口寄せ師のはつみ

1

森から草原へ抜けると小高い丘に出る。そこから見渡せる小さな集落、イスプリスの村だ。村ではちょうど収穫の時期でアケディアの木になる梨は青く硬くてまだ食べることは出来ないが地面へ落下した梨は調度食べ頃になっている。それを荷車へと集める作業の為、木の下では村人達が忙しく動き回っている。

丘の上には先ほど森から出てきた少女が一人と馬ほどの大きさの山犬が付き添うように傍に立っていた。少女は東方の術師が着用する装束に身を包み、傍に立つ山犬の額には東方の古代文字が刻まれていた。

少女は懐かしそうに集落を見渡す。

「父さん、母さん、私の成長した姿みて喜んでくれるかな?」

彼女の名は「はつみ」

イスプリスの村から遥か離れた「邪馬」の国で口寄せの術の勉強をする為に留学していたが、晴れて今年卒業して故郷へ戻ってきたのだ。

村を一望出来る丘の上ではつみは村を出て行く時の事を思い出していた。

邪馬へ留学すると言い出したのは彼女だったが、大好きな家族と離れて暮らさなければならない事、邪馬で一人で暮らす事への不安から出発の日まで留学を諦めかけていた。そんな彼女を家族で励ましてくれた。はつみの道ははつみが決める事だから。あなたが思うようにしなさい。と。

(はつみの道ははつみが決める事…だよね。父さん、母さん。私、自分が生きていく道を決めたよ。身勝手な娘でゴメンなさい)

はつみはどこか寂しそうな表情をして梨を収穫する村人達を眺めた。

2

収穫に忙しい時期、村を上げての歓迎会とは行かなかったがはつみの家では家族と親戚達で歓迎会が行われた。

テーブルの上には収穫したばかりのアケディア梨がこれ見よとばかりに中央に盛られて、周りには梨を使った地元の料理が並ぶ。鶏肉の梨蒸し、梨と野菜のサラダ、干し梨、梨の朝漬け…。イスプリスはアケディア地方の特産品で有名な村だった。

両親との再会で懐かしさと喜びで泣きじゃくったはつみは目の周りを赤くしてパーティに参加していた。それを察してか知らずか親戚の子供達ははつみの周りに集まった。

「はつみねーちゃん、召喚魔法を見せてよ〜!」

「召喚魔法じゃないのよ。口寄せの術と言って、異界から神様を呼び出せるの」

親戚達もはつみに注目する。中でもパイプを吹かしていた最長老の男は興味深そうにはつみに話しかける。

「ワシも昔、召喚魔法の修行に明け暮れた時もあったが…その頃は東洋の云々は禁術となっておってな。見るのは初めてなのじゃ。見せておくれ」

はつみは頷き、指で印を結んだ後、掌を地面に広げた。

「ほほう…東洋の召喚魔法は呪文を詠唱しないのか…ふむむ」

次の瞬間。地面には東洋の古代文字が光輝きながら浮き上がり消えた後、真っ黒い裂け目が現れた。裂け目を覗き混む親戚一同。そして裂け目からは背中に古代文字の模様のあるリスのような動物が現れた。

「おいで、はつ丸」

はつみはそう言うとリスのような動物が彼女の肩に乗れるように手を差し伸べた。はつ丸と呼ばれるリスのような動物は彼女の肩へ乗るとその様子をまじまじと見つめる親戚一同を見渡した。

「これが召喚獣…いや口寄せ獣か…ふむむ、興味深いのぅ」

老人は一息ついたのかまたパイプを咥えて吹かした。

「口寄せ獣っていうか、式神なの。召喚魔法は召喚獣と契約してマナを代価に術者に従うけど、式神は術者と契約しないの。だからマナも使わない。でも代価がないから術者に従わない事もあるの」

はつみがそう答えると親戚の子供の一人が言う。

「はつみねーちゃん、馬鹿でマナが少ないからマナのいらない口寄せ術を勉強してるんだろ〜」

はつみはムッとして言い返す。

「私は馬鹿じゃないです〜!一度契約したらマナさえあれば術者に従う召喚魔法と違って口寄せの術は術者との信頼関係がとっても大切な術なの!馬鹿では出来ません!」

3

パーティも終盤に近付いていた。

はつみはそろそろ言うべき事を言わなければならないと感じていた。既に両親には話していた。だからか両親ははつみの気持ちを察してか、はつみに向かい頷き、そしてはつみも話す事を決心した。

「みなさん…今日は集まってくれてありがとう。みんなに話しておきたい事があるの。私は旅に出ます。口寄せの術の修行の旅、それと真理を探す旅…。とっても身勝手だと思う…。帰ってきてまた旅に出るなんて。でも口寄せの術は旅の中の苦行で磨く事が出来るの。必ず、必ず立派な口寄せ師になって帰ってくるから。それまでみんなッ」

最後の言葉までは言えず、はつみの声は涙に埋もれた。蹲りそうになるはつみを父親が抱き締める。

「はつみ、辛くなったら村のみんなの事を思い出すんだ。思い出はどんな時でも変わらない。本当に辛かったらいつでも帰っておいで。おまえには帰る場所があるんだ」

その言葉を聞いてはつみは声を出して泣いた。はつみの母親もそんな父と子を見て涙ぐんだ。

翌朝。

村人達が総出ではつみを見送った。

はつみの母は豪華装飾のしてあるククリを手渡した。

「おじいちゃんがはつみにって。これはおじいちゃんが若い頃、召喚魔法の修行をしていた時に使ったものなんだって。召喚術師のものだけど、お守りになるかも知れないから」

「ありがとう…おじいちゃんにもありがとうって伝えておいて」

村人達に見送られる中、はつみは印を結ぶと地面が割れ、闇から巨大な山犬が現れた。村人達も始めてみる口寄せの術に驚いた。一度は見ていた親戚の子供達は誇らしげにしている。その子達にとってははつみは一家の誇りのようなものなのだ。

山犬に跨り村を後にするはつみ。

両親はその姿が森へと消えるまで大きく手を振って見送った。

1.00