ジャ・ハイ

1

砂漠の移動はニラマと呼ばれる動物で行われる。ニラマは砂漠に適合した動物で背中にあるコブの中に栄養分を蓄える事で少ない食事と水で何日も生きることが出来る。ただし人間とは逆で気温が高くなければ活動できないため、夜間は移動する事が出来ないという欠点はある。

風雅達が乗る馬車も沢山のニラマにより転がされている。周囲にはシハーの兵士が同じくニラマに乗って周囲を警戒しているが、一見すると風雅達が逃げないように見張っているようにも見える。

よってジニアスの提案でシハーの兵士達だけに周囲の警戒をさせるのではなく、ジニアスの部下にも同じ事をさせることになった。シハー兵とアルザタール兵は過去のわだかまりがあるにしても次第に打ち解けあう事となった。それでも一部の兵士については未だに互いに会話をしたがらないでいる。

砂漠の移動は「導き岩」という岩を目印に岩から岩へと移動が行われる。岩の周囲は砂に覆われることが殆どない為、キャンプは岩の周囲で行われる。

キエフを出発してから何度目かのキャンプでシハーの兵士同士で言い争いが始まった。その最初のきっかけとなったのは導き岩がシハーの首都、バベルへ行くルートにあるものと異なるではないか、という兵士の一言だ。ただ、その兵士は階級が低いらしく、疑問に思ってはいたが最初は黙っていたそうだ。地図にある導き岩同士の間隔と実際の間隔は同じように感じられた為、本当にバベルルートなのかどうかは導き岩の見た目だけで判断する事になるわけだが、砂漠の民でない限りは導き岩の見た目を記憶している事は難しいが、その階級の低い兵士は少し前までは砂漠の民として移動生活をしていたから導き岩の形状を記憶している様だった。

結局のところ、その兵士の見間違えと判断された。だが上官からの圧力が掛かった為に無理にそういう事となってしまったという前提はある。その言い争いの結果、現在の導き岩から先に進む事無くそこでキャンプとなった。

2

その日も普段と同じ様に焚火を囲んでの食事。

突然ナジャとミーシャがぴくりと身体を震わせると周囲を警戒した。

「どうしたの?」

干し肉をかじりながらはつみが聞く。

「なんだか変な匂いがする…ミーシャも感じたかい?」とナジャ。「なんだろう…死臭?」とミーシャ。そして二人はキャンプの周囲を匂いをかぎ廻った。その変な様子にジニアスが質問する。

「どうかしたんですか二人とも」

「死臭がするよ…砂の匂いに混じって死臭がする」

「死臭?というのは人の死臭ですか?」

ナジャは首をひねってから再び匂いを嗅ぐと、

「いろいろ…」

「いろいろ?」

ジニアスはシハー兵の部隊長をつかまえて死臭の話をする。砂漠に詳しい彼等なら何か知っているかと考えたのだが、彼は首を傾げるだけで明確な答えが返る事はなかった。しばらくしてから、ナジャとミーシャの感じた予兆は別の視点から正しかった事が解る。

それは最初、導き岩に疑問を感じた新米兵士の声から始まった。彼は慌てて焚火を囲むシハー兵士達のもとへ駆けてきて「ニラマが暴れている!」と言い出す。ニラマは夜間では寝ているはずが何故か手綱を引き剥がして逃げ出そうとするほどに暴れているのだ。

「ニラマが夜に暴れるときは近くにジャ・ハイがいる!」

その新米兵士が慌てた様子で言うのでアルザタール兵も風雅達も緊張して彼の話に耳を傾けようとしたが、シハーの兵士達は彼を笑い飛ばした。

「ジャ・ハイだと?ハハハハハ!おとぎ話の神様だぞ?」とシハー兵の一人が言う。別の兵士に至っては「お前、ジャ・ハイを見た事があるのか?おじいさんに聞いた話だと言ったら怒るぞ?」と昼間の事を思い出して新米兵士にカツを入れようとしている。

ジニアスは再び彼等の部隊長に話をする。

「先ほど私の部下が奇妙な匂い…死臭がするという件と、ニラマが暴れだした件は関係あるのじゃないですか?ジャ・ハイというのはなんです?」

「砂漠の厄災を現地の人間は"ジャ・ハイ"という神様に見立てているのですよ。砂嵐も危険な動物も、老衰で死ぬことさえ"ジャ・ハイ"と言っているんです。まぁ死神のようなものですね。得体の知れぬものが近付いてきてそれを察知して動物が暴れて…それでジャ・ハイがきたと言っているんです。ただの戯言ですよ」

「ふむ…ならいいのですが」

風雅達の焚火まで戻ってきたジニアスは再びナジャ・ミーシャの元へ、

「死臭以外には何か臭いませんでしたか?例えば…動物の匂いとか」

「砂の匂いがなくなれば何かがいたら解るんだけどな〜…」

そういってミーシャは再びくんくんと鼻をひくつかせて匂いを嗅いだ。

「今日は見張りを立てたほうがいいですね」

ジニアスの"見張り"というキーワードに反応したのか、カイが再び問題発言をする。

「いよいよ戦争が始まるわけだな…楽しみだぜ」

幸いにもシハーの兵士達がいる焚火の辺りまでは聞こえなかったがアルザタール兵や風雅達からは再び白い目の視線を浴びる事になった。

3

深夜。シハーの部隊長のテントには部下である男が一人呼ばれている。彼は昼は導き岩に不審を抱き上官に物申し、夕暮れ時には近くにジャ・ハイがいると騒ぎ立てた新米の兵士である。

「ヤン。軍隊においての規則というモノを教えてやろう」

部隊長がヤンと呼ばれた新米兵士の周りを軽く歩いてから言う。

「軍隊では上官の命令が全てだ。なぜだか解るか?」

「個人が勝手な行動を取れば集団として機能しなくなるからです」

「解っているじゃないか…では昼間のあの騒ぎはなんだ?」

「導き岩の選択に誤りがあるのではないかと指摘したまでです」

「ヤン。貴様の仕事は誰かの誤りを指摘する事ではない」

「"誤り"があったと?」

「…違う。誤りなどない。貴様は混乱する情報を垂れ流した」

「地図を見せてください、部隊長。自分はこの地域のことには詳しい。どう考えてもシハーへのルートではありません。どこへ向かおうとされているのですか?」

部隊長は彼の机に振り返ると乱暴に地図を取り上げて、叩きつけるようにヤンに手渡す。あやうくヤンは地図を下に落としそうになる。そして彼は部隊長の異常な態度に疑問を持ちながらも地図を見た。

「こ…これは…イェスラへ向かうルートではないですか…どうして?」

部隊長はヤンに見えないように机の引き出しの中から短刀を取り出しながら言う。

「もう少し街に近づければ確実に外交官を始末できるのだが、まさか現地人が部隊に配属されていたとはな。これ以上は隠し通す事もできまい」

そして彼はヤンの目に見えぬように身体で短刀を覆い隠す。

「イェスラは反政府組織のアジトがある場所…部隊長…あなたは、」

ヤンが地図から目を離し再び部隊長の姿を確認しようとしたその時、短刀を持った彼の上官は素早くヤンの懐へと潜り込み、その短刀を彼の胸に向かって突き刺した。

4

剣が交わる音、魔法が発動する音。戦の音。

ジニアスと風雅達のテントの外からはそんな音が響いてくる。そして案の定、アルザタール兵の一人が傷だらけで彼等のテントへ入ってくると、

「逃げてください。応戦していますが敵はツワモノ揃いです」

「敵とは?」、とジニアス。

「シハーの兵です。ですが様子がおかしいのです。彼等同士でも争っているようで…」

ジニアスは彼の装備を整えながら言う。

「どのみち狙いは私か風雅さん達でしょう。まずはここから離れる事が先決ですね」

既に風雅達も装備を整え終わっておりいつでもテントを出る準備が出来ているようだ。しかも一人だけ抜刀して素振りをしている者までいる。

「カイさん…あなたも一応、"風雅さん達"に含まれているのですが…それはあなたなりの逃げる準備体操なのでしょうか?なんだか戦う気まんまんに見えるのですが」

どういう答えが返ってくるのかある程度は予想していながらもジニアスはカイに聞く。

「逃げる?俺が?…俺の"剣の腕"と"剣そのもの"を鍛えてくれた道具屋のオヤジ曰く、戦場で敵にケツを見せる奴はカマを掘られてアッチの世界にイッてしまうって噂だ。だから俺は逃げないね。逃げたきゃ逃げな!"お嬢さん"達」

ジニアスは額に手を当てて少し考える仕草をした。そして、

「すいません、解りやすく翻訳してくれますか…ジッタさん」

同じ様に額に手を当てて頭を痛めていたジッタは、

「えと…つまり俺が囮になるからみんな逃げてって言っています」

「では、お言葉に甘えて…」

そしてジニアスと風雅達はテントを離れ、一人残されたカイは喜び勇んで戦場へ向かって駆けていった。

5

主戦場から少し離れた場所にジニアスや彼の部下の負傷した兵士達、そして風雅達が集まってきた。

「戦況報告を!」

ジニアスは彼の部下にそう指示する。

「向こうはかなりのやり手ですね。肉弾戦を軸にした兵かと思わせておいて、魔術士も含まれており既にこうなる事を想定されたバランスのいい編成です。ただ、シハー兵でも女王の命令をそのまま従っている者もいるようで、我が部隊に加わっています」

「彼らと話がしたいですね。その我々に加わっているシハー兵と」

「負傷している兵を治療しております」

そういってジニアスの部下が案内した先にはヤンが横たわり腹部を押さえていた。魔法によってその深いであろう刺し傷を治療されているようだ。

「どいてくださいまし。わたくしが治療しますわ」

そういって兵達を掻き分けてキサラが現れる。彼女は回復魔法を詠唱するとヤンの腹部に手をあてがう。そして詠唱が終わると眩い光と共に傷が無くなった。

「おぉ…さすがはモンスール卿のお孫様ですね」

とそれまで治療に当たっていた兵士がキサラに一礼する。

ただ一人、ジニアスはその様子に疑惑の視線を向ける。

(この深い傷を一瞬で回復させるとは…聞いた事がありませんね…)

そう思いつつキサラの顔を見ると、ジニアスがキサラと再開した時には判らなかった点を見つけていた。彼女の真っ赤な目である。

「お嬢様…その目は?」

「目がどうされましたの?」

その真っ赤な目が暗闇の中、いっそう真っ赤に輝きジニアスを見つめている。

「あぁ…この目は"鷹の目"ですわ。ある錬金術師に頂いたのですわ」

「そう…ですか」

そしてジニアスは再び腕組をして考え込んだ。

(鷹の目…古の魔法を操る事が許された者に現れるという刻印ですか)

そう考えていると既にヤンの意識は回復していた。

「ジニアス外交官…すいません、彼等を止める事が出来ませんでした」

苦しそうにそう言い放つヤン。

「いえ、いいのですよ。あなたは十分やってくれました。これからも協力よろしくお願いします。…早速なのですが、今この状況を回避しなければならないのです。彼等の目的はやはり私を殺す事なのでしょうか?」

「そうです。ただ、女王が外交官のお仲間に興味を持たれている。何故興味を持たれているのかは私は知らないのですが…女王は以前より強大な力を欲していらっしゃるから、かの反政府組織も同様にその力を欲しているのだと思われます」

「なるほど…」

「今できる事は、導き岩を伝い聖都まで戻ることです…」

「なれない砂漠を逃げてまわるのですが…これはしんどそうですね」

そう言ってジニアスが見つめる方向は戦火とは逆の方角。そこには星に照らされる砂漠の薄暗い砂丘が広がっていた。

「ジニアス!」

呼ばれて振り返るとそこには準備を整えた風雅、豊吉がいた。

「まさかとは思うのですが、戦場に向かうおつもりで?」

「カイが戻ってくるのが遅いので迎えに行くつもりだ」

「すいませんが、それは止めてください。奴等のおもうつぼです」

「というと?」

「彼らの目的は私と、風雅さん、豊吉さん、あなた方二人です」

「まずいな…」

「まさか、もう向かわれたのですか?」

「あぁ、残っているのは俺と豊吉さんと、ロイド、マハだけだ」

「わ、わかりました。私の部下に救援に向かわせます。皆さんはここで待機しててください。しかしそれにしても…この状況で戦場に向かうなんて、戦い慣れされてますね」

「色々あってね、みんな血の気が多くなってるんだ。ロイドを止めるのも苦労しそうだ」

6

シハーの正式な軍刀はシミターやショテルなどの持ち運びが容易いものである。砂漠を移動する事が多いためなるべく装備は軽くするようにという文化の上でそれらの剣が自然と選ばれていた。

だから自分の身長ほどもある大剣を文字通り"馬鹿力"で軽々と振り回すカイは想定外の敵であった。だが決してシハー兵が不利な装備というわけではない。両手剣は扱いが難しく、"受け"がしにくいという欠点がある。強烈な一撃をかわせたのならそこにスキが生まれる。しかしその欠点をカイの"馬鹿力"がカバーしていた。

間合いをつめて双方が攻撃可能な距離になったとき、カイの剣がかわしきれない角度で振り下ろされる。もちろん、そこで盾や剣で受けを取るのだが、よくて盾や剣が壊れるか、最悪の場合はそれらを貫いてしまう。

「チェェストォォォ!」

そうカイが吠えで大剣が振り下ろされると、それを受けたシハー兵の盾が真っ二つになる。盾を捨て、片手剣を突き出す。だがカイは自らの大剣を手放すと軽々とその攻撃を避けて再び大剣を掴み、今度は先ほどとは逆に天に向かって振り上げる。今度は防ぎようがなかった。シハー兵は身体を真っ二つにされて倒れた。

「ほらほらどうした!さっきの威勢はどこへいったんだ、コラ!」

そうやってカイが挑発するのは2度目である。1度目に挑発した際には仲間を殺られて怒り狂ったシハー兵がカイ目掛けて集中的に攻撃してきたがあっさり倒された。2度目の挑発では恐怖だけしか込み上げてこない。

「その馬鹿は放っておけ!ジニアスを狙うぞ!」

その命令の後、シハー兵達は一斉にカイから離れてジニアスを追う。カイと面と向かって戦うのなら殺されてしまうだろうが他のアルザタール兵なら簡単に倒せる。そう思ったからだ。それはカイが大剣を持って追い掛け回してくる事は出来ないだろうと踏んでいるからであろう。しかし考えが甘かった事をシハー兵達は痛感させられる。

カイは一直線に守りの薄くなった部隊長に突進して行った。その馬鹿には最初っからジニアスを守るだの、戦いに勝つだのの考えはなかったのだ。周りの敵と認識されるものを片っ端から倒す、ただそれだけを楽しんでやっているだけだった。

「うぉぉぁぁぁぁぁ!」と、これは部隊長の断末魔である。

ジニアスを討伐するために戦線から離れようとした兵達は部隊長の助けに向かうも間に合わずカイの剣の餌食になる様を目撃しただけで終わった。カイの周囲には部隊長及びその周りにいた数人の部下の死体が転がっている。そして一言、

「てめーら全員殺してやる!一人残らずだ!特にそこの青いハチマキしてる奴!」

そうやってカイが大剣で指した先には青いターバンをしたシハー兵がいる。

「お前のハチマキを赤くしてやるぜ。俺は赤いのが好きなんだ」

カイに狙われたと認識した青いターバンのシハー兵は恐怖のあまり小便を漏らし、そのまま走って戦線を離脱した。

「逃げたな!クソッ!あいつが逃げたのは隣にいたお前の責任だ!お前をつけねらってやる!逃げても逃げてもお前を追い掛け回してやる!」

そうやって青いターバンのシハー兵の隣にいた兵を指すカイ。

「ひぃぃぃ!」

今度はその兵が逃げ出した。そうして部隊長を失って命令系統が壊された部隊の兵達は我先にと戦線を離脱して方々へ散らばっていった。

7

ナジャとミーシャを先頭にはつみ達は砂漠の暗闇を進んでいた。裏切ったシハー兵と戦っていたアルザタール兵やシハー兵にジニアスがいる場所に向かうよう呼びかけながら。

そして妙に周囲に沢山のシハー兵の死体が転がっている場所に差し掛かる。

その真ん中に立っていたのがカイであった。

「よっ!」

と手を上げて挨拶をするカイ。

「なんだこりゃ!これお前が全部やったのか?」

周囲を吃驚しながらみて周るジッタ。

「しょうがねぇだろ奴等が襲い掛かってくるんだから。ま、今日はサービスデーって事でコロシの料金はサービスしとくぜ」

「馬鹿か!こんなので金払わされたらたまったもんじゃない」

ナジャとミーシャはカイの周囲に集まり、

「しっかし強いね〜キミ。ロイドよりも強いんじゃないの?」

とそんな話をすると、カイも悪く思っていないのか照れながら言う。

「フッ…動物っていうのは皆、こうやって何かを殺めて生きていくもんなんだぜ…悲しいかな、それが持って生まれたサガなのさ。全ては生きていく為…」

「へっへっへ、カッコイイね〜気に入ったよ、キミ」

と言ってツンツンとカイの胸を突くミーシャ。

そんな様子を呆れた顔で見ているキサラ。カイに聞こえるか聞こえないかの声で言う。

「それは食べる為に殺めているのですわ」

その時、周囲に地中深くから重低音が響き渡った。周囲には建物はないが、まるで地震で建物が揺れるような音がするのだ。

「っと、うぉ、なんだこりゃ」

ジッタが小さな身体を揺らしながら言う。

はつみは立っていられなくなったのか、ぺたんと地面に座り込んだ。

「す、砂の中に何かいるよ!」

テトがはつみの横で地面に向かって吠えた。

「砂?!」

次の瞬間、それまでそこにあった砂地はまるで流砂のように軟らかくなりはつみ達や、シハー兵の死体を飲み込んでいった。

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