1
地下水から汲み上げられた水も水路に流れ込む様になると水による防壁はさらに強度を増した。オーク達の長弓による一斉射撃と重クロスボウの同時攻撃にも矢を防ぎ溢す事が無くなった。オーク達は射撃のタイミングを微妙にずらしたり、攻撃の箇所を防壁の根元(練成陣の側)にしたり、根元から離れた上空を狙うなどあの手この手で攻めてはいたが全てが無効であった。
砲撃を行っていたオーク達の下へ前線からの伝令が現れ、その場にいたオーク達が予想していた通達が行われた。
「クロイツの兄貴からの伝令です。"今すぐに砲撃を止めろ。クソ○○○なクソ防壁のせいで俺達のクソは弾き飛ばされ便器へ直行している"との事です。それともう一つ、"前進して村を直接叩け"との事。現在、前衛部隊が村の防壁が弱い箇所が無いか調査中です」
「よし、お前等、武器をしまえ。前進して前衛部隊と合流する」
2
「防御はほぼ完璧になったが、連中を完全に退ける事は出来ないな…」
オーク達は木陰に隠れて門を目掛けて矢を放つが防壁に塞がれて無駄に終わった。だが逆に風雅やマハが攻撃を仕掛けても木に隠れたオークを仕留める事は出来なかった。例えば、魔法の射程に入ったと思われるオークを狙いマハが詠唱を始める。だがその詠唱を察知してかすぐに木陰へと退避する。そうなると詠唱を中断せざるえない。そのまま続ければ当然だが魔法はそれまでオークがいた場所、つまり何もない地面へと命中する。このような不毛に体力を消耗する戦いが延々と続いていた。
「私が式神を口寄せしてオークを引っ張って来るよ」
はつみは印を結び地面に手を添えた。地面が裂けて巨大な熊が現れる。
「くま吉!オークを門の前まで誘き寄せて」
門を勢いよく飛び出たくま吉だったが、次の瞬間、木陰に隠れていたオークからの一斉射撃に見舞われた。腕でオークの凶弾をガードするくま吉。だが痛みに耐え切れず泣き声をあげながら後退した。
「くま吉!」くま吉に駆け寄ろうとするはつみ。
「オークのくせに、ほんっと卑屈な奴等ね!」
マハはそう言い放つと、くま吉がひるんだ隙を狙ってトドメをさそうと木陰から飛び出した数匹のオーク達へ狙いをつけて呪文の詠唱を始める。オーク達は攻撃にも慎重なようで、マハの詠唱を見るとトドメをさすのを諦めてまた木陰へと後退し、しつこくもそこからくま吉への攻撃を続けようとする。
「式神を前衛に出すのは止めたほうがいい。奴等は俺達がここから前に出て交戦するのを待っているみたいだ」
風雅は印を結び地面に手を添える。土遁の術による土壁がくま吉の手前の地面から現れオーク達の放つ凶弾を遮った。その隙に腕を負傷したくま吉は防壁の中へと退避する。
「くま吉を手当てしてきて。ここは私に任せて」
マハにそう言われ、はつみは式神を連れて村の中央の食堂に向かった。
3
村の中央の食堂では豊吉が負傷者の治療に当たっていた。
豊吉が印を結び手を傷口にかざすとゆっくりとだが負傷した部分が回復していく。印の結びははつみの口寄せ術とも風雅の忍術とも異なる、法力と呼ばれる力だ。だが回復には白魔法と同様にマナを消費するらしく、一人回復させる毎に床に胡坐を掻いて瞑想を行ってマナの回復をしている。また治療に当たろうと瞑想を中断した時、偶然にもはつみと目が合い、まるで求めていた助けが来たような喜びに似た表情で話しかけてくる。
「はつみさん、調度良いところにいらっしゃいました…」
「あの、くま吉が怪我を負ってしまって、回復お願い出来ますか?」
「えぇ、勿論。それよりちょっと困ったことになってしまって…」
「どうしたんです?」
「村の一部の人達が荷物を纏めて村から脱出しようと言い出して…あっ」
豊吉はそう言いながら視線は食堂の外へ向けられた。彼の話したとおり、荷物を纏めた複数の村人達は足早に食堂前の通りを走り過ぎていく。
「あぁっ、ちょっとっ…みんなでこの村を守るんじゃなかったんですかぁ…」
呼び止めようとするはつみの声も空しく、その"一部の"村人達は村外れへと消えていく。
「はつみさん、ロイドさんに連絡を…彼らが逃げ出すのはいいのですが、村から出るとオーク達に狙われてしまう。これ以上私が活躍する事になるのはあまり好ましくない」
そう言って豊吉は怪我人の手当てに戻った。
その後、はつみは豊吉に言われたとおりロイドのいる門手前に向かっていた。門に着かないうちにロイドと会う事になったが、既にそこには他の村人達もこれから村を脱出する村人達もいる。何かを言い争っている様に見える。
「村を守る事に賛同してくれたから残ってくれたんだろう?」とロイド。
「悪いがハナっから村を守ろうなんて思っちゃいないんだよ。オークがこの村からジェノバへ続く道に居るっていうから、あの時は逃げ出すのは得策じゃないって思ったのさ」
と脱出をしようとする村人達の一人。
「今逃げるのも同じぐらい危険だ」
「いや、オークは今この村を陥落させる事に躍起になっている。逃げるなら今だ。アンタはよく頑張ってくれたよ。オーク達をこの村へ引きつける事が出来たのはアンタのお陰だ。あとは逃げるだけ、ロイド、アンタも仲間を引き連れて逃げな」
そう言い、その村人は荷物を背中に担ぐと村の外れに歩き出した。他にも数人の村人も既に村外れに向かっているのが見える。
「あんたら…自分の住んでる場所に未練ってのはないのかよ…」
ロイドは寂しそうな声で言う。だがその声を村から逃げ出す彼等の耳には届けなかった。彼等が土地やそこで暮らした思い出を捨ててでも命を繋げることを選択した事も間違いではないからだ。その様子を見てたまらなくなったはつみは言う。
「ロイドさん、女将さんならあの人達を説得出来るかもしれない…やっぱり、みんな一緒がいい…今まで一緒に居た人達が散り散りになるなんて悲しすぎるよ!」
はつみが印を結ぶと地面の裂け目から山犬が現れた。それに飛び乗ったはつみはロイドに手を差し伸べた。
「女将さんのところにいこう」
「ああ、そうだな!」
ロイドも山犬の背に乗った。
4
村の食堂へと戻ったロイドとはつみ。先程大怪我を負っていた女将の息子も豊吉の法力による治療が功を成して殆ど回復していた。女将はその側に付き添っていた。
ロイドは早速先程の事を話す。
「女将さん、村の一部の人が立ち去った事は聞いてるか?」
「いや、あたしゃ何も…」
「最初から逃げ出すつもりだったらしい。俺は止めたんだが…それが悪かったかもしれない。女将さんの口からあいつ等に言って欲しいんだ。それでダメならしょうがない…」
「ん、ああ、かまわないよ」
ロイドにそう答える女将。
「引き止める必要なんてねぇさ」そう言ったのは同じ部屋にいた他の村人だ。そして続けて言い放つ。「俺達を囮にして逃げようって事だろう?そんな奴等に何言っても無駄さ。俺達はそんな奴等を守る為にこの村に残ったんじゃない。この村を守りたいって奴等、そしてこの村を守る為に残ったんだ。違うかい?」
女将はその問いに、いつもの強い口調ではなく静かに答える。
「確かにそうさ。でもね、あの人達だってきっとこの村を思う気持ちは一緒だと思うんだよ。それでも怖い、誰だってそうさ。辛いけど私達を裏切ってまで逃げるのか、ここに残って村を守るのか、その違いだけなんだと思うよ。私達がそれを裏切りだとか言って突き放しちゃダメなんだよ。受け入れてあげなきゃ…」
その女将の答えに村人は少し納得しないにしても静かに頷いた。女将は立ち上がりロイドに向かい言う。「連れてっておくれ、説得するよ。やるだけの事はやるさ」
「ありがとう。西門の方向に歩いていった。はつみ、女将さんを西門までさっきの犬みたいなので乗せてってあげてくれ」
「うん、わかった」
はつみは印を結び地面に手を添えると地面の空間が避けて山犬が現れる。女将とそれに乗り門へ向かって走り出した。ロイドもそれを追って西門へ向かった。
5
西門では風雅とマハが防衛に当たっていたが、双方の攻撃がほぼ無意味になっている為かお互いに攻撃をせずに睨み合いの状態であった。それでも門前には数匹のオークの死体が転がっているのは、風雅やマハがわざと攻撃を仕掛けず、オーク達が油断して近寄って来た時に風雅が土遁の術でオークの背後に壁を造り退路を塞ぎ、そこへマハの魔法が確実に命中した証だ。
だが同じ手段は通じなかった。オークはさらに警戒し今では木陰から出てこようとはしない。風雅の忍術やマハの黒魔法が完全に射程外となる木陰の辺りに異様なまでの数のオークがいるという事態だ。もし防壁が無ければ村は制圧される一歩手前である。
「奴等、近接武器はナイフ以外持っていないようだな…」
木陰のオーク達が一望できる門の上に乗っていた風雅はオーク達に手裏剣をちらつかせながら言う。瞑想でマナを回復させていたマハはそれを中断し風雅の声に耳を傾けた。
「アルタザールの重装歩兵部隊とガチで当たったら確実に負けるんじゃないか?」
マハが瞑想を中断しているのを知って風雅は話し掛けた。
「ティリスを攻めるつもりでこの村に来たんじゃないのが不幸中の幸いね…」
「多分、奴等はどっかの部隊の後衛なんだろう。この村を攻めることがデモンストレーションなのだろうが…そこでまさかの錬金防壁だな」
「オーク達の持っているボウガンはアルタザール軍の石弓部隊が扱うものに似てるわ。ボルトの装填スピードが速いファスト・アルバレストっていうボウガンね。でもあの大きさ…オークしか扱えない。威力がどんなものか判らないけど、あのボウガンの大きさに見合う威力なら、アルタザールの重装歩兵部隊でも同じ数なら勝率は五分ってところ」
「随分詳しいんだな」
「軍にいたって言ったでしょ?」
風雅とマハが話している所に女将を乗せたはつみが現れた。
「風雅さん、いまこちらに荷物を沢山持った村の人達が来なかった?」
風雅はマハや防衛に当たっている他の村人達と顔を見合わせたが、誰も首を傾げた。
「いや、多分着てないだろう。ご覧の通り、堀の向こうの森にはオークが勢揃いだ。ここから出ようなんて馬鹿な事は考えもしないと思うが…」
はつみに判るように森に隠れているオークを指差して風雅は言う。
「東門から出たんじゃないか?でも東門もナジャの話ではオークと睨み合いらしいが…」
「女将さん、この村って西と東にしか抜ける場所は無いんですよね?」
そうはつみが女将に問うと、女将は少し考え込んで何かに気付いたようにハッとした。
「…もしかしたら、抜け道を使ったのかも…」
「抜け道?この村の出入り口は西の東の門だけじゃないって事?」マハが問う。
「え、えぇ…今は誰も使わないんだけど、村の少し離れた所へ抜ける洞窟があるのよ」
「まずいわ…」
かなり動揺した様子でマハは青ざめながら言った。
「ロイドに連絡しないと。ロイドは今どこに?」
「ロイドさんなら今走ってこっちに向かってきてるよ」
はつみが答える。マハはかなりの動揺っぷりを見せた。爪を噛んだり頭を抱えたりした後、落ち着かせるためにその場に座り込んだ。その様子を見て不安が湧き上がった風雅はたまらず質問する。
「まずいっていうのは、洞窟の抜け道が何か問題があるのか?」
「防壁がないのよ…もし洞窟の事をオークに知られたら、そこから村に突入されるわ」
一瞬、時が止まったかに思える沈黙、だがその沈黙の間は誰もが一斉に恐怖と不安に襲われる瞬間でもあった。それまで防壁に頼って防衛と呼べるような行為など殆どしていなかった村人やロイドの部下たちは、武器を持つ手に力が入った。調度その時、ロイドが門へ追いついていた。
「どうした?こっちに逃げてきたか?」
ロイドは息を切らしながら言う。
「ロイド、まずい事になったわ。西門と東門以外にも村に出入り出来る場所があったのよ。しかも水が通せない場所だから錬金防壁も使えないのよ」
「なんだって…?そこはどこなんだ?もうオーク達には気付かれたか?」
「まだ気付かれていないわ。でも村から逃げる人達がその道を使ったとしたら、もし出口でオークに見つかると一気に攻め込まれるわ」
「ロイドさん、洞窟の入り口は水車小屋のすぐ近くだよ」女将が言う。
「クソッ!なんてこった!兵を集めてそこに集合しよう、はつみ、東門にいっての兵も集めてくれ。水車小屋へ集まれって伝えてくれ!頼む」
ロイド達は水車小屋へ、はつみは東門へ犬吉と共に向かった。
6
水車小屋の前にははつみ達一行と、ロイド、マハ、ロイドの部下、そして数人の村人達が集まった。先頭にはロイドが立ち作戦を説明している。
「まず斥候としてはつみとナジャが向かってくれ。もし洞窟内でオークを見つけたらすぐにここまで戻れ。いいか、オークはボウガンで攻撃してくるから、姿を見つけてからじゃ遅いかもしれないんだ。ナジャが鼻を利かせて奴等を探知してくれ!」
「了解、いこう、はつみ!」
ナジャの呼びかけに応じてはつみは山犬を口寄せした。
「他は洞窟の内部で陣取る。村まで後退は出来ない…数じゃ向こうに圧倒されてるからな。村で戦えば確実に負ける。狭い洞窟内で押さえ込むぞ」
はつみとナジャを乗せた犬吉は斥候として出発し、それを合図にロイド達も洞窟内へと進んでいく。ヒカリゴケが所々に生える洞窟内では入り口からの僅かな光を洞窟の最深部へと橋渡ししている為か僅かに明るく、夜でない限りは明かりは必要としない。
先を行くロイドに追いついた村人の一人が彼に話しかける。
「ロイド、アンタは後ろに。アンタが殺られたら終わりだから…」
「いや、俺が先頭に行く。いつもこうやって来たんだ。ティリスの盾って呼ばれたんだぜ、盾が後ろで踏ん反り返ってるなんてありえないだろ?」ロイドは微笑んでそう言った。
「…もし、アンタが殺られるような事があったら…」
「その時は全力で逃げるんだ。皆を率いてな」
7
ヒカリゴケの反射が強くなっている。
洞窟の出口はすぐそこだった。先に行った彼の父親が待っているはずなのだ。
「このまま村へ残っていても助かるはずは無い。他の人には申し訳ないんだが、俺達は俺達のやり方で生き抜いてみるんだ。村に残してきた友達が心残りか?生きていたら会える。お前は今行き抜くことを考えればいいんだ」
父親のその言葉が彼の脳裏に浮かんだ。
(裏切ったんだ…もし生きていて、また会えたとしても、どんな顔をして会えばいいんだ)
もうすぐ太陽の下に出る。
だがそこで待っていたのは父親では無かった。
「ようこそ」
洞窟の出口にはオークが待ち構えている。その言葉はオークが放ったものだった。そして、その意味を知る事になるのは、側に父親の死体が転がっているのを見た時だった。
「ここがお前の待ち望んでいた、地獄だ」
彼は目を静かに瞑った。
既に死ぬことを覚悟したのだ。走馬灯の様に村で過ごした思い出が脳裏を過ぎる。次の瞬間、オーク達の放ったボルトが数本、彼の身体に突き刺さった。
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