患者負担を増やし、日常的な医療費を抑制する医療政策を
 このまま黙っていてよいのでしょうか


高額医療と救急医療への提言

 増え続ける医療費に、毎年厚生省は診療報酬改定を行い、患者負担を増やし、日常的な医療費を抑制する政策を進めています。
 特に昨年9月の改悪は最たるもので患者さんの自己負担の大幅な増額を行い(本人2割負担、薬剤費の別負担、老人の外来・入院自己負担など)、また医療機関に対してはマスコミを誘導して薬漬け、検査漬けなる言葉を繰り返し、毎年薬価の改定や検査料の改定を行い、今回も薬価は10%程度引き下げられ、逆ザヤと呼ばれる現象も生まれ、検査料も大幅に引き下げられました。
 また、老人を中心に包括医療が進められ、徐々に出来高払い制度は崩壊の方向に進んでいますし、一般病院では入院期間が6ヶ月を超えれば極端な逓減性を引き、社会的入院の排除を名目に老人患者の追い出しをはかり、一方老人の長期入院施設として一般病院や老人病院より変換を進めてきた療養型病床群では早くも締め付けを始め、入院患者に行う処置料を包括化し、鼻腔栄養・褥瘡処置・酸素療法までも入院医療管理料に含めてしまいました。これらは在宅医療の受け皿のない老人入院患者は見捨てられた改定です。
 昨年9月の改定後、厚生省の思惑通り、自己負担の増加で患者さんの受診抑制がかかり、薬剤の使用量も減っているのは事実だと思います。しかし、このままもっと厳しい負担が増えれば大きな問題で、この方針を保険医療の政策として良いのでしょうか。

先日の毎日新聞にも医療費問題が取り上げられ、その内容は
 「厚生省が今国会に提出しょうとしていた医療保険改革が先送りにりになりそうだ。この改革案は、いうまでもなく、上昇する医療費の抑制を目的としたものである。平成8年度の国民医療費は28兆6000億円。1年間に約1兆6000億円の増加だ。総額の大きさもさることながら、問題はその高い増加率である。なぜ、医療費は急ピッチに上昇するのだろうか? ヤリ玉に上っているのは、次の二つのことである。一つは「薬」だ。諸外国に比べて、我が国では薬を使い過ぎるというのである。もう一つは、当り前のことだが「高齢者」である。老人医療費は平成8年度で10兆円に迫り全医療費に占める割合も34%になっている。厚生省は、薬の値段を下げたり薬の使用を抑制すること。「介護保険」を導入して、高令者対策を福祉の方向へシフトさせることで医療費を抑えようとしている。しかし「薬」と「高齢者」だけで医療費上昇を説明することはできない。もっと構造的で歴史的な経過があるからだ。
 第一は、国民皆保険により医療機関へのアクセスをよくしたことだ。保険証一つあれば日本中どこの医療機関にも受診できるようにしたことである。アクセスのよさにより患者は医療機関に殺倒した。
 第二は「出来高払い」にしたため、医療機関が利潤を求めて奔走したためである。厚生省は出来高払いをやめる方向へ転換して医療費抑制に乗り出したが、アクセスのよさでつぶすことはできなかった。なぜなら、これこそ、日本の医療が世界に誇ることだったからである。もし、これをつぶせば「謝礼」などの裏金がもっと動く世界になったであろう。
 ところで、医療機関へのアクセスのよさは、患者側にセカンドオピニオン(第二の意見)を求める動きを促進した。これは、よくいえば「誤診を防ぐ」手段であり、悪くいえば「乱診」ということだ。どちらにしても医療費は上昇へと向かったのである。
 医療機関へのアクセスのよさは国民に満足感を与え、中産階級意識を定着させた。社会政策として成功したといえよう。その成功のツケが医療費上昇である。ではどうしたらいいのだろうか。簡単にいえば、保険をくい物にしない倫理性の確立である。もちろん医療機関側の「乱療」を防ぐことなのだが、同時に患者側の「乱診」には保険外で対応していただくことも必要なことになる。」と述べています。
 相変わらずマスコミは「薬」と「出来高払い」「高齢化」の問題批判に終始し「医師の倫理」と「保険外での対応」を主張し全く厚生省の言いなりの報道で記者が現実を知らなすぎます。
 薬価差に頼る医療経営など過去の問題で、「薬」と「出来高払い」の改善で医療費抑制が出来るのでしょうか。
 ここ十数年指摘され続けてきた医療保険制度の本当の改革には、ほとんど実効ある対策がとられていません。厚生省・社会保険庁の官益をはじめ、医師会や製薬業界、経済界、労働界、健康保険組合連合会などの利害が対立して、改革案がまとまらないためと言われています。
 その結果、繰り返されてきたのが、抵抗の少ない患者負担や保険料の引き上げという、その場しのぎの制度改正でした。

もっと考えねばならない問題があると思います。 そのひとつが「高額医療費の問題」で、もう一つは「救急救命医療をどう考えるか」だと思います。
「高額医療」について先日発行された日本医師会の医療政策会議の9年度報告(10年2月発行)では、レセプト(診療報酬明細書)点数の順位と医療費の関係が記載されています。
 政管健保・国保のレセプトを高い順より並べた時
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レセプト点数      総医療費の割合 医療費概算
 上位から1%未満       26%     6.76兆円
 上位より1%-10%未満     38%     9.88兆円
 上位より10%-25%未満    14%     3.64兆円
 下位75%           22%     5.72兆円
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となっていました。平成5年度の資料です。
(医療費概算は総額26兆円とした時の私の計算で本文にはありません)
 因みに山口県の14市の国保の集計では上位0.1%で医療費全体の14.3%とのデータも公表されています。

 これを見ますと日本の総医療費の3分の2が10%未満の人により使われている事になり、総額は約16.6兆円にもなります。
 この多くは大学病院など高度医療を行う病院での治療が主体で、高度医療や末期医療に使われておりますが、現実にはこうした高額医療者の内、9割が治療1ヶ月から6ヶ月以内に死亡していると報告されています。とりわけ死亡1,2ヶ月前に手術、投薬が集中しており、末期医療・延命治療のあり方にも問題提起がされています。
 今後は移植医療を中心に高額医療をどうするかの問題も出てくると思いますし、この問題を抜きにして総医療費の問題は語れません。

 そうした中で一般外来や一般病院に入院されている患者(日常的な医療費)や老人患者の自己負担をいくら増額しても総医療費に対する影響はわずかで医療費抑制の効果は薄いことも解っています。例えば下位75%の患者さんの自己負担を10%アップしたとしても全体での影響は2%前後で総医療費抑制にはなりません。
 しかし、この患者負担を増やし、日常的な医療費を抑制する政策が一般の患者さんには大きな影響です。事実昨年9月より受診の抑制があり、外来窓口での負担増加の不満はよく聞きます。
 今回の改定でも、その場限りの抑制政策が主体であり、老人外総診の外来管理料にしても、入院の病衣の廃止や高血圧食の特別食加算廃止にしても、また、療養型病床群の酸素療法や鼻腔栄養、褥瘡処置などが包括化されたことも総医療費を抑制することは出来ず、むしろ現場での混乱と不信を煽るだけの改定だと思います。 厚生省の役人の机上の計算だと思います。
 しかし、高額医療を受けた患者さんでは自己負担率が増額されても自己負担額は変わらず全く影響はありません。なぜ高額医療の患者さんに影響がないかと言えば高額医療還付制度があるからです。1ヶ月の医療費の自己負担分が63.600円を超えた場合には超えた額が全額保険から還付される仕組みです。
 例えば100万円の医療費がその月にかかったとしたら、政管健保で本人は2割負担(20万円)、あるいは国民健康保険では3割負担(30万円)を支払わなければなりませんが、実際の負担は同じ負担額(63.600円)となります。つまり、高額医療ではいくらかかっても、万一1000万円かかっても患者負担は月に63.600円で済むと言うことです。
 この高額医療還付制度のお陰で、国民は安心して治療が受けられる制度で、堅持して行かなければなりません。厚生省はこの高額医療還付制度の額の引き上げも考えていますが、これまた例え10万円に引き上げたとしても高額医療の対象の総人数は少なく、総医療費への影響は微々たるもので安易に値上げすべきではないと思います。
この様に、高額医療については、制度で自己負担をいくら上げても総医療費には影響は少ないのです。
 しかし、この高額医療費に手を付けず医療費抑制はないと考えます。それには、高額医療費の実体を公開すべきですし、国民も知るべきです。
 一月に一人500万円を超えるレセプトなど、我々開業医には無縁の超高額医療費ですが、日本全体での高額レセプトの情報、特にどのようなケースが多くて、削減する方法があるのかなど知りたいところです。そして、高額医療の実態を国民にも公表して欲しいと思います。医療費の大きな部分が、「医者の不正請求」や「老人の不必要な診療・入院」ではなく、どうしても治療が必要な、悪性や末期のケースの治療費が占めているとすれば、国民の見方もかなり変わってくるでしょう。また、高額医療費のどこまでを保険でカバーし、自己負担をどうするか、もっと国が補助すべきか、という判断を、政府や野党や医師会が提供するいくつかの選択肢の中から、国民が判断する必要があります。
 高額医療費については次に問題となるのが移植医療だと思います。
 アメリカでの心臓移植を例に取りますと心臓移植にかかる医療費は約4000万円だと言われています。心臓移植で入院23日としたときの概算で、長期入院に制限のあるアメリカでこれだけの医療費がかかるのですから日本ではもっとかかるかも知れません。その後も免疫抑制療法などの継続治療が必要となります。
 また、先日の消化器病学会では生体肝移植の移植治療の医療費は平均1300万円との報告が信州大学より報告されました。これにも移植前の治療や移植後の治療を含めるともっと多額の医療費がかかります。
 たった一人の医療費に数千万円の費用がかかることになり、人の命は地球より重いと言われても、これを全て医療保険でまかなうのかは議論のあるところです。しかし制限することは先進医療の進歩にも関係してきますし、これも国民のコンセンサスを得る必要があります。

 「ではどうするのか」と言われても、政府の医療・福祉に対する予算が削られ、制限されてはすぐに解決策はありませんが、政府により総医療費の枠が決められ伸びを抑えることが命題ならば高額医療費問題は避けて通れない問題だと言うことははっきりしています。
 高度先進医療にたいする対策として、医療の進歩による医療費の高騰は本質的なものでありやむを得ない面がありますし、前述したようにこれを制限すれば医療の進歩は生まれないのも事実です。
 そこで一つの提案としては高度医療を行う大学病院や公的な先進病院では入院の保険点数を1点8-9円とすることも一案です。こうすれば総額の医療費抑制は確実です。レセプト上位10%の医療費は15-16兆円ですので1.5-3兆円の削減が可能です。そうすれば下位75%の患者さんの自己負担をこれ以上増やしたり、日常的な医療費を抑制する必要はないと言えます。
 というのは、これらの高度医療を行う大学病院や公的な先進病院では救命と研究に重点が置かれ、現実には過剰の検査や治療が行われている事は事実だからです。しかしこれらの病院は一般に研究・教育病院を兼ねており、特に大学病院は医師の養成・教育機関でもありますので、ある程度の治療、検査、研究などは自由に行えるようにしなければなりません。従って公的な医療機関では自由な医療と研究を行う事の出来る代償と、もともとこれらの病院は高額医療機器にしろ施設整備にしろ税金で賄われているため、設備投資を回収せねばならない民間の医療機関とは異なり、そこで1点8-9円を提唱するわけです。勿論今後は患者・家族とのインフォームドコンセントにより、末期医療の過剰な延命処置は減らすべきと考えます。
 一方これらの大学病院や公的病院は慢性的な赤字経営ですし、年間約8000億円もの公的補助が行われていますので、点数の減額に伴う公的な補助は現在よりも増やす必要はあります。特に人件費の補助は必要です。また、医療機関としてだけでなく、教育機関としての補助も加算するようにすることも必要でしょう。しかしこれらの施設も、公的補助に頼るだけでなく民間の医療機関にならった無駄を省いた経営努力も必要でしょう。

次の問題は救急救命医療だと考えます。
 救急医療に費やされる医療費については詳しいデータがありませんが、救急救命を行う施設ではかなりの医療費がかかることは想像できます。一般に言う過剰診療や過剰検査は救急救命の場では必要だからです。 また高次救急医療を行う施設では人件費比率が高く、救急救命医療を行うことが大きな赤字となっている事が問題となっています。この救急医療は3次救急救命医療施設には国の補助がありますが、一般の救急医療を行う施設には何の補助も保障もありません。このため一般病院での救急医療がますます難しくなり、担当医やコ・メディカルの負担のみ増しています。
 しかし、救急医療は国民にとってなくてはならないものでありこれを制限することは出来ません。
 そこで国民の生命を守るための医療費として、救急医療は医療保険と分けて考える事も必要ではないでしょうか。
 国民の中に警察署や消防署・救急隊が不必要と考える者はいないと思います。これらはいつ起こるか解らない事件や火事や救急にすぐに対応出来るよう税金により(行政の分担)運営され予算化されています。これにより国民の安全と生命が守られているからです。この方たちの活動は数日間何も出動がなくても国民は不平は言いません。万一の対応に期待しているからです。また救急の出動や事件でも料金はとられません。
 これに準じて救急医療のうちの数日間の救急医療については、保険医療とは別に税金で対応し、国民の生命の保障と考えるべきではないかと考えます。勿論これには色々な問題点がでることも事実です、安易な受診を全て救急医療とすることは出来ないと思いますし、医療過疎地の不公平もあります。そこで将来的には国や医療圏内の市町村の出資で各地に高次救急センターを作り、ここでの医療は本来の医療とは別に救急救命医療として保険医療と別に運営する事も考えてみることは出来ないかとも思っています。また民間の救急医療対応施設にも公的補助を行い充実を図るべきです。
 これらは私個人の医療制度には素人の考えですが、高齢化社会への対応を間違った政府の、その場限りの「患者負担を増やし、日常的な医療費を抑制する医療政策」に反対して、我々医師も発言せねばならない事ははっきりしています。

 勿論、高額医療費の問題や救急医療の問題をこんなに簡単に割り切って改定できるとは思っていませんし、1点8-9円とすれば、補助金で補うとしても国公立病院より反発がでるのもわかります。1点8-9円に何の根拠もありません。また補助金のない民間病院や私立大学の高度先進医療はどうするのかも未定です。
 救急医療に関してもシステム作りもなくすぐに救急医療を税金で賄うなど言ってもそんな予算はなく、相手にされないであろう事は理解しています。
 しかし保険医療制度の抜本改正の名目で審議が進められていますが、お互いの利害関係が表にでて、遅々として進まず難しい問題となっています。
 何かの議論のたたき台となればと思い掲載します。
          平成10年5月8日     玖珂中央病院 吉岡春紀


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