まぁ〜ったく・・・・元気だしなさいってぇのよっ


そりゃあさぁ・・・そのおじいさんの境遇はわかるけどさ・・・


あんたがひとりで悩んだって、どうしようもないじゃん


それに・・・もっとひどい境遇の人は・・・この世の中にはたくさんいると思うよ・・・


そんなに気になるんだったら、休みの日とか面会に行きなさいよ


あたしも・・・自分のおじいさんって・・・知らないしさ・・・だから一緒に行ってもいい・・・かなって・・・


それに九州の手話も教えてもらえるんでしょ・・・


レイだってきっと、おんなじ事言うと思うんだ・・・


だから・・・・さ・・・・・



























第七話

春よ来い





『ん・・・・もう朝か・・・・』



カーテン越しに、やわらかな朝の光が部屋の中をつつむ。

その光が彼女の黄金色の髪を取り込もうとした時に、いつもとは違う天井が目に映った。



『あれ?』




















『そっか・・・・・シンジの部屋だった・・・・・・ここ・・・・・・』



ベッドの傍らには『10年来のクサレ縁(彼女談)』が、『どう考えても幸せそうな顔(彼女の主観)』で眠っている。



『なによ、このあいだはあんなに落ち込んでたくせにさ・・・・』

そう思うとちょっと腹が立ってきた。


ぐりぐりぐり・・・

あくまで軽くではあるが、ゲンコツでシンジの頭をぐりぐりしてやると

「う・・・ん・・・」

眠ったままのしかめっ面でシンジがうなる。


『おっとっと・・・』

慌てて手を引っ込めて、様子をうかがっていると・・・。


「すー・・・・・」

再びシンジは幸せそうな顔で、ひとり夢の国へと旅立っていく。

まあ、他人にとってはどうでもいい事なのでこのあたりまでにしておくが、少なくともこの悪戯はあと数回続いたという事だけは報告しておこう。










それから数十分後・・・・










コトコトコト・・・・・・・

キッチンでは、コンロにかけたお鍋が規則正しくリズムを取っている。

とんとんとん・・・・

それとシンクロするように、まな板の上の包丁がタップを刻む。

料理人はなんだか鼻歌なぞ口ずさみながら、おたまと小皿を取出すと味噌汁の味見をしてみる。

『ん、OK!』

料理人と呼ばれるには、もうすこし修行が必要かもしれないが、それでも指導者の腕が良かったので、朝食ぐらいは朝飯前である・・ってあたりまえだな、食べる前に作るんだから。

そうこうしているうちに、まな板の上での作業も終わり、手慣れた手つきでこんどは豆腐を手のひらに乗せて、桝目にきってやる。休日の朝食はいつも彼女の当番だ。

なぜかって?
それは・・・お見込みのとおりである。

そして、最後に豆腐とワケギをお鍋に入れるとコンロの火を落とした。



『さあて、そろそろ起こしてきますか・・・』

そういって、エプロンを外してダイニングの椅子の上に置くと、忍び足で寝室へと向かった。

























「シンジ、起きて。」

























「す〜・・・・・むにゃ・・・・・」

























「ごはん、できてるわよ。」

























「・・・・・・・・・・・・・・・・」


























『む〜!こおいうときはぁ・・・・・!』




















ぎゅ・・・






















「ん・・・・・」










































「ぶはぁっ!」

























「ようやくお目覚めね!バカシンジ!」












みるとベッドのわきには、両手を腰に当てたアスカがにっこり笑っていた。


「な、なんだよ、窒息するかと思った・・・・・ふぁ・・・」


シンジはむっくり起き上がると、思いっきり背伸びをした。


するとアスカは、

「休みの日だからって、いつまでも寝てたら市民に対して申し訳ないとは思わないのっ?」


それはないと思うが・・・そんな事いわれた日にゃ作者も困るぞ・・・・・・。


「アスカ、・・・・・君が何言ってるのか僕にはわからないよ・・・・」


うんうん・・・・>作者自己弁護。


「いーから、早く顔洗ってきなさいよ。」

ぼふっ・・・



アスカはシンジにタオルを投げつけると、ダイニングに戻っていった。




「また・・・・・アスカに元気づけられちゃったな・・・・・」

シンジはそうつぶやくと、タオルを首にかけて洗面所へといった。





顔を洗いおわってキッチンへとやってくると、味噌汁の香がお腹を刺激する。第3新東京市に居た頃は洋食中心だったアスカも、いつのまにか朝の味噌汁は欠かせないものになってきていた。
もともと4分の1は日本人の血を持つ彼女であるし、なによりもここが、いまの彼女にとっては一番落ち着く場所だからである。

「おいしそうだね。」

シンジはタオルを首に引っかけたまま、テーブルにつく。

「お茶碗とって。」

「ん、はい。」

アスカはシンジから茶碗を受け取ると、炊き上がったばかりのご飯をよそってやる。なかなかの手つきだ。

そのあいだにシンジは味噌汁を2人分お椀についでいる。こちらはもう、言うまでもないだろう。

そして、恒例のユニゾン。

「「いただきま〜す。」」

まずは味噌汁を一口・・・

「ず・・・・」

「どう?お出汁濃くなかった?」

べつに味付けに自信が無いわけではない。それでもそういう風にたずねるのは、アスカの心の優しさを表わしているといえる。

アスカは幼い頃から大変な努力家だった。しかしそれは、常に『誰にも頼らないでも生きて行ける、強い自分。決して泣かない、決して誰にも負けない選ばれた天才少女。』を維持していくための危うい綱渡りであった。そして、そのことは誰にも知られてはいけない。知られてしまう事は、すなわち自分の弱さを露呈する事になってしまう・・・と思い込んでいた彼女は、その綱が切れてしまった時、心を壊してしまった。

そして復活・・・。だが、かりそめのものは、やはり脆いものだった。

彼女が本当に『惣流・アスカ・ラングレー』として生きることが出来るようになったのは、その努力のベクトルを自分のためだけではなく、別の方向に向ける事が出来るようになったからである。

料理を作る事・・・それもその中の一つであった。

もっとも『ハンバーグ』だけは、決して自分では作らないのだそうだ・・・


「ううん、おいしいよ。アスカも味噌汁作るの、ほんとに上手くなったね。」

にっこりと微笑んで答えるシンジに、とびっきりの笑顔をアスカもかえす。なにげない朝食の時間も、これだけでずいぶんとはなやぐというものだ。

「そういえばさ、このたびの学会って名古屋であったじゃない。所変われば品変わるって言うけど、名古屋の食べ物も変なものばっかりなんだから。」

食べ物の話しときいて、シンジは箸をとめるとアスカの顔を見た。あくまで料理の達人としての興味である。念のため。

「向こうの人ってさ、とんかつにもお味噌を付けて食べてるの。おまけに赤出汁のお味噌汁に平べったいうどんを入れてんのよ!もう、信じらんない!」

それを聞いたシンジは思わず苦笑する。

「ああ、それミソカツっていうんだろ。聞いた事あるよ。それに、平べったいうどんは『きしめん』って言って名古屋の名物だよ。味噌煮込みだったかな?ぼくもまだ食べた事はないけどね。」

「ふ〜ん、へんなの。ま、ミソカツは結構美味しかったけどさ。」


それからしばらく、アスカの『土産話』は続いた。


「「ごちそうさま〜」」


食事を終えるとシンジは食器を洗いはじめた。それは、朝食を作ってくれたアスカに対する『御礼』でもある。
知らず知らずのうちに、二人の間では分業が本当に自然にセットアップされていった。エヴァに乗っていた頃の、葛城家での『幻の当番表』のことを思えば、現在の二人の信頼関係がうかがえるというものだ。ただ、改めて断っておくが、今の二人は同居はしていない。そこのところ、よろしく。

洗い物を済ませたシンジは、テーブルで新聞を読みながらお茶を飲んでいたアスカに(ここらあたりが、この二人らしいが・・・)声をかけた。

「あのさ、アスカ。今日は何か予定ある?」

シンジの問いに新聞をテーブルに置くと、湯飲みのお茶を一口飲んでアスカはシンジの顔をじっと見つめる・・・が、顔は明らかになにかを期待していた。


「ひさしぶりに、二人で出かけない?」


その時のアスカの表情は・・・・・内緒にしておこう。

たた、二つ返事でOKした、とだけお伝えしておく。


「それでどこに行くの?」

「うん、そろそろ桜も満開だと思うんだ。お正月からこっち、学会の準備でアスカもろくに休んでなかっただろ。お花見に行かない?」

「いいわね、それじゃあたしの車で行こう。気候も一番良いんじゃないかな。」

「すこし遠いけど、いい?」

「もっちろん。いざとなったらシンジが運転してくれるんでしょ?」

「OK。アスカさえ良ければ。」

「じゃあ決まりねっ。服を着替えてくるから、30分後に出発しよう!」

「りょーかい。」



実はアスカも車は持っている。普段はシンジの車で移動する事が多いのだが、研究室での実験がどうしても不定期になってしまうため、この街に来てすぐに車を購入した。ちなみにレイは、マンションから短大まではマウンテンバイクで通勤している。

かつて、アスカと同居していた葛城ミサトは、ネルフ随一の『カーマニア』として有名だったが、アスカもシンジもさほど車に興味はなかった。『ただ、足代わりになればいい』。それで、シンジが選らんだのは、国産のステーションワゴン。では、アスカの車は?というと・・・

アスカも初めは『足代わり』の車を物色していたが、なかなかこれといった車はなかった。そんなある日、買い物に出かけていた先で、ふと目に付いたのはカーショップの奥においてあった一台の赤い車。なんとなくその車が気になったアスカはそのショップに入ってみた。

それは、セカンドインパクトよりも前に発売された国産の2シーターのオープンカー。リトラクタブルライトをポップさせた時のフロントマスクは、どことなくボケボケっとした表情でアスカに微笑みを投げかけているように思えてきた。おもわずアスカも優しい表情になってくる。スポーツカーにありがちな、刺々しさは感じられない。ところが試乗してみると、そのタイトなコクピットには地面からの情報が的確に伝わってくる。切ったら切っただけノーズを振ってくれるステアリング。手首の返しだけでキチっと決まるクイックシフト。操つるものとの一体感。『やさしさと繊細さとスポーツマインド』そんな感触が渾然一体となって、ドライバーに伝わってくる。なによりもソフトトップを開放した時の爽快感は、決して他の車では得られない、オープンカーの特権である。

アスカは速効で購入を決めた。



そして30分後。マンションの駐車場にはブラックジーンズにホワイトのポロシャツ、薄手のウインドブレーカーを着こなしたシンジがアスカを待っている。

ほどなく、薄いピンクのシャツのほかは、おそろいのブラックジーンズにウインドブレーカー、金髪をラフに束ねたアスカがやってきた。その手には、指先を切りつめた本皮製のドライビンググローブがはめられている。

「おまたせ!」

ドアを開けてドライバーズシートにからだを滑り込ませたアスカは、まずソフトトップとフロントスクリーンのロックを解除する。コクン・・・と音がしてトップのテンションが解除された。

次にからだをひねって、リアスクリーンのジッパーをジィーっと下ろしていく。

この車をオープンにする時には、必ずこの手順を踏まなくてはいけない。

先にリアスクリーンのジッパーを下ろそうとすると、そのうちトップのテンションにより、ジッパーが壊れてしまう。閉じる時は、必ずこの逆の手順で行なわなくてはならない。古き良き時代のオープンカーに比べるとずいぶんと『普通の車』の部分が多くなってはいるが、それでも『オープン2シーター』としての約束事はたくさんあるのだ。

そして幌をゆっくりとたたんでいくと、駐車場にオープンのユーノスロードスターがその全容をあらわした。最後にたたんだ幌をカバーで覆えばスタート準備完了である。

「じゃあ乗って。」

「OK。」

ついでシンジもその助手席に搭乗した。

そして、おそろいのキャップをかぶるとアスカはイグニッションキーをひねった。





マンションを出発したロードスターは国道を東へとひた走る。

4月の風はまだすこし肌寒かったが、それでも開放されたコクピットは少しも気にならない。

山陽自動車道を徳山東のICでおりると、瀬戸内海を右手に見ながら海岸沿いにゆるやかなワインディングが続いていく。きらきら光る春の海の上を、潮の香がわたってきた。

そうして出発から約2時間半ほどで、八代島にかかる橋のたもとへとやってきた。

島にわたる前に、橋の手前にある料金所の駐車場で、しばしの小休止をとることにした。


キャップを脱いでレイバンのサングラスをはずし、センターコンソールにそれを置く。

そうしてあたりを見回していたアスカは、

「ずいぶん遠くまで来たわね・・・」

と一人つぶやいた。このあたりまで来たのは初めてだ。

「だいじょうぶ?疲れてない?」

自分から誘っただけに、シンジも心配してアスカにたずねたが・・・

「はん!このくらいで疲れるようじゃ、この車に乗ってる資格はないわ!」

にっこり笑ってアスカが返す。

「・・・・なんだかアスカって、最近ミサトさんに似てきつつあるよね・・・・」

ぼそっとつぶやいたつもりだが、アスカは聞き逃さない。

「なんか言った?!」

「あ、いや、その・・・ほら、ここからもう少し行ったところみたいだから!」

あわててシンジはロードマップをアスカに指し示した。

「ふ〜ん・・・・・・・・・・・・・じゃ・・・・」




























「GEHEN!!」




















ドキャキャキャキャキャ・・・

「だから言ったんだ〜〜〜!」

(注意!よいこはまねをしないように!!)

































島にわたってからはアスカの運転も通常モードにもどったため、ほっと一安心のシンジ。

しばらくいくと、三叉路が見えてきた。

「あ、あそこを右だ。」

「Ja!」

交差点を右折して更に進むこと、しばし。

とつぜん視界が開け、紺碧の瀬戸内海がひろがった。

ずぅっとつづく白い砂浜と、青い海。そしてそれは、そのまま青い空へとつながっていく。

「「うわぁ〜」」

「きれいねぇ・・・・あそこにリゾートホテルもあるわ。」

「うん。結構有名なホテルらしいよ。」


しかし、今日の目的は『お花見』のはずだが・・・・



「シンジ、肝心の桜はどこなの?」

「えーっと・・・」

ふたたびロードマップを取出して、シンジはあたりの景色と見比べていたが、

「あっ!ほら、あそこだ!」

「え?」

シンジの指差した方には、海岸沿いに続いている桜の並木道があった。

「3時の方向、距離500」

二人の乗った車は、そのノーズを『桜の道』へと方向を変えた。








車がやっと離合出来るくらいの道の両脇に、ひたすら桜の木が並んでいる。

満開の桜の隙間から時折差し込む日光は、舞い散る花びらとともにアスカとシンジを包み込んでゆく。それは、なんともいえない不思議な感覚を呼び起こしそうになる。

「すごい・・・ほんとうに桜のトンネルだ。」

「ほんと・・・これほどとは思わなかったわ・・・」

さきほどからシンジはずっと上を向いたままだ。

「この車で来たのは正解だったね。」

「え?ええ・・・そうね・・・」

じつはアスカはシンジほど桜を堪能しきれていなかった。

それもそのはず。アスカには『車の運転』という大切な仕事がある。おまけに、この道は結構散策している人々が行き交っていた。なかには、さきほどのリゾートホテルの宿泊客も何人かいるのだろう。

まあ、それを差し引いてもこの『桜のトンネル』は、心を満たすには十分だった。

しばらくいくと、やがて駐車場が見えてきた。アスカはゆっくりとロードスターを乗り入れた。

車を停めて、イグニッションをカットする。

すると、波の音に混じって、ときおり山手の方からは小鳥のさえずりが聞こえてきた。

おだやかな、春のお昼時である。

「このうえに、展望台があるみたいなんだ。」

「へえ・・・。シンジ、ここに来た事あるの?」

すると、シンジはゆっくりと首をふって

「いいや、このあいだ職場の先輩が教えてくれたんだ。『いちど、彼女を連れていってやれ』って。」

「ふ〜ん・・・(へへ・・・『いちど、彼女を連れていってやれ』だって・・・)」

ステアリングを握ったまま、アスカは一人にやにやモードに入っていく。

が、

ふと気がつくとシンジが自分を見つめていたのに気がついた。

あわててアスカは、

「な、なによ。」

すると、

「思い出してたんだ。アスカに初めて会った時の事。」

「え?」


シンジは静かに語り出す。


「この車が赤いっていうのもあると思うんだけど、運転しているアスカを助手席から見てるとね、二人で弐号機に乗ったときのことを思い出したんだ。」

「シンジ・・・・・」




























『ねえ、なんでぼくまでプラグスーツを着なくちゃなんないんだよ?』

『だ・か・ら!あんたも一緒に来るのよっ!』

『あれ?バグだ。』

『もう!ちゃんとドイツ語で考えなさいよ!』

『う、わかったよ・・・ばあむくうへん!!』

『ばかっ!思考言語切り替え!日本語をベーシックに!!』

『だめだ!このままじゃ・・・なんとかしないと・・・』

『だらしないわねぇ!サードチルドレンのくせにっ!』

『『開け!開け!開け!開け!開け!開け!開け!開け!開け!』』







































「アスカがいてくれるおかげで、ぼくはぼくであることが出来る。ほんと、アスカには感謝してるんだ。こんな風に言葉で済ませてしまうのはあまり好きじゃないけど、いつわりのない気持ちなんだ。」

「こっちにきて、綾波の影響で手話の勉強を始めて、センターで通訳で呼ばれるたびに『特別な事をしているわけじゃないのに』って思いながらも、どこかそのことを自慢したくなるような、誰かに認めてもらいたがっている自分がいて・・・今回の佐々木のおじいさんの事ではっきりとそのことがわかったんだ。それで、勝手に落ち込んじゃって・・・・。」

「だけど、アスカがその気持ちを吹き飛ばしてくれた。アスカはいつもぼくに元気をくれるね。」



「ありがとう、アスカ。」













「シンジぃ・・・・」







































そのとき、サファイヤはひとつぶの滴を流した。

アスカはあわててサングラスをかける。


「そ、そうよっ!あんたは常にあたしが発破をかけないと、ひとりじゃなんにもできない情けない奴なんだからねっ!」

「うん・・・・ごめんよ・・・・・・」

「あ、謝ればいいってもんじゃないのよっ!」

「うん・・・わかってる。」

「ほ・・・・・ほんとにわかってんの?!」

「わかってるよ、アスカ。」

「バカシンジの・・・くせにぃ・・・」

「うん・・・・・・・・」



やがて、ひとつになるシルエット。

4月の風は、桜の花びらとともにさやかに吹いていた。














ブロロロロロロ・・・・・・・・・

ふいに聞きなれたエキゾーストノートが近づいてきた。

思わず音のする方を見ると、クリスタルホワイトの『ボケボケっとした顔』が駐車場へと進入してくるところだった。

「あ、アスカとおなじ車だ!」

「ほんと!」

ただし、オープンではなくボディと同色のハードトップを装着している。

白いロードスターはこちらに気がついたのか、アスカの車の横まで来るとエンジンを切った。


カチャ・・・・


中から現れたのは、意外にも初老の紳士とそのつれあいであろうか、品のよさそうな老婦人だ。

シンジとアスカは顔を見合わせた。

すると、その紳士が二人に向かって軽く手を上げながら、

「やあ、こんにちわ!」

と、近づいてきた。

思わぬ展開にアスカも少々面食らいながらもつられて挨拶を返す。

「こ、こんにちわ・・・・」

「いやあ、まさかここでロードスターに出会うとは・・・・これも春の珍事ですかな?ははは・・・」

唖然としているアスカたちにはおかまいなく、紳士はアスカの車のまわりをぐるぐるまわりながら勝手にインプレッションを始めた。

「ほう、これはこれは・・・・ホイールはオリジナルのままですな。それに・・・・・タイヤはピレリですな。どちらかというとミシュランの方がこの車には合うとわたしは思いますよ。あ、ちょっとライトを上げてもらえますかな?」

「へ?あ、は、はい!」

われにかえったアスカは、あわててルーバーの真ん中にあるヘッドライトのポップアップスイッチをおした。

ウイン・・・カチャッ

「なるほど、シビエに交換してありますな。純正はシールドビームですからなぁ・・・・」

ここにきて、ようやくアスカも状況を把握してきた。

『なによ〜!このおじいさん!』

しかし、インプレッションはまだまだ続く。とうとうエクステリアからインテリアへと言及しはじめてしまった。

「ああ、ステアリングとシフトノブはナルディのウッドですな。ふむふむ、シートもそのままと・・・・。」

アスカが一言いってやろうとしたその時、老婦人がようやく止めに入った。

「あなた、もういいかげんになさいな。お嬢さんも困ってらっしゃるじゃないですか。」

「あ、これはとんだ失礼を。いやいや、この車を見かけるとついついこうなってしまいましてな。」

紳士はロマンスグレーの髪をかき上げながら一人笑っていた。

その笑顔は、まるで母親に悪戯を咎められた子どものよう。

「・・・・・・・・くすっ・・・」

先ほどまでは怒っていたアスカも、いつしか優しい顔になっていた。





いきなり現れた謎の老夫婦であったが、シンジとアスカはいつのまにか意気投合してしまっていた。

アスカは紳士と一緒にお互いの愛車について熱く語り合っている。

「いや、本当にいきなり失礼いたしました。実はわたしは若い頃からあの車に乗っておりましてな。セカンドインパクトの時にもあの車だけは絶対に手放さなかったんですよ。」

そういいながら、自分の車を見つめる紳士の眼はまるで自分の子ども、いや、老婦人には失礼だが『恋人』に向けられた眼差しとなっている。

「結婚して子どもが出来てからもあの車は手放さないものだから、とうとうもう一台車を買うはめになりましてな。おかげでうちの家計は火の車で、家内にはいつも小言を言われてましたよ。このロードスターという奴はそういう車なんですよ。家内にプロポーズしたのもこの車の中でしたし、もちろん会社にもこいつで通勤していました。もっとも先月で定年退職しましたがね。」

「そうなんですか。わたしも研究室に通う足代わりの車を捜している時にこの車にであって、『一目ぼれ』したんです。」

「あっはっはっは・・・『一目ぼれ』ですか、こりゃあいい!」


こちらは老婦人とシンジ。

「ごめんなさいね。せっかくの恋人とのデートの時間を邪魔してしまって。」

「いいえ、邪魔だなんてそんな。」

「あのひと、去年ひとり娘が嫁いでいってしまったものだから・・・・まるでアスカさんが自分の娘みたいに思っているんですわ、きっと。」

そういう老婦人もきっと同じ気持ちでアスカの事を見ているのだろう。なんとなくシンジはそう思った。

「アスカも楽しんでいると思います。ぼくたち二人とも幼い頃は、家族というものに恵まれませんでしたから。」

シンジの言葉を聞いた老婦人は、

「そう・・・ご苦労なさったのね。」

しかしそれは、『同情』といったものではなく、乗り越えた者への『ねぎらい』といった感じだ。

「そうかもしれません。でも、あの頃の事があったから、今のぼくたちがあると思っていますから。」


「・・・・・シンジさん。アスカさんを大事にしてあげてくださいね。」

「はい。」

シンジは老婦人の目を見つめて、はっきりと応えた。

もし、アスカの母親が生きていたら、シンジにはどんな言葉をかけていただろう。



そして、わかれのとき。

老紳士は車に乗り込む前にアスカに言った。

「アスカさん。ときどきは今日のように車に遠出をさせてやりなさい。たしかに古い車は大事に扱わなくてはいけないが、車として生まれた以上、走ってこそその価値があるというものなのだよ。その車の年齢に合った走らせかたというものがあるのだからね。」

「はい!」

「あと、エンジンオイルはこまめに換える事だ。とくに普段通勤にしか使わない車はね。それから、ミッションオイルも5.000キロごとに換えてやると、コンディションが保てるから。」

「よくわかりました。」

老婦人もシンジに言う。

「シンジさん。アスカさんの事、お願いしますね。お幸せに。」

「ありがとうございます。おふたりもいつまでもお元気で。」


二人を乗せたクリスタルホワイトのロードスターは、名残惜しそうに真紅のそれに別れを告げると、しずかにアスカたちの前から去っていった。





「なーんか、妙な夫婦だったわね。」

そういうアスカも、どこか寂しげだ。

「そうだね。」

「ねえ、あの奥さん、最後になんであんなこと言ったのかな?」

「あんなことって?」

「だ、だから、その、シンジにあ、あたしのことをお願いしますって・・・・・」

やはり自分で言うのは恥ずかしいらしい。

「さて、どうしてかな?」

にっこり笑ってシンジが返す。

「まったく。シンジの面倒見てるのは、あたしの方だってのにさ・・・。」

「そうだったね。」

少し膨れっ面でぼやくアスカに、シンジも苦笑する。

「あ〜あ、こんな『万年謝罪男』の面倒を一生見なくちゃならないなんて、あたしこそ悲劇のヒロインよね〜。」

「ほんと、そんな奇特な女性はアスカしかいないよ。」


「え?!」

思わず惚けた顔になるアスカ。


次の瞬間シンジは駆け出した。

「展望台まで競争だ!」

アスカもわれにかえる。

「あ゛っ!待ちなさいよ!!」

「やーだねー!」

「くおんのを!ぶわぁかしんじがぁぁぁぁぁ!!!!!」

すでにシンジは遥か先を走っている。

「アスカぁ!早くこいよー!」

「言われなくっても行くわよっ!ぶっ飛ばしてやるから、そこでまってなさいっ!」



さっきの老夫婦は、花咲かじいさんの化身だったのかもしれない・・・・・

なんてね・・・・(by創)



老人福祉編完結です。

次は熱血車椅子バスケ編だっ!!



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