1
ジニアスは彼の宿泊している王宮の部屋から外を眺めていた。
昼を過ぎた時間ではあるはずなのにカーテンは締め切っていて、それを少しだけ広げて階下に広がる王宮の庭を眺める。見回りの兵や庭師がのんびりとした雰囲気の中で各自の仕事をしている。ただ違和感があるのは、そこは砂漠の真ん中で周りにマッチしない光景が広がっているところだ。
部屋の扉をノックする音が響く。
「ジニアス様、元老院からの連絡です」
扉を開くジニアス。そこにいるのは彼の部下の兵である。兵から文を受け取り静かに扉を閉めると机に戻ったジニアスは文を広げた。文は2枚で一組のもので、片方の文に字を書けば片方には書いた字が現れる、という魔法が仕掛けられたものだ。それがどんなに離れた場所にあっても、すなわち元老院とジニアスとの連絡手段となっているのだ。
文にはお決まりの挨拶から始まって以下の内容が書かれている。
『ジニアス外交官、貴殿が要求されていたアルザタール国、ティリスでの会談は検討した結果実施しない事となった。当初の予定通り、シハー国、バベルでの2国間会談を行う事とする。会談が行われるまでの間、そのまま待機する事』
深いため息をつくジニアス。そしてその後に手紙を綺麗にたたんで机にしまった。
「それまでの間に生きていられる気がしないのですよ…」
そう言ってさきほどと同じ様にまたカーテンを少し開くと庭を眺め始めた。
2
王宮の正門の前、警備にあたっていた兵が一人の男にしつこく付き纏われていた。男は手に書状のようなものと新聞のようなものを持っている。
「だから、この入門証明はこの前の会見だけに使えるものだって言っているだろう?許可無くマスコミが王宮に入ることは許されないんだよ。うせろ」
兵はそういうと槍で男を威嚇するような仕草をする。もちろんそれは軽い冗談のつもりではあるが、それを屈辱と受けた男は兵が槍を突き刺そうとはしない事を知ってか今まで以上に詰め寄って言う。
「兵隊さん、あんたがどんな権限を持っているかは知らないが、こちらは女王からの評価も高いシハー国を代表する新聞社なんだよ。あんたの権限だけで俺をここから通さないで真実が隠蔽されてしまうなら、あんたは女王からどんな評価を受けるんだろうね?」
警備の兵は手馴れているのか顔色ひとつ変えずに返した。
「俺は部外者をここから通すなと言われた。その任を行っているだけだ。とくにアルザタールの外交官が王宮に停泊している今はな」
「その外交官に用事があって来たんだ。色々と聞きたい事があってさ」
「また会見が行われたらその時聞けばいいだろ?」
「今週の週刊誌の締め切りに間に合わせなけりゃダメなんだよ!解るだろ?会見なんてあるかすら判らないものを待っている事なんてできないの!」
「ダメだ」
「わかった、わかったよ。じゃあこうしよう。俺は王宮には入らない。でもアルザタールの外交官に質問はしたい。そこで…ここに質問内容を書いてきたんだ。これを外交官に渡してくれるかな?そうすればあんたは任務を全うでき、俺も目的が果たせる。ナイスなアイデアだろ?そう思うだろ?」
そう言って男はノートのページを開いて警備兵に渡す。中には質問が箇条書きで書かれている。どうやら男はそのメモを元に質問しようとしていたようだ。
「汚い字だなぁ…読めるのか?」
そのメモを見て警備兵はそう言った。
「読めるさ、多分。後で俺が取りに来るから、それまでにそれに回答内容を書いてもらってそれを渡してくれればいい。頼みますよ」
「ふむ。いいだろう」
警備兵は彼の仲間の一人にノートを手渡す。ノートは仲間の手によって王宮内へと運ばれていった。その様子をマスコミの男は静かに見守っていた。
「はやくどこかへ行けよ」
と、警備の兵はまた槍を男に向けてシッシッという仕草をしてみせた。
「ちゃんと外交官本人に届けてくれよ。間違っても女王には届けるな、質問の内容は女王向けじゃないんだからな?解ってるよな?」
「解ってるから、さっさと去れ!」
その言葉の後、マスコミの男は警備兵の態度が気に食わないのか、不満そうに何度か振り返りながらその場を去っていった。
3
ノックの音。ジニアスが部屋の扉を開けると、廊下にはシハーの兵が1冊のノートを広げた状態で持ってきていた。何のようかとジニアスが問うと、先ほどのマスコミ関係者の要求を話す兵士。ジニアスはノートを黙って受け取った。
机に戻るジニアス。ノートのさきほどのページにある質問を一つ一つ読んでいく。
「しかしそれにしても…汚い字ですね。まるで古代文字ですよ…」
指で追ってその汚い字を読んでいくジニアス。少しだけ読んでから追う指が止まる。
「古代…文字?」
ジニアスはハッと身体を起こしてノートから目を離す。そして素早くノートを机から放り投げた。宙を舞うノートは眩い光を放つ。そして爆発。その時、マスコミの男が書いたと思われる汚らしい字は明らかに赤く光り輝いていた。
爆風は窓と扉を吹き飛ばした。
部屋中を埃と瓦礫が待った。その中からゆっくりと起きあがる人影、ジニアスだった。爆発の瞬間に床にぴったりと身体を這わせたので爆風は彼の上を通り過ぎただけとなった。それは軍の学校で受ける対火薬、対黒魔術の回避訓練に基づく行動だった。
「やってくれますね…」
埃を払いながら立ち上がるジニアス。
音を聞きつけたシハー・アルザタール両兵達がジニアスの部屋に飛び込んでくる。
「どうされました?!」
「いえ、汚らしい字を読んだら派手に爆発しましたよ」
「え?」
その兵達の中には先ほどジニアスにノートを渡した男もいた。男は言う。
「さきほどのノートの中に何か仕掛けが?」
「字の中に古代文字で魔法が封印されていました。私が読めば魔法が発動するように仕掛けられていたようです…どうやら私はマスコミにも嫌われているらしいですね」
ジニアスは爆発前に放り投げたノートを瓦礫の中から拾い上げると古代魔法が書かれていた箇所を再び開いた。その様子を見て兵士達は動揺した。
「ジニアス様、危険です!また爆発したら…」
それは無視してジニアスはノートのページを開く事に集中した。古代文字が記述されていたと思われるマスコミの男の箇条書きのメモ。そこには既にページの大部分が黒くこげていたが残った場所には赤い文字ではっきりと"質問以外の言葉"が書かれていた。
「ネヘ・ブカウ?」
読み上げたジニアスの声にシハー兵だけが動揺する。どうやら彼らはその言葉を知っているようだった。
「何か知っているのですか?」
ジニアスが問うとシハー兵の一人が答える。
「ネヘ・ベカウ、反政府組織の一つです。アルザタールとシハーの2国間大戦時には主権を握っていた派閥で、もう1度大戦をするべきだという思想を掲げる反政府組織の中では最も危険な部類です」
「これまた厄介なのに付け狙われましたね…私なんかを殺しても大戦は勃発しないでしょうに。もし勃発するならもう少し地位や給料も上がっているはずなのですが…」
そんな事を話していると廊下の置くから甲高いヒールの音が聞こえる。誰もがある人物が音を聞きつけてやってきたことを察知した。女王レッカである。
「何が起きた?!」
レッカは怒りの表情で今にもその場にいる全員に死刑宣告を放ちそうな勢いで言う。
「その、ジニアス様を狙う賊がいるようです。宅配物の中に、」
今までの話を報告しようとしたシハー兵士。だがそれを遮り女王は言う。恐らく"ジニアス様を狙う、"の部分で自分が何を言うのかを決めたように、
「殺せ!拷問してアジトを吐かせた上で殺せ!その仲間は勿論、家族から友に至るまで探し出して片っ端から殺せ!」
あまりの迫力にその場にいるシハー・アルザタール両兵は唖然として女王の前に立っている。女王が立ち去ろうとするその時までその様子の為、
「何をしている?!貴様等も殺されたいのか?さっさと賊を探せ!シハーの名に泥を塗るカスどもを抹殺するのだ!」
そう女王は叫んだ。彼女はシハー兵に対してだけ命令したはずなのにアルザタール兵までもその場から動こうとしてしまった。
4
バベルの繁華街の深夜、街路の人影は少なくなり遅くまで仕事をした者か一晩中起きている者だけが行き交う。
ある店の前で男が店に入ろうとしたところを店員に止められていた。
「なんだよ?まだ空いているんだろ?」
「申し訳御座いません。本日は貸切です」
男は舌打ちした後にその場を立ち去った。
暫くしてから別の男が見せに入ろうとする。それは昼間、マスコミとしてジニアス宛に手紙を渡した者だった。無言で店員の目を見つめた後、店員が頷く。顔で男が店に入れる人間かどうかを判断したのだ。そして男はそのまま店へと入った。
店の内部は中央に掲げてある旗を除けば、内装もそこにいる客達もとくに他と異なる事はない。旗にはシハー国の国旗をベースに細長い蛇が描かれたものであった。
テーブル席についた男は既に席にいた一人の男に言う。
「ベイク様、昼間ノートを外交官宛に渡しました。あのあと王宮で爆発したのを確認しましたが暗殺が成功したかは解りません。まだマスコミには発表されていないようで…」
「爆発したのならそれでいい。我々の意志を女王に示すのが目的だ」
ベイクと呼ばれた男は歳は40ほど、長いあご髭と堀の深い顔立ち。ベイクはテーブルにいる中で唯一の女性に話しかける。
「アンジェ、ジニアスと一緒にいた者達の調査はどうなっている?」
アンジェと呼ばれた女は歳は20台後半。キターニと呼ばれるシハーの魔術師の格好をしている。腕には魔術を行う為の特殊な刺青が施されている。
「メンバーの中に元ティリス守備隊長のロイドと側近のマハがいることは確認できたわ。でもティリス守備隊という編成ではないようね。後はどこから来たのか解らない連中ばかり…ただ気になる事があって」
「なんだ?」
「女王が以前、バベルという名の研究者の捜索を国中でやったじゃない?今回、ジニアスと一緒に王宮に停泊している連中はどうもそれ関連らしいの」
「ふむ…やはり賢者バベルがカギか…」
「でもバベルは実在しないんでしょ?」
「あの時はただの女王の戯言だと思っていたが、今でもバベルの捜索を考えているとすれば本当に存在しているのかも知れない。我々は捜索の際に見当違いをしている可能性もあるしな…アンジェ、ルフェイ、お前達はロイドとマハを追うのだ」
「わかったわ。ルフェイ、今度は失敗しないように頑張りましょう」
アンジェが話しかけた男、ルフェイ。彼は以前ジニアスと共にバベルまでの旅路を共にし、途中導き岩で彼等を裏切った部隊長であった。結局その時に返り討ちに会いその証拠として顔に傷が残っている。カイの剣によって与えられた傷で、致命傷となっていたが魔法により回復していた。
「ああ。勿論さ。場合によっては借りを返さねばな」
その言葉の後ベイクはルフェイを睨みつけた。そして言う、
「ルフェイ、任務の方が優先だ。借りを返すのは任務が終わってからだ。お前は少し自分の感情のコントロールを身に着けたほうがいい」
「それは重々承知していますよ。…とはいうもの、お言葉ですが、自分も人の子、仲間を殺されてこのまま引き下がるわけにもいきません。任務が終わればあの両手剣使いのガキは始末します」
そう言ってルフェイは席を立つと「失礼」と言ってその場を立ち去った。後でアンジェが呼び止めようとするもそれを無視して立ち去る。諦めた彼女はそのまま席についた。
「奴は必ず失敗するな…」
そう言ってウイスキーのグラスを一気に飲み干しテーブルに置くベイク。
「次の任務は私も同行します…だから、」
ベイクはそんな言葉など望んでいない、と言いたげにアンジェの言葉を無視してテーブルから離れるとフロアの中央、よく見える場所へ立った。
「みんな聞いてくれ!」
彼がそう言うと、先ほどまで賑やかだったその場が一瞬で静まり返った。
「皆、新聞などで既に知っていると思うが、いまシハー女王はアルザタールとの正式な和平調停を結ぶという方向でかの国より外交官を呼び寄せている。なぜか?それはシハーという国が豊かではないからだ。この国はアルザタールの援助無しには存在しえないと女王は判断したのだ。確かにそれは事実だ。砂漠の国が豊かであるはずがない。だが大切な事を忘れていないだろうか?我々は大戦で数多くの同士の死を見てきた。彼らはどんな気持ちで死んでいった?国を、家族を守る為に勇敢にアルザタール軍と戦い、そして敗れたのだ。生き残った我々がアルザタールの援助をうけてのうのうと生きているのを知ったら彼らはどんな気持ちになるだろうか?守ってきたシハー国がアルザタールの属国のようになることを彼らは望むのか?今我々がしなければならない事は真正シハー国の復活である。レッカを女王の座から引き摺り下ろし、アルザタールと再び戦い、今度こそ連中の豊かな領土を我が国のものとする!」
フロアは歓声に満たされた。その歓声を満足げに聞き、一息ついて再び続ける。
「今その為にまず何をするべきか。入手した情報によれば今女王はバベルという名の女を捜しているらしい。以前大々的に捜索が行われたが見つからなかった事は皆知っていることだろう。その女がこの世に実在しているか否かは定かではないが、女王が探している事は事実だ。我々はバベルの正体を明かし、バベルを捕らえ、そしてその力を使い女王を今の座から引き摺り下ろす」
そして再びフロアは歓声に満たされた。
5
店をでるアンジェ。
背後からはまだ歓声が時折聞こえている。まだ演説の最中なのであろう。一方では店の外でタバコを吹かすルフェイの姿が背後の歓声と対照的だった。そんな彼の気分を少しでも晴らすために何を話しかければいいか考えるアンジェ。そうしてるうちにもルフェイは彼女が店から出ている事に気付く。
「どうした?演説は聞かないのか?」
考えているうちにルフェイが話しかけてしまったので自分のペースを壊されたと思い、少し下唇を噛むアンジェ。いつもそうであるようにアンジェはルフェイよりも戦闘能力は上でもまだ色々な意味で子供であった。心に引っ掛かりを残しながら彼のペースにのる。
「何度も聞いている事だからもう聞き飽きたわ」
「ははっ。そうか。俺もだ」
場を取り繕うように冗談を挟むのも彼女が目指そうとして出来ない事だった。
「さっきの事なんだけど、気にしないでね。あなたは出来る人よ」
「出来る出来ないを考えていたんじゃないんだ。ただ…俺は復讐を果たしたいだけだ。もちろん任務は優先だよ。今度はお前も一緒だし、奴等に勝てるだろう」
ルフェイは吸いかけのタバコを放り投げると足で踏み潰した。
「そろそろ中にもどる?」と聞くアンジェに「あぁ」と答えるルフェイ。少しだけ間をおいて「なぁ」、と戻ろうとする彼女を呼び止めた。
「ん?」
「前から聞こうと思ってたんだ。どうして志願したんだ?」
「え?えと、その…」
どう答えたらいいのかわからなくなっていた。今のシハー国が気に入らないからか、ベイクの演説に賛同したからか、アルザタールが憎いからか、どういえばルフェイが気に入ってくれるか、そんな事を考えていた。
「アルザタールが憎いからよ」
「…そうか」
ルフェイはその後、店へと入っていった。彼の背中を見つめる瞳には気付かず。
(ルフェイ…あなたがいるから志願したのよ)
それを声に出せたらどんなにいいかと、アンジェは出しかけた息を飲み込んだ。
6
翌朝。出発の準備をする風雅達のもとにシハー兵が現れ、すぐにでも女王のもとへ集めるようにと通達された。最初に女王との謁見を行った部屋へと一同は集まると、既に女王はイライラとした状態へと"出来上がっていた"。
「出発するそうだな」
出会った時のように資料等を整理しながら言う。
「デスティンから話は聞いたよ。バベルが生み出したと言われているホムンクルスの子供がカギになると。今から探しに出るところなんだが、何の様なんだ?」
そして風雅もいつものように相手が一国の女王だろうとお構いなしな態度で言う。
「砂漠の旅だとガイドが必要になると思ってな。貴様等にガイド役の兵をつけようと思う。既に顔見知りだとは思うが、ヤン。頼むぞ」
女王の背後から一人の兵が歩みでる。彼はバベルまでの旅路を同行したシハー兵、ただし下っ端の階級が一番低い兵である。
「よろしくお願いいたします」
ヤンはそういって頭を深く下げた。その後女王は話を続ける。
「どうやら王宮内の情報が外部へと漏れているようなのだ。スパイがいると考えていいだろう。今回貴様等だけをここへ呼んだのはバベルの子…ホムンクルスを探すという事をスパイどもに嗅ぎつかれぬようにする為だ」
「そういえば昨日ジニアスの部屋が無くなっていたけど、あれも裏切りものの仕業なのか?随分と派手に吹き飛んでいたが…」
「あれは巧妙に罠が仕組まれた宅配物の仕業だ。今後はジニアス外交官宛の宅配物も、勿論私宛のものも、取り扱わないようにする。ああいう姑息な手段でしか自らの存在意義をアピールできない輩というのはいつの世もいるものだ。本当なら貴様等の共に我がシハー兵の一部隊をまるごとつけようとも考えていたのだが、今は派手な行動をする事が出来ないのでな。案内役だけで簡便してくれ」
「かまわないさ。けれども、俺達の中に裏切り者がいるという可能性はないのか?」
「それはない」
「それは、つまり…」
「つまりは貴様等が選ばれしものだから、だ」
「その…選ばれしものっていうのはしょうに合わないな」
風雅が肩をすくめ苦笑いで言う。
「そうか?俺は好きだぜ、そういうの」
と言ったのはロイドだ。その後小さな声で「ケッ」と言ったのをロイドは聞き逃さなかった。背後にいたジッタの声である。言うまでも無くロイドはジッタの頭を脇に抱えてゲンコツでグリグリとダメージを与えた。
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