その懐に

1

「はつみ!止まって!」

ナジャが叫ぶ。はつみは止まるよう命じ、急停止する犬吉。

「近くにいるね…匂いが近いよ!」

「まだ洞窟の出口は近くないのに…オーク達はもう洞窟に入ってきてるのかな」

「うん…戻ろう」

ターンする犬吉。その足元に火花が散る。はつみとナジャがそこへ視線を向けるとクロスボウボルトが硬い洞窟の岩盤に突き立っていた。

「あっわっ、わ」驚いて声を上げるはつみ。

その身体がよろめきそうになるのを支えるナジャ。

「はつみ!急いで!」

二人を乗せた犬吉は最高速度で村まで走り逃げた。その後をまるで足跡が残るようにクロスボウボルトが突き刺さっていった。

2

はつみ達がロイドと合流したのは村からはかなり離れた洞窟のほぼ中間の場所であった。少し開けたその場所では高低差がある地形でロイド達の陣する場所が高い場所にある。高い場所から低い場所へと攻撃する事が有利である為だ。

「どうだった?」ロイドが開口一番に状況を聞く。

首を振るナジャ、そしてはつみ。

「奴等、意外と移動は早いよ」

「判ってるさ、弓兵ってのは移動が早いもんだ。さぁ、ここを守りきるぞ。ティリスから軍が来るまでの間だ」

そしてロイドは中断していた村人への戦闘の指導を再開した。

「いいか、敵が弓を構えたら、俺達は盾を構える。それから敵が矢を放ってそれを盾で防ぎきったら、盾を退ける。次に俺達の攻撃の番だ。後方から一気に矢を放て」

「もし敵が矢を放たなかったら?」村人の一人が質問する。

「その時は盾で塞ぎながら前進だ。敵は恐らく接近戦が苦手だ。奴等の懐に入り込めば勝機がある。それを最も恐れてるだろう」

そしてロイドは目を瞑り呪文を詠唱する。光が地面から沸き立ちロイドの身体をオーラが包み込む。そのオーラはロイドだけではなく、周囲の人間にも広がっていった。

「これは防衛用に改良を重ねた白魔法。俺の周囲に居る人間はこのオーラに包まれるとある程度だが物理的な攻撃は無効になる。ただマナを使うので限界があるけどな」

暫くするとそのオーラは消え去った。

「ロイド」

ミーシャが弓を洞窟の向こうに照準を合わせながら言う。そこに居た全員がミーシャの弓の照準の先を向いた。

「おいでなすったよ」

オーク達がロイド達の陣する場所から視認できる場所に現れていた。

3

視認できるギリギリの位置から放ったナジャとミーシャの矢が顔を覗かせたオークの額に突き刺さった。それを開始の合図にオーク達は次から次へと洞窟の広間へと突入してくる。そこへ村人達の放った矢が降り注ぐがオーク達は仲間の死体を積み上げて壁を造りその脇からボルトを放った。

「攻撃が来るぞ!」

ロイドがそう叫ぶと一斉に前衛が盾を斜め空に向けてかざした。そこにボルト矢の雨が降り注ぐ。盾で防ぎきれなかった一部の攻撃で倒れる村人達。

「怪我人を後ろへ!」ロイドが叫ぶ。

そして盾をかざしたまま、前進する。それに続く村人達。

「まずいぞ!引け!」

指揮官らしきオークが叫んだがそれは既に遅く、ロイド達前衛の盾の列は一気に盾ごと体当たりをした。そしてふらついた隙を突いて盾を交わし、剣で切り付ける。

だがうまく行くばかりではなかった。盾で体当たりをしたが弾き返される村人、反撃を食らって盾で防いだが、盾ごと吹き飛ばされる村人。たとえ弓兵のオークでも人間より遥かに腕力があるのだ。

それでも戦い慣れしているロイドに傷を負わせる事は出来なかった。オークの殴りを盾で垂直に受けず、横に流すように受けている。そうする事で身体のバランスを崩したオークはロイドの懐に倒れ込み、剣の餌食となった。

「トロルとタイマンはってんだぜ。お前等なんぞ赤子の手をひねるようなもんだ」

ロイドがそう吠えると盾でオークを殴り倒した。

先程まで後退を指示していたオークの指揮官は勝機を見出したのか前進の指示を出す。それもそのはず、防衛に当たるロイド側よりも遥かに数がはオークが多い。どんなに防御が強くても次から次へとフロアへと雪崩れ込むオーク。そして怪我人や死人を出しながら確実に減っていく村人達。

それに追い討ちをかけるようにロイドの盾には2、3体のオークが体当たりをして、そのまま後方へと押し戻そうとする。「クッソーッ!まずいぞ」ロイドは呪文を詠唱した。物理攻撃が無効になる呪文だ。

「マハ!」ロイドが叫ぶ。

マハはロイドの前方に狙いを定めて呪文を詠唱する。ロイドの盾を押し切ろうとしていたオークの内1匹がそれに気付き叫ぶ。

「マズイぞ、下がれ!」だがその声の後半の部分は音にかき消される事になる。オーク達の足元からマナの粒子が沸きあがりそれが火の粉に変わり、そして炎になり、最後に火柱になった。業火にかき消される声。

後退と前進を繰り返しながらも着実にオーク達はロイドの防衛陣を村まで押し返そうとしていた。それはオークの腕力と数による差がもたらした結果だ。

4

「はつみ!」

戦闘の合間に話し掛けて来たのは風雅だった。

「熊や狼よりももっと強力な式神を口寄せ出来ないか?」

「ごめんなさい…私、まだ未熟で、強い式神を呼び出せても制御出来ないの。敵も味方も関係無しに攻撃してしまう…特に呼び出した口寄せ士は真っ先に狙われるかも」

「そうか…」

その会話に割り込んできたのは先程まで後方で治療を行っていた豊吉だった。瞑想と治療を繰り返していた為か、かなり疲れた様子だ。

「はぁ…次から次へと怪我人が運び込まれてきます。直してもキリがない…これはもう逃げ時かも知れませんね」額の汗を拭いながら言った。

「はつみが強力な式神を口寄せ出来るんだが、制御が出来ないらしい。式神をうまく使ってどうにか切り抜けられないものですかね?」

風雅は豊吉に問うた。

「口寄せの術はあまり詳しくありませんが、あの段差を越える事が出来ない式神なら、制御出来なくても問題ないかも知れませんね…」

豊吉が指出す先はオーク達の陣の少し後ろにある1メートル程度の段差だ。ロイドが洞窟の高低差を利用して防衛している為、そのフロアにはいくつもの段差があり、オーク達の後ろの段差もその一つだった。

「そうか…なるほど、はつみ、できそうか?」

「段差を越えれない…式神…やってみます」

はつみは目を瞑り、印を結んだ。それは熊吉や犬吉を口寄せする時よりも複雑で長い印だ。そして終わると直ぐに地面へと手を添える。邪馬国の古の文字が地面に黒く映り、それがオーク達のいる段差の部分まで続いた。

「ほう…禍津日(マガツヒ)ですか。これは見物ですね」

豊吉は汗を拭いながらはつみの口寄せ術を眺めている。

オーク達の足元にある古の文字、それに気付くオークは居ない。だがその文字から黒い煙が立ち始めるとその存在に気付かざる得なかった。黒い煙は次第に形を造りはじめ、猪に似た何かの生物になりつつある。だが形を作り終えた後も黒い煙は消える事無く、最終的には猪の形をした黒い煙の塊になった。4つある目が睨む方向にははつみが居た。

まず口寄せした主に襲い掛かる、というはつみの言葉通り、マガツヒは周りのオークを弾き飛ばしながらはつみに向かって突進した。だが段差が上れないと判ると今度は周囲のオーク達に襲い掛かった。

「クソッ!村人の中に召喚士がいるのか!」

指揮官のオークが叫ぶ。突然地面から湧き上がった得体の知れない生物に動揺しながらも、一斉にクロスボウの集中砲火を見舞う。無数のボルトが体中に突き刺さるマガツヒ。だが、黒い煙に撫でられたボルトはまるで風化するようにボロボロと崩れた。

「く…腐ってやがる」

その様子を近くで見ていたオークが言う。その言葉通り、ボルトは風化したのではなく、腐っていた。木の部分は腐臭を漂わせながらドロドロに腐り、金属の部分にはカビにような何かが繁殖していた。

マガツヒは身体を震わせ、突き刺さっていたボルトを払い除けると近くのオークの隊列目掛けて突進する。慌ててボウガンにボルトを再装填するオーク達。案の定、装填が間に合わず体当たりの直撃を食らい、数匹のオークが跳ね飛ばされる。近距離ではボウガンが使い物にならない事を悟ったオーク達はナイフと取り出すとマガツヒに切り掛かった。

オーク達の攻撃はマガツヒに集中する。それは今まで維持してきた隊列を乱す事に繋がっていた。それをチャンスとばかりにロイドは後方支援に向かい命令を出す。

「あの召喚獣の周囲に矢を放て!周りのオークを徹底的に倒すんだ!」

それまでマガツヒに微量ながらもダメージを与えていたオーク達だったが、ロイド達の陣営の後方から雨の様に降り注ぐ矢を食らい、バタバタと倒れこむ。

「いける!いけるぞ!」

大混乱になるオーク達を見てロイドは勝機を感じ取っていた。ロイドを中心として前衛の隊列を進めようとする。

「ロイド!あの手前の段差より前には進むな!」風雅が叫ぶ。

「え?!何故だ?ここで一気に突き進めるのに」

「あの式神は制御されてない、敵味方関係無しに襲ってくるぞ。あの段差を超えれないからこちらに来ないだけだ!」

「マジかよ!」

段差を乗り越えようとしていた所をロイドは止まる。追い討ちをかけようとしていたがその必要はそれほど無いようだった。オーク達は指揮官の指示に従いフロアの入り口まで撤退している。広い所で戦うには不利だからだ。少なくともはつみの口寄せした式神「マガツヒ」が倒れるまでの間はオーク達は後退するしか術が無かった。

1.00