1
翌日。
女王の間の思い扉が開かれるとジニアスと彼の側近が急ぎ足で飛び出てきた。それには理由があり、その重い扉の前で待ち構えているマスコミ連中の質問攻めから逃れる為である。だがマスコミが待ち構えているのも女王の策略であろうか、結局はジニアスは執拗な質問攻めにあってしまうこととなった。
「今回シハーとアルザタール間で交わされた主な協議はなんでしょう?」
「国交正常化についてです」
「それは輸出入の制限解除や一部の人間の入国制限解除が含まれているのでしょうか?シハーの人間がアルザタール内で仕事を持つことも、旅行などをする事も可能になるということでしょうか?」
「もちろんそれは含まれて居ますが、それを持ち帰って協議するのも私の仕事です」
「元老院で証人されそうでしょうか?」
「それは判りませんよ」
「国交正常化の主な理由はなんでしょう?」
「女王はこれから大規模な大戦があると予想されていまして、」
「大戦?大戦というのはシハーとアルザタールの間のですか?!」
「そんなわけないでしょう!オーク達と我々人間とのです」
「女王は国内の反乱分子の一掃も思慮されているそうなのですが、これもオークとの大戦と関連するのでしょうか?」
ジニアスはマスコミの一同の前、止まれのジェスチャーをした。そして静かに言う。
「申し訳ないのですが、私は王室の専属スポークスマンではありません。アルザタールとシハーの外交の任を行っているだけです…そこのところは理解されていますか?」
その後は一切マスコミの問いには答えずに自室へ入り、扉を閉めて鍵も閉めた。
2
昨日交わした約束通りの時間に風雅達は女王の間へと現れた。
昨日とは異なり、シハー女王、レッカは彼女の性格をそのまま現したような派手なドレスを纏っていた。少し前まで会談が行われていた、その時の衣装のままであろう。"くだらない会談"と彼女が昨日言った言葉の通りにくだらなかったのかかなりイライラした様子でキセルを少し急ぎながら吹かしている。
風雅達が着てからは直ぐにキセルを灰皿に置き、
「来たか。では案内しよう」
とそのドレスのままで風雅達を外へと連れ出した。
3
辿り着いたのはバベルの街の中心にある巨大な塔の前であった。
レッカはそこで昨日の同じく側近の兵士達を塔前で待たせたまま、風雅達と共に塔の中へと消えていった。もちろん兵士達が戸惑ったのも昨日と同じだ。
バベルの街にある塔、通称バベルの塔。そこは外見こそシハーの建築様式に似せた造りとなっているが内側は全く異なる様式であった。造られてから途方もないほどの月日が絶っているにも係わらず、床や壁にいたるまで風化の形跡が見られない。対して外見はいくつか風化して飾りなどが欠落しているのだ。まるで元々あったものに外側から粘土でも貼り付けたように、ボロボロと脆い部分だけが剥ぎ取れていったのだ。
レッカを先頭に進む。レッカのヒールが黒光りする塔のフロアの地面に当たる都度、小さな発光が地面の少し下で起きている。それはアルザタールにも、シハーにもない高度な文明の証であった。そして発光の瞬間に地面には模様か古代の文字かわからない何かが照らし出された。
はつみが面白半分でフロアになった柱に手を押し付ける。そうすると手の形に発光が起き、そして地面と同じ様に何らかの文字・模様が浮かび上がった。
一同はしばらく進んだ先にある巨大な柱の前に来た。
レッカは柱の前で小さな石版に目を通しその石版に手をかざす。そうすると石版から文字が浮かび上がる。その文字を一つ一つメモ用紙を見ながら選んでいく。丁度何かの機械を制御しているかのように。そしてその作業をしながら言う。
「バベルの街はこの塔を中心に作られた街だ。まるで我々シハー人がこの塔を作り上げたかのように言うものがいるが、それはただの馬鹿のたわ言だ。塔の外壁はシハー人が作り出したものだが、そもそもこの塔には味気ない黒光りする外壁しかなかった」
そう言って石版から指を離したレッカはそのままその場を下がった。
上を見上げて何かを探している。だがそのまま話を続ける。
「一人の学者がこの塔について調査を進めていくうち、遥か昔に栄えた文明の遺産である事が解った。ジェノバの言い伝えにもある、天空に栄えし帝国"ゼノグラシア"。貴様等も聞いた事はあるのではないか?」
はっとした顔をしたのはジッタである。
「その話、俺様のオヤジが昔言っていたのに似ているな…確か、遥か空で栄えた高度な文明があったが、ある時どういうワケか滅んだという」
「おそらくそれと同じものであろう。東ゴリアス海にゼノグラシア島というのがあるであろう。それは帝国の名残だ。かつてそこで栄えた文明は高度な技術を用いて島ごと空へと浮上させ、ゼノグラシア帝国と名乗りこの世界に君臨したのだ」
それから、レッカが何故塔の天井を見つめていたのか理由が解った。遥か天井から巨大な楕円形の板が降りてきたのだ。その素材は塔の壁や床のものと同じである。まるでエレベーターのようなその1枚板に乗れとレッカは指示する。
一同がその1枚板に乗るとしばらくして板は上昇し始めた。
「塔の研究を進めるうちに、この塔に優れた防衛システムが存在する事がわかった。何故こんな砂漠の真ん中でシハーの首都が建設されたか…その理由はそこにある。これは私の予想だが、恐らくこの塔は空に浮かんだゼノグラシア島に物資を輸送する為のものだったのだろう。帝国の野望を阻止しようとするのなら物資を運ぶこの塔を破壊してしまう事が先決だ。だからゼノグラシアの民はこの塔に強力な防衛力を備わらせたのだろう」
話をしているうちに上昇するスピードは緩くなり、終点が近付いてきたことを意味していた。そして板は上昇を止めて止まった。だがまだ遥か上に塔は続いている。
「ここが塔の頂上なのか?」
風雅の問い掛けにレッカが答える。
「頂上はまだ先だ。これ以上あがる事は今の所出来ない。まだ研究を続けなければならない、ということだ。まぁこちらから外に出てみろ」
そう言いレッカが案内する先にはただの壁があった。
壁に手をあてがうと先ほどはつみが柱に手を当てたときと同じ様に発光し古代の文字が浮かび上がった。だが今度はそれらの文字が入れ替わり動き、別の並びへと変化した。次の瞬間、ただの壁だったそこは薄く外の景色が見れるガラスのような素材へと変化していた。レッカはそのガラスにそのまま身体を進めていく。そしてガラスを身体が通り過ぎて行き外へと出て行った。
「す、すげぇ…」
そういってジッタはその後に続く。同じ様にガラスに身体が溶け込んだかと思うと、外へと出ていた。そしてそこからは「うっひょ〜〜〜〜!」というジッタの歓声が聞こえた。カイ、はつみ、テト、ロイドと、興味を持った順にいきおいよくガラス面に飛び込んでいく。
ガラス面を越えた先には広いベランダのようなものが広がっており、そこから覗くと遥か下のほうにバベルの街が広がっていた。
はつみもカイもナジャもミーシャも高い所が好きな者はみなはしゃぎ回った。高い所といっても建物でそのような場所は今までにはないのだ。飛行艇で見慣れているジッタでさえもそこから眺めるバベルの街の景色には感動しているようだった。
女王は一人、先ほど出てきたガラス面の側に服が汚れる事すら気にせずに座ると、どこからかキセルを取り出して吸い始めた。彼女の側に立っていた風雅が話しかける。
「それで、どうして俺達をここへ呼んだのか、理由を聞かせてもらおうか。ここはシハー首都防衛の拠点なんだろ?部外者の俺達は立ち入り禁止じゃないのか?」
レッカはキセルから灰を取り払った。灰が空に向かって散っていく。
「この塔は今は機能していない」
「機能していない…?さっきは塔のエレベーターで上がってきたんだぞ?」
「ああ。一部の機能はまだ使える。というより、使い方を私が知っている。だが他の機能については使い方を知っているものが今はいないのでな…」
「なるほど。それで俺達に使い方を知っている者を連れて来い、という事だな、だが」
続きを風雅が言おうとするとレッカは人差し指を自らの口に立てて「静かにしろ」とジェスチャーする。そして豊吉も近くに来るように言った後、背後のガラス面から塔の内部へと連れて行った。
4
塔の内部に移動したレッカ、風雅、豊吉の3人。
移動後にレッカは先ほど外に出る際に触った壁を同じ様に触り、ガラス面を壁の状態に戻した。まるで外に他のメンバー達を出したままにしようとするので風雅は問う。
「どういうつもりだ」
「心配するな。他の連中に話を聞かれたくないだけだ」
そしてレッカは再びキセルを取り出した。先ほどはどこから取り出したのか解らなかった。他にしまう場所がないので不思議がっていた風雅だったが、今その理由が解った。彼女は胸の谷間から取り出していたのだ。
「貴様が先ほど言おうとしていた続きを当ててやろう。『だが、俺達は異世界から来た人間、この世界のどこの誰とも解らない奴なぞ探せるはずもない』だな?」
「そうだ」
「先ほどの話の中で不思議だと思わなかったか?」
「?」
「この塔を発見し、この塔の研究をしている研究者がいると私が言った。彼が塔を発見して、この街が出来上がり、今の今まで一体どれぐらいの時間が経ったと思う?その間に一人の人間がこの塔の研究を続けていたと?一体何年生きているのだ?」
「さぁな、特別寿命の長い人間なんじゃないのか?」
「ふふ…面白い事を言う。だが私は冗談が嫌いだ。…率直に言うと、その人間はこの世界の人間では無いと思う。貴様等と同じく、別の世界から来た人間だ」
「今の話からすればそう考える意外は無いだろうな」
「その研究者の名はバベル。彼女は自らを名乗らなかった。この塔を研究していたから、いつしかバベルと呼ばれるようになった。そして彼女は貴様等二人がこの世界に来る事を予見していた。彼女はいつしかこの世界が窮地に立たされるとき、貴様等二人が現れそれを救おうとするだろうと、そう予見したのだ」
風雅と豊吉はお互いの顔を見合わせた。
「勇者現る…か。それでバベルは『世界は救われるだろう』とは言わなかったのか?」
「言わなかった。彼女は"いつものように"ニヤつきながら『これからどうなることやら楽しみだ』と言っただけだ。それからしばらくして彼女は姿を消した」
「ひょっとしたらだが、俺達の世界の人間なら見つけられるかもしれない。ただ、仮に見つけられるとしてもそれは秘宝が手に入ってからの話となるな。秘宝についてはバベルは何か話していなかったのか?」
「やはり秘宝が必要なのか…バベルは秘宝は世界各地の神殿にある。と言っていた。それらが貴様等の世界との連絡が出来る力を持っているともな。だが私の調べたところ、世界中にあった秘宝を壊して回っている馬鹿がいるらしい」
「やはりな…」
「少なくとも今の断面では秘宝はどこの神殿にも存在していない。もし新たに神殿の情報が入れば貴様等に届けるとしよう」
「そうか、すまないな」
「こちらとしても、バベルの力を取り戻す為の事だ」
それまで口を挟まなかった豊吉が言う。
「バベルという方は、塔の一部の機能しか教えなかったのは"使わせたくなかった"からでは?女王がその力を彼女の望まない使い方をするのだと思って…」
その言葉を聞いてレッカは一瞬だけ豊吉を睨んだ。だが直ぐに表情を崩し、
「…貴様もどこぞの馬鹿と同じ事を私に言うのだな。…いずれオーク達との激しい戦いが始まるだろう。その時この街を守らなければならない。それがこの塔の役目。バベルはこの私に全ての塔の機能について教える予定だったが、その途中で失踪した。彼女は失踪する前にもし自分に何かが起きてこの世界から消えてしまったのなら貴様等二人に探すよう頼めと言った。だから…彼女が自らの意志で姿を消したのだとは思えない」
そう言ってからレッカはうつむいた。
風雅が言う。
「塔の力を頼らずに自分達の力で国を守る事は出来ないのか?」
そんな問い掛けにレッカはうつむいたまま答えた。
「…こんな砂漠の国のどこにそんな力があるのだ…」
それは先ほどまであった気丈で威圧的なレッカの声ではなかった。
5
その日、塔から戻った風雅達は王宮で摂るはずだった夕食を風雅の要望で別の場所へと変更してもらい、街の酒場を貸し切り夕食をとる事となった。
昨日の今日で酒が少しは身体に答えたと思われたが何故か少しの陰りも顔に出ていないロイドとジッタ。酒場に入るなり懲りるわけでもなく颯爽と酒の注文をする。が、店主は首を横に振ってそれを断った。
「酒を飲みに集まったわけじゃない」
と、風雅はロイドとジッタに詰め寄られて困っている店主をフォローする。
「これからの話をしようと思うんだ」
「おぉ、で、女王に次の秘宝がある場所を教えてもらえたのか?」
と、ロイドが言う。
「いや。ただ思ってた通り、女王は俺達に協力的だったよ」
「へぇ〜…そんな感じには見えなかったけどな」
「レッカ女王と話をした結果だが…秘宝のある神殿への手掛かりは皆無。で、俺達も手詰まりとなってしまった。ただ、一つだけ有用な情報を手に入れた。前にも話したが、俺と豊吉さんは別の世界から来たわけだが、俺達以外にも別の世界から来た人間がいる事が解った。あくまでも女王が嘘をついていなければの話だが。さっき豊吉さんとも話をしたが、多分、その人間は既にこの世界には居ないだろう。ただその人間の足跡を探す事である程度手掛かりが得られるのではないかと考えている」
と、そこまで風雅が話をして、普段は何かを描いているデスティンがその動きを止めて彼の話を聞いていた。そして質問した。
「もしかして…女王が探している人というのは賢者バベルの事では?」
「知っているのか?」
「え、えぇ。国中にビラが撒かれて…なんでも賢者バベルを見つけ出した者には王宮から賞金が出るって言って、国をあげて探し回った時期がありましたね。結局は見つからなかったけど」
「…国をあげて探しても手掛かりなしか」
「ただその時、噂になったのですが、バベルというのは架空の人物で本当は女王自身なのではないか?って事で」
「架空の人物?」
「えぇ。女王が言うバベルの特徴と言うのが、まさに女王そのものでして。物言いといい、外見といい…それにバベルも女王と同じ様に塔に閉じこもって研究を続けたという事もあるし、ひょっとして女王は塔で研究を続けるうちに頭がおかしくなって"バベル"という人間を自分の中に作り出したのではないか?っていう話まで出たんですよ。まぁ、その話は沢山の人の前では出来ませんけどね…捕まってしまいますので」
「デスティン。他にもバベルや女王に関する情報はないか?」
「あまり大声ではいえないのですが…」
「じゃあ小声で言えよ」と口を挟むのはジッタだ。どうやら早く酒を飲みたくてイライラしてきたようだ。ロイドがジッタの頭を掴んで口を塞ぎ黙らせる。
「わかりました…僕が言ったという事はあまり公にしないでくださいよ」
「言わないさ」
「まず、この国の政治を影で操っていたのがバベルあるという噂です。女王が幾度と無く塔に足を運んでいましたからそんな風に取られたのかもしれませんね。次に、バベルが幾度と無く違法な人体実験をしていたという噂」
「人体実験?」
「えぇ。ホムンクルスだとかキマイラという言葉をご存知ですか?」
「たしか錬金術で動物だとか人間を練成して得られる結果だと聞いた事があるな」
「バベルは人間を練成したと言われています。普通よりも体力や魔力が強い人間」
「あの塔の中でなのか?そんな施設も、練成陣も見かけなかったが…」
デスティンは自らが持ち歩いている絵本の一つを取り出してペラペラとページを捲りながら言う。「幾つかある噂のうち、それだけは信憑性が高いんです。なぜなら…」と言ってあるページを開いて風雅達に見せた。そこには一人の少年の絵が描かれている。他の絵本のページとは異なり、スケッチしたかのような絵だ。
「その練成された少年と会った事があります。彼が練成されたという証拠に、古の魔法の力をコントロールできるという邪眼を持っている事があげられます。ほら、この真っ赤な目は普通の人間は生まれながらには持てないものなのです」
そういってデスティンが指差す先には少年のスケッチで1箇所だけ真っ赤に塗られた目があった。店内は暗かったがその目だけは何故か強い光を帯びているような気がした。
「この目って…」
そう言ったのはマハである。彼女は振り返り一人の女性を見つめた。キサラだ。
「キサラの目も真っ赤よね…」
マハのその言葉の後、一同はキサラに注目した。
「わ、わたくしは生まれはティリスの貴族ですわ。この目が赤いのはゴブリンから受け継いだ鷹の目というものだからですわ。…あ、怪しい者ではありません事よ」
そう言いながら自分の誤解を解こうとするキサラ。彼女のフォローをテトもしている。
「そうだよ!キサラはオイラを助けてくれたんだ。キサラは悪い奴なんかじゃないよ!キサラの邪眼は困っている人を助ける"いい邪眼"なんだよ!」
そんなテトのよく解らないフォローに風雅も付け足す。
「キサラにしてもその少年にしても別に真っ赤な目をしているからと言って悪いってわけじゃないだろう。今問題にしてるのはその少年の居場所だ」
そしてロイドもそれに加わる。
「だいたいな、デスティンの絵もどうなんだよ。そんな悪い奴みたいな描き方しなくてもいいじゃないか。本当は笑顔が素敵なハンサムボーイなんだろ?そんなムスッとした、無機質な表情をスケッチしなくても笑っているところを描けばいいじゃないか」
デスティンは自らが描いたスケッチを再び見てから言う。
「わ、悪かったね。スケッチだから見た事をままにしか描けないんだよ。彼には何度も笑って欲しいと言ったけど言葉が通じてないみたいでね。それにこの絵だって、彼がたまたま外を歩いているところを描けただけで、いつも家の中に閉じこもっていて笑顔はおろか顔すら見せてくれないんだよ」
そう言いながらデスティンはいそいそとそのスケッチブックを閉じた。
「まぁあれだ、」と店の隅で何故か酒を飲みながらジッタが言う。
「そんな不気味なツラしてて何も言わねぇから誰だってビビッて近寄らねぇわな。だから家に閉じ篭っているんだろ。話さなねぇから表情だって造らなくなる。不のスパイラルだな」
そして本人は格好をつけたものなのか、軽くウイスキーを喉に流し込んでみせる。と、そこへテトが飛び込んでジッタの腕に牙を立てた。
「目が赤くて何が悪いんだよ!顔で人を判断する奴が悪いんじゃないか!」
「ぎぃぃぇぁぁぁぁ!」
あまりの痛さにジッタは側にあったフォークでテトの背中を突き刺そうとするが素早く退くテト。意外にもブラウニーの牙は鋭くジッタの腕には深い傷と共に出血している。
「ひぃぃぃ!血が、血が!キサラ!早く回復してくれ!」
それを冷めた目で見ているキサラ。
「…不気味なツラで悪かったですわね。本当に回復する必要があるのはジッタさんの心の中ではないかしら?そうやってしばらくの間、痛がっていればいいですわ。痛みが反省を呼ぶとも言いますもの」
「ぐぅぅ…ぬぅぅ…酒だ!酒を持ってきてくれ!アルコール消毒だ!」
そのジッタの叫びを聞いて店主がアルコール消毒にいい度数の高い品を持ってくる。ジッタは何故かそれを患部には塗らずに飲み始めた。
「…」
一同はその行為に声が出なかった。
6
その日の深夜。
王宮では客人の為に設けられた個室では一つだけ明かりがついたままの部屋がある。明日からバベルを離れて再び旅にでるという事になった風雅達、誰もが明日の為に早くに眠りについたが、一人は外出して依然として帰る事が無いロイド、そして遅くまで明かりをつけているのはデスティンだ。
風雅達と共に活動するようになってからも、毎晩の様に絵本を描く行為は日課であった。絵本だけではない。彼のスケッチブックには彼が今まで出会った人々が描かれていたのだ。それは風雅達にしても同様だった。
突然部屋の扉にノック音が鳴り響いた。
「はい?」
しばらくして部屋の扉が開かれると、扉の前にはシハー兵がいる。デスティンは焦った。夕食の時に女王の事について幾つか噂をしていたのが店主に聞かれていることを思い出したからだ。ただ噂なので街の人間も幾つかはしている。兵士の前ではしないにしても店にいてそんな噂の一つや二つする事など普通にあるのだ。
「女王がお呼びだ。来れるか?」
「え…。は、はい」
立ち上がって部屋を出ようとすると兵士はさらに、
「いつも持ち歩いている物を持ってくるように、との事だ」
「絵本…ですか?」
「それはよくわからん」
言われたとおりに絵本、そしてスケッチブックを袋に押し込んでデスティンは部屋を出る。そして静まり返った王宮の廊下を数人の兵士につられて、何故か女王の間ではなく、中庭に案内された。
7
中庭には月明かりだけがあり、中心のベンチに女王が腰掛けていた。テーブルには酒が幾つか並べられていて、いつかそうしたように彼女はキセルを吹かしていた。
「少し話をしようではないか」
レッカの性格なら自分の悪口をいうものなら怒りの感情をあらわにして打ち首だの絞首刑だのを平気で口走るであろうから、夕食の事が頭にあったデスティンだったが女王の笑顔を見て安心した。
「貴様、名をデスティンと言ったな?」
「はい。絵本作家のデスティンと申します」
少し緊張を声に漏らしながら答えるデスティン。
「貴様の絵本は幾つか読んだ事があるぞ」
「そ、そうですか…女王に読んでいただけるなんて、光栄です」
キセルを深く吸い込んでゆっくりと吐き出すレッカ。
「あの絵本…幾つかの話は本当の話であろう?」
そして暫くの沈黙。慌ててデスティンは誤解を解くかのように答えた。
「そ、そんな事はありません。はしたないですが、あれは僕の創作です」
「怒っているわけではない、誰も悪いとは言っていない。本当の事を言ってみよ」
また暫くの沈黙のあと、デスティンは静かに言う。
「確かに…そうです…流石は女王…なんでもお見通しなのですね。絵本に本当の話を載せてそれが売れているのも事実です。情けない事ですが僕が考えたストーリーは殆ど売れていませんよ。絵本作家なのに自分で考えたストーリーは何一つ売れずに、他人の話を勝手に載せて絵だけつけて売れるなんて!最低ですよね。」
「そうは思わんぞ」
「え?」
「"事実は創作よりも奇なり"、私の友人が好きな言葉だ」
「バベル…ですか?」
「バベルは人が好きだった。いや…人が好きというより、人が織り成す運命の物語が好きだったのだ。人の感情や欲求、人のサガ、人と人のつながり…例えそれが創作であったとしてもな。バベルはそれは見聞きしたが本にはしなかった。ただそれだけの違いだ」
「僕は…それをお金儲けの道具にしているんだ」
「それでもいいではないか。人が織り成す運命の物語、それを誰かが本にしてもいい。それで普通に生活が出来ないんだから、金を貰ってもいいのではないか?そうだな…貴様、あの風雅という男と共に旅をしているのであろう?それを絵本に書き綴るというのはどうだ?」
「それは…」
「奴は世界を救う為に旅をしていると聞く。奴と、奴の仲間たちの偉業を書き綴ってはやらぬのか?誰にも報われぬまま物語が終わってしまうのは寂し過ぎるではないか?」
「この旅を…絵本に?」
レッカは深く頷いた。デスティンはスケッチブックを開いて今まで描いてきた、はつみ達と出会ってきてからの彼女達一人一人のスケッチを見ていた。
「…それを見せてはくれないか?」
「あ、これは…絵本ではありませんよ」
「かまわん」
それから暫くの間、レッカはデスティンのスケッチブックを後ろのページから順に見ていった。そこには風雅達をスケッチしたものや、ジャ・ハイ、さらには彼が出会ってきた街の人々など、今まで彼が経験してきた殆どがスケッチとして残されていた。それらは決して同じではない、一つ一つは必ずしも笑顔ではなく、険しい顔や悲しみの顔、楽しい顔も、その時デスティンが見た瞬間の顔が淡々とスケッチされていた。
その時、ページをめくるレッカの指が止まった。
そのページはスケッチブックの最初の辺り、仮にスケッチブックがデスティンが旅を始めてから1冊に描き綴られていたとしたら、かなり前にスケッチされたものであろう。
「貴様…バベルに会っているのか」
そのページにはローブに身体を包んだ一人の女性がいる。顔はローブの中にあり全体ははっきりとは見えないがレッカによく似た女性だ。
「この方がバベルなのですか?」
「貴様、バベルに会った事は覚えているか?」
「…これはかなり最初の辺りなので忘れてしまったのかも知れません」
女王はページを一つ前、つまり更に昔のスケッチを開いた。そして、
「これは覚えているか?」
「え?あ、はい覚えていますよ。ラムダの村の村長さんですよ。僕が彼のペットの巣箱を直すのと引き換えに宿をタダで貸してくれたんです」
レッカは更にページをいくつかめくり、また同じ様に問う。
「これは?」
「はい…覚えています」
レッカはキセルを掴むと、それを咥えて深く吸い込んでゆっくりと吐き出した。それは普段している行為と同じ様に最初思えたが、手が少しだけ震えているのが解った。
「やはりな…」
「どう…されたんです?」
「貴様、バベルと出会った時のことだけを忘れているぞ」
「え?」
「私がバベルの事を思い出したのはつい最近の話だ。塔に入るまでの間バベルの事なぞは忘れていたのだ。何気なしに塔に入っていた時ふと…その塔でバベルと共に研究を続けていたことを思い出した。今でもバベルの世話を命じていたメイドどもは彼女の事なぞ知らないとぬかす」
「つまり…記憶が消されているということですか?しかもバベルと会ったところだけ」
「の、ようだな。古の魔法には記憶を消すものがあるというが、バベルと係わった人々全てから、しかもバベルと係わった記憶だけを綺麗に消すなぞ神業でしかない…デスティン、風雅達の次の目的地はどこだ?」
「目的地はわかりません…たしかバベルが生み出したと言われるホムンクルスに会いにいくという話ですが…」
「そうか…おそらく、それが"カギ"となるであろう」
「あの、女王、その子供がホムンクルスというのは本当なのですか?」
「それは解らない。ただバベルに近い関係というのは確かだ。何か忘れていて思い出すかも知れない。その子供を私の元へ連れてくるのだ。風雅にもこれを伝えよ」
「は、はいっ」
1.00 ▼