1
アルキオはその巨体を精一杯揺らしながらキサラに駆け寄った。
「お嬢様!」
キサラは村へ入場してから、自分の前にそのデブが来る間を全て予測していたかのように詰まらなさそうに光景を眺めている。そしてデブが次に何を言うのかも予測済みの様に、少し欠伸をして反応する。
「わたくしを連れに来たのかしら?禁術書を手に入れるまで戻りませんとお婆様に伝えてくださる?それとも自分の兄の事はいいから戻りましょう、とでもおっしゃるおつもり?」
「え、えぇ、僕の兄は太っていましたから、今仮に助かったとしてもまたいつか死んでしまうでしょう…だから、」
「わたくしは戻りませんわ。人助けとかそういうのではないのです。白魔道士としてのあるべき姿になろうとしてるだけなのですから」
「そのあるべき姿ってのが禁術なのかい?」と間に口を挟んだのはステファンだ。
「あら、ステファン。いたの?小さすぎてわかりませんでしたわ」
「相変わらず口の悪いお嬢様だな…あのさ、遊びに来たわけじゃなくって、ジニアスさんの命令で来てるんだけど。仕事でもなきゃこんな所まで来ないよ。貴族のお嬢様がこんな所にいたら身包み剥がされて裸で泣きながら帰るのがオチだよ」
「それでもかまいませんわ。それにわたくし、好きで貴族の生まれになったわけではありませんもの。貴方が羨ましいわ。好きで軍属になったんですものね…」
「僕は生まれはティリスの一般庶民さ。金が欲しかったときもあるさ、貴族を羨んだ事だってあるさ。でも誰にも生まれる場所や時代は選べないんだよ。所謂宿命って奴さ。なぁ、アルキオ。お前だって好きでデブになったんじゃないだろ?あ、お前は好きでデブになったようなものか…毎日沢山食ってるもんな」
「なにを偉そうに…宿命だなんて言葉を貴方のような者が使うべきではありませんわ」
「どうせモンスール卿に結婚の話を持ちかけられたから好きな男の事でも考えながら家を飛び出したんだろ?『こんなのわたくしの人生じゃないですわ!』とか言って」
そう言いながらステファンは肘でキサラの肩を小突いた。だが、彼女はつられて身体を揺らすだけでステファンが思ったような反応は返ってこない。
「わたくし、禁術書が手に入るまでここを動きませんわ。連れて帰りたいなら禁術書が手に入るまで待っていればいいでしょう?貴方達が手伝うなら少しは早く手に入るかもしれませんわね。あまり当てにはしてませんけれども」
「やれやれ…」
仕方無しにステファンとアルキオはキサラと同じ様にゴブリンの村に滞在する事にした。勿論、キサラが禁術などという怪しげなものは存在しない事を気付いて諦めて帰るという可能性に期待して。
2
ゴブリンの村で過ごす最初の夕暮れが訪れようとしている。
ステファンは村長のゴブリンに説得を試みていた。キサラがどういった説得を以前していたのかは判らないが(恐らく説得と言うより恐喝に近いものだったはずだが)それよりも遥かに腰を低くしたつもりでゴブリンの村長を前に説得していた。
「…というわけで、白魔術の技術発展の為に手を貸してはくれないだろうか?」
ここまでの説得でキサラの名前も彼女の思惑も一切話していない。勿論そういう話はキサラからはあったかも知れなかったが一切を水に流して、人間達の白魔術の技術発展やらアルタザール軍と周辺各国の関係、ゴブリン村との関係なども踏まえながら、適当な説明をダラダラと続け、そして今終わった。
それまで寝てるのかと思うほど静かに眼を閉じて聞いていた村長はゆっくりと目蓋を開くとキサラに向き、言う。
「"死者を生き返らせる魔法"…。まさに回復系魔法の極意とも言える、だが本当にそうなのか?お主等は死者を生き返らせることの意味を本当に理解しているのか?」
「理解しているつもりですわ」キサラが答える。
「生き物は皆、世に生まれでた時より、死という宿命を背負う。これはどのような生き物であろうと全てにおいて平等。それは神の成せる業じゃ…。お主にはその業を背負うて行く自信があるのか?」
「…この世では死ぬべきではない者が死ぬべきではない時に死ぬ事がありますわ。わたくしはそれをなくしたいの。誰かを守る事が許されるのであれば、死者を生き返らせる事も同じはずですわ」
「"死ぬべきではない者が死ぬべきではない時に"…か。死にいく魂を現世へ繋ぎ止め、さも神の如き所業なりと自らを讃えるのか?その行いに間違いが無いと、お主には言い切れるのか?真実を見通す眼力が無い限り、禁術を使うことは出来ぬ!」
そう怒鳴り散らすと村長はキサラを睨んだ。だがキサラも負けずと睨み返す。今の双方にはどのような話し合いがあっても解決しないであろうピリピリとした空気が漂っていた。ステファンはその沈黙に耐え切れずに間に入る。
「ま、まぁまぁ、キサラお嬢様も修行がまだ足りなかったって事で。戻って出直しましょう。そうすれば村長さんも認めてくれるって」
「わたくしは禁術を授かるまではこの村から一歩も出ませんわ」
「好きにするがよい」冷たく言い放つ村長。
「…やれやれ」と、これはステファンの疲れた一言である。
アルキオはピリピリとした空気の中、終始黙り込んでいた。
3
村長と話を終えてから村の広場へと向かう3人。
キサラは拗ねて無言、アルキオは2人にかける言葉も無く無言、そしてステファンは疲れて無言だった。周囲からはヒソヒソ声が聞こえる。ひょっとしたら村長と口喧嘩をしていた事が伝わって(しかも人間が)それで注目の的となっているのではないかとステファンは思った。気になってゴブリン達を見渡してみると彼らの視線はステファン達ではなく、村の入り口に集中している様だ。
目をそこにやると一風変わった装束を纏ったゴブリンが大きな荷物を抱えて村の入り口に立っている。それを村人達は警戒しているようだった。そのゴブリンは姿こそゴブリンだと解るが村人とは異なる装束を纏い、耳は千切れて顔は傷だらけ、目はまるで炎の様にギラギラと赤く輝いていた。
周囲の村人はヒソヒソ声で何かを話している。ステファンの耳にもその声が届く。「何故アイツが生きている?」「村長に報告しよう」「不吉だ…」どれもいい噂ではない。軽蔑の眼差しでゴブリン達はその"異形の"ゴブリンを見つめていた。
暫くしてゴブリンの村長が部下を引き連れ現れた。
「ジュッカよ、戻ったのか…」
ジュッカと呼ばれたそのゴブリンは無言のまま、深々と頭を下げた。村長は睨むようにジュッカを見つめた後、村の隅まで聞こえるような大声で言う。
「古き友の帰郷だ!祝おう!」
4
そして宴が始まった。
ゴブリン達だけではなく、たまたま居合わせたステファン達も同席した。ステファンとアルキオを村まで案内した商人のゴブリンの家に泊まる事になっていたが、キッチリ宿代と食事代を取られる算段であったのだ。ただ宴では普段ケチ臭いゴブリン達も大きな心で振る舞う、それに乗じて食事代だけでも浮かせようと考えたのだ。もちろん、村長はキサラ達が参加するのを見て決して良い顔はしなかったが…。
「暗くて何が並んでいるのか解らないですわ」
キサラが言う通り、夕闇の中、宴会の席で料理を確認できるのはろうそくの炎だけだ。そうやって慎重に食べる物を選んでいる一方で、巨漢のアルキオは何が口に入っているのかはお構い無しに"普段"の勢いで食べていた。
「どれどれ…」とステファンが料理の一つを手にとってろうそくの炎を近づけて見ると、それは明らかにトカゲの姿をした肉だ。先程ステファン達が馬車で通り過ぎた草原にいたものに良く似ている。
「わたくし…生きた時の原型を留めてる肉は口に入れない主義なの」
「腹の中に入ってしまえば同じさ」とステファンが言う。隣で勢い良く原型を留めた肉を口に運ぶアルキオを真似てステファンも同じ様にその肉を口に運ぶ、だが噛まずにそのまま口の外へと出した。
「これ…まだ生きてるぞ」
人の口に合わないものが並んでいると解ったステファンは食べる事を諦めて情報収集に専念する事にした。彼とアルキオを村まで運んできたゴブリンの商人、名をユッタと言うが、そのゴブリンに一刻も早くティリスへと戻れるように禁術について聞いているのだ。
「禁術?知らないなぁ…村長に聞けばいいじゃないか、ってダメだったな」
「あぁ、そうなんだよ。まぁいいか…で、このお祭り騒ぎは何なんだ?」
「まぁあれだ。色々と事情があってジュッカは村から離れて暮らしてたんだが、奴が帰ってきたらこうやって歓迎してやろう、って事になってたのさ…でもまぁ、本当に歓迎してるかって言えば、どうだろうな…誰も歓迎してないんじゃないのかね」
「なんだそりゃ、歓迎してやろうって思ってたから歓迎してんじゃないの?」
「奴が帰ってくるとは思ってなかったんじゃないのかな。村長も」
「何かワケありなんだな…ジュッカって奴は嫌われてるのか?」
ユッタは黙ってジュッカを指差す。
「アイツの目を見てみろ」
ステファンはジュッカに気付かれないように素早く彼の顔を見て、それから目を逸らす。その視界に入ったのは村長の隣で酒を飲むジュッカの姿だが、この宴に似合わずどこか寂しそうな姿だった。そして彼の目の色は他のゴブリンと異なり真っ赤な色をしていた。
「赤い色をした目だな」
「そうだ、真っ赤な目だ。お前さんら人間からすれば赤い目のゴブリンなんぞ…いや、ゴブリンの目の色なんぞどうだっていいのかも知れないが、俺達ゴブリンの間では赤い目は不吉の象徴なのさ。鷹の目と言ってな、全てを見透かす予言の目とも呼ばれる」
「予言が悪い事なのか?」
「ゴブリンは自然の赴くまま生きる種族、全ての運命を受け入れて生きる、だからその運命を予言なんぞで定められてはならないんだ。ジュッカはある日、あの鷹の目になった。それから村中に忌み嫌われてなぁ…結局嫁さんと一緒に村を出て行ったね。ただ、俺の知る限りは奴が鷹の目を持つ随分前から村の誰かとは常に色々と争いの耐えぬ関係だったな」
「つまりは、あれかな。イジメって奴か。人間の世界でもよくある事だよ。自分と異なる奴ってのを皆警戒するんだ」
「そうさ。ジュッカが村から居なくなってから村長も皆を説得した。奴を追い出したのは自分達の責任だから、奴がもし帰ってきたなら快く歓迎してやろうってさ」
「なるほどな…」
5
夜も更けていき宴も終盤を迎えた頃、ジュッカは手土産を配っていた。
商人気質の高いゴブリン達の間では何処かへ出掛ければその地の何かを土産として持ち帰る習慣でもあるのだろうか、ジュッカが今まで旅をしてきたと思われる様々な地の品が並ぶ。最初に彼が村へ来た時に見た重々しい荷にはこれらの土産が入っていたのだ。
以前はジュッカも村人に嫌われていたとはいえ、その価値ある土産の数々を見せられたゴブリン達はジュッカの周りに集まってその土産に見入っていた。
ステファンは遠巻きにその様子を見ていたが、ふと、一つだけ気になる品があった。その品は装飾の施された小さな箱だが、箱の蓋からは綺麗な色の煙が少しずつだが漏れているのだ。同じ様に先程まで宴になんの関心も抱いていなかったキサラもその箱の存在に気付いたのか、怪訝な顔で小箱を見ていた。
村長は何気にその目立つ箱を手に取ってゆっくりと開く。
そして、村長はジュッカの顔を睨んだ。
「ジュッカ…貴様!」
そう村長が続けた次の瞬間、小箱から眩い光があふれ出した。その光は次第に強さを増して宴の席を包み込み一瞬のうちに強さを増して強烈な熱を放ち、辺り一面が炎の海になった。そして爆風。その僅かな一瞬にキサラもステファンも、村長とその周囲のゴブリン達が炎に包まれ火達磨になるのが見えた。
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