ピリヤニスの英雄伝説

1

辺りはすっかり夕闇に包まれて涼しげな風が海から吹き上がっていた。

風雅と豊吉は何年も人間が足を踏み入れなくなった草木の生い茂る道を掻き分けながら進む。そしてようやく村らしきところについた頃には当たりは月の明かりだけが頼りになるほどの暗闇に包まれていた。

先ほどまで村へと続く道には草木が生い茂って人が利用している形跡など見当たらなかったが、村に着くと一変、昨日まで誰かが住んでいたかのような生活観がある。

「これは…どういう事なんでしょう?」

豊吉は今来た道を振り返って本当に道であったのかを確認している。確かに村の入り口は今来た草木の生い茂る道へと繋がっており、入り口からは雑草が一切無く手入れが行き届いた生活路になっている。

「ふむ…ここの村人は村から一歩もでないで生活していたという事ですかね」

そういって風雅は近くにあった民家の玄関から顔を突っ込んで中を見回す。そして、「あ、失礼」と言い玄関から退いた。

「どうしたんです?」

「いえ…人が住んでいます。廃村じゃないみたいですね」

「え…こんな真っ暗ななか明かりもつけずに?」

「ええ、確かに中に人が」

風雅の言葉を疑いたくなるほど村はどこの家も明かりがついておらず無音だ。豊吉も風雅と同じ様にそっと玄関から中の様子を伺う。確かに誰かが住んでいる風に見えるが気配がない。今度は強引に身体半分ほど民家へと突っ込ませて人が居ないか確認する豊吉。

そして不思議そうな顔をして風雅に一言、

「誰もいませんよ…」

「え、確かに見たんですが…目が合いましたし」

そういって風雅も再び民家を覗く。

「誰も…いませんね」

「これは…早く用事を済ませて立ち去ったほうがよさそうですね」

民家から後ずさる二人。そして村の中心に向かって歩き出す。

その間にも奇妙な現象は続いた。動いている人影が民家の窓に映ったり、団欒の声が聞こえたりとしたが二人は一切を無視した。人影も団欒の声も真っ暗闇の村の中で起きるそれらは異常な現象としか考えられない。村の中心を抜けた頃には、恐怖ですっかり無言になった二人の間の空気をどけようと豊吉が話始めた。

「昔、私の家の近所にお化け屋敷ってのがありましてね、ただの廃墟だったんですが薄気味悪いもんで誰かがお化けが出るだの言い出したんですよ。その後から湧いて出たようにその家の噂が上がりましてね。借金をして首をくくっただの、強盗が入って一家皆殺しにしただの、みんな好き勝手に言ってましたけど、私の家は近所でしたから事情は知っていたんです。ただ夜逃げしただけです」

「怖がらせようと後から適当な噂を作ったクチですかね」と風雅が笑う。

「ですが、肝試しに学校の生徒達がよく家に侵入していまして、その時は必ず誰かが幽霊をみただとか言い出すんです。毎回毎回、誰か一人が必ず」

「恐怖に駆られて、見えないものが見えたという事ですかね?」

「真相はわかりません、私も見てないのですから」

「豊吉さんは幽霊とかは信じるほうですか?」

「私ですか?信じますね。見た事はないですけど…」

そう言って豊吉は民家のほうを見る。おそらくこの奇妙な音なども風雅だけが聞こえているわけではなく豊吉の耳に入っているのだろう。そして豊吉は言う。

「私の祖父は私が小さい頃に亡くなりまして、その頃には私も幽霊だとか神様だとかも知っていました。母は私に『祖父は私の事を可愛がっていたから、亡くなった今でも見守ってくれている』と言いました。…ですから、幽霊を怖がる学校のクラスメート達を見るとちょっと嫌な気持ちになるんですよ。元は人間だったのに、少し形が異なれば畏怖の対象とする…人間のほうがよっぽど幽霊よりも怖いのかなと…」

2

日が落ちて辺りが暗闇に包まれる。頼れるのは月の明かりだけ、そんな草むらをロイド達は突進んでいた。次第に獣道と思われる細い道を見つけさらに進んでいくと先には村が現れた。だがロイド達の脳裏には疑問符が飛び交っていた。

「あら…ここって廃村でしたわよね?」

と4人の言いたいことを代弁するかのように口を開くキサラ。

家々は明かりがともり村人達は広場に集まっている。その日は何か特別な日なのだろうか、夜だというのに出店もあり、まるでお祭りのような騒ぎである。疑問を解決すべくロイドはそこらを歩いている村人の一人を捕まえて問う。

「この村って廃村だと聞いたんだが…?」

「あら、旅の人か。一時は廃村になったけどまた人が戻ってきたのさ。つい最近の話だよ。今日は村が再建した記念のお祭りだよ」

「そうなのか…」

唖然とするロイドの背後からキサラが言う。

「オークの事は言わなくていいのですの?」

「あ、そうだ。オークだ。東の砂浜にオーク達が上陸しててテントはってんだ」

だが村人は首を傾げてロイドの言葉を疑う素振りだ。

「オーク?いつの事だ?俺の家は東の砂浜の近くだけどオークなんていなかったよ」

「夕方から既に奴等はいたぜ」

「何を言ってんだ?俺は昼から家に居たけど、オークの船一つ見なかったぞ」

「いやでも…」

それでも話を続けようとするロイドを後にその村人は人混みの中に消えた。おかしな事を言うロイドを避けるように。だがロイド自身も自分でいう事が本当に正しいことなのか解らず頭の中が疑問符でいっぱいになっていた。

「どういう事だ?」

「とにかく風雅と豊吉を探そうよ」とナジャが言う。

「そうだな…確かあいつら教会に行くって言ってたよな」

「そうだね」

周りを再び見渡してそこらにいる村人の一人を捕まえて問う。

「教会に行きたいんだけど、どこにある?」

まず村人はロイドの格好を見て同じ村の者では無い事を確認して、そして旅人であろう事が解るとよそ者を嫌うような表情たっぷりに答える。

「は?教会?あそこに何をしにいくつもり?」

「俺の仲間がそこに行ったんだよ。迎えに行くだけさ」

「ここを真っ直ぐに行った所がそうだけど…中には入ったらダメ」

「なんで?」

「戦時中に教会で大勢の人が亡くなったからです!遊びに来たっていう格好でそんな場所に行かないで。亡くなった方に失礼でしょ?」

「なッ…俺達はなぁ、オークが来たからそれを知らせに、」

「オーク?何を寝言いってるのよ。こんな危険な海域にオークが何をしにくるの?…それと、貴方、アルザタールの人でしょ?貴方達が引き起こした戦争に巻き込まれて沢山の村人が亡くなったのよ」

「それは聞き捨てならねぇな!俺達はなぁ、ジェノバもこの島も守ろうと必死で、」

村人の女性に掴みかかるのではないかと思える勢いで怒鳴るロイド。だが彼の話を最後まで聞く事はなかった。ナジャとはつみがロイドを引っ張り話を中断させたからだ。

「早く風雅と豊吉を見つけて帰ろうよ!ボクらはココにいちゃマズイみたいだよ」

「だってよぉ…」

ブツブツと文句を言いながらもロイドは教会へと向かった。

3

教会の重い扉が開く。何年も開かれていないのだろう、砂埃がジャリジャリと音を立てて扉を開く妨げになる。ようやく開かれた扉を潜り抜けて教会の内部を見渡す風雅。だが既に"先客"がいるのを発見した風雅がその先客の背格好から誰なのかを認識するのと印を結ぶのとはほぼ同時だった。

対して先客も風雅達を見つけると呪文を詠唱し始めた。だがどことなく焦りがある。先客のうち、彼等の中で立場が上の者が詠唱を制止した。と同時に豊吉も風雅の印を止めた。

「豊吉さん?」

突然の豊吉の制止に驚く風雅。豊吉は落ち着いた顔立ちで微笑んでから言う。

「とにかく、話を聞いてみましょう。まずはそれからです」

「誰かと思えば貴様等か、意外なところで再会だな。…いや、意外ではないか」

暗闇から姿を現すのは教会という場所には不釣合いな者、オークであった。

「確かナブの旅団の参謀長、ズークと言ったな」

「ほほぅ、俺の事を覚えていたのか。オークの顔の見分けがつくのか?」

「オークにとっては呪術を唱える事は恥。ゆえにオークの術者は顔を面や布で隠すとされるが参謀などの位のものは例外とされる。術者の装束なのに面や布で顔を覆っていないから、お前が参謀って事だ」

「ご名答だな。で、お前等も遥々ロメナスからココまでご苦労様だが、目的のものは残念ながらここには無いぞ」

「お前達が奪ったという事か?」

「ならいいのだが。残念ながらそうではない」

そう言うとズークはアゴで教壇の側にある小箱を指し示す。それは粉々に粉砕されて跡形もない。風雅と豊吉の脳裏にはロメナスの村にあった同じ小箱のデジャブにも見えた。

「こういう神聖な場所にある物を壊す輩には天罰が下ります様に」

豊吉は皮肉を込めた口調で言い放った。

「で、事情を聞こうか」

風雅が聞きたかったのは壊された小箱の事でもなく、また誰が壊したのかでもない。教会に入ってきた時にいつもなら魔法と忍術のドンパチが始まるはずがズークは彼の部下が魔法を詠唱する事を制止したのだ。そしてそれをみた豊吉もズークがした様に風雅の印を結ぶ事を制止した。

「外を見てみろ」とズーク。

言われ、豊吉も風雅も教会の中2階にあるガラス窓から外を見渡す。そこには異様な光景が広がっていた。つい先ほどまで得体の知れない者以外は居ない静かな村だったが、辺りを埋め尽くすのは兵士ばかりだ。アルザタール軍ではない、少なくとも風雅と豊吉では兵士達の着る装束からはどこの国のものなのか判断できなかった。

「一体どういう事なんだ…さっきまで誰も居なかったのに」

「ここで騒げば外の兵士が気付いて教会に雪崩れ込んでくる、だから部下の詠唱を制止したんですね?」そう豊吉はズークに問う。

「それもある。だが正直、俺も今の状況を飲み込めていない。貴様達なら何か知っているかと思ったが…その反応を見る限りは俺と同じ立場の様だな」

「あの装束はどこの国の軍隊だ?」

「シハーだ。貴様等人間どもが土地を巡り争っていた時代のな」

「大戦時の戦闘装束に態々着替えて、こんな村を占拠するというのは…明らかに変ですね。それに先ほどまで彼らは居なかったのに、一瞬にして…」

と豊吉は窓から兵士に気付かれないように見渡す。そしてある一点で目が停まる。

「風雅さん…何となくですが、建物が新しいように感じるのですが」

「えぇ…気付いていました。対戦中のシハーの兵士、真新しい村の建物…あまり言いたくないですが、まるで過去の村にタイムスリップしたような感じですね」

そんな二人の様子を見ていたズークが口を開く。

「どうだ?大手を振って外に出たい気分にはなれないだろう?外に出てまだ頭の配線が正常な頃の首領に会ってみたい気がしたが元の時代に戻れなくなっては意味がない」

風雅は中2階に用意されたベンチに座りこんで呟いた。

「まいったな…」

4

「ぶぇっくしょーいッ!」

ナブは先ほどまで口に頬張っていたパンやら肉やらの食べカスをあたりに撒き散らしながらくしゃみを終えた。そして撒き散らされた食べカスは彼や部下のオーク達のこれから食べるであろう食べ物を汚した。部下のオーク達は一瞬躊躇いながらもナブが撒き散らした食べカスで汚れた食べ物を口に運ぶ。

「ズークはまだ帰らんのか?!夕食までには帰ってこいと言ったはずだ!」

ナブが怒鳴るとまた彼の口から食べカスが辺りに撒き散らされる。オークの食卓は汚く汚れるものだが流石のオーク達もナブの汚し方には違和感を感じざる得ないようだ。汚れが酷くない食べ物を選んで口に運ぶようになった。そして首領は続ける。

「誰かズーク達を連れて帰って来い!」

部下のオーク達は顔を見合わせ、何かとんでもないことをナブが口走ったかのように、ナブが放った言葉を疑う。そして恐る恐る部下の一人が代表して答える。

「ナブ様、…今は食事の時間です」

ナブは部下の答えに"大切な事を思い出した"ようにハッとして言う。

「ぬぅ…そうだな。腹が減っては食事も出来ぬ」

ナブが放った台詞に違和感を覚えるも部下達は食事を黙々と続けた。本当ならここで小声でつっ込みを入れる誰かがいるはずだが、その誰かは今はいないのだ。旅団のナンバー2の実力を持つオークがその場に居ない事も食事中のオーク達にとっては取るに足らない事だった。それほど彼らにとっては食事は神聖なものだった。

5

教会の外の兵士の数は次第に増え始めた。

それと共に中2階の窓から見える遠くの、おそらくは村の中心部は、村の明かりとは異なる明るさで満ちていた。戦火に包まれた時によく見える火事の炎である。そんな明かりが窓越しに風雅の顔を照らす。

風雅にはこの空間に起きた異変以外にも気になる事があった。

先ほどから中2階の窓から外を見渡してはいるが、沢山居る兵士の誰一人として風雅の存在に気付かないのだ。過去と呼ばれるその空間の中に存在しないかのように。

「風雅と言ったな、人間よ」

突然ズークは口を開く。

「なんだ?」

「こういう状況になる事は想定外だったが、いつか会って話が出来る時に聞こうと思っていた事がある。質問してもいいか?」

「ああ。答えられる範囲でならな」

「貴様等が秘宝を追う目的はなんだ?」

「正確には答えられないが、あえて言うなら世界を救う為だ」

「世界を救うというのは人間達の世界を救うという事なのか?確かに今オークは今世界中で集結し人間との戦争に備えているが…」

「世界と言うのはこの世界そのものだ。誰の、という話じゃあない。世界がなくなればオークも人間も、そこに住む全てのものがなくなるわけだ。無くなった事に誰も気付く事はないだろうな」

「…ふむ…信じがたい話だが、では、その秘宝とやらがあれば世界は救われるのか?」

「あの秘宝は俺達が住む世界とのやりとりが出来るものに過ぎないさ。それを足掛かりにして世界を救う手段を模索するしか、今の所は考えられない」

「貴様等はこの世界の住人ではないのか?」

「あぁ。ここにいる豊吉さんと俺はな」

「なぜ貴様等は他の世界へと干渉する?」

「…」

そこまで話して風雅は豊吉に続きを話していいものか許可を求める仕草をする。

「特に問題ないでしょう」と豊吉が答えたのを聞いてから話を続ける風雅。

「俺達の世界の住人とこの世界の住人には繋がりがあるからだ」

「繋がり…?では世界が滅びれば、繋がりのある者は無に帰すという事か…」

「お前達に秘宝を探すよう命じた奴は俺達と同じで世界の終わりに関して何かしらの興味があるのかも知れないな」

と、その時、風雅とズークの間に半透明な何かが現れた。

「こ…これは」

風雅はその半透明な何かに見覚えがあった。この村に入ったときから幽霊の様なものが見えていたが、目の前にあるそれはまさにそのものだった。ただ、今回の半透明なものは次第に実態が濃くなり、ついには人の姿となったのである。

「こいつ!いつからここに!」

おそらくズークの目にはそれが教会の外にいる人間の兵士の様に移ったのだろう、彼はそう吠えると手斧を構えいつでも切りかかれる体勢に入る。すかさず止めに入る風雅。

「ズーク!やめろ、それは村人だ!」

一人が実体化した後、次から次へと半透明な者達は現れ、実体化していく。「何人いるんだ…?」そう言い、ズークは後ずさる。そうせざるえなかった。何故なら、彼の前には今も次から次へと村人と思われる人々が実体化していったからだ。人々の表情は不安にかられて小さな音にすら脅えているようだ。

最初は脅えるだけで、まるで目前にいるオークの姿に気付いていない様だったが、村人の一人がズークと彼の部下の姿を見て叫んだ。

「オークだ!」

一斉に村人達の視線は目前のズークに注がれる。彼等の身体は反射的にズークから後ずさり、教会の壁側に逃げようとするが閉鎖されたその空間で逃げ場などあるはずも無く、小さな悲鳴を上げながらほんの2メートルほどに離れただけだ。そして村人達は口々に、「どうしてオークがこの島に?」「外にはシハーの兵士、ここにはオーク…もうおしまいだ、何もかもおしまいだ」「アトメイの神は私達を見捨てた…」と言った。

明らかな誤解を晴らそうと風雅が間に入り村人に説明する。

「オーク達はあんた達を殺しに来たわけじゃない。教会に様があっただけだ、だろ?」

「ん?…あぁ」とそれに返事をするズーク。だが村人達はまるで風雅の話を無視しているように一向に脅える事を止めない。

「風雅さん…もしかしたら、」と豊吉。

「俺達だけ見えていないのかもしれない」と風雅が言う。

「貴様等が異世界から来た人間だからか?」

「おそらく、この時代にいる者でなければ彼らには見えないのだろう。ズーク、彼らに自分達が敵ではない事を説明してやってくれ」

「…あぁ」

脅える村人達に向き直りズークは言った。

「俺達はお前達を殺しに来たわけじゃない。この教会に様があってきただけだ」

それを聞いた村人達は安堵の表情を浮かべる者、疑問の表情を浮かべる者、様々だ。その中の一人が恐る恐るオークであるズークに質問した。

「…外の兵士を振り切って入ってきたのか?」

「違う。どういうわけか知らんが、俺達が教会の中に入ってから外に兵士が現れ、そしてお前達が現れた。ついでに言うと、お前達には見えないだろうがここにはあと二人、俺達の同じ境遇の人間が居る」

それを聞いて村人達は辺りを見渡し、ズークのいう二人、風雅と豊吉を探すが本当に見えていないのか見つけきる事は無かった。そんななか、村人達は口々に「アトメイ神のお導きだ」と言い始めた。ズークは彼の部下と顔を見合わせる。そして、村人の中で恐らく最も年上であろう男が言う。

「わしの爺さんの代から、何か大変な事になってしまった時は教会に集まれ、と言われてきた。皆で相談するならいいんじゃが、村に兵士が着たら集まったところで一体何ができるんじゃと…いつも思っておった。こういう事じゃったのか」

恐らくは彼がこの村の村長なのだろう。

弱い足腰でズークの前に出ると、深々と跪いて言う。

「本意ではないかもしれんが…アンタ方はアトメイの神が選んだこの村の救世主なのじゃ。今、シハーの襲撃を受けて多くの村人が殺された。残ったわしらは教会になんとか逃げ込めたが、シハーの兵士達はわしらを皆殺しにするつもりなのじゃ…どうか…この村を救ってはくれぬか?」

そう言って土下座をする村長を見た村人達は次から次へとズーク達オークに向かって彼と同じ様に土下座した。呆気に取られてぽかんと口を開けるズーク。そして言う。

「何を馬鹿な事を!敵である人間をなぜ守らなければならないのだ?!しかもこれは貴様等人間同士の争いではないか!俺達オークが口を挟む事ではない!」

「どうかお願いします」と村人達は口々に言う。あるものは涙を流しながら跪いた。

困惑するズークと彼の部下のオーク。それを見て風雅が言う。

「ズーク。村人を守ってやれとは言わないが、この状況でシハーの兵士が教会に突入したら俺と豊吉さんを除いて皆殺しになるぞ」

「チッ…なんというマヌケな話だ。宴の笑い話にすらならぬ…」

その次の瞬間、フロアに轟音が響き渡った。村人達は一斉に悲鳴を上げて音の主である入り口の重い鉄扉を見る。そこは丸く凹んでいた。

「クソッ!来たか!」

6

一見すると重々しく見える教会の扉だが意外と楽に開くことが出来た。月明かりを背にロイドが教会の中へと足を運ぶと続いてはつみ達も中へと入る。

「いねーなぁ〜」

入って直ぐにロイドが口を開いた。教会を見渡すが風雅と豊吉の姿をみつける事は出来なかった。だが教会に入る前から気配一つも感じなかったからか、誰しも中に人がいるなんて事は考えては居なかった。

キサラは教会の扉についた多数の傷を見つけ注意深く見入った。

「攻城兵器で扉を破ろうとした後ですわ」

そして指で扉についた深い傷をなぞるキサラ。

「教会は神のいる場所だから戦の時には市民は教会に逃げ込んだというな。だがそれが通用するのは同じ神を信仰している場合のみだ。ん?…なんだありゃ?」

ロイドが見つけたのは薄暗い教会の置くに照らされる像であった。その像は誰がどう見てもオークをかたどったものだ。

「この村ではオークを神として信仰してるのですの?信じられませんわ…」

「いや。真ん中にアトメイの神の像があるから、このオークの像はもう一つの神って事になるな。…よくみるとアトメイ神のよりも後に作られたものだ」

ロイドが言う様にオークの像は像を模る土の色がアトメイの像よりも新しい。

「後でも前でも…ちょっと理解に苦しみますわ。それに村人の話だとこんな危険な海域にオークが来るなんてないって話でしたわ。辻褄があいませんことよ」

「んだな…にしても、あいつらどこへ行ったんだろうな?お、そうだ。ナジャ、匂いは検知したか?」

「したら言うよ。全然っ無し。この村に来た事すら怪しい感じだよ」

「ん〜まいったねぇ…」

そういってロイドは教会の中2階へと駆け上がった。そしてその窓から見える丸い月を見つめた後、視線を地面へと落とした。教会の外の村道の間を挟んで向かい側には沢山の墓が見える。だがそこは墓地ではない。林の中にあるその墓達は粗末な扱いをされているわけでもなさそうでキチンと手入れが行き届いているようだ。

「不自然な位置に墓があるな…」

一方、はつみは先ほどからオークの像を熱心に見ていた。テトがはつみの肩から飛び降りると像をよじ登り始めてその頂上でポーズを取った。その様子があまりに可笑しくて笑うはつみ。テトのポーズを見たついでに視線はオーク像の顔の部分に向けられる。そして首を傾げるはつみ。

「どうしたの?」と聞くテト。

「なんだかどこかで見た事があるような…?」

「このオーク?」

「うん」

もう一度、足から頭までを念入に見つめるはつみ。そしてまた首を傾げた。

8

「まずあの攻城兵器をぶち壊せ!」

ズークのその命令で部下の魔術師が詠唱を始める。教会の中2階の外にマナの粒子が集まり始め炎を伴って巨大な火の玉になると、それに気付いたシハーの兵達は攻城兵器を置いて後方に逃げる。詠唱完了と共に地面に落下した炎が兵器を包み込んだ。

「扉を開けろ!」

ズークの次の命令で部下のオークが重い扉を開ける。オーク達とシハーの兵士達の目が合う。兵士達はまるでビックリ箱を開けた子供のような目できょとんとしていた。それもそのはずである。村人達が逃げ込んだ教会から出てきたのはオークだったのだ。

「かまわん!殺せ!」と命令したのはシハーの指揮官だ。前衛に並んでいた重装歩兵が一斉に盾を構える。

ズークは教会の中にも外にも同じ様に響くような怒声で吠えた。

「そんなに入りたきゃ入るがいい!ただし出る時は死体になっていると思え!」

そして彼の部下のオークもギーブルと呼ばれる竜の皮で作られた見た目貧相な盾を構える。シハーの重装歩兵に比べれば明らかに軽装な装備だ。そもそもズーク自身が魔術士であり彼の部下もまた主に魔術士で編成されているのだから装備などは主力部隊のお下がりでしかない。それでも対人間であればオークの巨体がそれを補っていた。

「突撃!」

シハーの指揮官の怒声の後、一斉に前衛の重装歩兵は盾を構えたまま突撃する。そして盾同士がぶち当たる音が響く。勢いよく突撃したはずだ、それなのにまるで岩にでも突っ込んだかのようにピクリとも動かない。それが兵士達の闘争心を冷ます。そして冷めた闘争心は次第に恐怖心へと変わる。自分達がまるで無力ではないかという焦り。

「どうした?貴様等の突撃はその程度なのか?」

盾の向こうからオーク兵の静かな声が聞こえた。

そして何故か一斉にオークの盾の力が緩んだ。容易に教会の中に進むシハーの兵達は一瞬だけ中にいた村人達の脅える姿が見えた。疑問と僅かだか希望が兵士達の心に入り込んだが、次の瞬間それは打ち砕かれた。

オークは一斉に盾で兵士を打ち上げたのだ。凄まじい衝撃で鋼鉄のはずの鎧にヒビが入り5メートルほど空中を泳いだ後地面に落下した。前に盾を構えていたはずの兵士が一瞬の間に居なくなりふいを突かれた2列目の兵士達の顔面にオークの戦闘斧が振り下ろされる。兜などは飾りでしかなかった。血まみれになり2列目の兵士達が倒されると3列目の兵士達は恐怖で顔を歪め、上官命令である「突撃」の姿勢を崩した。

そこでズークも部下のオーク達も一旦は外の状況を一望できた。相当な数の兵士、攻城兵器も2機目が用意されている。まるで何処かの城でも落とそうかという準備である。そこから、本格的にピリヤニスを占領下に置いて拠点とする考えが伺える。だが一番目を引きつけたのは教会の外の茂みに山積みになっている村人達の変わり果てた姿だった。

「どうやら人間は同族を殺す事が大好きらしいな。マヌケな種だ」

吐き捨てるようにズークは言う。

一旦前進したオーク達だが状況が確認できた後は直ぐに教会の扉より1歩後ろへと後退した。ズークの部下は魔術士ばかりなので混戦となれば詠唱に時間を割かれる為、被害が大きくなる。貴重な前衛の兵士を残しておきたいという思いもあった。

9

肉弾戦タイプの部下が少ないズークは教会の外に前進する事が出来ず、またシハーの兵士達も狭い扉前にいる鉄壁のオーク兵数体に邪魔されて突入する事が出来ず、あれほど威勢のよかったシハーの指揮官も腰が引けていた。

しばらくは睨み合いが続いた。

その睨み合いを終わらせたのは教会中2階のガラス窓が割れる音だった。シハーの長弓射手が火矢を放ったのである。幾本もの火矢が窓からフロアへと侵入し、辺りを炎が包んだ。生き残った村人達はフロアの片隅に集まって身を寄せ合う。

「卑怯なマネを」

ズークの部下の一人が言う。オーク達は窓を塞ぐよう椅子やテーブルで固めたが既にフロアの中は火の海となっている。

「風雅!黙って見てないで手伝え!」とズークが叫ぶ。

「手伝いたいのはやまやまだが…俺達は居ない事になっているからか、何をやってもこの時代の物には作用しないみたいだ」

「チッ…役立たずが!」とズークが吠える。

教会の扉前で盾を構えていたオークが何かの異変に気付いて言う。

「ズーク様!シハーの兵どもが撤退していきます」

「どういう事だ?」

兵の居なくなった教会前の村道に出たズークの部下は、村の向こうから別の軍隊がやってくるのを目視で確認した。夜風に揺れる軍旗はアルタザール軍のものだ。

「アルタザール軍です!」

「よしっ!今がチャンスだな。人間ども!シハーの軍は撤退したぞ、早く脱出するぞ」

ズークの声を合図にして彼の部下も村人達も炎を避けながら一斉に教会の外へと移動を始める。村人の最後の一人である少女が教会の扉から外に出ようとした瞬間、熱で脆くなった壁が剥がれ落ちて扉前の床に落下した。そのまま床を突き破って地下の倉庫まで貫通するが、少女が立っていた床も彼女も真っ暗闇の地下室に雪崩れ込んでいく。

「きゃぁぁぁぁ!」

少女は叫びながらとっさに床にしがみ付こうとする。だが床だけに何もつかめるものもなく、空しく重力に任せて身体は地下室へと滑り込んでいく。

だがその動きが止まった。

少女の腕を誰かが掴んだのだ。地下に落ちた壁の一部は再び炎をあたりに撒き散らし熱風が上昇してくる。その様子を見た後、少女が顔を上げるとそこには彼女の細い腕を掴むズークが居た。

10

「飛行艇のところまで戻っておくか…」

そう言ってロイドが教会から出ようと扉を開けると、一人の老婆が丁度入ろうとするところであった。老婆はロイドの姿に一瞬驚いて「あら失礼」と言うと、そのまま教会の中へと入った。そして彼女はアトメイの像の前で一礼すると隣のオークの像の前に行き持ってきていた花を添えた。

それを見ていたはつみが老婆に質問する。

「このオークの像はなんです?」

老婆は微笑みながら言う。

「この村の救世主、私の命の恩人よ」

「救世主?」

「えぇ…。昔、アルタザールとシハーが戦争をしていた頃、この村も戦火に巻き込まれた事があったのよ。シハーの軍隊に村を焼き払われた時、生き残った村人が教会に逃げ込んだんだけど、その時オーク達が突然現れたの。彼らは危険を顧みずに勇敢に戦ってくれたわ。お陰で村は救われた」

「オークが…?」

「えぇ。この村に来る人は皆必ず驚くわ。この像を見てね。でも本当の話。私が炎の中に落ちてしまうところを助けてくれたのも彼よ」

そう言って老婆はオークの像を指した。それから老婆は悲しい顔をする。

「でも、私はお礼も言ってないし、彼の名前も知らない…。私達を救った後、オーク達は消えてしまったのよ。せめてもの感謝の意を像で示したの」

そう話した後、像の背後から物音が聞こえて風雅と豊吉が現れた。

それを見た一同は風雅と豊吉の元に集まってきた。

「どこ言ってたんだよ?」とロイド。

「どうやら…戻ってこれたみたいですね」と豊吉。

「多分過去の世界にいってたんだろう。そこでオーク達と一緒にシハーの軍隊から村人を守っていた。っていうか、俺と豊吉さんは何も出来なかったんだがな」

「はぁ…?過去?頭でも打ったのか?」

「言うと思ったよ。信じるか信じないかは任せる」

像の後ろから出てきたのに像に驚く豊吉。過去の世界には無かったものが突然そこに出たのだから仕方がない。

「こ、これは、ズークの像ですね」

「おぉ…像が出来てますね。よく出来てる…ズークにソックリだ」

それを聞いていたはつみが思い出したように言う。

「あ、ズークだったんだね。この像。今思い出した。ロメナスの事」

3人の話を聞いていた老婆が驚きながら言う。

「あ、あの…この方はズークというお名前なのですか?」

「ん?あぁ」と答える風雅。

「そうですか…いいお名前です。この方は今どちらへ?」

それを聞いて察した風雅は嘘をついた。

「さぁ、今も世界の何処かで秘宝を探してるって話ですが」

本当はまだこの島にいる。頭の配線が少しおかしい首領の側近として。それを言ったなら老婆は村人を引き連れて彼等が停泊しているであろうテントまで喜んで行くであろう。

「そうですか…もし、もしズークさんと彼の仲間達に会う事があるのなら、ピリヤニスの村人全員が、感謝をしている事を伝えてください」

そう言って老婆は微笑んだ。

「わかりました、伝えておきますよ。会うのは今回で4度目で、この調子で行けばまた会う事になると思います。腐れ縁という奴ですね」

1.00