ある日の夕方近く。

レイの勤務する短大。

どりゅどりゅどりゅどりゅどりゅどりゅ・・・・・どりゅん

今その駐車場に一台のバイクが止まった。

スチャ・・・

ライダーはヘルメットを取って、短大本館の校舎を見上げている。

「ここか・・・・」

彼はしばらくそのままキャンパスの中を一望していたが、やがてヘルメットをハンドルにかけて、バイクから降りた。ヘルメットがジェット戦闘機のパイロットのものに似ているのは気のせいだろうか?

こっ・こっ・こっ・こっ・こっ・こっ・・・・・

編み上げのブーツがアスファルトを踏みしめながら、建物へと向かっていく。

そして、玄関脇の事務室の正面でそれはとまった。

「すみません。介護福祉学科の綾波さんは、いまお手すきでしょうか?」



第八話

心の向こうに

The man from 3rd Tokyo city

前編



事務室の職員からレイの研究室の場所を聞くと、彼はその場所へ向かった。

すると向こうから、おそらく介護福祉学科の学生と思われる女の子がふたりやってきた。

彼女たちは、

「でさぁ〜、このあいだ実習に行った老人ホームってさ・・・・・・・」

「ふぅん、わたしなんかヘルパーの実習でね・・・・・」

などと話しながら歩いてきたが、彼を見た途端、急に静かになってしまった。

「「・・・・・・」」

べつに彼の顔が異様なわけではない。

やわらかなウエーブがかかっている髪の毛。

顔つきはむしろ人懐っこいといえるだろう。

丸いめがねが良く似合う。

ただ、格好が怪しい・・・・

それもかなり・・・・

編み上げのブーツの上はカーキ色のズボン。ベルトも布製の幅広のやつだ。

ライダージャケットの上に羽織っている迷彩色のベストには、やたらポケットがたくさんついている。

それだけに着ているものとその風貌とのギャップが大きいともいえるが・・・。


そのころ・・・・

「先生、1年生のレポートが全部提出されましたので・・・・」

「あ、ありがとう綾波さん。そこにおいといてくれる。」

マニュアルと首っ引きでパソコンに向かっていた久保田教授は、モニターをにらんだままレイに答えた。

「はい。」

レイはそんな彼女の姿を見てクスリと微笑むと、傍らのデスクにレポートの山を積み重ねた。

「う〜ん、やっぱりコンピューターは、綾波さんにはかなわないわねぇ〜。」

そりゃあなんといってもネルフ仕込みのレイに勝負を挑むのが間違いだ。マニュアル片手に。

とはいえ、それが久保田教授という人なのだから許してやってほしい。

いいじゃないか。そんな先生をレイは大好きなんだから。

「お茶いれましょうか?」

「そうね、お願いしようかしら。」

レイがお茶を入れるために流し台に立とうとしたその時・・・


こんこん


研究室のドアをノックする音がした。

とっさに先生はパソコンのモニターから逃れる口実を見つけた。

「あ、わたしがでるわ。」

そういって先生はドアのところまで行き、ドアを開けると・・・

怪しい奴が直立不動で立っていた。

「失礼しますっ。綾波さんはこちらでしょうかっ。」

唖然としている先生だったが、レイには聞き覚えのある懐かしい声。

急いで流し台から振り返ると、そこにいたのは・・・









「相田君っ!!」

ごぞんじ相田ケンスケその人であった。

ある意味先生以上にびっくりしたレイを尻目に、ケンスケはその人懐っこい顔で、

「よう、綾波!元気だったか?」

「う、うん・・・・」

とりあえず、コクコクとうなずくレイ。

おそるおそる先生はレイに、

「綾波さん、お知り合いの方?」

するとケンスケは、

「いきなりお邪魔しまして、大変失礼いたしました。わたくし、綾波レイさんの同級生で、フリーカメラマン兼ジャーナリストの相田ケンスケと申しますっ!」



その日の夜、突然やってきたケンスケの歓迎会が、シンジの家で急きょ開かれることになった。

キッチンではアスカとレイが料理をしているが、レイがなにやらぶつぶつ言っている。

ちょっと聞いてみよう。

「いきなりあの格好で現れるんだもの。うちの先生、ほんとうにびっくりしていたのよ。」

言いながらレイは、まな板の上の魚をさっさとさばいていく。

「まあいいじゃん。あんただってこのお正月は相田には会えなかったでしょうに。」

じゃ〜〜〜

そう言うとアスカは中華鍋の野菜炒めをかき混ぜた。ちなみに今日はレイが一緒のため肉は入っていない。

「それは・・・、相田君がたずねてきてくれたのはすごく嬉しかったけど・・・・・」

どうやらレイにしてみれば、ケンスケの登場のしかたが、自分の大好きな久保田先生を少なからず驚かせてしまった事が少々気に食わないらしい。

「なんの前振りも無しにあらわれると思う?普通・・・・」

「はいはい。もうそのくらいにしときなさいよ。ほらっ、盛り付けるからお皿だして。あ、そこの食器棚にあるから。」

どうやらシンジの家のどこに何があるかは、アスカはすでにご存知らしい。当然か・・・。

いっぽうリビングでは、シンジとケンスケが、

「だけど、綾波から電話もらった時はびっくりしたよ。まさかケンスケがこっちに来るなんてさ。」

「ああ、九州での取材が思ったより早くかたずいちまったからな。それに、綾波にもずっと会ってなかったしな。」

「そうだね、今年の新年会は5人だったもんなぁ。」

「いままでは、ずっと6人だったからなあ・・・・・。」


いつのころからだろう。

彼らは何をするにも6人がつるんでいた。

西暦2,015年、第3新東京市立第壱中学校2年A組。彼らは同じクラスにいた。

しかしそれは、対使徒戦用汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオンのパイロットを保護するため、当時のネルフによって仕組まれたクラスだった。

そして、シンジたちがエヴァの呪縛から解き放たれ、ケンスケやトウジ、ヒカリたちが疎開先から第3新東京市に帰ってきて、ふたたび同じクラスで今度は普通の中学生として再スタートを切る事になった時、本当に彼らの時が走りはじめたといえる。


はじめは本当にひどかった。

身も心もぼろぼろになってしまっていたシンジとアスカ。

決して感情を表にあらわすことのなかったレイ。

エヴァ参号機の暴走事故で左足を無くしたトウジ。

彼らがなぜ、今のような関係になれたのか?

アスカは自分が唯一人心を許せた親友の洞木ヒカリが、シンジの親友である鈴原トウジのことが好きだという事を知っていた。しかし、アスカはふとしたことからエヴァンゲリオン参号機のパイロットとして、トウジが選ばれた事を知る。アスカはそれが許せなかった。自分は幼い頃からセカンドチルドレンとして、血のにじむような訓練をしてきた。ところが、シンジやトウジは何の訓練もせず、いきなりパイロットとしてエヴァに乗る事になってしまった。それは、アスカのそれまでの人生を否定された事と同じだった。少なくともアスカはそう思い込んだ。


そして、暴走した参号機。

アスカは参号機のパイロットが誰なのかをシンジには告げないまま、シンジ、レイとともに暴走した参号機を止めるために出撃するが、アスカとレイはあっという間に参号機に倒された。初号機に乗っていたシンジは、まさかトウジが乗っているとは思わなかったが、自分とおなじ14歳の子どもが乗っているのでは?という気持ちから攻撃を躊躇してしまった。結果、ダミープラグに操作された初号機はシンジの意志に関係無く参号機を破壊してしまう。そうして、トウジは左足を失った・・・・。次第に、シンジとアスカの心は壊れていった。



「ほら、相田っ。きょうは、あたしとレイの手料理なんだからねっ。感謝して食べんのよっ。」

アスカとレイが食事をリビングへと運んできた。

野菜炒めに、魚の料理と、まあたしかに手料理の域を越えるものではない。はじめは、シンジが作るつもりでいたのだが、なぜかアスカとレイが料理をすると言いだした。

彼女たちなりの自己主張といったところらしい。

「ほえ〜!惣流と綾波の手料理ねぇ・・・・・。意外と美味そうだな・・・・・・。」

ケンスケはそういって大袈裟に驚いて見せると、めがねをクッとずり上げて出された料理をながめた。

するとレイが、横からジト目でケンスケをにらむ。

「相田君・・・・・・意外ってどういうこと?」

ところがケンスケもシレっとした顔で言い返した。

「『とっても』ってことさ。」

慌ててシンジは、

「まま、綾波も、もう許してやってくれよ。おいっ!ケンスケもちゃんと謝れよっ。」

そう言ってケンスケの横腹を肘で突ついた。

「そうだったな。」

ケンスケは姿勢を正して、レイの方を向き直すと、

「綾波、きょうはほんとうにごめん。このとおり、謝るよ。」

と、至極いんぎんに謝った。

「しょうがないわね・・・じゃあ、食べるの許可してあげる。」

レイもにっこり笑って許した。もっともレイだって本気で怒っていたわけではない。その証拠に久保田先生もケンスケの素性が分かってからは、持ち前の気さくさから結構ケンスケの仕事についていろいろと質問したりしていたくらいだ。

そしてアスカの、

「さあ!冷めないうちに食べましょっ!」

の掛け声で、4人のきょうの夕食がはじまった。


「ところで、いったいなんの取材だったんだ?今回は。」

シンジは野菜炒めを小皿に取り分けながら、ケンスケに訊ねる。すると、

「・・・実はな、今回の取材は仕事だけじゃないんだ・・・。」

意外な答えだ。

「じゃあ、なんだってのよ?」

アスカも続いて訊ねる。

「ま、飯を食ってからゆっくり話すよ。」

そういうとケンスケは割り箸を勢い良く割った。

「どれどれ、お、この魚の煮付け、結構いけるじゃんか。」



「いや〜、やっぱりこっちの方は魚が美味いな!こんなに食ったのは久しぶりだよ〜。」

ケンスケは、わざわざズボンのベルトをゆるめながら、満足そうにお腹をさする。レイとアスカはケンスケが喜んで食べてくれたことは嬉しかったが、さすがに四杯もおかわりをされると、本気でお金を取ってやろうかと思った。

一方シンジは、アスカたちがそんなことを考えているとは露ほども思わず、うれしそうにケンスケに答えた。

「山口はまわりがずっと海だからね。魚料理も結構病み付きになるんだ。」

「それにしても、惣流や綾波がこんなに料理上手になっているとはねぇ〜。人間って変われるものなんだなぁ〜。」

すかさずアスカは、

「ぬわんですってぇ!あんたねえ、食べたいだけ食べといて、なによそれぇ!」

と言ってやろうとしたが、

「二人とも、良い嫁さんになれるぜ。」

そういって微笑むケンスケの顔を見たら、急に『ぷしゅぅぅぅぅぅ』と真っ赤になってしまった。

ケンスケは、なおも言葉を続ける。

「あれからもう、10年近く経つんだな・・・・・・・。」

シンジも遠い眼で答えた。

「いろんなことがあった・・・なんて簡単には済ませられないけどね・・・。」

するとレイが、

「そういえば相田君、今回の取材は仕事だけじゃないって言ってたけど・・・・」

その横でアスカもうなずいている。

「そうだな。そのことと少し関係があるんだけど、ニュースがあるんだ。」

「なんだよ、ニュースって?」

「うん。トウジの事なんだ。」

すると、いきなりアスカが大声を上げた。

「ま、まさかついにヒカリと熱血バカがゴールインってんじゃあないでしょうね?!」

ケンスケは落ち着いて答える。

「ま、いずれはな。正月にさ、トウジが『問題児くん』の話をしてただろ。綾波も知ってるよな?」

「うん。お正月明けに第3新東京に帰った時に、鈴原君と洞木さんが話してくれた。」

アスカも、

「高杉君って言ったっけ?ヒカリからもらった手紙に書いてあったけど、いまはバスケット部でがんばってるってはなしじゃない。」

ケンスケはふたりにうなずくと、今度はシンジの方をむいた。

「彼がバスケット部に入った時のこと聞いてるか?」

「ああ、なんかトウジのやつ、ずいぶん思い切ったことしたみたいだね。」

「そうそう。実はそれがきっかけになってな。トウジのやつ、またバスケットを始めたんだ。」

これにはシンジたちも驚いた。

「「「ええぇぇぇ?!」」」



中学校時代からカメラやビデオに興味(っていうか、それ以上)をもっていたケンスケは、自分の職業としてまよわずカメラマンを選んだ。
それもスタジオカメラマンではなく、フォトライターとしての道だ。中学時代は軍艦や戦闘機の写真を撮ったり、女の子の写真を撮っていた彼だが、一時期を境に突然それらのものを撮ることを止め、かわって自然や街中の風景画を撮りだした。友人たちはその180度の変わりように様々な憶測をめぐらせたが、ケンスケ自身は『おれもいつまでもガキみたいなことしてるわけじゃねーよ』と笑っていた。

ただ、親友のシンジやトウジはその言葉の裏にケンスケの一種決意めいたものを感じていた。それがなにかはわからなかったが、ケンスケの写真には今までに無い人のぬくもりがこめられていた。


話は一月ほど前にさかのぼる。

第3新東京市、北海道の取材旅行から帰ってきたケンスケは、バイクでトウジのうちにやってきた。

ケンスケはたいていの場合、移動手段としてはバイクを使う。もともとバイクが好きだったということもあるが、小回りのきくバイクは取材活動にぴったりだからである。事実、セカンドインパクト以前に起きた『阪神大震災』のときにも、オフロードバイクを駆って取材活動を続けた某カメラマンがいた。そんなわけで、ケンスケは取材の状況に応じてオンロード、オフロードのバイクを使い分けている。もちろん撮影器材を運ぶのに適したように改造してある特注品だ。

トウジのうちは第壱中学校のちかくにある。母親を早くに亡くしたトウジは、妹のカナエと父親、祖父と暮らしていたが、祖父はトウジが高校生の時に他界し、ネルフ関連の研究所に勤務している父親はいまは松代にいる。したがって、現在はカナエとの二人暮らしだ。もっとも、ヒカリがしょっちゅう出入りしているので、厳密には二人暮らしとは言えないのかもしれない。

ケンスケは玄関先にやってくると、インターホンのボタンを押した。

『はい、鈴原です。』

「あ、委員長?相田だけど、トウジいる?」

『あ、帰ってきたんだ。いま鈴原いないわよ。』

どうやら留守番しているのはヒカリのようだ。

「北海道の土産もってきたんだけど、預かっといてくれるかな。」

『わ!さんきゅー!もうすぐ鈴原も帰ってくるはずだから、あがんなさいよ。』

『やれやれ・・・。委員長のやつ、すでにトウジのかみさんだな。』

毎度のやり取りに思わずケンスケも苦笑すると、家の中に入っていった。

玄関からろうかを真っ直ぐ行ったところに、このうちのキッチンがある。

案の定、ヒカリはキッチンにいた。

少女の頃はおさげだった彼女の髪型も、いまは艶やかなロングヘアーだ。

エプロン姿でケンスケを出迎えたその姿は、完全にこの家の『台所の守護神』といったところだ。

ヒカリ、アスカ、レイの3人の中で、いちばんその容姿がかわったのは彼女かもしれない。

「おじゃまするよ。」

「いらっしゃい。取材どうだった?」

「おかげさまでなんとかね。ほい、これ委員長の分。んで、これはカナエちゃんの分。」

そういうとケンスケは、ふたりへの土産をヒカリに渡した。

このへんがケンスケの細やかなところだ。

「いつもありがと。鈴原の分は?」

ケンスケは『待ってました!』とばかりにニヤリと笑うと、あきらかに日本酒と解るビンを取出した。

ヒカリは、

「またお酒ぇぇぇ?」

そう言いながらも顔は笑っている。

「旭川で見つけたんだ。地酒なんだけどさ、美味いんだこれが!ああ、この甘美で、豊潤で、官能的な口当たり・・・・おれはこの酒を飲むために、生まれてきたのかもしれない・・・・」

すでにケンスケは、あっちの世界にいっていた。

「つまみは適当なものでいいんでしょ。」

「さっすが委員長!愛してるぜ!」

「ばーか。」

そのとき、

『おーい、帰ったでえー』

この家の主(現時点)が帰宅したようだ。

つづいて、

ばたばたばたばた・・・・・

「ただいまー!あれ?相田さん、来てはったんですか?」

鈴原カナエさん(4月から3年生)のご帰宅である。

「よ!カナエちゃん、ひさしぶり。」

するとヒカリが、

「はい、相田君からカナエちゃんにお土産ですって。」

そう言うと先ほどケンスケから預かった包みをカナエに渡した。

「わーっ!ありがとうございますっ。」

カナエがケンスケにペコリとお辞儀をしたときに、キッチンに入ってきたものがいた。

「鈴原先輩、『タイガー号』しまっときましたから。」

そう言いながらやってきたのは中学生の男の子。カナエのことを先輩というくらいだから、下級生なんだろう。

するとカナエが、

「ありがとっ。あ、そうや、相田さん、こいつ初対面ですよね。ほれ、ちゃんと挨拶しい!」

と、その男の子をこずいた。

男の子は、

「あ、すっすみません!第壱中学2年A組、バスケット部の高杉シンゴと言います!」

たしかに初対面ではあったが、ケンスケはその男の子の名前をトウジから聞いていた。

「そうか・・・・君が高杉君か・・・。おれは相田ケンスケ。トウジ、じゃなかった、鈴原先生の同級生さ。カメラマンをやってる。よろしくな!」

そういうとケンスケはシンゴに右手を差し出した。

その手をしっかりとシンゴも握りかえした。

「まてよ・・・2−Aってことは、トウジのクラスか?」

「はい!2年になった時にクラス変えがあって、鈴原先生が担任になったんです。」

シンゴは屈託の無い笑顔で笑う。ケンスケはその笑顔に奇妙な概視感をおぼえた。

「そうか、トウジのクラスになったのか・・・・。良かったな!」

「はい!でも、教室でも部活でも一緒なんで、けっこうたいへんです。」

刹那・・・



すかぽ〜ん!



「誰のこと言うとんじゃい!」

いきなり関西式のツッコミが、シンゴの背後から炸裂した。

「痛って〜〜〜!!あ、先生!」

シンゴの後ろに立っていたのは、日本で一番黒のジャージが似合う男(自称)だった。

すると、

「兄ちゃん!!!急になにすんねん!!!」

カナエがトウジにくってかかる。

いきなり目の前で、吉本新喜劇が展開されそうになった。

「はい!そこまでっ!!!!」

どうやら、こういう場合の抑止役は、ヒカリのようだ。『委員長』の肩書きはいまだ健在である。

いまさらながらにケンスケは、ヒカリの調停能力に感心した。

「たすかったよ委員長。」

「まあね、要は『慣れ』よ。」

たしかに将来の事を考えると、関西パワーには負けられない洞木ヒカリである。



場所は移動して、鈴原邸の和室。

ことしのお正月には、新年会が開かれたところだ。

当然床の間には、阪神タイガースの球団旗がかざってある。

その旗の前ではいま、『鈴原カナエ独演会』が開催されていた。

「ほんでその時、高杉がな・・・・そやけど高杉は・・・・・・せやさかい高杉も・・・・そしたらとうとう高杉が・・・(以下略)」

そして、2月に行なわれた新人戦のくだりになると、カナエの演説?は最高潮に達した。

『なんだあ?よく聞いたらさっきから、高杉君の事ばっかりじゃないか。・・・・・・・・もしかすると・・・・・・・・・・そういうことか?』

ケンスケはそのことに気がつくと、そっとトウジとヒカリのほうに目をやってみた。

ヒカリは微笑みながらカナエの演説に相づちを打っている。

一方トウジは、なにやら難しい顔をしている。

『おやおや。委員長はともかく、トウジのやつ、まるで娘のことを心配している父親の顔だぜ。ま、無理も無いけどな・・・。』


トウジがどれほどカナエの事を心配しているかは、ケンスケだけではなく友人たちも十分すぎるほど知っている。普段はぶっきらぼうなトウジだが、妹の事となると見境が無くなるほどの妹思いだ。

シンジにしても、はじめてエヴァに乗った時の戦闘で、逃げ遅れたカナエが大怪我をしてしまい、第壱中学に転校したばかりの時に、いきなりトウジにぶっ飛ばされたことがある。もっともそれがきっかけとなってトウジ、ケンスケ、シンジの3人が『3バカトリオ』と称されるほどの親友になったのだが・・・。


ケンスケが感慨深げに思考の海をさまよっていたら、いきなりカナエが話を振ってきた。

「・・・・やったのに!ねえ、相田さん、どない思います?!」

「へ?あ、いや、そうだな!そのとうりだよ!うん。」

カナエはジト目であった。

「もおぉぉぉぉ!聞いてはったんですかぁぁ?」

「も、もちろんさぁ!」

「ほんまですかぁ?」

このあたりの空気の動きに、いちばん敏感なのは、やはりヒカリだ。

「そうね、新人戦は準優勝だったけど、こんどの県体予選でがんばればいいじゃない。」

ケンスケは心の中でヒカリに手を合わせた。

「そうさ!委員長のいうとおりだよ!なあ、高杉君!」

ケンスケはシンゴに話を振ることによって事無きを得た。

すると、知ってか知らずかシンゴも、

「はい!鈴原先輩にも言われました!借りは10倍にして返せって!」

途端にカナエも、

「そうや!こんどこそ優勝や!な!」

そういうとシンゴの背中を勢い良くたたいた。


ばんっ


「うえっ!げほ!」

嗚呼、高杉シンゴ・・・関西パワーには、まだまだ勝てそうに無かった。

するとケンスケが、

「ところで、高杉君。さっき言ってた『タイガー号』ってなんだ?」、

「え?タイガー号・・・ですか?・・・」

一瞬ぴくっとなったシンゴは、トウジの方をちらっと見た。

不審に思ったケンスケもトウジの方に目をやる。

トウジの顔は明らかに『しもうた!』という表情だ。

『まてよ・・。さっきトウジとカナエちゃん、それに高杉君は一緒に帰ってきたみたいだったな。ということは3人に関係があるということか?』

そのときケンスケの視線は、トウジの手のところで止まった。トウジの指に無数の小さな傷がついていたからだ。

「トウジ!おまえ、その手どうしたんだよ!」

するとヒカリが、

「鈴原・・・。相田君に隠してもしょうがないでしょ。」

そしてカナエと高杉に、同意を求めるように目配せをした。

彼らもうなずいた。

トウジはあらためて、ケンスケの方を向き直した。

「そやな・・・いつかはわかるこっちゃ。実はな、わい、車椅子の練習しとるんや。」

「車椅子?!おまえ、足の調子悪いのかよ?!」

するとトウジは笑いながら首を振る。

「あほ!早合点すんな。バスケットや。」

「バスケット・・・車椅子バスケットか?!」

「ま、そうとも言うわな。」



テーブルの上では、ケンスケが旭川で買ってきた地酒がすでに半分以上空いていた。

ご相伴にあずかっていたヒカリの顔も、ほんのり桜色に染まっている。

その横でカナエとシンゴは、中学生らしくジュースを飲んでいた。

「そうか・・・・・じゃあこの高杉君がきっかけになったってわけか。」

「おう。あのとき・・・・・こいつと『勝負』したときにな、わい、ほんまひさしぶりに生きたボールに触った気がしたんや。左足がのうなってからこっち、なんやかんやゆうてもバスケがわすれられんでな。ほんでガッコのセンセになって第壱中学に着任したときに、教頭先生に頼み込んでバスケット部の顧問にしてもろうた。そして、ひとりでも多くのバスケット好きの子どもらを育てる事が、わいの生涯の仕事や思うとったんや。そやけど、高杉と勝負した時に、いままでわすれとった・・・いや・・・わすれようと思うとった感触が、完全によみがえったんや。そのとき解ってん・・・『なんや、わい、やっぱ自分でプレーしたがっとったんや!』ってな・・・。」

カナエたちはいつしかジュースのグラスを置き、じっとトウジの話に聞き入っている。

「車椅子のバスケットは、リハビリに明け暮れとった頃に一度見たことがあるだけやった。そしたら世の中おもろいもんや。高杉のご両親の紹介でな、車椅子のバスケットボールチームの人に会わせてもらう事ができたんや。」

するとシンゴが、

「実は、ぼくの父親が第3新東京市聴覚障害者福祉協会の役員をやっているんです。その関係でいろいろな障害者の団体と縁があって・・・。」

シンゴの言葉にトウジが相づちを打った。

「そうやねん。新学期の家庭訪問でな、こいつのうちに手話通訳の人と一緒に行ったんやが、そのときに『勝負』の話になってな。いろいろ話しとったら、こいつのおとんが『先生!ご自分でもプレーされるべきです!』って言わはってん。それからとんとん拍子に話が進んでな、気がついたら車椅子バスケットのチームに入っとったちゅうわけや。」



「そっか・・・・・トウジが車椅子バスケット始めたのか・・・。全然知らなかったよ。」

「あたしも、ヒカリからはなにも聞いてなかった・・・・・。」

ケンスケがここまで話した時、シンジとアスカはそれぞれポツリとつぶやいた。

それは、自分たちに何も話してくれなかったことへの不満からでたものではない。


エヴァに乗らなくなって、シンジとアスカはいちばんにトウジのところへ行った。

『あのとき、ぼくがしっかりしていればダミープラグを使わせることなく参号機を止められたのに・・・・。カナエちゃんだけじゃなく、トウジまで傷つけるなんて!ぼくは最低だ!』

『あのとき、あたしがちっぽけなプライドに拘らず、シンジに全部打ち明けていたら、一緒に参号機を止めることができた。鈴原は足を無くすことはなかった。なによりあたしは親友のヒカリを苦しめてしまった・・・・。ほんとにばかよ!』

そのときのトウジやヒカリの返事はこうだ。

『どあほ!わいが参号機に乗ったんは、自分で決めたこっちゃ!シンジが謝るような筋合いやない!こんどそないなこと言うたら、口ん中手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタいわしたるど!!それよりおまえは惣流のことを心配したらんかい!がはははは。』

『ばかね、アスカ。確かに鈴原の左足は無くなってしまったけど、それはアスカの責任じゃないわ。だからアスカはこれ以上自分を責めないで。鈴原の面倒はわたしがみるから、アスカは自分を責める暇があったら碇君のことを元気づけてあげて。』

そう言って逆に自分たちを励ましてくれた友人がいてくれたことは、シンジとアスカが立ち直る大きな支えとなった。

トウジとヒカリが支えあって生きていくということは、並大抵の苦労ではなかったはずだ。しかし二人の姿は、アスカのいままでのちっぽけなプライドや、シンジの閉ざされた心をはるか彼方へと流し去ってしまった。

そしてシンジは、今まで知らなかったアスカの心を、アスカは、いままで気がつかなかったシンジのやさしさを知ることができた。

だからこそ、絶対に忘れ去る事はできないのである。

いまでは口にだすことはないが、それでも折りにふれそのことを思い出していた。


そのとき、

「とにかくさ、みんなで応援してやろうぜ!あいつ、はじめの頃は車椅子に慣れてなくってさ、チームに入ったものの車椅子がろくに操作できなくって、最近やっとボールを持たせてもらえるようになったんだ。おまえらに黙っていたのも、そのことが恥ずかしかったからさ。」

ケンスケにもシンジたちのつぶやきの意味はわかっていた。

その言葉は、決してその場の雰囲気を取りつくろうようなものではない。


『おれには・・・・こんなことぐらいしか、してやれないからな・・・』


するといままでずっと黙っていたレイが口を開いた。

その時のレイの表情は、いままでケンスケの見たことの無いほどやさしさにあふれていた。


「相田君は、いつもそう・・・・。」


ケンスケは思わずレイの方を向いた。

「ん?あやなみ?・・・・・」

レイはじっと目を閉じて話し出す。

「すべてが終わってわたしたちが第壱中学にもどったとき、アスカと碇君はほんとうに傷ついていたし、わたしはリツコさんや碇のおじさまと暮らすようにはなったけど、まだまだ知らない事ばかりだった。それまで・・・わたしには、なにもなかったから・・・。」

「あのとき、いちばん初めに出迎えてくれたのは相田君だった。相田君は一生懸命わたしたちに話かけてくれたわ。ほんとに毎日、毎日・・・。」

「わたしはいろんな人から、たくさんのことを教えてもらった。エヴァに乗っていた頃は、エヴァだけがみんなとわたしを繋ぐ絆だと思っていたけど、クラスのみんな、そしてアスカと碇君のおかげでいまのわたしがあるの。」

そして、ここでその紅のルビーは極上の優しさをみせた。


「そのことを気づかせてくれたのは、相田君がいてくれたからよ。」


「レイ・・・・あんた・・・」

アスカも一瞬引き込まれそうになった。

ケンスケは照れかくしに頭を掻いてそれに答える。

「そんなんじゃねーよ。おれ、あのころ本気でエヴァのパイロットになりたかった。それでミサトさんに直訴したり、トウジを羨んだり、シンジにつまらねー電話をかけたこともあった。ばかだよなー。初号機のエントリープラグの中で、泣きながら戦ってたシンジをこの目で見てるのにさ。トウジが大怪我したのもしってるのにさぁ。」

ところがケンスケの声のトーンがだんだん変わってきた。

シンジもはっとしてケンスケの顔を見ると、いつになく真剣な顔のケンスケがいた。

「そのうち疎開することになって、街を離れてさ。疎開先じゃあほんとにボーっとしてたんだ。なぜか、みんなのことばかり思い出すんだ。第3新東京市に帰れるって聞いた時は、ほんとに嬉しかった。ところが疎開から帰ってみたら、街がめちゃめちゃになってるじゃないか。そしたら、急におまえたちのことが心配になってさ。親父のデータを盗み見て愕然としたんだ。」

「ほんっとにばかだったよ。おまえたちが、ぼろぼろになってエヴァに乗ってたっつーのに、ひとり舞い上がってさ!そのくせ友達ヅラしてたんだ!おれってやつは!」

「ケンスケ、そんなことないよっ!!」

シンジも叫ぶ。

「いいんだ、シンジ。このことは、いつかはっきりおまえたちに打ち明けたかったんだ。そのとき、やっとわかったんだ。自分がどれだけガキだったかってことが。そして、ふたたびおまえたちに会った時に『こいつらを絶対に失なっちゃいけない!・・・・・』ってことがわかったんだ。」

「でも、何をしたらいいのか解らなかった。正直な話、おまえたちに話かけることぐらいしか思いつかなかったんだ。さびしかっただけなのかもしれないけど、みんなの笑顔をもう一度見たかったんだ。」



10年目の気持ちの吐露。

それはアルコールのせいだけではない。

久しぶりに会った友人。

それも第3新東京市ではなく、遠く離れたところで。

それだけに、今まで言えなかった思いを、ケンスケは語り尽くした。

トレードマークの丸いめがねには、いつのまにか滴が着いていた。



「はい、相田君。」


レイはそっとポケットからハンカチを取出した。

「相田君に涙は似合わないわ・・・。」

「アスカが碇君を想う気持ちや、洞木さんが鈴原君を想う気持ちとは少し違うと思うけど、わたしは相田君の笑顔が大好きだから・・・。」

レイだけではない。アスカもシンジも、ケンスケの笑顔にはいままでずいぶんと元気づけられた。ともすれば『お調子者』と見られるケンスケだが、3バカトリオ×2のなかでは無くてはならない存在だ。

「うん・・・みんなごめんな・・・しめっぽくなっちまってさ。ちぇっ、せっかく『綾波レイ、衝撃の告白』かと思ったのに、それじゃあ嬉しさ半分じゃねーかよ。」

「ばかぁ・・・あんたには、半分でももったいないくらいよっ!」

そういうアスカの瞳にもひとしずく。

レイも負けずに泣いていた。

シンジは言うまでもない。



明日は休日だ。レイも今夜はアスカのところに泊めてもらうことにした。

そうと決まれば今夜は徹底的に飲むわよっ!とは、さるお方のご発言。

最近かつての保護者に似てきてるんだよ・・・とは、そのお方のパートナー。

あとはお約束の『夫婦喧嘩』となる。

「「まだちがうよっ!」」

まだ・・・・だそうです。


「相田君、あとは家に真っ直ぐ帰るの?」

頬をほんのりと染めてレイがケンスケにたずねた。

「いや、倉敷にちょいと行ってみたいところがあるんだ。じつはおれ、いまいろんなところの車椅子バスケットボールチームの写真を撮ってるんだ。」

「それって、トウジの影響?」

これはシンジ。

「うん。あれって結構ハードなんだぜ。試合中にガンガン車椅子でぶつかっていくんだ。悪質なぶつかりはもちろん反則だけど、ほんとすげーよ。トウジ向きだな、ありゃあ。」

「たしかコートの大きさや、ゴールの高さって普通のバスケットとおんなじなのよね。」

「そうそう。さすが綾波よく知ってんなぁ。それでいずれは撮った写真の個展かなにかやってみてーなー、なんて思ってんだ。」

「へぇ〜、個展かぁ・・・。あんたもなかなかやるじゃん!」

アスカも感慨深げにつぶやいた。

「仕事以外の取材ってそのことだったんだな。」

「まあな、おれ流のやりかただけどさ。」

「そんなことないよ。やっぱりケンスケすごいよ。」

「へへーん、そう思うだろ。もっと誉めてもいいぜ。」



その後、ケンスケは3人の元チルドレンにフクロにされた。


教訓:口は災いの元(byケンスケ)



夜もかなりふけてきた。

しかしこの部屋の時間は、まるで止まっているようだ。

思い出したように、アスカはケンスケにたずねた。

「ところで相田、カナエと高杉君っていつも鈴原の練習に付き合ってんの?」

「ああ、高杉君の場合は自分がバスケをやってることもあって、車椅子バスケットという競技自体にも興味があるみたいだし、なによりトウジのことを心から慕ってるからな。」

ケンスケはバーボンのロックを飲んでいる。

「それでカナエも一緒に?」

「うん。二人とも仲良くやってるぜ。まるで姉弟みたいだ。」

「へぇ〜!カナエがねぇ〜。」

アスカはトウジの車椅子を追いかけている自分の妹分を想像した。

「ただ、トウジはちょいと心配してるみたいだけどな。」

「心配って・・・まさかぁ〜、カナエはまだ中学生じゃん!」

ケンスケとレイは顔を見合わせると、ユニゾンでがっくり肩をおとした。

「惣流・・・」

「なによ?」

「おまえ、自分のこと棚に上げてないか?」

「あ゛」


アスカ・・・自爆

シンジがその横で、塩の柱と化していたのは当然である。


「まあ、それはともかくだ。今年、第3新東京市で国体が開催されるのは知ってるだろ?」

「知ってるさ。今年は普通の国体と、身障者のスポーツ大会が初めて同一日程で開催される、記念大会じゃないか。ネルフも第3新東京市復興記念で協賛するって話だし。」

シンジはコクリとうなずく。


「狙ってるぜ、トウジのやつ。」


「ちょっと!鈴原って、まだ初心者じゃなかったの?」

「一ヶ月前まではな。かなり勝手が違うとはいっても、バスケの経験者だぜ。車椅子が操れりゃあ、あとはボールコントロールだけさ。」

「そうか・・・トウジのやつ、やっぱりハンパじゃないな!」

「ちなみに代表チームの選考会は来月だ。」

ケンスケはそう言うとニヤリと笑った。めがねがキラリと光ったのは錯覚か?

シンジたちはお互いに目配せをする。

彼らの心は完全にシンクロしていた!

「アスカ!綾波!」

「あったりまえじゃん!」

「もちろんよ、碇君!」

「そう来ると思ったぜ!久しぶりに全員集合だ!」


4人の心は、すでに第3新東京市に飛んでいた。


中編につづく

なんや〜、またわいが主人公かいな〜、てれるやんけ〜(byトウジ)

ちょっと兄ちゃん!なにこんな所で油売っとんねん!さっさと練習しい!(byカナエ)

あのー、感想はこちらまで、だそうです。あ、せんぱい〜!(byシンゴ)


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