1
「お、どうしたよ、奇遇だな?」
薄暗い店のフロアの、おそらくは人々の足元に気を使わなければ発見できないであろうジッタの存在を見慣れているのか直ぐに判別できるロイド。側で話していたヤンも彼が誰かに向かって手を振ってしばらくしてようやくジッタが来ていることに気付いた。
「俺様はいつもこんな店に出入りしているんだから奇遇ではないだろうよ」
吐き捨てるように不機嫌な顔で言うジッタ。
「どうした?えらく機嫌悪そうだな」
二人が座っているテーブルの椅子を力いっぱい引っ張って飛び乗るジッタ。
「どうしたもねぇよ。イラつくことがあってよ」
「それよりヤンの話を聞いてみろよ、コイツ、さっきからデレデレとジャスミンとの甘いキスの思い出を話すんだよ、顔真っ赤にしてさ。ははははっ、お前歳いくつなんだよ!」
ヤンの肩をかるく叩くロイド。
白々しくそんな光景を見ていたジッタは一言、
「ケッ…お熱いねぇ、熱い、熱い。そのまま結婚しちまえよ」
だがそれを言われて先ほどまで顔を赤くしていたヤンは肩を落とした。
「どした?」とロイド。
「ジャスミンはバベルにいる貴族と結婚する事になっているそうなんです。どうもこの街の権力者に言われてそういう事になったとか…彼女は何とかしてそれを断りたいそうなのですが…」
ジッタは目を丸くしてその話に割り込んだ。
「権力者?まさかヘラって名前のクソババアじゃないだろうな?」
「あ、そうですね」
「あんんのクソババァ!!!!」
ジッタはテーブルを叩きつけて、そしてついでに側にあったヤンの飲み物を奪って一気に飲み干した。「あ…それ自分のですが…」と小さく言った彼の台詞は無視した。
「どうしたんだ?そんなに興奮して」とロイド。
「どうしたもこうしたもねぇよ!そのクソババアは表っ面は女性差別解放の活動家で裏っ面は売春の手助けをしてるんだぞ!結婚なんて表向きはそうだろうがよ、裏じゃ金のやりとりがあったに決まってんじゃねぇか!」
「それはマジな話なのか?」
「マジさおおマジさ!デスティンが話してたよ。なんでもこの街の警察も奴が牛耳ってるって話でさ、なんでもやりたい放題って話だぜ」
「許せネェ!!!」
突然大声を張り上げて周囲の注目を引くロイド。ジッタも声の大きさに少し驚いたが一番おどろいたヤンは落ち着かせようと言う。
「ちょっ、と、落ち着いてくださいよ。ここでそんな話をしてたらその人の耳に届くんじゃないんですか…権力者なんだから街中に彼女の部下がいると思」
「ちょうどいいじゃねーか!!聞いてるか!ヘラのクソババァさんよ?俺が正義の鉄拳制裁にいくから首を洗って待っておけよ!洗っても落ちない汚れは俺の正義の剣で削ぎ落としてやる!」
さらに大声で、まるでヘラの部下に挑戦状を彼女まで届けるように言っているかのごとく叫ぶロイド。慌てて周囲に目をやるヤンが見たのは唖然としてロイドの叫びに視線を集中する人々の姿だ。
「ジッタさん、なんとか言ってください…」とジッタに助けを求めるも、
「面白れぇじゃねーか!それを待ってたんだぜ!俺様も久しぶりに精神注入棒で根性叩き直してやらんとな!!行くぞ、ヤン。お前もついてこいよ!」
「…(なんなんですか精神注入棒って…)」
もうどうにでもなれ、という気持ちで渋々ロイドとジッタについていくヤンであった。
2
「で、この屋敷で合っているのか?」とヤンに聞くロイド。
「えぇ…ジャスミンを家まで送り届ける途中で彼女が言ってました。あの、…本当に行くんですか?自分、半分冗談かと…」
「剣を抜く部分は冗談だが、あと精神注入棒ってのは冗談だよな?」
ジッタはニヤニヤしながら腰を妙な動きにしてみせた。
「へへへッ。男ってのは一度言った言葉は引っ込めないものなのさ」
「…まぁ、とにかく、こればっかりはどんなにお前とジャスミンの関係がよくなっても、きっちり話をつけないと何も進まないところだろ?心配すんなって、お前はシハーの人間でしかも女王直属の兵、トラブルを抱え込むのは俺の仕事だ」
「ロイドさん…」
それまでロイドの勢いに押されて半分迷惑していたヤンだったが、その台詞を聞いて初めて彼の事を信じる事に決めた。一方でジッタのほうはどうしても信用出来なかった。少なくともジッタが妙な腰の動きをみせている間は。しかもそれだけに飽き足らず彼はヘラの屋敷の門の飾りを弄ぼうとしているようなのだ。
「ケッ!なんなんだこの高価そうな飾りはよ!この飾り一つで飛行艇が何機買えると思ってんだよ!女ってのはクソみたいなものに金をかける!金と労力と精神の使い方を生まれた時から誤ってるんだよ!!…あっ」
彼が飾りを弄んでいる最中から何か嫌な予感がしていたヤンは案の定その予感が的中した事に肩を落とした。ジッタの軽く叩いたつもりの手が飾りを茂みの方へと払い飛ばしてしまったのだ。そしてさらに知らん振りをして下手な口笛を吹きながら何事も無かったようにロイドに、
「さて、そろそろ行くか」
と精一杯格好をつけて言った。
そして二人はヤンを門へ残して敷地内へと踏み込んでいく。しばらくして屋敷の窓から侵入者を発見したメイドが彼等の前に姿を現した。もちろん客人を迎える時の様な表情ではなく、今にも警察を呼ぼうかと言うほどの警戒した顔で。
「どういったご用件でしょうか?」
脅えながらも精一杯に声を振り絞るメイド。
「用があるのはヘラって人にだ」とロイド。
「雑魚はすっこんでろ!」とジッタ。
「ざ、…あの、ヘラ様はただいまお休み中です。それとアポイントメントを取られていないお客様とはお会いになりません」
「女性差別解放運動の活動家で売春宿を牛耳ってる街の権力者のヘラさんに、無理矢理結婚…いや身売りをさせられている女性について少し話があるだけなんだ」とロイド。
「へっへっへ…声が震えてるじゃねぇか…お嬢さん。大人しくここを通してくれたらまだ食べないでおいてあげるから安心しなよ。ふひへへへ…」とジッタ。
その二人の、とくにジッタのかもし出す異様な雰囲気に耐え切れなくなったメイドは、そのまま屋敷の奥へとヘラを呼びに行く事にしたようだ。何度かジッタが屋敷に入ろうと足を進めると「そのまま!入らないで!」と小さく叫んだ。
しばらくするとヘラが"お休みになっている"という格好ではない普段着で現れた。言うまでも無くメイドの言ったのは嘘であって、(起きてるじゃねーかよ…)というのはロイドとジッタが思った事である。
ヘラは客人を迎えるような表情ではない。既に彼等の存在を敵視している鋭い眼光で二人を睨んでいた。おそらくメイドはロイドの言った台詞をほぼそのまま伝えたようだ。
「まぁ、ここで立ち話もなんだから、入りなさいよ」
そういって二人を部屋へと案内した。
3
「で、さっきメイドから話を聞いたけど随分と確信をつくような事を言ってくれてるようだから、私も遠慮なく話せるわ。いちいち格好をつけて話すのも疲れるのよ」
と言いながらメイドが用意した熱い紅茶をまるで温度が無いように口に運ぶヘラ。
「それは有難いな。こっちも用件を早く話したくてうずうずしてたから、余計な前話はしたくなかったんだ。もう探りを入れなくても本性バレてるのを解ってもらって嬉しいよ」
「その前に、貴方の隣にいる下品で無礼なペットはどうにかならないの?この屋敷はペット持ち込み禁止なのよ」
と冷ややかな目でコロボックル族の小さな身体であるジッタを見るヘラ。
「んだとっクッソババァ!!!ケツの穴から腕突っ込んで奥歯ガタガタ言わせるぞ!」
血管を額に浮かべて吠えるジッタ。だが小さなジッタが吠えたところであまり迫力は無い。余計にヘラの感情を苛立たせるだけだった。
「まぁ長居はしないから簡便してくれや」
あくまで話を進めようとするロイド。
「で、話というのはなんなの?」
「あんたが囲っている女の中にジャスミンってのがいると思うんだけど、彼女結婚するだろう?あんたの命令でさ。それ、止めてほしいんだわ」
「へぇ〜。じゃ貴方がジャスミンが惚れている男ってことね」
それは実際はヤンであったがロイドは否定しなかった。勿論ジッタもそこは解っているようで口出しはしないでいるようだ。
「で、どうなんだ?」とロイド。
「おことわりよ」
決して同様はしなかったロイド。ヘラは断る理由を説明する前に紅茶で喉を潤した。
「取引は成立してるのよ」
「取引…だと?」
流石にロイドも感情を揺さぶられる台詞だったようだ。人を物のように売り買いするという事は彼の倫理観からは許すことの出来ない部類であり、それを露骨に台詞に出された事が重く引っ掛かったのだ。
「私は戦争孤児の彼女達に仕事と住む場所を与えた。そして生活に困らないようにと金持ちの結婚相手も見つけてあげた。取引で私が貰った報酬はその見返りではなくて?」
「ジャスミンの気持ちはどうなる?」
「勿論、何かしら思うところもあるでしょうね。でもね、このシハーで生活に何不自由なく暮らしていくにはそれが一番いいって事は本人がよく解っているんじゃないのかしら?もし私が明日にでもあの子を解雇して荒野へと蹴りだしたらどうなるかしら?。きっとまた私のところへ戻ってきて仕事をくださいなんて哀願するんじゃないの?」
「ジャスミンを荒野へと蹴り出したら、彼女はそのまま自分が愛する人のもとへと行くだろうよ。そして二人で貧乏ながらも小さな幸せ見つけながら暮らすんじゃないのかな?」
ヘラは少し堪えるように彼の話を聞いた後に、「ぷっ」と噴き出し、
「あははははっ!貴方、小説の読みすぎよ。小さな幸せ見つけながら暮らすですって?女という生き物を全然っ理解していないようね。女はね、生きていく事を最優先に選ぶの。そして子供を産んで子孫を反映させる。それには貧乏ってステータスは邪魔なのよ。恋や愛なんて幻想に過ぎないわ。一時の快楽、麻薬、病魔。それを人が都合よく恋だの愛だの呼んでいるだけよ」
それを聞いた後、ロイドが意外にも立ち上がり「帰る」と言い出す。ジッタも彼のそんな反応は予測していなかった。隣で青筋を立てて今にもキレそうになっていたから、ロイドも同じ反応を示すであろうと思っていたのだ。だが、ロイドの表情からは怒りよりも哀れみの目でヘラを見る寂しい顔があった。
「確かにあんたの言うとおり、女も男も生きていく事が最優先だと思うさ。そのためには金が必要なのも解る。でもな、人によっちゃぁ自分の事を大切に思ってくれる人がお金よりも大切って事もあるのさ。今のあんたを見ていたら哀れに思うんだよ。無駄に広いこの敷地、豪華な装飾…生きていく為に必要なのか?あんたの定義からすれば、もう生きていくには十分すぎるほどの金を持っているはずだぜ?…俺には心に空いた穴を必死に埋めようと足掻いているようにしか見えないがな」
言うだけいうと最初にズガズガと屋敷に踏み込んだときと同じ様に出て行った。慌てて後を追うジッタ。だが最後に悪態つけるのは忘れない、中指をヘラに向けて立てると、その場に唖然とするヘラを尻目に屋敷の外へと出て行った。
部屋に残されたヘラ。あくまで冷静を保とうとロイドの話を聞いている時と同じ様に薄ら笑いを浮かべていたが二人が居なくなるとそれをしていることに苛立ちを覚え始め、そして持っていたティーカップを床に叩きつけた。
「知ったような事を…!愚民が!」
4
ジッタとロイドの二人が屋敷へと入ってから数刻。
時折門から注意深く様子をうかがうヤン。あの勢いなら屋敷で警備人と暴れているのでは無いかと嫌な予感を抱えていた。もちろんその時は無関係を装って逃げるつもりであったが、予想外に大人しく出てきた二人に驚いた。
「どうでしたか?」とヤン。
「ダメだ。予想したとおり、言ってわかる相手じゃねぇな」とロイドは言う。
「やはり、そうですか…」
時間は既に深夜日付が変わる頃だ。酒もまだ抜け切らないまま、そろそろ眠くなる頃であった。誰かがいうわけでもなくその場から立ち去って、気付けば3人はホテルへと向かって歩き出していた。
「ヤン、心配すんなよ。ジャスミンと相談して今度は結婚相手に物申しにいくぞ」
「ありがとう…ございます。色々としてもらって、本当に感謝してるんですけど…でもこれが本当に正しいことなのか不安になってきました。ジャスミンにとってはバベルに住むお金持ちと結婚することが幸せじゃないのかなって思えて」
「何が幸せなのかはお前が決める事じゃないだろ?」
「え?」
「ジャスミンの人生なんだから彼女が決める。ただ今の時点で言える事は彼女は嫌がってるって事だ。自分の人生なんだから自分の思うように生きたいって足掻いてるんだろうな。で、お前を選ぶのか、金持ちを選ぶのかって事さ」
「自分は…」
「お前は自分の気持ちを正直に伝えるだけだ」
よくみるとジッタは先ほどヘラの屋敷の門の装飾品を手に持っている。いつぞやに弄んで草むらへと払い飛ばしたものをワザワザ拾ってきたのだろう。そしてそれをまた手の上で弄んでいる。そして言う。
「ま、俺様だったから金持ちを選ぶがな」
「おまえなぁ、金持ちはヘラみたいな女ばっかりだぞ」とロイドが言う。
「じゃあ、金持ちで美人で性格のいい女を選ぶ」
「まずは選べる立場の男になろうな…」
「ケッ!余計なお世話だ!」
とジッタは悪態をつけ、つものロイドとジッタの会話をした。
そろそろホテルへとつくころである。そこでロイドは一旦飲み直すかどうかを考え始めた。この時間でホテルへと戻るのはどことなく気が引ける。普段から朝まで戻らないのにその日に限って部屋に戻れば余計な詮索を誘う。というのも酒を飲む口実なのだが。
決断したのかロイドはその場でくるりと方向を歓楽街へと向き直した。
「さて、飲み直してくるか…ん?」
向き直したままにロイドが固まっているので二人は何かと彼が見ている方向を同じ様に向く。そして何故固まったのかを知ることになる。
「チッ…酒が回ってたみたいだな、尾行がついてることに気付かなかったぜ」
そう言って剣に手をかける。その行動を見て同じようにヤンも剣を直ぐに抜ける体勢になる。ジッタは「おいおいおい…かんべんしろよ」と言いながら彼等の後ろへと隠れた。
ヤンとロイドの前にはローブで身を隠したあからさまに怪しい者がいる。その体型からは子供か元々小柄な者が想像できる。特徴的なのはその立ち方で、足音を最大に消し去るという爪先立ちを常にしていることから、何かしらの特殊な訓練を経た事が想像できる。
「…来るぞ!」
ロイドが小声でヤンに伝えたのとほぼ同時に、その小柄な者は軽くステップを踏んで宙を飛んで間合いを一気につめる。そしてロイドとヤンの剣の射程に入った。だがロイドは剣を構えた姿勢を崩さない。ヤンもそれにあわせて剣の構えを崩さなかった。
次の瞬間、風圧が彼等の頬を掠めた。暗闇で光る三日月のように湾曲した刀がロイドとヤンの二人に同時に襲い掛かりそしてそれを二人は剣先で受け止めた。思ったよりもその2刀流の剣は軽かったが、仮に攻撃を仕掛けていれば確実に急所を狙ってきたであろう。
「ふんッ!」
ロイドは受け止めた刃を弾き返すと同時に蹴りを小柄な者のふところへと叩き込んだ。だがまるで空気にでも当てたかのように手ごたえの無いその小柄な者は闇の中をクルクルと回転しながら二人との間合いを離した。だがよく見ると2刀流の剣は出したままの状態である。つまり剣でバランスをとりながら宙を舞ったのである。
「こいつ…相当な使い手ですよ!」ヤンが叫ぶ。
「わかってるさ。また来るぞ!」
再びかるくステップを踏むと宙に飛び上がる影。飛ぶ瞬間に刀をローブの中にしまい、その小柄な者はまた間合いを縮めた。そして互いの剣先が届くか届かないかという間合いで再び二つの湾曲した刀を振り下ろす。今度もまたロイドとヤンはその刀を受け止めた。だが何故かロイドはバランスを崩してこけそうになる。
「っっうぉッ!あっぶねぇ!」
ただではコケぬとロイドの回し蹴りが小柄な者が持つ刀の一つに当たる。ただの回し蹴りではない。ティリス守備隊の正式甲冑の鉄靴をいきおいよく振り回すのだ。細い刀は金属音を辺りに響かせてへし折れた。不利を感じたのか小柄な者は先ほどと同じ様に軽くステップを踏んで間合いをさらに開けると、今度は闇の中へと消えていった。
ロイドは足元を見る。そこには短剣が突き刺さっていた。
さきほどロイドがバランスを崩したのはその短剣を避けた為だった。
「ヤン…大丈夫か!」
短剣に気付いたロイドはバランスを崩したが、一方ヤンはそれに気付かず肩から血を流していた。その短剣は急所ではなく彼の肩に突き刺さっていた。
「大丈夫…だと、思います」
だが彼の言葉は嘘であった。みるみる血の気が引いていくヤン。肩に短剣が刺さったぐらいでは、それに驚いたのなら別としても訓練を受けているヤンが血の気を引くことなどありえないのだ。それはつまり短剣に仕込み毒がある事を意味していた。
「ジッタ!いるんだろう!」ロイドは叫ぶ。
「なんだよ!」
「今すぐキサラか豊吉呼んで来るんだ、早く!」
「お、おうよ、仕込み毒だな」
「急いでくれ…こりゃサソリか何かの毒だぞ」
ジッタは既に真っ暗になっているホテルのロビーへと向かって駆け出した。残ったロイドは魔法を詠唱しヤンの傷口に手をあてがう。だがロイドのあつかう回復の魔法では猛毒の治療までは出来ない。傷口から出血するのを防ぐ程度であった。
5
「あ〜大変だ、畜生っ、大変だ!」
ジッタは一人叫びながらホテルの廊下を走る。そしてキサラははつみなど、女性が泊まっている部屋の前でどこで身に付けたか解らないが素早い手さばきでドアを開錠すると静かに部屋に入った。そして向かう途中にはつみを踏み付けたりもしながら、最終的にキサラのベッドへと辿りつくと、静かにそれを剥ぎ取り、
「おい、起きろ、大変なんだよ!」
とあくまで小声でキサラに言う。
「う…う〜ん…」
なかなか起きないキサラに苛立つジッタ。そして髪を引っ張ったりネグリジェを脱がそうとしたりなどしているうちにようやくキサラは何が起きているのかを理解した。つまりはジッタが夜這いに来ていると。
「きゃあぁぁぁぁぁ!!」
その声はホテルのフロア一帯に響き渡るほどの音だった。そして飛び起きたマハは何が起きているのかを確認する前に詠唱を始めていた。マナの粒子が集まっていくのを背後に感じたジッタは狙いが自分である事を悟って鳥肌を立てる。
「ま、待ってくれ!話せばわかる!大変なんだよ!」
「大変なのはアンタの頭の中よ!」
「ヤンだよ!ヤンが毒食らってヤバイんだって!」
「毒?」
「そうなんだよ!ホテルの側で倒れてる、早く行ってやってくれ!」
それを聞いたマハは詠唱を中断しマナの粒子も勢いをなくして拡散した。
「どうしてアンタとロイドはいっつもトラブルを持ち込むのよ…」
溜息混じりにそんな事を言いながらも渋々、そして急ぎ足にホテルのロビーへと掛けていくマハ。そしてそれにキサラとはつみは続いた。
6
既にホテルのロビーへはヤンを運び終わっており、ロイド以外にも従業員なども心配そうにヤンを囲んでいた。誰が見ても解るように顔色は土色に変色していくのがわかる。毒の周りが早いのだ。
さっそくキサラが解毒の白魔法を詠唱する。ゆっくりとヤンの顔色が元に戻っているが、それでも時折再び土色へと戻る。まるで体内で魔法と毒が戦っている様に。
「これ…ただの毒じゃないでしょ…普通、解毒の魔法は直ぐに効くはずなのに」
あくまでキサラの詠唱は邪魔しなように彼女に聞こえないぐらいの小さな声でロイドに話し掛けるマハ。
「小柄で動きの素早い奴だった。踊りをベースにしたような戦闘武術を扱ってきてな…剣にもダガーにも仕込み毒があるみたいだ、サソリか何かの」
「そう…」
ようやく、というほどの時間が過ぎてからキサラによる解毒作業が終わった。土色だった顔からは血色が戻ってはいたが疲れが顔に現れていた。魔法だけでは直らずに身体の抵抗力も十分に使い果たしたように見える。
「ヤン!大丈夫か?」
ロイドが駆け寄る。だがヤンはそれに力なく目を動かして反応するだけだった。
「毒だと思っていましたけど、毒ではありませんでしたわ…」とキサラ。
「どういう事?」とロイドとマハが声を揃えて言う。
キサラが手を開いて見せたのは黒い砂だった。砂なら砂漠の国シハーではどこにでもあるが真っ黒い砂というのは目にかかる事はない。
「なんだこりゃ?」
ロイドはその砂を指で摘んでみる。色が黒だけでただの砂だった。
「毒の呪いですわ。セルケトと呼ばれる古の砂の神の一人は毒を操ることで知られていますわ。恐らく、何者かが…」
「召喚魔法…」とマハが呟いた。
「シハーにも召喚士がいるのか…厄介な奴を敵にまわしてる気がするな」
「厄介よ。特に、この砂漠の中で敵に回したら…」とマハは言った。
7
翌朝、衰弱したまま起きれなくなっているヤンを除いて一同はホテルのレストランで朝食を摂る。珍しくロイドやジッタも居るのは昨夜の襲撃でホテルにたまたま戻る事となったからだ。そして案の定、ロイドとジッタについての話が風雅の口から出ないわけがなかった。
「ロイド…昨日の話は聞いた。街の権力者の家に殴りこみに言ったそうじゃないか」
「ちょ、待ってくれよ。殴り込みになんて行ってないぜ、話がでかくなり過ぎだろ」
「そうでもしなきゃ命を狙われるなんて事はない」
「…」
風雅と同じ様に豊吉は論するようにロイドに言う。
「街の権力者…ヘラの差し金かどうかはわかりませんが、ロイドさん、あなたがヘラの屋敷に行った事は事実ですよ。そして彼女にとって"気に入らない事"をしてきたという事も」
「人聞きが悪いなぁ…」とロイド。
「我々は人助けをする為に旅をしてるわけじゃぁないんです。この世界を救うという目的の下に旅をしてるんです。そして今はホムンクルスの子供を捜している。余計なトラブルを起こして本筋が通らなかったら何もかもおしまいでしょう…」
「余計な…って、」
反論しようとするロイドに再び風雅が言う。
「じゃあ、そのヘラって奴をぶった切るとでも言うのか。ヘラが権力者で悪党だったとしても、相手は人間だ。オークじゃない。殺してしまえば警察だって動くし、俺達は女王の下で動いているから女王の顔も潰れる。それに、俺達はこの世界に住む人間を救おうとしている。ヘラだって救わなければならない人間の一人なんだよ」
「じゃあどうすりゃいいんだよ?」
「何もするな」
「それじゃあヤンは思い人を取られちまうんだぜ?」
「昨日、たまたまロイドが居たからいいもの、もしジッタとヤンだけだったら二人ともホテルの前で死体になってたかも知れないんだぞ」
「…」
何も言い返せなくなったロイドは居心地が悪くなったか、そのままホテルの外へと足を運ばせていった。そして風雅はそのままジッタへと話を続ける。
「それとジッタ社長…夜這いをするのを止めてくれ」
突然話を振られた拍子に口に含んでいたスープを吹き出すジッタ。
「き、昨日は緊急事態だったんだよ!俺様は夜這いなんてシケたマネはしねぇ!」
それに対しては風雅は何も言わず、キサラやマハが黄色い声で批判していた。
「じゃあ何でわたしのパンツがなくなってんのよ!アンタでしょ!」
「ジッタ社長の頭の中はわたくしの白魔法をもってしても直せませんわ…」
8
早朝の繁華街で開いている酒場などあるはずもないのにロイドは一人、肩で風を切って歩いていた。風を切るだけなら害はないのだが、今にも通行人に体当たりでもしようかという剣幕でその後には当たっただの当たらなかっただのの話になるパターンだ。
運よくも誰にも当たる事無く目的の店まで辿り着いた。勿論、店は閉店間際のはずだがロイドの姿を見て迷惑そうに渋々と店内へと案内する店主。
「で、なんなんだよ!」
ロイドが振り返るとまるで同伴していたかのように後から男が付いて来ていた。ただロイドは彼に後ろをつけられていたからイライラしていたわけではないようで、面倒臭そうにそのニヤケ面の男の話を聞こうとした感じだ。
「さすがだね。もう気付いていたか」
その男の名前はエルド。以前ジッタから貸した金を回収しようと取立屋として雇われたメンバーのうちの一人である。
エルドはロイドの隣のカウンター席に軽く腰を掛ける。
「今度から風雅さんのところでお世話になる事になったエルドだ。という挨拶をしに着たんだが」
「挨拶なら風雅のところへ行ってくれよ。俺はいま機嫌が悪いんだ。ニコヤカに笑おうとしても引きつって最後には怒り顔になるから嫌なんだ」
「さっき朝食の席にでも登場しようかと思ってたんだけど、なんだか凄い張り詰めた空気が漂ってきてね。貴方が一人外へと飛び出すわ、ジッタ社長は女性から怒鳴り散らされるわで、とてもニコヤカに登場できる雰囲気じゃなかったんだ」
「で、俺との挨拶も終わったことだし、あとは風雅達のところにでも行ってくれ」
「そんな邪険に扱わないでもいいだろ?何かトラブルでもあったのか?これから同じく行動するメンバーの一人として今の状況を掴んでおきたいんだ」
しばらく黙っていたロイドだったが、そもそも彼自身はそれほど口数が減るタイプでもない為か、黙っていてくれとでも言わない限り次から次へと自分から話始めていた。ヤンとジャスミンの恋の話から始まり、この街にいる権力者のヘラ、特にその女性の気に入らない部分について言及して詳しく話し、そして自分は何一つ悪い事などしていないのに風雅や豊吉に問題児扱いされた事。これも詳しく話していた。そして最後に「どう思う?」と締めくくったのだ。勿論彼の性格上は他人の意見などあてにはしないが。
「ロイドさんの考えは正しいけど…やり方が不器用かな。それじゃぁまるでジェノバのギャングのやり口だな」
「まぁ、やりようがないから俺もイライラしてるわけだしな。下手に動けば動いたほうが不利になるって感じだよ。…ほんと女ってのは若いうちは可愛いのに歳をとればとるほど醜く狡猾になるよな。まだオークのほうが同じ悪でもストレートで気分がいいぜ」
「その意見にはほぼ同意だね」
「ほう…」
それまでロイドはエルドの姿などは興味がなかったもので直視していなかったが、話しているうちに自然と彼を見ていた。どうもエルドの第一印象はどこか女性を数人も引き連れまわすような色男的な風貌があるのだ。
「あんたも女に悩まされる口なのか」
「仕事柄、男も女も相手にするんでね」
「相手に?」とロイドの頭の中にはどう考えても男や女との色事が思い浮かんだ。彼の知る限りでは男と女の両方を相手にするような仕事は思い浮かばなかったのだ。それ以前に男を相手にするという事は想像を中断させるだけの理由があった。そんな事を思い浮かべるのを遮るようにエルドが話を続ける。
「目には目を、歯には歯を、ということわざがある。どこの国のことわざだったか忘れたけど、ヘラに戦いを挑むのなら同じ立ち位置で挑まなければ意味をなさない」
「ん?俺も殺し屋を雇って、?」
「いや、違う違う。彼女と同じ様に狡猾にならないとダメって事さ」
「狡猾…ねぇ…」
エルドはふところからボロボロのメモ帳を取り出してページをめくり始めた。しばらくそんな動作を続けるのでロイドは何が書かれているのか気になって覘きみてはしたが、そこにはどこの国の言葉なのか、下手すれば絵なのか言葉なのかわからないほどの乱雑なものが書かれている。
「俺は昔、トレジャーハンターとして世界中を飛び回っていたんだ。お宝を探し回る為には情報が命。そうこうしているうちに、とうとうお宝よりも情報が価値がある事に気付いた。情報っていうのは人を動かす為の原動力になるからね」
「ん、あぁ、ところでそのメモ帳に書いてある見慣れない文字はなんなんだ?」
「これは俺にしか解らない文字さ。ほんとはゼノグラシア文字っていう太古に滅んだ文明の文字なんだが、今はどこの国にもこの文字を読める奴は、まぁほぼ居ない。だから俺にしか解らない文字ってワケさ。トレジャーハンターとして世界中を飛び回っていた時に、遺跡から得た」
「そのお宝に関して書いてあるメモ帳に何かヒントがあるのか?」
「これは俺の得た情報を書き残しておくメモ帳で、決してお宝だけの事が書いてあるわけじゃない。んで、このメモ帳によれば…ヘラって奴はソドムの市長と裏で繋がっているな」
「まぁ権力者が権力者と繋がるのはどこの国も同じだな」
「まだまだこれからさ。その市長の娘、名前はレイラ。彼女はお小遣い稼ぎに男を漁っているっぽいね」
「まったく、悪党の子供は同じ悪党って奴か。この街じゃ子供でも売春まがいな事をやってんのかよ…ったくしょうがねぇな」
「ロイドさん。ここは重要だよ」
「ん?何が?」
「市長の娘が売春。これは社会的に認められる事じゃないね」
「そりゃそうだろ。女王が知ったら市長も娘も思い罰が下るぞ」
「そう、スキャンダルさ」
「おぉ…おぉ!」
「市長を崩せば繋がりのあるヘラにも必ず害が及ぶ。下手すりゃ芋ずる式にソドムの街の裏社会から悪党を引き摺りだせるかもしれない」
「なるほど…その情報は新聞屋にでも売ってしまえばいいのかもな?しかし、お前凄い奴だな…一体どこでこんな情報を仕入れてきたんだ?」
「せっかくソドムに着たんだから思い出作りでもしようかと思って…たまたま当たったのが市長の娘みたいで、調べてみればヘラやら市長との黒い繋がりやらが色々とね…」
そういいながら先ほどメモ帳を取り出していた懐から今度は写真が数枚出てきた。写っているのは若い娘だから、それが市長の娘という事なのだろう。メイクをしていて最終的には誰だか解らないようにはなっているが、まるでメイク前とメイク後が同一人物である事を証明するような写真の撮り方になっているのにはロイドも驚いた。
9
その日の夕方、ロイドを除いて一同は夕食の為にレストランへと集まっていた。
そして見慣れない顔が一人居る事に気付く。エルドである。
「ジッタ社長の監視役としてきたエルドだ」
そう風雅が紹介する。案の定一人だけ気が乗らない者がいる。
「なんで俺様の監視役が次から次へと増えてくるんだよ!逃げも隠れもしねぇよ!」
ジッタはテーブルをバンバンと両手で派手に叩いて抗議した。
「まぁ、そう怒らないでくれ社長。彼は名目上はジッタ社長の監視役としてなんだが、実は以前から俺達に情報提供してくれていた情報屋が彼なんだ。まぁ彼からジッタ社長の監視役の一人だと聞いたときは驚いたけどね」
「というわけで、よろしくお願いします」と一同に軽く会釈するエルド。
風雅の言葉を補足するように豊吉が言う。
「実は私と風雅さんで色々と情報を集めてはいたんだけど、正直なところ行き詰っていてね。反政府勢力が我々をマークしているらしくて、大きく動けなくなってしまって、それで彼の助けを借りる事にしたんだ。わざわざアルザタールから来てもらってすまないね」
豊吉はそう言い、エルドに深く頭を下げた。
「いえ、いいんですよ。俺も最初相談を受けたときから、その秘宝とやらにとても興味があって。そして今度は空の大陸へと行くという話しを聞いたもので」
「ゼノグラシアに秘宝があると?」
「あくまで俺のカンの話なんですけどね…。ゼノグラシアに行く事が出来るのはバベルの塔を使わなければならない、だから仮に秘宝があればまだ壊されていないはず。バベルの塔は女王の親衛隊の厳重な警備下にありますしね」
エルドは席につき、テーブルを見渡す。やはりと思ったのだろう。一人だけ数が足りていない事を風雅に聞く。
「ロイドさん…はどこへ行かれたのです?」
「ん?ロイドを知っているのか?」
「ええ。今朝、閉店間際のバーで会いました」
「まぁ夕食に姿を現さないのはいつもの事だからな。朝になれば帰ってくるよ」
「…実は今朝ロイドさんの相談に乗りまして」
「相談?まさか…ヤンとジャスミンの事か?」
「ええ」
「それで、どんなアドバイスを?」
「なるべく流血沙汰にならないようなアドバイスを…」
「…」
それを聞いていたマハは、
「ロイドはね、表向き事なかれ主義語ってるけど本当はぐちゃぐちゃに練りまわすのが好きなのよ。前菜もスープもメインディッシュも、デザートですら全部持ってこさせて一緒に食べるような事をするのよ。裏でコソコソと儲けている半悪人みたいなのが大嫌いなんじゃないのかしら?元はそういう連中を相手に荒稼ぎしてたから、私達」
風雅は深く溜息をついた。そして言う。
「頼むからこれ以上面倒な事は起こさないでくれよ…。その力はゼノグラシアに行くときまで取っておいてくれ。と伝えておいてくれないか?」
「わかったわ。だけど、聞いてないか、聞いていても右耳から左耳へと流れぬけるかのどっちかよ。あの人都合の悪い事は頭に1分も停滞しないみたいよ」
「…」
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