砂の国シハー

1

風雅達が飛行艇が着陸した砂浜に戻る頃には既に準備が整い、ジッタがエンジンを試し運転している最中だった。風雅と豊吉の姿を見つけたジッタはエンジンを切り、言う。

「どうだった?目的のものは見つかったか?」

「いや。ダメだった」

「オークが来航してるって聞いたときはビックリしたよ。大群で村を襲ったもんだと思ったんだが、その様子だとオークには出会わなかったんだな」

「出会ったさ。奴等も俺達と目的が同じだからな。ただお宝が既に無くなっていたから奴等も諦めて帰ったよ」

それを聞いてジッタは再びエンジンを動かし始めた。

「で、もう出るんだろ?次の目的地はどこだ?まさかジェノバだなんて言うんじゃないだろうな?俺様はあそこには戻れないって知ってるよな?」

「キエフっていう場所は知っているか?」

「キエフ…シハー領か」

「どうした?」

「ん〜…シハーは今内政が不安定だからな。厄介事にならなきゃいいんだが…」

「直にキエフに行かなくてもいい、危険ならどこか別の場所で下ろしてそこから行く」

「いや、どのみちメンテが必要なんだよ、俺様の愛機は。キエフ港で降りよう」

風雅はまだバカンス気分で遊んでいる一部の仲間に大声で出発を知らせた。もう出発なのかという渋い顔付きで、特にナジャとミーシャは一番渋い顔付きで「もう出るの〜?」などと言いながら飛行艇に乗り込む。砂遊びをしていたはつみとテトが砂まみれのまま乗り込もうとしたのを見てジッタは奇声を発した。

2

大戦中、キエフはシハー及びアルザタール双方の拠点として幾度となく占領と奪還を繰り返されてきた。その為、海側にも陸側にも要塞があるという歪な構造を今も残す。雲を抜けた先に見下ろす所にはジェノバと比べれば決して心安らぐ街ではないことだけは解る物々しい防御壁が並ぶ。それらは人の歴史そのものを物語っていた。

「そろそろ降りるが、シハーの兵士がやってくると思うから穏便に事を運んでくれよ。間違っても抜刀して名乗り上げたりすんなよ、死ぬなら俺の愛機から離れて逝ってくれ」

そんなジッタの一言も二言も多い文句を聞いていつものロイドの口調いう。

「てめぇ…俺達を盗賊団みたいな扱いしてないか?」

3

キエフ港に着陸するとジッタが言うとおり、シハーの兵士が数人、港にある建物から出てきて側に近付いてくる。明らかに警戒している様子なのだ。少し息を切らした様子で一番位の高いであろう兵士が意外にも丁寧な口調で言う。

「申し訳御座いませんが、入港許可書を提示願えますか?」

操舵席から顔を出したのはコロボックルのジッタだ。兵士は子供が運転していた様に感じたのか少しだけ驚く。

「悪いけど、俺達は旅行で来てて入港許可書だとかは持ってないんだ。必要なら後で許可書を発行してもらうよう手続きはするからさ、一旦は許可してもらえないかな?」

その一番位の高いであろう兵士は周りの彼の部下達に目を配らせる。その様子を機内から見ていたロイドが何かに気付いたように言う。

「こりゃ…さっきジッタが言っていたような展開になりそうだ」

「どういう事だ?」と風雅。

「いやさ…剣に手を掛けてるって事だよ、兵士さんがた」

そう言ってロイドは自らの腰に携えた剣に手を掛けていつでも抜けるよう準備をし、同じく風雅もクナイに手を掛けた。港では兵士は剣を抜いて飛行艇の前で構えた。

「おいおいおい〜簡便してくれよ〜…本当に旅行者なんだって…」とジッタは尋常ではない雰囲気になっているシハーの兵士達に情けない声を上げた後、後部座席を振り返って同じく抜刀寸前の乗客たちにも言う。「お前等!喧嘩なら外でやれっつてんだろ!」

その言葉にロイドが返す。

「このクソチビ!お前が変な妄想をして言葉に出すからこんな事になるんだろうが!」

「ジョークだよジョーク!洒落がワカンネぇ奴だな!」

そして今にも兵士達が機内に突入しようとしたその時、彼等の背後から「やめなさい!」と丁寧ではあるが力強い声が聞こえた。ロイドとナジャ、ミーシャはその声に聞き覚えがあるのかピクリと反応すると窓から声の主を確認する。

そこに居たのは部下を引き連れたジニアスだった。そして彼は話を続ける。

「シハーでは旅行者に剣を向けるのですか?それでは国はいつまで経っても発展しませんよ。あと、彼らは旅行者ではなく私の部下です」

"部下"という言葉を聞いて兵士達は抜いていた剣を鞘に収めた。しばらくして機内から風雅達がぞろぞろと港へと足をつける。自分で"部下"と言っておきながらもそのメンツの中には予想外の人物も居たのかジニアスは驚きを隠せない様子だった。

「キサラお嬢様…生きていらっしゃったのですね…。行方不明となられていましたから大変心配しておりました。モンスール卿も心配されていますよ」

「わたくしは戻りませんわ、とお伝えください」

「しかし…」

「貴方の部下もいらっしゃる事ですし、大事には至らないですわ」

とキサラはナジャとミーシャの方を見る。ナジャとミーシャは「知っていたのか」とは声に出さなかったが申し訳なさそうにジニアスに頭を下げた。それを見たジニアスは深い溜息をつく。

「貴方達にはキチンと仕事を与えていたはずなのですが、まさか本当に旅行を楽しんでいたのではないでしょうね?やるべき事はキチンとやってください。それさえしていれば他の事はとやかく言いませんから…」

「す、すいません」とナジャとミーシャは声をハモらせて言う。申し訳なさそうに尻尾も地面に付くか付かないかという程に垂れ下げながら。

最後にジニアスはロイドに向き一礼してから言った。

「おひさしぶりです。ロイド隊長」

「もう隊長じゃねぇよ…。で、随分と偉くなったじゃねーか、ジニアス」

「いえ…まだまだ未熟者ですよ」

「お前、俺達がここに来る事を知ってて待ち構えてたのか?」

「いえ、ちょっと嫌な仕事を押し付けられていまして…シハーの女王に謁見する為にバベルまで行かなければならないのですよ」

「そりゃまた…きっついなぁ」

「今から胃が痛いのです…で、ロイドさんはここで何を?」

「世界を救う為、頑張っているわけよ〜」

とロイドは誇らしげに笑う。一方のジニアスは頭がハテナマークが広がっていた。その時、ジニアスは二人の物陰、いつも彼が気にかけていた人物、風雅と豊吉を見つけた。

「これはこれは…いつかはお会いしたいと思っていました。意外な所で初めて会うこととなりましたね。ジニアスと申しします」

「会うのは初めてだが、多分あんたのほうが俺達について詳しいんじゃないのかな?」

「いえ、部下がこのような状態ですので、貴方達の事についてはさっぱりです…出来ればもっと話がしたいので、宜しければ夕食をご一緒させていただけますか?勿論、宿や船の整備などもこちらが出しましょう」

横で聞いていたロイドは嬉しそうに風雅の肩を叩いて言う。

「よかったじゃねーか!ここはご馳走になろうぜ」

「まぁ、ロイドの知り合いならあまり警戒しなくてもよさそうだな」

といいつつもまだ警戒の色を言葉に残しながら風雅が言う。仲間として一緒に居たナジャもミーシャも最初は尾行役として風雅と豊吉の行動を監視していたのだ。その命令を放った者に対して最初から警戒しないわけにはいかなかった。

「それは少しは信頼を取り戻せたと取ってもよさそうですね」とジニアスは微笑んだ。

4

その日の夜、風雅達はキエフの高級レストランに招かれていた。

専用の客室でシハーの豪華な料理が並ぶテーブルを囲む。目の色を変えて料理を楽しんだのははつみとジッタ、ナジャとミーシャ、そしてテト。10日ぶりの食事かと疑いたくなるほどの勢いで料理を嗜む4名と1匹。話の邪魔になる事を既に想定されているのか彼女達は別のテーブルとなっていた。

メインのテーブルではジニアスと含んだ残りのメンバーが静かに食事をしている。ただはつみ達と違うのは食事が本題ではないというところだ。

「まず私が言っておかなければならないのは、私を含め、アルザタールの元老院は貴方達に対して悪意を持って接しているわけではないという事です」

「それは了解した」

「情報の交換をしたいのです」

「今の段階では話せることは限度があるんだ。そこは了承してくれ」

「解りました。では、まず質問してもいいですか?」

「あぁ」

「貴方達の目的はなんです?」

「詳しくは説明出来ないんだが…この世界を救う事だな」

「それは…先ほどロイドさんからも聞きました。世界を救うという事は、今世界は破滅に向かって進んでいるという事なのですよね?」

「あぁ」

「どんな破滅が待ち受けているんです?」

風雅と豊吉は顔を見合わせて何か確認した後、

「最終的にはこの世界そのものが無くなるが、その前にこの世界にいる人間の大部分が僅かな間に消えてなくなる」

その言葉を聞いて同じテーブルに居る全員が食事の手を止めた。

「消えてなくなる…死ぬという事ですか?」

「そういう事だな」

「なるほど…解りました。では、風雅さんと豊吉さんは異世界から来られたという話を伺っているのですが、どうして自分達の世界ではないこの世界を救おうとされるのですか?」

「向こうの世界の人間とこちらの世界の人間は繋がっていて、こちらの世界で死ねば向こうの世界でも死んでしまう」

「なるほど…では次の質問を…、今オーク達の結束が強くなりつつあり、大規模な進軍が予想されるのですが、それと世界の破滅とは関連があるのですか?」

「それについては解らないな…」

「では、最後のもう一つの質問、"シャングリラ"という言葉をご存知ですか?」

「知ってる。この世界の名前だ」

「今この名前が世界中の人々の記憶から蘇り始めている、と聞いています。この現象については、何かご存知ですか?」

「知らない…ただ、その分野について詳しい人が居るので、その人に聞けば解るだろう…今の所は何故そうなるのか解らない」

「では…この事と貴方達の目的とは関連性がありますか?」

「関連性はある」

「…これは、悪い兆候?良い兆候どちらです?」

「どういう視点で良し悪しを言うのかで違うかな…少なくとも俺や風雅さんにとっては良い兆候だが、この世界に住んでる人にとってはいいものではないだろう」

「そう…なのですか?」

「現に今、混乱しているだろう?」

「貴方達にとって都合がいいというのは?」

「それは、俺達が自分達の目的を説明する時が来たら、受け入れ易いからな」

「なるほど…では、最後にもう一つだけ、これは私からの質問なのですが、」

「あぁ、構わないよ」

「貴方達が目的を説明する時、つまり…真実を語る時が来るのはいつでしょうか?」

「……秘宝を手に入れた時だ」

5

「今度は私から情報を提供する番ですね」

そうジニアスは笑み混じりに言った。

「俺達が秘宝を探すのに有効な情報かな?」

「まぁ、そうなればいいのですが…まず、秘宝については、実は前々から元老院は知っていたようで、それはオークの動向を調査していてわかった事なのですがね」

「ナブの事だな」

「そうです。彼らも秘宝について何か知っていて探し回っている様です」

「参謀のズークというオークが言うには秘宝が何なのか連中も上から教えてもらっていないらしい」

「ズークに会ったのです?」

「まぁ色々とあってね」

「そうですか…では、シハーの女王が同じ様に秘宝を探しているという情報は?」

「それは初耳だな」

「実は今回の外交は本題とは別にシハーの女王がなぜ秘宝を探しているのかを聞き出す事も含まれているのです。ここからは元老院ではなく私からのリクエストなのですが、もし宜しければ私と一緒にシハーの女王に謁見してもらえないでしょうか?これが出来ればシハーからの有用な助けも得られるかも知れないし、もしかしたら、元老院を貴方達の助けになれる方向に持っていけるかも知れないのです」

「それが本当なら嬉しいんだが…」と風雅は言葉を濁らせた。その間に入って濁った言葉の部分を説明したのはロイドだ。

「風雅が心配しているのはシハーの女王もアルザタールの元老院も、秘宝を戦争に使おうとか考えてるんじゃないかって事だよ、そうだろ?」

「そ、そんな事はありません。何物なのかも解らないものを…」

とそれが誤解である事をオーバーに否定するジニアス。

「秘宝は武器でもなければ高価な財宝でもない。他の世界と連絡を取る為の道具だよ。もしそれが解っていて欲しがっているんだとすれば、この世界の真実、他の世界の存在…そういうのを知りたいってのが目的だろうな。ただ、それは俺達が秘宝を手に入れれば嫌でも教えてやるさ。一番問題なのは、秘宝を壊そうとする輩がいるって事だ」

「秘宝を…壊す?」

「あぁ、ご丁寧に世界中の秘宝を壊して回っている馬鹿どもがいるのさ。秘宝が邪悪なものだと決め付けているイカれた宗教団体か、この世界を破滅に追い込もうとしてる悪の組織なのか知らないけどな…」

「ふむ…そういう可能性もあるのですね。シハーは宗教大国ですから、ひょっとしたらシハーの女王は秘宝を壊して回らせているのかも知れません…では、宜しいですか?私と同行して女王に謁見するという話は?」

「あぁ、構わないよ。明日には出発するのか?」

「いえ、まだです。なにやら今、内政が不安定らしく謁見も直ぐに可能かどうか…」

「内部分裂でもしてるのか?」

「まぁ、簡単に言えば内部分裂…内戦ですね。他国へ侵略して領土を広げようとする派閥と、今のまま友好的に事を進めようとする派閥との争いらしいのですが」

「因みに、女王はどちらの派閥なんだ?」

「残念ながらどちらでもないんです。女王がしっかりしていれば今のような状態にはなりませんよ。かと言って他の国が内政に干渉するのは難しい事ですし」

「つまり女王は派閥の間でどちらに尻尾を振っても身の危険を感じるという状態になっているっていう事か…」

そこまで聞いてジニアスは口に含んだ食べ物を思わず零してしまいそうになった。あまりに突拍子もない面白い事を風雅が言ってしまった為だろうか。

「すいません、そんな風に誤解させるつもりはなかったのですが、まぁなんというか、シハーの女王は死んで生まれ変わっても誰かに尻尾を振る事なんてないでしょう。必要であれば気に入らない派閥を全員晒し首にするぐらいの実力を持っています。今の状況を楽しんでいるだけですよ、だからタチが悪いんです」

「その女王に謁見しなければならないというのは…随分嫌な仕事を押し付けられたな」

今度は別の意味で口に含んだものを飲み込めなくなってしまうジニアス。

「えぇ…このレストランの料理はアルザタールでも名の通ったシェフが作るとてもとても美味しい料理のはずなのですが、今日は何故か凄く不味く感じます。料理は舌で美味しいと理解するのではなく、頭で理解しているというのが如実に解りますね」

そう言ってジニアスはいつか見せた深い溜息を吐いた。

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