外の世界

1

「あら、ここにいらっしゃったのですの?」

キサラは洞窟の中でも砂や食べ物が落ちてくる場所で、物拾いをしているデスティンを迎えに来たようだった。はつみ達がこの洞窟に来たときからデスティンやジャ・ハイはそうやって生活の為に食べ物を集めているのが日課となっているようだ。

彼はキサラに呼ばれて少し振り向いて、ただそれからは何も返事もせずに再び物拾いの作業へと戻った。少し首を傾げて様子がおかしいことを察知してキサラが問う。

「どうしたのですの?朝食の時間ですわ」

「いいんだ。僕は後で一人で食べるから」

「…え?だって、みなさんと一緒に食べた方が美味しいですわよ」

それからまるでウンザリしたような仕草をしてデスティンは言う。

「僕は今まで一人で食べていたんだ。だから一人で食べても寂しくもないし、誰かと一緒に食べたからって美味しくもないんだよ。」

「一人でって、ジャ・ハイさんはお友達でしょう?」

「友達?僕と彼とが?彼とはあまり話さないし、話そうとも思っていないし、ただこの洞窟で一緒に暮らしているだけの関係だよ。申し訳ないんだけど、今は物拾いを続けたいんだ。邪魔をしないでくれ」

「そ、そうですの…悪い事をしましたわね」

そう言って彼女は闇に消えていこうとしたとき、デスティンは呼び止めていた。

「ああ!ゴメン、気を悪くしないでくれ。キサラさん、といったね」

「えぇ」

「その…」

それはデスティンにとってはとても長い時間に感じた。何を話せばいいのか頭でまとめているのに時間が掛かったからだ。話したい事は山ほどあったはずなのに言葉が出てこなかった。それはキサラにとってはそれほど長い時間でもないはずなのに。

「貴族の出だと聞いたんだが、その…僕の絵本は読んだことはあるかい?」

「え?えぇ。ありますわ」

「学校の図書館でかい?」

「いえ、街に本を売りに来る行商が売っていましたの」

「そ、そうかい…はは…やっぱり学校の図書館には置いてもらえてなかったか」

「でもとても面白いストーリーでしたわ」

「本当かい?…でも教育上問題があると言われて、色んな学校から苦情が来て、取り扱ってくれなくなって…結局非売品になってしまったけどね。ははは」

少し空の方を向いて何か考えていたキサラは何かを思い出したように話始める。

「そうでしたわ。確かに教育上はあまりよろしくなかったような気がしますわ。だって、あなたの描くストーリーは…必ずしもハッピーエンドばかりではありませんのよ。ほら、絵本って子供が読めるようにどんな話でもショッキングな内容は出さないではありませんか?わたくし、あなたの絵本を読んで子供ながらに少しショックを受けた事もありますのよ」

なんとなく自分を否定されているような気がしていたデスティン。頭をかきむしりながら、言葉を選んでゆっくりとキサラに反論する。

「確かにそうかもしれないよ。でも、人生って言い事もあって悪い事もあって、だから楽しいんじゃないか。ストーリーが全てがハッピーエンドだったら、世の中自分が思うように動くなんて勘違いしてしまうだろ?現実には何もうまくいかなくて、それで挫けてしまう。だから僕の絵本の中では主人公達は挫折したり逆境から立ち上がっていく、絵本の中でそれを表現する事で子供達が何か感じ取ってくれたら、きっと色々と勉強になると思うんだ」

キサラがいう事に反論しているはずなのに、彼女自身はそれほど気分を悪くするわけでもなくデスティンの話を黙って聞いている。そして話が終わってしばらくしてから、

「ですから、わたくしここにいますのよ」

「え?」

「あなたのご本を読んだのも、きっかけの一つですわ」

キサラはそういい残して暗闇へと消えていった。

2

キサラが朝食に戻る頃には既に論議は白熱いているところだった。

ジッタは小さな身体をぴんぴんと動かしながら今まで溜まっていたストレスをいつものように叫びながら吐き出している。話題はこの洞窟にきてから同じ事である。

「どうする?どうすりゃいいんだ?俺様はこんな洞窟で一生を過ごしたくない!さぁどうする!考えろ!ジッタ!考えるんだ!考えるんだ〜!」と頭をかきむしる。

「うっせッ!考える時ぐらい黙ってろよ!」

とカイが反応する。これもいつもの事である。洞窟に来てから数日が経過したが、朝起きてから2時間ぐらい、おそらく頭が一番冴えている時間にこんなやりとりが繰り返される。そして次第にパワーを使い果たして昼頃は寝転がっているのがジッタである。

「そうだ!カイ!お前馬鹿だから何か浮かんでこないか?ほら、馬鹿となんとかは紙一重っていうだろ!目をつぶって何か思い浮かんでこないか?」

言われたとおり胡坐をかいた姿勢のまま目をつぶるカイ。

「目をつぶって…ねぇ…」

しばらくそのまま動かない。それから、

「Zzzz…」

「っておい!寝るな!」

平手でカイの背中を叩くジッタ。そして目を開けたカイは「ぉ」と小さな声を上げた。

「閃いたぞ」

「マジか?!」

「ほら、あの魔法を使うネエちゃんが居ただろ?上に向かって思いっきり派手な魔法を唱えるんだよ。ガンガン唱えてりゃ流砂を突き破って上にでかい穴を空けれないかな?」

「おぉぉぉ!その手があったな?で、魔法を使うネエちゃんって?」

ジッタはその場にいる女達を一人一人指差した。

はつみは、「私は魔法じゃなくて口寄せ術だよ。あんまり修行を積んでないから…岩を砕くような式神は口寄せできないよ」

ナジャ・ミーシャは、「ゴメン、ボク等は魔法使えないんだ」

キサラは、「わたくしが扱えるのは回復の魔法ですわ」

ジッタは腕組をして唸った。

「…もしかして、マハの事じゃないか?」

「おお、あいつはそういう名前だったのか。わりぃわりぃ、いまいち名前とか顔とか覚えられなくて。で、マハさんはどこなのかな?」

「上じゃいボケ!」

ジッタの綺麗なアッパーが上に向かって伸びて、そのままカイに直撃する。だがそれで何かしらの痛手を負うカイでもない。顔色一つ変えずに、「あ〜ぁ、考えて損した。寝よ」という台詞をこぼしてからそのまま横になった。

残されたジッタは、いつも昼が近付くと最終的にやっているゴロゴロとその場を転がりまわる行為を始めた。「もうダメだ。俺様はここで一生暮らすんだ…クソックソッ!」そんな事を言いながら、頭をかきむしってその場を転がっている。

諦めなムードが辺りを漂っていた時、今まで聞いたことのない声を一同は聞く事になる。

「オレ、出口シッテル」

声の主をその場にいた一同が探す。今まで誰も聞いたことのない声だったので、その洞窟には誰か別の人間が居るのだろうかと警戒した。だがよくよく考えてみれば一人だけ、会ってから今までも間にも声を聞いた事のない者がいるのだ。ジャ・ハイである。

「お前話せたのか?!」

カイは長い尻尾でつるつる肌の不気味な生き物に言う。

「オ前達、出ルノ望ムナラ出シテヤッテイイ」

「『出してやっていい?』」とその場に居た一同は声を揃えて言う。

それもそのはずだ。まるでジャ・ハイという生き物が洞窟から出れないようにしている風にも聞こえるのだ。

「ま、まあいい、出してくれ!今すぐ!」

得体の知れぬ生き物、ジャ・ハイの肩を揺さぶりながら頼むジッタ。

「今マダムリ。次ノ満月マデ、待ツ」

「そ、そうか。うぉぉぉぉ!出れるぞ〜!!」

と両手を上に突き出して喜ぶジッタ。

そして他のメンバーもそれを聞いて顔がほころんだ。

はつみは何年もここから出れなくて困っているであろうデスティンにもそれを伝えようと思った。そして彼の友へと駆け出していった。いつもの場所で物拾いをしているであろう彼の元へ。

3

「出れるって?間違いなく彼がそう言ったのかい?」

「うん、よかったね。デスティンさん何年もここに閉じ込められてたんでしょ?」

はしゃぎながらやってきたはつみの話を聞いてデスティンは複雑な表情でその知らせを聞いていた。そしてそう問い掛けられて言葉を濁らせながら言う。

「ん、あ、あぁ…」

そしてまた物拾いの作業に戻っていった。様子がおかしい事に首を傾げるはつみ。だがそれよりも次の満月で外に出れるという嬉しさからかそんな事はどうでもよく、急いで外にでる支度をしようとみんなのいる場所に戻っていった。

一人残されたデスティンは複雑な表情をしていた。

戸惑い、恐れ、焦り。深い谷から真っ黒いガスが吹き出るように、そんな思いを塞いでも塞いでも隙間からそれらの不安が心を包んでいくように。彼は心の焦りをかき消す為に物集めの作業を続けた。

4

夕食の時間。

いつもよりも数段に明るい食卓。それもそのはずだ。満月は近いとジャ・ハイは言う。つまりこの洞窟で過ごす日も残り少ない。外に出れるという嬉しさから自然と皆明るくなる。が、一人だけ何かに脅えるように静かに食事をする者がいる。

デスティンだ。

話に交じる事無く黙々と食事をしている。対してジッタは話すついでに食事をしているというぐらいに先ほどから話続けている。

「ここから出たら何するかって?まず…酒だな。それから…酒で、そして酒だ」

それにカイがツッコミを入れる。

「酒ばっかりかよ」

そしてはつみ達が笑う。そんな中でもデスティンは相変わらず話に入る事はない。それを知ってか知らずかはつみはそんな彼に何気なく質問していた。

「デスティンさんはここを出たら何をするの?やっぱり絵本を出版するのかな?」

デスティンは突然食べるのを止めて静かに言った。

「ゴメン、僕はここから出ないよ」

「え?」、と一同はその言葉を疑って声を揃えた。

「出ないって、このままここで一生暮らすつもりなのか?」

信じられないというような顔をしてジッタが聞き返した。

「ああ、そうだよ。ここから出たって外の世界に何があるっていうんだよ。ここは食べ物だってあるし住むところに困らない。オークだって居ないし、まぁ少し寂しいけれども、僕はここで絵本をずっと書いているから寂しくないんだ」

そのデスティンの答えを一同はきょとんとした表情で聞いた。ジッタは更に聞き返す。

「おいおいおいおい、こんな日の光も届かないゴミゴミしたところで誰とも会わずに一生を送るのか?一体その、その、どうやったらそんな結論に達するんだ?理解できねーッ」

「理解しなくてもいいよ。誰だって好きに生きていく権利がある」

ジッタは肩をすくめて「お手上げ」のポーズをした。それまで黙って聞いていたキサラがデスティンに言う。

「好きに生きていくって、それは本当にデスティンさんが望んだ事ですの?」

「ああ」

「それはウソですわ」

「え?なんで?」

「ここから出れなければ絵本を出版できませんわ」

「出版しなくてもいいよ。僕の絵本を見てくれる人はあまり居ない」

キサラは胸に手を当てて言う。

「わたくしは貴方の絵本を見ましたわ。とても面白かったですわ。はつみだって、ナジャだって、ミーシャだって、貴方の絵本を面白いと評価しましたわ。貴方にもっと面白い絵本を作って欲しいと願う人がここに3人いますわ。それでは不満ですの?」

ボサボサの髪を掻き毟りながら決してキサラとは目を合わせようとせずに彼は続ける。

「自分の描いた絵本が学校で危険指定書物に認定されたんだぞ?子供の親達が書店に押しかけて危険な絵本を売るなと声高々に叫んだんだ。僕の絵本で何を言いたいのか理解もせずに、うわべだけ見て表現が危険だとか、下品だとか」

デスティンは立ち上がって本棚に向かい、彼の書いたであろう絵本を放り投げなげた。「これも」「この本も」「この本だって!」、そう言って絵本を放り投げていく。それらは洞窟の地面にゴロゴロと散らばっていった。そして言う。

「僕は世の中の事をただ単に絵本にしただけだ。学校という閉ざされた空間で純粋に綺麗事だけ見て育ったって何が正しくて何が間違ってるのか理解できないさ。色々と経験をつんで大人になっていくんだ。その手助けをしたいだけだったのに。僕は近所の連中からも家族からも仕事仲間からも白い目で見られて、逃げるようにシハーに来て気がついたらこの洞窟で暮らしていた」

普段それほど話さないデスティンが一気にそれだけの声を張り上げて話し続けると仕舞にはゼェゼェと息を切らせてしまった。だがジッタはそんなデスティンを一蹴りするような言葉で返す。

「お前は腰抜けだよ」

「なんだと?」

「腰抜けだって言ったんだよ。お前の描いた絵本は誰かに評価されなきゃダメなのか?評価される事が目的なのか?って言ってんだよ」

「…」

「俺様はこれでも技術者の端くれ。色々と飛行艇造ってきたけどな、誰かの為に造るって考えはとうの昔に捨てたさ。ビジネスだからお客の為に作るのがスジだろうけど、だからと言ってお客が言うとおりに造ってもいいモノはできねぇ。てめぇで造るモノはてめぇで満足しなきゃダメだ。他の奴等がどんなにいい評価しようと、てめぇが満足できないのならそれはクズだ。そんなものは犬のケツにでも突っ込んどけ!」

ジッタはデスティンが放り投げた絵本を一つ手にとって埃を払った。

「これはお前が考えた大切なストーリーだろ。本棚に大切にしまってあるのは、お前が満足した作品達なんだよ。誰が何と言おうと関係ねぇ。お前がここに篭って絵本を描くことにはなんにも文句はねぇよ。でもな、ビクついてここに篭ってるのならそれは間違いだ」

そう言いながらジッタはデスティンが放り投げた本を一つ一つ丁寧に拾い上げて埃を落として重ねた。その様子をデスティンはただ黙って見ていた。

カイはデスティンをフォローするように一言、

「ま、あれだろ、描くのに困ったら俺の武勇伝でも描いてくれよ」

そう言ってからデスティンの肩をぽんと叩いた。

5

洞窟内に昼と夜の区別などないが、恐らく1日ほど経ったであろうか、ジャ・ハイがみんなが起きた事を確認してから「案内スル」と言って先をトコトコと歩き出した。一人だけ、デスティンだけは一人残って。もちろん、はつみ達は何かしら彼に話し掛けようとはしたが重苦しく沈んだような表情をしていたのでこれ以上は何も言うまいと別れの挨拶はなにもしなかった。

案内されて辿り着いた先は、やはり普段から物拾いをしている例の場所であった。

「ここ出口をなんども探したが結局見つからなかったけどな」

とジッタが言う。

ジャ・ハイが天井を見上げている。次の瞬間、あたり一面が光に包まれた。まるで魔法の閃光のようにも思えるほど強い光だったが、しばらくするとそれが日の光である事がわかった。空が見えたからだ。

そして凄まじい地震。

まるで洞窟がグルグルと回っているかのような地震で、はつみ達は立っていられなくなりその場にぺたりと座り込む。今まで空が見えていたのに、それは90度ほど回転して今度は砂漠が見えた。洞窟だと思っていたものが自ら動いているのだ。

足音が聞こえた。はつみ達の背後から。

まぶしい光に照らされて暗闇からデスティンの姿が見える。

彼は何年ぶりかに見る日の光に手で目を半分だけ覆い隠してゆっくりとはつみ達に近付いて、そして言う。

「ここから出る事にするよ。僕は…僕は色んな人に出会って、色んな出来事を見て、そして自分が大好きなストーリーを絵本に書くんだ。今はただ…それだけがしたい」

はつみ達は振り向いた。デスティンからは彼女達の表情は逆光で見えなかったが、それはきっと歓迎している表情である、そうデスティンは感じていた。

案内を終えて、ジャ・ハイは洞窟に戻ろうとしていた。

「ジャ・ハイ…君は残るのかい?」、とデスティン。

「オレ、砂漠ノ魔物、ジャ・ハイ。ミンナニハ付イテイケナイ」

「…寂しくないかい?」

「大丈夫、オレ、オ前ノ絵本、読ム」

思わずデスティンは笑ってしまう。

「君は目がないだろう?どうやって読むんだい?」

ジャ・ハイは口をあんぐりと開けた。その置くには一つだけ、喉の辺りに目がある。

「はは…そこに目があったのか」

そうして、デスティンとはつみ達は洞窟から光り輝く砂漠へと出て行った。今までいた洞窟を振り返るはつみ達。しかしそこには信じられないものが横たわっていた。

巨大な砂ミミズだ。

巨大な砂ミミズが砂から頭を出してあんぐりと口をあけている。そしてまるで舌のように、口の中にはジャ・ハイの姿があった。その"舌"は手を振って"さよなら"を言う。と同時に砂ミミズの口は閉じて轟音と砂を巻き上げて砂漠へと消えていった。

はつみ達はあんぐりと口を空けてその様子を見ていた。

6

強い日差しに照らされて歩くこと数刻。はつみ達は岩場に辿り着いた。

そこにはまるで待ち合わせたように風雅達が集まっていた。

「おうおうおう、何日かぶりじゃねーか。なんで俺様達がここに来る事が判ったんだよ?」

そのジッタの質問にはジニアスが答えた。

「ヤンさんが昔、伝説の魔物ジャ・ハイに飲み込まれて生還した村人達の話を聞いたんです。話に寄れば村人達はジャ・ハイの中で何日か過ごして、満月の昼間にこの場所で開放されたと。その話を誰も本気で聞いてはくれなかったんですけどね、ヤンさんは子供心に疑いもせずに信じて覚えていたんですよ」

ヤンははつみ達を見て言う。

「でも本当にあの魔物の中で何日も生きて、生還するなんて…なんていうか、生命力の強い人達だ…」

「何日もっていうなら、ここにいるデスティンなんかは"何年も"だぜ」

そう言いジッタはさりげなくデスティンを紹介した。

デスティンは恥ずかしそうに頭を下げて名乗る。

「ははは…絵本作家のデスティンです。よろしく」

「絵本作家のデスティン?!」

そう反応したのはロイドである。そして彼は続ける。

「あの刺激的な内容で有名な絵本作家のか!」

「刺激的…ですか…ははは」

「今、アンタの出した本は全部プレミアついてんだよ。なんでも刺激的な内容で問題になってそれで噂が広まって今じゃ若い奴等に大人気だってよ。なんか新作ないのかな?俺も実はアンタのファンでさ…ほら、なんかエロい奴とかないかな?」

などと言いながらも他の人に話が聞こえないように何処かへと連れ去っていくロイド。

その様子を後ろから見ていたジッタが言う。

「ありゃ問題起こして人気になるクチだな…」

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