1
「まず最初に、」
と風雅がテーブルに地図を広げる。それはシハーの聖都バベルを中心に国全体を現したものである。バベルの左側にそれに並ぶほど大きく書かれた都市を表す絵が2つ描かれている。その一つを指差す。
「ソドムという街を目指す」
腕組をしたロイドは目を細くしニヤケながら遠い過去でも思い出すように言う。
「ソドムか」
見れば同じ様にニヤケている男がいる。ジッタである。
「うむ、ソドムだな」
そんな二人の様子をみて「やれやれ」とでも言いたそうな仕草をするマハ。
風雅が言う。
「二人はこの街に行った事があるのか?」
それに答えるのはロイドだ。
「いや。行った事はないが素晴らしい街だと聞いているぞ。パンフレットとかを見てさ、一度は言ってみたいな〜って思った街さ。ジェノバが恋の味を知らない少女が住む街とすれば、ソドムはお姉さんが色んな味を教えてくれる街って感じだな」
「…よく解らない例えだが…この二つの街のどちらかにホムンクルスと思われる子供が住んでいるらしい。俺達の目的はこの子供を見つけて女王の元へ連れて行く事だ。あくまでも"穏便"にな」
「まぁまぁ、そんな誘拐じみた硬っくるしい事は後回しでさ、風雅も豊吉もたまには骨休めが必要だぜ?せっかくソドムに行くんだからじっくりと身体も心もリフレッシュしなきゃな」
とロイドが言う背後ではジッタが腰を奇妙な動きにしてニヤケている。それまでロイドが言う事があまり解っていなかった風雅もそんな動きを見ていると理解したようで、
「なるほど。そういう事か。しかしあまり長居は出来ないな…」
と言う。呆れ顔だったマハはロイドとジッタを指差して、
「コイツら置いていけばいいのよ。骨休めならバベルにいればできるでしょ」
「いやいやいや、俺は風雅と豊吉の為を思って言っただけよ。俺は休んでる暇は無いぜ。色々と活発に活動しなきゃならなくなるしな」
「あっそ…」とマハ。ロイドやマハがそんなことを言う後ろではカイが、
「なんだ?ソドムってのは踊りをする街なのか?」
とジッタの動きをそのまま動きだけ理解したような事をはつみに問う。
「さ、さぁ…?」とはつみ。
そのカイの台詞を聞き逃さなかったロイドはカイの額を指で突きながら、
「意外とお前はお子様なんだな〜?」と言う。
「る、るせー!」とカイはその指を手で払い除けようとするが軽くかわされた。
「まぁ、カイ。お前も俺達と一緒にソドムで身体を休めるんだ。そうすれば大人の階段を上る事だって容易にできる。ジッタの奇妙な踊りの意味も解るようになるさ」
「そ、そうか?」
「あ〜勿論だとも」
二人のやりとりをみてマハが言う。
「止めときなさい。頭にウジが湧いて一生あの変な踊りをし続けるわよ、あとそれと女の子にモテなくなる。ジッタみたいに」
「な、なんだと!俺様がモテないってなんで知ってんだよ!じゃなかった、なんで決め付けるんだ!このクソアマ〜!」とジッタはマハに殴りかかろうとするが軽く足で止められた。彼の額にぴったりと足をくっ付け動きを封じるマハ。
「そ、それはマズイな…」とカイ。
仕切りなおしとして風雅が皆に聞こえるように再び言う。
「というわけで、ヤン、案内頼むな。砂漠を渡るための準備もしてほしい」
「わかりました」
ヤンは支度をする為に部屋を出ようとする。と、それを風雅は呼び止めた。
「ヤン。旅支度で色々と聞かれるかも知れないが行き先は誰にも言うな。女王曰く、内部にスパイが潜んでいるらしい。余計なトラブルは避けたい」
「あ、はい。わかりました」
2
風雅達がニラマに荷物を積む作業をしているとヤンが大きな麻袋を背中に抱えてやってきた。中に入っているのはそれほど重いものではないのはニラマの側にそれを置いたときの音でわかる。
「それはなんだよ?」とロイドが聞くとヤンは、
「みなさんの分です。砂漠を移動するときに着るローブです」
「い、いらねーよそんな暑苦しいもの。女王に姿を隠しておけって言われたのか?」
「それもあるのですが、今の時期は砂嵐の季節なのでローブを着用して移動しなければ身体中が砂まみれになりますよ」
そうして風雅達は昼過ぎにようやく出発した。
既に砂嵐は目前まで迫っていた。
3
僅か5メートル先までの視界しかなく、目を凝らしてもっと先を見ようと思うものなら容赦なく目の中に砂が押し寄せてくる。吹き付ける砂は熱を帯びておりローブの上からもちくちくと感触がある。風雅達は砂嵐の真っ只中にいた。
辛うじて進めているのは先頭を進むヤンのニラマから伸びたロープを伝っているからだ。もしロープが無ければどこへ移動すればいいのかすらもわからない。ただ先頭を行くヤンがどういう基準でルートを選んでいるのかは疑問だった。
「ヤン!あと、どれぐらいだ?」
と隊列の真ん中辺りにいたロイドが叫ぶ。が、ヤンは黙々と先頭を進むだけだ。まるで無視されたかのように思える。が、既に幾度と無くロイドが叫んでいるが前まで声が届かないのだ。吹き付ける強い風が声を風の向く方向まで運んでいってしまう。仮に風の進行方向にヤンがいたのなら容易くロイドの声が届くであろう。
「ちっ…無視かよ」
と声が届いていないのを勘違いしているロイド。
一方、末尾のニラマに乗っていたナツメグはニラマが最初のスピードよりも更に遅くなった事に不満の声をあげていた。そしてついにはその動きが止まった。みれば砂嵐の中から伸びているロープもそれに合わせて停まっている。
「ったくどうしたのさ。あたしが重いのかい?ダイエットしてるはずなんだけどね…」
とニラマの頭を軽く撫でるナツメグ。
砂嵐の中からロープを伝ってヤンが姿を現した。
「ナツメグさん。導き岩がこの先にあります、ロープ伝いに先頭へ」
ヤンと共にナツメグが進んだ先に見たのは砂嵐の真っ只中というのに導き岩の側で休憩をとる風雅達の姿だった。
「あ、すいません。休憩じゃないんです」
「な…、休憩じゃないのかよ!」
と、出したコップに注ぐものを止めるジッタ。見る見るコップは砂が埋まっていく。どうやら砂嵐の中でもコップに酒を注ぐ事は諦めなかったようだ。
「こちらのほうに人が倒れていたんです」
岩の裏側へと歩くヤン。風雅達もそれに付いていく。
その先には少し盛り上がった砂山の間からローブのようなものがはみ出ているのがわかる。ヤンが軽く掘り起こしてみるとそれは案の定ローブを着た旅人であった。
「助けられるかもしれない。掘り起こしてみよう」
と風雅が言う。そして全員で旅人の掘り起こし作業に入る。先ほどジッタのコップが瞬時に砂に埋まったように、掘るスピードに負けずと砂嵐が運んでくる砂がせっかく掘り起こした場所へと積もっていく。そんな風に掘っては埋められまた掘り返すという作業を繰り返すうちに次第に砂嵐は山場を通り過ぎてあれほど視界を塞いでいた砂は無くなっていった。
ついに風雅達は旅人を掘り起こす。だが、ぐったりとした力なく重い身体は旅人が既に息を引き取った事を意味していた。その身体を地面へと引き上げようとした時、何かが引っ掛かるような感触があった。ヤンが確認してみると、旅人は誰かの手を握ったままの状態となっていた。
「まだ奥に人がいます!」
再び更に奥に埋まっている旅人の掘り起こし作業を始める一同。決して誰も口にはしないが、誰もがその旅人は死んでいると思い始めた。先ほど掘り起こした旅人よりも更に深い位置に埋まっていたのだ。誰が見てもその希望は薄い。
あと少しで引きずり出せるというところまで来ると、ヤンはその旅人の胴体を両腕で掴んで力ずくで引っ張り出そうとする。と、その時、ヤンの手の動きが止まる。
「あ」
「どうした?」
風雅が聞き返すとヤンは顔を赤らめながら言う。
「女性の方のようです…胸に触ってしまいました」
「まぁいい、今は直ぐにでも引っ張り出す事に専念しよう」
そしてヤンは再び引っ張り出す作業に戻るが、再び、
「ん?」
と疑問の声をあげる。風雅が質問する。
「今度はどうした?」
「まだ生きています…鼓動が…」
そう言ったあと、ヤンは急いでその女性を引っ張り出す。と同時に、旅人の女性の口からは少量の砂が吐き出されて、暫く酷く咳き込んだ後に息を吹き返した。
「あぁ、よかった…」
と安堵のため息をこぼすヤン。
先ほど掘り起こした旅人とは少し格好が違う女性。砂漠を移動するローブこそしているが中には宝石の散りばめられた漆黒のドレスを纏っていた。ただそれだけだと資産家のようにも見えるが顔つきはまだ若く、艶やかなドレスもまるで客商売で人に見せるためのようなものである事から、彼女が何処かの店の踊り子か何かだという事が判る。
女性は酷く咳き込んだためか、涙を少しだけ流しながら辺りを見渡す。そして今、自分が埋まっていた砂の後をみて、自分が助けられた事を悟った。
「アウルは…?アウル?!」
おそらくは彼女と旅を同行していた旅人のことであろう。それが先ほど死体として掘り起こされた男性であることをその時一同は知る。彼女は砂の上にぐったりと横たわっている旅人の亡骸に近付くと、その頬を叩いた。だが何の反応もないのをみて、同じ様に彼が死んだ事を知った。
しばらくの間、女性はアウルと呼ばれた旅人の側で泣いていた。涙で砂が顔中に貼り付いて今の彼女はとても客前で踊るような女性には見えない。と、それを見たヤンはつい驚いてしまった。彼女はソドムからバベルへと向かう途中だったようだが、そのまま放って行くわけにもいかず、ヤンは女性に一緒にソドムまで戻るように進めた。
女性は黙ってヤンの後を付いてきた。
「君、名前は?」と聞くヤン。
「ジャスミン」
「ジャスミン…花の名前だね。綺麗な名前だ」
「この名前は源氏名なの…」
「本当の名前は?」
「ないわ…」
ヤンは少しでも沈んだ彼女の心をいたわろうと言ったつもりだったが余計に傷つけたような気がして自分の行動を後悔した。普段の彼ならそのまま何も言わず放っておく事を選んでいるはずなのに、ヤン自身何故なのか理解できず、気付けばまたジャスミンに話しかけていた。話している最中もなぜ自分がムリにでも知恵を振り絞って話そうとしているのが理解できなかった。ただ放っておけなかったのだ。
「その、バベルに行く途中だって言ったね。何をしにいくの?」
「バベルに婚約者がいるの」
「そっか、結婚するんだ」
ニラマは予備が用意されていないのでヤンのニラマに乗ることとなるジャスミン。振り落とされないようにヤンの前に腰を下ろす。それからジャスミンは呟くように言った。
「本当は結婚はしたくないの…」
「そうか…ムリに結婚させられそうになってるのか」
「わたし、結婚したくないからいっそ逃げ出してしまおうかと思って…アウルを振り切って。そしたら砂嵐が来て…ホントに自分勝手よね、わたしって…」
「そんなことはないよ」と直ぐに言いだしてしまいたかったが言葉を詰まらせるヤン。「何故?」と聞かれれば答えが見当たらないのだ。そしてしばらく、二人の間には無言の空気が漂った。ヤンの回答は出ないままだったが、何故かふと考えてもいないのにスラスラと答えが心に浮かんできた。そしてそれを素直に言葉にするヤン。
「その…君が思うとおりにすればいいんじゃないかな?」
「そう…なのかな?」
「人の人生は長いようで短いよ。なるべく人に迷惑掛けない範囲なら、自分勝手に生きていてもいいと思うよ。そうやって楽しい思い出をいっぱいつくって死を迎える…のかな」
「どこかで聞いたことがあるような…」
「ん…どうだろう?俺の村の村長が話してた事だったかな?忘れちゃったよ」
その後、「プッ」と噴き出すジャスミン。あんなに沈んでいた表情が笑顔に変わっている。砂だらけの顔のはずなのに、何故かそれがとても美しく見えてしまうヤンだった。
「どうして忘れちゃった事なのにスラスラ言えてるの?」と笑いながら言うジャスミン。それに対してヤンは「何でかわかんないけど、スラスラ言えたんだよ?なんでだろう?」と首を傾げる。再びジャスミンは笑い出した。
4
「あ〜思ったとおりの街だわ…」
ため息混じりにそう言ったのはマハだ。
砂漠に突如現れたのは巨大な歓楽街。魔法と錬金術を駆使して美しいイルミネーションが街を彩り深夜でも真昼のような明るさ。シハーの眠らない街、ソドムである。
「パンフレットにあるとおりの街だぜ〜!この妖艶な雰囲気、たまんね!」
と言ってジッタは重苦しいローブを脱ぎ捨てて、まるでネズミが家具の隅にでも逃げ隠れるように夜の闇に消えていった。その様子を呆れた表情でみながらマハが言う。
「流石はシハー1の馬鹿が集まる歓楽街だわ…街に入ったとたんに狂って走り出してるわ。ロイド…あなたはあのレベルまで落ちてはいないわよね?…あれ?」
とロイドに話しかけたつもりのマハは背後に彼の姿がない事に気付く。そして周りを見渡すもどこにも姿がない。ジッタが狂って走り出したよりも先に夜の闇へと消えたようだ。
「あの馬鹿…」
と吐き捨てるように言うとロイドが残した荷物を背中に担いだ。
風雅は一同に対して今後の事を言う。
「どうやら女王はホテルまでも手配してくれているらしいから甘えるとしようか。なぁデスティン、案内してくれるか?」
「あぁ」
「ロイドとジッタは…まぁ朝までは戻らないだろう…」
デスティンは一同を引き連れてホテルまでの道のりを進んでいく。一番後方でヤンはジャスミンに向きかえり、
「君はどうする?」
「わたしは…お店に戻るわ。今までの経緯を話して、それから、…どうしようかな?なるようになるのかな?…いいわ、ゆっくり考えるから。ねぇ、お店に来てよ?」
「え、お店…?」
"お店"と言われてヤンは繁華街の客引き達がいるほうを眺めてみる。ひとえにお店と言えどただのバーから風俗店まで様々だ。そして目の先には男性客を呼び込む踊り子の姿をした客引きの女達。
「お店ってのは…その、そういう事をするお店なのかな…?」
と、そこまで話して自分が失礼な質問をしていることを知り赤面する。撤回しようにもムリに撤回するのなら怪しまれてしまうだろう。だからヤンはただ後悔した。
「あはははっ、違うよっ!わたしは踊り子、踊りをみせるだけのお店なの」
「そっか、じゃあお言葉に甘えて…」
「お金はいいわ。命の恩人だものね」
そうして二人はジャスミンが勤めているというお店で再開することを約束して、一旦は離れる事となった。
5
ヤンはジャスミンが勤めているという店の前でウロウロとしていた。どこの街にでもある少し大きなバーで、ただ少しだけ身体の大きな強面の男が二人、店の前で客のチェックをしているだけだ。ジャスミンから手渡されたのは名刺のようなものではあるが店のフリーパスである。それさえあれば出入りすることは容易なのだ。だがヤンはそもそもは荒野の小さな村育ち、ソドムに来るのもバーに入るのも初めてであった。
ヤンが躊躇っていると背後から肩を掴まれた。そして酒の匂いがしてくる。一瞬酔っ払いにでも絡まれたと思ったヤンだったが、背後には見慣れた顔、ロイドの姿があった。
「どうしたよ?入んないのか?」
「いや、その…こういう店は初めてで…」
「なんだ?恥ずかしいのか?…おいおい、恥ずかしいってのはああいうのを言うんだぜ」
とロイドが指差す先には、風俗店へと潜り込もうとするコロボックル族の姿がある。顔を見ずともそれがジッタであることは間違いない。ジッタは店へと強引に入ろうとしているが客引きをしている踊り子の少女に蹴飛ばされているのだ。そういう何かしらのトラブルを起こしているのがジッタなのである。
「だから金の持ってねー奴が入れるわけないだろうが!うせな!」
と少女は柄に合わないドスの聞いた声でジッタの顔面に蹴りを入れる。しかしその足を顔面に押し付けられた状態で彼は力を込めて前進している。「お?お?」と、少女は自らの足が押し戻される間隔に驚いた。小さな身体が何故か欲の力だけで何倍もある体重の少女の蹴りを顔面で受け止めて押し戻しているのだ。
「ああはなるなよ」
とロイドは呆れた顔で言う。そして続けて、
「で、さっさといこうぜ」
ヤンの肩を掴むと強引に彼が入ろうとしていた店に進んでいく。少し抵抗したヤンだったが彼の正直な気持ちでは店にはいってジャスミンの姿を見てみたいという欲求があったのでロイドの力強く導かれるままに入店していった。
6
薄暗い店内は大音量でダンスを手助けするBGMが流れている。
ステージでは既にジャスミンが衣装に着替えて踊っている。砂漠で出会った時とは違い、赤を強調した、それでいてシックな色使いのドレスだ。
そこには楽しそうに踊りを振る舞うジャスミンの姿があった。彼女は砂漠で出会った時の砂だらけの顔とそれほど変わりないように見えた。少なくともヤンには。それは砂漠で見せたジャスミンの笑顔と同じ笑顔が、踊っている彼女から溢れていたからだ。
注文もせずに立ち尽くし、まるで金縛りにあったようにその場から動かないヤン。本当なら一人の客としてそこに来ているだけのはずなのに、ジャスミンの舞台での顔を見た時に、まるで不安にも似た気持ちが心を多い胸をきつく締めた。
「どうしたよ?」
ロイドに再び背中を叩かれて我に返るヤン。彼がぼーっと立っているのをみかねてロイドは彼の分まで注文して持ってきてくれたのだった。そして二人は側の席に付いた。椅子に座るまでの間も、目を離してることが勿体無いとでも言うがごとく、ヤンの目はジャスミンに釘付けになっていた。
そんな様子をニヤニヤと横で見るロイド。
「ヤン様のお気に入り…か」
「え?はい?」
「いやいや、ジャスミンだよ。可愛い娘だよな」
「えぇ、そ、そうですね」
ロイドが声を掛けるも空返事のヤン。それだけジャスミンの踊りに集中しているようだった。だがロイドの何気ない一言がヤンのそれを中断させた。
「敵は多いだろうなぁ…」
「え?!敵?!」
はっと我に返ってロイドの話しに耳を傾けるヤン。
「ライバルだよ、恋敵って奴」
「ロイドさんもそう思いますか…笑顔がとても可愛くて」
「あの笑顔は、そうだな、人に勇気を与える笑顔だな」
「そう思いますか、やっぱり」
「ほうほう、ヤンはジャスミンを狙ってると…」
「え?ち、違いますよ。自分は、ただ、笑顔が可愛い…と」
「でもなぁ、ソドムの街でこれだけ有名になれるって事は、ここに来ている客からだけじゃなくてお金持ちの連中にも目をつけられているわけだろうからなぁ」
「…」
そんな話をしているうちにジャスミンのステージは終わりを向かえ、最後に観客の顔を見て回る彼女の姿がある。どうやらヤンの姿を探していたようで、ロイドとヤンがいる席を見つけるとまたあの笑顔で大きく手を振った。と、その後に観客一同から嫉妬の視線を貰った事は言うまでもない。
「どうしたよ、そんなに沈んだ顔して」
自分でも気付いていなかったのだろうか、ヤンははっとしてロイドに向きなおし、我に返ったと同時に慌てて自らの顔の表情を否定した。
「別に自分は…」
「お前、顔に出やすいタイプだなぁ…ジャスミンが好きですって顔に浮き上がってるぞ」
顔を更に赤くしてヤンが言う。
「からかわないでください!ただ自分は彼女とどこかで会った事があるような気がしているだけです。どこで会ったのかとか、そんな事を考えてたら…妙な気分になってしまって」
「それは好きって事なんだろ」
そしてどんどん真っ赤になっていくヤンの顔。
「そ、そんなんじゃないんです!」
「一目惚れっていうのは初恋で味わった甘い記憶をふとした拍子でデジャブする事を言うんだって、どっかのエロ〜い本に書いてあったぞ」
「エロ本の評価で僕を計らないでください…それにジャスミンさんには、婚約者がいるんですよ。仮に自分がそういう気持ちになっていたとしても、叶うはずもないじゃないですか」
「おいおい、何もしないうちからダメだと決め付けるのは男のやることじゃねーな。男なら当たって砕けろだ。キーン、ゴン、ガシャガシャ…って感じにな」
「はたから見てたら当たるのも砕けるのも楽しいでしょうよ」
「なんなら俺が手助けしてやるぜ」
「いえ…いいですよ」
「俺はティリスでもジェノバでもヴイヴイ言わせてたんだぜ。群がる女どもをちぎっては投げちぎっては投げちぎっては投げ…俺のベッドには毎朝、別の女の顔があった…」
ヤンは呆れた顔でため息をつきながら、
「ロイドさんがもてるのは解りましたから…自分は女王から与えられた任務の事しか考えないようにします。今はそれが第一優先です」
「女王からの任務よりもまずは男としての任務を果たす事からだな。一流の兵士はその両方ができて初めて一流なんだぜ。俺の様にな」
「女の尻を追いかけて任務を忘れるのはまずいですよ」
「まぁ、そんな風に他人の目に映るときもあるがな、考え方を変えるならそれは守るべきものがあるって事じゃないのか?家族だとか、恋人だとか、そういう守るべきものがある人間は強くなれるもんだぜ」
うつむいてグラスに注がれてる酒を見つめるヤン。
「守るべきもの…」
「そう!守るべきものだ!お前は誰かに恋をする権利ってやつを持ってるんだよ!そしてお前は俺の手助けを得る権利も今持っている!今しかないぜ?」
今しかないといわれて焦るヤン。ロイドには彼の様子を見るだけで本当の気持ちは気付いていたのだ。だから後は押すだけだと判断した。もちろん、ロイドがそんなにやる気を見せたのはヤンとジャスミンが面白い事になればいいのではだとか、そんなレベルの事ではあったが。
「わかりました…自分、その、頑張ってみます」
「よし!じゃあ今すぐジャスミンの元へ行って告って来ようぜ」
「え?!今からですか?ちょっと…急過ぎやしませんか?」
「急過ぎって…お前一体何から始めようとしてたんだよ?まだ何にも始まっちゃいないぜ?まず最初に自分の気持ちを打ち明ける。そっからだろ?」
「でも断られたら…」
「そりゃまたトライすっか、お友達からお願いしますって言うかだな。今のジャスミンとお前の関係だとはたから見たらジャスミンは嫌がってる風には見えなかったから完全に嫌われる事にはならないと思うけどな…」
「そ、そうですか…では、行ってきます」
そう言ってヤンは景気付けに注文してから手を付けていなかった酒を一気に飲み干した。その様子をロイドはぽかんと口を開けて見ている。ヤンが意外にも酒に強かった事に驚いたのだ。だがそれもロイドをやる気にさせる一つであった。
「まぁ待てよヤン。手ぶらでいくのも寂しいだろ。花でも買っていこうぜ。女ってのはプレゼントには弱いからな。年増の女は金目の物に弱いが、若い女ってのは価値がなくても心が篭っていればいい。美しい花の名前を持つジャスミンにはお花をプレゼントするのが一番だと思わないか?」
「え?でも…今から花を買いに行くんですか?」
時間は既に深夜、日付変更の少し後であった。
「お前!花屋の都合とお前の恋の成熟とどっちが大切なんだよ!お前の中では花屋の都合がジャスミンとの関係よりも大切なのかよ!」
と、ロイドの言ってる事が会っているのか、どこか間違っているのかわからなくなる台詞であった。だがロイドの熱意に押されてヤンは渋々花屋へ向かう事にした。
7
おそらく、今日のロイドは酔っ払って店の人間に迷惑を掛けまくっているジッタよりもたちが悪いだろう。さほど酔ってもいない男二人が深夜の花屋の前で店主を起こそうとドアやらガラス窓やらを壊さんばかりに鳴らしている。
ヤンはドアを、ロイドはガラス窓を叩いた。
「んぉ?」とロイドが言う。「どうしたんですか?」とヤンが聞き返すと、見ればロイドが叩いていたガラス窓が小さなヒビが入っている。
「うわぁ…」とヤンは言葉には出さなかったが、今の自分達は最低な人間だと思った。しばらくすると花屋の店内を移動する物音が聞こえる。深夜にそんな音を立てていたのだ。当然の反応だろう。
突然ドアが開くと、花屋の店主とは思えないほどゴツイ顔付きの男が怒鳴り散らした。
「てめぇ等!今何時だと思ってるんだ?!ボッコボコにして民兵に引き渡すぞ!」
「まぁまぁ、落ち着いて聞いてやってくれよ」
と酔っ払いらしからぬ落ち着いた様子で、既に血管が額に浮き出ている花屋の主人の肩をぽんぽんと叩くロイド。花屋の主人の予想に反して彼等が酔っ払いではない事を知ってか、いひょうを突かれて素直に話を聞いてしまった。
「こいつはな、好きな女が出来てよ、今すぐに告白しようにも手ぶらだ。だから花でも買っていけと俺は言ったんだが、今は深夜だし花屋に迷惑が掛かるからと、諦めやがる。でもな、今は人生で一度の大舞台なんだよ。今諦めたら終わりだと俺は言ってやったんだ」
主人はぽかんと口を開けてロイドの話を聞いていたが、
「朝になって行きゃぁいいじゃねーか」
と当然の様な回答を出した。ロイドの後ろではうんうんとヤンが頷いていた。
「違う!違うんだよ!女は待ってるんだよ!こいつが来るのをさ!」
「ま、待ってるのか…?」
「女は踊り子でさ、たった今舞台が終わった所だ。楽屋で色んな奴から花を貰っているけどな、こいつからもらえる花だけを待っているのさ。まだかまだかと、こいつが来るのを寂しく待っているわけよ。早くしないと次の舞台が始まっちゃう…それが終わったら疲れ切って家に帰って死んだように眠るだけ。まだかしら?ってな」
よくもまぁそんな作り話がスラスラと言えるよなという風にロイドの背後ではヤンが驚いて開いた口が塞がらないでいる。だが一方で花屋の主人は深くうんうんと頷きながらロイドの話を真剣に聞いている風であった。そして話が終わると店内の明かりをともして中に入れと言った。
ロイドはヤンのほうを振り向いてニヤリと笑った。驚いているヤンを後ろに、ズカズカと店内へと足を進めていく。そしてそれに続いてヤンも申し訳なさそうに店内へと入った。
「俺のかみさんも今はあぁだが昔は踊り子でな、こづかい貯めては見に行ったさ」
と店主は身の上話をする。
「ある日、かみさんが舞台でな、自分は結婚してバベルの金持ちの元へと嫁ぐんだと言ったんだ。それ聞いたらさ身体の中を火が走ったようになっちまってさ、店を飛び出て花屋に、まぁ俺のオヤジが花屋なんだけどな、じぶんちに戻ったのさ。深夜で店は閉めてたが、かみさんに似合う花を探してさ、オヤジに何してんだとぶん殴られながらも、花かっぱらってかみさんの元へと向かったのさ」
「ほうほう…それで?」とロイド。
「かみさんのいる楽屋に入っていって花をプレゼントして自分の気持ちを打ち明けたさ。そしたらな、かみさん凄いビックリしてたのさ。そりゃそうだろ、顔中ボコボコに殴られた男が泣きながら気持ちを打ち明けるのさ。それから一言、『あなた、どなた?』ってさ」
「それでどうなったんだ?」
「それから何度も告白したな。かみさんが金持ちと結婚しても、離婚しても」
「離婚?」
「あぁ、嫌になって離婚して、この街へ戻ってきた後に俺と結婚した」
「ほうほう〜…でも金持ちと結婚したのに勿体無いな、こんなチンケな花屋で…」
「チンケ…?まぁかみさん曰く、自分とは住む世界が違った、と言ってたな」
「住む世界か…」
「で、ボウズ、花は選び終わったのか?」
ロイドと花屋の主人が話しこんでいる間にもヤンは真剣にジャスミンに似合う花を探していた。そしてようやくそれは決まったようで、一つだけ選ぶとそれを花屋の主人に手渡す。
その花を見て主人は驚いたようで「ボウズ、お前、花の知識ってものはあるのか?」と聞き返すがヤンはこれで良いと断言した。
「お前、これは香辛料にする花だぞ?」
「え、香辛料?」
「あぁ、乾燥させて加工して、肉料理とかに使うんだよ」
ヤンが選んだ花は「タイム」と呼ばれる香辛料に使うハーブだった。
「なんとなく…これを送ろうかなって思ったんで、これでいいです」
「なんとなくか。まぁいいか。俺もなんとなく選んでかみさんにプレゼントしたような気がする。よし、これを持っていけ!お前に気持ちを素直に伝えるんだぞ!」
ヤンは深く頷いた。
8
舞台が終り楽屋で休憩しているジャスミンの元に女が現れた。
きらびやかな衣装は資産家の妻という風貌を現している。不機嫌そうに部屋に入ってくるので、彼女が何も言わなくとも既に何か気の悪くするような小言の一つや二つを既に吐いてそうにもみえる。
「ジャスミン、貴方、どうして戻ってきたの?」
「えと…途中で砂嵐にあって…」
「そりゃこの季節だもの。砂嵐の一つや二つはあると思ってたけど。アウルがその程度の砂嵐で死ぬなんて事は考えにくいわ。彼は砂の大地で育ったのよ?」
「そんなこと言われたって…」
「貴方、結婚するのが嫌で逃げ帰ってきたんじゃないでしょうね?」
「ち、違います…」
「そう?ならいいけど。お願いだから私の顔を潰すような真似だけはしないでね」
それだけ言い残すと女は部屋を出て行く。
一人残されたジャスミンは部屋で肩をならして泣いた。彼女の楽屋には客から寄せられた沢山の花束があったが、それらの花束はどれ一つとして彼女の今の重たい気持ちを取り払うことは出来なかった。
静かに過ぎる時間、しばらくして突然部屋の扉にノックの音が響く。それを聞いてまた女が戻ってきたのではないかと驚くジャスミン。だが次に聞こえた声は彼女を安心させた。
「ジャスミン、いるかい?」
それはつい先ほど客席にいたヤンの声だ。
「ヤン!来てくれたのね!」
そう叫んでジャスミンは扉に飛びついた。扉を開くとそこには彼女のよく知る顔があった。そしてまず目に言ったのはヤンが持っているタイムの花束だった。それをみて突然、時が止まったかのように声を無くすジャスミン。
「どうしたの?」
とヤンは震えた声で言う。それもそのはずだ。花屋の主人に香辛料だと言われた花をなんとなく持ってきてしまったのだ。またやってしまった、というしかめ面をするヤン。
「えと、その…君に上げたい花を選んで来たんだ」
「…どうして私の好きな花を知ってるの?」
「え?」
「誰にも話したことないのに…」
「え?いや、なんとなく…選んだだけだよ」
「ありがとう!」
驚きから笑顔に変わるジャスミン。その顔が見たかったんだと、その笑顔が伝染したように同じく笑顔になるヤン。二人はそれからずっと話をした。ジャスミンは既に最後の舞台を終えていたので、店が閉まるまでの間ずっと二人は話をしていた。
そして閉店の合図を知らせるためスタッフが部屋に入ってくる前に二人は楽屋を抜け出した。そもそも客が楽屋には入る事は出来ないのだがロイドが店のスタッフを脅してヤンを楽屋に忍ばせたのだ。その事をジャスミンに伝えると彼女は気付かれないうちに逃げ出すことを提案したのだった。
9
時間は既に朝だった。楽屋に居たときと同じ様にジャスミンとヤンはたあいもない話を続けていたが次第に話は途切れて行き二人の間に沈黙が訪れた。ヤンが自分の気持ちを打ち明けるタイミングを計っていたのだ。突然緊張するヤンをみてジャスミンは彼が何を言おうとしているのか気付いた。そして、同じ様に緊張した。
「ジャスミン!」
「はい!」
突然声を出すヤン。それに驚いてつい敬語で返してしまう。
「ぼ、僕は…君の事が好きだ」
予想していた、そして期待していた通りのヤンの台詞が嬉しかった。そして思わずうれし泣きをしてしまいそうになるジャスミン。しかし、その涙の半分は悲しみだった。
「私も…ヤンの事が好き。だけど、私結婚しなきゃいけないの…」
「解ってる…俺は自分の気持ちを打ち明けたかっただけだから」
そして沈黙。
「ヤン…私、どうすればいいのかな?…そうだっ、ヤンは旅をしてるって言ったよね?」
「うん?あぁ、そうだよ」
「一緒に連れてってもらえないかな?」
「え?!でも君、結婚するんだろ?大丈夫なの?」
「"人生は短い、自分が思うように生きればいい"って言ってくれたでしょ?」
「それは人に迷惑をかけないのなら、だよ。式をする予定になってるんだったら、まずは相手に自分の気持ちを伝えてから、」
「伝えてないよ。最初っから」
「え?」
「私の気持ちなんて最初っから伝えてないの。この街の水商売全般を仕切ってるヘラって人なんだけど、その人が私のためを思って、とかいって勝手に結婚相手を決めるたの。でもそんなの全然余計なお世話だよ。自分の好きな人は自分で決める。花屋のマキさんだって、結婚したけど嫌になってソドムに戻ってきたんだから」
花屋のと言われて先ほど花屋の店主のゴツイ顔を思い出すヤン。話半分で聞いていたが店主とロイドの話の中でそんな話が出てきたような、と思い出していた。
「だから私がどんなに話したって…今までも何度も結婚は嫌だって言ったんだけど、多分また同じ様に言われるよ。従わないなら私から職を奪って街から追い出すとか言うんだから…だから、いいでしょ?ヤン。一緒に連れてって」
ヤンは考えていた。出来るなら連れて行きたい、だが相手は金持ちの男、既に結婚式の日取りまで決まっていて、自分は女王直属の兵。もしジャスミンを連れて逃げでもすれば、場合によっては女王の命令により指名手配される事すらありうる。
「君を連れて行きたいのは本当の気持ちなんだけど、少し考えさせてくれ…何かうまくいく方法があるのかもしえない。僕の事を熱心に考えてくれる人もいるんだ。その人に相談してみるよ。何とかなるかもしれない」と、ヤンの脳裏にはロイドが浮かんでいた。
「わかった…待ってるよ」
「うん」
「ありがと…それと、今日のお花のお礼…」
その時、ヤンの目の前は暗くなった。花の香と、少し湿り気のある柔らかい唇の感触。それらが離れてやっと自分に何が起こったのか解った。呆然と立ち尽くすヤンの顔は段々赤くなった。みればジャスミンも同じ様に頬を赤らめて微笑んでいた。
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