財政抑制のため?
意図的な「がん検査否定」の波紋

メディカル・クオール NO43 1998.5

 少しばかり海外に出掛けたあと、病院に戻ってみると、顔見知りの患者さんから、「がん検査というのは本当に有効性がないのですか。受けても受けなくても一緒ですか」と聞かれて驚いた。わけもわからず、「なぜ?」と問い直すと、「そう、厚生省が発表したと、新聞にも書いてあったし、NHKでも報じていた」という。
 「そんなことはありませんよ」と、その場は取り繕ったが、まさに寝耳に水がごとき話で、さっそく当時の新聞を取り寄せてみた。そして、詳しく読んでみると、厚生省はがん検診そのものを否定しているのではなく、厚生省が補助金の対象としているがん検診には有効性がないと報じている。具体的にいえば子宮体がんと肺がんに対する厚生省が補助金を出している検査は有効性がないと書いてあるわけだが、対象になっているのは胸部のX線撮影など、いわゆる一般検査だけである。現在、病院では肺がんを疑って検査をする時には、当然のごとくCTスキヤンや腫瘍マーカー等を行うのが常識的であるし、これは有効な方法だ。
 ところが、NHKをはじめとするマスコミは、厚生省の発表を受けて、「がん検診の有効性に疑問?」という形で取り上げ、国民に大変な誤解を与えている。医療の現実を見ずに、がん検診そのものを否定するかのような報道をする。
 このような報道がなぜ行われるのだろうか。厚生省は、研究会から「がん検査は今や、現場ではCTを撮るのが一般的になっているのから、旧来の検査項目だけを補助の対象にしているのは遅れており、有効性はない」と指摘されたのだから、「胃がんや子宮頸がんに対しては厚生省が費用助成しているがん検査は有効ですが、子宮体がんと肺がんについてはCTスキヤンも行わなければ有効ではないので、CTスキヤンも受けて下さい」と発表するのが本来のあり方。それを、財政抑制や受診抑制のことを考えてのことかもしれないが、がん検査をすべて否定するかのような発表を行うとは言語道断、許されることではない。また、医療不信をあおるようなマスコミも、ことを知らなすぎる。
 そして、国民の誤解を招いた結果、医療の現場では、患者から「先生、がんの検査は意味ないんですよね」といわれるがんの専門医たちが困り呆てている。ただでさえ、患者たちにはがんへの恐怖感があり、がん検診を受けたくないという気持ちがある。それをなんとかなだめて、「がんは早期発見が大切だ」と説いて、がんの治療率を高めてきた専門医たちは今、厚生省の発表を否定するのに一生懸命で、それも下手をすると「金儲けのため検査を薦めているのではないか」と疑われかねないような環境のなかで努力を統けている。
 「なんという発表をしてくれたんだ」というのが、彼らの偽らざる気持ちで、この報道によって早期発見、早期治療というがん医療の最大の眼目さえ壊されたのではないかと危機感を抱いている。
 もし、本当にこの発表によって患者の受診機会が損われ、疾病の発見が遅れ、がんによる死亡率が増えたならば、厚生省はその責任をどうとるというのか。財政抑制に走るあまりに、医の本質さえ忘れたような行政を続けていたのでは、この国の損失は計り知れない。こんなf馬鹿げたことは、もう止めにしなければならない。


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