1
「アルタザール軍が来た!」
歓喜の表情で報告する村人。
それを聞いてようやくロイドは胸をなでおろし、そのまま地面に腰を下ろす。その目を洞窟のフロア入り口に向けるとオーク達は撤退する最中であった。アルタザール軍が到着したとの知らせを受けて挟み撃ちになる事を恐れての事だろう。
洞窟の中からも外の激しい戦闘の音が聞こえてくる。おそらく雷の魔法を炸裂させる音、しかも100人規模の魔術師を集めた部隊であろう。先程まで徹底的にオーク達に押されていたという恨みがあってか、ロイドはその喜ばしい音を聞いて少しニヤけながら言う。
「村まで戻ろう」
オーク達が撤退した事を受けてロイドと同じく身体を休ませていた他の村人達は、それぞれがゆっくりと立ち上がり互いを支えあいながら村へと戻った。
その頃、村では蜘蛛の子を散らすように逃げ惑うオーク達を見ながらの歓声が沸き上がっていた。先程までオーク達が隠れていた森の上空にはマナによって湧き上がった雷雲が発生しており、木陰からは雷の魔法による凄まじい発光が起きる。そしてその発光の間を縫う様に走る騎馬部隊。
先にアルタザールの軍が到着した事を察知した別のオークの部隊は逃げ切れたようだが洞窟から村へと侵入を試みていたオーク達はその出口で軍と衝突したらしい。
「ロイド!」そう叫んで駆け寄ってきたのは、ほんの数日前にティリスへと援軍の要請へと向かったステファンであった。
「無事だったか」
「あんたこそ」
「ティリスへと向かう道中にオークに出会わなかったか?」
「ああ、凄い数のオーク達がいたさ。まぁ逃げ切ったけどね」
ロイドは嬉しさを織り交ぜた笑顔でステファンの肩を抱いた。ステファンはその拍子に大切な事を言わなければならないのが今この瞬間だと思った。
「なぁ、ロイド。軍に戻らないか?」
ロイドは少し表情を曇らせ首を横に振った。
「それは…できない。けど、考えておくよ」
「ありがとう。期待してるよ」
「なぁ、それでこの軍を指揮してるのは、お前か?それともジニアスが着てるのか?」
「まさか。ハリコフ将軍だよ」
「だろうな。さっき洞窟に居て天井が落ちてくるような凄まじい雷鳴を聞いたからさ、ハリコフの大胆な戦法をふと思い出してさ。頼むから村まで魔法で吹き飛ばさないでくれよ」
「大丈夫だと思うよ。敵と味方の区別がつかないほどにモウロクしてないさ、多分。あ、それよりオーク達が引き連れてた怪物が暴れ回って大変なんだった。はつみの手を借りようと思って来たんだ。あいつは今どこに?」
「怪物…もしかして、猪みたいな姿か?」
「あぁ、そうそう、猪みたいな奴だよ」
「まずいな…そりゃはつみが召喚したんだ」
「…」
2
「はつみ、マガツヒの周りをうろついて注意を引きつけるんだ」風雅が叫ぶ。
既にオーク達は森へと追われ、残されたマガツヒは周囲の動くもの(アルタザール軍)を徹底的に追い回していた。少しでもマガツヒの注意を引き付けようとはつみはマガツヒの見える位置に近付くが、怒り狂ったマガツヒは自らのターゲットをはつみの思うように変えてはくれなかった。
「動きを止めるぞ、はつみ!式神を止めたら開放させるんだ!」
「うん、わかった!」
風雅は木の上からマガツヒに狙いを定めて印を結ぶ。またしても近くで逃げ惑う兵士に狙いを定め突撃するマガツヒ。盾でそれを塞ぎとめる兵士。そしてマガツヒは兵士を軽く額で持ち上げたまま木に突入し、そのまま押し潰そうとする。兵士の盾は次第に黒く腐食していく。
「忍法、蜘蛛糸縛り!」
風雅が唱えた忍術が発動し蜘蛛の糸が(兵士ごと)マガツヒを包み込む。
「うわッ!ちょっっと!」
兵士は慌てる。それもそのはず、マガツヒに触れているだけで兵士の装備が腐食していくのだ。鎧が完全に朽ち果てた時、兵士の身体がそれと同じ状態になるのは鎧ほど時間は掛からないだろう。
はつみは印を結びそのままマガツヒに触れた。地面に古代文字が現れマガツヒは文字の中へと吸い込まれていった。兵士はその様子を見ながら胸を撫で下ろし、と同時に兵士の鎧は朽ち果てて剥がれ落ちた。
3
村の広場にはロイドとマハ、そしてその部下達が集まっていた。
「さっき、ハリコフ将軍と話した」
そう言ってロイドは一度俯いて、そして顔を上げて話を続ける。
「このまま盗賊を続けるか、そうでないか。で、俺は盗賊団は解散させようと思っている。もちろん、お前達の中で続けたい奴がいたらかまわないんだが、少なくとも俺は辞めようと思う。ただ、もしお前達の中で盗賊を辞めて軍に戻ろうと思っているのなら、ハリコフ将軍が引き取ってくれるそうだ」
ロイドの傍で話を静かに聞いていた軍服の初老の男性、ハリコフはロイドに代わって皆の前で話す。
「今回の件もそうだが、今この世界の様々な場所でオーク達の行動が活発化している。オーク達による大規模な侵略が予想されるのだ。その時にこの国を、アルタザールを守って欲しい。過去の事はとやかく言わない」
そしてロイドの部下の何人かはハリコフと共にティリスへと戻った。ロイドとマハはハリコフの強い要望があったがかたくなに軍に戻る事を拒否した。
4
「さて、ようやく本来の旅を続行出来そうですね」
そう言いながら、豊吉はほんの数日前と同じ様に自らの装備品を机の上に並べて袋に詰めるという出発時に彼がいつもしている事をしていた。そして数日前と同じくその食堂には風雅、はつみ、ナジャにミーシャが居て、豊吉と同じく旅の出発の準備をしている。
先日はささやかながら、この無名の村を守りきった事に対する祝賀パーティが開かれロイドと彼の部下、そしてはつみ達も英雄として讃えられた。残念ながらステファンは彼の上官であるジニアスの命令により休む間もなくティリスへと呼び戻された。そもそも休暇で村へ来ていたわけであるから、仕事が溜まっていることは言うまでもなかった。
食堂のドアが開き入ってきたのはロイドとマハだった。
「行くのか」とロイドが問い、
「ああ、旅の途中だったんでな」と風雅が答える。
少し戸惑いながらもロイドが続ける。それが軽々しく言うべきでは無い事を知っていた。
「なんていっていいのか、本当にありがとう。村を救ってくれて」
「俺達だけが頑張ったんじゃないさ、アンタがまず救いたいって思ったことが始まりだろ」
風雅がそうフォローする。
「もし俺になにか出来る事があれば協力するよ。残念ながら…お金はそれほど持っていないんだ。ご存知の通り家業は廃業してしまっていてね」
そう言ってロイドは苦笑いする。
「これからどうするんだ?アルタザール軍に戻るのか?」
「…いや、また何処かでやり直すさ…」
それを聞いた風雅は豊吉と顔を見合わせた。何かを確認するように。
「もしよかったら、俺達と一緒に来ないか?」
「え?いいのか?」と少し嬉しそうな顔をするロイド。恩を返そうにも何もなかったロイドにとっては、風雅のその台詞は恩返しのチャンスを意味していた。
「ああ、旅は仲間が多いほうがいいからな。マハはどうする?」
「ロイドと同じよ。行く宛てが無かったのも同じ」
「成立だな。改めてよろしく。俺は風雅、そちらは俺の相方の豊吉さん」
「よろしく」豊吉は軽く礼をする。
「私ははつみです。よろしくね」とはつみ。
「ボクはナジャ、こっちが妹のミーシャ。よろしく」とナジャ。
「じゃあ、改めて、オスナサイルの元盗賊団、団長のロイド、でこっちはその部下の」
「マハです。よろしく」
こうしてロイド、マハが風雅達と同行する事となった。
5
翌日。はつみ達一行は旅の準備を終えて村の門へと集まった。オークの攻撃で傷ついた村の復旧も行われており、総出ではないが村人達も出迎えに集まっていた。
「この村、まだ名前が無くてね、昨日皆で考えたんだけど、ロイド、貴方の名前を村の名前にしようかと思ってね」と宿屋の女将。
「おいおい、なんだか恥ずかしいな…何も俺の名前にしてなくてもオスナサイルとかでいいんじゃないか?」
「この村があるのは村を守ってくれた人がいるからさ。だからその人の名前をこの村の名前にしようと思ってね」
「それなら…俺よりも、な、ウィル。お前の名前を村の名前にして貰えよ」そう言ってロイドはウィルの頭をゴシゴシと撫でた。ウィルは恥ずかしそうに笑った。
「そうだね、ウィル。アンタが最初に村を守ろうって言ったんだったね」
「ウィル、これからはお前がこの村を守っていくんだ」
「でも僕、ロイドみたいに強くないよ…」
「俺もお前みたいに、最初は何にも出来なかったさ。でもな、誰かを守りたいって思ってたんだ。それしかなかった。その気持ちが自分を強くする。そして他の奴等も、強い気持ちに動かされてついてくるのさ」
ウィルは力強く頷いた。ロイドやはつみ達が最初に会った時と同じ様に、子供の身体に不釣合いな大人の武器を持って。
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