1
キエフの昼、気温は一日で最も高くなる。その気温の高さが人の行動力を削ぐ。それはキエフに住んでいる者以外であれば尚更だった。
「あっちぃ…ったくこのクソ暑いところに街なんか造るんじゃねーよ」
吐き散らすように言ったのはジッタだった。ロイドの悲鳴で目覚めた彼は、昼、暖かくなってから寝ようとしていたが、暖かくなるどころか灼熱の気温と化したキエフでは寝ることすら出来なくなってしまった。そして街道を影を見つけては影から影へと移動していた。
そして彼がようやくレストランへと到着した頃には既に昼食の時間となっていた。メンバー全員が集まって昼食をしていると思ったが、どうやらそうでもないらしくなにやら話している声が聞こえた。構わずジッタはレストランへと入っていった。
「メシだメシ!早く食わないと飯が沸騰しちまうぜ」
と言ったジッタだったが、そういう冗談を笑える雰囲気ではなさそうだった。
「ロイド、確かに俺は今のメンツを選んでいたわけじゃない。なりゆきで仲間になってしまったわけだが…こういう話をするのは初めてだが、俺はみんなの事を信頼している。少なくともそこらの人間よりかは遥かに優秀だ」
「ザイードだって優秀な奴だぜ、あいつはキエフ侵略部隊の部隊長だったんだ」
「ロイド…よく考えてみてくれ。今までだって危険な時は数え切れないぐらいあった。はつみだって運よく助かったが、一歩間違えばあの時俺達は仲間の一人を失ってたかも知れないんだぞ。もしあの場にザイードが居たとしたらどうなんだ?守り切れるのか?」
「…」
「車椅子に乗った人間を一緒に連れて行く事は出来ない。本人も危険だし、俺達も危険になる。ザイードがどういう目的で俺達について行きたいのか解らないが、どうなるのかは本人が一番よく解っていると思うんだが…」
「なぁ…風雅、もし俺の手足が無くなったら、もしそうなったとしたら、俺は用済みか?俺はそこで置いてけぼりになるのか?…そういう事なんだろ?」
「…今朝の夢の話か」
「…あれは夢なんかじゃない、そんな気がするんだ。俺は手足がないって気持が解るんだ。だからザイードがどんな風に苦しんでいるのかも解る。こんな街にずっといて、国にも帰れず、辛くてしょうがないって気持が解る、だから申し出は断れなかったんだ…」
そして重い空気が辺りに広がった。その空気が読めず一人だけ何がなんだか解らないという状況のジッタは、構わず近くにいたキサラに言う。
「おい…」
「なんですの?」
「メシはまだ?」
「まだですわ」
「何の話してんの?」
「…ロイドさんのお友達が私達と一緒に旅がしたいって言われたのです。でもその方、怪我で両足を失って今は車椅子で生活されてる方なのですわ…」
「ケッ」
というジッタの台詞を聞いて、キサラはまずい事をジッタに話してしまったと少し後悔した。その後にジッタがどういう行動に出るのかが想像ついてしまったからだ。案の上、
「おいおいおいおい、ロイドさんよぉ〜」
「何だ2頭身」
「俺達はいつから障害者のリハビリ慈善団体になったんだ?えぇ?」
「んだとテメー!!」
「両足が無いやつが旅行してみたいだと?いいさ、すればいいさ。誰も咎めねぇぜ、誰にも迷惑掛けないならな。でも迷惑掛ける、絶対掛ける。俺様が保障してやる。それにな、これは旅行じゃねぇ。世界を救う為に戦ってるんだよ、俺様達はよ!自分の身体一つ守れネェ奴が世界を守れるか!」
「守れるさ、俺がそうだ。俺は両手両足がないがこうやって助けになってんだろうが!」
ジッタは「はぁ?」という呆れた表情の後、
「お前、両手両足あるじゃん…目ん玉腐ってるのか?」
さすがにロイドのその台詞には一同が首を傾げるほどであった。
そしてマハが彼をフォローした。
「ロイド…あなた、今朝変な夢みてからおかしいわよ。きっと色々と勘違いしてるのよ」
ロイドは何となくだがマハなら自分の気持を理解してくれると思っていたようだった。だからマハのその台詞で彼は自分の決めた選択が本当に正しいことだったのか不安に襲われた。しばらく黙ってから一言、
「すまん…俺は何か間違ってるのかもしれない…頭冷してくるわ」
そういって部屋を出て行った。
不安になったマハは彼の後を追っていった。
2
「一体どうしたっていうのよ?」
ロイドを追いかけたマハは結局レストランの玄関まで出る事になった。彼がそこで座り込んで外を眺めていたからだ。彼女の声にも動じる事なくぼんやりと外を眺める。
「俺にはザイードの苦しみが解るんだ、信じろと言っても解らないだろうが…」
「わかったわ」
「え?」
「ロイドにはザイードの苦しみは解る、手足が無いからじゃないわ、色々と見てきたからよ。だから自分の事の様に感じてしまう…そういう事ってあると思うわ。でもね、解ったからなんなの?どうしようっていうの?」
「ザイードと一緒に旅をする。そうすれば奴も何か変わるかもしれない」
「そうかしら…あなたにもし手足が無かったとして同じ事をしようと思う?そうすれば自分が変われると思うの?ジッタも言ってたけど、手足が無い事は事実なのよ。それで彼が他の人に迷惑掛けると少しでも思っていたのなら…、そうでないとしても、彼が他の人と自分を比べたときに感じる劣等感が強くなってしまえば、きっと苦しむのは彼自身よ」
「じゃあどうすりゃいいってんだよ!『このままじゃダメだ、このまま腐ってたら何もかも終わりだ、自分から変わらないといけない』…そう思って勇気出して俺に助けを求めてきたのかもしれないんだぞ?」
「辛いかもしれないけどザイードに事実を打ち明けて彼自身の中で決めなきゃいけない事だと思うのよ。誰かを助けるにしても助け方は色々あると思うの。その人の"本当にためになる"助け方がね…」
ロイドはしばらくの間考え込んでいた。それからゆっくりと立ち上がり、
「俺は…馬鹿だな。軽はずみな事を言ってあいつをそそのかしたんだ…。馬鹿で最低な野郎だ…ザイードに会って、謝ってくるよ」
3
ロイドが病室の前に訪れると中で話し声が聞こえる。
入ってみると既にレリアとザイードの間で険悪な空気となっているようだ。先ほどの話の続きだとすると判り易い。ザイードがロイドと共に旅に出る事についてなのだろう。
「ロイド!…聞いてくれよ、レリアが俺の話をまともに聞いてくれないんだ」
ロイドがそれに答えようとするよりも先にレリアが割って入る。
「まともな話じゃないから聞きたくないのよ?!足が無いのに旅についていくって、少し考えれば解ることでしょ?どれだけ迷惑掛けると思っているの?」
「そうやってやる前から何もかも無理だって決め付けるなんておかしいぜ…」
「おかしくないわ。少なくともあなたよりはあなたの両足の事について考えてるわ!ザイード…いい加減事実と向き合ってよ。あなたは単に両足が無いって事を認めたくないだけよ。旅に行く?それが認めていないって事を現してるじゃないのよ」
「出来ないことをやらなきゃ、何も進められないんだよ!」
その言葉はロイドが大戦中に作戦会議で言った言葉だった。シハーの大軍が押し寄せたとき、ティリスの防御壁は強力な攻城兵器を前に幾度となく破壊された。その都度修復・補強を繰り返したが資材も人も目に見えて減ってゆき誰もが絶望感に襲われていた。降伏すれば死、では潔く自決するか?そんな決断を迫られたとき、元老院に一人物申したのはロイドだった。
"出来ない事をやらないと、何も進められない"
今までと同じ様に修復と補強を繰り返しても崩されるのは時間の問題、なら別のやり方を考えるしかない。…結果、それが勝利に導く起点となったのだ。
(俺の言葉を大事に覚えていてくれたんだな…)
だがそれが解ったとしてもロイドの心の奥深くから溢れ出す不安からはどんな感謝の言葉も思い浮かばなかった。ただ、謝罪の気持でいっぱいとなっていたのだ。
「ザイード…すまない」
「?」
「お前を旅に同行する事は出来ない…」
沈黙。
ザイードは信じられない事を聞いた、という驚きの表情で、レリアはそれみた事か、という怒りの表情で、そしてロイドは床に顔を伏せて誰にも顔を見せなかった。沈黙はロイドにとって長く、苦痛に感じられた。だがザイードの言葉によって沈黙は破れた。
「……わかってたさ。最初から」
「え?」
「わかってて言ったのさ。誰が両足の無い奴を旅に同行させるかよ!俺がお前の立場だったらこう言ってやるさ。『お前みたいな蛆蟲野郎が生意気にも旅に同行させてくれだって?おととい着やがれ!』ってな。お前はお人好し過ぎるんだよロイド!」
"蛆蟲"という言葉がロイドの心に重く響く。まるでその言葉が自分に向けられたように、その言葉が自分自身を形容しているかのように思えて、その場から立ち去って誰も居ないところに行きたいとまで思えてしまう。どれほど泣き出したい気持になったのだろうか。だがそんな気持を吹き飛ばすような強烈な音が鳴った。
バシッ。
部屋いっぱいに響き渡ったそれはレリアがザイードに放ったビンタの音だった。
「最低よ!ザイード!…あなたがあの戦争で失ったのは両足だけじゃなかったようね!誇りも優しさも…何もかもよ…どうしてよ、どうして…あなたはあの時、街の人を助ける為に炎の中に飛び込んでいった。他国のしかも、シハーの敵国であるアルザタール軍の兵士であるあなたがよ。みんなあなたに感謝してるわ。今でもあの時の事を語り継ぐ人がいるわ。それなのに、"たかが"両足を失っただけで、どうしてそこまで堕ちれるの?」
泣き崩れるレリア。みればザイードの頬にも涙がこぼれていた。どうしたらいいのかわからないほどに捻じ曲がった事実の中にいる二人。それを察したかのようにレリアが続ける。
「どうか…どうか神様、わたしの尊敬する騎士ザイードに戻して、あの頃に戻して…」
そう言ってからレリアは静かに退室した。
そして部屋にはロイドとザイードだけが残った。
「ロイド…これで解ったろ?世の中なんともならない事だってあるんだ」
涙の混じったその声はロイドをあざ笑う要素は含んでいなかった。本当に本気で苦しんだ末にでた答えのようだった。だからロイドは反論できなかった。
「じゃあ…どうすりゃいいんだよ。俺はお前を助けたいんだ」
「どこまでも優しい奴だな。どうしたらそんなになれるんだよ…お前が悪いわけじゃないのに。単に俺が選択した道がそうだったというだけなのに。足が無い道を、俺が自分で選択しただけなんだ。ただ、俺は認めてもらいたかった。頑張ってもどうしようも無い時があるって。もう頑張るのを止めてもいいってお前の口から言ってもらいたかったんだ…」
ザイードに言われたとおりに、ロイドはその言葉を言おうとした。だがそれを口に出そうとすると何かとてつもない敗北感が沸き上がってくることが解る。心の奥底に、一人悩んで蹲る自分自身がいる。それに向かってもう頑張らなくてもいい、楽になれよ、そう言っているような気分になっていく。それが何を示しているのか解らなかった。だが最後にロイドを一押ししたのはザイードの心を救いたいという気持だった。
「もう、頑張らなくてもいい…楽になれ」
その言葉を発したとき、何かが吹っ切れてしまったような気持になった。それが大切な何かだったのか、それとも吹っ切れてしまうべき何かだったのかロイドには解らなかった。ただ何故かロイドの頬からもザイードと同じ様に涙が伝って堕ちた。
「ありがとう…ありがとう…ずっと、ずっと苦しかったんだ」
そう言ってザイードは枕に顔を押し付けて声を押し殺して泣いた。
ロイドは静かに退室した。
それがザイードの為になると信じて。
4
その日の夕方、ロイドが風雅達が停泊しているホテル及びその側のレストランへ戻ると重苦しい彼の気分を全く察しない光景が広がっていた。ドタドタと大きな音が聞こえるのははつみが走り回る音だ。
なにやらはつみの尻からぶら下がっているものがある。よく見るとそれはジッタだった。ジッタは酔った勢いではつみの尻に噛り付き、それを引き剥がそうと暴れているのだ。テトも本気で怒りジッタの尻に噛り付いて引き剥がそうとしているが、それがはつみを余計に苦しめている事を彼は知らない。
ここにロイドがいたならジッタは吊るし上げたり羽交い締めにしたりとするわけだが、幸いにも天敵がいない為か調子に乗っている様だ。他の客に迷惑を掛けるからと風雅や豊吉が止めに入るべきなのだが、ジニアスと旅のプランについて話している為か気付いていない様だ。だがようやくキサラが気付いて止めに入ったようだ。ジッタを引き剥がして客前にも係わらず彼のズボンを下ろし、尻を平手で引っ叩いた。
ロイドが席についてみんなと食事をしている最中でもジッタは深酔い状態でなにやら叫んでいた。あれだけキサラに尻を叩かれて真っ赤に腫れ上がっているはずなのに酔っているためか感覚が無いのだろうか、いつものペースで話している。
「うらぁぁぁ!俺様はコロボックル族のジッタ様だぁぁ文句あんのかコラぁぁ!」
誰も文句は言っていないが彼にはそんな風に聞こえるのだろうか。
「世の中苦しんでる奴もいるってのに、呑気なもんだねお前は」
と言ったのはロイドだ。何かしらの事情がある事はメンバー全員知っての事か、ジッタ以外は彼の言葉には少しだけわけがある事が解っていた。
「んだとぉぉぅ、俺様だってなぁ、く、苦しい…うぇぉ」
何かをいいかけたが吐気と伴ってうまく言えないようだ。
「そりゃそうやって酒飲んでりゃ明日には忘れるだろうからいいよな」
「わ、忘れてねぇぞ、うらぁ…お前が俺様を侮辱した回数はなぁぁあ!」
とロイドを指差して言うジッタ。それを見てキサラが言う。
「では先ほどわたくしが尻をぶった回数は覚えていて?」
「32回だ!!」
「あら…酔っていても覚えているのですわね」
「っったりまえだろうがクソったれが!人ってのはなぁ、嫌な事は忘れないように出来てるんだよ!!いいか!俺様はいつか貴様の乳を32回揉んでやるからな!」
「そんな事をしたら揉んだ回数だけ法廷に引き吊りださせますわ」
先ほどジッタに噛まれた傷は既にキサラに治療してもらい、涼しい顔でステーキをナイフで切り刻んでいるはつみが話しに入る。
「でも嫌な事は忘れるように出来てるってお母さんが言ってたよ」
「馬鹿か貴様はぁぁぁぁ!!嫌な事忘れたら、次に嫌な事が起きたら対処できないだろうが!!!生命維持は生物の基本的な機能だぜ!!忘れてるようでなぁぁ、きっちり心のふか〜〜〜〜い部分で渦巻いてるのよ、嫌な記憶がよぉぉ」
それは何気ない会話だったがロイドの心を何度もノックした。
(嫌な事を忘れてしまう)
(嫌な事は実は忘れないで心の奥底にある)
(同じ事が起きたとき、心の奥底から蘇る)
そう、それはロイドとよく似た状況だった。
「なぁ、ジッタ…もし嫌な記憶を思い出したらどうしたらいいんだ?」
突然会話に割り込み意外な質問をするロイドに皆は少し驚いた。
「ん?ぁぁ、簡単さ。逃げれば良いんだよ、逃げて逃げて逃げまくれ!」
「それで借金取りからも逃げまくってきたわけね、"私達を巻き込んで"」
と突っ込みを入れたのはマハだ。と言いつつも実はジッタの工場を爆破したのはマハだったが細かいところにはジッタ本人も気付いていないようだ。
「ちぃ…今は逃げててもなぁ…いつかゎ…ウォェッ」
そういってジッタは口を両手で塞いで手洗いまで駆け出していった。
「逃げる…か…俺は、逃げてきたんだろうか…」
「ロイド…」
マハはロイドが今もまだ悩んでいる事を気にしているようだった。
5
その夜、部屋に戻ったロイドは窓側のベッドに腰を下ろした。
窓を開けると上部に滞っていた砂がパラパラと下に零れ落ちる。その後、砂漠の夜の冷たい風が部屋に流れ込んでくる。それはいつか見た光景、ロイドの記憶の奥からは夢でみたシーンの続きが蘇ってきた。それが一体何なのか解らない、まるで自分が物語を想像しているかのようにも思えた。
ある晴れた日、その日もいつもと同じく朝が始まり忙しく人が働き始めるが、ロイドは一人病室で外をぼんやりと眺めていた。そうせざる得なかった。手も足もない彼が出来る事と言えば、朝の冷たい風を窓から受け、忙しく始まる他の人々の朝について愚痴を零す事ぐらいであった。
幾度となく流したであろう涙が再び頬を伝って降りた。
自分は一体なんだろうかと、嘆いてみせる。例えるなら芋虫。だが芋虫でもいずれ蝶になり大空へはばたく。では手足を失い、ただ食事をするだけの自分は一体何だろうか?
「死にたい…」
気付けばその言葉を発している自分がいる。
そんな自分を何年も前の若い自分が見ている。情けない…という差別じみた目で見ている自分がいる。その頃の自分には夢があり、どんな困難な壁も這い上がっている自身と決意があった。その自分に対して敵意むき出しの目で怒鳴る。
「じゃあどうすりゃいいってんだ?這い上がろうにも手も足もないだろうがよ!」
声は空間に空しく消えていった。
6
「ロイドさん!」
女性の声で目が覚める。マハと似たような声だが"さん"付けでは呼ばないだろうからそれがレリアの声であるとわかった。見れば彼女は血相を変えて部屋へ飛び込んていた。
「こんな朝早くから」
とロイドが言い掛けたがそれを最後まで聞かず
「ザイードが…!ザイードが」とレリアが次の言葉を詰まらせた。彼女は顔を真っ赤にして汗を掻いているようにも見えていたが、よく見るとそれは涙だった。ただ事ではないと思ったロイドは静かに次の言葉を待った。
「ザイードが…自殺したの」
ロイドの目の前が真っ白になる。全身から冷や汗が出るのがわかる。そして音が耳に入らなくなる。ザイードが若い頃の志を持った輝いた表情が浮かぶ、そしてつい昨日の疲れきった彼の表情が浮かぶ。
7
ザイードは毒薬を持ち出してそれを飲んで自殺していた。
海が見える小高い丘の上で、その方角には遥か向こうにアルザタールがあった。そして彼の遺体の側には遺書があり、以下の様に書かれていた。
「人生とは選択の連続だ。俺は軍に入り国を守るという選択をしてキエフ遠征を選択した。キエフでそこに住む人々を救おうとしたのも俺の選択だ。だから足を失ったことも俺が選択した結果なのだ。俺は最後に生きて行く事の希望を無くし死ぬ事を選択した。誰も責めないでくれ。全ては俺が自ら選択した道」
葬儀にはロイドや彼と旅を同行しているはつみ達も、そしてかつて彼の上官であったジニアスも出席した。キエフに住む人々も葬儀に参列した。
「何故キエフの人々はアルザタール兵の死を悼むのですか?」
事情が解らずロイドに尋ねるジニアス。それに答えようとしたがうまく言葉に出来ない。側で聞いていたレリアが代わりに答えた。
「大戦中に戦火に病院が包まれたとき、彼が患者さんを助け出してくれたのです。だけれどその時に崩れた瓦礫に両足が挟まれ、焼かれ、今の様な姿に…。街のみんなは彼がした事に本当に感謝しました。けれども、自分達を助ける為に大怪我をおってしまって、彼になんて言えばいいのか解らなかった。ありがとうと言えばいいのか、すまないと謝ればいいのか…それとも頑張れと励ませばよかったのか、どんな言葉を言っても彼を傷つけてしまうんじゃないかと思います」
ジニアスはしばらく俯いてから言った。
「ですねぇ…自分もなんて言えばいいのか解りませんよ。彼以外にも深い傷を負った兵士に勲章が渡された事もありましたが、ある意味皮肉のようなものですからね。まぁ、彼の遺書の中にもありますが、誰のせいでもないんです。気に病んではいけません」
「違う…」
その話を隣で聞いていて異論を唱えたのはロイドだった。
「ロイド…」
「奴が死んだのは俺のせいなんだ。俺があの時、"頑張らなくてもいい、楽になれ"と…。俺は…なんて事を。もっともっと奴の事を考えて力になってやればよかったんだ」
「…じゃあどういえば彼を救えたんです?彼の辛さを理解しなければ…」
「理解してたのさ。俺も奴と同じで…いや俺には手足が無い、だから」
「…聞きましたよ。風雅さんから『ロイドさんが変な事を言っている』って。仮にロイドさんに手足が無かったとしましょう。…それで一体なんと彼を励ますんです?『自分も手足がないから同じだね』と言うのですか?…それは彼と同じ境遇にいるだけで何も解決していませんよ」
「…」
「手足がなくて、そこからどうやって生きていく希望を見出したのか、それが解らなければ…彼を励ますことは出来ないと思います。…偉そうな事言ってもわたし自身も、もし手足が無くなれば彼と同じ様に命を絶つかもしれません」
そういってジニアスは自分が花を手向ける番になったのか、一人壇上へと上がり持っていた花束を棺おけに入れた。それから、軍服についている勲章の一つを外すとそれを同じ様に棺おけに入れた。
8
ロイドは一人キエフ港にいた。
港には貨物船が幾隻も出入りして忙しく積荷を上げたり下ろしたりしている。そんな様子を見ているとロイドの脳裏には大戦中、アルザタール軍の軍艦が港に停泊し、同じ様に積荷を陸揚げしている光景が浮かんでいる。そこには今と異なり足のあるザイードの姿があった。その顔には恐れはない。ロイドの言葉を胸に戦いに望む漢の顔がある。
その時、ロイドの背後から気配がある。誰なのかはロイドほどの訓練をつめばわかった。いつも側にいる人間であればなおさらだ。マハである。
「俺は間違っているのかな?」
「わからないわ。私だって何が正しい解答なのか解らないし…」
「俺はまだ奴と同じ立場なんだ、きっと」
「?…あなたには両足があるじゃない」
「いや、そういう意味じゃなくて…俺は…」
あの夜以来、ロイドの夢の中には病室で一人寂しく外を眺めるロイドは出てこなくなった。それはあの夢に続きがない事を示していたのだ。
(そう…俺は、奴と同じところにいる。まだ前に進めないでいる)
「『俺は』…なに?」
「俺はまだ何も答えを持っていない」
1.00 ▼