Capter 3

 

 しゃー…………

 

 暮れの第三新東京市の住宅街を、一台のMBXが駆けていく。乗っているのは中学生く

らいの女の子。長い髪の毛を後ろになびかせながら、寒さをものともせずに颯爽とペダル

をこいでいる。赤いウインドブレーカーにジーパン姿の元気な女の子だ。

 公園の角を曲がってしばらく行くと、目的地の一軒の家が見えてきた。彼女はペダルを

踏む力を少し強くした。

 

 

 

きぃーっ……………かちゃ…

 

 目的の家の前についた彼女は自転車のスタンドを立てて、背中のリュックサックから小

さな鏡と櫛を取り出した。玄関の呼び鈴を押す前に、身だしなみのチェックをするのは必

須事項だ。鏡を見ると、前髪が少し乱れていた。おまけに寒さのせいか、鼻の頭が少々赤

くなっていたが、これはどうしようもない。とりあえず前髪を直すと、再びリュックに鏡

と櫛を戻し、リュックを左手に持ちかえると、ひとつ大きな深呼吸をしてぐっと呼び鈴の

ボタンを押した。

 

『はい、高杉です。』

 

「シンゴ?うち。……鈴原。」

 

『あ、先輩。すぐ行きます。』

 

 シンゴの声を聞いたカナエは、まずはほっとため息を吐いた。

 カナエがこのうちを訪れるのは、なにも今日が初めてと言うわけではない。ただ、この

うちの(呼び鈴を押す)ことがちょっと苦手なのだ。というのは、以前トウジのおつかい

で初めてこのうちを訪れたとき、ちょうどシンゴは外出中で、応対に出て来た彼の母親と

満足にやり取りができなかったのだ。

 彼の母親が耳が不自由だということは、もちろんカナエも承知の上だったのだが、実際

に目の前に出てこられたらあたふたとなってしまった。そこにたまたまシンゴが帰ってき

て、おつかいそのものは無事に果たすことができたのだが、しばらくの間は、そのことで

ちょっと落ち込んでいた。

 これではアカンということで、以来暇を見つけてはシンゴにすこしづつ手話を教えても

らっていた。といっても、まだあいさつと簡単な自己紹介くらいしかできないので、いま

だに呼び鈴を押すときに緊張してしまうのだった。

 

 しばらく待っていると、家の裏手からスポーツタイプの自転車を押しながらシンゴが現

れた。バスケット部の公式戦用ウインドブレーカーを着ているところがいかにも彼らしい。

 

「こんにちは、先輩。」

 

「……………………」

 

「…どうかしたんですか?」

 

「あんたなあ、わざわざそんな格好せんでも普通の服にしいや。」

 

「え?おかしいですか?この下は普通ですよ、ほら。」

 

 そういってウインドブレーカーの前をはだけてみせたシンゴは、たしかにセーターにジ

ーンズといったいでたちだ。首にはマフラーなんぞ巻いている。

 

「それになんか落ち着くんですよね、このウインドブレーカー着てると。」

 

「まるでうちの兄ちゃんみたいなこと言うねんな。」

 

「ああ、先生のジャージでしょ。いつも着てますもんね、ははっ。」

 

「はあ…。ほんま、ヒカリねえさんの気が知れんわ…。」

 

「実の妹の先輩がそこまで言いますかねぇ、ふつー。」

 

「あ、それもそうやね。」

 

 オチがついたところで、ふたり揃って大笑い。

 口からは気持ちの良い笑い声とともに白い息がはきだされる。

 

「先輩、寒くないですか?」

 

「え?」

 

 突然まじめな顔になったシンゴに、カナエは一瞬呆気に取られた。

 

「…別にそんなことあらへんよ?」

 

「でも、鼻の頭、赤いですよ。」

 

「な!!」

 

 

 あまりに唐突で、あまりに衝撃的な、そしてまったく予想だにしなかったシンゴの言葉

にカナエは真っ赤な顔になった。すると、シンゴは自分のウインドブレーカーの前を再び

はだけると、マフラーを首からはずしてカナエの前に差し出した。

 

「はい。これ巻いてください。」

 

「え゛?!」

 

「風邪ひきますよ。」

 

 するとシンゴはマフラーを持ち直すと、カナエを引き寄せて首にマフラーを巻いてやる。

もうカナエの頭の中はパニック状態だ。

 

s★♂$¢£%☆◎◆♀(思考回路停止中)」

 

「だめですよ、気をつけないと。先輩は受験生なんだから、風邪ひいて寝込むようなこと

になったらどうするんですか。」

 

「……………(ディラックの海を、季節外れの遊泳中)」

 

「さ、これで寒くないでしょ。って…先輩?…先輩!」

 

「………はっ!」

 

 やっと我に返ったカナエだが、その後のシンゴがちょっとまずかった。

 

「…………あの、顔も赤いですけど、熱があるんじゃないです?」

 

「……………………(拘束具引き剥がし中)」

 

 後、暴走

 

「シンゴのどあほ!!」

 

どんっ!

 

「うわっ!!」

 

 刹那、カナエはシンゴを突き飛ばすと、自分のBMXに飛ぶように跨り、とたんに駆け

出した。いきなり平手打ちを出さなかっただけ、某S.A.L(名前を出したらコロスわ

よ!byあたし)さんとは違うところだが、危うく尻餅をつきそうになったシンゴは何が

何やらわからない。とりあえず自分も自転車に飛び乗った。

 

「せんぱ〜い!まってくださいよ〜!!」

 

 

 100メートルほど自転車を走らせたところで、カナエは自転車を止めた。深呼吸を何

度か繰り返し、息を整える。でも心臓はまだドキドキしているのがわかる。それは自転車

を走らせたからではないということは、カナエもちゃんと認識している。ふと、後ろを見

ると、シンゴが自転車を走らせてこちらへ向かってくるのが見えた。

 

 ふふっと微笑んで、こんどは思いっきり息を吸い込んだ。

 

「シンゴ〜!!早よ行かんとシンジさん達も帰ってきてんねんで〜!!もっと力いっぱい

こげ〜!!!」

 

 

 

 寒いのもわるくないな…と、カナエは思った。

 

 

Chapter 4

 

 

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