カイ

1

その日、風雅達が会合を開くレストランにはシハーの戦闘装束を着た兵士達が20人近く集まっており物々しい雰囲気となっていた。そして会合の席ではジニアスがその事情を風雅達へ話しているところだった。

「シハーの女王から外交に応じる旨の連絡が来ました。それだけでも意外なのですが、さらに護衛の方々をつけるとの事なのです。ほら、あちらに見えます随分と物騒な装備の方々がわたしを護衛する任を負っています」

ジニアスが指す方向には室内にも係わらずフードで顔を多い、装備は身体から離すことがない文字通り物騒な姿の兵士達がある。それは直ぐにでも出発するので急いで欲しいといわんばかりの格好であった。

「護衛というよりも監視というのが似合いそうだな」

と風雅が皮肉を言う。

「まあ、自分は最初からこのなれない砂漠の旅をアルザタールの国の人間だけでやってのけようとしてたわけだから、それに比べれば非協力的であっても心強いです」

「これだけの護衛をつけるっていうのはやっぱり何か意味があっての事なのか?」

と質問したのはロイドである。

「前にも説明しましたがシハーは現在内政が混乱しており、派閥同士で争っている状態です。その一部の人間達はアルザタールと仲良くしたくないらしく、…まぁ簡単に言えば、私を殺してしまえばシハーとアルザタールとの関係は最悪になるわけです。それで女王は私を護衛する事を選んだわけです」

「そうか?ジニアスが殺された方が女王にとっては面白い展開になるわけだろ?」

そんなロイドの無神経な言葉にジニアスは肩をすくめて苦笑いした。

「流石の女王もそこまで狂った展開を面白がったりするセンスは持ち合わせて居なかったようです。それだけは神に感謝していますよ。ただこの話にはオマケがありましたね」

「オマケ?」

「えぇ。風雅さん達と同行することを女王に伝えてあります」

風雅と豊吉は顔を見合わせて何か小さく会話をした。それからジニアスに向かい、

「どうやらシハーの女王は俺達の事をいくらか知っていて興味を持っているらしいな。俺はその興味とやらが悪い方向に行きそうな気がしてならないよ」

「ですが、今は女王に秘宝に関する調査協力だとか…必要ですよね?」

「あぁ…。ただあの怪しげな格好の兵士達も気を使ったほうがいい」

「解っていますよ。幸いにも馴れ馴れしく話し合う雰囲気ではないですからね、そうなればこちらも警戒できるというものです」

「それで、出発はすぐなのか?」

「そのようですので、みなさん、どうか準備を早めに。砂嵐が頻繁に発生する時期が近付いているので早めに砂漠を渡りたいそうなのですよ。ほんとに色々と過酷な国です」

2

レストランの玄関前に腕組みをしてジッと睨みをきかせる女の姿がある。

そしてその隣には暇そうに空を見上げている少年の姿、それぞれは誰かが出てくることを待っているかのようで、女に至っては客が外に出てくるとその睨みを客の顔に向ける。睨まれた客達は吃驚して反射的に身体を反らす。

女の名はニーナ。ジェノバではジッタから借金を徴収しようと粘っていたが最終的にはジッタ脱出という失態を起こしてしまった。そして右隣の少年はその当事者で、ジッタ脱出というそもそもの原因を作り出した者である。

「エルドの話だとジッタ社長はこのレストランに度々姿を現していたそうよ。よく酔って客にチョッカイ出している姿を目撃されたそうね。ったく、酒を飲む金があるんだったら少しでも借金の返済にあてて欲しいものだわ」

隣でのほほんと空を眺めていた男、カイはニーナに向かって力強く微笑む。

「ま、心配すんなって。今度こそ確実に奴を仕留める!」

一瞬ニーナの額に青筋が浮き上がったかのように見えて、その後カイの懐にニーナのエルボーが綺麗にキマッった。そして彼女はカイの胸倉を掴んで怒鳴る。

「"仕留めて"どうすんのよ!借金を返させるのが目的なのに!」

「ま、待てよ!わぁーったわぁーった!俺の"言葉のあや"って奴だ。気にすんなよ」

「アンタは馬鹿だから考えてる事がそのまま口に出るのよ!だいたいねっ、」

「おい!ターゲットが出てきたぜ」

カイが指差した先にはジッタが鼻糞をほじくりながら街道に出ている様子がある。それを見たニーナは、まるで目前の逃げ出しそうなカエルを背中から丸呑みする蛇のように音も無く素早くジッタに近付いた。

「ジッタ社長。おひさしぶりですね」

「っ…うぉ!やべぇ!」と、これはジッタの小さな悲鳴だ。そのまま彼は逃げる体勢になり、その逃げ足の1歩目を踏み出した時であった。

「カイ!」

ニーナが叫ぶとカイは背中に抱えた巨大な両手剣をジッタの小さな身体に向かって振り、そして彼の喉元1ミリのところで寸止めした。ある意味高度な技術である。そして自慢げに脅し文句を言うカイ。

「ぉ〜〜っと動くなよ。動けばその身体が2頭身から1頭身になるぜ」

「チィッ…」

ジッタが悔しそうに舌打ちしたところで、ニーナは動けないで居るジッタに近付き、彼が大事そうに抱えている酒瓶を取り上げた。「あぅ」と小さな悲鳴を上げるジッタ。

「社長。お酒を買うお金はあるのに借金を返せないというのは矛盾していませんか?」

「そ、そのお酒は買って貰ったんだよ!」

「では、その足長おじさんに借金を肩代わりしてもらうというのはどうでしょう?…ジッタ社長!飛行艇を作るのも、工場で花火を上げるのも、仲間と旅をするのもあなたの勝手。どうぞお好きにして頂いて結構です。だ・け・れ・ど、借りた物を返さないでいられると貸した側は盗られた気分になるんです!今こうして私はあなたの大切な酒瓶を取り上げてる。これをこのまま返さなかったらきっと泥棒って叫ぶんでしょうね?わたしは今すぐにでもあなたを名指しで泥棒と叫んでしまいたい気分なのですよ!」

「お、俺様だってな、返せるものなら返したいよ!でもな、無いんだよ!返そうにも無一文の俺様じゃあ逆立ちしたってな〜〜んにも出て来ないんだよ!」

そういってジッタは公衆の面前で服を脱ぎ始めた。そしてついには丸裸になり、まるで赤子が腹を空かして泣き叫ぶようにブンブンと手足を振りながら叫んだ。

「ほら!取れよ!取れるもんなら取ってくれよ!ケツの毛まで抜かれて悲鳴もでねぇーよ!!こんな俺様から取れるものがあるなら取ってくれよ、ほら!」

裸で尻を公衆の面前でさらけ出すジッタ。そこに毛が生えていたか生えていないかはニーナにしか見えない位置だが、そんな異常な光景に動じることなく彼女は淡々と言う。

「じゃあどうやって借金返す気なのよ?返す気はある、だけれどあてがない。なら経営を再建してから返してもらうのが一番いいんだけど」

「俺様の元から社員は去っていった、それを知ってのことかよ?ネェちゃん去っていった社員を連れ戻してくれるなら考えてやってもいいが。…まぁ今のところ、完全にあてがないってワケじゃないがな…」

「?」

「今、俺様は飛行艇でお客さんを連れまわしてるわけだが、そのお客さん達がお宝を探し回っているんだとよ。もしかしたらそのお宝に金銭的価値があって、金儲け出来るかなってのは思ってるんだよ」

「そうなの…じゃあ解った。私はあなたの会社の経営再建の事を模索するわ。あなたは今の仕事を続けて。"お宝"の事も忘れないでね。で、あなたが逃げ出さないように監視役をつけるわ。カイ。お願いね」

と、突然話を振られて目を点にするカイ。

「ッハァ?」、と心境がそのまま言葉にでるカイ。

「ハァ?じゃないでしょ。それがあなたの仕事なのよ、一体何すると思ってここにきたのよ?まさか社長を殺すって本気で思ってたんじゃないでしょうね」

「え、だって殺、」

のところで再びニーナのエルボーがカイのみぞおちにヒットする。

「ん…んぉぅ…いい拳持ってやがる…ぜ」

そんなカイのリアクションは無視し、

「じゃ、カイを置いていくわ。よろしくお願いしますね、借金の返済。私は何が何でもジッタ社長から借金を返済させなければならないのよ。そのために会社を再建する手伝いだってする覚悟よ。私の覚悟も忘れずに覚えておいてね」

ニーナはそう言うとジッタに背を向けて去っていく。唖然として取り残されるカイ。

その背中に向かってジッタが言う。

「もっと早くにアンタと出会ってたらな…そしたら俺様の会社に…。お嬢さん、アンタは銀行屋は向いてないぜ。もっと輝ける場所がある」

ニーナは足を止める。そして彼女は記憶の中を逆走していった。

上司であるマリオの言葉や個人実績主体である銀行員という仕事、借金の取り立てという非生産的な仕事、実績を競う競争相手を蹴落とす事、周りからの嫉妬、ストレス、そんな禍々しい記憶が蘇る。最後に蘇った記憶は、深夜のオフィスで一人机で仕事をしている時「一体ここはなんなの?」と呟いた事だった。

「一体…何してるんでしょうね。私」

その言葉にジッタはニヤリと笑った。

「道を探してるのさ。ただそれだけの事だ」

「もし…もし私が仕事止めたら拾ってくださる?」

「あぁ。俺様がいつか本当に社長に戻れたら、やってやるさ」

3

「ということで、」

とジッタは風雅達を集めてこれまでの経緯とカイが監視役として自分にぴったりとくっついてくる事を全員に説明した。誰も口に出す事はしなかったが「コイツはまた何かやらかしたのか」というのが顔に書いてあるような表情でジッタを睨んでいた。

「この男はカイ。俺様の監視役を担うらしい。見た目すごく馬鹿そうに見えるが、本当に馬鹿だから注意してくれ。ほら、カイ。自己紹介しろ」

「ちぃ〜す。今はジェノバで便利屋やってるけど、将来はコロシを家業にしていこうと思ってるんで殺したい奴いたら俺に教えてくれよ。超サービス料金でやるからさ。んで、さっき話し聞いたんだけど、今からシハーの女王を殺しに行くんだって?」

「…」、と一同は唖然、その後ジッタを睨む。ジッタは少し冷や汗を掻いて弁明する。

「こ、これは彼なりのジョークだよ。ジョーク」

「ジッタ。頼むからシハーの兵士の前ではそいつを黙らせておいてくれ」

と風雅に厳重注意されたジッタはカイと「少し話がある」と二人で隅に行き、これからの目的を親切丁寧に教えていた。色々と説明はしたが結局のところ結論は「カイはジッタの見張りだけして他は何も手伝わなくていい」という事となった。

その日の昼、既に小さな砂嵐がキエフの防壁の外では起きていた。その中で馬車の一団が周囲の兵士達に囲まれながら出発した。その一団には風雅達やシハー兵士、そしてジニアスと彼の部下の兵士が搭乗している。

出鼻をくじくように発生した小さな砂嵐はこれからの旅の行く末を照らすであろう希望の光を暗雲の中に閉じ込めてしまっていた。

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