夕日の熱血バカ!『これがほんまの外伝じゃい!』

創さんのおねがい:このお話は、『新世紀エヴァンゲリオン手話劇場・第伍話』のサイドストーリーです。第伍話をまだ読んでおられない方は、初めにそちらをお読みください(ぺこり)。


「あかん!あかん!なんでそこで止まるんや!そのままドリブルで持ち込まんかい!」

「そこでパス出したかて、ゲームの流れをとめるだけや!」

ここは、第3新東京市立第壱中学校の体育館。

新人戦を2ヶ月後に控えた男子バスケットボール部の練習が、今日も行なわれていた。

関西弁で選手を指導しているのは、ブラックジャージに身を包んだ(笑)1年A組担任:鈴原トウジ(担当・社会科)である。

「おまえ、いませっかくフリーになっとったやないか。 パスカットくろうて逆に速効かけられたら意味ないやろう。」

「オフェンスはもう一回センターラインからやりなおせ。 ディフェンスはゾーンを引いとけ。」

今はフォーメーションプレーの練習中である。どうも今年の新レギュラーは、そつの無いプレーをこなす反面、積極性というかボールに対する執着がいまいち少ないようだ。フリーでシュートできると思われる場面でもパスを回してしまう。たしかにスタンドプレーはチームワークを乱してしまうが、人に頼り過ぎるプレーばかりでもチームの中に『和』はうまれない。そこのへんが、顧問のトウジの悩みだった。




ピピーッ!

ホイッスルが体育館の中に響き渡った。

「よっしゃー。今日はここまでや。」

トウジは部員に練習の終わりを告げ、選手をクールダウンのランニングへと行かせた。

ふと、体育館の入り口に目をやると、さっきまで入り口のドアにもたれかかって練習を見ていた生徒がいつのまにかいなくなっていた。

『あいつ、今日もきとったな・・・・・・・』





クラブを終えてトウジは職員室へともどってきた。

首にかけていたスポーツタオルをはずすと椅子の背もたれにかけて、そのままドカッと腰をおろした。

そのとき、不意に上席の方からトウジに声をかけたものがいた。

「おつかれさまでした。鈴原先生。」

「あ、教頭先生。まだ残ってはったんですか?」

トウジは立ち上がって教頭先生に軽く会釈をすると、再び自分の席にすわった。

「どうですか?新人戦は。」

「ええ。まあ、選手もがんばっとりますわ。」

「そうですか、期待していますよ。いま、お茶でも入れましょう。」

「たすかりますわぁ。大声出しっぱなしで、のどカラカラですねん。」

近頃珍しいタイプの管理職やなぁと思いながら、トウジは感謝した。ほどなく教頭先生は、自分の湯飲みとトウジの『猛虎マグカップ』にお茶を入れてもどってきた。

「そういえば、きょうもあの子きとりましたわ。」

「そうですか・・・・・・。あの子、やっぱりバスケットが好きなんですねぇ。担任の山岡先生もなんとかあの子と話をしたいとおっしゃっているんですけどねえ。鈴原先生、私はね、彼は決して問題児じゃあないと思っているんですよ。たしかに小学校の内申書には私も目を通しましたし、生徒指導の担当教員とも協議をしました。しかし、中学校に入学してからは、内申書に書いてあったような問題行動は起こしてないじゃないですか。」

「ええ・・・。ただ、やっぱり寡黙なのは相変わらずですわ。」

「そうですねぇ・・・・・。自分から人に話しかけることは、まず無いみたいですねぇ・・・。」

「そうですねん。小学校の時のことを、いまだに引きずっとるんやないかと思うんですわ。なんかきっかけがあればええと思うんですけど・・・・。」

「5年生までは明るい活発な子だったらしいですから、そのきっかけがあれば一気に好転するかもしれませんねぇ。・・・・・・・」

トウジはしばらく何か逡巡していたようにみえたが、マグカップを机に置くと姿勢を正して教頭先生に言った。

「 思い切っていいますわ! 教頭先生、折り入ってお願いしたいことがありますねん!」


















その二日ほど前、第2東京市で仕事を終えたレイが、久保田教授とともに第3新東京市へと帰ってきた。大晦日まで残業したかいがあって、教育省での変更申請も一発でクリアして、久保田教授も冬月との再会をこころおきなく果たすことができた。おまけにレイも苦労をねぎらってもらい、5日間の休暇をもらった。おかげでいまは、碇ゲンドウ宅で久しぶりにゆっくりしていた。

夕食を終えてリビングで、リツコ、ゲンドウとともに談笑していたら呼び鈴が鳴った。

やってきたのはトウジとヒカリだった。リツコとレイに出迎えられた二人はリビングへととおされた。

「よくきたな、鈴原君、洞木君。」

「こんばんは、碇のおやっさん。正月には結構なものを差し入れてもろうて、ほんまにありがとうございました。」

「いや、なに。鈴原君のところには毎年シンジたちが世話になっているからな。ほんの気持ち程度だよ。それより、調子はどうかね?」

「はい、おかげさまで。な、ヒカリ。」

「あらら、二人とも相変わらず仲がいいわね。そのようすじゃ、もうそろそろなのかしら。」

ヒカリが返事をする前にリツコにつっこまれて、トウジは恥ずかしそうに頭をかいた。

「いやあ・・・わいもまだまだ駆け出しですさかい・・・。」

肝心のトウジがこの調子では、同伴のヒカリも返す言葉が無い。ゲンドウは静かに、そんな二人をみつめていた。すると、

「それより、実は綾波に相談があんねん。」

レイの方を向き直したトウジの顔は、教師の顔だった。

紅茶を飲んでいたレイは突然自分に話しを振られ、トウジの顔を見た。

「どうしたの?鈴原君。急にあらたまって。」

「うちの中学の、生徒のことやねん。」

トウジはそういうと、いつもバスケットの練習をのぞきに来る1年生の男子生徒のことをレイに話した。

レイはシンジたちが山口に帰ってくるのと、ほとんど入れ違いで第2東京に出張する形になったため、トウジの話を聞くのは初めてだった。もちろんゲンドウとリツコも初めて聞く話だった。

「ほんでな、わい、一度その子の親御さんに会うてみたいと思うとるねん。そやけど耳の不自由な人たちのことはようしらんのや。そしたら、ヒカリからちょうど綾波が帰ってきとるって聞いたさかいに、いろいろ教えてもらおう思うておじゃましたんや。」

レイは黙ってトウジの話を聞いていた。

「ねえ、鈴原君。その子の担任の先生は、彼のご両親に会ったことはあるのかしら?」

「ああ、春の家庭訪問の時にな。そやけど筆談で話したんで、あまり詳しい話がでけんかったらしいわ。」

「そのことはお正月に、アスカにも話したの。そしたら、『なんで手話通訳を派遣してもらわなかったのよ。』って言ってたわ。」

ヒカリがトウジの言葉を継いでいく。レイはそれに大きくうなづいた。

「私もそう思うわ・・・。筆談はくわしく書こうと思えば、それだけ手間もかかるもの・・・。でも変ね・・・・・・。たとえ担任の先生が手話通訳のことまで思いつかなくても、その子の両親が前もって通訳を頼んでおくことも出来たはずよ。ましてや家庭訪問でしょう?」

「そこなんや・・・・・・。家庭訪問のことは、両親に言うとらんかったみたいなんや。担任が家に行ったら、親の方がびっくりしとったらしいで。」

それは学校の先生と、その生徒との間の溝の深さを示している。

「そう・・・・・・・けっこう根が深そうね・・・。」

「綾波の言うとおりやねん。子どもだけなら、わいでも何とかなるかも知れん。そやけど両親とちゃんと話せんことには意味が無いんや。そんでな、手話のできる人に協力を頼みたいんやけど、どこに頼みに行ったらええんやろ?」

「わかったわ。・・・・・と言いたいところだけど、第3新東京市の通訳事情がよく分からないから、まずは福祉事務所で聞いてみたらいいわ。たぶん、一度や二度会ったくらいでは、解決できないと思うの。だから両親のことは手話通訳の人に任せて、鈴原君はその子どものことに集中してあたったほうがいい。もちろん鈴原君も、ときどきは両親に会うのよ。できれば担任の先生も一緒に会った方がいいわね。」

「さよか〜。思ったより大変やな〜。そや!なんなら明日にでも、綾波についてきてもらおかな?」

「ちょっと、鈴原!綾波さんだって、いつまでもこっちにいられるわけじゃないのよ!」

あわててヒカリがトウジを遮った。

「わかっとるがな・・・・・」

「いいのよ、洞木さん。ごめんね鈴原君。できれば私も協力してあげたいけど、さっきも言ったようにこの件は長丁場になるかもしれない。そうしたら手話通訳が入れ替わり立ち代わり両親と会っていたら、その両親との信頼関係は築けないわ。だから、こっちの通訳の人に事情を話して、協力してもらうのが一番よ。」

トウジは腕組みをしてレイの話を聞いていたが、少し間を置くと大きくうなづいた。

「よっしゃ、わかった。こうなったらわいも腹くくったるわい!そやけど綾波や惣流は、山口でそないな活動しとんのやなぁ・・・・・。やっぱおまえら、すごいやっちゃで。」

レイは静かに首を振る。

「すごくなんて無いわ。たまたま手話に関わっているだけよ。謙遜でもなんでもない。ほんとにただそれだけなの。」
























「・・・・・・・・わたしも・・・・・やってみようかな・・・・・・・」



































「「え?」」

ヒカリのつぶやきに、レイとトウジは同時にヒカリの顔を見た。

「あ・・・いや・・・なんでもないの!べつに鈴原の力になりたいとか、そういうわけじゃないから!」

我にかえったヒカリは、真っ赤になってブンブンと首を振った。

そのとき、いままで黙って聞いていたゲンドウが、急に笑い声を上げた。

「ははははは。いや、これは失敬。」

そして、ゲンドウはレイ、トウジ、そしてヒカリの顔をかわるがわる見つめた。

「私はかつて君たちの、いや、人々の未来を消し去ろうとした・・・・・・。」

「碇のおやっさん・・・・・・」

「しかし、君たちは自分の未来をしっかりと手にした。これからは君たちに続く子どもらの、未来を作ってやってくれたまえ。」

3人の若者と1人の初老の男性は、しばらくそれぞれの顔を見つめあった。

もちろんわだかまりは、もうない。

「さて、あとは若い者達に任せるとするか。リツコ君、むこうで二人で飲まんかね?」

「ええ、つきあいますわ。レイ、あとはお願いね。」

そう言うとリツコはゲンドウとともにソファーから立ち上がった。

「はい。リツコさん、おじさま、ありがとうございます。」

レイの言葉を受けると、ゲンドウはちいさく手を上げて答えた。そしてリツコを伴って、リビングをあとにした。


「おやっさんも、歳とらはったな・・・・・・・」

「そうね・・・・・・・・」


なんとなくしんみりした気持ちが部屋を包みかけた。ところが、それを払拭したのはヒカリの一言だった。

「そういえば、綾波さん!アスカと碇君に聞いたわよぉ〜。」

「な、なに?」

「博多に行ったんですってねぇ〜。」

「そや、映画も見たんやったなぁ〜。」

「なんの・・・・こと・・・・・かな?・・・・・(汗)」










またまた、第壱中学校。

トウジは教頭先生に直訴して、山岡先生との間を取り持ってもらうことに成功した。その結果、例の生徒の学校の中での通常の生活面については、山岡先生が全面的に当たることになり、立ち直りの唯一の鍵となるであろうバスケットについては、トウジがぶつかることになった。最初、トウジはもし、山岡先生の合意が得られなかったら自分一人でもやるつもりであったが、じつは教頭先生が意外なたぬき親父で、巧みに山岡とトウジの共同戦線を構築していったのであった。これで、トウジに銃後の憂いは、無い。

『あとは、わい次第やな・・・・・・・』



























その日の放課後。体育館ではいつものように、バスケット部の練習が行なわれていた。

そして、いつものように男子生徒が練習を見に来ていた。

「よーし。今日はちぃーと早めにアガリや。クールダウンが済んだら各自帰ってええで。」

部員達は大声で返事をすると、体育館を出ていった。あとにのこったマネージャーがボールをかたずけようとするのをトウジは止めて、マネージャーも帰してしまった。

そこまで見ていた男子生徒も体育館を出ようとしたその時、

「おい!高杉!」

不意にトウジに呼ばれた少年は、思わず振り返った。

「おまえ、1−Bの高杉シンゴやったな。」

高杉と呼ばれた少年は、しばらくその場に立ち尽くしていた。トウジが彼に声をかけたのは、実はこれが初めてというわけではない。1−Aの担任で社会科の教師であるトウジは、A組からC組までの社会科を受け持っていた。だからB組の生徒である高杉は、当然トウジの授業を受けていた。だが、授業中の高杉はトウジと話したことなどなかった。もっともトウジの方も、授業以外のことで彼に話しかけることができなかったせいもある。


「ボーっと突っ立っとらんと、まあ入ってこんかい。」


シンゴはしばらくトウジの顔を見つめていたが、やがてゆっくりとトウジの方に近寄ってきた。背の高さは170センチはあるだろうか。つい一年ほど前まで、小学生だったとは思えない。見るからにしなやかなその体つきは、天性のバネを感じさせる。短く刈り揃えた頭に、面長の顔。しかしその瞳に、光はない。

『ほう・・・ええ身体しとるやないか。』

いつのまにか高杉は、トウジの正面まで来ていた。



「・・・・・なんか用かい。せんせー。」

『なんや、こいつ初めてわいに喋りよった。』


「まあな、ちょっとばかし用があんねん。」


「・・・・・・・なんだよ。」


『いっちょまいにスカしよってからに!』

「わいと勝負せえへんか?」


「勝負?」


「せや、1対1のタイマン・・・・やなかった、ゾーンプレーや。」


「・・・・・・何の意味があんだよ?」


『ええかげん腹立ってきたわい!』

「そやな、負けた方が勝った方の言うこと聞く・・・っちゅうのはどないや?」


「ふん・・・・・・なに考えてんだ?あんた。」


『あかん!キレた!』

「・・・・・わいとは勝負でけんっちゅうんかい?オォ、ワレ!


「・・・・・・・」


「ワレが何が気に入らんのか、わいは知らん!そやけどなぁ!いっつも入り口で練習見られとったら、うっとうしゅうてかなわんのじゃい!」


「・・・・・・じゃあもう来ねえよ!」


高杉はそう言い捨てると、振り向いて帰ろうとした。その刹那、

「逃げるんかい!」


トウジの言葉に、少年の歩みが止まる。

「勝った方が負けたもんを思いどうりでけるんやぞ!」



「わかったよ・・・・・・・やってやんぜ!あんたの望みどおりによぉ!


『よっしゃ!乗ってきよったわい。』

「まあ、そない熱うなるなや。じゃまするやつはおらへん。それよりアップせえ。急に動いたら怪我するよって。」

高杉はボール入れからひとつ、ボールをひったくるように取出すと、コートの反対側のゴールに向かった。しばらくドリブルをしていたかとおもうと、やがてシュートの練習をはじめた。その動き、ステップには一切の無駄が無い。1年間のブランクは、どこにも感じられない。

『こりゃあ・・・・・やばいのう・・・・・・』




しばらくのあいだアップを続けていた高杉は、やがてトウジのもとへやってきた。見れば額にうっすらと汗がにじんでいる。

Armed & ready! 二人はフリースローレーンに立った。

「ええか?勝負は一回こっきり。おまえが攻めてわいが守る。シュートを打って、ゴールすればおまえの勝ち。はずしたらわいの勝ちや。ただしシュートは、ラインの外からは打つなよ。あくまでもわいを抜いて中に切り込んでからや。」

『一回だけやったら、持つはずや・・・・』



ダン・・ダン・・ダン・・ダン・・・

高杉はドリブルを続けながら、トウジとの間合いを計っていた。トウジもまた、ボールと高杉の目を交互に見ながら、相手の攻撃の瞬間を見逃がすまいとする。

瞬間、左にフェイントをかけた高杉が、突然右側から切り込んできた。それは、トウジが思わずつられそうになるほど、タイミングの見事なフェイントだった。

フェイントに気づいたトウジが、あわてて身体を切り替え、左足を踏み出したその瞬間、




















ゴギッ!!
































高杉はトウジを抜くと、そのままゴール下から見事なレイアップショットを決めた。

ネットを揺らしたボールがコートに跳ねる。

振り向いた高杉が見たものは、コートでうめき声を上げて倒れているトウジの姿だった。

「ぐっ・・・・・・ぐ・・お・・・・・」

高杉はそのときなにが起きたのか、わからなかった。あわててトウジに近寄ると、トウジの肩をゆすった。

「おい!どうしたんだよ?!」

見ればトウジの額にはあぶら汗が流れ、顔面は蒼白になっている。

「よお!先生!」

ふとトウジの足を見た高杉は、思わず息を呑んだ。

左足が太股と膝の中間で、もう一回折れ曲がっている。よく見たら足首は通常と違って、踵の方が前を向いていた。

「な・・・・なんなんだよぉ・・・マジかよぉ・・・」

トウジの息はだんだんと荒く、間隔も短くなってきた。

「せ・・・先生!しっかりしてくれよ!い・・・今、医者呼んでくるからよぉ!」

苦しい息のしたで、トウジは言葉を吐いた。

「呼ぶのは・・・・・・・いしゃ・・・やない・・・・ネル・・・フの・・・・あ・・かぎ・・・はかせ・・・」

トウジはやっとのことでそこまでしゃべると激痛のあまり昏倒した。














































『ここは?・・・・・・・・・・・どこやねん?・・・・・・・・・』



『ん?・・・・・・・わいは・・・・・・・・・ベッドのうえ・・・・・・?』






































「気がついたかい?鈴原トウジ君。」

自分の名前を呼ばれて、トウジは声のした方に頭を向けた。

その先にいたのは、銀色の髪にレイと同じ紅の瞳を持った若い男性。

長身に白衣がやけに似合い過ぎている。

「あ・・・・・渚はん・・・・」

そう言うとトウジはベッドから身体を起こそうとした。

「まだ、無理をしてはいけないよ。そのまま、そのまま。」

そう言うとカヲルは傍らの椅子を、トウジのベッドの側まで持ってきて腰を下ろした。

「それにしても、ずいぶんハデにやってくれたものだね。君の義足はもう使い物にならないよ。新品を作るにしても、一ヶ月以上はかかるかな。」

すこし、いや、かなりあきれかえったようにカヲルはトウジに告げた。

「えろうすんまへん。ちょっとバスケットを・・・・・・・」

そこまでトウジが喋った時、カヲルはそれを遮った。

「詳細は、彼から聞いてるよ。入ってきたまえ!」


カチャ・・・・・・・・


カヲルに呼ばれて病室に入ってきたのは、あの高杉少年だった。

部屋には入ってきたものの、彼はドアを閉めた後はまだ入り口近くに立ったままだ。

カヲルは静かに席を立つと少年に歩み寄り、その肩をポンっと叩いてトウジのベッドの側まで誘った。

そして、先ほどまで自分の座っていた椅子に少年を座らせると、自分はベッドの足元の方に別の椅子を持ってきて腰をかけた。

「高杉・・・・・」

トウジは少年に声をかけたが、彼はまだうつむいたままだ。顔を伏せているので表情はよく分からないが、目元が少し腫れぼったいように見える。

黙ったままの少年に代わり、返事をしたのはカヲルだった。

「この子がね、泣きながらネルフに電話してきたんだ。『鈴原先生の足が!鈴原先生の足が!・・・』ってね。あいにくリツコさんは、今朝から松代の支部に出張だったんでね。ぼくが第壱中学校まで君を迎えに行ったのさ。」

「そうやったんですか・・・すんまへん渚はん。高杉、ありがとうな。」

そしてトウジは身体を起こした。

「黙っとったんは悪かったな。ごらんのとおり、わいの左足はバッタもんやねん。そやけど、ただのバッタもんやないで!なんちゅうてもネルフの赤木博士特製の義足やからな!くわしいことはよう解らんが、なんちゃら神経にいろいろと継がっとるらしいねん。そやさかい、普通の生活するぶんには全然問題ないんや。学校でもこの事を知っとったんは、校長先生と教頭先生ぐらいのもんや。」

そこにカヲルが口を挟んだ。

「しかし急激な過負荷には耐えられないことぐらい、君も知ってるはずだ。万能の科学なんて、この世には存在しないんだ。」


と、そのとき病室のドアが勢いよく開いたかと思うと、二人の女性が飛び込んできた。


「鈴原っ!!!」

「兄ちゃん!!!」


言うまでもない。洞木ヒカリと鈴原カナエの二人、将来の義理の姉妹(笑)である。

「なんや?ふたりとも。血相変えて・・・・・・」

のんきなトウジに比べてヒカリは真っ青な顔だ。

「なにのんきなこと言ってんの!自分が何したか分かってんの?!」

「おまえ、なに怒っとんねん?」

「ばかっ!!」


ばきっ・・・


ヒカリの左フックがトウジの左頬にヒットした。

「心配・・・・・したんだからぁぁぁ・・・・・」

そのままヒカリはトウジにしがみついて泣き出した。


「・・・・・すまん・・・・また心配かけてもうたな・・・・・・」


『やれやれ・・・・洞木さんも苦労するね。それにしてもグーで殴るとは・・・・』

いちおうカヲルは二人を気遣った。


ところがカナエは、ヒカリと違ってやけに冷静だった。

どうやら後先考えないアホな兄貴への制裁は、ヒカリに一任する気らしい。そのかわり、傍らの高杉に近寄った。

「君が1年の高杉君ね・・・・・」

高杉は俯いたまま小さくうなずいた。

「私は2年の鈴原カナエ、妹なの。ネルフに電話をしてくれたそうね。そのことは御礼を言っておくわ。ありがとう・・・。」

高杉はまだ顔を上げない。

「私はいま、君に話をしているんだけど・・・・」

そのときトウジはカナエの様子に初めて気がついた。

『あかん!!カナエが標準語で喋っとる!』

「お・・おい!高杉!」

しかし・・・・・すでに遅かった・・・・・

「このドアホ!!人が話ししとるときは、ちゃんと顔見とかんかい!!!」

言うより早くカナエは高杉の胸座をつかむと、一気に彼を椅子から立たせた。

ちなみにカナエの身長は162センチ。長身のトウジの妹らしく、中学2年の女の子にしては背が高い。それが自分より背の高い、それも男の子を椅子から引っ張り上げたのだ。おまけに信じ難いことだが、カナエは美人の部類に入る。見栄えがかわいいだけに、キレた時のカナエには鬼気迫るものがあった。彼女の同級生なら、日常茶飯事のことだろうが、(それがトウジの悩みの種でもある)下級生の高杉にとってはあまりにギャップがあり過ぎた。

べつに彼はカナエを無視していたわけではない。トウジの妹と聞いた瞬間から、『何か言わなければ、』という気持ちはあった。ただ、それをどのように口にすればいいのか迷っていただけである。そこをいきなり胸座をつかまれたのでは、謝ろうとしても謝れなかった。

「あんたになにがあったんか、うちには関係無いことや!そやけどなぁ!あんたのせいで兄ちゃんの義足、壊れてもうてんで!いいや、義足のことはまだええ・・・兄ちゃんが、なんであんたと勝負しよって言うたか、わかっとんの?!それをなんやねん、自分だけがこの世の不幸を全部背負っとるような顔してスネて!あんたも男やろ!何いつまでもグジグジしとんねん!」

悲しいかな、今のトウジはベッドから動けない。

もう、だれも彼女を止めることはできない・・・・・

と思われたそのとき、

「カナエちゃん、もういいだろう。」

いつのまにか、カヲルはカナエの後ろに立っていた。

「そやけど、カヲルさん!うち、こいつ2、3発パチキかまさんことには気ぃすまへん!」

「君の気持ちもわからないわけじゃないけどね、少なくともこの件に関してはカナエちゃんは第3者だとおもうよ。」

するとトウジが口を開いた。

「渚はんの言うとおりや。カナエ、もう止めとき。」

「兄ちゃん・・・・」

さすがにカナエもカヲルとトウジの二人から諭されると、高杉から手を離して椅子にどんっと腰をかけた。もっともまだ言いたいことはあるらしく、高杉の方をにらみつけている。一方高杉はカナエから開放された安堵感からか、トウジの方に顔をむけた。

「先生・・・・・おれ・・・・」

それを受けてトウジは軽くうなずいた。

「いまは、なにも言わんかてええ。あれはおまえとわいの、二人だけの、男同士の勝負や。おまえは見事にシュートを決めた。勝ったのはおまえや。」

「ところで、おまえにひとつ聞いときたいことがあんねん。」

「・・・・・・なんですか?・・・」

「べつにたいしたことやない。おまえ、自分のおとんとおかんのこと、好きか?」

ほんの少し間があったが、高杉はちいさく、しかしはっきりとうなずいた。

「おまえが6年生の時のことは聞いとる。くやしかったやろうな。そやけど、おまえが今のままやったら、おとうはんとおかあはんはどない思わはるやろ。結果的に、苦しめることになるんと違うか。」

高杉は今まで心に溜まっていたことを、絞り出すように話し始めた。

「・・・・・おれ・・・・・わかってたんだ。ずっと前から。・・・・・このままじゃいけないって。中学生になったらちゃんとしなきゃって・・・・。でも、できなかった・・・・・・・。山岡先生も、おれのこと嫌ってるんじゃないかと思って・・・・・・。何度か・・・・話をしようって言われてたけど・・・・・父さんと母さんのことを言われるのが恐くって・・・・・・・行けなかったんだ!」

膝の上に置かれた拳は、固く握り締められていた。

「山岡先生はそんな心の狭い人やない、立派な先生や。わいなんかと違うてな。わいは喋りが苦手やさかい、こないな真似しかできひん。とにかく、おまえが一歩を踏みださな、話は進まんで。」

「先生、おれ勝負に勝ったのかな・・・・・・?」

「そや、負けたのはわいや。約束があったな。そやけど、なんぼ言うこと聞くっちゅうても、学校や社会のルールに反することはペケやぞ。これでも、教師やさかいな。」


少年は何を願う?

少年は何を望む?

求めていたものは・・・・・・

欲していたものは・・・・・・

渇望していたものは・・・・・・


「・・・・・・おれ・・・・バスケットやりたい・・・・・よ・・・・・」


それはトウジの耳にしっかり聞こえた。トウジだけではない。ヒカリにも、カナエにも、もひとつおまけにカヲルの耳にも確かに届いた。

それでもトウジは聞き返す。

「ん?なんやて?」

こんどはさらに大きく、心の底からそれを願った。


「先生!おれにバスケやらせてくれよ!!」


腕を組んだままトウジはうなずく。そして重ねて問う。

「おまえの望みは、それでええんやな?」

少年はおおきくうなずいてそれを肯定した。



「しゃあないのう・・・・・・・ほな、こんど入部届を持ってこい。山岡先生に許可の印鑑押してもらうのわすれんなよ!」


「はい!」


そのときの少年の顔は、彼が第壱中学校に入学して以来、初めて見せた会心の笑顔だった。

すると、カナエが高杉の肩をポンっとたたいた。

「ええか、入部したら根性すえてきばりいや!」

「はい!鈴原先輩、さっきはすみませんでした!」

べつにカナエがバスケット部の先輩というわけではないのだが、まあ行きがかり上、やむを得ないだろう。むしろ、逆にカナエの方が面食らってしまった。

「そ、そんな律義に謝らんかて・・・・・うちもついカァーッとなってもうて・・・・そ、そや!兄ちゃん、これで新人戦もだいじょうぶやな!」

当然カナエとしては、それがトウジの求めていたものの一つであることを知っている。

しかし、それをヒカリが否定した。

「カナエちゃん、それは違うわ。」

予想外の答えにカナエは得心が行かない。

「なんでやの?ヒカリねえさん。」

すると、トウジが口を開いた。

「ヒカリの言うとおりや。高杉が新人戦に出られるかどうかは、これから高杉自身が証明して見せることや。」

高杉は即座にそれに答えた。

「わかってます。おれは新入部員です。ボール磨きでも、体育館の掃除でも何でもやります。けど、いつか・・・・いつか必ずレギュラーになりたいです!」


『そうやった。兄ちゃんはそういう人や。どんなときでも、相手が誰でも、ケジメはきっちりつける人や。そやからうちは、兄ちゃんが大好きやねん。ヒカリねえさんはやっぱり兄ちゃんのこと、よ〜くわかっとるわ。それなら、うちにもできることせんとな!』

鈴原カナエという女の子はそんな子だった。


「よっしゃ、わかった!そーゆーことなら、このうちもかわいい後輩のために一肌脱いだるわ!」

両足を踏みしめて、両手を腰に当てたアスカポーズでカナエは高らかに宣言した。

まあ、これで大団円にしてもいいんだけれど・・・・・・

「よかったね、高杉君。きれいな先輩が、君のために人肌脱いでくれるそうだよ。」

カナエはしばらくそのままのポーズでふんぞり返っていたが、気がつくとトウジ、ヒカリ、カヲルの3人は必死になって笑いをこらえている。高杉に至っては真っ赤になったまま硬直している。

かつては最後のシ者といわれた渚カヲル氏も、ずいぶん俗っぽくなったものだ。

ここにきてやっとカナエはカヲルの台詞の意味を理解した。

「カ、カヲルさん!なんちゅうこと言わはるんですか!そないな意味やないでしょ!高杉!あんたも何真っ赤になっとんねん!!!!」

ネルフ特別病棟の一室は、しばしの間爆笑の渦にまきこまれた。


「いや〜〜〜、久しぶりに心の底から笑ろうたで〜。なんや、急に腹減ってきよったな。おわっ!もうこんな時間や。高杉、今夜はうちで晩飯食うていけ。おかあはんにはわいからFAXで連絡しとくよって。ほな、渚はん。えろうお世話になりました。」

そそくさと帰ろうとしたトウジだが、

「おっと、残念だけど今夜一晩ここに泊まってもらうよ、鈴原君。まだ、ダメージが残っているからね。」

「そんな殺生な〜〜〜・・・・」

世の中そんなに甘くはなかった。さらにヒカリの最後通牒。

「がまんしなさい!みんなに心配かけた罰よ!そのかわり、明日の朝はお弁当作ってきてあげるから。」

もちろんフォローも忘れちゃいない。飴と鞭の使い方は、すでに専業主婦の域に達しているヒカリであった。

一方こちらは新中学生日記の2人組(仮称)。

「高杉、あんた食べ物の好き嫌い、ないやろね?」

「だいじょうぶです。何でもOKです。って・・・・先輩が料理されるんですか???」

「なんやのん。?マーク3つもだして?」

まあ、無理も無いけど・・・・・

「高杉、心配すんな。カナエは口は悪いが、料理の腕は確かやで!」

「そーや!ヒカリねえさんの直伝やもん!!」

「「ねー!!」」

ちなみにユニゾンはカナエとヒカリ。

「じゃあ、わたしたちは帰るわ。今夜はおとなしくしててね。」

「すまんな、いつも。」

ヒカリは小さく親指を立ててトウジにウインクすると、カヲルの方に向き直った。

「渚さん、今日は本当にありがとうございました。鈴原のこと、よろしくお願いします。」

高杉もそれに倣った。

「渚さん、鈴原先生のこと、頼みます。」

「安心したまえ。新しい義足はできるだけ早くつくるよ。高杉君も、しっかりな。」

3人は改めてカヲルに礼をすると、病室をあとにした。


「いや〜、やっとこれで静かになりますわ〜。」

トウジはベッドの上で背伸びをしている。

カヲルは再びベッドの横に椅子を持ってきた。

「それにしても、カナエちゃんも凄い迫力だったね。脅威に値するよ。」

「それをいわんといてください。」

「そしてなにより、思いやりのある子だよ。こっちは好意に値するな。」

「あいつの前では内緒でっせ。つけあがりますよってに。」

そういうとトウジは片目をつむって、人差し指を口に当てた。

「ふふっ、そうだね。ところで、あの高杉君だけど、雰囲気がなんとなく昔のシンジ君に似ているね。」

「やっぱり、渚はんもそない思わはりましたか?」

「ああ、君が入れ込むものよくわかるよ。およばずながら、ぼくも協力しよう。ぼくに出来ることがあれば、いつでも言ってくれ。」

「助かります。あ、それやったら・・・・・」

「ただし、義足を壊すのはこれっきりにしてもらえると助かるな。」

機先を制されたトウジは、照れ隠しに頭をかいた。

「あとで食事と松葉杖を持ってこさせるよ。明日、仮義足を装着したら家に帰れるからね。それまではしんぼうしてくれ。ぼくは今夜はずっとラボの方にいるから、何かあったらインターホンで連絡してくれればいい。じゃあ、ネルフのナイトライフを満喫してくれたまえ。」

「はい、じゃあ・・・・・」



カヲルはそう言うと、病室の外に出た。




廊下を歩きながら、カヲルは思う。


つくづくリリンの世界もおもしろい

言葉で伝えられないことのもどかしさ

言葉でないと伝えられないむずかしさ

気持ちが伝わった時のよろこび

伝わることによって知る相手の悲しみ


以前誰かが言っていた・・・

『だから人間ってのはおもしろいんだな・・・・・』


なるほど・・・・こういうことなんだね、リリン


おわり

第六話にいく


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