インフルエンザへの対応にみる医療界の情けない現状

メディカル・クオール NO41 1998.4


 最近テレビドラマや映画の題材として病気そのものが取り扱われるようになってきた。ハンセン氏病であるとか、エイズ、がん、アルツハイマーのような難病、あるいは死に至る病が、主役にとっての弱点として存在する形でストーリーが構成されており、たとえば北野武監督が映画祭のグランプリを獲った『HANA‐BI』にしても、がんに侵された妻の存在が物語の核になっているほどだ。しかし、その扱われ方はきわめて古典的で、「がん=死が前提」のようになっているが、これは製作者の勉強不足というものだろう。
今回、なぜこのような話からはじめたかというと、インフルエンザのようなありふれた病気を題材としたドラマが作られないのだろうと思うからだ。ドラマの制作者は「風邪を題材にしたのでは面白いストーリーは作れない」というかもしれないが、実はこれほど恐い病気はない。かっては、スペイン風邪の大流行で世界中で2000万人もの人が死亡し、今も死因は別であっても風邪を原因として1万人もの老人が亡くなっている。空気感染による感染症で、二次感染も起こる病気であり、毎年、健常人がもっとも多く罹患する病気であるのに、しかもワクチンで予防する以外に医師でも治すことのできない病気で、まさしく医療の主役であるのに、誰も取り上げない。
 毎年風邪のシーズンを迎えると、どこの医療機関でも外来は風邪ひきの患者であふれ、高熱や頭痛、せきなどの症状に耐えながら、順番待ちをしている。高齢者や幼児ならば、肺炎を起こして死亡する危険性もある。このため、心ある病院では殺到する急性インフルエンザの患者のために、専用診療室を設け、長時間待たせないようにし、外来点滴を行うようにしているのだが、困ってしまうのはその後の保険請求だ。現行の診療報酬では、風邪は軽症扱いのため、レセプト上、診療実日数1日で点滴を打つと減点対象となってしまう。「風邪は家で寝て治せ」ということなのであろうが、先ほども述べたように、風邪は万病の元、二次感染で命を落とす危険性もある。赤字覚悟でも点滴を打たなければならないのが医療機関としての使命だ。ところが、行政は今度の医療費抑制策のトップに審査、減点の強化を掲げ、不必要な医楽品使用をターゲットに濃厚診療のチェックを行うとしている。場合によっては、これからは風邪薬はドラッグストアや、コンビニエンスストアで購入しなさいとさえ言い兼ねない。高度先進医療と老人医療にばかりスポットを当てて、肝心のコモンディジーズがないがしろにされてしまっている。
 本来、風邪のような〃国民病〃は、医師も対症療法しか打つ手がないのだから、国はインフルエンザ・ワクチンの予防給付を診療報酬上認めなければならないはずだ。ところが、国立衛生研究所はウイルスを特定することはしても、ワクチンの製造は間に合わないといい、国はワクチンの注射は個人負担で行うという。そして、その結果、風邪の大流行によって、医療費が高騰しているのだが、こんな馬鹿げた話はない。ワクチンの製造能力が不足しているというのなら、発生経路に出向いて、早めにウイルスを特定して、ワクチンの提供が風邪の発症に間に合うようにすればよいのだ。ましてや、国民の個人負担でワクチンを打たせる国など、医療制度が整っている国ではどこにもない。
 この一点をみただけでも、行政のドラマ製作者なみの認識不足、無知ぶりがわかるというものだが、この大問題を取り上げない医師会も病院会も同様である。国民に必要な情報を流しているのが、主婦向けのワイドショーだけとは、医療人としてこんなに情けないことはない。


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