!」

村長の死の後、ゴブリン達は広場に集まってジュッカを追う隊を編成していた。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。村長は一体どうされるの?禁術を使う事が出来れば村長を蘇生させる事が出来るかも知れませんのよ?」キサラが言う。

「蘇生させる事は掟で禁止されていると知っているだろう」

それに答えたのは村長の側近であるゴブリンだった。彼もまた深手を負い、まだ傷の癒えぬ足を引き摺りながら広場に向かって来ている。

「間違ってますわ…。貴方達は生き返らせる事を禁じているのに、殺す事は目をつむるおつもり?ジュッカを殺す事と村長を生き返らせる事と、一体何が違うのかしら?」

「人間にとやかく言われる覚えは無い。これはゴブリンの掟だ!」

側近はそう言うと、その光景を見ていた"ジュッカ狩り"の隊員の一人が続けて言う。

「ジュッカは一度何かの理由で死んだんだ。その時に村長は禁術を使って奴を生き返らせた。俺は今、村長が何故蘇生魔法を禁術としたのか解ったよ。あの時死んでいれば、今日のような事にはならなかった。奴を生き返らせた事で運命の歯車が狂い始めたのさ」

「邪魔立てするな、人間の娘よ」

"ジュッカ狩り"の隊は編成を終えると武器を持って村から出発していった。

その光景を見ながらキサラはどこか腑に落ちない所が心に引っ掛かったまま爆発の現場へと向かった。つい先程まで宴会が行われていたとは想像出来ないほどに壊れた建物。その建物は機能を失って残骸となり、無に帰した。これからジュッカは処刑されて、村長も生き返る事は無い。全てが無に帰したのだ。

(全てが無に帰す事が定めなの…?)

キサラは残骸の一つ一つを取り除いた。同じ様に残骸を除けている男がいる。アルキオだった。彼は残骸の中からゴブリンの亡骸を担ぎ上げるとまたそれを広場へと運ぶという作業を繰り返していた。それは誰かに頼まれたわけでもない。ただ、その残骸の中で亡骸を放置しておく事を彼は納得していなかっただけだ。

「お嬢様…」アルキオはキサラに気付いた。そして続ける。

「僕の兄は見つかったとき骨だけになっていました。それに比べれば亡骸がきちんと残っている事は幸せです。天国に行くまで誰かに看取ってもらえるんですから…。僕の兄は…天国に逝ったのか餌になったのか判りません」

キサラはアルキオの大きな背中を撫でながら言う。

「アルキオ…貴方のお兄様は他の生き物の糧となったのよ。貴方には申し訳ないのだけれど…それは全然悪い事じゃないと思いますわ。死ぬ事は全てが同じ意味じゃなくて、色んな意味があるんだと、わたくしはそう思いますの」

そう言ってキサラはアルキオが担いでいるゴブリンの亡骸を見る。

「これは間違っていると思いますわ。憎しみに駆られて殺し合うことも、それも同じ死ぬ事だと言うのは間違ってると思いますわ…」

「お嬢様…」

「わたくし、ジュッカを追いますわ。何か心に引っ掛かるところがあるんですもの」

「でも、お嬢様、ステファンさんは?」

「貴方にお任せしますわ。彼は大丈夫、時間と共に回復するでしょうから」

「お、お嬢様、」

慌ててアルキオは背中に担いでいたゴブリンの亡骸を下ろしキサラを停めようとするが、その僅かな間、目を離した隙に彼女は駆け出して既に遠くへ走り去っていった。

3

空は次第に明るくなり夜明けが荒野に訪れ始める。

"ジュッカ狩り"のゴブリンの隊の残した僅かな足跡を頼りに荒野を突き進むキサラ。決してレンジャーの訓練を受けた訳でもないが何故か彼女はジュッカの行く先が解っているような気がしたのだ。

荒野を進むキサラの行く先にはオスナサイルと呼ばれる険しい地形が広がる地域が存在していた。「オスナサイルは流れ者が住む場所」、そう言い聞かされていたキサラは村を追われたジュッカが妻と共にどこで暮らさなければならなかったかが解る。ただ彼女の心に引っ掛かっているのは、何故ジュッカがゴブリンの村へと戻り復讐の如き所業をしなければならなかったのか、それだけだ。

そして彼女が想像していた通り、ジュッカとそれを追うゴブリン達の足跡を追っているうちにオスナサイルへと入っていた。だがそこでピタリと足跡は消えた。というより、そこからは本当にレンジャーでもない限りは追跡することが出来ない。素人のキサラは後は闇雲に突き進み"運任せ"で"ジュッカ狩り"の隊よりも先にジュッカに出会うしかない。

運は彼女に味方していた。幸か不幸か、彼女は"ジュッカ狩り"の隊の後方に気付かれる事無く近付く事が出来た。そのまま距離を保ちながらついていくキサラ。

"ジュッカ狩り"の隊はレンジャー役のゴブリンが居るのか、迷う事無くオスナサイルを突き進んでいた。ただし、そのレンジャー役のゴブリンを除けば他は処刑を行う役割の者ばかりだ。その場で散開して捜索の範囲を広げるような事はしないようだ。もしそれをすれば彼ら自身が再び会う事が困難になるからであろう。

隊は次第に歩く速度を速くしていく。もうそろそろジュッカへと辿り着くのであろうか。その時、先頭を歩いていたレンジャーのゴブリンが振り向いて小声で叫ぶ。

「いたぞ!この先だ!」

キサラはゴブリン達の進んでいる先の方に目を向けたが目視で確認できる範囲には見えない。どうやら何か別の方法で探知しているようだった。暫くするとどうやって彼等がジュッカを見つけたのかが解った。

鳥のような姿の生き物が空から降り立ち、先頭をあるくゴブリンの頭に停まった。"鳥のような"というのは正確には生物ではない、ゴブリン達の編み出した錬金術の秘儀の一つに練成陣と物体をあわせてあたかも生物を作り出すかのように決められた動作を行う事が出来る術がある。恐らく、鳥の様に空を飛べる事が出来る形の物体に練成陣を記述して追跡する道具として使用しているのであろう。

先頭のゴブリンが叫んでから随分と走った先で隊はついにジュッカを見つけた。あっという間にゴブリン達はジュッカを包囲した。

「ジュッカ!貴様を村長殺しの罪により処刑する!」

このタイミングしかない、そう感じたキサラはジュッカと彼を追跡していたゴブリン達との間に飛び出して呪文を詠唱した。

「小娘!邪魔立てするなと言っただろうが!」

レンジャーのゴブリンが叫ぶ。そのすぐ後に目で他のゴブリンに合図を送る。それはキサラも一緒に処刑するという意味を含めていた。それを受けて巨大な斧を構え彼女に襲い掛かるゴブリン達。

それよりも速くキサラの詠唱は終わっていた。彼女の手前に光の玉が現れて輝きを増していく。辺りは一面、光に覆われ何も見えなくなる。光の闇だ。

キサラはその隙にジュッカを連れてその場から逃げ出した。

4

追っ手が目を眩ましている隙に逃げ出してからキサラとジュッカは十分すぎるほどの距離を離したと思えるほど長い時間オスナサイルの森の奥深くへ突き進んだ。そしてようやくキサラは足を止めてその場に座り込んだ。それに続いてジュッカも側に座り込む。

人間とゴブリンなら人のほうが遥かに体力が少ない。キサラが苦しそうに息を整える一方でジュッカはそれほど疲れた様子も無く彼女に合わせるように休憩している。

そしてジュッカはキサラが落ち着いたのを確認してから初めて彼女に話し掛ける。

「何故、俺を助ける?」

「わ、わたくしは…あなたの処刑に納得がいきませんの」

まだ少し荒い呼吸を整えながらキサラが答える。

「俺が村長を殺した事は事実だ」

「そ、そうですわ。だけれど、村長が憎くて殺したのかしら?村長だけじゃないですわ。村の他のゴブリン達も亡くなりました。皆さん、貴方が村に恨みを持っているからそうしたんだと、貴方の事を随分憎んでいらっしゃいましたわ」

「真実がどうだろうと、結果そうなったんだからどうしようもな…」

「そんなことはありませんわ!」

突然怒鳴ったキサラに驚くジュッカ。

「わ、わたくしは、この世の目に見えるものが全てだとは思っていませんの…」

「…人間のお前がそれを知ったところで一体何の得があるというんだ」

そこまで言ってからジュッカは辺りを見渡した。まるで何かに気付き警戒しているかのように。その変化に気付いたキサラも辺りを見渡す。追っ手は撒いて随分と離れたはずなのにもう追い付かれたのか、そう考えてジュッカと同じく警戒するキサラ。

茂みから複数の巨大な影が現れる。オークだった。

オーク達は面を被り獣の皮をマントの様に翻した姿をしていた。その中で一際目立つ面を被ったオークが前へ歩み出るとその面を勢いよく取った。

「おいおいおいおい、ジュッカよ、ゴブリンって生き物には耳がついていないのか?誰が人間の女をさらって来いっつたんだよ○○○野郎が」

それはオスナサイルのウィル村を襲撃して反撃にあい、森へと散り散りになり逃げ逃れたオーク達の総大将、クロイツだった。

「さらったわけじゃない、勝手についてきただけだ」

「まぁいい。約束の物は持ってきたんだろうな?」

そう言われるとジュッカは懐から1冊の本を取り出した。一瞬その本の外観に驚くキサラ。それは白魔術に関する本であったが、彼女が市場で手に入れた禁書と呼ばれる本にそっくりだったのだ。

(これが…あの禁書の続編?この中に蘇生魔法に関する事があるのかしら?)

「この女はどうします?」

「殺せ、と言いたいところだが何かと役に立つかもしれねーしな。見たところ、どっかの貴族の子供のように見えるし。ブタ箱に放り込んでおけ」

そう言いながらクロイツは頭を殴るようなジェスチャーをしている。

「えっ?」きょとんとして周りを見渡そうとするキサラ。だが次の瞬間、目の周りが真っ暗になり、次第に音も聞こえなくなった。頭に響く強い衝撃と共に。

5

強烈な頭痛が襲うなか、薄っすらと目を開くキサラ。

痛みの中心に手を当てるとコブが出来ているのが解る。あの時オークに後頭部を殴られたのだろう、その患部を触ってしまい飛び跳ねるような痛みが前進に響き渡る。だが直ぐに身体が動かせるわけでもなく、首も動かさずに正面を見つめる。

そこは薄暗い地下牢である事が解る。どこからか光が反射して差し込んでいて部屋を照らしている。その光のお陰で牢にはキサラ以外にも誰かが居る事が解った。それは本の少し前、キサラがオーク達に取り囲まれた時に一緒にいた、ジュッカであった。

ジュッカは泣いていた。キサラには何故彼が泣いているのか解らなかった。彼女はそれを考えるほど頭が冴えているわけでもない。まだ殴られたショックで意識は朦朧としたままなのだ。ただ、そこにジュッカが居て、泣いている様にも見える、それだけだ。

そしてまた意識は深い深海へと沈むように途切れて眠りについた。

6

再び意識が戻るキサラ。今度は身体が動かせる。

ふと、意識が消えてなくなる先程の事が頭を過ぎる。ジュッカはずっと泣いていたのだろうか、今はただ力が抜けて人形の様に地面にペタリと座り込んでいる。

「何があったのかしら?わたくしでよろしければ話してくださる?」

気が抜けて項垂れていたジュッカはキサラの声に少しだけタイミングをずらして反応した。薄暗い牢で彼の鷹の目の赤い光が目立つ。

「もう何もかもを失ってしまった…哀れな男の話だ」

そう切り出して、ジュッカは今までの経緯を話始めた。

 

行商をしていたジュッカの親が彼を連れて村までやってきたのは随分前の話だ。

親も彼自身も村人とは馴染めず、いつも仲間外れにされる日々。親が死んでからはジュッカに対する苛めは酷くなる一方で、ある日、彼は殺されてしまう。

村長は魔法により彼を生き返らせた。

だがそれから彼に対する苛めはより一層酷くなる。どういうわけか鷹の目と呼ばれる災いの目を持ってしまったのだ。村長は彼を案じて村で暮らすことはもう止めるよう言った。

ジュッカは妻を連れて村を離れ、オスナサイルで新たな生活を営む事にした。生活に苦労しないかと言われればウソになるが、厳しい自然の中ではあったが幸せな日々を送っていたジュッカとその妻。

だが、そんなある日、災いは訪れた。

オーク達が現れ、ジュッカの妻を人質にとって"禁書"と呼ばれる白魔術の本をゴブリンの村から奪ってくるように言われた。なす術も無く彼はオークに従って本を奪った。かつての同胞達の命と引き換えに。

 

「だがオーク達に蘇生魔法は扱えなかった。奴等は怒り狂い、俺の妻は殺された」

「禁書を読んでも魔法は扱えない…という事ですの?」

「あぁ。何もかもが終わってから、やっと気付いたのさ。同じ様に禁書を読んだのに何故オーク達には扱えず、村長には出来たのか。必要な物はもう一つある」

「?」

そしてジュッカは目を見開いた。真っ赤な目が薄暗い闇で光り、それを指差して言う。

「鷹の目さ。真実を見極める目、災いの目。全てを見透かす目」

「じゃあ、貴方なら亡くなった奥さんを蘇生させる事が」

「無理さ。俺には白魔法の技術は無い、それに禁書にも書いてあったはずだが、死んでから1日経過していれば魔法は発動しない」

「…」

「哀れな話だろう?この目の為、禁術の為に、どれだけ沢山の連中が死んだか。まるで喜劇さ。運命の神様がどこかであざ笑っているだろうよ」

「わたくしは…そうは思いませんわ。起きた事をただ受け止めてしまえば災いだと思えるかもしれません、けれどもそこには色々な方の思いがあって、理由があって…。それを全部無視して"運命"って言葉で片付けてしまうのは悲し過ぎですわ」

「じゃあアンタならどうするんだ?」

「もがいて見せますわ。自らの信じる道を進みますわ。その結果、災いに見舞われても、またもがきますわ。運命だと受け止めるのは全てを諦めた時ではなくて?」

「自分が信じる道を…か」

ジュッカはそう言うと、冷たい地下牢の地面に石で奇妙な記号を書き始めた。

「…ならば背負ってみるがいい。この鷹の目の宿命を。お嬢さん、誰かを殺したり生き返らせたりする事はその者の運命を操る事だ。いつかその重みを知る事になるだろうよ」

その言葉はつい先日にゴブリンの村の村長から聞いた話を思わせた。まるで村長が生きていて、目の前にいるような錯覚に捕らわれるキサラ。そして奇妙な記号の羅列を書き終えたジュッカは目を瞑って呪文を詠唱し始めた。よく見ればそれが何かの練成陣である事が解る。詠唱が終わると共に練成陣は赤く光り輝いて、その輝きが収まる頃にはジュッカの真っ赤な目の輝きも消えていた。その赤い輝きはキサラの目に移っていた。

「もうそろそろ、時間だ…」

ジュッカはそう言うと静かに壁に背をもたげた。

「…え?」

「俺はもう生きていても意味が無い。取り返しのつかない事をして、何もかもを失って…。このまま鷹の目を背負ったまま死ぬつもりだったが…。アンタにやるよ。ただし…最初で最期の頼みだ。…俺を生き返らせないでくれ」

ジュッカの身体は次第に砂の様にボロボロと崩れていった。時間が経過すれば発動する黒魔法を自らの身体に仕掛けていた様だった。そして地下牢の埃とジュッカの崩れた身体とが見分けが付かなくなる。

暫くしてキサラは静かに詠唱を始めた。それはほんの数日前にアルキオの兄を蘇生しようとしたときと同じ呪文だ。だが今度はその時と違って詠唱と共に光の粒がジュッカの身体であった塵に集まっていく。確実に呪文は発動していた。

だがキサラは詠唱を中断した。

塵はまた地面に静かに落ちる。その様子をキサラの真っ赤な瞳が見つめていた。

1.00