いもむし

1

レストランのロビーでは浴びるように酒を飲んだロイドが真っ赤な顔でいた。その様子はソファーに座っているというより斜めのベッドに斜めに寄りかかっているという感じだ。

ロイドの顔を突然冷たい風が撫でると自然とそちらのほうに顔が向く。誰かが扉を開けたようだが、入ってきた客らしき女性にロイドは驚く。彼女は看護婦のような姿をしているのだ。自分が酔っ払って寝込んでいるのを誰かが気遣って病院に連絡したのだろうか、そう思うととんでもない事をしでかしてしまったかのように焦り、酔いが一気に醒めてしまう。

「っと、俺に何か用なのか?誰かが医者を呼んだか?」

「あ、いえ、ロイドさんですか?」

「ん、ああぁ、そうだけど」

「夜分すいません。貴方に会いたいって人がいて…迷惑だろうから明日にしたらっていったんですけど、どうしても聞いてくれなくて」

そう言ってその女性は後ろを振り返る。ロイドは後ろに誰か居るのだろうかと見てみるが、これといって誰かが立っているわけでもない。だがよく見ると車椅子のようなものが見える。自分に合いたい人間で車椅子に乗る人は、などとロイドが考え始めたよりも先にキコキコと音を立てて車椅子の者が看護婦の前に進み出てきた。

「よ、よぉ、ロイド。久しぶりだな」

「お、お前…まだ国に帰ってなかったのか?」

そういってロイドは声の主の男を頭からゆっくりと足元まで見た。

「あぁ、ちと事情があってね」

その"事情"という言葉を聞くときにはロイドの視線は男の足元を見ていた。だがそれを見た時、何故男が車椅子なのか理由が解った。男には両足が無かったのだ。

「その足、どうしたんだ?」

「ああ、これか。大戦の時にやられちまってね、回復も間に合わずこのザマだよ」

そう言い男は自らの太もも辺りをさすった。何かしらの痛みがあるのだろうか、本来さするべき場所に何もないわけだから仕方無しに太ももをさすっているという感じだ。その様子をロイドが見ている事に気付き、何か気まずい雰囲気となってしまうのを避ける為に言う。

「少し外を散歩しよう」

2

砂地は日の光を反射し地熱がこもりにくい。その為、砂漠の夜は昼間の暑さとはうってかわって極寒となる。だが海からの温かい風に当てられているキエフでは辛うじて外は歩けるほどの気温だった。

「少し寒いな」とロイド。少し酔いが醒めてきた為か寒さが普通よりも身に染みている。

「ロイド、最近はどうなんだ?軍は辞めたって聞いたが」

「今は風雅って奴と一緒に旅をしてんだ」

「へぇ、観光か?」

「いや。具体的に目的が何かって言うと実は俺も解ってないんだが…言うならば、"世界を救う為の旅"って奴かな」

「おいおい、何か大げさだな。宗教か何かかと思ったぜ」

「俺も最初は信じてなかったんだけどな…オークと戦ったり殺し屋に狙われたり色々と面白いのよ。何がなんだかわかんなかったんだけどさ、そういう目に会ってるとあながち世界を救うってのが本当かと思えてきてさ」

「へぇ〜」と男はロイドの話を聞き入っていた。最初こそは疑いの目で聞いてはいたがロイドの熱く語る口調にも影響されてか、話が終わる最後の辺りとなれば目を輝かせながら、ロイドと風雅の出会いから今に至るまでの冒険談を聞いていた。

そして男は太ももをさすりながら、

「俺も脚がこんなでなけりゃ、色々と旅をしてまわりたかったな」

「…今でも出来るじゃねーか。誰かに付き添ってもらえばいい」

「自分の足でじゃなきゃ旅行って言わないぜ。こう見えても大戦前は世界中を旅して回ってたんだ。何がしたかったかっていう目的もなかったわけだが、世界の果てまで走り抜けてみて俺にしか見えない何かを見つけてみたかった、のかもな」

「今からでも遅くはないだろ、諦めたらそこで終わりだ」

ロイドが励ましたつもりだったが男は呆れた顔で言い放った。

「昔からなにも変わっていないな…お前は」

男は少し不機嫌になっていた。そして彼は「そろそろ時間だ」とまるで場の雰囲気が悪くなったのを避けるように看護婦の待つレストランのロビーへと車椅子を進める。ロイドはその様子をただ見つめているだけだった。

3

真夜中の街路、さきほどロイドと話していた男は看護婦に車椅子を押されていた。響き渡るのは風の音と車椅子の乾いた車軸の音。その沈黙に耐えられなかったのか、誰かに会ってきたはずなのに会う前よりも元気ない事を心配してか看護婦が問うた。

「さっきの人、ザイードさんのお友達でしょ?」

ザイードと呼ばれた男は車椅子に揺られながら視線は一点を見つめたまま答える。

「俺がティリスに居た頃の上官だよ。っつても友達みたいに接してたがな」

「どんな人なの?」

「どこまでも真っ直ぐな人だよ。シハーの軍隊がティリスの街を包囲して誰もが震え上がって死か降伏を覚悟した時だって、奴は『諦めたらそこで終わりだ』って何度も言ってみんなを勇気付けた。奴だってビビってた一人だってのに…きっと自分にも言い聞かせる言葉だったんだろうな。"諦めたら終わり"ってな」

「いい人なのね」

「どうだか。軍隊ってのは1個人の力はたいして影響はないんだよ。人の力なんて小さな違いさ。それが纏まって動くから軍隊ってのは強いんだ。それが軍隊の哲学って奴でさ、上官が真っ直ぐな意志を示せばそれについていく部下は戸惑うことが無い、だからそんな物言いをするって事もあるぜ」

「でも、結果的にはその上官のお陰で街を守れたんでしょ?」

「ああ、それは事実だ。だけどさ、俺は『諦めたら終わり』って言葉が大嫌いでさ」

「どうして?」

ザイードは自らの太ももをさすりながら言った。その手は震えていた。

「諦めなかったら俺の足は生えてくるのかなって思ってさ。だってそうだろ?人間誰だって取り返しが付かない時が訪れる。そんな時も『諦めるな』ってさ、無責任だろ。だから俺は諦める事を選択して今ここにいる。軍に戻る事も国に帰る事も"諦めた"んだ」

街路に雪崩れ込む夜風が二人の身体を冷たくする。ザイードの手の振るえも酷くなっていて、それを見た看護婦は早々に病院に戻る事にし、車椅子を押す速度を速めた。

4

真っ暗闇の中から声がする。

「最も命を脅かす火傷による損傷ですが、なんとか処置する事が出来ました。今は経過を見守るだけですね。完全に治療は出来ません時間を掛けて今よりも良い状態へ持っていく事は出来るでしょう。ただ、手足については…」

酷い痛みがロイドの全身を襲い意識が再び遠のきそうになる。

「少し時間が経ちすぎたようです。早ければ接合することも可能だったのですが…」

あまりの激痛にロイドの意識はそこでとんだ。

そして再び目を開けると病室にいた。

彼の周囲には医者や看護婦、それに彼の家族もいるようだ。だがそこに居る全員の視線はロイドに注がれ、誰しもロイドの回復に喜ぶ顔は見せなかった。

(どうしたんだよ?なんでそんな顔するんだよ?)

(どうして…そんな哀れむような顔するんだよ?)

ロイドは身体を起こそうとする。身体を起こせば自分が元気である事が証明出来る、そう思ったから。だが手足の感覚が無いのだ。ベッドに足を置いている感覚も、身体を起こそうとねじれば体重が手に伸し掛かる感覚も、全てが無いのだ。

(なんだ…一体何が起きてるんだ?)

ロイドは家族や医者達のほうに向いていた顔を自らの手足に向ける。

だが、そこにはあるはずの手足は無かった。

5

「うわぁぁぁぁッ!!」

突然大声を上げて飛び起きるロイド。

その声で隣で寝ていた風雅も豊吉もジッタも身体をビクつかせて飛び起きた。

「どうした?!敵襲か?」と風雅は手裏剣を構えながら周囲を確認する。

だが部屋には彼ら以外誰もいない。

「はぁ…はぁっ…ゆ、夢か」というロイドの台詞に風雅も豊吉も呆れた顔をする。ただジッタは呆れを通り越して怒りとなり、普段から溜まっていた鬱憤を晴らすように怒鳴った。

「叫びたいなら夢の中で叫べっ!死ね!!」

ロイドはジッタの言葉でも動じることなく一点を見つめていたが、しばらくして、

「そ…」と言う。

「そ?」と返すジッタ。

「そんな器用な事が出来るか!」

ロイドはいつものようにジッタの首を掴み彼の小さな身体を宙に浮かせた。だが流石に今回は自分が理不尽だと考えているジッタは手足をバタつかせながら反撃した。

「俺様がねぇちゃん達とパフパフ(死語)してる夢みてたのに!てめぇのアホみたいな叫び声のせいで全部台無しじゃねーか!責任取りやがれ!クソがぁ!」

「なんだとコラ!俺がすげー怖い夢見てる時に呑気にエロい夢見やがって!」

そしていつもの様に風雅と豊吉が二人を引き剥がした。

「とにかく二人とも落ち着くんだ。たかが夢でそこまでパワー使う事はないだろ、それは大事な時の為に取っておけよ」という風雅の言葉に豊吉もうんうん、と頷いた。

引き剥がされた後のジッタはパジャマを脱ぎ捨てて服を着替えていた。そして怒りは収まらないまま外に出て行った。出際に「俺様は散歩に行ってくる。今寝たらアホみたいな叫び声上げた誰かさんに追い回される夢にうなされそうだからな」という捨て台詞を残した。

その捨て台詞にはロイドは何も返さない。ただベッドに腰を掛けて時折手で顔を覆ったり頭を掻いたりした。心配になった風雅が再びベッドに戻るのをやめて話しかけた。

「どうしたんだ?顔が青いぞ」

「まいったよ…妙にリアルな怖い夢見ちまった…ザイードに会ったからかな」

「ザイード?」

「俺の旧友でさ、この街に居るんだ。奴は大戦中に怪我で両足を失ってるんだ」

「そいつが夢の中に出てきたのか?」

「いやぁ、おれ自身の手足がなくなってる夢を見たんだよ。怖い夢だろ?」

後ろで話を聞いていた豊吉と風雅は顔を見合わせた。その後に言う。

「ザイードに関しては気の毒だが今お前は両足も両手もあるんだし、嫌な夢を見たってだけだろ、気にするな。…もしかしてザイードが怪我をしたのはお前の責任なのか?」

「いや、別にそういうわけじゃないんだが…。奴がシハーに遠征した時に怪我をしたんだが、その時は俺はティリスにいたからな。別に何か責任感じてるわけじゃないが、なんだろうな…やっぱりあの足をみたからショック受けてたのかな、俺は」

ロイドが落ち着いたのを確認してから風雅もベッドに戻った。だがロイドは再び眠ることは出来ず朝までベッドに寝転がっていた。寝れば夢の続きを見てしまうと思ったのだ。

6

翌朝、風雅と豊吉が目覚めると既にロイドの姿はなかった。

「ん?こんな朝からどこにいったんでしょうね」

「まぁしばらくの間はこの街で情報を集める事になりそうですし、いいんじゃないですか。ですが彼はいつもこの時間は寝てるから違和感がありますね…」

その頃ロイドはキエフの病院に向かっていた。

キエフでは早朝から昼までが一日で一番慌しい時間となる。砂漠の昼間は気温が大きく上昇するため人々の活動が限られてくるのだ。病院の玄関では昨日ザイードと共にいた看護婦が砂を払い除ける作業をしていた。

「ロイドさん」と、ロイドの姿を見ると挨拶はせずに驚いて困惑した表情をする看護婦。

「よっ」とそれに構わず軽く挨拶をするロイド。ただ何故看護婦がそんな表情をするのかは理解していなかった。

「ロイドさん…昨日どういう話をザイードさんとしたんですか?」

「どういうって…まぁ俺が今何してるのかとか、そういう近況の話だけど」

「ザイードさんが戻ってからずっと旅に出るって言ってきかないんです」

「おぉ、良いことじゃねぇか」

「そういう事じゃなくて…ロイドさん達と同行したいって言ってるんですよ」

「え?」

「迷惑になるだろうから止めて欲しいって言ったんですけどきかなくて…あっ」

看護婦がそんな話をしているところ、彼女の背後から車椅子の進む音が聞こえた。みるとそこには明るい表情でザイードが向かってきていた。ロイドと看護婦が話しをしている姿をみるやいなやその進む速度も速める。

「おっ、ロイドじゃないかレリアに何か用事でもあるのか?」

レリアと呼ばれた看護婦は困惑した表情のままザイードに言う。

「ザイードさんの話をしてたのよ。考え直して。迷惑になるだろうから」

ザイードは真面目な顔をしてロイドに言う。

「多少の迷惑になる事は承知の上なんだ。頼むよ…俺はお前と一緒に世界を救う旅がしたいんだ」その後に間髪いれずにレリアが言う。「ロイドさん、あなたからも何とか言って」

ロイドは少しの間考えた。何よりザイードがそんな事を言い出したのは自分にも責任があるから無理だと承知でも断るのも難しかった。ただ少しだけ彼は喜んでいたのだ。ザイードが元気になってくれた事を。

「今旅をしてるメンバーってのは、人選は俺がやってるわけじゃないんだ。リーダーは風雅って奴でさ、俺からも頼んでみるよ。きっと一緒に旅が出来るぜ」

「そうか?!ありがとう!」

そういって大喜びしたザイードは大急ぎで再び彼のいた病室へと戻っていく。慌てて呼び止めようとするレリア。

「ちょっと!ザイード!どこへいくの?」

「はっ、決まってんだろ。旅立つ準備をするのさ」

「な、なに考えてるのよ!まだ決まったわけじゃないでしょ?」

その呼び止めを無視してザイードは病室へと戻っていった。あとに残された二人は、レリアは困惑した表情を変えずにその様子を見ていた。ロイドのほうは少しだけ喜んでいた。

「…きっとザイードは皆さんの足手まといになるわ」

「すまん…でも俺はあいつが元気になってくれた事が嬉しかったんだ…つい。でも今まであんな感じで喜んでた事なんてないだろ?」

「そ、それはそうだけど…」

「大丈夫、なんとかなるって、俺が相談してくるからさ」

「…もしなんともならなかったら、ザイードは辛い思いをする事になるのよ?」

「…」

それには何も答えず、ロイドは風雅達が待つホテルへと向かっていった。自分の下した選択が正しかったのか、そうでなかったのか、ロイドには解らなかった。ただ、今までもそうやって突進んできたのだ。今回も何とかなる、きっとうまく行く、そう信じていたロイドは昨日の嫌な夢もどこか心の隅まで追いやられていた。

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