第八話

心の向こうに

Kill the King!

後編その四


 コートに響き渡る主審のコール。

 それまで各々のゴールの下でシュートの練習をしていた選手達は、いっせいに顔を引き締めると中央にと集まってくる。

 センターサークルには、スカイホークスのキャプテンと、タイガーシャークスの織田ノブヒロが入った。


 鋭いホイッスルとともに高々と宙をまうバスケットボール。


 二人の手がボールを奪い合うと同時に、コートの中の車椅子が一斉にぶつかり合った!








 その瞬間、シンジは右手をぎゅっと握り締めた。









 ボールに触れたのは、わずかに織田のほうが早かった。渾身の力を込めて織田はボールを引き寄せる。

 そのボールの飛んでいった先にはトウジがいた。

 当然のごとく、トウジをマークしていたスカイホークスのガードはボールを奪うべく前に出ようとする。しかし一瞬早くトウジはボールをセーブした。

 右45度の位置にポジショニングしたトウジは、センターの織田とアイコンタクトを取ると同時にディフェンスを引き付けて中へと切り込んでいく。

 車輪のリングがこすれ合って悲鳴を上げる。

 刹那、0度の位置にいた別のディフェンスがチェンジしてトウジの行く手を遮った。


ぐわっしゃっっっっっ!!!


 相手のディフェンスは『ぬりかべ』よろしく両手を大きく広げてトウジのシュートを遮る。しかしトウジは(にやり)と笑うと、相手からはちらりとも目をそらさずに斜め後方に位置していた味方に矢のようなパスを出した。


しゅっ!


 そしてがっと両の車輪を後ろに引くや否や、今度はその場で270度車椅子の向きを変えるとトップに向かってダッシュする。すかさず相手の『ぬりかべ』もトウジを追いかけようとしたが、そこには織田が引き付けていた『ぬりかべ2号』が目の前にいた。


がごっ

 とうぜん二人の『ぬりかべ』はお見合いをする形になってしまった。

 その間にトウジは再びボールを受け取ると、完全にフリーになった織田に最後のパスを出す。


ざん!

 織田のシュートしたボールは、リングにも触れず、キレイにネットの中へと収まった。












「よっしゃあ!」

 その瞬間、観客席のシンゴは椅子から立ちあがって拳を突き上げた。

「碇さん!いまの見ました?!」

 前半戦は比較的冷静だった彼も、さすがにトウジのプレーを目の当たりにするとそんなことは言っていられないのだろう。

「ああ、もちろんさ。」

 そんな彼の心情を察したのか、シンジも大きく肯いた。

 反対にシンジのほうが、今は落ち着いて試合の行方を見ている。

 ところが、

「あんなぁ・・・いまのは織田さんがシュートしはったんやで。」

 少々むっとした様子のカナエが横から茶々を入れてきた。

 カナエにしてみれば、あくまでもトウジが堂々とシュートを決めることが最高の状況らしい。

 そこに、

「なに言ってるんですか!いまのだって完璧なアシストですよ。」

 普段はおとなしいシンゴだが、ことバスケットのこととなると黙っているわけにはいかない。

 おもわず大声で反論してしまった。

 が、カナエにしてみれば学校では自分のほうが先輩だ、という意識は少なからずあったのだろう。

 それだけに少々カチンときてしまった。

「なんやて?!そんな言い方せんでもええやんか!」

「先輩こそ、そんな言い方ないです!バスケットはひとりでやってるんじゃありません!」

「そんなことくらい、あんたに言われんでもわかっとる!なんやねん!後輩のくせに!」

「ここは学校じゃありません!それに、バスケットのことに先輩も後輩もないでしょ!」

 彼らもまだまだ中学生。だんだんと引っ込みがつかなくなるのも仕方が無いが、このまま放っておくわけにもいかないな、とシンジが思い始めたときにそれは起こった。








二人ともいいかげんにしなさいっ!






 あまりの大音声にびっくりしたカナエとシンゴの振り向いた先には、両手を腰に当てて仁王立ちになり、カナエたちを睨み付けているアスカの姿があった。

「あんたたち、さっきのシンジの話を聞いてなかったの?!」

 一瞬、何が起きたのか分からなかったカナエたちだが、アスカの瞳と目が合った瞬間、アスカが真剣に怒っていることを理解した。

 今日初めてアスカと会ったばかりのシンゴはともかく、ちいさい頃からアスカを知っているカナエでさえ、これほどまでに怒っているアスカを見たのは滅多に無い。それだけに思わず息を呑んでしまった。

「カナエ!さっきシンジはなんて言った?」

 カナエの答えはしどろもどろだ。

「あ、え・・・と・・・・」

 アスカは続ける。

「シンゴ君!君は?」

「は、はい!・・・・・・」







 二人ともシンジの言葉を聞いていなかったわけでは決してない。ただ、あまりのアスカの迫力に言葉が出てこなかったのだ。

 思わずカナエは、傍らのシンジのほうに目をそらしてしまった。

 アスカたちがまだ第3新東京市で暮らしていた頃、カナエはよくいたずらをしてアスカに怒鳴られたことはあった。しかし、その時には必ずシンジが間に入ってアスカにとりなしてくれていた。

 ところが今回は違う。カナエの思惑とは違って、シンジはカナエの方は見ずにずっとコートの試合を見つめている。それはまるで、こちらの騒ぎにはまったく気がついていないかのように。


 しばしの沈黙


 少年と少女は何も答えられない。

 青年は相変わらずコートのほうに視線を向けている。

 ただ、アスカだけは、先ほどとはうって変わった静かな表情でカナエたちを見つめていた。

「急に大声を出してごめんなさい・・・・・・・・・・・・でも、あんたたち二人なら、きっとさっきのシンジの言葉の意味がわかるはずよ。これは、あたしからのお願いでもあるの。だから、この試合をしっかりと見届けてほしいの。あたしに言えるのは、それだけだから・・・。」

 それだけ言うと、アスカはそっと目を伏せた。

 滅多に見せない表情のアスカ。

 それを見たとき、カナエの頭の中に、記憶の奔流が駆け巡った。


『あ・・・・・・・』




 トウジが大怪我をしたとき、カナエはまだ幼かった。なにより、カナエ本人が怪我の治療のために入院している最中でもあった。その時のことは、おぼろげにしか覚えていない。

 ただ、自分がリハビリをしている時に、その横では兄が一生懸命歩く練習をしていたことだけは、なぜか鮮明に思い出すことができる。その兄の側にはいつもおさげ髪のそばかすの残る少女が寄り添い、毎日のようにお見舞いにやってくる、黒い瞳の印象的なやさしい少年と、黄金色の髪の少女。それにめがねをかけた人懐っこい少年と、蒼銀の髪の少女。

 リハビリの時間が合わず、トウジやヒカリがカナエの側にいないときには、彼らがいつも遊んでくれていた。

 やがて兄妹が退院し、カナエが小学校に入学することになったときにも、彼らはまるで自分達の本当の妹のように喜んでくれた。

『そうや・・・ヒカリねえさんだけと違う。アスカさんも、シンジさんも、レイさんも、相田さんも、ずっと兄ちゃんと一緒やったんや・・・・。ずっと兄ちゃんのこと、見てきとったんやった。それやのに、うち・・・・・・』








「・・・・ごめん・・・なさい・・・・・う・・・・ふぇ・・・・・・・えっぐ・・・・・うえぇぇ・・・・ん・・・」


 突然しゃくりだしたカナエは、大声で泣き出した。

 意外な展開に、今度はアスカがびっくりしてしまった。

「ちょ、ちょっとカナエ!あんた、なに泣いてんの!!」




「ふぇぇぇぇぇ・・・ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!・・・・・・・・・・」


 さすがにこうなってはシンジも黙っているわけにはいかない。

 あわてて立ち上がってカナエの方にいこうとしたが、


 「先輩、泣かないでください・・・・・」


 そこには、先ほどまではカナエと言い争っていたシンゴが、やさしく彼女を慰めようとしている姿があった。

 シンゴは、カナエやトウジが過去にシンジやアスカたちとどんな経験をしてきたかは、くわしくしらない。トウジが中学生のときに左足をなくしたことは聞いていたが、それがどのような理由によるものかはトウジに聞いたことはない。気にならないといえば嘘になるが、トウジがそのことを話さない以上、わざわざ聞くわけにもいかない。

 だが、シンジとアスカがそのこととまったく無関係でないのかもしれないということは、なんとなく肌で感じ取っていた。だからこそ、さきほどのシンジの話、そしていまのアスカの怒りがそこにあるのだということを理解した。

 そしてシンゴはおろおろしているアスカと、心配顔のシンジに向かってこう言った。


「碇さん、惣流さん。騒いでしまってごめんなさい。でも、先輩を叱らないでください。先輩は、きょうの先生の試合を本当に楽しみにしていたんです。だからさっきは、あんなことを言ったんだと思います。それなのにぼくがむきになっちゃって・・・・・。ほんとうにすみませんでした。」


 そう言いながら、深々と頭を下げて謝る14歳の少年の姿に、シンジは驚きを隠せなかった。


・・・なんとまあ、あのカナエちゃんをこんなにまで・・・・

 この子は本当にたいした奴だな。ぼくなんかとは大違いだ・・・・・


 同時にそんなシンゴのことを、単に問題児として扱うこと無く、見事にバスケットの選手として立ち直らせた鈴原トウジという男が自分の友人であるということを誇らしく思う。

 そしてその少年は、こんどはトウジの応援をずっとしてきたのだ。だからこのまま彼らの心を沈ませるようなことがあってはならない。それが今、自分の成すべき事だと判断した。


「いや、いいんだ。それよりみんなでトウジを応援しよう!そうだ、どうせなら最前列にいこう!」

 そう言うとシンジはにっこりと微笑んで、まだぐずっていたカナエとシンゴを立たせて先に最前列へといかせた。


 そして、

「・・・・・ごめんアスカ。辛い役回りさせちゃったね。」


「ううん、いいの。シンジの気持ち、充分わかってるつもりだから。」


 当然アスカもにっこりとシンジに微笑む。

 それが長年の阿吽の呼吸というものだ。


「ん・・・・・ありがとう。さあ、ぼくらも行こう。」

 アスカはシンジの差し出した右手をそっと取ると、ともにカナエたちのいる最前列へと向かった。










 観客席でそんなことが起きていた頃、

「どうやらトウジも、遅れはとってないようだな。」

 カメラを構えたケンスケは誰に言うともなくつぶやいた。

「鈴原君、よく短期間でここまでなったわね。」

 そう答えたのはレイだ。

「けっこう大変だったのよ。手なんか傷だらけだったんだから。」

 それを受けてヒカリも続ける。




 なんたって熱血バカだもん・・・・・・・・ね・・・





 もう一度、ヒカリは心の中でそっとつぶやいた。

















 後半開始早々に、織田のゴールによって22:20と1ゴール差まで追いついたタイガーシャークスは、前半に比べると動きが格段に良くなってきていた。

 それがトウジの投入によるものであることは明らかだった。

 それまでのタイガーシャークスは、キャプテンの織田が司令塔とポイントゲッターの一人二役のチームといっても過言ではなかった。もちろんほかの選手もシュートを決めてはいたが、得点の大半は織田のシュートによるものだ。それをスカイホークスも解っていたから、織田をマークすることにより、リードを守ることができたのだった。

 ところがトウジが入ったことにより、タイガーシャークスのゲームメイクが変わってきたのである。

 織田がメインシューターであることに変わりはないのだが、トウジを中心にゲームを組み立てるようになった。それはたとえ通常のバスケットとはいえ、指導者としてのトウジの資質をタイガーシャークスが認めたということに他ならない。

 おかげで織田は自由にシュートを打つことに専念できるようになった。




「監督、鈴原先生、いい動きしていますね。」

 ミキはスコアブックをつけながら、傍らの風間に言った。

「ああ、織田の言うように後半戦にあいつを投入したのは間違いなかったな。今のところは・・・・。」

「ええ・・・そうですね。」




 

 開始早々得点を許してしまったスカイホークスは、瞬時に気を引き締めた。別にはじめからタイガーシャークスを甘く見ていたわけではなかったのだが、いきなり現れた新人の若造がいまはチームを引っ張っているのである。


『ほう・・・・やつら、おもしろいやつを見つけてきたな。』


 スカイホークスの神崎は、パスをまわしながら 次に始まる自分達の攻撃フォーメーションを瞬時に確認した。

 そしてセンターラインを超えて相手エリアに進入したとき、待ち構えているタイガーシャークスのディフェンスフォーメーションの変化に気がついた。

『なるほど・・・そうくるか』


 トウジは幾分広めにゾーンをひくと、トップに位置する織田の斜め後ろから次々と指示を出す。

 ただ待ち構えるだけのディフェンスではなく、あきらかにカウンターを狙う、まるでスカイホークスのお株を奪うような布陣といっていい。

 それにしてもトウジはよく動く。

 ゾーンの中を関西弁で大声を上げながら走りまわる姿は、自然とチームに活性化をもたらしているようだ。

 重量級のスカイホークスの攻撃を、必死になって防いでいる。

 相手も前半と違ってなかなか制限区域の中に割ってはいることができない。

 神崎がセンターラインを超えてまもなく30秒が経とうとしていた。実際にはまだ10秒弱ほど余裕があったのだが、しびれを切らしたスカイホークスのシューターが、3ポイントラインの手前からとうとうシュートを放った。


「ばかやろう!!まだ時間はあるんだぞ!!!」


 神崎が叫んだ瞬間、リングにボールが当たって跳ね返る。

 一斉に選手達はボールに殺到したが、ゾーンを広く取っていた分、タイガーシャークスのガードがそれを奪取した。

 神崎はすでに次にくるのが速攻だと解っている。

「くるぞ!すぐに戻れ!!」


 タイガーシャークスも、ただちに散開する。

 トップの織田はすでに180度回頭し、猛然とダッシュしていた。

 そして矢継ぎ早にガードからボールを受け取ったトウジは、渾身の力で織田に向かってボールを投げた。

   

「殺(い)てまえ〜〜〜〜〜!!!」

 ただし掛け声は・・・まちがっても生徒達の前では言えない言葉だった。




 そして浪花のド根性ではじき出されたボールは、織田の走るはるか先に落下していく。

『くっ!走らせすぎだぞ、先生よ!!』

 それでもボールに追いついた織田は、直ちにシュートの体勢に入ろうとしたが、そのすぐ後ろには神崎が迫ってきていた。膝の上にボールを持っている以上、車輪をこげるのは2回だけ。シュートの体勢に入っていれば後1回は方向修正のために車輪に触れることができるのだが、あいにくゴールはまだ遠い。そうしているうちにとうとう神崎は織田に追いついてしまった。

「くそっ!」

 神崎は織田の右側につくと、コートの外へと織田を押し出そうとする。

 刹那、織田の後方に轟く、怪しい関西弁。


「織田さん!!こっちや!!」


 トウジはボールを織田に投げた後、すぐに織田をフォローすべく神崎を追撃していたのだった。

 おまけにいまはフリーの状態だ。


きゅわぁぁぁぁぁぁぁん!!


 織田は目いっぱい左手で車輪をロックすると車椅子を転回させ、振り向きざまに電光石火のパスをトウジに放った。


がしっっっ!

しゅっ!


ばうん!・・・ざんっっっ!

 



























「あ・・・・・」



























 それは観客席のカナエの声だったのか、

 それともコートの隅っこにいたヒカリの呟きだったのか、

 つぎの瞬間における、それぞれの場所での彼女たちの様子を記しておく。


CASE:1 洞木ヒカリの場合

 トウジのシュートが決まった瞬間、ヒカリは手に持った3脚をブンブンふりまわしてトウジの名前を連呼していた。そのため、身の危険を感じたケンスケは早々にその場を離脱し、後に残されたレイは必死になってヒカリを羽交い締めにして暴走を押さえた。


CASE:2 鈴原カナエの場合

 心ならずも後輩のシンゴの前で泣き出してしまい、実は泣き虫であったことを自ら暴露してしまった彼女だが、ガッツポースを上げたトウジの姿を見た瞬間、前にも増して大声で泣き出してしまった。そのためまたしてもシンゴに慰められることになってしまい、アスカに冷やかされまくってしまった。















 後半戦開始後、ほぼ10分が経過した。

 試合は膠着状態といっていい。

 タイガーシャークスの最初の怒涛の攻撃で同点にされてしまったスカイホークスだが、さすがに試合巧者だった。キャプテンの神崎の檄も飛び、前半戦と同じように自分達の試合を取り戻しつつあった。

 そうなってくるとタイガーシャークスも、先ほどまでのように自由に試合を進めることは難しくなってくる。

 相手の攻撃をしのいではいるのだが、こちらも得点のチャンスをなかなか作れないでいた。

 もっともトウジはこのことははじめから計算に入れていたかのように、その表情には焦りの色は見られない。

 ただ、ひとつのことを除いては・・・。


ぴぴーっ


 そしてこの試合初めてのタイムアウトとなった。











 「シンジ、試合どうなるんだろうね・・・?」

 アスカは観客席の最前列から身を乗り出すようにして、タイガーシャークスのベンチの様子をうかがっていた。

 そこではトウジと織田を中心に、残りの試合の戦い方を再確認している光景がある。

 なかなかシンジの返事が返ってこないので、アスカはシンジのほうを振り替えると・・・

 腕を組んで考え込んでいるシンジの姿があった。


「う〜ん・・・・・・・・そりゃあトウジ達に勝ってほしいよ。」


・・・・・そりゃあ当たり前ってもんでしょうが・・・・・・・


「はぁ・・・あんたに聞いたあたしが馬鹿だったわ。ねえ、シンゴ君はどう思う?」

 ため息を一つ吐いたアスカは、このなかで一番まともな答えが返ってくるであろう、シンゴに話題を振った。

 一瞬ブスっとしたシンジだが、こればかりは仕方が無い。

 そのシンゴは少しためらいがちに話を始めた。

「ここまでは、予定どおりといってもいいと思います。もしかしたら出来過ぎかもしれない・・・・・・・・」

「どういう事?」

 意外な返事に、思わずアスカも真剣な顔になってしまう。

「はっきり言ってチームの総合力からすると、うちよりもスカイホークスのほうが上なんです。全国大会での実績もあるし、チームの歴史もありますしね。うちも決して弱いチームじゃないんですけど・・・・・・。」

「そうだったの・・・・・・・」

 コクリ・・・・・と少年は肯いた。


















 ここにも試合の行方にやきもきしている一団があった。

「あと・・・・10分ね。」

 レイは、試合会場に設置してある電光掲示板に表示されている試合の残り時間を確認しながら、ヒカリに話し掛けた。

「うん。そろそろ点を取っておかないと・・・・・・」

 さすがにヒカリも気になってきた。

 だが、

「二人に水を差すようでわりいけどさ・・・。」

 唐突にケンスケが割り込んできたが、その顔はいつになく険しい顔つきだ。


「いまのスカイホークスは、まだフルメンバーじゃないぜ。」













 タイムアウトも終わり、試合の再開が告げられたとき、スカイホークスのメンバーは2人が交代していた。

 その2人こそ、スカイホークスが満を持して投入した、最後のレギュラーメンバーだったのである。

 スカイホークスにしてみれば、ここまでタイガーシャークスが食らいついてきたのは予想外だった。そのうえ今は相手に点を与えない代わりに、こちらの得点も押え込まれている状態だ。その意味ではトウジが彼らを引っ張り出したといってもいい。








「先生、そろそろ敵さんも本腰でくるぞ。」

「はい。」

 織田はコートの中に入ってきたスカイホークスの残りの2人に視線をはわせながら、これからの残り10分弱の戦いが一層厳しいものになるであろう事を感じていた。

 同時に、



・・・・思えば不思議なもんだ・・・・



 今年の春、黒のジャージを着こなした一人の青年が、自分達の練習中にふらりと訪ねてきた。一緒についてきているのは第3新東京市身体障害者連絡協議会で何度か顔を合わせたことのある、聴覚障害者の男性と手話通訳者の男性。

 その青年は左足を14歳のときに無くしたといった。

 いちおうバスケットの経験はあるらしいが、車椅子にはほとんど乗ったことはないらしい。

 なぜ、車椅子バスケットをやる気になったのか?と聞いたら、自分の学校の生徒にバスケットの勝負で負けたからだといった。市立第壱中学校ではバスケット部の顧問をやっているという。その生徒というのは、一緒についてきた聴覚障害者の息子さんだ、と志摩という名前の手話通訳者が補足した。


『なんだか妙ちくりんな男だな・・・』


 それが青年に対する織田の第一印象だった。第一、喋る言葉も怪しい関西弁だ・・・・。

 試しに車椅子に乗せてみたが、まったく酷かった。まっすぐ走ることもできない。おまけにボールもリングまでは届かない。

 そこから青年の車椅子バスケットが始まった。

 それでも毎回練習を続けていくうちに、だんだん車椅子の操作もできるようになり、シュートもリングに入るようになった。

『それにしては、えらく上達が早いな・・・・』と思ったので聞いてみたところ、時間が空いているときには勤務先の中学校の体育館や、うちの近くの公園で練習したといった。練習には教え子と自分の妹がつきあってくれたらしい。彼らはそのうち、タイガーシャークスの練習にも顔を出すようになり、チームの人気者となった。

 いちどだけ、艶やかなロングヘアーの若い女性が練習を見にきたことがあり、『いまのは誰だ?!』と聞いたら、真っ赤になってはにかみながら、『一番大切な女性(ひと)ですねん』と答えた。

 

 その日以来、『見かけによらず、純情なやつ』

 に評価が変わった。


 そのうち、練習の甲斐があって車椅子の操作もそこそこできるようになり、チームでの本格的な練習が始まった。驚かされたのは、そのバスケットセンスだった。それは間違いなくタイガーシャークスに新風を吹き込んだ。『なかなかやるじゃないか!』といったら、『それだけが取り柄でっさかい!がははははは!』と豪快に笑い飛ばしたときの笑顔が印象的だった。


 こうして鈴原トウジは、第3新東京タイガーシャークスの一員となった。








 それがいまでは、チームを引っ張ってやがる。




 『ふっ・・・・・・』


 と織田がつぶやいたのを、トウジはその横で聞いていた。

「なんや、織田さん。ため息でっか?」

 

「お?まあな。」

 ふふん、と鼻で笑った織田は、スカイホークスのほうをこっそりと指でさした。


「最後の10分、締めてかかるぞ!!」



怒涛のその伍へ!!


あとがき


 やっとバスケットの場面になりましたね!あと、2話くらい行きそうだなあ(大汗)

 なんとか、1周年までには終わらせたいです。


感想はこちらへ

電子郵便

BBS(げすとぶっく&ペンペン)

エヴァ手話メニューへ