ネヘ・ベカウ

1

ヘラの裁判が終わった次の日の朝、風雅達は普段と同じように朝食をとるために宿泊しているホテルのレストランへと集まっていた。普段いるメンバー以外も、ロイドやジッタもいる。それは風雅が次の街へと移動する事を意味していた。

「察してると思うが、探していた"ホムンクルス"を見つけた。ゴモラの街の孤児院にいるという話だ。名前はユン。特徴のある真っ赤な目を持っているらしい、多分それがホムンクルスと噂されるゆえんだろう」

「そこまで解ってるのならもっと先にこの街を出てもよかったんじゃないのか?」

とロイドが言う。それを聞いて風雅はジッタを指差して、

「誰かさんが裁判に出ていなければ、そうしていたさ」

指を差していなくとも誰が原因なのかはわかる。

「ケッ」と履き捨てるようにジッタが言った。きっと自分のせいじゃないと言いたかったのだろうが、マハやキサラのパンツを盗んだことは事実なのでそれを蒸し返されるのが怖いから何も言わなかったのだ。

「直ぐにでも出発できるよな?」

と、その場にいる一同に確認をする風雅。一人だけそもそもメンバーではない者が来ている事に気付く。その人物はヤンの後ろにそっと隠れたジャスミンであった。

「えと、ジャスミンさんだったかな?何の用事かな?」

「おいおい、察してやれよ、風雅」とぽんと風雅の肩を叩くロイド。

「あ〜…わかったよ。くれぐれも気をつけてくれ。少なくとも自分の身は自分で、」

「大丈夫です。俺が守りますから」と言ったのはヤンだった。

「相変わらずお熱いネェ」

と茶化すロイド。だが決して悪意があるというわけでもなく、事前にヤンが何を言うのか、ロイドがどういって茶化すのかを打ち合わせしているようだった。

2

バベルの中心に位置する宮殿内の女王の間、そこはレッカ女王が研究室へと改造して既に女王の間の名残は玉座のみとなっている薄暗い部屋となっていた。

レッカは一日中、日の光が差すことがないその部屋で朝から晩までバベルの塔に関する研究をしている。家臣の中には彼女の事を「塔に取り憑かれた研究者」と呼ぶものもいる。それは以前、彼女と共に行動していたバベルという名の女性が同様に塔に篭って研究を重ねていた姿とレッカ女王の姿が重なった事が理由にある。

そういった経緯から、家臣達は女王に対しての敬意が薄くなっている。ただ国民の前で畏怖されていればいい、そうでなくとも、国を思い、シハーの代表として他国へと示せばいい。だが今の彼女はバベルの塔と呼ばれる古代遺跡の一研究者に過ぎないのだ。

「レッカ女王!」

扉の向こうから叫ぶ声がある。普段なら研究の邪魔となるものは全て排除しようとするが何故かその日は、その声に答えるほどの余裕があったのだろう。レッカは静かに言う。

「なんだ?入れ」

女王の側近であるその男は、新聞の束を抱えて入ってきた。それを研究資料がばら撒かれているテーブルの上に置く。普段ならそんな事をすれば打ち首にでもなるだろうが、そうしたのはよほどその事が研究よりも重要な事だったのだろう。

「これをご覧ください!」

その新聞の束のなかから一つを取り出して目を通すレッカ。次第にその顔は曇り、怒りにも似た感情を表す。

「先ほど入った情報ではバグーとアラメインは"ネヘ・ベカウ"と名乗る反政府組織に陥落させられました。大群がここバベルと、ゴモラに向かっているようなのです」

「規模は?」

「恐らく、ネヘ・ベカウを構成するのはアラメインの将校たちではないかと…アラメインの基地に駐屯している軍が全てこちらに向かっていると思われます」

「クーデターか…この大事な時に…迎え撃つ準備は出来ているな?」

「はい…しかし…」

「ゴモラの軍を呼び寄せろ。なんとしてもバベルを守るのだ!」

「ゴモラは彼らに明け渡すのですか?」

「それしかないだろう?」

側近の男はそれから黙ったまま立ち去ろうとしなかった。だからレッカは尋ねた。

「どうした?早く行け」

「なぜ…なぜそこまでバベルの塔にこだわるのですか?研究の為ですか?国防軍は国を守る事が使命だと、そう教え、鍛えられてきました。ゴモラを捨てろと言われて、それで何が国防だと、疑問に思わない者はいません!」

テーブルの上に置いた新聞を床へと撒き散らし、レッカは側近の男につめよった。そして彼の襟首を掴むとそのまま壁へと叩きつけた。

「シハーの最終防衛線はここバベルだ!ここが奪われれば貴様も私も、砂漠に放置された野良ニラマの様に干からびて死ぬだけだ!今この国を揺るがしているのは内戦でもアルザタールでもない!オーク軍だ!人間同士で争っている暇なぞない!」

そして突き放すと、レッカは部屋をいきおいよく出て行く。唖然としてその場に立ち尽くす側近の男の耳には廊下からレッカの怒号が聞こえた。

「私が指揮をとる!」

床に撒き散らされた新聞には、反政府組織"ネヘ・ベカウ"の代表団がマスコミに対してシハー政府への宣戦布告を行っている写真が大きく載っていた。

3

王宮にあるジニアスの為に用意された客用の部屋にも、すぐさま外の騒がしさが伝わってきた。いつもと同じ様に嫌な予感を感じ取ったジニアスは恐る恐る廊下へと顔を出し、行きかう兵士達に笑顔で問うた。

「まるで戦争でも始まるかのような騒がしさですね…」

禁句でも聞いてしまったかのように兵士はみるみる表情を曇らせてから言う。

「その通りですよ。反乱軍がここバベルを目指して動き出したんです」

「はは…なるほど」

扉を開いたときと同じ様にゆっくりと扉を閉めて部屋に戻るジニアス。

それから深いため息をついた。

「今年は悪い事ばかり起きるなぁ…」

机について手紙を書く準備をする。それほどに落ち着いていられるのは彼がシハーに来る前から既に内戦の兆しはあったし、幾度と無く彼の命が狙われる場面にも遭遇しているからだ。もちろん、落ち着いて書く手紙の内容は「危険を感じた為、ティリスへと戻ります」というのを遠まわしに書いた報告資料だ。

その手紙に書く内容を検討していると、ふと脳裏に風雅達の事が浮かんだ。

(そういえば…彼らも一緒に戻りたいのなら手配しておいてもいいでしょうね)

「ん?…そういえば彼らは今どこへ?」

言うまでも無く、その行き先を知っているのはシハー女王のレッカだ。ジニアスはすぐさま女王の間へと向かった。

4

女王の間にはレッカは居なかった。

兵士に言われるままに彼女がいるであろう場所へと向かうジニアス。そこには既に首都防衛を行うシハー軍が集まり始めていた。大戦時を思わせるような軍備ではあったが、それでもジニアスの目からはシハーの総兵力の一部としか映らない。アルザタールとシハーの戦争ではその何倍もの兵力がバベルへと集結していたのだ。

ネヘ・ベカウは事実上クーデターを起こし、軍の一部も彼らのうちに入るとすれば、それだけ多くの軍勢がバベル近辺に集結している今の状況ですら危機的だと思えてしまう。

バベルの表門の側に設けられたテントにはレッカと軍上層部の数人が作戦会議をしている最中であった。そこへと顔を出すのは余程の理由があるか空気が読めていないかのどちらかであろう。ジニアスは女王の怒りを誘わないように少しでも爽やかな笑顔でテントに顔を覗かすと、「すこし、話をしてもよろしいでしょうか?」と言った。

女王はシハーの魔道士が着る戦闘服に身を包んでいた。黒と赤で彩られたドレスだがシハーでは女性の魔道士が好んで着るうちに戦闘服へ認められたものだ。彼女はイラつきを表情だけで伝えると、

「貴様、まだ居たのか?」

と冷たく言い放った。

「はい…あいにく、なかなか本国に戻ってもよいという命を受けれませんで…」

「で、話はなんだ?手短に話せ」

「はい。おそらくこの騒動で私は本国に戻れる可能性が出てきました。手配は済ませてあるのですが、風雅さん達も一緒に戻ったほうが彼らの為にもと思いまして」

「風雅…あの者たちは今、ソドムかゴモラの街へと滞在中だ。…まずいな…ソドムとゴモラへ使いを出せ!反乱軍の狙いは彼らかも知れない…それと、ジニアスと言ったな」

「あ、はい。名前を覚えてもらっていたんですね」

「アルザタールへと戻るのは勝手だが、安全の保証はないぞ」

「え、えぇ…解ってますよ…」

5

シハー国の国旗に細長い蛇のデザインを付け加えた旗、それがネヘ・ベカウの旗だった。その旗を先頭にバベルより南に数時間の場所に大規模な軍勢が集結していた。

その軍勢の中から一頭のニラマに乗った男が外れて、そのまま小高い丘へと進んだ。そして遥か遠くに見えるバベルの塔を睨む。彼の服にはいくつもの勲章が飾られていた。それらは殆どが大戦時に勝利の証として国から贈られたものだった。勲章の数が彼の階級の高さを意味している。

「将軍!」

彼の背後から、おそらく彼の部下の一人である若い兵士が歩み寄った。将軍と呼ばれたその呼び方に相応しい50歳ほどの年齢で彫りの深い顔と厚いあご髭を蓄えていた。

「そろそろ時間です」

「うむ」

「しかしなぜ総督は最初にバベルそのものを狙うよう指示を出されたのでしょう?」

「ふむ、貴様は大戦時、バベル防衛線に参加していたか?」

「いえ」

「アルザタール軍の勢力が強まり、シハー軍勢はバベルまで押し戻された。四方八方、地平線を埋め尽くしたアルザタール軍はバベルを包囲したが、その時、バベルの塔からおびただしい邪悪な光りが周囲を照らし、全てを焼き払った」

「話には聞いた事があります」

「後に"審判の光"と呼ばれた。古代人が作り出した強力な兵器だ。バベルの塔へと近付くものを倒す為のな。その塔を制御できたのが今は無き、賢者バベルだ。バベルはレッカ女王と親しい関係にあったそうだが、何年も前から姿をみせなくなった。女王が血眼になって賢者バベルを探した時期があっただろう?塔の力が必要になったのだ。塔の力がまだ働いていない今のこの時、バベルを制圧しなければ、あの時のアルザタール軍の様に我等が塵と化す事になる」

「その…もし塔の力が復活していれば…?」

「情報に寄れば、鍵と呼ばれるものがなければ塔の力を制御することが出来ないらしい。数日前その鍵と呼ばれるものが見つかったとの報告があった。その鍵を我々が手に入れるのが先か、それとも女王が手に入れるのが先か。どちらにせよ、バベルに攻め入る機会は今しかないのだ…では、進軍するぞ」

「…はい!」

反政府軍の軍勢は動き出した。

重装備の歩兵、戦闘用のニラマに乗る兵、グラントと呼ばれる鋼鉄の戦車、ハリネズミと呼ばれ大戦時にアルザタール軍の脅威となった石弓戦車など、それらが轟音を立てながら地を這いバベルへと進軍した。

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