しぶきバックナンバー

しぶき記事

調理協 要求書提出
熱中症対策・メンテナンス休暇の検討を
現場の生の声を伝える

調理協は要求書を提出

 8月5日、学校給食調理員協議会(調理協)は、広島市長、教育長に宛てた要求書を提出。当局側からは、教職員課加茂調整担当課長他2名、健康教育課升井課長他1名が出席しました。組合側からは、市職労柴野中央執行委員長、現業評議会兼調理協平野議長と、調理協役員等10名が臨みました。

食材費の増加が見込まれても市が責任をもって予算確保を

 冒頭、平野議長は「今年度広島市は小学校の給食費を無償にしたが、財源は市の財政本体から確保し、今後も食育の生きた教材である給食の質のさらなる向上を願う」と挨拶し、柴野中央執行委員長は、この度の熊本地震を受け、「大規模給食センター化は災害時、本当に有効なのか再度検討していただきたい」と述べました。健康教育課升井課長は「要求の背景にある実態に着眼し、検討に活かしたい」と挨拶しました。

夏の暑さが厳しくなるなか健康に働き続けられる対策を

 続いて、調理協役員から重点項目について説明を行いました。昨年度に引き続き熱中症対策は喫緊の課題であり、スポットクーラーの増設・冷房能力の高い空調の設置など急ピッチで進めてもらいたいと強く要求。また、60歳を超えて働く職員については、定年年齢が65歳になるのは間近であり全世代の問題。高齢化が進む中、賃金の見直しだけでなく、体のメンテナンスのための休暇も含め、週休3日など休暇制度を検討することも訴えました。また、出席した調理員全員が発言し、現場の現状、どんな気持ちで働いているか、生の声で各々の要求を伝えることができました。

様々な制約の中 なにができるか

 最後に、教職員課加茂調整担当課長が「暑さの話だけではなく、大変なご苦労をされている。様々な制約の中でどんなことができるか、回答交渉の場でみなさんの笑顔が見られるよう検討していきたい」と締めくくりました。
 調理協は、誰もが安心して長く働き続けられるよう現場の声を要求に変え、実現に向けて活動を継続していきます。

被爆者の願い 次の世代へつないで
第48回自治体労働者平和のつどい

全国から集まった自治労連の仲間94名が参加した第48回自治体労働者平和のつどい

 8月5日、県立総合体育館の武道場で、第48回自治体労働者平和のつどいが開催され、原水爆禁止世界大会への参加のために全国から集まった自治労連の仲間94名が参加しました。
 被爆体験の継承として、広島市職労のOBで、福島原発事故を契機に大学で原爆文学を研究された、松本滋恵(ますえ)さんが自らの被爆体験と原爆文学への思いを語られました。(被爆証言は下枠へ)
 その後、一人ずつ被爆者や被爆体験継承者を交えて、グループ交流を行いました。青年からOBまで幅広い世代の参加者がそれぞれの感想や意見を出し合い、平和への思いを伝え合いました。県外からの参加者のなかには、原爆投下の実際の被害や被爆者の話に触れる機会がなかった方や子どもの頃以来という方もいて、被爆体験を聞く機会の大切さを実感した。帰って身近な人に伝えていきたいという感想も出されました。
 つどい終了後、各地方の自治労連の仲間がそれぞれメッセージを寄せ書きしたピースフラッグを原爆ドーム前で掲げ、アピール行動を行いました。


松本滋恵さん

松本滋恵(ますえ)さん(元広島市職員・学校給食調理員)の被爆証言

 3歳の時、爆心地から約3kmの地点で被爆。1945年8月6日8時15分、自宅で朝食中にだいだい色の火の玉を目撃。爆心地に近い部屋は倒壊したが、茶の間・台所は遠かったため家族4人は奇跡的に無傷だった。
 原爆投下の前日、母の弟(叔父)の自転車に乗せられ、爆心地から500mの本川町にある母の実家から自宅へ帰ってきていた。もし一泊長く母の里に滞在していれば、自分も亡くなっていた。家の隣のイチジク畑で1週間野宿。多くの被災者が集まり、「水、水」とうめく声が今も記憶に残る。母は実家の安否を気遣い乳母車で向かったが、実家は跡形もなく、3人の遺骨を確認。左官町では263名が亡くなった。3歳での体験は断片的だが、「生かされた」という思いから語る使命感を抱いた。
 2011年の福島原発事故後、放射能問題に関心を持ち、放送大学で「原爆文学」を履修した。峠三吉、原民喜、正田篠枝、太田洋子、栗原貞子らが、厳しいプレスコード下で命がけで作品を出版した気迫に心を動かされた。特に栗原貞子を研究し、広島女学院大学の博士課程を経て77歳で文学博士号を取得。原爆は自身の生きる指針となった。父は「敵は鬼・獣だ」と教え込まれ、疑いなく人を殺めた。父の勲章を手に、当時の洗脳の恐ろしさを感じた。政治への無関心こそが平和の敵である。小学校での被爆証言の時、一度も投票に行ったことがないという教師に出会い衝撃を受けた。再び戦争をしないためには、政治に関心を持ち行動することが不可欠である。

全国の仲間から持ち寄られた千羽鶴や色紙を職員慰霊碑に供え献花

市職員原爆犠牲者
献花行動

 8月6日の朝、全国の仲間から持ち寄られた千羽鶴や色紙を、広島市役所敷地内の職員慰霊碑に供え献花する、市職員原爆犠牲者献花行動を行い、集まった仲間とともに原爆の犠牲となった方々へ黙とうを捧げました。

核兵器なくそう 女性のつどい2026

国内外から590人が参加した核兵器なくそう女性のつどい

 8月5日、グリーンアリーナにおいて「核兵器なくそう女性のつどい2026inヒロシマ」が開催され、国内外から590人が参加しました。
 オープニングは広島うたごえ協議会による「折り鶴」「ヒロシマのイチョウの木」など、平和を願う合唱で静かに幕を開けました。世界では、今なお約1万2千発の核弾頭が存在し、地震災害や誤作動による危険性も含め大きな脅威となっています。「武力で平和はつくれない。平和なくして平等はない。一緒に声をあげていきましょう」と連帯が呼びかけられました。続いて「被爆の実相」と題し、3歳で被爆した竹本秀雄さんが、13歳で被爆したお姉さんから聞いた話を時折涙で声を詰まらせながら語られました。ほかにもアメリカ・韓国・フィリピンの海外参加者から、平和を守りジェンダー平等を進める自国の取り組みが報告されました。また、広島学生平和ゼミナールの若者からは、被爆者のボディマッピングが紹介され、被爆者とともに戦争の記憶を継承する活動について発言がありました。
 最後に、参加者全員で憲法前文と第9条を朗読し、戦争放棄と平和の維持に向けて強い意思をもって活動していくことを確認し合いました。

一人ひとりの「ねがい」に耳を傾けて
人権が保障される療育・社会を
全障研 第60回全国大会

1600名もの参加があった全国障害者問題研究会全国大会

 8月1〜2日、全国障害者問題研究会(以下、全障研)第60回全国大会in滋賀が開催されました。
 全障研は、障害者の権利を守り、その発達を保障することを目的に、1967年に結成された団体です。

一人ひとりの「ねがい」を大切にしてきた節目の大会

 一人ひとりの「ねがい」を大切に紡いできた大会は、今年で60年目の夏を迎えました。滋賀県大津市では1600名もの参加があり、市職労からも7名が参加しました。被爆80年であった昨年の広島大会では、平和の尊さを改めて確かめ合いました。しかし、それから一年、世界情勢は平和とは大きくかけ離れたものとなっています。だからこそ、誰一人取り残されることなく、かけがえのない命、よりよく生きたいというあたりまえの「ねがい」、そして人権が大切にされる社会をつくっていかなければなりません。「この子らを世の光に」(糸賀一雄)の言葉が生まれた滋賀の地で、互いの「ねがい」に耳を傾けあう大会となりました。

障害者に必要な人権とは

 1日目は、大津市民会館にて全体会が開催され、記念講演では井戸謙一氏(弁護士)が「えん罪問題から浮かび上がった障害のある人の人権保障」と題して講演。療育手帳を持つなどする障害者の取り調べには録音・録画が努力義務とされているが、取り調べの立会人制度が確立されていないこと、適用される障害の範囲などを課題として挙げられました。井戸氏は「司法機関に必要な配慮を求めることは障害者の人権として重要。家族だけでなく、弁護士や福祉関係者など周りの人が協力して守ってあげたい」と話されました。

療育の教材へのこだわりが子どもたちの力につながる

 2日目は分科会や学習会が行われました。実践報告会の中では、療育の教材へのこだわりをもって細部まで取り組んでいることが子どもの力が発揮される大事な時間になり、その子の手ごたえや自信になっている。そのことを多くの仲間と喜び合えることの大事さを、参加者との交流の中で確認できました。
 支援の仕組みによって子どもたちの生活は時間単位でぶつ切りにされています。そうした支援の現状に対し、「『こどものねがいはなんだろう』と立ち返って何を大切に支援するべきか」と現場では保育士が悩みながら向き合っています。
 今大会では「障害者の権利を守り、その発達を保障する」という運動のパワーを改めて感じました。家庭や関係機関、相談機関との連携の中で「ねがい」を語り進めながら、日々の実践、そして社会に働きかける運動を力強く広げていきます。

児総センター支部 要求書提出
子育てしやすい療育のために
職員が働き続けられる待遇を要求

児総センター支部は要求書提出

 8月7日、児総センター支部は16名が参加し、要求書提出を行いました。冒頭で、山ア支部長は「世界では終わらない戦争が命を脅かし、日本では地震や気候変動による災害・酷暑が続く中、日々療育ができる大切さを実感する。先日、三療育センターで無事に『お泊まり会』が開催できた。保護者の負担を言われる時代だが、子どもたちのために、家族一人ひとりが主体的に参加され、保護者からは『本当に良かった』『ここに通えてよかった』との感想が多く聞かれた。準備や経費もかかるが、家族や仲間がここでつながり合い、感動体験を共有することが、この先の子育てを支えていくものだと感じた。療育を継続できることに感謝するとともに、この歴史を積み重ねていくためにも職場の仲間が働き続けられる労働条件をお願いしたい」と挨拶しました。

「子育てしやすい街」の実現に必要な予算を

 柴野執行委員長から「松井市長はこども・若者計画を実行し、広島市の子育てしやすい街づくりのために、施策を進めると宣言。子育て世帯への切れ目のない支援を行えるよう前進ある回答、予算を期待している」と後押しされました。

公的責任を果たすべく非公募で
子どもの権利を守る療育体制を

 子どもにも子育て世帯にも、子どもの権利条約に則って計画を進めていくため、現場からの声を届けました。
 毎年の確認事項として、障害児福祉に広島市が公的責任を果たすため、こども療育センターを非公募による指定管理を継続し、必要な指定管理料を確保することなどを伝えました。療育は、子どもの権利条約にもあるように必要な支援を受ける権利です。低年齢から療育を必要とする子どもは増加傾向にあり、経済的負担、子育てへの不安から療育センターにつながらないことのないよう初期支援の充実、療育の無償化、アウトリーチ機能の充実を訴えました。

人材育成や昇給・昇格問題で組合からの考え伝える

 また、健康に働き続けるための職員健診の充実に感謝し、さらに人材育成の視点でどう専門性を積み上げていくか課題をあげました。また、社会福祉事業団職員の昇級・昇格のスピードが市と比較して遅く、同じように働き、経験を積み重ねても、処遇の差が大きい現状についても訴えました。ともに働く仲間の実績がきちんと評価され、やりがいを持って働き続けられる待遇となるよう改善を求めました。当局からは、人員確保への取り組みを進めるとともに、事務職を含めたチームの一員として多職種連携の中で、予算や人材面の改善に努めていきたいと締めくくられました。
 児総センター支部は少数ではありますが、新たな仲間も迎え、子どもたちのために事業団労組や保護者とともに力を合わせて取り組んでいきます。