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毎日新聞 朝刊(岡山版) 23面  

岡山県エッセイストクラブ  リレーエッセイ 途上(6) 
「日めくり」  
2016年1月23日(土)掲載

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毎日新聞 リレーエッセイ 途上 「日めくり」

 
 新しい年が始まり、新しい日めくりをめくる。まっさらな一年が、また始まった。

 昨年末には、薄くなった日めくりの横に、新しい年の、分厚い日めくりが並んでいた。

「あっ、おとといのままだ」
 浮き足立ったような時間が続くと、2日前の日めくりのまま、ということが、よくあった。
返さないといけない電話やメール、人と会う約束や気の張る大役、提出書類の締切など、
何とか全てこなして、やれやれ、ちょっと一段落という朝に、よく起きる。


 誰にも、それぞれ自分のカレンダーがある。
 年度替わりの4月時点で、仕事の一年間の行事予定と納期がびっちり決まっているという
人は多い。ボランティア活動の日程や趣味の発表会の日、展覧会への提出期限など、カレンダー
に大きく赤丸印を付けている人も。事が終わるまでは神経質にもなる。
 家族でも、仕事その他、佳境となる時期は違い、一方は、ひと息ついたと、のんびり打ち上げ
気分のときに、他方は、大きな山を目前にして、頭はカッカしていたりする。気分は正反対で、
ゆったりとした会話は難しい。

 

 慌ただしい年末年始は過ぎて、庭の鉢植えの、鮮やかな色のパンジーやプリムラが、薄い冬日
を受けて咲いている。
 50歳代後半になり、「予定がある、私は忙しい」という、いびつな充実感のようなものは、
もう、ほとんどない。なのに、皮肉なことに役割は増え、無理などしていないつもりでも、
いつも気ぜわしい。今年のカレンダーの白いマス目も、また、すぐ黒く埋まっていくのだろう。 

 一体、何に向かって、いつもバタバタしているのか。今年はどうするつもりですか、と新しい
日めくりが、私に問う。すっかり薄くなり頼りなげに見えた、昨年末の日めくりも、目に浮かぶ。
 
 誰もが、いつの日か、いわば長い机の端の向こうへ、まだ誰も行って帰ったことのない所へ行く。
少しずつ、あるいは、ある日突然、自分の意思とは無関係に押しやられ、たった一人でジャンプ
しなければならない。
 皆、そんな途上にいる身の上だと思えば、お互い、同じ時代に、こうして生きていることが、
何と、いとおしいことか。
 限られた時間、何が一番大事なことか、優先順位は、はっきりしている。
 まずは、自分自身との静かな時、そして、大切な人たちとの穏やかな時。
 今年こそ、空白のマス目は、なるべくそのままにしておこう。一日一枚ずつ、日めくりを丁寧に
めくりながら。

 

                                    久本 恵子 
    
                                 (原文のまま。)

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