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毎日新聞 朝刊(岡山版)   

岡山県エッセイストクラブ  リレーエッセイ 出会い 
「彼のようになりたい」  
2002年12月21日(土)掲載

(2003年7月5日発表、毎日新聞「リレーエッセイ」第1回年間優秀賞受賞 作品)

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毎日新聞 リレーエッセイ 出会い 「彼のようになりたい」


 四、五年前、仕事と自分ということで少々苦しい思いをしていた頃のことです。

 休日に立ち寄ったレンタルビデオショップの店頭、あるロックバンドの販売用
ライブビデオがありました。ケース表面にコラージュされているたくさんの小さ
な画像。その中のたった一枚に、汗びっしょりになってステージで歌っているボ
ーカリストの姿がありました。それを見て直感で「これが欲しい」と思いました。
なぜか強く心ひかれました。早速買い求め、その夜から見始めて、案の定思いっ
きりはまってしまいました。

 ステージに立つ直前の彼、ステージでの彼、終わった後のほっとした表情の彼、

オフの彼…。もう夢中です。それから、彼のバンドのCDはすべて買い、眠る前

も通勤の行き帰りにもずっと彼の声を聴きました。他のライブビデオも買って全

部見ました。毎日仕事が終わるのがもどかしく、早く車に戻って彼の声を聴きた

い、家に帰って彼の姿をビデオで見たいと、一種病気のようでした。

 こんなことは初めてでした。天才だと思いました。哲学者で詩人で作曲家でボ

ーカリストで。ステージでの激しいパッションと普段のもの静かで謙虚な態度。
そんなギャップも大好きでした。そして、彼がクリエーターとしていつも苦しん
でいる、でも何かに向かって真摯(しんし)に突き進んでいるその姿勢がたまら
ないほど魅力的でした。音楽が好きで好きで、だから同じように音楽バカと言え
る人たちと一緒に仕事ができることをとても愛していて、ファンとの交流やバン
ドの仲間たちとの関係に誠実で。

 どうして、こんなに彼にひかれるのだろう。熱病のような時期に、はっきりと
したことがありました。

 「私は彼になりたいんだ」。このことに気づきました。未熟でも非力でも先頭
に立って風を切って汗びっしょりになって自分を全部さらけ出して、仲間と泣い
たり笑ったり時にはケンカしてもいいから彼のように生きたい、彼のようにあそ
こに立ちたい。そう切実に思いました。

 それまでの私は、仕事は仕事、自分は自分で全く別物だと思いこんでいました。
しかし、自分を出さない仕事なんて仕事ではない、自分と仕事の間にウソのない
働き方、ひとつなぎの生き方をしたいと初めて思いました。

 そういうことを気づかせてくれた彼は大切な恩人です。その彼とは、島唄で有
名なバンド、THE BOOMの宮沢和史(みやざわ・かずふみ)さんです。


                               久本 恵子 

                       
                            (原文のまま。)

(1986年結成、1991年デビューの4人組バンド、THE BOOM(ザ・ブーム)
 2014年12月で活動終了・
解散発表の報道(2014.03.31)を受けて。
 長い間、ありがとうございました。)


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