いよいよはじまった
民間病院の官立化への行進

メディカル・クオール NO48 1998.11

 10月1日からの老人の6カ月以上の入院患者の追い出し施策の実施と機を同じくして、厚生年金基金からの脱会を申し出る病院がでてきた。厚生年金基金というのは、加入している病院の職員は老後、通常の年金とは別途に基金からの給付金を受け取ることができるもので、職員の雇用条件の向上が図られ、他病院との差別化ができるというメリットから、医療界でも17-18年前からスタートし、現在では全国を網羅している。
 ところが、10月1日からの診療報酬改定後の病院収支をシミュレートしてみると、収入は下がるばかりでプラス要素は何もない。支出を削らなければ赤字経営に拍車をかけるような状況になっており、職員の福利厚生費を削る以外に病院を維持する方法がないのだという。そのため、毎月の固定的な支出である厚生年金基金の掛け金をカットしたいというのだ。
 実際、各病院の状況を調べてみると、救急医療に熱心に取り組んでいるところでもベッド数の30%以上を6カ月以上の入院患者が占めていたり、市街地の病院では住民が老人と同居できる住環境にないため、相当数の老人患者を抱え込んでいる。しかも、そのうちの相当数は病院にいるから病状が安定しているのであって、担当医にいわせると「在宅にもっていったら死にますよ」という患者だ。MRSAに感染して、病院で隔離している患者も少なくない。これまででさえ、病院の体力のなかで赤字分を補填してきたものを、さらに医療費を切り下げるから、退院止むなしの行政誘導である。
 病院長にしてみれば、患者は人間であって決して物ではない。退院させれば不幸になることがわかっているものを、そう簡単に迫い出すわけにはいかない。まして、ゴールドプランの計画通りに受け入れ施設や在宅医療が整備されているならまだしも、行くところもない老人患者を迫い出すことはできない。それゆえ、年金基金という職員の将来的な期待権を失うような事態になってしまったのである。
 本来ならば、このような事態が発生する前に、医師会や病院会、あるいは事務の経営研究会などは、強引な制度改革が引き起こすであろう問題点について研究し、行政に対して申し入れるなり、未然に防止すべく対処しなければならないのだが、相も変わらず行政情報に振り回され、何月何日までに慢性期病院に移行したら補助金がいくらもらえるという議論ばかりしている。補助金ほしさに官僚の誘導策に同意して、官僚が提示する制度が救われる道だと信じる形で医療団体も動き出している。補助金をもらったら、慢性期病院であろうと、療養型病床群であろうと、何ももらっていないところと診療報酬に差がつけられるようになることにさえ思いをめぐらすことなく、確実に官立民営化、官立化がはじまり、今後医療に向かうのか、福祉に向かうのかの選択肢まで押さえられてしまうことにも気づかずにいる。キヤピタルコストは補助金としてもらうのではなく、診療報酬のなかに位置づけられるのでなければ、病院の支配権も管理権も全部国のものになってしまうのに誰も気づかない。
 起業家精神を忘れ、官僚の作った死の道に迫い込まれていく民間病院の姿は、私の目には死の谷に向かう巨象の大群と重なってみえてならない。


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