薬価基準制度廃止の時代を迎えて
「日本版参照薬価制度」はいかにあるべきか

  山口県保険医協会報 第274号 1997年7月20日


1.今後の医療保険抜本改革の行方
特に薬剤費抑制策について

 97年9月より患者負担引き上げが決まり、今後の焦点は医療保険の抜本改革に移った。改革の最優先課題は、薬剤費削減である。97・6・18の日経新聞によると、財政構造改革会議で社会保障の予算の伸びを「5000億円」圧縮する方針が決まっているが、薬剤費7兆6000億円の一割をカットすることで、2000億円の国庫負担を削減することが狙われている|。その目的のため、厚生省は「参照価格制(以下、RP制) 導入に傾斜の様相である}。一方、RP制導人に猛反対する日本製薬団体連合会(日薬連)は、RP制の代案として、「自由価格・購入価格給付制」(以下、「自由価格制」)を提案した。「薬剤国会」とまで言われた前国会で、「薬価基準制度の廃止」ヘの流れがすっかりできあがった中で、ポスト薬価基準について、厚生省と製薬業界が真正面から対立している。

2.「自由価格・購入価給付制」について
 「自由価格・購入価給付制」とは、メ−カー・卸しが自主的に販売価格を基準に、そこから患者負担の定率負担分を差し引いた額を、保険請求するという制度である。薬価差益は全くなくなる。しかも、薬価が保険で守られている中では、メーカー間の自由競争が起こるとは思えず、「薬価の青天井」、「価格の高値安定」になるとの批判が強い。実際、自由価格制をとっていた89年以前のドイツにおいて薬価は高く、参照価格制を導入せざるを得なかった歴史がある。また現在自由価格制をとっているアメリカの薬価は、世界で日本に次いで高い。「自由価格制」は、製薬業界に薬価の高値安定を保証する制度とみるべきだ。高薬価の是正ができなければ、高薬価が保険財政を圧迫し、96年11月医療保険審議会で提出された「薬剤費の3割ないし5割負担」の悪夢が再浮上してくる可能性は極めて高い。それこそ、患者・医療機関にとって最悪のシナリオである。97.7.14日医執行部も「自由価格制」に反対を表明するとともに、「薬価基準を外すことになれば、RP制を導人せざるを得ない」と表明している~。

3.ドイツの参照価格制について
 参照価格制(RP制)については、川渕孝一氏の論文が代表的だ。その中で、ドイツのRP制を詳しく紹介している。その要旨を次に述べる。
 ドイツは、従来自由価格制がとられていたが、医薬品が高価格で、医師の処方量が多く、医療費の中で薬剤費が占める割合が高かった。そこで、89年医療保険構造改革でRP制が導人された。RP制とは、成分、効果、臨床薬理などの点で同じ医薬品を掲載したリストから、最低価格のものをべースに参照価格(リファレンス・プライス)が決められ、その金額までは、保険給付の対象となるが、それを超える額、すなわち参照価格との差額が患者負担となる制度である。具体的には、後発品(ジェネリック品)の価格水準並みに参照価格が設定された。これにより、保険加入者はより低下な医薬品を購人するようになったため、メーカー間の競争が推進されたという。RP制の導人により、後発品の薬価は2.1%上がったが、先発品の薬価は21%下がり、年間20億DMのコスト節減につながったとされる。さらに、代替医薬品の利用も推進され、処方箋に医師の指示があれば、薬剤師は低価の後発品を調合してよいことになり、81年以降後発品の処方量は7.2%から21.9%に上昇したという。こうした89年からのRP制並びに93年からの薬価引き下げなどにより、ドイツの薬剤費は、92年の270億DMから急激に減少し、93年に220億DMに下がった。これによって、ドイツの製薬業界は大きな打撃を受け、MRを中心に二万人の失業者が生まれたという。RP制は、基本的にはメーカー・卸しが自主的に販売価格を決める意味では、「自由価格」が前提であるが、価格の高騰を抑えるため、行政が一定の償遺水準を決め、償還水準より高い医薬品を自己負担とすることで、自由競争原理で価格を償還水準にまで低下させる制度である。つまり、行政の価格介入を残した制度である。

4.RP制と薬剤3割、定率負担における自己負担額の比較
 社会保険旬報97.5.21号に既に著者が示したが=ARP制と薬剤3割定率負担における自己負担額が薬価に及ぼす影響を、97年度の新しい薬価で検証した。例えば、活性型ビタミンD3剤は、先発品であるアルファロールカプセル(中外製薬)の薬価146.20円に対し、後発品のアルファスリーカプセル(大正薬品)58.50円と、2.5倍の格差がある(先発品と後発品の価格差は、最大で2.5倍までというルールがある)。参照価格が、58.50円と設定されたと仮定すると、アルファロールは87.70円の患者負担となるのに対し、アルファスリーは負担ゼロとなる。医療機関、薬局は、あまり薬効に差がないと判断すれば、自己負担ゼロのアルファスリーの採用を考える。中外製薬はよほどアルファロールに自信がない限り、後発品メーカーにシェアを奪われるから、価格を下げざるを得ない。これが「市場原理による低価格形成」ある。一方、薬剤3割定率負担の場合は、アルファロール43.86円、アルファスリー17.55円の自己負担で大きな差がないから、積極的に後発品を選ぶインセンティブが働きにくい。97.4.18衆議院厚生委員会で高木保険局長は、「RP制は、市場メカニズムを通じて、価格形成を行う面では、一番すぐれている」と述べている。

5.RP制による先発品など参照価格対象品の価格下落効果
 RP制に対する分析・評価が製薬業界と厚生省との間に大きな落差がある中で、両者に共通した認識がある。それは、「先発品の価格の下落」であるaB製薬業界特に先発メーカーにとっては、RP制導入は、先発品の価格下落シェア、低下を意味し、リストラを余儀なくされる製薬業界にとって最悪の事態である。一方、保団連は、RP制における「先発品の患者負担増」や、「保険給付率の引き下げ」を懸念しているが、この読みはどうであろうか。
 我々医療機関にとっては、後発品を使う覚悟があれぱ、患者負担ゼロという担保もとれた上で、先発品の価格を下げることができるわけで、結果的には先発品の患者負担もかなり軽減されることが予想される。競争原理が働くグルーピングであれば、「保険給付率の引き下げ」に連動して「参照価格対象品の価格も下がる」 わけであるから、患者負担増となるリスクは低い。また、単に厚生省が「保険給付の引き下げ」のみを目的にしているのであれば、定率負担のまま薬剤の3ないし5割負担と自己負担を拡大することで、「保険給付の引き下げ」をすればよいのである。厚生省が、あえて製薬業界と対立してでも、RP制を提言してきたのは、厚生省自ら薬価が高いことを認め、それを是正するメカニズムを導入しないと、保険財政がもたないと考え始めたからであろう。
 RP制のメリットを整理すると、
 @保険給付引き下げにより、保険財政を救済する(保険者側の立場)、
 A競争原理が働くグルーピングであれば、参照価格対象品の価格が下落する。待に後発品を使用すれば、患者負担ゼロとなり、先発品の価格が下がる(患者側の立場)、
 B高薬価の是正、低薬価シフトの促進となり、薬剤費抑制となる(行政側の立場)。
 つまりRP制ば、製薬業界にとっては脅威だろうが、膨張しすぎた製薬業界を再編・統合により、医薬品の「高コスト精造」から「低コスト構造」への変革を起こす有効な手段といえる。

6.「医薬ビッグバン」について
 さて、厚生省「医薬品産業の将来懇談会」の座長である南部鶴彦学習院大学教授の提言は注目に値する。要旨は次の通りであるメBすなわち、@企業の合併・吸収などで世界に通用するピカ新を開発できる研究開発力と価格競争力を兼ね備えさせることで、世界で一定のシェアを保てる企業を育成し、一方で、A特定の分野の医薬開発、低コスト薬の生産など得意分野を持つ企業を育て、Bそれができない企業は淘汰されるだろうという「医薬ビッグバン」構想である。「医薬ピッグバン」は、医療機関にとってはぜひ起こってもらわないといけない必要条件と考える。
 薬価基準制度という護送船団保護行政の下で、過去30年間倒産もなく80社もの新薬メーカーが保護されている医薬品業界の非効率性が、結果的に薬剤費、特に薬価の膨張を引き起こしている。現在の薬価基準制度ば悪い所ばかりが目立ち始め、確かに、ビッグバンを起こさないと、どうにもならない所まできている。RP制が、おそら「医薬ビッグバン」の主役を演じではなかろうか。

7.与党協丹羽雄哉座長が示す「日本版参照価格制」の問題点について
 大阪府保険医協会がすでに指摘しているように、RP制の問題点として、@どのようなグルーピングをするのか、Aドイツの場合、RP制導入後、参照価格の対象を後発品のある品目に絞ったため、非参照価格薬へのシフト(ゾロ新シフトなど)が発生し、長期的には薬剤費抑制の効果が相殺されたなどの懸念の声があった。そうした中で、97.7.14与党医療保険改革協の丹羽雄哉座長は、都内の講演で次のように述べているпB
 償還価格を決める上では、@特許期間が切れ、後発品の出た先発医薬品は、同一成分ごとにグループ化する。A特許期間内の新薬は、グループではなく単独にする。B新薬は類似薬がある場合は、類似薬を参考に償還ラインを決め、ない場合は原価計算方式にする。Cピカ新は基本的には医薬品産業育成のため、RP制とは別の取り扱いを検討する等、グルーピングを含めかなり具体的な構想を明らかにした。また、「新しいシステムで30%の薬剤比率を何とか20%まで下げることを、目標に進めていく」と述べた。さらに、薬価が償還価格を下回る場合については、「保険償還を全額認めるのではなく、7割とか8割とかにすれば、参照価格ラインまで価格が張り付くことをストップさせるインセンティプが働く」と説明している。
 また、97.7.18の日刊薬業で厚生省の発表によると、丹羽氏の発言と同様「非参照価格品目」はピカ新などのごく一部の薬剤のみに限定し、ゾロ新も「参照価格品目」に含める構想のようである。もう少し詳細な発表がないと評価は難しいが、メリハリのついた償還水準の設定次第では、ゾロ新シフトを抑えてくることが予想される。
 これらの発表の中で、「最後の償還価格以下の薬価に対する定率負担」は、患者側の立場から譲れない大きな問題である。「RP制と薬剤定率負担をミックスした案」で、いかにも厚生省が考えそうな内容である。もし医療機関・患者側がRP制導入を承認するだけでも、前提として次の二つの条件を受け入れる必要がある。すなわち@先発品を使用する際には、多少の患者負担はやむを得ない、A薬剤費抑制のため積極的に後発品を使用する等である。この二つの条件はRP制独自の特徴であるから、私個人としては譲歩せざるを得ないと考える。しかし、先発品の最大40%と低く抑えられている後発品に設けられたのでは、患者はたまらない。
 「償還価格以上は患者の自己負担」というのは「定率負担に代わる患者の自己負担」であり、また「薬価を下げる目的」があるから仕方がないと譲れても、「償還価格以下でも定率負担」は納得できない。償還価格を設定により、製薬メーカーがどれだけ「価格下げ」をするか不確定で、償還価格以上の患者負担額がどればどになるか全く不透明である。そうした状況では、「RP制と薬剤定率負担をミックスした案」は、患者負担増がかなりのものになることが予想される。少なくとも後発品については、負担ゼロとするべきだ。RP制導入で後発品の値段が上がるといっても、ドイツにおいて、わずかに2.5%程度だった。むしろ患者負担増のデメリットの方がはるかに大きい。しかも後発品にまで、定率負担を求められると、先発品と後発品の薬剤負担のメリハリが軽減し、低薬価シフトがおこりにくくなる恐れがあり、RP制を導入する意味が薄れる。「償還価格以下の薬価に対する定率負担」を行うよりも、ドイツでも行ったように「市場情勢に応じて定期的に償遺水準を見直して、価格をコントロールする」方が、患者のためである。丹羽氏、厚生省に「償還価格以下の薬価に対する定率負担」の取り消しを求めたい。

8、結語
 RP制の問題点とされるグルーピングや、ゾロ新シフトなど細かい点については、今後いろいろ検討すべき問題はある。しかし、RP制の問題点ばかり強調するのではなく、メリットもきちんと評価して、上手な運用方法を模索する必要性がある。私個人としては、RP制は使い方次第では医療機関、患者にとって良い制度にできるのではないかと考える。ただし、丹羽氏が述べた「償還価格以下の薬価に対する定率負担」は、過度の患者負担増となり絶対反対である。RP制導入で患者・医療機関が困らないように、グルーピング、償還価格の設定、「償還価格以下の薬価に対する定率負担」などの問題について日本医師会、国会議員、厚生省などに積極的に働きかけることの方が、むしろ重要なことだと考える。薬価基準制度の廃止の勢いは止めようはなく、選択肢を誤ってはならない。


参考文献
|薬価公定価格決別の時 参照価格導人綱引き。日経新聞96.6.18
}厚生省案は参照価格制に傾斜の様相 ポスト薬価基準分析・評価の落差鮮明。日刊薬業第9712号:97.7.14
~薬価基準廃止なら参照価格制に円医執行部は改めて自由価格制反対を強調。メディファクス2793号:97.7.14
川渕孝一:先進諸国の医療費適正化政策(2)。社会保険旬報No1924(96.10.1):34-35,1996
¥シ海信彦:「参照価格制度」は薬価を引き下げ、患者負坦を軽減する有効な手段。社会保険旬報No1948(97.5.21):1997
l生省案はRPに傾斜の様相 ポスト薬価基準分析・評価の落差鮮明。日刊薬業第9712号:96.6.16
ヶ剤費抑制へ業界再編 厚生省懇談会競争原理導入を提言 薬価の公定価格撤廃を。日経新間:97.6.27
与党協の丹羽座長 RP制導入前提に薬価一律カットも。日刊薬業第9743号:97.7.15
「薬剤給付基準額制度」を検討 薬価制度改革 厚生省の制度設計は最終段階。日刊薬業第9737号:97.7.18

医療制度資料のページに戻ります。