花を売る者と買う者

1

ソドムの街の喫茶店にはロイドと彼の話を聞きにきた新聞社の人間が数人、希望と期待で眼を光らせながらロイドの出す証拠を待ち望んでいた。

ロイドは懐から証拠となる写真を数枚出すとテーブルに叩きつけた。

「どうだ!」

と、まるでポーカーで手札を見せる時のようにかけ声を掛けたロイド。記者達はさらに眼を鋭く光らせて1枚1枚を震えた手の中に収める。そして、

「おぉ…おぉぉ!」と歓声を上げた。

「ふっ」

「こ、これをいくらで?」

「タダでいい」

「えっ?エーッ!」

声を揃えて再び歓声をあげる記者達。その声は店に響き渡って他の客を注目させ、さすがのロイドも恥ずかしくなるような大声であった。

「そのスキャンダラスな写真をさっさと号外にでもしてやるんだ!」

「よ、よし、早速記事にするぞ。おい、先に行ってろ」

記者の一人はそう言うと彼の部下達に写真を渡した。そして熱いコーヒーを緊張で乾いた喉にムリに流し込む記者。

「しかしそれにしても…女性差別を無くそうと市長が頑張っている横では彼の娘が売春に手を染めているとは…これが灯台下暗しという奴なのですかね」

「それを見て本気になってくれればいいんだがね」

「そうですね…うわさでは市長はこの問題に関する対策費をシハー女王に求めたけれども、その金目当てに集まってくる輩と手を組んでいるとか」

「金、金、金、どこも金か。心が貧しいねぇ…金は目的の為の手段の一つに過ぎないのにいつもまにやら入れ替わっている。気がついたときには心は空っぽ」

「まぁ、なるべくしてなっているという話もあるんですけどね。シハーは貧しい国、貧しい家庭で育ってしまうと貪欲に金に執着してしまって、どんなに手に入れてもまだ足りないと思ってしまうものなのですよ。貧しい時の気持ちがトラウマになっていてそうさせるんでしょうね。私はわりと裕福な家に育ったのでお金には執着していませんでしたけど、周りはみなそうです。気がつけば彼らは自分よりも裕福な者に嫉妬して競い合う。本当に大切なものは他にも沢山あるだろうに」

記者の男はそう言うと残ったコーヒーを急いで飲み干してカバンを抱えると軽く会釈をする。そして急いで部下の後を追っていった。

2

ヘラの屋敷ではロイドが入ってきたときよりもさらに険しい顔付きでソドム市長が廊下を突進んでいた。彼を制止しようとヘラのメイドは何かしら言っているのだが既に声は届かないほどに興奮した市長は、メイドを突き飛ばしてヘラのいる部屋へと突入した。

「どういう事なんだ!」

部屋に入って最初の怒鳴り声はそれだった。彼は新聞をテーブルに叩きつける。

ヘラは飲みかけの紅茶のカップを口から放さずに眼だけを市長へと向けて、怪訝な顔でカップから口を離すと言う。

「お金が欲しいというから、"稼ぎ方"を教えたまでよ」

「なんだと?!」

今にもヘラに掴みかかろうとする勢いの市長を、後で追ってきたメイドは息を切らしながら何とか引き止めていた。

「貴方、女性蔑視の対策費用を取るときは渋っていたくせに自分の娘が同じ状況になれば眼の色を変えるのね。その勢いで女王から金を貰ってきてちょうだいよ」

「そうか、なるほどな」

あくまで理性でヘラへ掴みかかろうとする気持ちを抑えながら、熊のように彼女の周りをうろうろとしながら、いらつきを隠し切れないような震えた声で市長は続ける。

「はじめから仕組んでいたな?いいだろう。やってやるさ、この街から売春宿も喫茶店も、女が男と係わる場所はこの街から消し去ってやる!」

「本気で言っているの?そんな夢物語がこの街で出来るとでも思っているの?」

「今までがおかしすぎたんだ。他の街や村と同じく、小さな工場と農家で細々とやっていく。それが本来あるべき姿なんだよ」

「誰がそんな意見に耳を傾けるのかしらね。一度蜜の味を知ってしまったら元には戻らないでしょう。小さな工場と農家ですって?そんな物が私の視界に入るだけで気分が悪くなるわ。砂漠の国シハーで唯一花が咲き乱れるのが、ここ、ソドムなのよ。この街は女の力で成り立ってきた、男は要らない。これまでも、これからも!」

ヘラの話が終わるか終わらないかのうちに市長はその場を立ち去った。彼女の話なぞ聞きたくないという意思表示の意味もあった。その彼の姿が見えなくなるとヘラは小さく呟く。その声はその部屋のどこかで聞いているであろう彼女の部下へと届けるものだった。

「そろそろあの男も邪魔になってきたわ。消して頂戴」

その声の届く先のカーテン越しに小さな影。その影は「御意」とだけ呟いた。

3

早朝。風雅と豊吉はいつぞや聞いたふうな騒がしい音を聴き、また何かしらのトラブルが起きたという胸騒ぎに駆られて廊下へと飛び出した。そこにはオロオロと状況を飲み込めないでいるジッタと部屋を同じくするデスティンの姿があった。

「あ、風雅さん…ジッタ社長が警察の方に…」

一瞬時が止まったかのように声を失った後、風雅は頭痛で頭を今の位置に固定できない素振りで抱えた。

「はぁ…」

これまでにない深い溜息をつく風雅。

「おい、一体何がどうなってるんだ?」と現れたのは酒が全身に回った真っ赤な顔のロイドの姿だ。早朝は彼が酒を呑み疲れてホテルへと戻る時間だった。

「ジッタ社長が警察に捕まった…」

今起きたことをありのままに話す風雅。さすがに色々と聴きなれていたロイドの思考回路もそれには返答に困ったようで「え?お?」などとどう返せば解らない風な反応を示す。

「またはつみ達の部屋に忍び込んだのか…。いつかは警察にでも通報されると思ってたが…」と、風雅は先日のドタバタな光景が脳裏に浮かんでいるのであろう。そんな事を言いながら係わりたくなさげに風雅と豊吉は部屋へと戻った。ついでまるでトラブルが解決したかのような様子でデスティンも寝なおす為に部屋へと戻った。

「えっと…俺は見てくるわ…」

と9割はジッタの事は信用していないロイドから、少ないフォローの言葉がでた。

4

警察のある場所はひとめでは解らないほどに目立たなく小さな建物だった。そこへと辿り着くために幾度と無く通行人の酔っ払い達に声を掛けながらもようやくロイドはソドムに唯一あるといわれている小さな警察署へと辿り着いた。

なんどか酒場やアルドの話で聞いていた事として、シハーの警察はごく最近できたばかりでそれまでは軍部が警察と同じ役割をしていた。という事がある。くわえて裁判などもまともに行われた事がなく、全ては王室が法律に則り裁いていたのだ。

その警察権力の大きさがロイドの目の前に建っている建物そのものだった。

受付に着いたロイドは、

「ここに捕まっているジッタって奴に面会なんだが…」

「あのコロボックルの奴ね」

「おお、話が解るね」

そして、彼は細い廊下を通されると置くにある、おそらく取調べを行う部屋に案内された。

中には案の定ジッタが座っているのだがまだ酔いが醒めていないのか、ロイドほどでもないが真っ赤な顔で椅子にちょこんと座り、そして彼の目も同じく座っていた。

「よう、どうしたんだよ?今度は何をやらかした?」

その声が彼に届いているとは見受けられないが、それでも酔っ払い同士の会話とあってか、相手が聞いているかそうでないかはあまり重要ではないらしい。ロイドはジッタの目が座っていることなぞ気にする素振りもなく、さらに質問を続ける。

「風雅がお前がまた夜這いに入ったんで捕まったんだと言ってたぜ」

「お、」

「お?」

「お、俺様は何もやっちゃいねぇ…!」

「わかった。俺はお前の味方だから正直に話せ。全部吐いて楽になっちまえよ」

「だから・・・俺様じゃねぇっつの!」

それから刑事らしき男が取調室に入ってきた。彼は事件に関する資料と思われる分厚い紙の束を机の上に置く。ただそれだけの動作なのにジッタは脅えた風に身体をビクつかせる。その光景を見てロイドが言う。

「それで、彼は一体どういう罪をやらかしたんだ?」

「いや、殺人事件の目撃者だよ」

「は?…なんだ、夜這いにでも入ったのかと思ったよ」

ジッタもその刑事の台詞を聞いてぽかんと口を開けた。それから暫くして事態がつかめたのか今までの緊張の糸がほぐれて身体をぐったりと椅子に伸ばした。

「なんだ…俺様じゃないのか…よかったよかった」

「ん?」と刑事。

「あ、いや、なんでもないですぜダンナ。で、俺様に聞きたい事ってのは?コロシの現場ならいくつか見てますが、どれのことでやんしょ?」

突然身を乗り出して真剣に話をしようとしていることをアピールするジッタ。

「先日、シハー市長が何者かに夜道で殺害された。その時、偶然にもジッタさんは側を通りかかっていて、貴方は酒場でついさっき自分が見たことを驚いた風に店員に語っていたらしいけど…覚えているよね?」

ロイドは驚いていた。彼がマスコミに市長の不手際をリークしたのだが、それがシハー市長自身の暗殺にまで繋がるとは思ってもいなかった事だった。

(ヘラの奴か…トカゲの尻尾切りを始めやがったな…)

「おお、そのことか。あれは吃驚したよ。小柄な男が市長さんの背後から迫って、あ、っという間に首をはねやがったんだ。あれこそ暗殺って奴だな…叫んだりする暇を与えないっていう感じだった。奴はプロさ」

「その男の顔は見えた?」

「おお、もちろん見えたさ!ずっと引っ掛かってたんだよ…どっかで見たことあるよなぁ〜って思ってて、俺様はシハーの人間に知り合いなんて居ないんだけど」

「ふむ…それで?思い出した?」

「あぁ、そいつ、酒場に居た奴さ。ヘラってクソババアの下僕の一人だ」

その言葉の後、その刑事の目の色が変わるのがはっきりと解った。おそらくは何かの情報を既に掴んでいたのだろう。彼が捜査の過程で信じていた事がその通りになったので喜んでいる風にもみえた。それから刑事は先ほど机の上においた分厚い紙のなかから数枚の写真を取り出した。

「この中にその男はいる?」

一つ一つ真剣に見ていくジッタ。そしてある写真の前で動きが止まった。

「こいつだ…」

「やはりな…」

「やはりっていうと?」ロイドが言う。

「今の市長の前任者も何者かに夜道で襲撃された殺された。その容疑者がヘラって事になってたんだ。うまく誤魔化してるせいか証拠が出なくてね…しかもヘラは街の有力者だから、彼女を疑う事自体がタブーとなっていたせいもあって捜査は打ち切られたさ」

「やはりあのクソババアか…」とジッタはいった。

「他所から来たのに街の事情に詳しいな」

「この街にしばらく滞在すればあの女の悪行なんて肌で感じ取れるさ!」

刑事は写真を紙束の中にしまいながら深く溜息をついた。そして言う。

「ヘラを捕まえて彼女の悪行を公表したいんだが…」

「ん、やっぱりなにか問題があるのか?」とロイド。

「狡猾な奴だからね。それに今シハーでは国の仕組みが色々と変わりつつある。今までは軍が全ての警察権を持っていたし、裁判は王室で行われていた。裁判所もできたばかりだし、…ようは、俺達警察も、裁判官も素人ばっかりって事なのさ。ヘラは前回、アルザタールから呼び寄せた弁護士を使って素人の俺達を軽くあしらうように裁判に勝ってるよ」

「今回は…奴に勝てそうなのか?」

「前回、目撃者も不慮の事故で亡くなっている。これもヘラの仕業なのかも知れない…。ジッタさんには裁判で証言してもらおうと思ってるんだが、裁判までに彼の身になにもなければ勝てるかも知れない」

「え、ちょっ、不吉な事言うなよ…」とジッタ。

「心配すんなって、俺が守ってやるよ」とロイド。

「なるべく裁判は早めに行うようにとりつくろうよ」

刑事はその言葉の後部屋を退出し、後にはロイドとジッタが残された。

「おい、解ってんだろうな?!守れよ?絶対守れよ?」

「あたりまえだろう。俺を誰だと思ってるんだ。ティリスの鉄壁の盾、ロイド様だ。まぁでも今日から裁判までは外を出歩くのは禁止だな」

「はぁ?何故?」

「ったり前だろうが、市長みたいに首チョンパされたいのか?」

「…ヌゥゥ」

しばらく酒が呑めなくなるのをジッタは唸りながら受け入れていた。

5

その日の仕事を終えたジャスミンはいつもそうするように、私服に着替えた後急いで楽屋を後にしようとする。そのタイミングを見計らったかの様にヘラとはちあわせになった。

「どこへいくの?」と冷たく言い放つヘラ。

「どこって…仕事が終わったんだからどこへ行こうと私の勝手です」

ジャスミンは少し震えた声でそう言った。彼女がソドムの街から抜け出そうとしたあの日から何日か経ったが、その時よりもおどおどとした態度ではなくなり、自分の意見を素直に言う様になっていた。それがヤンとの出会いでそうなったのかは彼女自身も解らない。

「またあの男の所にいくのでしょう?」

「だからなんです?」

「私は貴女の為に言っているのよ。将来性の無い男とは結婚するなと、あれほど言っているじゃないの。相手の年収や資産をみて結婚するものなの。貴女はまだ世の中を解ってないわ。まぁそりゃ、資産を持ってて顔立ちもいいならなおいいんだけど、そういう男は少ないから…」

「ヘラさんは、誰かに真剣に自分の事について考えてもらった事ないんですか?」

「さぁ、どうかしらね。それがどうしたのよ?」

「ヤンは私の事を真剣に考えてくれている。私の境遇も、私が悩んでいる事も、自分の事みたいに真剣に考えてくれる。世の中にはお金持ちはいっぱいいるけど、私の事を真剣に思ってくれる人はそんなにいないわ。私にはお金なんかよりも自分の事を真剣に考えてくれる人のほうがずっと大切なんです!」

そんなジャスミンの話を聞いているうちにみるみるヘラは表情を曇らせた。彼女を不機嫌にさせる要素でしかその話の中にはなかったようだ。

「だからあなたは甘いのよ…人はね、信じる生き物だけど、同時に裏切る生き物なのよ。お金は貴女のことを大切にはしてくれないだろうけど、貴女を裏切ったりはしないわ」

そういうと普段ならさらにまくしたてるヘラだが何故か部屋を出て行った。もう幾度と無くジャスミンには話していたようだがさすがに効果がない事を繰り返す事には疲れたようだ。

6

ジャスミンは風雅達一行が宿泊しているホテルへと来ていた。

ここ数日は毎日の様にそれを繰り返していた。ヤンが襲撃に遭遇してから毒による深手を負って療養していると聞いてからだ。部屋では既にマハとキサラが治療にあたっていた。そうやって定期的に毒抜きの魔法を詠唱して体力の回復にあわせて魔法を弱めていく必要があったのだ。

「あら、ジャスミンが来たわよ」

マハがそう言うと、まだうまく動かすことのできない身体をムリに起き上がらせて彼女の方をみるヤン。マハとキサラの二人は、いつものように彼らに気を利かせて部屋を出た。

「ごめんなさい。私、何もしてあげれなくて…」

お見舞いの花と果物を側のテーブルに置いてジャスミンが言う。

「いいんだよ、気にしないで。俺は君が居てくれるだけで元気になれる気がするから」

その言葉の後、少し二人の会話は無くなった。しばらくお互いを見詰め合っていた。

「…なんだか、前にもこんな事あった気がする…」

とジャスミンが首を傾げる。

「え?」

「前は私があなたに気遣ってもらってたような…」

「?」

「ううん…気のせいかも」

「ああ、そうだ。ロイドさんから聞いたんだけど、裁判があるらしいね」

「うん。私はヘラさんが人を殺したって話は、嘘じゃあないと思う。あの人ならそこまでするよ。私、証言台に立つの」

「え?」

「警察の人が言ってたんだけど、今、ヘラさんの不利になる証言をしてくれる人を集めてるらしいの。シハーの裁判は陪審員制度だから証拠があまりなくても裁判で勝てるかもしれないって」

「ジャスミン」

「なに?」

「やめたほうがいい…危険だよ。ヘラは保身のためなら人も殺すって言ってるじゃないか。証言台に立つ人間は全部探し出して殺すかも知れない。危険だよ」

彼女が持ってきた花、最初にヤンが彼女にプレゼントした花「タイム」を撫でながら言う。

「私、あなたにこの花を貰った時から考えていたの。ヘラさんは戦争孤児だった私を拾ってくれて、仕事や住むところを与えてくれて、そしてなに不自由なく暮らしてるけどそれは私が望んだことじゃない…あの人は今度は私にあの人が信じる"しあわせ"を与えようとしてる。それは間違ってると気付いたの。人それぞれ願ってるしあわせは違うと思うの。もし私が間違っているなら、それに気付くまで私は自分の信じたしあわせを追い続けるわ。今私が少しでも脅えてためらったら、一生このまま誰かに与えられた枠の中で生きていく事になると思ったの」

「そうか…でも危険を感じたら一人で何とかしようと思わないで、ロイドさんやジッタさんに言うんだ。きっと助けてくれるから」

「うん、わかった」

そう微笑み返すとジャスミンはいつものようにヤンにキスをして別れの挨拶をした。

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