友、遠方より来る。また、楽しからずや。

ところが、そいつの意外な告白。

3人がこの街にやってきて来てからの経験の中でも、たぶんベスト3に入るであろう出来事だった。

しかしそれは、彼らの絆を再確認できた大切な出来事。

ケンスケが第3新東京市に帰っていって数日後、

3人はまたいつもと変わらない、この街での日常にもどっていた。




第八話

心の向こうに

Attack No’1!!

中編


5月という季節は、ゴールデンウイークというこの国特有のわけのわからない休暇がある反面、そのしわ寄せというものが当然のごとくその後にやってくる。

それは21世紀の今日もかわらない。

仕事においてもそうだが、手話サークルの活動というものも5月からは行事が目白押しとなっている。

そのひとつがいまから開催されようとしている。

きょうは、県ろうあ連盟と県手話サークル連絡協議会の合同バレーボール大会の日だ。

サークルや地域のろうあ協会ごとにチームを結成し、お互いの親睦を深めるためにおこなわれる。

シンジたちのところでは、市の聴障会が1チーム、手話サークルと聴障会の合同チームで1チームと2つのチームがエントリーしていた。ちなみに合同チームとなっているのは、この街の手話サークルの会員の中にはこういったスポーツ行事への参加者が比較的少なく、参加者を集めるのが困難だということと、どうせなら合同チームの方が良いに決まっているというサークルの会長の独断と偏見によるものだ。まあ、問題はない。

ただ、チームの編成に際しては必ず2名以上の女性、もしくは年齢50歳以上の者がコートにいなくてはならないという規定がある。そのほかは、通常の9人制バレーボールのルールによる。当然のごとくアスカとレイはレギュラー登録されていた。

それと、今年のお正月の初詣にレイを誘った林原ヨウコという女性が、補欠とはいえ高校時代はバレーボールの選手で、おまけに彼女の通っていた女子校は全国大会の常連校だったのである。

結局手話サークルからはレイ・アスカ・シンジ・ヨウコの4人が、聴障会からは周防ナガト以下5人の聴覚障害者がレギュラー登録された。聴障会の青年部から周防ただひとりがでているのは、他の連中はみんなもう一方の聴障会チームに参加をしているからだ。したがってこのチームの聴障者は、周防の他はみんな年配の人たちばかりとなった。それ以外に控え選手の手話サークル会員を含め、総勢12人のチームである。

会場はここ、山口県スポーツ文化センター。

県内各地からたくさんの手話サークル会員、県ろう連会員が集まってきていた。


☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆


いきなりだが、アスカとヨウコが燃えている。

「いーわね!今年は、ずぇ〜ったいに山口市のチームをぶったたいてやるんだからねっ!」

「そーよっ!いつまでもあのおやぢの天下は続かせないわっ!」

ヨウコに『あのおやぢ』といわれた人物。

じつは、県手話サークル連絡協議会の会長である。

名を綾木アケミ(推定50歳)という。山口市の手話サークルの会員であり、手話通訳士でもある。

・・・・・・・おやぢ・・・・・・・つまりれっきとした男性である。アケミだけど・・・

この人物の聴覚障害者福祉にかける情熱というものは、はっきりいってすごい。

奥さんが難聴者ということもあるが、実家が県立ろう学校のすぐ側にあることもその要因の一つだろう。その情熱が、県内23サークル、会員1,500人の県手連を引っ張っていく(または引きずり回して行く)原動力となっているのだ。もしかしたら、S2機関が搭載されているのでは?といううわさは・・・さすがにない。


ただ、困ったことにスポーツ大好きおやぢであった。


こういったバレーボール大会や、ソフトボール大会となると目の色を変えてはりきってしまう。下手の横好きならともかく、それなりに上手いからよけいに始末に負えない。そのせいで山口市手話サークルのチームは、この大会の優勝候補筆頭であった。おまけに180センチの長身は、それだけでもバレーボールには有利となる。

ちなみに綾木氏は、県ろうあ連盟の青年部にあるバレーボール部の監督でもある。そのバレーボール部の選手もきょうはそれぞれの地元から参加している。

いっぽう宇部新都市の手話サークルは、これまで『参加することに意義がある』というスタンスをとっていたため、勝負の行方にはハッキリ言って淡白だった。アスカも初めの頃は勝負にはこだわらなかったが、今年の県手連定期総会でのこの綾木氏の何気ない一言が、眠っていたアスカの闘争心に火を付けた。


『いやあ〜、たとえレクリェーションでも、やるからには真剣勝負でやらないとねぇ。』


それ以来アスカたちは、暇を見つけてはバレーの練習をしてきた。まあ、多分に泥縄の感が無きにしもあらず・・・ともいえるが。それでも「サインはV」や「アタック!bP」程ではないにせよ、バレーボール経験者のヨウコの協力により、少なくとも昨年よりはましになったといえる。

そして今年は、前衛はアタッカーにシンジと周防、正確さを買われてヨウコはセッターに専念することになり、中盤と後衛はアスカとレイを中心に守ることとなった。


{やれやれ、やっとこれでアスカちゃんの特訓から開放されるなあ〜。}

そう言って、アスカの肩をぽんっと叩いたのは、同じチームでエントリーしている中田さんというろう者だ。現在の宇部新都市聴障会の会長さんで、この春、子供さんが大学に進学している。茶目っ気おじさんという表現がぴったりといった感じの人だ。ちなみに奥さんは、県ろうあ連盟の婦人部長でもある。

{すみません。あたしが無理矢理みんなを練習につきあわせちゃって・・・・}

アスカは中田にぺこりと謝った。

{なーに、気にするこたあない。結構たのしかったよ。まあ、若いもんについていくのはちょいと大変だったけどね。なはははは!}

そういわれては、アスカもますます恐縮してしまう。

すると、

{ほーら、またそうやって若いもんをいじめて!一番本気になって練習してたのは、おまえだろっ!}

そういいながらアスカをフォローしたのは、聴障会副会長の山崎さん。ろう学校時代は、さきの中田さんとはワルガキコンビだったそうだ。中田さんをボケの担当とすると、山崎さんはツッコミの担当といったところか。実際聴障会の運営においても、お互いの役割はかわらない。もちろん二人が漫才をしながら役員会をやっているわけじゃない。

{何を言う!おれはアスカちゃんのがんばりに応えようと思ってだなあ・・・!}

{さっきと手話がちがうぞっ!}

{もー、けんかしないでくださいよー}

二人のろう者とアスカの掛け合いは、このチームの重要なムードメイカーとなっていた。

しめはこのチームのキャプテンになったこの人。

{さあ、それじゃあいきますか!}

周防の合図に、みんなはいっせいに拳を挙げた。


☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆


この大会にエントリーしているのは、全部で12チームだ。予選のリーグ戦を勝ちぬいたチームが決勝トーナメントで対戦することになる。予選がリーグ戦になっているのは、あくまでもこの大会の趣旨がお互いの親睦を目的としているため、最低でも2ゲームは試合ができるようにとの配慮があるからだ。ところが何の因果か、山口のチームと同じブロックになってしまった。

「まさかいきなり同じブロックになるとはねぇ・・・・・。」

開会式の後、壁に張り出された対戦表を見ながらシンジが嘆息する。

その横にはレイがいるが、

「そうね・・・・、でもどうせ叩き潰すんだから早い方がいいわ。」

さらっと言ってのけるあたり、かなり恐いものがある。

「うちと山口のほかは・・・萩のチームかぁ・・・。」

アスカは腕組みをして対戦表をにらんでいた。

すると、

{初めにあたるのは、萩の手話サークルのチームだよ。}

そう言って会話に入ってきたのは、キャプテンの周防だ。

{あ・・・周防さん}

{むこうのチームは女性ばかりらしいよ。ほら・・・}

そう言いながら周防は、さきほど大会本部で渡されたメンバー表をレイに渡した。

{ほんとだ・・・}

するとヨウコが、

{ねー、それじゃあ碇と周防さんが前衛だったら、まずくないー?}

アスカも、

{そうねぇ・・シンジはともかく、周防さんのアタックは結構強力だし・・・。}

あくまでもシンジと周防が前衛というフォーメーションは、対戦相手が強豪チームの場合を考慮されたものである。

{よし、じゃあこの試合はレイちゃんとアスカちゃんが前衛でいこう。ぼくと碇君は後ろに下がるよ。どうだ?碇君。}

{そうですね、それでいきましょうか。綾波とアスカもいい?}

シンジは周防の意見に同調したが、アスカたちの意見も聞くことにした。

{うん。わたしはいいわ。}

{あたしも別にいいわよ。あれ?中田さん達はどこいったの?}

気がつくと先ほどの開会式までは一緒にいた『おっちゃんぐるーぷ』が見当たらない。

{うん・・・みんなは試合が始まるまでゆっくりしたいってさ。歳だから・・・}

そういうと周防は親指をクイクイと曲げた。

{周防さん、いいんですか?中田さんに言いつけますよ。}

レイはそう言って中田たちのところに行くフリをする。

初めてのデートにはアスカに付き添いを頼んだほどのレイだったが、最近ではちょくちょく二人で買い物に行ったりしているらしい。もっともレイに言わせると『周防さんの通訳で一緒に行くの!』ということらしいが、そんなことは誰も信じちゃあいない。ただ、それ以上の進展はないようだ。とはいえ、こういった会話ができるようになったのも、ある意味では進展と言えるのかもしれない。だから今は善しとしておこう。

それでその周防が、

{うわっと!まったまった!レイちゃん、かんべんしてくれぇ!}

などと大袈裟にリアクションを返すものだからシンジもつい、

{ははは、周防さん、綾波の尻にしかれてますねぇ〜。}

と言ってしまう。

すると、途端にレイは真っ赤になった。

「い、い、い、い、いかりくん!な、な、何を言うのよ!」

「あれぇ?綾波ぃ、真っ赤になってらぁ!」

しかしシンジ君・・・調子に乗ってはいけないな・・・・。


どがしっ!


「あんたねぇ!人のこと言えんのっ?!」

突如展開されるアスカの独式ツッコミ>ってなんだ?

「い、痛てぇ〜!なにすんだよアスカっ!うわっ!」

「ほらっ!むこうでウォームアップするわよっ!」

哀れシンジはアスカに引きずられていった。

いまではアスカよりも頭一つ分以上背の高くなったシンジだが、このへんはまったくもってあの頃のままだ。

あとに残ったのは、呆然とする周防とヨウコ。レイには見慣れた光景だ。

「ねー・・・レイちゃん・・・。」

「なーに?ヨウコちゃん。」

「前から思ってたんだけどぉ・・・碇とアスカってさー・・・いろんな意味ですごいカップルってカンジだよね・・・」

「・・・・問題無いわ・・・・たぶん。」


☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆


かくして試合は始まった。

最初の相手の萩市手話サークルのチームは、周防の言ったように女性ばかりで構成されている。

一口にサークルといっても、宇部新都市などのように200人以上の会員が登録されているとこともあれば、地域のろうあ者を含めても10数人というこじんまりしたサークルもある。

そういったサークルは日ごろの学習会はともかく、こういったレクリェーションとなると単独で開催することは難しい。したがってこのような県手連の交流行事を楽しみにしている人たちも多いのである。なかには近隣のサークル同士で連合チームを組んでいるところもあった。

萩市は山口県の北部に位置し、かの吉田松陰をはじめ多くの維新の志士を輩出したことでも有名である。しかし、これは手話や聴覚障害とはほとんど関係無い。>なら言うな!

サークルの規模としては中くらいといったところか。

試合開始の合図とともに、後衛のシンジがサーブを打つ。

もちろんオーバーハンドではなく、アンダーハンドのサーブだ。

白いボールはお互いのエリアを何度も行き来する。

アスカたちは、この試合では前衛に着いている。

しかし、別段積極的にスパイクを打つというわけではない。

お互いのチームが試合を楽しめれば、それでいい。

もちろん、手加減は決してしない。

いくら相手が女性ばかりだといっても、こちらも負けるわけにはいかないからだ。

ただそのためにこの大会の最大の目的である、交流が損なわれるようでは元も子も無くなってしまう。

だからこそシンジと周防を後ろに下げて、自分たちがネットに張り付いているのだった。

中田さん達の『おっちゃんぐるーぷ』も、一生懸命ボールを追いかけている。ときおり足がもつれてぶっこけたり、レシーブがあさっての方向に流れてしまうこともある。そんなときはシンジや周防がカバーにまわった。そして相手に得点を許してしまうと、容赦無くアスカやレイのスパイクが相手のコートに突き刺さった。

この大会は、ローカルルールで15点先取の3セットマッチで行なわれる。

アスカたちのチームは2−0でこの試合に勝った。

試合終了のあいさつの後、お互いの選手がネットのところに集まって健闘をたたえあった。

「今年の宇部新都市のチームは一味ちがうわね。おかげでうちはボロ負けよ。」

にっこり笑ってアスカに握手を求めてきたのは、萩市のチームのキャプテンだ。彼女は県の認定手話通訳者で、役場の福祉事務所に勤務している。

「はい!あたしたち今年は、あのおぢさまをぶっ倒してさし上げる予定ですから!」

アスカも屈託無く笑いながら手を差し伸べた。

「なるほどね。そーゆーことならうちも協力するわよぉ!このあとはすぐにうちと山口の試合だからね。たとえ敵わずとも、おぢちゃんを疲れさせるくらいはできるわよ。ふふっ。」

かくしてあっという間に、共同戦線が確立してしまった。

この綾木氏、嫌われ者ではないにせよ、この人をすなおに好きだという人も少ないのかもしれない。


☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆


萩市のチームはアスカとの約束どおり、懸命に戦った。しかし男性2名を前衛に揃え、容赦なくスパイクを叩き込んでくる山口市には、奮戦むなしく力が及ばなかった。

山口市のチームは、アスカたちのチーム以上にあっさりと萩市のチームを下してしまった。

これで山口市と宇部新都市は1勝同士。勝ったチームが決勝トーナメントに進むことになる。

アスカたちは山口市との試合の前に、円陣を組んだ。


そのアスカはここにきて、いままでと少し違う気持ちが芽生えてきたことに気づいた。

それがなにかは、よくわからない。

決戦を前にして緊張しているわけではないのだが、いままでとは違った、またプレッシャーとも違う、なんとも説明のつかない気持ちがだんだんと沸いてくる気がしていた。

思い出すのは、みんなで練習をしてきた日々・・・。

『なんか・・・・楽しかったな・・・・・』


{さて、いよいよ本命との対決だけど、まあ気楽にいこう。}

周防がみんなに呼びかける。

{とはいえ、この日のためにみんな練習してきたんだからね。なあ、アスカちゃん。}

するとアスカは少しはにかみながら、

{ええ・・・・。まあ、周防さんの言うとおりだけど・・・・。でも、あたし、みんなで練習している時が一番楽しかったから・・・・。}

すかさず中田さんのお言葉が続いた。

{そうだな。でも、どうせならやっぱり勝つ気でいこう!おれも綾木さんとはもう数十年のつきあいだが、たまにはあの男が負けて悔しがる顔を見てみたいもんだ。なあ、やまさん。}

{そーそー!おれたちはそれが楽しみでここまできたんだよ、アスカちゃん!}

{中田さん、山崎さん・・・・・}

アスカはあらためて『おっちゃんぐるーぷ』の顔を見た。中田、山崎以外のろう者も、みんなおんなじ気持ちのようだ。


ぽんっ


「ほら、アスカ!」

不意にアスカの頭に、シンジの手のひらが乗っかった。

「シンジ・・・・・。」

優しく見おろすのは、黒曜石の輝き。

『ふっ・・・・バカシンジのくせにさぁ・・・・・・』

アスカの顔は微笑んでいた。


ぺち・・・


「あたしの頭をはたくなんて、バカシンジのくせに10万年早いわよっ!」

言うより早く、アスカは「よっ」と背伸びをするとシンジの頭をはたきかえした。

するとそれを見ていたレイが、周防のトレーナーをクイクイッと引っ張った。

{じゃあ、戦闘開始だ!}


☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆


いままさにコートの上では、山口市手話サークルチーム対宇部新都市合同チームの試合が始まろうとしている。

その少し前。

萩市のチームを破ったばかりの山口市を率いるくだんの綾木氏が、コートのそばで円陣を組んで気合いを入れたばかりのレイ達のところへとやってきた。

「いよー、宇部の諸君!ちゃんと首を洗ってきたかね〜!」

その声にレイは振り返った。

「やー、綾波ちゃんに惣流ちゃん。今日も奇麗だねえ〜。」

この男、とことんおやぢである。

「こんにちは、綾木さん。今日はよろしくお願いしますね。」

にっこりとレイは挨拶を返す。

さすがの綾木氏も、レイの心の奥は見えていない。

「ん〜〜。綾波と綾木、名前は似てるけど、今日は手加減しないからね〜。」

「はい。でも、お手柔らかにお願いしますね。」

「ぬはははは!、まあ一生懸命かかってきなさいっ!」

それだけ言うと、綾木氏は自分のチームのところへもどっていった。

{わたしたちも手加減しませんから。}

レイは綾木氏の去った方を見つめて『にやり』と笑うと、こんどは周防の方をむいて微笑んだ。

{ね、周防さん。}



{おいっ!周防君!きったねーぞ!なんできみと碇君が前衛にいるんだ?!}

自称山口チームのエース綾木氏は、さっきからネットをはさんで対峙している周防に文句を言っている。むろん真剣に抗議しているわけではないが・・・。

{あれ?これがうちのフォーメーションですよぉ。}

あくまでも周防は、すっとぼけている。

{さっきは綾波ちゃんと惣流ちゃんが前衛だったじゃないかっ!}

{だって綾木さん、真剣勝負で来るんでしょ?だからこっちも、ちゃんとお相手するんですよ。さっきの試合は相手が女性ばかりだったから、彼女たちが前衛だったんです。まあ、綾木さんに敬意を表してってことで。}

{うがーっ!せっかく美人の顔を見ながら試合できると思ってたのにー!}

ここに約一名、忘れられていた不幸な女性がいた。

{ちょっとー!さっきから聞いてたらレイちゃんとアスカのことばっかりでー!ここにもう一人、美人がいるでしょー?!}

断っておくがヨウコとて、そこそこの奇麗どころだ。

慌てる県手連会長。

「あ、いや、その、つまりだねー、どうせなら美人はひとりよりも3人の方がいいからねー!」

ヨウコはまだプンスカ怒っている。

「ほっとけよ林原。傷つけられたプライドは、10倍にしてかえしてやればいいのさ。」

シンジがヨウコに贈ったのは、10年前のアスカとのユニゾンの特訓の時、夕日に向かってアスカが叫んだ言葉だ。

「うー!あのおやぢ、生まれてきたことを後悔させてやるぅぅぅぅ!」


かくして戦いの火蓋は切って落とされた。


最初のサーバーはこちら側。後衛の中田さんのサービスが大きな弧を描いて相手のコートに落下する。レシーブしたのは山口の後衛レフト側の選手。

すかさずセッターがトスを上げる。

山口チームのアタッカーは綾木氏の他にもうひとり。有本さんという法務局に勤務している認定通訳者で、県手話通訳奉仕員連絡会の代表でもある。むかし宇部新都市の法務局に勤務していたこともあり、シンジたちのサークルのOBという人でもある。ほっそりした長身の有本氏と綾木氏は、今大会中もっとも平均年齢の高い攻撃陣だ。

はじめにスパイクしたのは有本氏。ライトから果敢に打ってきた。

すこしトスが流れたために、本来の力ではなかったが、それでもブロックに飛んだシンジの手をはじいてコートの後方にボールが飛んで行く。

{よっしゃ!任せぇ!}

右手を大きく挙げた山崎さんが、必死でボールを追いかける。

手を挙げているのはそのボールに対する「責任」を明確にするためだ。つまり『ゆずりあい』『お見合い』や、『がっちんこ』を極力防ぐための方法である。

アスカたちの練習の7割は、この方法の確立のためといっていい。

ぽーん!

ボールが前衛に帰ってくる。ヨウコの正確無比なトスワーク。

ジャンプ一閃、周防のスパイクが相手のコートに突き刺さった。


ピピーッ!

{「をっしゃぁぁぁぁ!」}


宇部新都市のチームは幸先良く1点を先取した。

{さあ!この調子でいこう!}

すぐに周防の檄が飛ぶ。

山口のチームはまだまだ『余裕のよっちゃん』だ。


「まー、最初っから0点じゃー気の毒だからねー。」


ふたたび中田のサーブ。

レシーブされたボールを、セッターは今度はさっきよりも慎重にトスを上げた。

「往生せいやぁぁぁ!!」

ちょっと危ない掛け声とともに、振り下ろされる綾木氏の右手。

シンジと周防の間を抜けて、ボールがアスカの方へ一直線に向かって行く。

「こしゃくなぁ!」

すかさずアスカが回り込んで、ボールを拾った。

「まかせて!」

大きく手を挙げたレイが、それを繋いで行く。

「ヨウコちゃん、打って!」

「さんきゅー!レイちゃん!」

大きくかがみ込んだヨウコは、全身に力を込めてジャンプすると、一気にパワーを放出し渾身のスパイクを叩き込んだ。さすがは、元バレー部員だ。

ボールはブロックしようとした綾木氏の手にあたり、大きくそれるとそのまま観客席の方に転がっていった。

「林原っ!ナイス!」

シンジの掛け声を聞きながら、ヨウコは転がったボールを見つめている。

周防たちも手を叩きながらヨウコのところにやってくる。自分に次々とハイタッチを求めてくるチームメイトに、ようやくヨウコは自分のスパイクが決まったことを認識した。

「やっほー!!」

ヨウコはレイの手を取ると、ぶんぶん振り回した。

結局スタートダッシュに成功したアスカたちのチームは、次々と得点を重ねて15−10で第一セットをものにした。


第一セットが終わり、第二セットまでのインターバル。

こちらは山口市のチーム。

「いやー、まさか宇部に第一セットを取られるとはね〜。」

予想外の展開に、綾木氏も『してやられたり』の表情だ。

「言いながら喜んでるんじゃないの?綾木さん。ほいっ。」

そういって綾木氏にスポーツドリンクを投げてよこしたのは、有本さん。

「お、サンクス。やっぱりわかるかい?ありもっちゃん。」

「そりゃ、わかりますって。綾木さんのあんな顔、ひさしぶりだあね。」

「たまには骨のあるチームが出てこないとな。なかよしバレーボール大会になっちまうから。」

「それにしても、宇部がそうなるとは、ぼくも思ってませんでしたがね。第二セットでは『世の中の厳しさ』ってやつを思い知らせておきますか。」

なにげなくつぶやいた有本だったが、綾木氏は急に真剣な顔つきになった。

「有本君。きみは気づいたことは無かったか?」

「え?何がです?」

「あの3人。綾波ちゃんと惣流ちゃん、それに碇君さ。」

「・・・・・・・・?」

「彼らを知ってまだ日は浅いが・・・時折、20代の若者とは思えない表情を見せる時がある。ほんの一瞬だがな・・・・・。」


☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆


「それでは、第二セットを始めます。両チームはコートへ!」

主審のコールが入った。

{さあて、このまま一気にやっつけちまおう!たのむぜ、キャプテンさんよ!}

中田さんは周防の背中を勢い良く叩くと、他の『おっちゃんぐるーぷ』とともにコートへと向かった。

シンジも同じように向かおうとしたが、ふと隣のエリアを見ると、山口のチームが円陣を組んでいるのが見えた。綾木氏の表情もどこか真剣な顔付きだ。

「アスカ、ちょっと。」

シンジは、今まさにコートに走っていこうとしていたアスカを呼び止めた。

「どうしたの?」

「うん・・・。思い過ごしならいいんだけど、向こうの様子がなんか気になるんだ。もしかすると、何か仕掛けてくるかもしれない。」

アスカも山口の方に目をやった。

「なるほど、円陣組んでるわね・・・・。レイ!」

レイはすでに周防たちとコートの中にいたが、アスカに呼ばれるともどってきた。

「なに?」

「向こうの様子がおかしいの。ほら、見て。」

アスカに促されて相手チームの方を確認したレイは、即座に状況を判断した。そしてコクンとうなずくと、アスカの顔を見つめた。

「用心に越したことはないわ。レイ、周防さん達に注意するように言っておいて。」

「了解。」

赤い瞳は、きっ・・・と山口チームを見据えていた。


やんぬるかな、シンジの不安は的中した。

山口市のチームが、戦法を変えてきたのである。

それも、がらりと・・・。

さきほどの萩市チームとの試合、そして第一セットまでの山口市チームの試合の進め方は、どちらかというと『ちから技』のチームであった。男性のアタッカーを2人配置して、スパイクをガンガン打ち込んで得点を重ねていく戦法だ(それは、ある意味アスカたちのチームにも言えることでもあるのだが・・・)。綾木氏曰く、『50代のスパイクは、女性相手でも反則にはならない』らしい。

ところが第二セットになってからは、フェイントや猫だまし(綾木氏に言わせると時間差攻撃というらしい)で、揺さ振りをかけてきたのである。

これは、普段からサークルの活動の中で、スポーツ交流というものをきっちりと行なっている山口市手話サークルのチームだからこそ可能なことだ。伊達に優勝候補の筆頭に挙げられているわけではなかった。

いっぽう宇部新都市の手話サークルにおいては、スポーツ交流というものを否定しているわけでは決してないのだが、一口で言えば『ノリ』が悪いのである。だからそんな中で、アスカや周防たちがここまでチームを作り上げたことは、驚くべきことであった。

しかし所詮は付け焼き刃。ここにきて宇部新都市のチームは、急造チームの弱点を露呈することになった。老獪とも言える綾木氏のプレーの前に、コンビネーションはガタガタに崩され、『ゆずりあい』『お見合い』や『がっちんこ』を繰り返してしまい、気がつけば5−15で第二セットを落としてしまった。


☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆


とうとう第三セットを残すのみとなってしまった。良い感じで第一セットを取った後に、最悪の状態で第二セットを取られただけに、アスカたちは意気消沈してしまった。立っているものは誰もいない。シンジも肩で息をしている。レイもヨウコも似たようなものだ。周防もアスカもなんとかムードを取り戻さないと、とは思っているもののその方法が見つからない。審判がちらっと腕時計を確認している。もうすぐインターバルも終わりだ。

するとそのとき、

{なんだ、なんだ?みんな葬式に行くみたいな顔をしやがって。}

にやにやしながら中田さんが突然立ち上がった。

みんなも何事か?と顔を上げる。

{どうした?アスカちゃん。もうバテちまったかい?}

{レイちゃんどうした?元気ださんかい!}

{碇のにいちゃん、そんな顔してたらアスカちゃんに愛想尽かされちまうぞ!}

{ヨウコちゃん、元バレー部の名が泣くぜ!}

中田さんは、一人一人に語り掛けていく。

そして・・・・・

{キャプテンさんよ、リーダーがそんなことじゃあみんな立ち行かねーぞ!}

最後にばんっと周防の背中を叩いて、ワルガキコンビの片割れの方を向いた。

{そうだろ、やまさん!}

山崎さんもゆっくりと立ち上がる。

{そーゆーこった。むかしっからあの綾木のやつは、自分が負けてくると姑息な手を使いやがる。}

そういうことが言えるのは、それだけ綾木氏との交流があればこそなのだろう。

その証拠に非難めいたことを言っているようには全然見えない。

だって顔が笑っているから。

{第二セットは、こてんぱんにやられちまったなあ・・・・・。}

山崎さんは続ける。

{でも、まだもう一セット残ってるじゃねーか。試合は終わっちゃいねーぜ。}

再び中田さんが語りだす。

{おめーたち、なにか大事なことをわすれてねーか?え?}

そのことばにレイとアスカは顔を見合わせた。

{なあ、アスカちゃん。あんた、試合が始まる時にいままで練習したことが楽しかったって言ったじゃないか。おれたちは苦しむために練習してきたのかい?}

アスカはぶんぶんと頭を振った。

{そうさ!楽しむためにやってきたんだろ?向こうのチームを見てみな。みんな良い顔してるじゃねーか。}

中田さんの指差した先には、にこやかに笑いながらふざけ合っている山口市チームの姿があった。

{綾木のくそ親父が言った『真剣勝負』の意味、何だとおもう?}


すると周防が立ち上がった。

{ありがとう中田さん。やっとわかりましたよ。}

そして、

{みんな、立ってくれ。}

さっ・・・と全員が立ち上がる。


{ほんの短い間だったけど、練習は楽しかったよな!}

もうみんなの顔に迷いはない。

{泣いても笑ってもこれが最後だ。悔いの残らないように、とにかく楽しんでこよう!}


{「をーっ!」}





ピピーッ!ホイッスルとともに審判の手が上がる。

最後のセットのはじまりだ。

宇部新都市合同チームの山崎さんがポーンとサービスを打った。

白いボールはぐんぐん上昇し、まさに天井に達するかと思った瞬間、こんどは一気に下降を始めた。

「さわるな!アウトだ!」

綾木氏の掛け声に、レシーバーはさっと体を引いた。

バンッ!

ボールが落ちたのはエンドラインの真上。

線審の旗が、ばっと降ろされた。

{「やったぁぁぁぁぁ!!」}

山崎さんのまわりに、つぎつぎと駆け寄って来る合同チームの面々。

山崎さんは得意げにこう言った。

{見たか!これがミュンヘンオリンピック以来の伝家の宝刀、『猫田の天井サーブ』よ!}

{え!?ミュンヘンですか?}

ドイツ生れのアスカには懐かしい地名だ。

{そうさ。アスカちゃんの生まれた国でオリンピックがあった時に、全日本の猫田選手が相手チームを翻弄した技さ!子どもの頃、ろう学校の先生に習ったんだ。}

驚くアスカの頭をぽんぽんと叩くと、山崎さんは再びボールを持ってエンドラインへと向かった。

アスカたちのチームは、このサービスエースで完全にもとの調子にもどった。



こちらは山口市のチーム。

「連中、生き返りましたね。」

有本は綾木氏の側に行くとそっと耳打ちした。

「ああ、さすがは中田のおやじ。つぼを心得てやがる・・・。」

「だが、シナリオに変更はない!」

綾木氏は「にやり」と笑った。



山崎さんの2回目のサーブ。

こんどはレシーバーが確実に拾った。

いきなり、綾木氏がジャンプする。

『2(トゥ)で打つのかよ!』

シンジがすぐにブロックに飛ぶ!

「甘いっ!」

ところが綾木氏はスパイクせずに、ぽんっとフェイントでボールを落とし込んだ。

「しまった!」

シンジの手の上をゆっくりとボールが逃げて行く。

しかし、シンジの後ろにはレイがいた。ほとんど倒れ込むように飛び出したレイは、だがしっかりとボールにくらいついていた。

「ファーストやるじゃん!」

おもわずむかしの口癖が出てしまったアスカだが、そんなことを気にしている場合じゃない。

「いっけえ!ばかシンジぃぃぃぃぃ!」

アスカのトスが大きく上がる。

『綾波とアスカが繋いだんだ!絶対決めてやる!』

ジャンプしたシンジの、しなやかな体躯が大きくしなる。

鞭のように振り下ろされた右手から弾かれたボールは、相手コートの隅に轟音とともに炸裂した。

「よしっ!」

着地とともにガッツポーズのシンジ。普段の彼からはちょっと考えられないことだが、彼もこの場の雰囲気に完全に飲み込まれていた。

真っ先に駆け寄ったのはやはりアスカだ。

アスカがハイタッチをしてくるだろうと思ったシンジは右手を挙げようとしたが、

どっこい、アスカはシンジに飛びついた。

「シンジ!!」

「あ・・・あの・・・アスカぁ・・・・」

シンジの右手はむなしく空中をさまよっている。

すると突然、

{いよー!おふたりさーん!}

「いーぞー!もっとやれー!ついでに押し倒せー!」

「きゃー!そーりゅーさん、だいたんーっ!」

{いかりのバカヤロー!おれと替われー!}

いつのまにかコートのまわりには、すでに試合を終えた他のチームの面々が集まってきていた。

その中には、宇部新都市聴障会のチームももちろんある。

アスカは自分がどういう状態にあるのか、やっと気がついた。


ぱっちーん!


「あああ、あんたバカぁ?!なにしてんのよ!!」

ばっ!と離れたアスカは、シンジを思いっきりひっぱたいた。

『なんでこうなるのさ・・・・』

思わず涙目のシンジ君は、自分の頬をさすっている。

いまや名物となった、阿吽の呼吸とも言える『夫婦漫才』だ。

会場内は爆笑の渦に巻き込まれる。そしてそれは、みんなが一つになった瞬間でもあった。

試合はなおも続いていく。

山口のチームだってこのままやられているわけじゃない。

しっかり点は取り返す。

するとふたたびアスカたちのチームが追いつく。

どちらのチームが点を取っても、まわりからの喚声は同じように上がってくる。

第三セットは完全にシーソーゲームとなった。


そして、やってくる結末。

ポイントが13−13のタイスコアになったとき、山口チームの有本の打ったスパイクが、懸命にレシーブしようとした中田さんの手を弾いて、大きく外れていった。

大歓声は山口チーム。あと一点取れば試合が決まる。

アスカたちには後が無い。



ぽーん。


高々と上がる山口のサーブ。

確実に山崎さんがレシーブしてヨウコに返す。

ヨウコが会心のトスを上げ、周防のスパイクが打ち出される。

しかしそれは山口にガッチリと拾われた。

相手チームのトスが上がり、スパイクを打ったのは綾木アケミ氏。

同時に周防がブロックにかかる。

ずばぁぁぁん!

ボールはそのままコートを外れ、エンドラインの後方2メートルほどのところに落下した。

当然、線審の旗は上に振られた。

「ああ〜〜〜〜〜・・・・」

がっくりする綾木氏とは対照的に、大騒ぎの宇部新都市合同チーム。

「っしゃあ!これでDUCEよっ!!!!」

ヨウコも盛り上がっている。


と・・・・そのとき・・・・


す・・・・っと周防が右手を挙げた。

ついで左手で、右手の先をとんとんと叩いて、主審にアピールした。

主審は自分の目を疑ったかのように、周防と同じように自らの右手を左手で叩き、確認をする。

{本当です・・・。ワンタッチありました。}

あらためて周防は、そのことを主審に告げた。

ピピー・・・・

「ワンタッチ。ポイント山口、ゲームセット!」

一瞬の沈黙の後、山口チームからは大歓声が上がった。

逆にアスカたちは何が起きたのか訳が分からず、呆然としてしまった。
が、大騒ぎの山口チームが目に入った時、祭りの終わりを知った。

「負け・・・・ちゃったんだ・・・・」

ようやくアスカは現状を認識した。

その時周防が、

{みんなごめん・・・・・・・・・・・。だけど、あのまま黙っているのは、嫌だったんだ。もし、そのまま勝ったとしても、たぶん嬉しくないと思ったから・・・・。ほんとに、ごめん・・・・・。}

沈痛な面持ちでみんなに謝る周防。ふかぶかと頭を下げている。

すると、中田さんがうつむいていた周防の肩を、とんとん・・・とたたいた。

はっ、と顔を上げた周防の前には、微笑みながらハイタッチを待っている綾波レイの姿があった。

{レイちゃん・・・・?}

きょとんとしている周防に、レイは催促するかのように、高く上げた右手をずいっ!っと差し出した。

{ったく、にぶい野郎だな!さっさとレイちゃんの手にタッチしてやらねーか!}

こんどは後ろから、山崎さんの蹴りがはいった。

ようやく笑顔の戻った周防は、ぱあん、とレイとハイタッチ。

勢い良すぎてレイが一瞬顔をしかめたのはご愛敬。

それを皮切りに合同チームのみんなは、次々とタッチを繰り返していく。

その様子を見ていたアスカは、自分の気持ちの中に『試合に負けた悔しさ』が全く無いことに気がついた。

『あれ?負けたはずなのに、なんか気持ち良いよ・・・・・』

昨年までのこういった交流スポーツ大会では、『勝ち負けに関係無く、参加することに意味がある』とだけ思っていたアスカ。それはあのころの『勝ち続けることにだけこだわって』いた自分への自戒を込めた気持ちもあった。

それが綾木氏の一言により、若干の宗旨替えとともに今年の大会に臨んだのであるが、最初の予定ではセカンドインパクト以前から一度も山口の手話サークルチームに勝ったことの無い宇部新都市のチームが、今回初めて宿敵をぶっ倒すというものだった。しかし、結果はセットカウント2−1で惜敗。はっきりいってもくろみは外れたのだが・・・・・。

「アスカっ!なにボケボケっとしてるのさっ!」

気がつくと目の前にはシンジが立っていた。

「いこう。最後のあいさつだよ。」

微笑むシンジの額には、玉のような汗がびっしりと浮かんでいる。Tシャツも汗でびしょびしょだ。

『そっか・・・そおゆうことだったんだ・・・・』

やっとアスカにも試合終了の実感が湧いてきた。そして、なぜ負けたのにすがすがしいのか、ということも。

「シンジ、ひとこと言ってもいい?」

「え?」


ばごっ!ぼごっ!


「いつあたしがボケボケっとしてたってえのよ!」

「あ痛たたたた!なんで口より先に手が出るんだよ!」

ふたたび開演の新喜劇。誰か止めてやれよ・・・・・。

「もをっ!アスカ、いかりー!夫婦喧嘩は帰ってからゆっくりやんなさいよー!」

シンジとアスカがヨウコとレイにひっぱりだされて、やっと両チームのゲームはすべて終わった。

「{ありがとーございましたーっ!}」

双方のエンドラインに並んで、あいさつを交わす。

そのとき、周りを囲んでいた他のチームの連中がいっせいに両手を挙げて、手のひらを力いっぱい振り始めた。


それは、音の無い拍手。


しかし万雷の拍手にひけをとることは決して無い。


☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆


先日の天気予報では、すでに南九州は梅雨に入ったらしい。

まもなくこのあたりにも梅雨前線が到達するだろう。

そのわりに今日は非常に良い天気だ。

おまけに風も心地よい。熱気のあふれた体育館の中よりも、外の方が風がある分ずっと過ごしよい。

そんなわけでお昼の弁当は、外の公園で食べようということになった。

この山口スポーツ文化センターは山口市の郊外にある『明治維新100周年記念公園』のなかにある。センターの他にはテニスコートなどの施設もあり、その間には芝生や並木が整備されている。アスカたちはその一角にある木陰の芝生に陣取っていた。

ちなみに弁当は、大会本部斡旋の仕出し弁当だ。安いのは良いが、値段相応の味である。

突然シンジが持ってきたバッグから大きな容器を取出した。

「いかりー、なに持ってきたの?」

割り箸をくわえたまま、ヨウコがたずねる。

{ん?みんな仕出し弁当だけじゃ足らないだろうと思ってさ。焼きそば作ってきたんだ。}

{まえにサークルの事務局の土井さんが作ってだろ?それを思い出して、レシピを習ってきたんだ。ちゃんと白ねぎの千切りも用意してあるよ。ただし、綾波が肉苦手だから入ってないんだ。肉の好きな人は、こっちに肉だけ別に炒めてあるから好きなだけとってよ。}

そういうと、もう一つの容器を取出した。

「わざわざごめんね、碇君。」

未確認情報だが、最近レイはすこしづつ肉を食べる練習をしているらしい。なぜかはわからないのだけれど・・・。

「いまさら恐縮するなよ。つきあい長いんだしさ。」

「そうよレイ。遠慮しないで食べなさいよ。」

と、シンジとアスカ。

ところがさっそく手を伸ばしたのは中田さん。

{お、この白ねぎのぴりっとした辛さと、焼きそばは合うねえ。}

{どれどれ・・・・・ほんとだ。やるなあ、碇のにいちゃん。}

山崎さんやほかのおっちゃんぐるーぷもつぎつぎと手を出してくる。

{林原も周防さんも早く食べないと中田さん達に全部食べられちゃいますよ。}

{そりゃあこまるな。じゃあヨウコちゃん、遠慮無くいただこうか。}

「はーい!いいなー、碇は料理上手でさぁ〜。ねぇぇぇぇぇあっすかー。」

「べぇ〜だ!」


☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆


{さて、お腹もいっぱいになったし・・・と。アスカちゃん、悪いけどおれたちはお先に帰らせてもらうぜ。さすがに今日は身体にこたえたよ。}

と中田さん。

アスカはきちんと座り直した。

{中田さん、それに皆さん。ほんとうにありがとうございました。半分以上わたしの我が侭から言い出したことなのに、ここまで付き合ってもらって。それにこのたびのこと、すごく勉強になりました。わたしだったらあのときの周防さんみたいなこと、できなかったとおもいます。最近は仕事の方がなかなか抜けられなくって、サークルに顔を出すのが難しい時もあるけど、でも、これからもよろしくお願いします。}

そしてアスカは心の底から感謝を込めて、『おっちゃんぐるーぷ』のみんなに頭を下げた。

{いいってことよ。それよりも来年こそは、綾木のくそ親父をやっつけようぜ。}

{そのまえに、おまえがくたばるなよ!}

{うっせーな!おめーだって、にたよーなもんじゃねーか!}

と、中田・山崎コンビの漫才の余韻を残し、『おっちゃんぐるーぷ』は家路についた。

交代要員のサークル会員たちも、『それならば』と会場をあとにした。

みんなを送った周防は、アスカたちに

{それじゃ、ぼくはちょっと青年部の方に顔を出してくるよ。あっちは予選を突破してるからね。}

「あ、わたしも応援にいきますぅ。」

すぐに同調したのはヨウコだった。

そしてヨウコは、

「ねー、レイちゃんもいこー。」

しかしレイは、

{うん。後で行くから先に行ってて。}

周防は一瞬怪訝そうな表情を見せたが、それよりも青年部の応援の方が気がかりだった。

{じゃあ、先に行ってるよ}

{はい。}

周防はレイの返事にうなずくと、ヨウコとともに体育館にもどった。


そして公園には3人が残った。

ふいに、

「もういいだろう。ぼくら3人だけだ。」

いきなり真面目な顔でシンジはアスカの方を向いた。

「アスカ、トレーナーの袖をめくって。」

アスカはハっとしてシンジの顔を見た。そしてぺろっと舌を出すと・・・

「もしかして・・・・・気づいてた?」

「あたりまえだろ。何年一緒にいると思ってんだよ。」

シンジはアスカの手を取って、そっとトレーナーの袖をめくった。

「ほら、こんなに腫れてるじゃないか。」

アスカの二の腕は真っ赤に腫れあがっていた。無理もない。試合中、後衛を守っていたレイは、両脇の中田・山崎コンビがまがりなりにもレシーブしてくれたため何とも無かったが、中衛のアスカはほとんど自分で守っていたのだ。両脇のおっちゃんを押しのけていたわけではないのだが、綾木や有本のスパイクがほとんどアスカの正面にきたのもその一因だった。

「ごめんよ、ほんとは試合が終わったらすぐに手当てしようと思ってたんだけど・・・。」

ずいぶん素直になったとはいえ、いまだに意地っ張りなところが抜けないアスカのことだ。みんなのいるまえでは決して手当てをさせないだろう、ということはシンジは十分承知していた。

そしてシンジは、もう一つのクーラーバックからアイシング用のパッドを取出した。

「すこし冷たいよ。」

「うん・・・・・きゃっ」

パッドが手に当てられた瞬間、あすかはちいさく悲鳴を上げた。

「アスカ、大丈夫?」

心配そうにレイも覗き込む。

「さすがに、ちょっちね・・・でもひんやりして良い気持ち・・・」

「そう・・・・・。碇君、そのパッドはアスカのために用意してたの?」

なにげないレイの問いだったが、アスカの胸が一瞬どきんとなった。

「べつにアスカのためだけってわけじゃないよ。」

さらっと言ってのけたシンジ。アスカの頬がちょっとふくれた。


「でも、アスカには絶対必要になると思ってたから。」


シンジはアスカの顔を見つめた。

そしてにっこり微笑む。

「アスカは・・・・・練習の時からずっと真剣勝負だったからね。」

『ありがと・・・・シンジ・・・・・』

と思っても、レイの前ではなかなか口には出せないアスカだが、そのへんはレイも心得たものだ。

「碇君がいれば大丈夫みたいね。それじゃ、わたしもヨウコちゃんの所に行くわ。」

アスカもちょっと意地悪をしてやる。

「レイ。」

「なあに?」

「すなおに周防さんのところに行くっていいなさい!」

「そうとも言うわ、じゃあね。」

この勝負、うっちゃりでアスカの負け。

悪戯っぽく笑ったレイは、ぽかんとした顔のアスカとシンジに手を振ると体育館に走っていった。


きょうは梅雨入り前の日曜日

今週の金曜日、彼らは第3新東京市に帰る。


後編につづく


なんやなんや!第八話はわいが主人公やったんと違うんかい?!(byトウジ)

うっさいわね!後編までまってなさいよ!!(byアスカ)

しかし、今回のお話は何だったんだろ???(byシンジ)


すんません。身内ネタっす・・・。なお、登場人物の中に実在の人物と非常によく似た名前の人が出てきますが、あまり関係ありません(笑)。

(by創)


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