第八話

心の向こうに

I’m waitin’ for you

後編その参


 前半戦の残り時間も、あとわずか。

 両チームの得点は20:16となっている。リードしているのはあいかわらずスカイホークスだ。

 ここまでの試合展開ははっきり言ってタイガーシャークスは押されている。これ以上点差が開くことは後半戦ではかなりの痛手となるであろう。なんとしてでも前半はこのまま食らいついていかなければならない。


 ピィーッ!


 鋭いホイッスルの音とともに相手の陣営から歓声が上がった。スカイホークスのシュートが決まったようだ。

 しかし気落ちしている暇はない。タイガーシャークスの司令塔「織田ノブヒロ」は、先ほどゴールネットを揺らしたばかりのボールをつかむとエンドラインからボールをコートに投げ入れた。

 スカイホークスはパワーに任せてタイガーシャークスの選手を牽制しながら、自軍に有利なようにゾーンをもっていこうとしている。そのやり方がわかっている織田は、センターラインを超えるや否や自分をマークしている相手の選手を振りほどくため、執拗にフェイントをかける。

 しかし前半の残り時間も短いために、スカイホークスは各選手がマンツーマンでタイガーシャークスを押えにかかり、あわよくばカウンター攻撃でともう1ゴールを狙う。まさにそれはチームの名のとおり『猛禽類』の貪欲さといってもいい。


ガシャッ!


ガンッ!


キュッ!

ガッ!!


 ぶつかり合う車椅子のフットレスト、、悲鳴を上げる主輪のリム、飛び交う掛け声・・・コートに繰り広げられているのは紛れも無い「男の戦い」だった。














「すごい・・・・・ほんとにすごいよ!ケンスケの言ってたとおりだ!」

「ああっ!・・・・・・そこだっ!・・・・・・いけっ!そのまま・・・・・そこでシュートっ!・・・・・あ〜あ・・・惜しいなぁー!」

「なあ、高杉君!いまのぶつかりかたはファールじゃないかな?!なんで審判は黙ってるんだろう?!」

 シンジはすっかりゲームにのめり込んでいた。右手は先ほどから堅く握り締めたままだ。コート上で何かが起こるたびに傍らのシンゴを捕まえては『解説』をしてもらっている。

「いえ。あのぐらいじゃあファールにはなりませんよ。むしろこっちのブロッキングを取られなかったほうが儲けもんですよ。」

 むしろ中学2年生のシンゴのほうが試合を冷静に観察している。

「そうかなぁ・・・・なかなか難しいもんなんだなぁ・・・・。」

 



「ねえ、アスカさん。シンジさんってこんなに『熱い』人だったっけ?」

 シンジには聞こえないように、カナエはそっとアスカに耳打ちをした。

 アスカはクスリと笑うと、

「ふふっ。そう思うでしょー。あたしもちょっとびっくりしてんのよ。たぶんあれね。このあいだ、サークルのバレーボール大会があってさ、めずらしくシンジがほんのちょっとだけど活躍したのよ。そのときの興奮がまだ冷めてないんじゃないの?」

 そうカナエに返した。

 そしてアスカは、ふたたびシンジの方にそのマリンブルーの瞳を向ける。


・・・・今日は鈴原の試合だもんね

気持ちはわかるけどさ・・・・いまからそんなに飛ばしてたら、鈴原が出てくる前にバテちゃうわよ


 一方、

「へえ〜、そうなんや・・・・・。」

 そう言ったきり、カナエはコートのほうをずっと見つめている。

 アスカは、カナエの左肩にそっと自分の右手を置いた。

「だいじょうぶ。絶対にカナエのアニキは出てくるわ。」

 すると、

「うん。うち、兄ちゃんのこと信じてるもんっ。」

 カナエもアスカに負けないくらい、とびっきりの笑顔を返した。













 さて、こちらはコートの隅っこに陣取った即席の報道班。




そわそわ・・・



そわそわ・・・



そわそわ・・・



そわそ・・・


「委員長。・・・すこし落ち着けよ・・・。」

 3脚を抱えたヒカリは、さっきからケンスケの後ろをウロウロしながらこっそりとトウジのいるベンチを伺っていた。彼女にしてみればできるだけケンスケの邪魔にならないようにしているつもりなのだろうが、振り返ってため息をついたケンスケの顔を見たとき、その「つもり」は、まったく有効に機能していなかったことを認識した。

「あ!ご、ごめん相田君!・・・・・・やっぱり・・・じゃまだよね・・・・・・」

 その顔には普段のヒカリの表情はない。

 すると、

「馬鹿だな、委員長。誰が邪魔なんて言ったよ。そうじゃなくて、落ち着けって言ったんだ。委員長がそんな調子でどうすんだよ。」

 そう言ったケンスケは、トウジがいまだベンチにいることを確認すると、カメラを下に降ろした。

「なあ、委員長。トウジは今日が初めての試合だろ。」

「・・・・うん。」

「あの野郎、いつも偉そうなこと言ってるけど、結構、今日は緊張していると思うんだ。惣流じゃないけど、熱血バカだからおれたちの前じゃそんなことおくびにも出さないけどさ。」

「・・・・・・え?」

 思わぬケンスケの言いように、ヒカリは一瞬耳を疑った。

 もちろんヒカリは朝からずっとトウジと一緒にいた。だけではなく、仲間たちの中で一番トウジと一緒にいる時間が長いのは彼女だ。いまさら言うまでもないけど。

『緊張?鈴原が・・・?』

 今朝のトウジはいつもと変わらなかった・・・・はずだ。

 朝食前にはお約束の上方漫才をカナエと繰り広げ、シンゴがやってくるとバスケット談義に興じ、ランクルにタイガー号と弁当を積み込んでこの会場へとやってきた・・・・・と思う。

「あいつ、ああ見えても意外なところで繊細だったりするからさ。いまの委員長を見たらよけいに緊張するぜ。おっと、委員長に言っても釈迦に説法だよな。ははは・・・。」

 ケンスケは再びニコンを手にした。

 そして、

「もう前半も終わる。おれはちょっと向こうのほうから写真とってくるから、助手どもはそこでおとなしくしてるんだぞ。」

ニコッと笑うケンスケにヒカリも我に返った。

「ちょっと!どもってなによ、どもって!」

 思わず手にした3脚を、ヒカリは振り上げたが、

「おおっとぉ!やっぱり委員長はそうこなくっちゃあ!」

 ひらりと身をかわしたケンスケは、そのままニコンとともに走り去った。





『ふぅ・・・・・・』

今日はため息が多いわね・・・・・

情けないぞ!わたし!


「洞木さん・・・・どうしたの?」

 傍らにいたレイは、ケンスケとヒカリのやり取りをじっと見ていたが、ヒカリが一息ついたのを確かめると、そっと声をかけた。

「ん?・・・・ううん、相田君に一本取られたなぁって思ってさ。」

 くるっとレイのほうを向いたヒカリは、いつもの明るさに戻っていて、そしてにっこりと微笑んだ。

「わたしね・・・・・鈴原のことなら、相田君や碇君よりも、誰よりも知ってるつもりだったの。」

「・・・・・・うん。」

 レイもコクリとうなずく。

「でも・・・・やっぱり男同士でないと、わからないこともあるんだよね。」

「・・・・・・・・・・・」

「・・・・ちょっと悔しいな・・・・。って思っちゃった。」

「洞木さん・・・・・。」

「でね、思い出したの。それが鈴原のやさしいところだったんだって。」

「うん。きっとそうね。」

 レイも思い出す


鈴原君のやさしさ・・・・わたしも知ってる

あのときも彼は碇君のこと、ずっと心配してた・・・・・



 すると、

「でも鈴原も鈴原よ!ちょっとぐらいわたしに甘えてもいいと思わない?!だいたいわたしのこと、なんだと思ってんのかしら!」

「ぷ・・・。それ・・・まるでアスカよ。」

 クスリと笑うレイ。ヒカリは慌てて否定した。

 そのとき、














ピィィィィィィィィィィィィッ

 乾いたホイッスルが、前半戦の終了を告げた。



「・・・・・前半戦は・・・・でえへんかったな。」

 ポツリ・・・・とカナエがつぶやいた。

 ほんとうに『ポツリ』という表現がピッタリくるぐらいに。

 さきほどまでは『ぜったいに出番があるから!』と言っていたアスカだが、いざ前半終了の合図を聞き、自分の横の席で佇んでいるカナエを見たら、さすがに暗い表情になってしまった。

『ううー。カナエぇ、そんなに落ち込まないでよぉー。』

 こんな場合の八つ当たり先は、10年前から決まっている。

 あんたもなんとか言ってやりなさいよっ、とシンジのほうをむいたアスカの目には、意外な光景が映った。

『な、なんなの?一体???』


「後半戦だな・・・・高杉君。(にやり)」

「ええ。ついに来ましたね。(ふっ)」

 べつにかつての国連直属の非公開組織における、総司令と副司令の会話ではない。















「はい!みんなお疲れさま!まだまだいけるわよね!」

 前半戦を終えてベンチへと帰ってきたタイガーシャークスの選手を迎えながら、ミキはタオルやスポーツドリンクを選手に配っていく。

 その横で風間はひとりつぶやいた。

「22:18か。とりあえずは何とか食らいついているな。」

 そう言いながら、

「織田、向こうの手応えはどうだ?」

 風間の質問に、タオルで頭をごしごし拭いていたキャプテンの織田は、そのタオルを頭にかけたまま答えた。

「いつものとおりですね。得意のガブリ寄りです。」

 言うまでもなく、それはスカイホークスのパワープレーを指している。

「ふむ、そうだな。ならばここらで借金は返しておくか。」

「ええ。借金とストレスは溜まるとロクなことになりませんからね。」

 不敵に笑う風間と織田。

 そして二人の視線は、チーム最年少の新人へと向けられた。














「洞木さん。鈴原君のところ、なんだか様子が変よ。」

 先ほどからレイは、ケンスケに借りたデジタルカメラを使って、そのあたりのスナップを撮っていた。ところが、何気なく望遠モードに換えてトウジのいるタイガーシャークスのベンチを覗いてみると、監督の風間を中心にキャプテンの織田やチームのレギュラー陣に混じってトウジがしきりに何か話している光景が、ファインダーの中に飛び込んできたのである。

「え?なになに??」

 あわててヒカリはレイの側までやってきた。

「ほら、これ覗いてみて。」

 そしてレイはデジカメをヒカリに渡して、トウジのベンチのほうを向かせる。

 すると先ほどの光景がヒカリの目にも映った。

「鈴原のあの顔・・・・・・・」

 ファインダーから目を外したヒカリの顔は、きょう一番の極上の笑顔だった。

「でるわよ、あいつ!」












 まもなく後半戦が始まることを、タイムキーパーが告げている。

 それぞれのチームは、各々の円陣の中で再度闘志を高める。


 そしてコートの中に、今まさに躍り出ようとする10台の車椅子。

 その中には、『タイガー号』の姿があった。

 マットブラックに塗られた軽合金フレーム。ところどころ曲がった車輪のスポークは、日ごろの練習の激しさを物語っている。

 鮮やかな黄色のシートの背中には、白い縁取りのついた31番のゼッケン。

 黒を基調とした半袖のユニフォームの肩口からは、一本の黄色いライン。左胸に小さく張ってあるのは、デフォルメされたタイガーシャークのエンブレム。

 そして、その背中にはゼッケンとともに『T.SUZUHARA』の文字が、その主人公を大きく主張していた。


 トウジはマネージャーのミキからボールを受け取ると、無言でゴールポストへと向かう。

 途中、コートの雰囲気を身体全体で覚え込もうとしているかのように、ドリブルを繰り返したり、ボールを前に投げてはダッシュをかけてみる。

 そうして一つ一つの感触を確かめながら、フリースローレーンへとやってきた。


 床面から3,05メートル。


 ゴールの高さは、いつもと同じだ。



















「カナエ!!!ほら、あそこ!」

「・・・・・うん・・・・・・・・うん!!」

 コートの中にトウジの姿を見つけたアスカは、カナエの手を取って大騒ぎ。

 アスカはカナエがもっと大騒ぎするだろうと思っていたが、むしろカナエは安心したのか、ただ、『うん、うん』と繰り返すのみ。それでもカナエの気持ちは、手のひらから確かにアスカへと伝わっていた。


 対照的なのはシンジたちのほうだ。

 先ほどから言葉も発せずにじっとコートを見つめている。

 しかし、その胸に去来するのは万感の想い。



碇シンジにとっての『鈴原トウジ』という存在

高杉シンゴにとっての『鈴原トウジ』という存在



 二人が見つめている先には、他のタイガーシャークスの選手とともに黙々とシュートの練習をするトウジの姿がある。先ほどから一本もはずしてはいない。


 先に口を開いたのはシンゴ。

「・・・・・・・はじめは、ボールがゴールまでとどかなかったんです。」

「え?」

 思わずシンジは少年の顔をのぞきこむ。

 シンゴはにっこり笑うと、言葉を続けた。

「信じられないでしょう?ぼくもびっくりしたんです。まさか、先生のシュートがとどかないなんて。ははっ。」

 そして少年の眼差しは、再びコートのほうを向く。

「普段ぼくたちがシュートを打つときは、その時は意識してないけど、腕だけじゃなく、膝、腰、背中、とにかく身体全体を使ってたんですよね。でも、車椅子に乗ってる人たちはそういうわけにはいかない。」

 シンジは静かに少年の言葉に聞き入っている。

 やがてアスカとカナエも、シンゴの話に耳をかたむけはじめた。


「もうご存知だと思いますけど、ぼくの両親は耳が聞こえません。ちいさい頃はそのことで人にからかわれたこともありました。泣きながら『なんで父さんと母さんは耳が聞こえないんだっ!!』って両親をなじったこともあります。

そんな時、両親はとても悲しそうな顔をしていました。
そりゃあそうですよね、好き好んで耳が不自由なわけじゃないのに・・・。

そのことに気がついたら、今度は妙に腹がすわっちゃって・・・はは・・・。それからは、何を言われてもぜんぜん気にならなかったんです。

でも・・・6年生のときに担任の先生に言われたときには・・・・さすがにキレました。

それからは、もう誰も信じられなくなって・・・・友達もだんだんいなくなって・・・・バスケも止めちゃって・・・・。」

 

 ここでシンゴは、一度大きく息を吸い込むと、ゆっ・・・・くりと吐きだした。


「でも、結局それも自分が甘えていただけだったんです。

鈴原先生は、身をもってそのことをぼくに気づかせてくれました。

もし・・・・・鈴原先生に出会うことが無かったら・・・・・。

それで先生が車椅子バスケを始めたって聞いたとき、いてもたっても居られなかった。

もしかしたら、ぼくにも手伝いができるんじゃないかって思いました。

とにかく、何でも良い!なにか先生の役に立ちたかったんです!


ぽんっ



 シンジはシンゴの肩に手を置く。

 そして紡がれていく言葉。

「君はたいした男だよ、高杉シンゴ君。」

「そんな・・・・」

「本当さ。ぼくが今の君の年と同じ14歳の頃はね、弱虫で、臆病で、人の顔色ばかり気にして、自分の殻に閉じこもった最低の人間だった・・・・・・・。」

「シンジさん!!」

 シンジがここまで言ったとき、カナエはとっさに何かを言おうとしたが、ふいに後ろからアスカに抱きしめられた。思わず振り返ったカナエの目に映ったのは、静かに首を振るアスカの顔。しかしその空色の瞳はやさしくカナエを見つめ、そしてそれはシンジに投げかけられた。

 シンジも、ゆっくりと肯いてアスカに応える。


「そのせいで、ぼくは大勢の人たちを傷つけてしまった。でもね・・・・・・」


「鈴原トウジって男が、そんなぼくに喝をいれてくれたんだ。それこそ自分の身を挺してね・・・・。」


 もちろんシンゴは、シンジ達の過去は知らない。



「自分のリハビリだって大変だったはずなのにな・・・・・・。」

ほんと、大馬鹿野郎だよ・・・・・・トウジ


「あいつはね、百万の言葉を喋るより、ただ一度の行動であらわすタイプなんだ。それだけにあいつのすることにはとても価値がある。そんな人間なんだ。」

「今、トウジが車椅子バスケットをやっているのも、もちろん自分が根っからバスケットが好きだからっていうのもあると思うけど、きっとそれだけじゃあ無いような気がする。」

「だからぼくたちは鈴原トウジの友達として、カナエちゃんは妹として、君は教え子として、きょうのこの試合をしっかりと見届ける義務がある。・・・・・・・・・わかるね。」

 最後にシンジはそう結ぶと、シンゴとカナエを交互に見つめた。そして、


「ちょっとキザだったかなぁ?アスカ」

 うってかわって少しおどけた言い方でアスカに同意を求める。

「はんっ!シンジにしちゃあ上出来ってやつね!!」

 ほんのわずかに潤いを見せたブルーサファイアは、とびっきりの笑顔でシンジに応えた。



その四へ


すまんっす・・・まだまだ引っ張ります(by創)


電子郵便(熱望)

BBS(懇願)

メニューへ