謁見

1

砂嵐の中ではるか彼方に黒い塔のようなものが天へ向かって伸びている。

それは巨大な塔ではあったが、どんなに近付いてもその塔の頂上が見えなかった。余程に巨大であるか、それとも、はるか天まで延びていく塔なのか。シハー兵達はそれが聖都「バベル」であると言う。

最初の裏切り以降は襲撃される事はなかった。だが、随分と数の減った聖都へと向かうメンバー。結局シハー兵・アルザタール兵は最初の半分ほどとなった。

一団はこれまでに無い程の巨大な導き岩、というよりも岩山というほうが正しいであろう、その巨大な岩山を登ると、聖都「バベル」を一望できる場所に到着した。オアシスの周辺に発展した他のシハーの街と異なり、その街はまるで塔を中心に発展したと思えるほどに周囲には草木も水も無かった。なにより特徴的なのは空高くまで伸びている塔である。それは街に近付いた今でも頂上を見る事は出来なかった。

バベルは活気のある街ではあったがそれらの活気に直接触れることはなく、街につくなり馬車に乗り女王の待つであろう宮殿へと案内された。それは今回の謁見が大々的に公表するものでは無いからであろう。

2

意外な事に、宮殿に到着したはつみ達は直ぐに女王のもとへと案内された。

「まいりましたね。砂だらけの格好で女王と謁見ですか…無礼にならなければいいのですが」とジニアスは女王の部屋まで同行する兵達に聞こえるように言う。それは少しは休ませてくれと準備をさせてくれ、という意思表示でもあったが兵士の一人は即答、

「女王は見た目はあまり重要視されない」

と返された。

豪華で巨大な扉の前に一同は並び、兵士が扉を開くのを待つ。

しばらくして重い音を立てながら扉が開かれると、一同は心の中では豪華な衣装を着飾った傲慢そうな女性が笑みを浮かべながら王座に座っていることを想像したであろうが、王座には誰も座っておらず、部屋には女王の側近の兵達が直立しているのと、質素で軽装な格好の女性が忙しく本を運んでいるだけであった。

その学者風の格好の女性が一言、

「入るがよい」

と言った事でその場に居た一同は心に「まさか」の3文字が浮かんでいた。まさにそのまさかで、ジニアスが深々と頭を下げた事ではつみ達は目の前にいる学者風の女性がシハーの女王である事を知ったのだ。

3

女王の前に跪く一同。

だが一方で女王は忙しく机で資料の整理を続けるという奇妙な光景が広がっていた。

ジニアスが何か言い始めようとした時、それよりも先に女王が口を開いた。

「途中で兵達の内乱に巻き込まれたそうだな?」

「はい、どうやら私を殺す事でアルザタールとシハーとの関係を崩そうとした様です」

そう答えるジニアス。女王は資料に目を向けたまま話を続ける。

「そのクズどもは所在を突き止めて始末しておこう。で、何の用だ?」

砂漠を越えて疲れ果てた末に辿り着いた宮殿で、そもそも呼び出したのは女王の方ではないかという思いが込み上げるも引き攣らせた笑顔の中でそれを受け止めるジニアス。

「和平に向けての条約の締結をいくつか…というのが今回の、」

「いい」

「いい…?と申されますと?」

「貴様の話はツマラン。下がってよい。ゆっくり身体を休めて、明日にでも再び聞こう」

「では…」

笑顔を引き攣らせたまま、ジニアスは退場する。それに続いてはつみ達も女王の間を退場しようとするが、扉の側に立っていた兵達はそれを制した。

「貴様等は下がれとは言っていない」

そして部屋にははつみ達と女王、そして彼女の部下の兵達だけとなった。だが彼女は意外にも部下の兵達をも部屋から退場させた。

「さて…貴様等の話は幾つか知っているぞ。まず…、」

女王は風雅の前に行き指差した。

「貴様は風雅。異世界からやってきたという男だな。そして豊吉、貴様もだ」

隣にいるはつみを指差して、

「貴様ははつみ。邪馬国で口寄せ術の修行をしていたそうだな。偶然にも風雅達と出会い旅を共にしていると、で、貴様等二人は、ナジャとミーシャ。元はエスパダの高貴な生まれらしいな?こんなところで何をしている?」

誰にも知られていない事実であったのかナジャとミーシャは警戒色を高めた。その印に彼女等の尻尾は空を高くつきたてている。

「で、その隣にいるのがティリス防衛の要(かなめ)、ロイドと側近のマハ。いや、盗賊団の長とその側近と言う方がいいか?その隣はアルザタールで有数の貴族シェリル卿の孫娘キサラだな?何故ここに居る?」

「で、隣にいるのが、"元"メッサーシュミット社、社長のジッタ。それから、便利屋のカイ。で、売れない絵本作家のデスティン」

女王はテトを除く一同の名前と経歴を言ってみせた。

「そして我が名はシハー15代目女王、レッカだ」

4

「随分と念入に調べたようだな」

女王相手にそのようないつもの口調で話したのは風雅である。そこに兵士が居るのならすぐさま無礼者として切りかかっていたかも知れない。そしてそれを予見してかの兵士を部屋から退出させたのも女王だ。

レッカはにやりと笑うと、

「"調べた"?これは運命の出会いだぞ?最初からこうなることは決まっていた」

女王が運命の出会いなどというロマンチックな言葉を突然口走ったのだ。その場にいた一同はぽかんと口をあけて反応するか、ジッタのように思わず笑ってしまうかのどちらかしかない。だがジッタは笑ってしまった事に反省した。仮にも女王なのだ、もし兵が居たのならすぐさま殺されていたかもしれない。または後で殺されるかもしれない。

「一国の女王が運命などと口走るのはどうかな?いくらシハーが宗教大国であっても、政治を運命という言葉で運ぼうものなら反乱が起きても仕方がないぞ」

風雅は相変わらず口調は崩す気はないようだ。仮に兵士に周りを囲まれていても喧嘩を買ってしまう自身があるように思える。

「人と人の縁(えにし)は運命だと言われている。それは政治とは関係のない話だ。だが、どうやら運命も少しだけ崩されているようだな?貴様等は一人メンツが足りないようだ」

「?」

風雅が周囲のメンバーを確認するも誰一人として欠けてはいない。

「貴様等が旅路で本来出会うはずだった人間が何故かここにはいない。で、お節介だがそれも寂しいものなので私のほうで用意させて貰ったよ」

「どういう事だ?」

レッカは指を鳴らすと兵士達が一人の女性を部屋へと連れてきた。風雅や豊吉などは彼女の事が誰かのか判らない。だが一同の中で二人だけ、それが誰なのか知っている者がいた。はつみとテトである。

「ナツメグ!」

はつみがオークに追われて谷に落下したあと、それをテトと共に助けて回復するまでの間ともに過ごした女性である。オーク達によってブラウニーの集落が襲われたとき、どこかへ旅立ってしまったきりであった。

「ティナ?、テトも…生きていたのかい?!」

3人はまるで生きている事を証明するかのように、互いの手を取り合ってその温度や感触を確めた。普段は気丈な振る舞いをしているナツメグもその時ばかりは頬を赤らめて瞳から涙をこぼしそうになっていた。

テトは涙をぽろぽろとこぼしながら言う。

「ティナは本当の名前ははつみって言うんだ。思い出したんだよ。はつみがオイラの事を助ける為にオーク達から伝説の白魔道士さんを連れ戻したんだ。ほら、あそこにいるキサラさんがオイラを助けてくれたんだよ」

そう言ってテトは風雅達の後ろにいるキサラを指差す。キサラは恥ずかしそうに更に後ろのほうに隠れると頬を赤らめて言う。

「わ、わたくしは自分に出来る事をしたまでですわ…」

ナツメグは黙ったままキサラに近付くと深く頭を下げた。

「ありがとう。あたしの友達を助けてくれて…ありがとう」

深々と下げられたナツメグの頭、そこから彼女の表情をみることは出来なかったがキサラは床に落ちる彼女の涙だけは見ることができた。

そんな再開の一幕などもお構い無しに嘲るように一言「フンッ」と言う声が聞こえる。その声の主はナツメグとはつみ、テトをここで再開させた本人、レッカである。そして嘲るような声ついでに本当に嘲る一言を放つ。

「ナツメグがなぜ運命に逆らって一人だけ別にいたのか。それはナツメグ自身が知っているであろう。そうだな?貴様ははつみがオーク達と戦う事を知り、自分は巻き込まれないようにと尻尾を撒いて逃げたんだからな。"友達を置き去りにして"」

レッカの罵倒文句の後、ナツメグはそれまでキサラの前で下げていた頭を上げた。そこには普段の気丈で大胆な性格の彼女の顔などなく、頬を赤らめて涙をこぼす一人の女の顔があった。

「ナツメグは悪くないよ…私はただ、ともだちを助けたかっただけで、本当に危険な事だとぜんぜん判ってなくてただ運よくキサラさんを助けられただけなんだから」

「ナツメグにとっても、はつみにとっても、そこにいるブラウニーは大切な友達だったはずだ。だが二人が取った行動は違っている。それが意味するのは、」

淡々と言い続けるレッカを制止したのは風雅だった。

「女王さまよ、あんた、俺達の関係を壊したいのか?それとも修復させたいのか?ナツメグさんを俺達に会わせたのはあんただろ?やってることのつじつまが合ってないぜ」

「修復させたいのだ。ナツメグは武道家を目指しているそうだが、私の目が節穴でなければ彼女は武道だけなら優秀なのだ。だが貴様等と共に行動するとなると、それが本当に発揮できるのかは判らない。なにせ、友達を裏切った"卑怯者"だからな。卑怯者では貴様等の足手まといになるであろう?」

と、冷たく言い放つレッカに風雅は何かを言い掛けたが、それよりも先に風雅達の背後から割ってでてきた男がいる。今の悪い雰囲気を最も嫌う男、ロイドである。

「やいやいやい!さっきから言わせておけばクソみたいな言葉を垂れ流しやがって!シハーの女王には気品ってものはないのか?!」

マハは止めようとしたみたいだが、彼女の細い腕など振り切って表にでたようである。

「俺だってな、オークが攻めてきた時に尻尾巻いて逃げようと先導きったことだってあるさ!でもな、剣の使い方一つ知らないガキ一人に心動かされて、勇気が出たことだってある。誰だって自分が可愛いさ。自分可愛さと葛藤して乗り越えていくもんなんだよ!」

レッカは「フンッ」と鼻で笑うと、笑みをこぼしながら振り返って資料を整理する作業へと戻った。そしてまた出会った最初の様に目など合わせないまま言う。

「ナツメグ、貴様とはつみ達を会わせたのは私だが、これから旅を同行する事までは押し付けていない。好きにするがよい。だが一つ、貴様が認識しておかなければならないのは、貴様はそこにいるブラウニーと出会い、そしてはつみと出会った。その事実はどう足掻いても消せはしない縁(えにし)だ。どんな選択をしてもその縁は常に背後にあると思え。それから…明日、本意ではないがくだらない会談をジニアスと開くが、それが終われば貴様等に見せたい物がある。昼にこの場所に来るがよい」

5

言いたいことだけを言ってレッカは作業に戻ってしまった。風雅達は誰に言われるまでもなくその場に留まるわけにも行かないので静かに退室する。

巨大な扉が閉まる音の後、風雅は泣いているナツメグに話し掛けた。

「どうする?俺達と共に来るか?俺は構わないぞ」

「こんなあたしで、いいのかい?」

「いいさ。さっき女王は"友達を裏切った"なんて言ったが、本当は違う。だろ?本当に裏切ったのなら、テトが生きていて嬉しくて泣くなんて出来ないはずさ。大切なのは結果じゃなくて、"どう思っていたか"だ。みんな、ナツメグが同行する事に異論はないよな?」

誰もそれに異論を唱えるものはいなかった。

6

その日の夜。

レッカ女王は最初の予定通り、歓迎会を開いた。だが女王本人は私事に忙しく出席できないとのこと。そしてジニアスにしても明日の会談の準備がある為出席できないとのこと。結局、歓迎会には風雅達だけが出席する事になった。

歓迎会では酒も出る事になっているが、案の定酒が絡むとおかしくなる連中も風雅達の中には含まれている。

ジッタは酒によった勢いではつみはキサラ、ナジャ、ミーシャ、ナツメグなどを追い掛け回した。ナツメグの蹴りを食らっても酒によっている間は神経が麻痺しているのかジッタは悲鳴一つ上げずに再び追い掛け回す。ナジャが矢でジッタの額に狙いを定めたときは流石にミーシャがそれを止めた。それほどに手加減無しにジッタは暴れまわった。

ロイドとマハは最初こそは二人で飲んでいたが、酔いが進むにつれてロイドは歓迎会に訪れていた恐らくシハーの貴族であろう娘達に端から話しかけていた。何度かマハの肘テツが彼の脇腹に突き刺さっていたが平気な顔を装って笑顔で話し続ける。だが蓄積されたダメージは最終的には彼が飲んだ物、食べた物を全て逆流させるという結果を招いた。

歓迎会が始まって終わるまでの間、休む事無く口を動かし続ける者もいる。別に話すわけではない。食べ続けるのだ。カイは「これまであまりまともに食べてなかったから」とはつみ達にはバレる嘘を平気で言いながら会場のいたるところで食べ物を漁った。まるで漫画のように腹が膨らんでいく様が興味深いのか、デスティンはそんな彼の腹の様子をスケッチしている。次の絵本のタイトルとして"大食"というのもありかと考えている様だ。

一方、会場から少し離れた所で風雅と豊吉は話をしていた。

「女王の話はどう思いますか?」

飲みかけのワインの水面を揺らしながら風雅が言う。

「私達の事をよく調べているなと最初は思っていたんですが、ナツメグさんが私達に本来加わるべき人間だったが何かの手違いで加わっていないという話を聞いて、少しながら彼女の言う運命ということを信じてしまっていますよ」

そう言いグイッとリキュール、邪馬国でいうところの焼酎を飲み干す豊吉。

「運命ですが…あまりそういう言葉には縁はないですね」

と、ワインをまた少しだけ口に含む風雅。

「なんとなくですが…女王は我々に協力してくれそうな気がしませんか?」

豊吉は焼酎の入った小さなガラス瓶を軽く振ってから言った。

「ええ…ひょっとしたら、我々の世界について知っていそうな気もしますね。それか、まったく知らないか信じておらず、ただ力を利用しようとしているだけかも」

「まぁ、ああいうタイプの人間なら力を利用するのに狡猾に騙すような事はしないでしょう。やるなら力ずくで我々から奪い取るでしょうからね」

風雅は少し笑ってから言う。

「奪い取るといっても…自分達は何も持っていないんですがね」

そして風雅は意味もなく会場から見渡せる位置にあるバベルの塔を睨んだ。巨大な、そして不気味な塔は会場からも、そして街からのどこからも、その存在を誇張していた。

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