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保育園支部 人員要求書提出
公的責任守るため
必要な職員は正規職員で採用を!

保育園支部が幼保企画課に要求書を提出

 保育園支部は6月9日、2027年度の職員採用に向けて幼保企画課に「正規保育士、正規看護師の採用に関する要求書」「調理員に関する要求書」「会計年度任用職員に関する要求書」を提出しました。
 その中で
●児童定員に必要な保育士数を正規職員で確保すること。
●区の拠点園となる幼保連携認定こども園に、正規看護師を複数配置すること
●全園で主任を専任化できるように、正規職員を採用し、配置すること。
●全園に正規調理員を配置すること。早急に定員120人以上の園には、正規調理員を配置すること。
●正規調理員の退職補充は、必ず正規調理員の採用で行うこと
●会計年度任用職員の欠員を速やかに解消するよう新たな策を講じること。

等現場の実態を訴えながら、要求しました。

 広島市では、区の拠点となる幼保連携型認定こども園は「医療的ケア児を優先して受け入れる」としています。拠点園機能として、医療的ケア児の受入れを謳うならば、医療的ケアを受ける子どもが集団生活の中で安全で安心できる環境で過ごせること、保育園で働く看護師に重責に見合った処遇を保障し、働き続けられる体制を作らなければなりません。また、保育士の欠員は、公立私立問わず、全国的にも問題になっています。広島市では2020年に会計年度任用職員制度が始まって以来、欠員ゼロの年はありません。採用試験を年に何度も行っていますが解決できていません。専門性のある職なのに賃金・労働条件がその職責に伴っていないことが問題です。会計年度任用職員の労働条件の改善は急務です。さらに、年度中途の産休などによる正規保育士の異動が頻発し、年度当初に備えていた異動要員では足りなくなり、フリーの総括主任が担任に配置されるケースが後を絶ちません。子どもや保護者にも職員にも安心安全な保育を保障していくためには十分な職員配置と経験の蓄積、技術の継承ができる職場環境が必要です。雇用不安のある非正規職員に頼りっぱなしにせず、雇用が安定した正規職員の採用をすべきです。

2026年春闘アンケートC
出退勤管理について設問
サービス残業是正にまだまだ課題

 今回は昨年9月から導入された出退勤管理システムに関する独自の設問についてです。

質問6(4) 毎日、出退勤時間が確認できるようになりましたが、従前と比べてどう変わりましたか。
労働時間の管理についての表

出退勤時間を客観的に把握できる仕組みに

 労働時間の管理については、客観的記録での管理が望ましいと厚生労働省がガイドラインで示していることから、庁内LANパソコンのログイン・アウトの把握により出退勤管理することになりました。一人一台パソコンがない職場や職種では、別の方法を検討中です。
 設問の1つめ質問6(4)は出退勤記録の導入後の変化についてです。特に変化がないとする意見がかなりの割合を占めています。サービス残業にならないように「出勤時間が遅くなった」「退勤時間が早くなった」との回答がある一方で、PCをログオフして仕事をするとの、サービス残業に該当する回答もあります。また、自動で記録されるものの、PCの起動時間などでのタイムラグを感じている意見も多くありました。

質問6(5)出退勤管理の方法の変更によって、時間外勤務の申請に影響がありましたか。
時間外申請に影響があったかの表

サービス残業是正に一定成果
現状維持・逆行の回答も・・・

 質問6(5)は時間外申請に影響がありましたかという設問です。こちらも《変わらない》という回答の中に、「従前から適切に申請している」場合が多いものの、「変更後も時間外申請せずに仕事をしているので変わらない」という回答も一定数あります。「事前申請がしやすくなった」「時間外のかい離の警告が出る前に退勤するようになった」など、全体的には勤務時間管理の適正化=サービス残業の是正が進んでいますが、適切な運用となっていない課題も見える回答結果です。

 今回は昨年9月から導入された出退勤管理システムに関する独自の設問についてです。

質問6(6)勤務時間管理の適正化が進んだと感じますか。
勤務時間管理の適正化が進んだと感じるかのグラフ

選択項目C「勤務時間の「かい離」が放置され、適正化が後退したと感じる」

勤務環境改善は全市的課題

 質問6(6)は、システムの導入で、勤務時間管理の適正化が進んだと感じるかについてです。やや感じるも含め、「改善を実感している」が半数弱。「変化を感じていない」が3割で、(4)(5)の回答傾向を裏付ける印象です。
 出退勤時間と実際の勤務時間との間にある「かい離」に警告が出るシステムによって、その時間になったら退勤を促すなど、サービス残業の是正に一定の効果は出ているようです。ただ、長年の職場慣習にもとづく身内の評価ではなく、ホワイト化が進んでいる民間企業と比較するつもりで、適正な時間外勤務管理をしなければ、いま広島市が直面している人材流出の課題に対処したことにはなりません。
 回答から見える課題に、きちんと対応していく必要があります。

「日鉄呉跡地」現地で見て学び
軍事拠点化の危険性を実感
自治体・公務公共職場で
働く女性の学習交流集会

自治体・公共職場で働く女性の学習交流集会のようす

 広島自治労連女性部は、6月7日「第22回県内の自治体・公共職場で働く女性の学習交流集会」を開催。「日鉄呉跡地問題」について学ぶため、講師として広島自治労連元執行委員長、呉地区平和委員会の森芳郎さんを招きました。
 午前は呉市つばき会館で学習会、午後はフィールドワークを行い、音戸町の高鳥台公園、日鉄呉跡地、アレイからす小島公園の海上自衛隊艦船、海軍墓地、旧澤原邸・三ツ蔵等(250年の歴史を誇る建物)をめぐりました。

フィールドワークのようす

「平和産業港湾都市」はどこへ

 戦時中の軍港としての役割から、戦後復興していくうえで旧軍港市転換法の制定が急がれ、1950年6月に住民投票によって「軍転法」は成立し、呉は平和産業港湾都市となりました。これは軍事施設を再び呉港に置かないというもので、軍事拠点化はあってはならないことです。日本製鉄呉は2023年9月末で閉鎖。跡地活用についていろいろな憶測が飛んでいましたが、防衛省は「多機能な複合防衛拠点」として整備する意向を示しました。
 2025年3月、防衛省は呉市議会に対し、跡地内への施設の配置などについてのゾーニング(機能配置)の最終案も示しました。呉市長の住民説明会(工場周辺の住民)で、市民への理解を得られたとして呉市議会全員協議会で防衛省案を受け入れることを表明し、議会も30人の市議のうち27人が賛成しています。

反対意見無視した軍事施策

 また、呉海上自衛隊が米軍施設と一体に南西諸島への戦争物資の補給体制や在日米軍弾薬庫の増強等を地元住民への丁寧な説明もなく、反対意見無視で強行している状況等を学びました。参加者からは、多くの驚きと不安の声が挙がりました。このままでは、戦争遂行体制が進み、呉港の軍事化も進むことになってしまいます。

関心を持ち平和を求める運動を

 全国的に進められている軍事力強化を中心とした政策に多くの人が関心を持ち、反対の声や平和を求める運動を広げていくことの大切さを確信した学習会となりました。

広島自治研 市民公開講座
問い直す 市行政と「平和」のかかわり

 6月13日、広島自治体問題研究所が市民公開講座を開催しました。
 広島市立大学国際学部の湯浅正恵教授を講師に「日本の平和主義・広島の平和主義:まがりかどをまがったあとで」と題して記念講演がありました。

異なる「平和主義」のもと歩んできた日本の政治

 はじめに湯浅教授が小学生の頃に、原爆資料館に連れていかれ「怖い」というイメージを持って大人になり、平和に関心を持ったのは、福島原発事故を経て核兵器禁止条約の成立などでのことだったことなど、自らのバックボーンについてお話しされました。
 その後、講演のタイトルにある「日本の平和主義」の捉え方や歴史について、国内外の思想家の言葉を引用し、自衛隊創設や日米安保など矛盾を抱えたまま、それぞれの立場によって違う意味で捉えられてきたと指摘しました。
 憲法9条を考えの柱とする「反戦平和主義」、非核三原則など核廃絶に重点を置く「反核平和主義」広島・長崎の社会運動、米国の核の傘に依存し日米同盟による安全保障政策にもとづく「核平和主義」と呼べる考え方。3つの異なる立場の「平和主義」のもとで日本の政治は歩んできたとして後半の話題に移りました。

建設法には憲法の平和主義が宿る

 後半は広島の平和主義に移り、広島の復興を制度的に支えた「広島平和記念都市建設法」について、立法の理念には、新憲法に掲げる恒久平和の実現、核兵器を開発した人類は戦争をしてはならないという平和憲法の「戦争放棄」とつながる反戦平和主義が宿っている。一方で、占領下で復興予算を確保するため「原爆」の言葉は使わず、「記念」というあたかも原爆で戦争が終わったかのような言葉が用いられ、矛盾を内包している面もあるとしました。

時代により変わる平和の捉え方

 いまも広島市政でも用いられる「ヒロシマの心」の言葉の意味についても、時代によって意味が変わっていると、広島の反核運動をけん引した森滝市郎氏の言葉や、歴代広島市長のうち山田節男氏、荒木武氏の用いた「ヒロシマの心」の変化を分析。
 山田市長は世界連邦運動に関わりがあり、民主主義や個人の自律を平和のための基礎として、推し進めようとの考えがあった。荒木市長になり、民主主義という言葉が基本構想や計画から消え、被爆者の願いを伝えるという意味に変わっていったと指摘しました。
 こうした平和や「ヒロシマの心」の意味を探求している背景には、広島市平和推進基本条例があるとして、紹介したような広島市の歴史的な歩みを、安易に上書きして消してしまったと感じると、自らも陳情を提出したことに触れ、講演を終わりました。