第伍話:Cpart

正月だな。ああ、問題無い。

(作者注・{}は手話の会話)


かつてのエヴァンゲリオンと使徒との戦闘により兄弟の増えた芦ノ湖。

そのなかの一つを見下ろす小高い丘の上にある一件の家。
そこに住んでいるのは、ほかの女性よりもすこしだけお酒の好きな妻をもつ家庭菜園をこよなく愛する無精ひげの男性。そして二人の間に生まれた元気な男の子の3人家族。
そこには毎年暮れになると一組の若い男女がやってくる。もちろん彼らは昨年の暮れもやってきて、このうちで新年を迎えた。


霊峰富士山に今年初めての朝日が射した。第3新東京市の新年は雲一つ無い晴天ではじまった。



3人の親子と一組の男女は、しばらくの間お節料理を食べたりお屠蘇を飲んで、他愛も無い世間話をしていたが、そのうち小さな男の子はだんだんと大人達の会話に飽きてきたようだ。




「ねーねー、アスカおねーちゃん。あっちのおへやであそぼーよー!」

しびれを切らした男の子はさっきからアスカの上着を引っ張りまわしている。

「こらこら、なにしてるの?ヨウスケ。」

お猪口をテーブルに置くとミサトはヨウスケの頭をこつんとたたいた。

「だってー、おかーさんたちのおはなしきーててもつまんないもん・・・・・・」

ぶうっと頬を膨らませて息子は母親に抵抗する。するとアスカがヨウスケを自分の膝の上にヨッと抱き上げた。

「そうよね、ヨウスケにはまだわかんないよね。よし!じゃあおねえちゃんと遊ぼっか?」

するとヨウスケは、にぱっと笑ってアスカの方を振り向いた。

「あのね、くりすますにおとーさんがげえむをかってくれたんだよー!」

「そのゲームする?」

「うんっ!ねー、おかーさんもいっしょにやろーよー。」

なおも執拗に息子は母親を呼び続けるが、母親の答えは期待したものとは違っていた。

「だーめ、おかあさんはいま大事なお話してるの。」

「ぶぅー・・・・」

ふたたびいじける、いたいけな瞳。しかし、救いの手をさしのべたのは、ほかならないシンジだった。

「ミサトさん、遊んであげなよ。ここんとこ、ずっと忙しかったんでしょ。」

さすがのミサトもこの一言はチョッチこたえたらしい。

「シンちゃん・・・・・・・・・。そうね、お正月だもの・・・・ごめんねヨウスケ。じゃあアスカおねえちゃんとおかあさんと3人で遊ぼう!そ・の・か・わ・り、手加減しないわよん。」

なんだかんだ言ってもこのあたりは、さすが往年のネルフ作戦部長である。しかしその息子も『さりとてはの者にてそうろう』といったところだ。

「それはこっちのせりふだよ。」


「おーおー、いっちょまえにぃ!」

そういうとアスカはヨウスケの手をひいて隣の部屋にむかった。

「やれやれ・・・」

ともあれミサトはこのかつての同居人達の心遣いに感謝した。

「ありがと、シンちゃん、アスカ。」

「おかーさんはやくーーー!」

「はいはい!」






部屋にはシンジと加持の二人が残った。

「そうですか・・・・副司令が退官されるんですか。」

「ああ、冬月さんも、もうお歳だからな。それにネルフもかつてのネルフとは違う。」

そういうと加持はくいっとお猪口を空ける。シンジは徳利を取ると酒を注いだ。

「それじゃあ、後任はどなたが?」

「おそらくリッちゃんだろう。以前のネルフならともかく、いまは国連直属の災害対策支援研究機関だからな。技術部のウエイトが必然的に高くなってる。作戦部も無くなったしな。ま、これも平和になった証拠さ。みせかけかもしれんがね。」

「加持さんも、あいかわらずシニカルですね。」

「そう見えるかい?」

「ええ。」

こんどは加持が徳利をさしむける。

「さて、無粋な話はこのくらいにしておこうか。シンジ君、もう一杯どうだ?」

「いえ、もう十分です。真っ赤な顔で父のところにいくのもなんですから。」

「それもそうだ。・・・・ときにシンジ君。」

そういうと加持は徳利をテーブルに置いてソファーに座り直した。

「シンジ君たちが毎年帰ってきてくれるおかげで、俺もミサトも世間並みの正月をおくることが出来る。ほかに身寄りがあるわけじゃないしな。しかしシンジ君は、お父さんのところで年を越さなくてもいいのかい?」

「加持さん・・・・・」

「・・・・・気兼ねしてるのか?・・・・・・」

加持は『リッちゃんに』とつづけようとしたが、それは口にしなかった。

「加持さんの・・・・・おっしゃることの意味はよくわかります。でも気兼ねとか、そういったものはぜんぜんありません。」

はっきりと言い切るシンジ。

「なにかほかに、理由があるのかい?」

ところがその問いに、急にそわそわしだしたシンジ君。

「そ、その・・・なんてゆーか・・・」

シンジはそういうと、さきほどテーブルに置いたお屠蘇をぐいっと飲み干した。

さっきは断ったくせに・・・

「ちゃんと・・・・してからのほうが・・・・・いいかなー・・・・なんて・・・あはは・・・はは・・」

緊張率400%である。

そのとき隣の部屋から聞こえてきたのは・・・・

『なにやってんのよ、ミサト〜、ほんっとに下手ねぇ〜・・・・・』

おもわず知らない天井を見上げるシンジ君(笑)。

ひとはそれをバレバレとぞ、いひける。

加持は、すべてを理解した。(べんべんべん!)

「そうか・・・いやぁ〜そおかぁ!こりゃあまいった!無用の心配だったな!」

シンジの肩をバンバン叩く加持。シンジは耳まで真っ赤である。

「ちょっ・・・大声出さないで下さいよ!」

「で、もう彼女には言ったのかい?」

「いいえ、まだ。アスカには・・・・まだ研究が残っていますから。」

そうは言うものの、その漆黒の瞳の奥には揺るぎ無い決心が見て取れた。子供の頃の脆弱さは微塵も感じられない。

『いい男になったな・・・・シンジ君。』

ところが素直じゃないのが加持リョウジという男だったりする。

「おや?俺はアスカの名前を言った覚えはないぞ。」

「加持さん!!!!」

結局、いいように手玉に取られる碇シンジ君だった。

「もぉっ!絶対に内緒ですよ!!」

「いや〜すまん、すまん。なんにしても、ことしはいいお正月だ。」

『はぁぁぁ・・・やばいよなぁ・・・・・・』

するとドアが開いてミサト達が入ってきた。ヨウスケは入ってくるなり加持の膝の上に飛び乗った。

「おとーさん、またおかーさんがビリだったんだよー!」

「うっさいわね!もう!」

「ミサト、子供相手にムキになってどうすんの?それより加持さん、シンジとなに話してたの?」

シンジはすでに心の中で『逃げたい!』を856回繰り返していた。

「いやなに、シンジ君が『複数の女性を同時に愛する方法』を教えてくれって言うから、伝授していたところさ。」

ブチっ!という音が聞こえたような気がしたのは錯覚ではない。たぶん・・・・

シンジ絶体絶命!

「こんのぉぉぉぉ!ぶあかシンジぃぃぃぃぃ!」

「加持さぁぁぁぁん!・・・・・・・・・・・・・」

以下略

ヨウスケの日記より抜粋

『ぼくは、そのときしとがしゅうらいしたのかなーっとおもいました。・・・』



第3新東京市から遅れること数分、宇部新都市も負けず劣らずの晴天で新年の幕を開けた。

「ふぁ・・・・・」

レイの朝は早い。たとえ休日でもそれはかわらない。

ベッドから降りると、ぺたぺたと洗面所に向かう。

鏡に映るのは蒼銀の髪と紅の瞳。

水道の蛇口にはしめ飾りが飾ってある。今年レイは初めて部屋にお正月の飾り付けを施した。いままでは第3新東京に帰っていたので、そのようなことをする必要も無かった。しかし、今年ははじめて宇部新都市で、それも一人で迎えるお正月。思い切ってしめ飾りや鏡もちなどの『お正月goods』を買い込んでしまった(ただし、門松は適当なものが無かったので、市広報と一緒に配布された『門松ステッカー』で間に合わせることにした)。

鏡を見ていると、年末に一生懸命しめ飾りを選んでいた自分の姿を想像してしまい、思わず笑みがこぼれる。すると鏡の中の自分も微笑んでいた。だからレイは『彼女』にあいさつをした。


『明けましておめでとう、今年もがんばろうね・・・』




それでもさすがにお節料理までは手が回らなかった。

いつもと同じように朝食を済ませると、お気に入りのはと時計が午前7時を告げた。

いつもなら、これから着替えて化粧をして、短大に出勤する時間だ。

通訳の待機時間がもうすぐ始まろうとしていた。そのとき、リビングの電話が鳴った。

ルルルルルルル・・・・

『まさか・・・ね・・・・』

通訳の依頼なら8時以降に連絡が入ってくるはずだ。

「もしもし、綾波です。」

『ヤッホー、レイちゃーん。明けましておめでとー。』

「・・・って、ヨウコちゃん?」

『ピンポーン、卓球だよー。』

電話の主は、おなじ手話サークルの女の子だった。市内の会社に勤めるOLで、市民手話講習会ではレイと同期だったし、サークルに入ったのもいっしょだった。少々性格が軽いのが玉に傷だが、サークルの活動自体は熱心にやっている。同い年のせいもあって、サークルの時はレイ達にいつもまとわりついている。

「明けましておめでとう。」

『ねーねー、きょうは待機でしょー?』

「ええ、そうよ。通訳の依頼かと思っちゃった。」

『ははっ、ざーんねんでしたー。それよりさぁ、明日なんか予定あるー?』

そのときマシュマロマンさんのことが、頭を過ぎったかどうかは知らない(笑)。

「・・・・・いいえ、特にないわ。」

『らっきー!じゃあさぁ、みんなで初詣にいこうよー。』

「初詣?」

『うん、毎年ねー、サークルの有志で行ってるのー。レイちゃん、毎年お正月にはいないからさー、今年は一緒にいこうよー。聴障会の青年部とかもいっしょだよー。』

「!!!」

『??ねー、レイちゃん聞いてるー??』

「あ・・・と・・ごめんなさい。」

『どうしたの?行くでしょー?』

「そうね・・・行ってもいいかしら。」

『ばっかだー、そーゆー時はぁ、『わたしもー』って言えばいいのよー。』

「じゃあ・・・わたしも・・・」

『おっけー、明日の朝8時半に福祉会館の駐車場にしゅーごーだからねー。アスカとか碇もいたらよかったのにねー。』

「ふふっ、そうね。」

『じゃあ待ってるー、通訳がんばってー。』

「ありがとう、じゃあまた明日ね。」

『んじゃねー、ばいねー。』

カチャ・・・

『さてと・・・・紅茶でもいれるかな・・・・・』



レイの長い1日が始まる・・・・・・・・・・・


第3新東京市・碇ゲンドウ宅

シンジが父親のうちを訪ねるのは、毎年元旦のお昼時だ。昼食を共にするためである。

ここではお節料理は出ない。

べつにリツコがお節料理を作れないわけでもない。

リツコはシンジたちが旧友夫婦のうちで、新年を迎えることをとても良いことだと思っている。きっと毎年あの家のお節料理は、その大半をシンジが作っているんだろう。あのころのように・・・・・。
だからリツコの作る元旦のお昼ご飯は、ごく普通のメニューだ。つけくわえるのなら、若干ゲンドウの好みが入っていたりする。
シンジもそれが大変良いことだと思っている。

リツコが食後のコーヒーをキッチンでたてているその横では、アスカがカップやソーサーを食器棚からだしていた。

シンジとゲンドウは応接間にいる。

アスカは準備ができると椅子に腰掛け、頬杖を突くと軽く『ふぅ』とため息を吐いた。

「どうしたの?アスカ。」

手を休めるでもなく、リツコはアスカにたずねた。

「んー?べっつにー・・・」

「もしかして・・・まだ苦手なの?碇司令のこと。」

「ううん、ちがうの。・・・・・ほんとは少しだけ。」

「そう・・・・でも、そんなこと言ってると、将来苦労するわよ。」

「わかってるんだけどねぇ・・・・・・ってどういう意味よ?!」

「どういう意味だとおもう?」

『・・・・はぁ・・・バレバレよねぇ・・・』

このふたり、結構仲がいい。

「シンジ君、なにか言ってくれた?」

『なにか』の意味は、アスカには十分わかっている。

アスカはちょっと首をすくめた。

「ぜーんぜん。相変わらずってかんじ。でもね・・・・」

アスカはあの時のこと(第四話参照)を思い出しながら、言葉を紡いでいく。

「でもね、だいじょうぶなんだ。」

「シンジのやつ、たぶん今アタシのやってることが一段落着くまで待っててくれてるんだと思う。」

その言葉に不安の影はない。

「だからアタシは、今自分の出来ることを一生懸命やっていきたい・・・・。」

「あいつもそれを望んでいるはずだから・・・・・・・。」

いつしかリツコはアスカの肩を抱いていた。

「わたしが言えた義理じゃないけど、アスカ・・・・・幸せになりなさい。わたしのようにならないで・・・。」

「・・・・・リツコぉ・・・・・」

「そうよ・・・・科学者だから、あなたに言えるの・・・・・。」


リツコは離れるとアスカの肩をポンっとたたいた。

「さあ、コーヒー運ぶの手伝ってくれる?」

「うん!・・・・・・・・ねえリツコ。」

「どうしたの?」

「シンジも歳を取ったら、碇司令みたくなるのかなあ・・・」

リツコは顎に手を当てて少し考え込むような仕草をしたが、

「だいじょうぶよ、きっと。」

「どうして?」

「だって、シンジ君にはアスカがついてるんですもの。」

「あ・・・・」

「ねっ?」

「ありがと・・・・・・リツコ」






ふたたび宇部新都市


さきほど、サークルの友人から初詣の誘いがあってからは、レイの時間は何事も無く去っていった。

はじめのうちは緊張感からか、FAXとパソコンの前でずっと座って待っていたが、そうそう通訳の依頼が入ってくるわけがない。それで、時間をつぶすことにした。

とはいっても、外を出歩くわけにはいかないので本を読むことにした。

最近のレイは歴史小説に凝っているらしい。

今読んでいるのは、20世紀に人気のあった山本某という作家の作品で、舞台は江戸時代。小石川養生所の頑固な医者と、その医者に反発しながらも次第に惹かれていく弟子のことを書いた小説だ。

本の中ほどまで読み進んだところ、玄関のチャイムが鳴った。

『誰かしら?』

読み掛けの本にしおりを挟んでテーブルに置き、玄関までいってみる。

ドアのスコープから覗いて見ると、そこにあったのは見知った顔。

「!」

大急ぎで着ているものをチェックすると、深呼吸を5回してドアロックを解除した。

{や!明けましておめでとう!}

レイは3秒間固まってしまったが、それでもなんとか挨拶はできた。。

{明けましておめでとうございます。周防さん。}

実はこのすぐあとに周防の言葉(手話)が続くのだが、そのわずか0,0何秒の間にレイの頭の中を駆け巡ったことを、あえてここに記しておく。

『どうしよう、周防さんだ。通訳かな?でも違うかもしれない。違うってどういうこと?今私一人だし、外には出れないし、ということは部屋の中に周防さんと二人きりだし、でも通訳だと・・・以下略』

{きょうレイちゃんが当番だって聞いてたからね。陣中見舞いに寄ってみたんだ。}

レイはまだぼぅっとしている。

{レイちゃん、入ってもいいかな。}

ようやく我にかえるレイ。

{あ。どうぞ・・・散らかってますけど。}

すると周防のあとからもう一人の人物が顔を出した。

「はじめまして、息子がいつもお世話になっています。」

「息子さん?じゃあ・・・」

「はい、ナガトの母です。」

周防と一緒にやってきた女性は、彼の母親だった。年の頃は50代の後半といったところだろうか。背はあまり高い方ではない。周防と顔を見比べると、親子である事を納得してしまう。

「はじめまして、綾波レイともうします。こちらこそ、周防さんにはお世話になっています。どうぞなかへ。」

レイはリビングへ二人を通すと、テーブルの上をかたずけた。

「なんにもありませんが、いまお茶を入れますから。」

そういってお茶の用意をしようとしたレイの肩を周防がトントンとたたいた。

{?なんですか?}

{レイちゃん、お昼ご飯まだだろ?}

{はい。}

すると周防は母親の方をむいて、


「カアサン、レイチャン、ゴハン、マダ」


と言った。

レイは初めて周防の肉声を聞いた。

少なからずレイは驚いた。周防とは手話でしか話した事はない。もちろん、発声の出来る聴覚障害者はたくさんいる。しかし、周防はレイ達の前ではいつも手話しか使わなかったため、声が出せるということは考えた事もなかった。

『そうだった。周防さんのおかあさん、手話ができないって・・・・あのときに・・・』

{あ、変な声だろ。僕。}

にっこり笑ってレイを見つめる周防。

レイはなんと答えたらいいのかわからなかった。

ただ、周防を見つめるレイ。

{きょうはね、お節料理を持ってきたんだ。はじめ僕が持って行くって言ったのに、お袋がね・・・レイちゃんにどうしても会いたいって言うもんだから。ごめんね、迷惑かけて。}

{いいえ、迷惑だなんて、かまいません。}

そのとき周防の母親がレイに声をかけてきた。

「綾波さん、せっかくのお正月にほんとうにありがとうございます。いつもいつも、手話サークルの皆さんにはお世話になって。あなたもほんとうなら、故郷に帰られるはずだったんでしょ。せめて、お節料理くらいはと思って作ってきたんです。あなたのお母さんほど上手じゃないと思いますけど。」

そのとき、レイの顔がわずかに緊張したのを周防は見逃さなかった。

「カアサン、レイチャンニ、ナニ、イッタカ?」

「え?なにって・・・ふるさとにかえられるはずだったんでしょ、っていったのよ。」

母親は周防が読み取りやすいように大きく、そしてゆっくりとしゃべる。

「ソレダケ?」

「あと、あなたの、おかあさんより、りょうりが、へたかも・・・・」

そこまで言った時、ふいに周防がそれを遮った。

「カアサン!」

「な、なんだい?この子は急に」

周防はレイの方をちらっとみると、

「カアサン、レイチャン、オカアサン、イナイ・・・」

「えっ!そんな・・・ごめんなさい!綾波さん!」

慌てるレイ。

「ま、待って下さい。気にしないで下さい。ほんと、いいんです。」

{周防さん、このあいだも『昔の事だからいい』って言ったじゃないですか!}

{でも!・・}

ちょっとしたパニックのレイと周防。

ところが、母親の方はもう落ち着いていた。

「綾波さん、ちょっと。」

レイはおもわず周防の母親の方をふりむいた。

すると母親は息子に向かってこういった。

「ナガト。あなたは、あやなみさんに、おかあさんが、いらっしゃらないことを、かあさんに、おしえてくれた?」

「・・・イイエ」

軽くうなずく母親。

「あなたが、まえもって、おしえてくれていたら、あやなみさんに、めいわくが、かからなかった。ちがうかい?」

「・・・ハイ。」

「それなら、あなたが、しなくては、ならないこと、わかるわね。」

「ハイ。」

周防はレイの方を向き直した。

{レイちゃん、ほんとうにごめん。僕が前もってお袋にちゃんと説明しておけばよかったんだ。ごめんなさい。}

「綾波さん、ほんとうにごめんなさいね。知らなかったとはいえ、あなたに不快な思いをさせて・・・。」

レイはこの時にはっきり確信した。

周防の人柄が母親の影響であることを。


{「ありがとうございます。」}

思わぬ答えに怪訝そうな顔の親子。

にっこり微笑むレイ。

{「やっぱり、わたしの思っていたとおりでした。」}

{「お節料理、いただいてもいいですか?」}













それから3人は周防の母親の作ってきたお節料理を一緒に食べた。

にぎやかになったレイの部屋。

周防親子は、いつもよりたくさんのことを話合った。

それはレイがいてくれたから。

レイは一人ぼっちのお正月ではなくなった。

それは周防親子が来てくれたから。


{だいたいお袋はいつもさぁ・・・}

周防が母親の文句を言うと、すかさずレイが通訳をする。当然すぐに母親にやり込められる周防。

「いっつもこのバカ息子は・・・・・」

母親が息子の不満を言うと、ただちにレイによって周防に伝えられてしまう。息子はすぐに反撃するが、ほとんどの場合が返り討ちだったりする。

レイは周防家のパワーバランスを100%理解した。

楽しいひとときはいつまでも続くかと思われたが・・・・・・・・


ルルルルルルル・・・

突然の電話。すかさずレイは受話器を取った。

「はい、綾波です。」

『手話通訳の綾波さんですね。こちらは、大学病院の救急センターです。実は・・・・・・』

「・・・・・・・・・・わかりました。ただちにうかがいます。」

カチャン

{レイちゃん。}

{ええ。}

レイは周防の母親にむかって、

「周防さんのおかあさん、きょうは本当にありがとうございました。お料理、とってもおいしかったです。いま、連絡があってすぐに通訳に出かけなければならなくなりました。」

「そうですか。わかりました。こちらこそお忙しいところをおじゃまして、もうしわけありません。じゃあ、わたしたちも・・・。」

そういうと周防親子は、お節料理を入れて持ってきた重箱をかたずけ始めた。そのあいだにレイは、携帯電話とモバイル用のコンピューターをバッグに入れて、棚の上に置いておいた『初号機君』のキーを手にした。救急センターからの依頼なので、万が一の時の事を考えて通訳部の佐藤に一報を入れておく。

さいごにもう一度メールをチェックしてレイは玄関に向かった。

玄関にはすでに周防親子がたっていた。

3人は一緒に外に出て、駐車場までやってきた。

レイは『初号機君』に乗り込むとエンジンをかけた。すると周防がウインドウをコンコンと叩く。

{じゃあレイちゃん、しっかりね!}

{はい!}

そういってレイは別れようとしたが、

{あ、周防さん。明日、初詣は・・・?}

{え?ああ、恒例のやつ。もちろん行くけど?}


レイの答えはもちろん決まっている。

{「わたしもー!」}



あとには初号機君のタイヤのブラックマークが残っていた。
(綾波・・・誰に運転習ったんだよ・・・。byシンジ)




またまた第3新東京市

あたりはすでに宵闇に包まれている。

ゲンドウの家を辞したシンジとアスカは鈴原家へとやってきた。結構忙しい元旦である。

出迎えたのは鈴原カナエ(14歳)、トウジの妹だ。

「シンジさん、アスカさん、明けましておめでとうさん!」

「おっす!明けましておめでと!カナエ、元気してた?」

「カナエちゃん、明けましておめでとう。このあいだはどうも。」

『アスカ・・・いきなりおっすはないよ・・・』

それでなくとも、先日トウジから妹のことで愚痴を聞かされ、自分の彼女の昔の頃と比較されてしまったシンジはしかめっ面だ。もっともトウジの意見に思わず相づちを打ってしまっているので、そう文句も言えない。

「もう相田さんも、ヒカリねえさんも来てはるんですよ!はよう上がって下さい。」

そういうとカナエはパタパタとキッチンに入っていった。おそらくつまみの用意でもしているのだろう。そのそばにヒカリが居るであろうことは容易に想像できる。

「アスカ、今の聞いた?」

「聞いた聞いた!」

「「ヒカリねえさんだって!!」」

今年初のユニゾンである。

「こりゃあ、そろそろですかねえ〜?惣流さん。」

「そのようですねえ〜碇君。」

二人が漫才をやっていると、案の定キッチンから委員長が飛び出してきた。

「アスカ!碇君!」

旧友の顔を見ると、靴を脱ぐのももどかしくアスカも飛び出した。シンジはアスカの靴をそろえると自分も靴を脱いでうちに上がった。10年来の親友同士は廊下ではしゃいでいる。

「久しぶりね、ヒカリ!」

「うん!アスカも元気だった?あなた達、去年のお盆も帰ってこなかったから、どうしているかと思って・・・」

「ごめんね、論文の手が離せなくって。」

「そうだったの・・・って碇君、何笑ってるの?」

見ればシンジは必死になって笑いをこらえている。

「ちょっとシンジ!レディの前で失礼でしょ!」

「いや、ごめんごめん。洞木さんがトウジと同じこと言うから。暮れにトウジに電話した時にさ、『盆にも帰ってこんかったくせに!』って文句言われたんだ。」

突然固まってしまう委員長。

アスカはもちろん『チャ〜ンス』の顔である。

「ふっふ〜〜ん、きょうはその辺をゆ〜っくり聞かせてもらおうかなぁ〜〜〜。」

「もう!知らないっ!」









「トウジ、ケンスケ、明けましておめでとう。」

「相田、鈴原、おめでとう。二人ともまだ生きてるみたいね。」

「おめでとう、シンジ、惣流、あいかわらずだな、おまえらも。」

「センセー、待ちくたびれたでほんま、とりあえずはおめでとさん。」

この辺の会話だけ聞いていると、彼らもまだ中学生の頃のままだ。

一通りのあいさつをしているうちに、大皿にオードブルを乗せてヒカリとカナエが部屋に入ってきた。

「さあ、碇君もアスカも突っ立ってないで座って座って!」

和室のど真ん中に置かれた大きなテーブルの周りには、床の間の前にトウジ、その横にはヒカリ、手前にはシンジとアスカが、そして奥にケンスケが座った。一人残されたカナエは初めどこに座るか迷っていたが、結局ケンスケの横に座ることにした。ちなみに床の間にかけてあるのはもちろん阪神タイガースの球団旗のレプリカである。トウジの祖父が昭和60年の日本シリーズの優勝記念に買ってきたものらしい。

そして彼らの儀式が始まった。

「ほらシンジ、お父さんのところでもらったやつ。」

「そうだ、忘れてた。」

アスカにうながされて、シンジが取出したのは一升瓶。

「今日、父さんのところにいったら『鈴原君のところに行くんだったら持っていけ。』って帰りにこれくれたんだ。はい、トウジの好きな『越野寒梅』。」

おもわず顔のほころぶ中学教師。

「くぁ〜!たまらんわ!ありがとさん、よう御礼ゆうといてくれ。ほなヒカリ、これ。」

「あ、はい。燗つけようか?」

「そやな、みんなでいただこう。」

その光景を見ていたケンスケがいきなりボヤく。

「あぁ〜あ・・・おまえら、今更ながらに『イヤァ〜ンな感じ』だぜ。」

何のことだかイマイチよく分からない4人。

「だってそうじゃんか。シンジと惣流は、旦那の実家に帰ってきた若夫婦。委員長とトウジなんか、まるで10年連れ添ったおしどり夫婦ってシチュエーションだぜ。なあ、カナエちゃん。」

いきなり14歳の女の子に同意を求めても仕方が無いとおもうのだが、カナエも当事者の中の一人の肉親だからやむを得ないだろう。まあ、8割以上当たっているのも事実だ。

みんなはひとしきり冷やかしあっていたが、今年帰ってこれなかったレイのこと、特に『キャナルU事件』のことで、大いに座は盛り上がった。こういう席の場合、参加してもしなくてもサカナにされる者はたまったもんじゃない。実際レイは、正月明けに第3新東京市に帰ってきた時に、ヒカリとトウジに追求されることになるが、それはまた別のお話。

そして話題はいつしか中学のことになっていった。特にトウジは母校の教師となっていたし、その妹も彼らと同じ第壱中学に通っているのでなおさらのことである。


「そういえばトウジ、バスケット部の顧問になったんだろ。もうすぐ新人戦じゃないの?」

シンジの質問に、から揚げをぱくついていたトウジが答える。

「ああ、そうやねん。」

勝負の行方が気になるのはやはりアスカだ。

「どうなの?今年の新人は。もちろん、勝てるんでしょうね?」

「まあな、チーム自体は悪うない。いまのままでも、そこそこの所までは行けるやろ。そやけど、ここ一番のポイントゲッターちゅうか、チームを引っ張る奴がおらへんねん。そやから接戦になると、ちょっとしたミスが原因になってガタガタになってまうんや。」

「なるほど。」

「どこかに助っ人とかいないの?結構新人戦の時って、助っ人が予想以上の活躍をすることがあるじゃん。」

ケンスケの相づちに重なるように、アスカがなおも勝負にこだわる。

ところがトウジはすぐには返さず、手元の越野寒梅を一口飲んで話し出す。

「ひとり心当たりがあんねんけどな・・・・・。隣のクラスの子で、そいつは小学校の時、スポーツ少年団でバスケやっとったらしいねん。」

「それなら申し分ないじゃないか。」

『どこに問題があるんだよ』とでも言いたそうなケンスケを、軽く制するような仕草を見せた後、トウジはあたりを見まわした。

「ヒカリ、カナエは?」

「二階よ。テレビのかくし芸大会見てる。」

「さよか。・・・・・すこし、話が長ごうなってもええか?」

あらためてみんなの顔を見回すトウジ。その視線の意味するところを知ってか知らずか、ちょっとした緊張感が部屋の中を包んだ。

「その子はな・・・・・」

「いわゆる『問題児』やねん。」

「小学校の5年生までは、明るい元気な子やったらしいねんけど、6年になった頃、急に人が変わったように無口になって、先生の言うことも聞かんようになったらしいんや。その子と仲の良かったやつに聞いてみるとな、なんでもその子の両親が、ろうあ者ゆうんか、耳が聞こえへんらしいねん。そのことを6年の時の担任が、なんかの時に『どうせあなたの両親は耳が聞こえないから・・・』みたいなことをつい言うてしもうたらしいんや。その時にその子は、真っ赤な顔して教室を飛び出したらしいわ。

次の日からは授業中に急にふらっと外に出たり、プリントを先生の目の前で破いたり、とにかくその先生に嫌がらせばっかりするようになったんやと。結局そのことが内申書に書かれてもうてな、中学でも問題児のレッテルを貼られてしもうてん。」


「ちょっと、なによそれ!ふざけんじゃないわよ!」

アスカとシンジは『ろうあ者』という単語が出たあたりから、トウジの話をいっそう緊迫した感じで聞いていたが、その話の内容についにアスカが切れて、テーブルを『ばんっ』と叩くと、トウジにかみついた!

「アスカ!落ち着けよ!」

シンジは慌ててアスカの肩をつかんだ。しかしアスカの怒りは納まらない。

「なによシンジ!あんた、なんとも思わないの?!」

「だから落ち着けって!いまアスカが怒ってもどうしようもないだろ!」

シンジはなんとかアスカを落ち着かせようとする。

しかし、アスカは・・・・・・・

「わかってる。アタシが許せないのはね、その問題児を作ったのが他でもない、学校の先生だってことなの!きっと・・・その子・・・両親が大好きなのよ・・・。それを・・・ばかに・・・されて・・・ック・・・自分のせいじゃ・・・ない・・・のに・・・ヒック・・・・あんまりよ・・・かわいそう・・・グス・・・すぎるよぉ・・・・」

怒りのあまり感極まったアスカはついには泣き出して、崩れ落ちるようにシンジの胸に倒れ込んだ。

「アスカ・・・・」

シンジの服をぎゅっとつかんでアスカは泣きじゃくる。

「シンジぃ・・・くやしいよぉ!・・・・・」

アスカの涙は、シンジの服を濡らしていく。彼は優しく、彼女を抱きしめた。

シンジはアスカが落ち着いてきたころあいを見計らって、髪をなでながら声をかける。

「ねえアスカ。なぜトウジがこんな話をしたとおもう?」

「え・・・・?」

アスカはおもわず顔を上げた。紺碧の瞳に映るのは、どこまでも優しい漆黒の眼差し。

「トウジが小学校の内申書を鵜呑みにして、簡単に人のことを決めつけるような奴だとおもうかい?そんな奴と、僕が友達づきあいするとおもうかい?そんな男をアスカの親友が・・・・・・・好きになるとおもうかい?」

「・・・・・ううん・・・・・おもわない・・・・」

「そうだろ。とにかく涙を拭けよ。もうすこしトウジの話を聞こう。なっ・・・・・」

「うん・・・・・ごめんシンジ。・・・・鈴原、取り乱してごめん。・・・グス・・・・」

シンジはそっとアスカを起こすと、その白い手にハンカチを握らせた。

「かまへんよ・・・・・。ほんでな、実はそいつ、ときどきバスケット部の練習をのぞきに体育館に来とんねん。もっとも、わいと目が合うとスッとおらんようなってまうけど・・・。そやから、あいつほんまは、バスケのことゴッつうやりたがっとる思うねん。ただ、言い出すきっかけが見つからんだけや思うねん。」


「その子、トウジに信号送ってるんだな。」


「相田君、信号って?」

ケンスケのつぶやきに、ヒカリがたずねる。

ケンスケは静かに言葉を紡ぎだした。

「ああ、俺な、去年知り合いのルポライターに頼まれて、少年の非行問題の取材に付き合ったことがあるんだ、カメラマンとして。その時に気づいたことがあるんだ。トウジの話しじゃないけど、レッテルを貼られちまった子供らを、カメラのファインダー越しに見てたらさ、なんかこう、目がさ、訴えてるんだ。なんつーか、『俺達はここにいるんだっ』っていうか、そんな目をしてるんだ。きっと俺達大人は、その信号に気づいていないんだ・・・・・・。」


「ケンスケ・・・・」

「相田・・・・・・・」


シンジとアスカは思う。もし、あのころ自分の殻に閉じこもらず、信号をちゃんと送っていたら、素直になっていたら・・・・・・・苦しむことは無かったのだろうか。


「でも、トウジはその子の信号に、ちゃんと気がついているじゃんか。」

「ありがとな、ケンスケ。せやから、わい、絶対あいつをバスケット部に引っ張りこんだんねん!四の五のぬかしよったら、シバキ倒してでもつれてくる!バスケット部のためやない!このままやったら、あいつの中学生活は灰色のまんまや。
わいたちのときかて、ばら色や無かったけど、センセや、ケンスケや、惣流や、綾波や・・・・・・・その・・・・イインチョーとか・・・・・とにかく!一生つきあえる仲間ができた。あいつにも・・・・・・・そういう仲間を・・・・・見つけてもらいたいねん。」





「わいの言いたいのは、それだけや・・・・・・・・・・・・・」






「ごめん、アタシお化粧直してくる。」

アスカはそう言うと、そっと席を立った。シンジは黙って見送る。

するとヒカリが声をかけてきた。

彼女の顔も、くしゃくしゃだ。でもそのむこうには、笑顔があった。

「碇君。」

「なに?」

「アスカのこと・・・・・・・ちゃんと受け止めてるんだ・・・・・・・・・。」

「洞木さん・・・・・」

「・・・・・・ごめんなさい!わたしもお化粧直してくる!」





トウジの話が終わっても、みんなはなにも言わない。それでも、心に思うことはひとつのはずだ。


『彼らと出会えて、ほんとうに良かった・・・・』


おそらく彼女たちはしばらく帰ってこないだろう。

あとに残った男どもは、黙って酒を飲む。

今はこれでいい・・・・・・・・・・・・・・・・・・
























はずだったが・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「あーーーすっきりした!さあ!今から飲み直しよっ!シンジっ、お酒っ!」

嗚呼、アスカ再起動・・・・・・・・・

あまりの変わりようにシンジも声が出ない。

すると、もう一人も帰ってきた。

「鈴原!さっきのことで確認したいことがあるのっ!」

うろたえる本職のセンセー(笑)。

「な、なんやねんな〜!」

「一生つきあえる仲間の中でぇ〜!」

「そやからなんやねん?!」

「なんでわたしだけイインチョーなのよぉぉぉぉぉ!!!!」

「そーよっ!だいたいあんたヒカリのこと、どうおもってんのっ!」

「ど、どう・・・ってゆうたかて・・・・」
























「「はっきり言いなさいよっ!!
この熱血バカっ!!!!!!」」

「センセー〜、ケンスケ〜、傍観するな〜〜〜!!」





平和だねぇ〜〜〜〜〜〜。(byケンスケ&シンジ)


あとがき

まあ、お正月ということで・・・・・・・・・


第伍話外伝:夕日の熱血バカ!を読む

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