●GPz400F
単車の写真
Monday, August 27, 2012 更新追加記述
初めての単車。
知人の紹介で広島県安芸郡海田町にあった「KUREYON R.S.」にて
無理して新車を3年ローンで購入。 最初はノーマルで乗った。
納車の日に渋滞に巻き込まれ、いきなりエンジンストップ。家まで押した。
「KUREYON R.S.」はこの時代の最先端を行っていたと思う。あの頃、ARを水冷化
したり、FX400Rのターボを作ったり、GPz306は定番だったし、CS250のコンプリート
車は最高に格好良かった。モンキーのDOHCキットも日本初だったのではないかな?
コグドベルト駆動だった。
アルミやステンにFRPを素材に芸術的な溶接などの加工技術で様々なパーツを作って
いた。
このショップの山本さんには言葉に出来ないほどお世話になった。
NOLANのヘルメットを買ったのもここだし、ミスターヒロのグローブを買ったのもここ。
kawasakiのウィンドブレーカーをいただき、いつもこれを着て走っていた。
当時、フリーのアルバイター
高校を出てすぐに島根県の合宿で免許を取って、何もわからないコゾーが
無理をしながら乗っていた。
何度も壊しては直していただいた。よく怒られた「単車を大切にしろ」と。
先日、お世話になったクレヨン店長の山本さんが亡くなっていたと知った・・・
もう、単車を組んでいただけないのか・・・
いつか、もう一度と思っていたのに。
GPzは実家で眠っていたが、自分の手で最後を看取ろうと思う。
今度は自分で出来ることを。
今でも忘れられない。1983年 18の頃、鮮烈な思い出
写真は自分で撮る習慣がなかったから人が撮ってくれたものが数枚のこっているだけ。

「最初の旅」
購入して2〜3ヶ月、やっとバイトの休みが取れた。たしか6月
初めてのロングツーリングで友人を訪ね広島から長崎へ行った。
現在 、グーグルさんは下道最短距離 424km で 10時間6分 という・・・
自分の旅は12時間以上かかった。
台風が近づき大雨警報が出た。皆が止めた。 でも行ってみたかった。
大雨の中を朝8時に自宅を出発、30分もせぬうち前車の急制動につられ、
マンホール上のブレーキングで転倒。ウィンカーとミラーを割る。
2号線へ向かう郵便貯金ホールの前。なんでここでブレーキ?なにもないのに??
広島市内のショップを回って、何とか中古展示車から部品を外してくれるショップ有り
交換修理完了。ミラー中古、ウィンカー新品部品でたしか3000円、ありがとうございます。
この時点で9時過ぎ。どうしよう?
心配していた家族の手前、見栄もあり、帰るわけに行かず再出発。当然お金
はないから下道。心細い。
ペースもわからぬ初心者故、給油とトイレ以外停車せず、一度下関あたりであんパンを
かじっただけで走り続ける。
燃費すら知らないので、どこまで走ることが出来るかわからない。
誰も教えてくれない、自分で体験しなくては。
関門トンネルでは雨で冷え切った体が少しぬくもった。トラックの排気ガスが
くさいけど心地よい。カッパは山用のため、胸に空気抜きのスリットがあり、
ここから雨が侵入する。どんどん冷えていく。
雨で地図を出すことも面倒で道路標識を信じて走っていた。しかし、知らぬ地名ばかり。
九州に入ってすぐに日が暮れた、時期は6月頃だったのでこの時点で18時か19時かと
思う。気がついたら左側に海がある??道を間違え有明海に出ていた。
海沿いのワインディング。地元の車は速く、視界の効かない雨中で怖かった。
しかし、道を譲るのはプライドが許さず負けぬ速度を維持し走り続ける。
夜21時過ぎ、長崎に到着。友人を電話で呼び出し迎えに来てもらう。
友人は、風呂を焚いて待っていてくれた。温かかった。
風呂で鏡を見て唖然とする。一日で頬がこけていた。本当にこんな風になるんだ!!
長崎では友人を後ろに乗せて軍艦島を見に行ったり、夜景を見に行ったり・・・
しかし、バイトが待っている。夜中に急に心配になって帰ることにする。だって、
行きであれだけ苦労したのだから、帰りはどうなる?
夜中に長崎を出発したものの、佐賀県との県境で山越え中に心細くなる・・・
誰もいないリアシートが気持ち悪くなったり・・・佐賀市内で明るい場所に出たら、
これ以上走りたくなくなった。明るいところを探して佐賀駅にたどり着く。
早速段ボールを見つけて、駅構内にしき寝る。山に登っていた人間だからこんなの平気。
翌朝明るくなってから再出発。帰りはあっけなく昼前には広島に着いた。翌日からの
バイトの前に洗車。雨中の強行軍で泥が焼き付いていた。こすり落としながらちょっと
誇らしかった。
その後も、いろいろなところをまわった・・・
単車についていろいろ学ばせてもらった・・・
この頃の仕様は、やっと入ったバイト料で
・クレヨン製の手曲げステンレスマフラー(初期型ショート)
・ビート フルバンクバックステップ
・輸出用1100?ハンドル (低い)
・シート形状変更 (アンコ抜き)など
このときのショートサイレンサー いい音がする。かっこいい。
最初にこの集合管で走ったとき、海田から瀬野川方面の2号線でフル加速、
前車に追突しそうになった。びっくりした。
当時山本さんがこの集合管だけで9馬力はアップするとおっしゃっていた。
嘘じゃないと思った・・・
先輩につれられ峠を走った、先輩は CB250RS-Z 軽量な単車、同じライン
で無謀にも進入して枯れ葉に乗って初めて転倒、いきなりバックステップを折った。
ビートのハイパーバンク、当時出たてのブレーキが二本ピンのやつ。可倒式なのに・・・
クレヨンで溶接してもらう。この頃のバックステップはスチール製がほとんどだった。
先輩は、自分たちに単車をすり込んだ張本人、高校の先輩で卒業後に単車で現れうらやま
しがらせた。自分でいじる人でオイルパン加工してシビックのオイルクーラなんかつけてい
た。当然のごとくボアアウトもしていて、軽快で速い単車だったな。

このあと第二次大改造
原因は右直事故。
バイトに行く途中渋滞の車列の中、二輪レーンを走行中交差点で右側からどん。
ハンドルと車に挟まれた右手中指は数ヶ月曲がらなかった。リハビリ一年。
慰謝料が入ったがすべて改造費に・・・
すべてのパーツはクレヨン謹製
手曲げマフラーのアールの美しさを見て!!
当時作っていただくところも見ていたけど、職人技でした。
砂を詰めたステンパイプをジグに固定、バーナー一本で曲げる。
・オーダーステンレス手曲げマフラー サイレンサー2セット目(インターセプター)
・スプロケットカバー撤去シフトガイド 、バックステップとセット
・キャブセッティングパーツ
・パワーフィルタ
・NGK Vプラグ
・カウル位置を下げる調整ステー
・フロントフェンダー前後逆に
・ライムグリーン全塗装 、ホイールホワイト塗装

オリジナルのオーダーステップ、シート形状変更、そしてこのハンドル。
前傾姿勢だけど、長距離でも疲れない。
ここまでしても、荷掛フックは新設してでも残す。粋でした。
山本さんがよくおっしゃっていた、
「こいつに乗って、見知らぬ街にふらっと立ち寄る」
「かっこいいだろ?」
そう、かっこいい!! 憧れだったんだ。
・輸出用1100ハンドル
・サイドカバー撤去、電装系SPプレートに設置

その他装備
フロント周りも大幅に軽量化、軽い。
雨の日は、パワーフィルタを外して走った。
水を吸うと、吹けなくなってしまう。
一度大雨でクランクケースまで冠水したことがあるが、
無事に走り抜けた。
・フロントウィンカー埋め込み
・リアウィンカー軽量化


正しく作られたバックステップはギアがスコスコ入る。
カワサキのガッチャンシフトが!!
・オーダーバックステップ
・オイルキャッチタンク
・ピレリ ファントム+1

・リアフローティングブレーキキット
・オーダーシート形状変更
・テールランプDT200用シートカウルに埋め込みブリーザーホース大気解放
・リアフェンダーレス
・不要ステー切断撤去軽量化
・サイレンサー2本目 、インターセプターモデル
最初はノーマルのステップホルダに合わせて沿うようにショートタイプで作った、
バックステップ製作時にホルダを撤去したため音量調整もかねて作り直した。
この頃こんなサイレンサーは他になかったよ。
この後、KUREYON R.S.オリジナルマフラー インターセプターはブレーブヤング
モデルへと進化した。
2012年08月27日 月曜日 追記
教えていただいた
http://www.youtube.com/watch?v=w0eAVDvmvk8
こんなところに生き残っていた・・・うれしい!! 音まで聞くことが出来る。
この単車でいろんなところを走った。
夜の西広島バイパス、大竹の夜景、太田川沿いを流すときの河に響く音。
広島から大分へなんども通った。夜明けの別大国道。
九州では熊本の阿蘇、宮崎の青島・堀切峠、長崎の風頭山、佐賀の有明海・・・
いろんなことを教えてくれた。
今でも夢で見る。
夢の中では直っている、
あぁ!!あるじゃやないか、ここで待っていてくれてたじゃないか !!
うれしくって走り出すとエンジンが吹けない・・・どうした?
現実は自分が壊したまま、実家で待っていた。そして・・・
唯一、組むことの出来る人はもういない。

その後の GPz400F
今後も記事を追加していきます。
お暇なときに見てやってください。