「特別養護老人ホームをめぐる利権構造の存在を懸念する」

  岩田めい達  医事放談
       月刊「メディカル・クォール」 NO27 1997より


 昨年、特別養護老人ホームを舞台に厚生省の一連の不祥事が発覚した。十分な議論を尽くさぬまま、机上論だけで、老人医療を切り拾て、何のチェックもないまま福祉に補助金をバラまいてきた結果がこれだ。医療において供給が需要を掘り起こすように、補助金をバラまけばハイエナ業者が掘り起こされるのは世の常だ。そんな常識もわきまえず、公的介護保険制度の成立を急ぐあまりに、高級官僚が拙速を尊んで特別養護老人ホーム作りを推進し、そして自ら陥牢にはまり込んでしまったのだとしたら、あまりにも悲しい。厚生省が国民の信を失なうのは当然のこととしても、本欄で警鐘を鳴らし統けてきたことが、ついに現実になってしまったと寂寥たる思いがする。
 しかし、老人福祉重視の名のもとで行われたバラまき行政が生じさせた弊害はエリート官僚の汚職に止まるものではない。医療・福祉の現場にも大変な禍根を残してしまった。
 ここに、ある病院が東京23区内の一等地に建てた特別養護老人ホームがある。50人収容の施設だが、その建築コストが10数億円、運営コストも含めると20億円にも達するのだが、そのほとんどが公費でまかなわれている。その地域の人口は約60万人で、高齢化率は17%だから、10万人を超える老人が住んでいるわけだが、地域内に特別養護老人ホームはこの1カ所しかないという。つまり、10数億円もかけて建てられたホテル並の施設に入り、介護力も保証され、公費丸抱えで生活できるのは、10万人の老人のうち50人だけということだ。しかも、退所者は3年間で7-8人だけ。それも、ほとんどが死亡退所だ。
 大半の老人が老人医療費抑制のシワ寄せを受け、医療給付の低下、自己負担増を強いられているなか、特別養護老人ホームの入所者だけは天国にいるようなものだ。それだけに、老人やその家族の入所意欲は高く、特養への入所は一種の「利権」と化しているのだという。入所者を決定する権限をもつのは、病院付属の場合ならば、役所から天下った施設長、病院の理事長夫人である園長、あるいは福祉事務所の担当者といったところだが、入所者選定の基準がないだけに、家族がその人たちに数十万単位の謝礼を渡すという利権構造が出来上がっているという噂がある。これが事実だとすれば、構造的な補助金汚職に等しく、全国的に慣習化しているとしたらゆゆしきことだと懸念せざるを得ない。
 とはいえ、もし仮にそのような事態が生じているとしても、その根本原因は、特定の少人数の人のために分厚すぎる福祉予算を配分した厚生省にある。特別養護老人ホームの50人のために使われている20億円を、もし在宅医療や家族介護で使ったならば、その数十倍の老人のために有効に活用できるわけで、現在の特養の仕組みは、医療福祉の枠組みのなかで、あまりにもバランスが悪すぎる。
 まして、老人のアメニティを向上させるといっても入所者の大半は痴呆老人で、建物の素晴らしさを味わうことはできないわけで、ここにも無駄がみえる。そして、何より悲しいことは、どんなに立派な箱(建物)を作ったとしても、所詮、姥拾山だということだ。
 ゴールドプランによれば、さらに15万人分の特別養護老人ホームを設置することになっているが、今後の認定汚職の温床ともなりかねないこんな施設を、厚生省はこれからも作り続けてゆくというのだろうか。


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