隔離された世界

1

「風雅!」

(風雅?変わった名前だな…)

「何寝てんの?任務の最中でしょ?」

(任務の最中に寝るなんて、マヌケな奴だな…)

「起きて!」

それからドンッと身体を殴るような感触が伝わる。

(風雅…あ、俺の事か?)

それから眠りの状態から覚醒し、急速に過去の出来事を思い出すという脳の処理が始まる。そう、まるで今まで現実だった事が夢の中での出来事のような感覚。トラブルによる緊急呼び出し、そしてバックドドアを介したLOSシステムへの強制ログイン。それらがまるで夢の様にぼやけている。それを必死に思い出そうとする。

(これは…なんだ?現実の記憶が夢という扱いをされている?)

違和感を覚えながらも、久しぶりに仮想空間の感触を味わう如月、こと"風雅"。

「まだ寝ぼけてるの?」

と、目の前のくのいち姿の女は風雅をもう一度ドンッと小突く。

(どういう事だ?今ログインしたばかりなのにこの女性は俺の事を知っているようだが…何かのイベント*1の最中のようだが…この女はNPC*2か?)

「私はEAI社の社員です。現在システムトラブルで、調査の為にログインしています」

風雅は簡単な自己紹介をした。それはEAI社の社員がプレーヤーに対してするごく普通の挨拶の一つだった。だが、その女性はますます疑問府を増やしているようだった。

「いーえーあい?風雅…頭でも打ったの?大丈夫?」

しばらく、風雅は女性を見つめて固まっていた。それは自分が予測していた事態からかなり外れていたからである。その補正を脳内で行うにはしばらくの時間が必要だった。そしてそれは風雅の背中に冷や汗を欠かせていた。

(…NPCじゃあない…?)

NPCか通常のプレーヤーかを判断するのは外部からツールを使用する事で可能となる。今は風雅は外部との通信が出来ないため、自らの経験だけで判断する必要があるが、それでも"普通"は簡単である。プレーヤーは現実の世界の人間なのだからEAIという言葉も知っている。だが同時にNPCもその言葉を知っているのだ。

(どういう事だ…AIが書き換えられている?)

「もう!いい加減にしてよ!」

再び、LOSの世界へと放り込まれる台詞。風雅は仕方なしに、その女性の相手をする事とした。そうしなければ話(クエスト)が進まないと考えたからだ。

「すまない。それで、何の任務の最中だ?」

「はぁ?それも忘れちゃったの?…今は妖怪たちに連れ去られた僧侶を助ける任務」

「そうだったな…すまない」と身体を起こす風雅。辺りは真っ暗だが、身体が若干揺れているから、そこが地上ではなく海面である事が解る。どこかの木造の船中だった。

「それで…申し訳ない、君の名は?」

「ちょっ…」と、呆気にとられて、しばらく口をあんぐりと開けるその女性をみて、少し慌てて風雅は言う。

「本当に頭を打ってしまったみたいだ。多分時間が経てばすぐに記憶が戻ると思う」

「…"あやめ"よ!」

「あやめだな。で、妖怪たちが乗っているこの船に忍び込んだはいいが、俺は途中で意識も記憶も失ったらしい。その僧侶をこれから船から救い出せばいいんだな?」

だが、あやめがこれだけ大きな声を張り上げているにも係わらず、妖怪たちは騒がないようだった。

「船から灯りが消えたから状況を把握するために近付いたら、妖怪たちはいなくなってた。それで貴方がここで寝てたの。もしかしたら気付かれて小船で逃げられたのかも」

見れば、あやめの装束は海水で濡れている様だ。小船で近付いたのではなく、泳いで来たようだった。

「ひとまず、撤退して作戦を練り直すか?」

「そうね…状況をもう少し把握しないと」

そう言ってあやめは腕を組んで考える仕草をする。一方で風雅も、今の状況を更に把握しなければならないと、不安で鼓動が高くなるのを感じていた。

*1
プレーを盛り上げるために、ある程度決められたストーリーを用意し、プレーヤーに楽しんでもらう仕組みをクエスト・エピソードなどと呼ぶが、その流れのひとコマをイベントと呼ぶ
*2
ノン・プレーヤー・キャラクター。AIの制御であたかもプレーヤーの様に考え、振る舞う

2

程なくして、風雅とあやめが乗り込んでいる船に小さな灯りが近付いてきた。それがあやめの言う仲間達の乗る船だという事がわかる。

小船が側につくと、あやめは通常の物理法則上は有り得ないようなジャンプ力でその小船に飛び乗る。それはLOSの世界での"設定"であった。

その光景に最初は少し驚いていたが、風雅もあとを追いジャンプする。あやめと同様にLOSの世界での物理法則に従って、風雅も軽く5メートルぐらいは跳躍していた。彼が以前プレーしたこのゲームの感覚が身体に馴染んできていた。

その小船には仲間と言われている忍者が2人乗っていた。一人は白髪の小柄で年老いた男、もう一人はガタイが大きなスキンヘッドの男。あやめと風雅を合わせて4人で行動しているようだった。

スキンヘッドの男が言う。

「さっきあやめが船に近付いたときに、妖怪どもが小船で飛び出すのが見えた。どうやら俺達に狙われているのが解ったのだろう」

「小船を追跡できる?」と、あやめ。

「ああ。波風に乗って奴等の匂いが漂ってくるからな。多分、アジトに向かったんだと思う。小船に乗ってたのは妖怪が2匹、それから僧侶が一人だったからな。戦力不足を感じて逃げやがったんだろう」

「そう。追って頂戴」

スキンヘッドの男がいう「妖怪に匂い」に従って、風雅達が乗る船は暗黒に包まれた海面を進んでいった。時折何かがごつごつと船にぶつかる。船の灯りがその一つを照らすと、それが海面に飛び出ている木の杭である事が解る。魚を取る為の仕掛けの一つなのだろう。もう妖怪達が住むといわれるアジトに近付いている事を意味していた。

あやめやあとの仲間の男二人が暗闇の中へ神経を集中する一方で、風雅は一人考え事をしていた。"今置かれている状況"についてだ。

(邪馬国近辺のはずだから、確かこの辺りは妖怪がでるはずだ…アルザタール近辺にはオークだったかな?俺がプレイしていた頃から変更されていなければ…だが)

「そういえばさっき、風雅が変な事を言っていたのよ」

突然あやめが先ほどの話をし始める。緊張をほぐす為なのか、それともこの静けさが気まずくなったのか。それは定かではないが、話を振られたついでにと、風雅はあやめにした質問とは別の方法で、他の二人に話し掛ける。

「すまないな、寝ぼけていたのかもしれない。夢の中でロード・オブ・シャングリラというゲームをしていたんだ。みんなは知っているか?」

男二人も、そしてあやめも、またぽかんと口を開けてから首を傾げた。

「ろーどおぶ?なんだそれは」

スキンヘッドの男が言う。

「シャングリラだ。この世界の名前だよ」

(そう、シャングリラという名前…これは公式設定だからNPCでも知っているはずだ)

風雅は再び確めるように質問をして、スキンヘッドの男の反応をうかがう。だが、風雅の予想に反して再び男は首を傾げた。その一方で、白髪の小柄な男が言う。

「知らんな…この世界に名前なんぞないだろう。世界は世界だ」

(世界は…世界…)

そのキーワードを再び頭の中で繰り返した。風雅が想像していたよりも事態は悪い方向へと動いているようだった。だが、それでも少しでもいい方向へと考えようとする。悪い方向ならきりがないから、というのも理由だ。

(NPCのAIが何者かに書き換えられているか…それか、あくまでも最悪のケースとして、一般人の記憶も書き換えられている。だがどちらにしても何者かの意図が働いているとしか考えられない。ログインサーバの不調というだけではないのか…!)

「ほら、ちょっと変でしょ?」

そう言って、あやめは風雅を指差す。

「ううむ…かなりな」

スキンヘッドの男は風雅を見て、再び首を傾げた。

(変…か、かなりまずい事になっているぞ)

それから、その焦りを隠すように風雅は船が進む先の闇の中を見つめた。その暗闇と同じ様に、風雅の予測は完全に闇の中に閉ざされている。

3

「見張りがいるわね…」

岩陰に小船を潜めて、暗闇の中の灯りを見つめる。そこは岩礁の隙間にある小さな洞窟で、妖怪たちがアジトとして使っている場所であった。

左には河童、右にはカラス天狗がいる。

「どうする?」と白髪の小柄の男。

「数は多そうだけど…かといって応援を呼ぶにしても、それまでにまたアジトを変えられると厄介な事になりそう。一気に片付ける?」

とあやめ。そして、スキンヘッドの男が言う。

「また修羅場になりそうだな。あの門番の妖怪ばかりがアジトの中にいればいいんだが、鬼やら夜叉やらがいれば事だぜ。風雅、お前はどうだ?」

「妖怪の間じゃ、僧侶を食べれば法力がそなわるだの言われてるから、活きが良いうちに食べるんじゃないのか。目的は連れ去られた僧侶を助けることだろう。助けて一気に逃げるほうがいい」

「決まりね」とあやめが風雅の意見に同意する。

そして二人の男も、黙って頷く。

あやめと風雅は手裏剣を取り出して守衛に狙いをつける。風雅は感覚が戻って来たと言ってもまだ半端に現実の感覚も共有している状態だ。投擲をするにはあまりにも距離が離れすぎではないかと、あやめのほうを見るが、いっこうに構わず手裏剣を投げつけるあやめ。まるで意識を持っているかのように岩陰を避けて守衛の首に命中した。

(ホーミング機能付ね…了解)

風雅はその光景に呆れながら、自らも手裏剣を投げつける。地を這うように守衛のいる場所まで飛んでいく手裏剣は最後に漫画の様に上向きに軌道を変化させた後、残るもう一匹の守衛を倒した。

そして先ほどまで門番の居た小さな乾いた扉を開く。キィと静かに音を立てて開いた先にはたいまつが幾つか並ぶくり貫かれた洞窟の内部が見える。だが途中でいくつもの別の通路に分かれているようだった。

小さな声であやめが言う。

「手分けして探しましょう。雷丸、鳶、向こうの通路をお願い」

それから「散!」のかけ声の後、風雅とあやめは残りの一方の通路の奥へと消えた。

4

風雅とあやめは、通路と呼ぶべきか迷うほどの細く小さな隙間を進んでいくと、灯りが差し込んでくる開けた場所へと出た。大きくくり貫かれた洞窟内部が見渡せる場所である。

その洞窟が海と繋がっている事を証明するように、開けたフロアには木船が何隻か停めてあり、妖怪たちは荷物を下ろしていた。先ほど仲間内で危惧していた鬼や夜叉などはいなかったものの、かなりの数の河童とカラス天狗の部隊である。そして船のうちの一つから、周囲の妖怪の仲で一際人間に近い背姿の者が下船した。周囲の妖怪たちがその者を中心に歩くことから、それが格の高い妖怪である事がわかる。

人間の商人の様な着物を着たサルである。

「奴が親玉か」

風雅があやめに尋ねる。

「覚(さとり)ね」

「さとり?人の心を読むという妖怪か?」

「そうよ。…って、妖怪たちを束ねる親玉格の一つじゃない…忘れたの?」

「すまない…いま思い出した」

さとりは周囲の妖怪たちを引き連れて移動し始めた。別のフロアへと移動するのに合わせて風雅とあやめもその通風孔の様な通路を進む。移動した先の部屋には、風雅達の狙いである連れ去られた僧侶がいた。

「…豊吉さん」

「…知ってるの?」

風雅が溜息をつく。風雅と豊吉はバックドドアを介してシステムに侵入した際に、同じ船に乗っていたのだ。そしてどういうわけか豊吉だけが妖怪に連れ去られたのである。だが、風雅と豊吉がこのクエストに組み込まれている原理については不明のままだった。

さとりと周囲の妖怪の話が聞こえてくる。

「この者は?」

「金剛神山の寺に住む僧でございます」

「名を何という?」

さとりが聞くと、周囲の妖怪が棒で豊吉を突いた。

それに驚いて急いで豊吉は答える。

「と、豊吉ですよ。このゲームでは…モンスターがぺらぺらと日本語を話すんですねぇ…私がしていた頃のネットワークゲームは無口でしたよ」

「ねっとわぁくげぇむ?」と、さとりは慣れない英語を口に出す。

「おそらく異国語かと。最近、邪馬国は外交を始めたようで」

「ほう。異国語を口にする僧か。おもしろい」

それからさとりは豊吉をじっと見つめた。豊吉は目を離したが。

しばらく見つめた後に目を見開いてさとりが言う。

「豊川大介…サイバーポリス?…エレクトロニック・アーツ・インダストリー?」

次の瞬間、轟音と共に地面が割れ、大量の石つぶてが周囲に撒き散らされた。側に居た妖怪は当たり所が悪く、大量の石つぶてを受けて壁まで吹き飛んだ。さとりは着物を翻して石つぶてと砂埃を避ける。そして印を結んだ。

「火遁、業火陣!」

さとりの手前の割れた地面から溶岩が噴き出し、炎の壁となってさとりと取り巻きの妖怪を囲む形となる。その炎の隙間を装束をまとった者が素早く掻い潜った。豊吉の側にいた妖怪が悲鳴を上げて倒れる。壁には血しぶきが撒き散らされた。

そこには風雅がいた。縄で束縛されたままの豊吉を軽々と背中に担いでいる。

「貴様等、何者だ!」

さとりは既に風雅の心も読み取っていたのだ。だが、現実の世界の言葉の断片だけしか読み取れていないのか、頭の中は混乱しているようだ。

「何者かだと?エレクトロニック・アーツ・インダストリー社の社員だよ。豊吉さんはご存知の通り、サイバーポリスから派遣されてる。お前も弊社のシステム下で動作するAIなら、少しは協力してもらいたいものだね。茶番に付き合ってる暇はない…」

そして素早く印を結ぶ風雅。

「土遁、砂城壁!」

地面の砂が城壁の形で天井まで伸びる。もちろん、洞窟内のそんな狭い場所だから、完全に天井まで塞いでしまい、さとりもその部下も風雅と豊吉の姿を再度確認する事が出来なくなった。

「侵入者だ!追え!」

さとりの叫ぶ声が城壁の向こう側で響き渡った。

5

風雅の土遁の術は都合がいい事に、妖怪たちの目からも、そしてあやめ達の目からも自分達の姿をくらます事に成功した。そして妖怪たちがドタバタと侵入者を追い、それに応戦するあやめ達をよそに、わずかばかりだが豊吉と話す時間が取れた。

「風雅さん、これは一体どういう事なのです?EAI社の社員でもこのゲームの中のルールに逆らえないという事なのですか?」

「わかりません…ただ、自分が知っているLOSの世界とは異なっていることは確かです。とくにAIに関しては、暴走しているようにも取れます…」

「暴走?」

「現実の世界の記憶が無いというのは、AIの可能性が高い。ただ、AIならメンテナンスの為にEAIについても知っているはずです。自分の援助をしてくれた、あのあやめというくのいちも多分AIでしょう。今、AIでは無いのは自分と豊吉さんぐらいですね」

「それはクエストという奴に我々が組み込まれているだけなのでは?」

「クエストに組み込まれるまでの手続きもありませんでした。バグにしてはあまりに出来すぎている…」

「ハッキングですか?」

「…これだけのシステムを全て掌握するのは、相当な知識が必要ですよ。そこらのまめ知識程度じゃあない。LOSのシステム開発に加わったものですら、全貌は見えていませんからね」

豊吉は事の重大さはまだ理解出来ていないようだった。ただ、彼よりも知識のある風雅が想像以上に深刻な態度を取るので、それに合わせて何をすればいいのか解らなくなっている状態だ。

「とりあえず、今は外部との連絡を取るまでですね」

風雅が考え込み始めたので、今は何を考えてもしょうがないという意味で、仕切りなおしにそんな台詞を言ってみる豊吉。

「そうですね…妖怪たちにも、あのくのいちにも見つからないように脱出しましょう」

風雅と豊吉は、その後、状況はさらに混沌としていく妖怪たちのアジトを後にした。

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