介護報酬請求システムおよび対応の不備と問題点

 介護保険制度は4月からスタートしましたが、制度自体の問題や介護サービスなどの問題とは別に、これまた大きな問題が発生しました。
 これは介護報酬を請求するシステムとその対応の問題であり、システムの問題はコンピューターとISDNを使った伝送(電送)システムであり、これも制度がはじまる前から、「テストも行わず、本番は大丈夫なのか」と専門家には指摘されてきたことでしたが、このシステムの問題が露呈し始めています。そしてその対応は一つ誤れば事業者の死活問題ですが、そんなことはお構いなしの対応が各地で行われています。

あるメーリングリストでこんな書き込みがありました。

「どうなってんの?国保の電子請求システムは?」
 東京都の開業医で、パソコン通信の草分けとして活躍され、パソコン通信や電送にも詳しい先生からです。
 自院でも介護サービスを行われており、介護報酬の請求は「伝送」を選択され、上記した情報から「介護伝送請求用パソコンの無償貸与」も受けて、貸与パソコンと国保連の伝送ソフトを使っておられます。

メーリングリストへの内容は
「本日(6/10)になり国保連合会から、先月送った4月分のデータが全て無くなってしまったので、再度送って欲しい。」との電話連絡があった。 当初はデータ紛失は(正確には読みとれない)当院だけと云う事でしたが話をしている内に、実はまだ他の施設のデータも駄目で、今、再送のお願いをしている最中とのこと。当然ですが、この様な大事なシステムですからRAIDなりHDのバックアップは取ったのか、業務用として実質に耐えるシステムになっているんでしょうね?と質問をしました。しかし、現実にはシステム管理は国保で行っているのでなく、どこかの業者に丸投げをしているハズですので、国保の方から答えは返ってきませんでした。
 今回の話の前提問題として、伝送を行う場合に、個人的にバックアップの問題・セキュリティーの問題・院内でLAN接続して良いかなど色々質問しましたが、国保中央会の話では、漏洩等の問題が起こるのはユーザサイドの問題で、伝送後の処理については国保の方は、万全のセキュリティをかけてあるので、全く心配無い。しかしユーザサイドにはセキュリティに問題がある。だから絶対にLAN接続をしないのが、データ通信の世界では常識である。またテスト送信なども不要と言われました。
 個人的には納得できない、いい加減な対応でしたが、これ以上追求しても分からないので、一応はそのままになっていました所、今回の事態になりました。
 この事は、通常の帳票で国保に送る様な場合にアンタの所の紙(帳票)が全て無くなったので、もう1回出してくれと云われたのと同じ様なものです。

 国保の伝送ソフトは、伝送を終わると、データは元のディレクトリーから他のディレクトリーに移動され、表向きには当該月のデータが無くなった様に作られています。ある程度のファイル管理の分かる方でしたらこの仕組みを理解して対処するのでしょうが、一般の方では難しいでしょう。再度送りたくても元のデータが無くなっている。こんな事態も出るでしょう。またこの伝送ソフトは紙への印刷は出来ない、考えられないような未熟なソフトです。
 自院にとっては生活の糧とも言えるレセプト請求分が無くなったなどと云うのは、言語道断でしょう。以前に中央会に電話で尋ねた時の応対で、電送内容が漏れたり無くなったりしたら困るでしょう?これらの問題は、ユーザさんサイドの問題なのですから、LANに接続していは困ります。繰り返しお聞きしました所、国保に送ったら絶対に心配は無いと行ってたのに、この結果はどうしたんでしょうか? 
 私は成り行き上、伝送を続けるつもりで先月、今月も伝送をしましたが、先月の伝送分も本当に国保に届き、支払を受けるまで分かりませんね。皆さんの所では如何でしょうか?」

 こんな報告と質問でした。その後このメーリングリストでも各地の医師から同じ様な国保連の対応と介護報酬請求の「過誤」返戻の報告が相次いでいますし、またインターネットの介護保険関係の掲示板にも担当者から多くの書き込みがあり、同様な「返戻」が相次ぎサービス事業所では、請求例全員が返戻されたなど、もっと悲惨な「返戻」も行われているようです。
 今回の場合は、初めての制度で、パソコン入力にしろ、手書きにしろ未熟さの為に起こる「記号・番号などの記入ミス」などの本来の「ミス=過誤」も、システムとしてのコンピューターソフトのエラーも、全て「過誤」と判断されているようであり、その原因が分からないことが一番の問題のようです。

 しかし、考えてみると医療の診療報酬請求事務で長年の経験のある国保連が、コンピューター操作の経験は浅く未熟だとは言え、なぜこんなにも「過誤」として「返戻」しなければならなかったのかが疑問です。

 制度がはじまって、始めての事だとはいえ、介護保険制度では要介護度が決まっており、支払いはその支給限度額内でしか行われないし、医療審査のように診療内容の審査も特に必要となるケースはないわけで、ミスがあるとすれば番号や記号の入力間違い位だと思っていました。そして、もし今回最初の提出で事業者側のケアレスミスであったとすれば、それはその事業者に個別に連絡し各県の国保連に来させて訂正させればよいことだと思います。
 全ての都道府県ではないと思いますが、こんな配慮もなく、大量の返戻を出した都道府県の「国保連」の対応も問題だと思います。ただし、各都道府県の国保連の対応はかなり違うようで、私たちの県ではあまりこの問題は表面化していませんし周辺の施設でも「返戻」や「過誤」で困っているという話も今のところありません。

 そして、書き込みにあったように、伝送データの紛失が事実だとすれば介護報酬請求の伝送システムそのものの重大な欠陥が露呈したものであり、「データを送り返して欲しい」というだけの問題ではないと思います。
 その後この問題はマスコミでも取り上げられ各地でこんな報道がありました。 

------------------------------------------------------------------------
北海道 介護報酬大幅遅れ/サービス業者悲鳴
 介護保険でサービス提供事業者が、県国民健康保険団体連合会(国保連)を介し、国保中央会へ行った4月分の介護報酬請求がいったんは受理されたものの、その後のコンピューター処理でエラー(不備)表示が出て、8日から12日までに事業者に返送されていることが分かった。請求書類の7割から9割が返され、予定された2カ月後の報酬受け取りが大幅に遅れ、「死活問題」と悲鳴を上げる事業者も出ている。

 4月現在、県が指定した介護サービス提供事業者、介護保険施設は1780カ所でサービス種類ごとの指定は4500余に上る。それらの事業者が、提供したサービスの対価として9割を保険から受け取るのが介護報酬。導入前の見直しなどで請求事務用ソフトが間に合わず、国は当面は手書きによる請求も可能とした。

 本島北部の介護療養型医療施設は請求書類の7割、約1000万円分が返送。同地域の施設は3割の約500万円分、南部の施設では9割強のおよそ2000万円分が送り返された。事業者の多くが金額の多寡にかかわらず、返送されているという。

 請求事務用ソフトを使用している事業者からは同じように入力しても意味不明のエラー表示が出ると指摘。同様な問題は全国的に起こっており、請求事務用ソフトの不備を指摘する声もある。

 ある施設の担当者は「手書きの請求書類にミスがあり、国保連の指摘通り修正し受理されたのに、なぜエラーとして返されるのか。国保連に問い合わせても明確な答えがない」と話す。施設責任者の一人は「請求書類を国保連が入力し直した時にミスが出たのではないか。1000万円もの報酬は職員の給与や運営費に充てるもので、遅れると死活問題だ」と憤りを隠さない。

 これについて県国保連は「たしかに手書きについては入力したが、入力ミスはなかった」と否定。県国保連では「エラー表示の原因が不明な点について、国保中央会に問い合わせたが明確な返事がない。給付請求で迷惑をおかけしている」と話している。

-------------------------------------------------------------------
岡山県 介護保険事業者への4月分報酬 1割支払い不能の恐れ

 書類ミスやソフト不備 国保連、仮払いへ
 介護保険のサービスを提供した事業者への報酬支払いが、コンピューターソフトの不備や、請求書類の記入ミスなどで全体の約一割(約8,000件)にエラーが発生、4月分の支払いができなくなる恐れがでていることが12日、岡山県国民健康保険団体連合会の調べで分かった。国保連や岡山市など一部市町村は資金繰りに困る事業者に対し、事業者側のミス以外で生じたエラーについては、仮払いに応じる方針を検討している。

 介護保険では、サービス事業者、ケアマネジャー(介護支援専門員)、市町村、県から出されたデータを国保連が、コンピューターで突き合わせ、請求が正しいかどうかをチェックする。

 制度スタート後、最初の請求となる4月分は、5月10日に締め切られ国保連で審査を開始。サービス事業者の給付費明細書約7万5,000件のうち約11%の請求データで、コンピューターにエラー表示が出て、支払いが保留扱いなどになった。

 エラーの原因は、請求用のコンピューターソフトの開発の遅れで手書き対応を迫られた業者の記入・転記ミス▽請求業務が不慣れな新規参入事業者などの記載漏れ▽保険者である市町村のデータ管理用コンピューターソフトの一部不具合―などが挙げられている。

 サービス事業者への介護給付費の支払いは27日に迫っているため、国保連は「県、市町村と国保連のミスで大量のエラーが発生した事業者は給与支払いや運転資金に困るため、仮払いで対応したい」と話している。今後エラーの原因を明らかにし、20日ごろまでに仮払額を確定。申請をもとに27日の支払いに間に合わせる方針。

---------------------------------------------------------------------
請求書ミスでも概算払いを 厚生省が介護報酬で要請
 厚生省は14日までに、介護保険サービス事業者からの介護報酬請求で、4月分の請求書類に記載ミスがあっても支払いの遅れで資金繰りに困る事業者には請求額の概算払いを認めるよう都道府県に要請した。
 東京都は概算払いを求めてきた業者について請求額の9割を今月中に支払い、再審査の際、過不足分を精算することを既に決めている。

 同省は、道府県に対し都の対応と同様の措置を検討するよう要請。同時につなぎ資金の貸し付けができる民間金融機関の事業者への紹介を求めている。
 請求書の記載ミスは、都道府県の国民健康保険団体連合会が事業者に差し戻し、修正した上で再審査するが、支払いが一カ月遅れる。記載ミスが多く、差し戻し分が多い事業者は支払いが滞れば経営に影響が出る恐れがあるため、厚生省は「概算払い方式もやむを得ない」としている。

-----------------------------------------------------------------------
このように最近急に介護報酬請求システムの問題点が表面化しました。

 介護事業者の保護の為には、「つなぎ資金」や「仮払い」で乗り切ることも必要ですが、全国では東京都や神奈川県、北海道などが同様の措置を行う方針との事ですが、沖縄国保連では「概算払いに近いやり方を検討したい」と答えたが、具体的な回答は持ち越したとの報道もあり全国一律の通達にはなっていないようです。
 事業者保護の対策と共に、もっと根本的な介護報酬請求のシステム全体についての検討が必要なのではないかと思います。

 医療保険の診療報酬制度は、現在の所一部の試験的なシステムを除いて、診療報酬は請求書(レセプト専用の用紙)に手書きや印刷をして、個人を1枚の請求書(レセプト)として、社会保険や国民保険の保険別にまとめて請求します。
 しかし、介護保険では介護報酬の請求システムは原則的に伝送(パソコン通信・または磁気媒体(フロッピィーディスク=FD)の送付)で行う事とされ、ISDNを介して国保連合に伝送するよう定められています。50床未満の施設や小規模の業者では医療保険と同じ「紙媒体」の請求書でも認められ、伝送とは別に磁気媒体(FD)送付での請求も認められているようです。
 4月から全ての対象施設が伝送しなければならないわけではなく、4月から10月までは試験期間となっています。
 このように伝送が間に合わない施設や事業所では、11月までは手書きや印刷の「紙」の請求で良いと言われていたにもかかわらず、ある県では、「返戻はきっちりとエラーコード表示され、従来の医療保険の過誤の方式も無視して、コンピュータチェックをそのまま過誤として、減額してきた、そして「エラーコード」が実は国保連内部の入力ミス、配慮ミス、ソフトと実際運用の約束とのミスマッチであり、請求側よりも国保連・厚生省側の不慣れの為である。」と指摘されています。同じ様な返戻は各県でも相次ぎ、上記のような新聞報道になったのだと思います。

 しかし、医療保険の診療報酬請求システムと比べると、システム自体は簡単で、入力する項目ははるかに少なく、請求も単純であり、決定された要介護度により支給限度額も決まっている介護報酬の請求ソフトがなぜこんなにも混乱しているのかは、複雑怪奇な診療報酬制度を経験している医療関係者にとっては理解しにくい所です。
 しかも請求の枚数は医療機関が提出するレセプトの枚数とはこれまた比べものもないくらいに少ないもので、わざわざ伝送システムを強制的に行うとした理由も理解できません。パソコンの経費やISDNの設置など考えるとこんな数なら手書きでも良いわけであり、紙媒体に印刷したもので十分だと思います。

 診療報酬と違う介護報酬請求の問題点は、介護者が別々の施設や事業所で別々の介護サービスを受けたときの請求が個人の支給限度額内に納まっているかどうかを確認することだけだと思っていました。
 介護保険の介護報酬請求システムを元にして国保連は今後、診療報酬システムも伝送を考えていることだと思いますが、これではまともな伝送は出きるはずはありません。
 もっと大切なことは、ソフトを含めて「伝送システム」そのもののチェックが出来ていないことと・伝送システムの為にパソコンをばらまいたこと・通信はISDNでよいのかと言うこと・伝送のソフトの問題はないのか・などいろいろ試験を行っていないことも問題だと思います。

 ここでも走りながら考える厚生省の姿勢がはっきりしています。

 このように介護保険請求の伝送の問題は、今まで何の議論もほとんどないまま、突然システムそのものが動きだし、いろいろな混乱や問題を生みだしているようです。
 要するに十分なテストもせず、診療報酬のようなパイロットスタディもやらず、期限ぎりぎりまで、変更だらけの仕様書で介護報酬自体に詳しくない業者にも開発をさせ、後は「義務化」の通達とハードとソフトを配りさえすれば何とか成る、という見切り発車で、今回の事態は当然起こるべくして起こっているわけです。

 3月に配られたパソコンがどの位あったのかはしりませんが、国費補助でかなりの数が配られたと聞きます。そしてその配られた請求システムが欠陥だらけで、システムの利用者に不利益を与え、最悪の場合には介護報酬を期限内に得られない事業者もあるという事なのです。
 こんな無茶なシステム化は今まで見たことがありませんし、それが全国規模ですから一層罪が深いと言えます。

 医療保険の診療報酬制度を経験している施設以外は、作成送付する側も初心者が大半ですし、受ける末端の国保連の職員も「伝送システム」は初心者です。業者に丸投げにして処理を任せても、記入エラーかソフトウェアエラーかも区別出来ず、結局今回は「過誤」として、全てを請求側に転嫁するという本末転倒が起こってしまったということです。

 事業者のミスでないソフトのエラーを「過誤」として「返戻」され、再請求を要求されたら支払いは1月以上遅れることになるわけで、たまったことではありません。事は明日からの死活にも関わる報酬に関することですから、もっと声を上げていく必要があります。

 さすがに、厚生省もこれにはごり押しも出来ず、「概算払い」「つなぎ資金」で凌ごうとしているようです。

 前述しましたように、入力項目数の限られた・単純なシステムだと思っている介護保険請求ですら、これですから、診療報酬の伝送化なども早まって義務化などさせないようにしないといけません。まあこの件で受け取り側も診療報酬まで伝送を行おうとは思わないかも知れません。本当の意味でのネットワーク医療を目指す立場からこそ、あやまった拙速なシステム化には厳しいチェックをいれていく必要があるでしょう。

今後どうすればよいかをもっと広く検討する必要があります。
 緊急避難的な「概算払い」や「つなぎ資金」は事業者保護のため必要です。システムが安定するまでは事業者を保護するためにも行うべきです。
 その後・介護報酬請求のシステム全体について、中でも伝送システムそのものの議論が必要だと思います。

 1.今の伝送システムは不安定であることは確実であり、「伝送ソフト」の改善と、少なくとも数ヶ月の試験期間は必要と考えられ、今回の混乱を招いた国保連の内の電算処理は内部のみの使用に限定し、コンピュータの「エラー」をそのまま「過誤」としないルールを確立する。

 2.現在の伝送ソフトは機能的にも不満足なソフトであり、自由に別の開発者がソフトを開発できるよう情報公開し、安価に利用できるよう検討する。勿論NTTのISDNでなければならないシステムの再考も必要である。

 3.50床以上の施設にも伝送システムを強制せず、事業者の選択で紙媒体の請求も認める。

 4.伝送システムの利点があれば利用者によく説明し納得を得させる事も必要です。

 いずれにしろ、この問題も大至急改善されねばならない問題ですね。

 それにしても介護保険制度はあらゆる分野でコンピュータ業界の大特需とはなりましたが、一次判定ソフトの欠陥や、ケアプランソフトの不統一、今回の伝送ソフトの欠陥と相次ぎ・大盤振る舞いしたコンピューターのために制度が破綻することにならなければ良いなと思っています。
 いつになったら、ゆっくり立ち止まって考えることができるのでしょうか。

                          12年6月19日 玖珂中央病院 吉岡春紀
 新しい情報があれば書き換えます。
 21日一部改定


 介護保険制度のページに戻ります。